扉を開けた瞬間、教室の空気が肌にまとわりついた。
広い室内にはすでに大勢の下忍が集まっており、木ノ葉だけでなく砂、雨、草、滝と様々な額当てが見える。話し声は絶えないのに妙な緊張感があり、誰かが入ってくるたびにいくつもの視線が向けられていた。
レンが小さく息を吐く。
「さっきの廊下よりすげぇな」
「見すぎ」
スズに言われ、慌てて正面へ向き直る。
カゲマルも教室を見渡した。
見覚えのある顔は多い。
砂隠れの三姉弟――テマリ、カンクロウ、そして我愛羅。
我愛羅は壁際に立ち、周囲の喧騒など存在しないかのように腕を組んでいる。額に刻まれた「愛」の文字を見た瞬間、カゲマルの背筋にわずかな緊張が走った。
知識として知っているのと、実際に同じ場所にいるのではまるで違う。
あれが、人柱力。
今のナルトとは違い、我愛羅はすでに多くの人間を殺している。
視線を向けすぎないよう、カゲマルはすぐに目を逸らした。
「カゲマル!」
聞き慣れた声がして、ナルトがこちらへ手を振っている。近くにはサスケとサクラだけでなく、シカマル、いの、チョウジ、それにヒナタたち第八班も集まっていた。
「兄貴」
シカマルが片手を上げる。
「ちゃんと来たな」
「シカマルもね」
「もう帰りてぇけど」
「まだ始まってないよ」
「だからだよ。始まったら帰りづらいだろ」
いつも通りすぎて、逆に安心する。
「カゲマル、その二人があんたの班?」
いのがレンとスズを見る。
「うん。朝倉レンと水無瀬スズ」
「よろしく!」
レンが元気よく頭を下げ、スズも軽く会釈する。
「よろしく」
いのは二人を見比べたあと、カゲマルへ顔を寄せた。
「へえ。ちゃんとやってるのね」
「どういう意味?」
「シカマルと一緒じゃないから、あんたが全部やってんのかと思ってた」
「俺を何だと思ってるの?」
「世話焼き」
即答だった。
否定しようとして、波の国でゲンマから何度も言われたことを思い出す。
「……最近は直してる」
「自覚あったんだ」
横でシカマルが笑った。
そこへナルトが割り込んでくる。
「なあカゲマル! あいつら見たか?」
声が大きい。
「誰?」
「あの砂の奴ら!」
ナルトが指を向けそうになったので、カゲマルは慌てて腕を下げさせた。
「指差さない」
「なんでだよ?」
「目立つから」
「もう目立ってるわよ!」
サクラがナルトの頭を叩く。
「痛ぇ!」
レンがその様子を見て呟いた。
「やっぱ俺、あいつと似てないと思う」
スズが首を傾げる。
「そう?」
「そうだよ!」
「声の大きさは同じくらい」
「そこだけだろ!」
また声が大きくなり、スズが無言でレンを見る。
「……ごめん」
カゲマルが笑っていると、少し離れた場所から男が近づいてきた。
眼鏡をかけた銀髪の青年。
薬師カブト。
姿を確認した瞬間、カゲマルの笑みがわずかに消えた。
「君たち、もう少し静かにした方がいいよ」
穏やかな声だった。
ナルトが振り返る。
「誰だってばよ?」
「薬師カブト。君たちより先輩かな」
カブトは周囲へ目を向ける。
「ここには他里から来た連中も多い。試験前でみんな気が立ってるから、あまり騒ぐと目をつけられるよ」
原作と同じだ。
そう思った直後、カゲマルは自分を戒める。
同じに見えるだけで、同じとは限らない。
「何回目なんだ?」
シカマルが聞く。
「今年で七回目」
「七回!?」
ナルトの声がさらに大きくなる。
カブトが苦笑した。
「だから静かにって言ったんだけどな」
「七回も受けてんのに中忍になってねぇのか?」
「ナルト!」
サクラが止めるが、カブトは気にした様子もない。
「まあね。試験はそれだけ難しいってことさ」
そう言いながら懐へ手を入れ、カードの束を取り出した。
「せっかくだから、少し情報を教えてあげるよ」
「情報?」
「忍識札。俺が四年間かけて集めた情報をチャクラで記録してある」
床へ一枚置き、指を当てる。チャクラが流れると何もなかった札に文字や図が浮かび上がった。
レンが目を輝かせた。
「すげぇ!」
スズはカードよりカブトを見ている。
「四年間、ずっと?」
「そうだよ」
「よく集めましたね」
「情報は忍の武器だからね」
その言葉にカゲマルは少しだけ警戒を強めた。
目の前にいる男が大蛇丸の部下だと知っている。
だが証拠はない。
今ここで騒いだところで誰も信じないし、むしろこちらが不自然になるだけだ。
「知りたい相手はいる?」
カブトが尋ねる。
サスケがすぐに答えた。
「いる」
カゲマルはその先を知っている。
「砂の我愛羅。それと、ロック・リー」
カブトがカードを探し始めた。
その横でレンがカゲマルへ小声で聞く。
「有名なの?」
「リーはさっき会ったでしょ」
「あの告白した人?」
「そこじゃない」
スズが呆れる。
カブトはまずリーの情報を見せ、続いて我愛羅の札へチャクラを流した。
任務経験。
砂隠れ。
そして、任務で一度も傷を負ったことがないという情報。
「一度も?」
レンの声が低くなる。
「そういう記録になってる」
カブトが答える。
先ほどまで軽かったレンの表情が変わった。怖がっているというより、自分との差を測ろうとしている顔だった。
カゲマルは我愛羅を見ない。
今の自分たちがまともに戦って勝てる相手ではない。
少なくとも、現時点では。
「他には?」
カブトが尋ねると、ナルトが勢いよく手を上げた。
「じゃあ俺!」
「自分の情報聞いてどうするのよ!」
サクラが突っ込む。
「気になるだろ!」
「自分のことくらい自分で知ってなさい!」
騒ぎが戻りかけた、その時だった。
教室の空気が変わった。
音の里の三人が動く。
カゲマルは反射的にそちらへ目を向けた。
ザク、ドス、キン。
その額当てを見た瞬間、今度は別の意味で胸がざわつく。
音隠れ。
隣にいたスズも三人を見ていた。
「変な額当て」
小さな声だった。
カゲマルは答えなかった。
この三人との遭遇が、後にスズの進む道にも影響するかもしれない。
だが、それはスズ自身が見つけるものだ。
自分から答えを渡すつもりはなかった。
ドスたちがカブトへ襲いかかる。
周囲の受験者がざわめいた。
カブトは避けたように見えたが、次の瞬間には眼鏡にひびが入り、その場に膝をつく。
「え?」
レンが眉を寄せた。
「今、避けたよな?」
「避けてた」
スズの表情が変わる。
カブトが吐いた。
周囲がさらにざわつく。
スズだけはカブトではなく、ドスの腕を見ていた。
「……何、今の」
「分かる?」
カゲマルが聞く。
「分からない。でも、殴ってない」
スズは耳へ手を当てる。
「変な音がした」
その声には恐怖より興味が混じっていた。
カゲマルはそれ以上聞かなかった。
まだ種でいい。
今は、それだけで十分だった。
騒ぎが大きくなり始めた瞬間、教室前方から白煙が上がった。
「待たせたな」
煙が晴れる。
黒いコートに頭巾、顔にはいくつもの傷。
森乃イビキ。
その背後には大勢の試験官が並んでいた。
「中忍選抜第一の試験、試験官の森乃イビキだ」
教室が静まり返る。
イビキは受験者たちを睨みつけ、音の三人へ視線を向けた。
「試験前に勝手なことしてんじゃねぇぞ。死にてぇのか?」
圧のある声だった。
レンが小さく呟く。
「怖……」
「聞こえるよ」
スズが囁く。
「聞こえねぇように言った」
「私に聞こえてる」
「お前は耳いいだろ」
二人の小声を聞きながら、カゲマルはイビキを見る。
第一試験。
ここからだ。
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席は班ごとに離された。
カゲマルの席からレンもスズも遠い。シカマルやナルトたちも別々で、周囲には知らない下忍ばかりが座っている。
机の上には答案用紙。
前方にはイビキ。
説明が始まった。
十問の筆記試験。
最初の九問は一点ずつで、十点満点からの減点方式。カンニングが発覚すれば二点減点され、合計五回の不正が見つかった時点で失格となる。さらに班員の一人が零点を取れば、その班全員が失格。
説明を聞きながら、カゲマルは答案用紙を見る。
問題は難しい。
下忍が普通に解くことを前提にしていない。
この試験の本当の目的は、情報収集能力を見ること。
それを知っている。
だからこそ、困った。
知っている答えを使ってしまえば簡単だが、それでは自分の試験にならない。
カゲマルは一問目を読む。
暗号化された文章。
二問目。
複雑な弾道計算。
三問目まで見たところで、鉛筆を置きそうになった。
難しい。
普通に難しい。
思わず口元が緩む。
前世で原作を読んでいた時は、カンニング試験だと分かれば終わりだった。実際にこの席へ座ってみると、何をどう盗むかまで自分で考えなければならない。
試験官たちは教室のあちこちから受験者を監視している。
露骨に横を見れば減点。
下手な忍術も同じ。
影真似ならどうする。
床には机や椅子の影がいくつも伸びている。自分の影を繋げれば、誰かの動きを真似して答案を書くことはできるかもしれない。
だが、目立つ。
奈良一族の術を知る試験官もいるだろう。
カゲマルは一度だけ周囲を見る。
斜め前に座る木ノ葉の下忍。
手が止まっていない。
候補は見つけた。
問題は、どう読むか。
カゲマルは鉛筆を持ち直した。
未来を知っているからといって、試験官が答えまで教えてくれるわけではない。
少しだけ可笑しかった。
そして、楽しくもある。
自分で考えるしかない。
波の国から帰って、何度も言われてきたことだった。
カゲマルは視線を答案用紙へ戻し、静かに周囲の気配を探り始めた。
少し離れた席では、レンが問題用紙を前に完全に固まっていた。
そのさらに向こうで、スズが目を閉じる。
教室の中には鉛筆が紙を擦る音が満ちている。
一つ、二つ、十、二十。
スズの耳が、その音を拾い始めた。
第十一班の初めての中忍選抜試験。
最初の課題は、敵を倒すことではない。
必要な情報を、どう手に入れるか。
三人それぞれの戦いが始まった。