中忍選抜試験当日の朝、奈良家の食卓は普段と変わらなかった。
「兄貴、醤油」
「自分で取れるでしょ」
「そっちの方が近い」
「はいはい」
カゲマルが醤油差しを渡すと、シカマルは欠伸をしながら受け取った。
今日から中忍試験が始まるというのに、緊張している様子はまるでない。もっとも、それはカゲマルも同じに見えているらしく、向かいに座るヨシノが二人を交互に見て眉を寄せた。
「あんたたち、本当に今日から中忍試験なの?」
「そうだけど」
「そうだけどじゃないわよ。もう少し緊張感とかないの?」
シカマルが味噌汁を飲む。
「緊張しても試験の内容変わんねぇし」
「朝から騒いでも仕方ないでしょ」
カゲマルが続けると、ヨシノは呆れたように腰へ手を当てた。
「こういうところだけ本当にそっくりね」
「双子だし」
「兄貴と一緒にすんなよ」
「なんで俺が嫌がられたの?」
「朝からめんどくせぇから」
「それシカマルが言う?」
縁側で新聞を読んでいたシカクが鼻で笑った。
「試験前に喧嘩できるなら余裕だな」
「喧嘩してないよ」
「兄弟喧嘩にすらなってねぇ」
シカマルは最後の一口を食べると箸を置いた。
「ごちそうさま」
「シカマル、野菜残してるわよ」
「……試験遅れる」
「集合までまだ時間あるでしょ」
シカマルの動きが止まる。
カゲマルは笑いを堪えながら自分の皿を空にした。
「ごちそうさま」
「カゲマルはちゃんと食べたわね」
「兄貴、裏切ったな」
「何の仲間だったの?」
ヨシノに睨まれ、シカマルは諦めて席へ戻った。
支度を済ませて玄関へ向かうと、シカクが後ろから声をかけてきた。
「カゲマル」
振り返る。
「影のことは?」
「分かってる。試験中に無理して試さない」
昨夜も念を押されたことだった。あの異変から何度かシカクの前で確認してみたものの、意識して再現しようとすると影は普段通りにしか動かなかった。
シカクはそれを急いで引き出そうとはせず、今まで通り影真似を磨けと言った。本人が制御できないものを実戦で当てにするな、という考えはゲンマと同じだった。
「ならいい。シカマルも」
「何だよ」
「頭使え」
シカマルが嫌そうな顔になる。
「試験前に一番めんどくせぇこと言われた」
「普段使ってねぇ分、余ってんだろ」
「ひでぇ親父」
二人で玄関を出ようとすると、ヨシノの声が追いかけてきた。
「二人とも!」
振り返った双子を、ヨシノは少しだけ心配そうな顔で見ている。
「ちゃんと帰ってきなさいよ」
カゲマルとシカマルは一度顔を見合わせた。
「うん」
「分かってるよ」
今度こそ家を出る。
朝の木ノ葉を並んで歩きながら、シカマルが頭の後ろで手を組んだ。
「兄貴のとこも推薦されたんだな」
「うん。シカマルたちはアスマ先生から?」
「無理やりな」
「嫌なら断ればよかったのに」
「チョウジといのが出るのに、俺だけ出ない方が後でめんどくせぇ」
いかにもシカマルらしい理由だった。
「兄貴は?」
「受けたかったから」
「へえ」
「何、その反応」
「兄貴って、こういうの避けるかと思ってた」
「そう?」
「目立つの好きじゃねぇだろ」
否定はできない。
ただ、今回はそれ以上に確かめたいことがある。自分が今どこまで通用するのか、第十一班が他の下忍を相手にどこまで戦えるのか。
そして、もう一つ。
今日から始まる試験に何が待っているのか、カゲマルは知っている。
大蛇丸。
その名前を思い浮かべるだけで、自然と表情が硬くなった。
「兄貴」
「ん?」
「また考えてんだろ」
「……顔に出てた?」
「ちょっとな」
最近こればかり言われている気がする。
「試験のこと考えてた」
嘘ではない。
シカマルはそれ以上聞かず、面倒そうに空を見上げた。
「ま、なるようになるだろ」
「シカマルらしいね」
「兄貴が考えすぎなんだよ」
途中の分かれ道で二人は足を止める。第十班は別の場所で集合してから会場へ向かうらしい。
「じゃあ後で」
「おう」
数歩離れたところで、シカマルが振り返った。
「兄貴」
「何?」
「試験だからって無茶すんなよ」
波の国へ出発する朝と同じ言葉だった。
カゲマルは少し笑う。
「シカマルもね」
「俺はしねぇよ。めんどくせぇ」
「知ってる」
今度こそ二人は別れた。
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第十一班の集合場所には、すでにスズが来ていた。
「おはよう」
「おはよう。早いね」
「カゲマルが普通」
時計を見ると集合の十分前だ。
「レンは?」
「まだ」
二人で待っていると、遠くから走ってくる足音が聞こえた。
「間に合ったぁ!」
「まだ五分あるよ」
「知ってる! 余裕!」
肩で息をしながら言われても説得力がない。
スズがレンの額を見る。
「寝癖ついてる」
「嘘!?」
慌てて髪を押さえるレンに、カゲマルが笑う。
「試験より先に寝癖と戦ってるね」
「カゲマルまで!」
そこへゲンマが現れた。
三人を見るなり、レンの頭に目を止める。
「朝倉」
「はい!」
「寝癖」
「先生まで言わないでください!」
ゲンマは気にせず三人へ紙を渡した。
「受験申込書。署名して会場で提出しろ」
レンが受け取った紙を眺める。
「なんか緊張してきた……」
「昨日まであんなに楽しみにしてたのに?」
「紙で見ると違うんだよ!」
スズも内容を確認している。
カゲマルは自分の名前が記された申込書を見た。
中忍選抜試験。
知識としては何度も見た言葉なのに、自分の名前と並ぶと不思議な感覚があった。
「一つだけ言っとく」
ゲンマの声に三人が顔を上げる。
「試験中、俺は助けられない」
いつもの気の抜けた口調だが、冗談ではない。
「棄権するか、続けるか、誰と戦うか。全部自分たちで判断しろ。中忍になるってのは、そういう判断を任されるってことだ」
「はい」
三人が答える。
ゲンマは頷き、少し間を置いた。
「あと、他里の連中に喧嘩売るなよ」
レンが目を逸らした。
「なんで俺見て言ったんですか?」
「他に誰がいる」
「俺だってそれくらい分かります!」
「ならいい」
スズが小さく手を上げる。
「売られた場合は?」
「買う前に考えろ」
「分かりました」
「俺と対応違いません?」
「日頃の信用だな」
レンが何か言い返そうとしたが、結局諦めた。
ゲンマはそんな三人を見て、いつものように千本を口元で動かす。
「行ってこい」
派手な激励はなかった。
それで十分だった。
「行ってきます」
三人はゲンマに背を向け、試験会場へ向かった。
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会場に指定された建物へ近づくにつれ、明らかに下忍の姿が増えていった。
木ノ葉の額当てだけではない。砂、雨、草、滝と、普段の里ではほとんど見ない額当ても混じっている。
レンが小声で言う。
「本当に他里から来てるんだな」
「だから中忍選抜試験なんでしょ」
「分かってるけど、実際見ると違うっていうか」
その感覚はカゲマルにも分かった。
知っているのと、見るのは違う。
波の国で嫌というほど学んだことだ。
建物へ入り、三階を目指す。階段を上がった先には人だかりができていた。
教室の入口に「301」と書かれている。
だが、ここは二階。
カゲマルは足を止める。
覚えている。
幻術で階数を誤認させた、試験前の足切り。
入口では二人の忍が受験者を追い返していた。
「だから言ってんだろ。お前らじゃ中忍試験は無理だって」
その前に、見覚えのある二人がいる。
リーとテンテン。
少し離れた場所にはネジもいた。
「木ノ葉の奴らか」
レンが呟く。
「知ってる?」
スズに聞かれ、カゲマルは頷く。
「顔だけね」
アカデミーでは一学年上だったはずだ。
ちょうどその時、階段から聞き慣れた声が響いた。
「どけってばよ!」
振り返らなくても分かる。
ナルトがサスケ、サクラと一緒に上がってきた。
「あ! カゲマル!」
こちらを見つけた途端、ナルトが手を上げる。
「やっぱり出るんだな!」
「ナルトもね」
「当たり前だってばよ! 俺は火影になる男だからな!」
周囲の他里の下忍が何人かこちらを見る。
サクラが慌ててナルトの頭を叩いた。
「初対面ばっかりの場所で叫ぶな!」
「痛ぇ!」
サスケはカゲマルの隣にいる二人へ目を向ける。
「そいつらが第十一班か」
「うん。朝倉レンと水無瀬スズ」
レンが一歩前へ出た。
「よろしく!」
「……ああ」
サスケの短い返事に、レンがカゲマルへ顔を寄せる。
「愛想ないな」
「聞こえてるぞ」
「聞こえてた!?」
スズがため息をつく。
「試験始まる前から喧嘩売らないで」
「売ってない!」
サクラが小さく笑った。
「なんかナルトがもう一人増えたみたい」
「誰がナルトだ!」
「どういう意味だってばよ!」
二人の声が重なった。
「ほら」
スズが言う。
「似てる」
「「似てない!」」
また重なった。
今度はカゲマルまで笑ってしまった。
そんな中、サスケだけは入口の表示を見ていた。
「くだらねぇ」
その一言で空気が少し変わる。
「サクラ、お前も気づいてるだろ」
「え?」
「ここは三階じゃない」
サクラが表示を見上げ、すぐに表情を変えた。
「……幻術」
入口に立っていた二人の忍が笑う。
「へえ、気づいてたのか」
幻術が解かれ、「301」の表示が「201」へ戻る。
レンが目を丸くした。
「うわ、本当だ」
スズは周囲を見回す。
「全然気づかなかった」
「俺も」
レンがあっさり認める。
カゲマルは黙っていた。
本当は最初から知っていた。
ただ、それを口にする必要はない。サスケとサクラが自分たちで見抜く場面まで奪うつもりはなかった。
入口を塞いでいた忍たちが道を開ける。
その時だった。
「そこの君」
声をかけられ、サクラが振り返る。
リーが真っ直ぐ彼女を見ていた。
「僕と付き合ってください! 死ぬまで君を守ります!」
一瞬、廊下が静かになった。
サクラの顔が引きつる。
「絶対嫌」
即答だった。
レンがカゲマルの袖を引く。
「すげぇな、あの人」
「何が?」
「この人数の前で告白した」
「そこ?」
「俺には無理だ」
「今それ考えるところじゃないでしょ」
スズが冷静に突っ込む。
カゲマルは笑いながらも、リーの後方へ視線を向けた。
日向ネジ。
原作でも同期の中では頭一つ抜けていた実力者。
そして、この建物のさらに上には我愛羅たち砂の三姉弟もいるはずだ。
知っている顔が増えていくほど、記憶の中にあった中忍試験が現実味を帯びてくる。
「カゲマル」
スズに呼ばれ、そちらを見る。
「また難しい顔してる」
「……そんなに?」
「今日は特に」
レンも頷いた。
「緊張してんの?」
少し考えてから、カゲマルは素直に答える。
「うん。多分」
レンは意外そうに目を丸くしたあと、笑った。
「よかった」
「何が?」
「カゲマルも緊張するんだなって」
「するよ」
「なんか安心した」
「どういう意味?」
「そのままの意味」
スズも僅かに笑っている。
カゲマルは二人を見てから、息を吐いた。
知っているから怖くないわけではない。むしろ知っているからこそ、この先に待つものを考えてしまう。
それでも、今回は一人ではなかった。
「行こうか」
「おう!」
「うん」
三人は本当の三階へ向かう。
階段を上がる途中、カゲマルは無意識に自分の影へ目を落とした。
いつもと変わらない影が、足元についてくる。
シカクとの約束を思い出し、すぐに前を向いた。
今はこれに頼る時ではない。
自分が覚えている未来にも、まだ見ぬ力にも頼らず、まずは第十一班として目の前の試験に挑む。
それでいい。
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三階の廊下へ上がると、二階までとは空気が違っていた。
笑っている者もいれば、壁にもたれて目を閉じている者もいる。他里の下忍同士が互いを探るように視線を交わし、誰もが自分以外の受験者を値踏みしていた。
その中を歩いていたレンの足が、少しだけ遅くなる。
「……強そうな奴、多いな」
「さっきまで楽しそうだったのに」
「楽しみなのと怖いのは別だろ」
スズが一瞬だけレンを見る。
「それ、波の国から帰ってきて初めてまともなこと言ったかも」
「俺を何だと思ってんの?」
カゲマルは二人のやり取りを聞きながら、廊下の先を見る。
この向こうに、第一試験の会場がある。
筆記試験。
森乃イビキ。
そして、その先には死の森が待っている。
覚えていることは多い。
けれど、それが今回も同じとは限らない。
カゲマルは教室の扉へ手をかける前に、レンとスズを見た。
「二人とも」
「ん?」
「何?」
言おうとして、少し迷う。
気をつけよう。
無茶はするな。
何かあれば俺が――。
そこまで考えてやめた。
それでは波の国へ行く前と同じだ。
「……頑張ろう」
レンが笑う。
「当たり前!」
スズも頷いた。
「うん」
カゲマルは扉を開ける。
教室いっぱいに集まった下忍たちの視線が、一斉にこちらへ向いた。
中忍選抜試験。
奈良カゲマル、朝倉レン、水無瀬スズ。
第十一班にとって初めての試験が、いよいよ始まろうとしていた。