波の国から帰還して数日が経った。
第十一班は以前と同じように任務と訓練を繰り返していたが、三人の動きには少しずつ変化が表れていた。
レンが前へ出れば、スズは言われる前に周囲を確認する。カゲマルも二人の動きを一から十まで指示しなくなり、必要な時だけ声をかけるようになった。
劇的に強くなったわけではない。
それでも、三人で動くことには確実に慣れ始めていた。
その日の任務は、里外れにある倉庫から火影邸近くの集積所まで荷物を運ぶという、何の変哲もないDランク任務だった。
「重い……」
大きな木箱を抱えたレンが呻く。
「さっきからそれしか言ってないよ」
隣を歩くスズも箱を抱えているが、レンほど大きくはない。
「スズの箱、絶対軽いだろ」
「じゃあ交換する?」
「する!」
「嫌」
「なんで聞いた!?」
少し前を歩いていたカゲマルが振り返る。
「レン、自分で一番大きいの選んでたじゃん」
「一番大きいの持ったら格好いいかなって」
「誰に?」
レンが黙った。
スズが首を傾げる。
「誰に?」
「……俺に」
「なら満足して運んで」
「はい」
カゲマルは笑いながら前を向いた。
少し離れた後ろをゲンマが歩いている。いつものように千本を咥え、荷物は持っていない。
「先生も一個くらい持ってくださいよ!」
「俺は監督役だ」
「絶対楽してるだけですよね!?」
「気づいたか」
「認めた!」
そんなやり取りをしながら荷物を運び終え、依頼主から完了の署名を受け取る。
そのまま四人で火影邸へ向かった。
受付で書類を提出すれば今日の任務は終わり。レンはすでに昼飯の話を始めていたが、廊下を歩いている途中で、カゲマルは見覚えのある姿を見つけた。
紅。
その少し先にはアスマもいる。
二人とも、それぞれ紙を一枚手にしていた。
「アスマ先生?」
カゲマルが声をかけると、アスマが振り返る。
「おう、カゲマルか。波の国から帰ったんだってな」
「はい」
「随分面倒な任務になったらしいじゃねぇか」
「色々ありました」
「その割には元気そうだな」
「なんとか」
アスマはカゲマルの後ろにいるレンとスズにも目を向ける。
「そっちが第十一班か」
「朝倉レンです!」
「水無瀬スズです」
「猿飛アスマだ。カゲマルとは昔からちょっとな」
「昔から?」
レンが興味を示したところで、カゲマルが遮る。
「大した話じゃないよ」
「そう言われると気になる!」
「今度な」
アスマが笑い、手に持っていた紙を軽く振った。
カゲマルの目がそこへ向く。
上忍、あるいは担当教官が提出する書類。
この時期。
アスマと紅。
そして、数日前に火影邸で見た気配。
答えに辿り着くのは難しくなかった。
中忍試験。
「どうした?」
アスマに聞かれ、カゲマルは首を横に振る。
「何でもないです」
未来を知っているから分かったのか、それとも状況から推測できたのか。最近はその境界が少し曖昧になってきている。
アスマと紅に別れを告げ、第十一班は受付へ向かった。
任務完了の手続きを終えたところで、ゲンマが三人を呼び止める。
「朝倉、水無瀬、奈良」
いつもより少しだけ低い声だった。
レンが振り返る。
「はい?」
「話がある。ついてこい」
案内されたのは、火影邸の空いている小部屋だった。
机と椅子があるだけの簡素な部屋へ入り、三人が並ぶ。
ゲンマは扉を閉めると、懐から一枚の紙を取り出した。
カゲマルには、もう内容が分かっていた。
「近いうちに中忍選抜試験が行われる」
レンの目が見開かれる。
「中忍試験!?」
スズも僅かに表情を変えた。
ゲンマは二人の反応を確認してから続ける。
「他里からも下忍が集まる。筆記、実技、内容は毎回同じじゃないし、途中で怪我する奴もいる。場合によっちゃ死ぬ」
レンの表情から浮ついたものが消えた。
「参加には担当教官の推薦が必要だ」
ゲンマが持っていた紙を机へ置く。
推薦書。
三人の視線がそこへ集まった。
「俺は、お前ら三人を推薦できる」
レンが息を呑む。
スズは黙っている。
カゲマルも推薦書を見る。
ついに来た。
中忍試験。
原作で覚えている光景が次々と頭をよぎる。
我愛羅。
大蛇丸。
死の森。
音隠れ。
木ノ葉崩し。
ここから先は、波の国とは比べものにならないほど多くの出来事が重なっていく。
しかも今の世界は、すでに自分が知っている物語と完全には一致していない。
「奈良」
ゲンマの声で思考が切れた。
「はい」
「顔」
「……すみません」
レンが横から覗き込む。
「カゲマル、さっきから難しい顔してるぞ」
「ちょっと考えてただけ」
「考えるのはいい」
ゲンマは壁に背中を預ける。
「ただし、まだ推薦するとは言ってない」
「え?」
レンが推薦書とゲンマを交互に見る。
「今、推薦できるって……」
「できると言った。するとは言ってない」
「違うんですか!?」
「違うな」
レンが頭を抱えた。
「先生、そういう言い方好きですよね……」
スズが推薦書を見ながら聞く。
「何か条件があるんですか?」
「ない」
「じゃあ、どうやって決めるんです?」
「お前らが決めろ」
三人が黙った。
ゲンマは続ける。
「中忍になる気があるのか、そのために試験を受けるのか。まずそこを自分で考えろ」
レンが口を開く。
「受けます!」
早い。
ゲンマの眉が動く。
「理由は?」
「中忍になりたいからです!」
「なんで?」
「なんでって……」
勢いが止まった。
「中忍って、下忍より上ですよね?」
「そうだな」
「強い忍ってことですよね?」
「必ずしもそうじゃない」
レンが固まる。
ゲンマは千本を指で摘み、口から外した。
「中忍は強さの資格じゃねぇ。状況によっちゃ隊を任されるし、自分だけじゃなく他人の命まで判断する立場になる」
レンは黙って聞いている。
「戦えるだけなら下忍でも強い奴はいる。中忍に求められるのは、任務を理解して、人を見て、必要なら退く判断ができることだ」
波の国での経験があるからこそ、その言葉は三人に重く届いた。
もしあの時、自分たちだけで再不斬や白と戦えと言われていたら。
誰を戦わせ、誰を守り、どこで退くのか。
カゲマルにも正解は分からない。
「朝倉」
「はい」
「それでも受けたいか?」
レンはすぐには答えなかった。
少し考えてから、自分の手を見る。
「……受けたいです」
「理由は?」
「今はまだ、ちゃんと分かんないです。でも、俺はもっとできるようになりたいし、いつか誰かに任せてもらえる忍になりたい」
言葉を選びながらの答えだった。
ゲンマは何も評価せず、次にスズを見る。
「水無瀬」
「私は……迷ってます」
レンが驚いて横を見る。
「スズ、受けないの?」
「受けないとは言ってない」
スズはゲンマを見る。
「波の国で、自分に足りないものが多いって分かりました。今受けていいのかは、正直分かりません」
「なるほどな」
「でも」
スズは少しだけ視線を下げ、それから続けた。
「他里の下忍がどのくらいなのかは、見てみたいです」
ゲンマの口元が僅かに上がる。
「お前らしいな」
最後に視線がカゲマルへ向いた。
「奈良」
来ると思っていた。
中忍試験が始まることも、自分が参加する可能性が高いことも分かっていた。
だからこそ、すぐに答えるべきではない気がした。
未来を知っているから受けるのか。
仲間を守るために受けるのか。
大蛇丸や我愛羅を警戒するために参加するのか。
それとも。
奈良カゲマルという一人の下忍として、中忍を目指すのか。
「……受けたいです」
ゲンマの目が細くなる。
「理由は?」
「自分がどこまでできるのか、知りたいから」
言葉にしてみると、思っていたより単純だった。
「波の国で、俺は知らないことが多いって分かりました。自分より強い忍もたくさんいるし、判断を間違えたら仲間が死ぬこともある」
カゲマルはレンとスズを見る。
「だから今の自分が、どこまで通用するのか知りたいです」
少し間を置いて付け加える。
「それに、二人と受けたい」
レンが笑った。
スズも僅かに目元を緩める。
ゲンマは三人を順番に見たあと、机の推薦書を手に取った。
「分かった」
そして。
紙を破いた。
「えええええ!?」
レンの声が小部屋に響いた。
カゲマルも思わず目を見開く。
スズですら固まっている。
「先生!?」
「何だ」
「なんで破ったんですか!?」
「これは見本だ」
「見本!?」
ゲンマは懐から別の紙を三枚取り出した。
そこにはすでに三人の名前が書かれている。
奈良カゲマル。
朝倉レン。
水無瀬スズ。
「昨日、出してある」
沈黙。
最初に動いたのはレンだった。
「じゃあ今の話なんだったんですか!?」
「確認」
「推薦した後に!?」
「嫌なら取り下げるつもりだった」
「順番おかしくないですか!?」
「別に」
「先生ぇ!」
ゲンマは面倒そうに耳を押さえる。
スズが小さく息を吐いた。
「でも、私たちが受けるって思ってたんですね」
ゲンマが一瞬だけ黙る。
「まあな」
レンの顔が変わった。
「先生……」
「気持ち悪い顔すんな」
「今ちょっと感動してたのに!」
「知らん」
カゲマルは笑いながら、机に置かれた三枚の書類を見る。
中忍選抜試験。
いよいよ、ここまで来た。
怖くないわけではない。むしろ、この先に何が待っているのかを知っているからこそ、怖い。
ただ、波の国へ向かう前とは違う。
今の自分には、第十一班がいる。
「詳細は明日説明する。今日は帰れ」
ゲンマが扉を開ける。
「先生」
カゲマルが呼び止めると、ゲンマが振り返った。
「俺たち、受かると思います?」
「知らん」
即答だった。
「ですよね」
「ただ」
ゲンマが三人を見る。
「受かる可能性がない奴は推薦しねぇよ」
それだけ言って部屋を出ていった。
レンがしばらく扉を見つめる。
「……先生、たまに格好いいこと言うよな」
「たまに余計」
「スズ厳しくない?」
カゲマルは笑いながら推薦書へ目を落とした。
中忍試験。
知っている未来へ近づいているはずなのに、そこへ向かう自分はもう、原作には存在しなかった奈良カゲマル一人ではない。
朝倉レンと、水無瀬スズ。
三人で挑む試験になる。
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同じ頃、別の場所でも担当上忍から推薦の話を聞いた下忍たちが、それぞれの答えを出していた。
第八班。
第十班。
そして、第七班。
「中忍試験!?」
聞き慣れた大声が部屋に響く。
ナルトは椅子から立ち上がり、目を輝かせていた。
「もちろん出るってばよ!」
サクラが隣で顔を引きつらせる。
「ちょっとナルト! ちゃんと説明聞きなさいよ!」
サスケは二人のやり取りを横目に、カカシから渡された申込書を見る。
中忍選抜試験。
その文字をしばらく眺めたあと、サスケはふと思い出した。
波の国で合流した、もう一つの班。
「……あいつも出るのか」
「ん?」
ナルトが振り返る。
「誰だってばよ?」
「別に」
「なんだよ、気になるだろ!」
サスケは答えない。
だがナルトもすぐに同じ人物へ辿り着いた。
「あ! カゲマルか!」
サスケの眉が動く。
「なんで分かった」
「やっぱりそうじゃねぇか!」
「うるさい」
ナルトはさらに笑った。
「だったら絶対負けられねぇな!」
「お前はまず一次試験で落ちない心配しろ、ウスラトンカチ」
「なんだとぉ!?」
二人の声を聞きながら、サクラは頭を抱える。
カカシはいつもの笑みを浮かべたまま、三人を眺めていた。
木ノ葉の新人下忍たちが、同じ場所へ集まり始める。
カゲマルが知っている物語と、少しずつ形を変え始めた現実。
その二つが再び大きく交わる時が、近づいていた。