朝日が木ノ葉の里を照らしていた。
奈良家の庭では、今日も二人の少年が向かい合っている。
「始めろ。」
シカクの合図。
カゲマルは静かに息を吸った。
影は揺れない。
以前なら、チャクラを意識しただけで勝手に反応していた黒い影は、今では主人の呼吸に合わせるように静かに地面へ落ちている。
「いい。」
シカクが頷く。
「昨日より余計な反応が減った。」
「本当?」
「ああ。」
「お前はようやく、自分の力を怖がらなくなってきた。」
その言葉に、カゲマルは少しだけ笑った。
だが、その横では。
「ふぁぁ……。」
シカマルが大きな欠伸をしている。
「親父。」
「何だ。」
「兄貴ばっか褒めんな。」
「俺も頑張ってる。」
「お前は十分できてる。」
「じゃあ帰っていい?」
「駄目だ。」
「やっぱり。」
シカマルは地面へ寝転がった。
その姿にカゲマルは苦笑する。
(本当にブレないな。)
⸻
午前中の修行が終わる頃。
ヨシノが庭へ顔を出した。
「二人とも、おつかい頼めるかい?」
「また?」
シカマルが露骨に嫌そうな顔をする。
「今日は鹿せんべいも買ってきておくれ。」
「分かった。」
カゲマルは財布を受け取る。
「ほら、シカマル。」
「兄貴一人で行けばいいじゃん。」
「母さん。」
「シカマル。」
「……行きます。」
ヨシノには逆らえない。
奈良家共通の認識だった。
⸻
市場へ向かう途中。
「あ。」
カゲマルは昨日と同じ金色の髪を見つけた。
ナルトだ。
今日は橋の欄干へ寝転がり、空を見上げている。
「ナルト!」
カゲマルが呼ぶ。
ナルトは勢いよく起き上がった。
「あ!」
「カゲマル!」
「シカマル!」
昨日一緒に夕飯を食べただけなのに。
その笑顔は、何年も友達だったように明るかった。
「また来たってばよ!」
「いや、買い物。」
「なんだ。」
「残念。」
ナルトは少し肩を落とした。
その姿を見て、カゲマルは胸が締め付けられる。
(この子は……。)
(“また会える”こと自体が嬉しいんだ。)
それだけで。
誰かが自分を覚えてくれている。
約束を忘れていない。
その事実だけで笑える。
そんな幼少期を送ってきた。
「暇なのか?」
シカマルが聞く。
「うん!」
「じゃあ手伝え。」
「え?」
「荷物持ち。」
「いいのか!?」
「兄貴が昨日誘っただろ。」
「来るかどうかは、お前が決めろ。」
昨日のカゲマルの言葉を、そのまま真似していた。
ナルトは満面の笑みになった。
「行く!!」
⸻
市場。
「こんにちはー!」
ナルトが元気よく挨拶する。
昨日まで無視していた店も。
今日は奈良兄弟と一緒だからか、露骨な態度は取らない。
それでも。
笑顔は返ってこない。
ナルトも、それは分かっていた。
だから何も言わない。
ただ笑うだけ。
カゲマルは拳を握る。
(焦るな。)
(一気には変えられない。)
(少しずつでいい。)
シカクの言葉を思い出す。
“守ることと、道を決めてやることは違う。”
だから今日は。
ナルトの人生を変えようとはしない。
一緒に歩くだけ。
それだけで十分だ。
⸻
買い物帰り。
三人は公園へ寄った。
シカマルは芝生へ寝転び。
ナルトは木登りを始める。
「見てろ!」
「すげぇ高いとこまで登れるんだ!」
「落ちるぞ。」
カゲマルが言う。
「落ちねぇってば……」
その瞬間。
「うわっ!!」
足が滑った。
「ナルト!」
身体が落ちる。
反射だった。
カゲマルは印を結んでいない。
術を使うつもりもなかった。
ただ。
助けたい。
そう思った。
地面へ伸びた影が、一瞬で枝まで駆け上がる。
黒い影が、ナルトの身体をふわりと受け止めた。
ドサッ。
衝撃はほとんどない。
ナルトは目を丸くした。
「……え?」
影はすぐに元へ戻る。
誰にも見間違いではない。
確かに。
影が人を支えた。
カゲマル自身も息を呑む。
(今のは……。)
(影真似じゃない。)
(掴んだ。)
影に”質量”があった。
シカマルも起き上がる。
「兄貴。」
「今の。」
「ああ……。」
カゲマルは自分の影を見る。
静かだ。
何事もなかったように。
だが確かに。
ほんの一瞬だけ。
影は腕になった。
その様子を。
少し離れた屋根の上から、一人の忍が見ていた。
猿飛アスマ。
まだ若い上忍は、煙草を咥えたまま目を細める。
「……奈良の長男か。」
「面白い。」
影が人を受け止めた。
奈良一族の影秘術にはない現象。
(シカクには伝えなくても気付いてるだろうが。)
(こいつぁ普通じゃねぇ。)
アスマは静かに屋根から飛び降りた。
影は静かに元の形へ戻る。
まるで、最初から何も起こらなかったかのように。
カゲマルは、自分の足元へ落ちる影を見つめた。
今の感覚は何だったのか。
なぜ影が、あんな動きをしたのか。
答えはまだ分からない。
シカマルも、ナルトも、何も知らない。
屋根の上から見ていたアスマだけが、静かに目を細めていた。
「……奈良の長男か。」
その小さな出来事は、誰の記憶にも残らない一日として過ぎていく。
だが、カゲマルはまだ知らない。
この日、無意識に伸ばした一本の影が。
後に忍界そのものを驚かせる力の、最初の一歩だったことを。