「うおおおおお!」
森にレンの声が響く。木の幹を駆け上がる足音が、次第に高くなっていった。
十歩、十五歩、二十歩。
昨日までなら途中でチャクラを出しすぎ、木の表皮を弾いていたところだ。今日は違う。多少荒いものの、足はしっかりと幹を捉えている。
「いける!」
枝まであと少し。レンがさらに踏み込んだ、その瞬間。
「――あ」
足が滑った。身体が宙へ投げ出される。
「レン!」
カゲマルが声を上げるより早く、レンは空中で身体を捻った。枝を蹴り、幹へ足をつけ、勢いを殺して地面へ降りる。数歩よろめいたものの、転ばない。
「……っぶねぇ!」
レンが大きく息を吐いた。
スズは木の根元から上を見る。
「あと少しだった」
「分かってる!」
「昨日よりは上」
「それも分かってる!」
「じゃあ何も言うことない」
「応援してくれてもよくない!?」
カゲマルは思わず笑った。
昨日、一日かけて木登りを続けた結果、全員が少しずつ感覚を掴み始めている。
サクラは最初から成功。スズとカゲマルも昨日のうちに頂上へ到達した。残っているのはレン、ナルト、サスケの三人。
もっとも、三人とも昨日とは比べものにならないほど高く登れるようになっていた。特にサスケは、あと少しで頂上へ届く。
ナルトはまだ三人の中では遅れているが――。
「もう一回だってばよ!」
木へ向かって走る。落ちても、また登る。その勢いだけは誰にも負けていなかった。
「元気だね」
カゲマルが呟く。
「昨日、最後までやってた」
スズが答える。
「知ってる。俺たちが帰る時も残ってたし」
「サスケも」
「うん」
少し離れた場所では、サスケも黙々と木へ挑んでいる。
二人とも互いを見ていないようで、しっかり意識している。ナルトが一メートル高くなれば、サスケも次でさらに上へ行く。サスケが記録を伸ばせば、ナルトがむきになって追う。
(この辺は変わらないな)
カゲマルは少しだけ懐かしい気持ちになった。
その時。
「奈良」
ゲンマに呼ばれる。
「はい」
「人の修行見てる余裕あるのか?」
カゲマルの笑顔が消えた。
「……ないです」
「だろうな」
ゲンマが顎で木を示す。
「十往復」
「はい」
カゲマルは木を見上げた。
昨日は登るだけで精一杯だった。今日は走って登り、そのまま枝まで行って降りる。それを繰り返している。
一度できたからといって、実戦で使えるわけではない。考えなくても身体が動くところまで落とし込む。それがゲンマの方針らしい。
カゲマルは息を整え、木へ走った。足裏にチャクラを集める。
一歩目、二歩目。
昨日とは違う。もう一歩ごとに出力を考えなくても、足が自然と幹へ吸い付く。
速度を上げ、枝へ到達。そのまま蹴って身体を反転させ、地面へ着地する。
「一本」
ゲンマの声。
「あと九」
「分かってます」
再び走る。
その隣の木では、スズも同じ訓練をしていた。彼女はカゲマルほど速くないが、動きが綺麗だった。一歩一歩の乱れが少ない。
「スズ」
走りながら呼ぶ。
「何?」
「競争する?」
「しない」
即答。
「即答なんだ」
「焦って失敗するから」
「それもそうか」
「あと、カゲマルの方が速い」
「認めるんだ」
「事実だから」
そこでスズが木を蹴って反転。カゲマルより先に地面へ着いた。
「……今のは?」
「私の方が先」
「競争しないんじゃなかった?」
「してない」
「絶対したでしょ」
スズは答えず、次の木へ走った。
少しだけ速くなっていた。
---
昼前。
最初に木の頂上へ到達したのは、やはりサスケだった。
最後の数歩を駆け上がり、枝へ着地する。
「……よし」
小さな声だが、その顔には確かな達成感があった。
下からサクラが手を振る。
「サスケくーん! やったね!」
「うるさい」
そう返しながらも、昨日より機嫌がいいように見える。
ナルトは悔しそうに見上げていた。
「くっそぉ……!」
「ナルト」
サクラが声をかける。
「焦ったら余計チャクラが乱れるわよ」
「分かってるってばよ!」
「分かってないから言ってるの!」
「分かってる!」
「じゃあ落ちない!」
「それができたら苦労しねぇってばよ!」
サクラのこめかみに青筋が浮かぶ。
カゲマルは少し離れたところから眺めていた。
するとナルトが突然こちらを見る。
「カゲマル!」
「何?」
「お前、昨日できたんだよな?」
「一応」
「何でできた!?」
難しい質問だった。
「何でって……」
考えすぎず、チャクラ量を一定にする。そう説明しても、今のナルトにはあまり意味がない。
カゲマルが悩んでいると、サクラが先に口を開いた。
「ナルトはチャクラを出しすぎなのよ」
「出しすぎ?」
「そう。もっと細かく調整しないと」
ナルトは自分の足を見る。
「でもよ、俺ってそんなにチャクラ使ってんのか?」
サクラが腕を組む。
「使えるチャクラの量そのものは多いんじゃない?」
ナルトが顔を上げる。
「俺、多いの?」
「多いと思うわよ。少なくとも私よりずっと」
「じゃあ俺の方がすげぇじゃん!」
「制御できてないから木にも登れないんでしょうが!」
「ぐっ……」
分かりやすく沈む。
その様子を見ていたゲンマが言った。
「量が多けりゃ強いってもんでもない」
ナルトが振り返る。
「どういうことだってばよ」
「水が大量にあっても、全部こぼしたら飲めないだろ」
「……?」
「分かってない顔だな」
「分かるってばよ!」
「じゃあ説明してみろ」
「水を……こぼすな!」
「まあいい」
「合ってんの!?」
カゲマルは笑った。
だが、ゲンマの言いたいことは分かる。チャクラ量、制御、術の選択、身体能力、経験。どれか一つだけで忍の強さは決まらない。
自分の陰遁適性も同じだ。
才能がある。それだけで強くなれるわけではない。使えなければ意味がない。
「……あ」
そこで、ふと気付く。
足元には木の影が伸びている。
カゲマルは少し考え、足裏へチャクラを集めた。そのまま木へ駆け上がり、途中で止まる。
地面と垂直になった状態で足裏のチャクラを維持し、印を組んだ。
「影真似の術」
木の幹に沿って、自分の影が伸びる。
だが。
「っ……」
すぐに足元が揺らいだ。
チャクラの制御が乱れ、影が途切れる。カゲマルは木を蹴って地面へ戻った。
ゲンマが見ている。
「何してる」
「ちょっと試したくなって」
「何を」
「木登りしながら影真似できるかなって」
ゲンマは少し黙った。
「できた?」
「できませんでした」
「だろうな」
即答。
「やっぱり難しいですか」
「難しいっていうか、お前は今まで影真似を使う時、足元まで意識してなかっただろ」
「はい」
「別々ならできる。なら次は同時にやる」
カゲマルは木を見る。
「……できるようになった方がいいですよね」
「そりゃな。ただし順番間違えるなよ」
「順番?」
「木登りが安定してないうちに術を重ねても、両方崩れるだけだ」
以前なら、早くできるようになりたいと思ったかもしれない。
でも今は、その意味が分かる。
基礎。まず一つずつ。それから組み合わせる。
「分かりました」
「なら、あと七往復」
「まだ七でしたっけ?」
「六だったか?」
「どっちです?」
「七にしとけ」
「増えてません?」
「細かいこと気にするな」
「理不尽……」
後ろでスズが呟いた。
「先生だから」
「それ便利だよね」
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昼食を挟み、午後。
「よっしゃぁぁぁぁ!」
森に声が響いた。
レンが枝の上で両手を上げている。
「できた!」
「うるさい」
下からスズが言う。
「でもおめでとう」
「おう!」
レンは満面の笑みで飛び降り、そのままゲンマの前へ行く。
「先生! できました!」
「見てた」
「次何します!?」
ゲンマが少しだけ眉を上げる。
普通なら休憩を求めてもおかしくない。だがレンは、もう次へ行く気らしい。
「元気だな」
「まだいけます!」
「じゃあ百往復」
「すみません、ちょっと疲れてました」
「急に?」
「急に」
スズが呆れた顔をする。
「じゃあ奈良と同じ。走って登れ」
「はい!」
レンが木へ向かう途中、ナルトの横を通った。
「先行くぞ!」
ナルトが顔を上げる。
「待てってばよ!」
「待たない!」
「絶対追いつく!」
「来い!」
二人とも笑っている。
カゲマルはそれを見ていた。
レンは誰とでも距離を縮めるのが早い。ナルトとは特に相性がいいのだろう。
似ているところがある。身体を動かすのが好きで、考えるより先に飛び込むことがあって、負けず嫌い。
ただ、レンには家族がいる。帰る家があって、幼い頃から周囲に避けられてきたわけでもない。
似ているようで、歩いてきた道はまるで違う。
それでも、今のナルトが楽しそうならそれでいい。
---
夕方になっても、ナルトだけはまだ頂上へ届いていなかった。
サスケはすでに別の訓練へ移っている。レンも走って登る練習。スズとカゲマルもゲンマから課題を与えられている。
それでもナルトは、一人で木へ向かい続けていた。
走る。落ちる。起きる。また走る。
サクラが心配そうに見る。
「ナルト、少し休んだ方が……」
「まだいける!」
声は元気だが、足は重い。
カゲマルはその姿を見ていた。
助言しようと思えば、いくつか言える。
でも、今必要なのは自分の答えだろうか。
原作では、ナルトはサクラへコツを聞く。そしてサスケも同じことを聞き、二人は競いながら伸びていく。
ここに自分がいるからといって、全部に入る必要はない。
やがてナルトがサクラへ近づいていった。何かを小声で聞いている。
サクラが驚き、それから説明を始めた。
少し離れたところでは、サスケがちらりと二人を見る。
カゲマルは笑った。
(うん。これでいい)
「余所見」
声と同時に何かが飛んできた。
カゲマルは反射的に首を傾ける。
シュッ。
千本が頬の横を通過し、後ろの木へ刺さった。
「危なっ!」
ゲンマが口元の千本を揺らす。
「今ので死んだな」
「修行中に殺さないでくださいよ」
「当ててない」
「そういう問題ですか?」
「余所見してた方が悪い」
カゲマルは苦笑しながら構える。
今の課題は木登りではない。
ゲンマが投げる千本を避けながら、木の幹を移動する。
足裏のチャクラコントロール、周囲への注意、移動、回避。一つずつ覚えたものを、少しずつ重ねていく。
「次」
ゲンマの手が動く。
三本。
カゲマルは木を蹴った。
一本目をかわし、二本目は身体を捻る。
三本目。
着地点。
その瞬間、足元のチャクラが僅かに乱れた。
「っ!」
滑る。
なんとか枝を掴み、ぶら下がった。
下からレンが笑う。
「カゲマル、何してんだ!」
「うるさい!」
「人のこと見てる余裕あるのか、朝倉」
ゲンマの声。
レンの笑顔が固まる。
「え?」
千本。
「うわぁ!」
レンが逃げる。
スズがため息をついた。
「馬鹿」
次の瞬間、一本がスズの足元へ飛んだ。
「っ!」
彼女も跳ぶ。
「水無瀬も」
「……私も?」
「三人でやれ」
「聞いてない」
「今言った」
第十一班の三人が同時に動き出す。
木々の間を走り、跳び、避ける。
「右!」
スズが声を上げる。
カゲマルが反応し、飛んできた千本をかわす。
「レン、上!」
「分かった!」
レンが枝を蹴る。
カゲマルは二人の位置を見る。
昨日までは、自分の足元だけで精一杯だった。今は少しだけ、周りを見る余裕がある。
木登り、索敵、回避、連携。
できることが少しずつ増えていく。
特別な術を覚えたわけではない。劇的に強くなったわけでもない。
それでも確実に、昨日の自分たちより前へ進んでいる。
---
日が沈む頃。
「今日は終わり」
ゲンマの一言に、三人がその場へ倒れた。
「疲れた……」
レンが空を見る。
スズは木へ背を預け、カゲマルも呼吸を整える。
腕も足も重い。
少し離れた場所では、ナルトとサスケがまだ木を睨んでいる。
「お前らも終わりだ」
ゲンマが言う。
ナルトが即座に返す。
「俺はまだやる!」
サスケも動かない。
「好きにしろ」
ゲンマは止めなかった。
「倒れる前には帰れ」
それだけ言う。
カゲマルは立ち上がり、ナルトの横を通った。
「ナルト」
「ん?」
「また明日」
一瞬、ナルトがきょとんとする。
そして笑った。
「おう!」
それだけで十分だった。
---
タズナの家へ戻る道。
レンは歩きながら腕を回していた。
「明日絶対筋肉痛だ」
スズが言う。
「今日もじゃない?」
「今日のは昨日の筋肉痛」
「じゃあ明日は今日の筋肉痛」
「ずっとじゃん」
カゲマルが笑う。
「そのうち慣れるよ」
「カゲマル、余裕そうだな」
「俺も足痛い」
「なら背負ってやろうか?」
「何で?」
「鍛錬」
「断る」
前を歩いていたゲンマが振り返る。
「元気そうだな」
三人の顔が固まった。
「帰ったら追加で――」
「疲れました!」
レンが即答。
ゲンマが少し笑う。
「冗談だ」
「先生、冗談言うんですか!?」
「失礼だな」
そんな話をしながら歩く。
少し前まで、第十一班だけで進んでいた道。
今は少し後ろから、第七班の声も聞こえる。
サクラ、サスケ。そして、まだ修行を続けているナルトは少し遅れて戻ってくるだろう。
二つの班が、少しずつ同じ場所で過ごす時間を増やしている。
だが、その頃。
カゲマルたちから離れた森の奥を、一人の少年が薬草の入った籠を手に歩いていた。
長い髪に穏やかな顔。少女と見間違えるほど整った容姿。
少年はふと足を止める。
遠くから、何かが倒れる音がした。
木々の向こうへ視線を向ける。
そこには修行を続け、限界を迎えた金髪の少年が倒れていた。
少年――白は、しばらくナルトを見つめたあと、静かに歩き出した。