試験開始から20分。
カゲマルはまだ、答案の半分も埋められていなかった。
分かるところだけ自力で解き、分からない問題は一度飛ばす。それだけならアカデミーの試験と変わらないが、問題の難易度が明らかに下忍向けではない。
特に弾道計算は、少し手をつけたところで諦めた。計算そのものができないわけではないが、時間をかければ解けるという程度では、この試験では意味がない。
周囲では鉛筆が紙を擦る音が続いている。その中に時折、試験官の声が混じった。
「五回目。失格だ」
一人の受験者が顔を青くする。
「え……?」
「お前は終わりだ。班員も出ろ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! こいつらは関係――」
「ルールは説明した。出ろ」
抗議は通らなかった。三人の下忍が席を立たされ、教室から追い出される。
カゲマルはその様子を横目で見ながら、改めて試験官たちの配置を確認した。
不正行為をしたから即失格、ではない。
見つかるたびに減点され、五回で失格。
なら、あの試験官たちは最初からカンニングが起こることを想定している。
そこまで考えたところで、カゲマルは答案用紙へ目を落とした。
――なるほど。
この問題は難しすぎる。
だが、だからこそ意味がある。
忍が任務で必要な情報を、いつも正面から手に入れられるとは限らない。相手に気づかれず、必要なものだけを持ち帰ることも忍の仕事だ。
つまり問われているのは、問題を解く学力だけではない。
情報収集能力。
原作を知っているカゲマルにとって、試験の意図そのものは最初から分かっていた。それでも、自分ならどうやって情報を取るかまでは別の話だ。
カゲマルは机の下へ目を向ける。
自分の足元から伸びる影。机や椅子、人の足が作る影が複雑に重なり、教室中へ続いている。
影真似なら使える。
誰かを捕らえ、無理やり答案をこちらへ向けさせることも不可能ではない。
だが、すぐに選択肢から外した。
影真似は便利だが、こんな明るい教室で使えば床を伸びる影そのものが目立つ。奈良一族の術を知っている試験官が一人でもいれば、何をしているのかも簡単に読まれる。
何より、情報を盗むために相手の動きを止めるなど下手すぎる。
――使える術を、何でも使えばいいわけじゃない。
ゲンマに基礎を叩き直されてきた意味が、こんなところで効いてくるとは思わなかった。
カゲマルは視線だけを動かした。
斜め前に一人、かなりの速度で答案を埋めている受験者がいる。おそらく試験側が紛れ込ませた、答えを知っている人間だ。
問題は答案を見る方法だった。
カゲマルはすぐには動かず、試験官を観察する。
一人が右側の列を歩く。
別の一人は後方。
前方の二人は教室全体を見ているが、一定の間隔で手元の記録へ視線を落としていた。
全員が常に全員を見ているわけではない。
当然だ。
百人以上いる受験者を、一瞬も漏らさず監視するなどできない。
カゲマルは問題用紙を少し左へずらした。
鉛筆を持ち、考えているように頬杖をつく。その姿勢のまま視界の端へ斜め前の答案を入れる。
見えない。
角度が足りない。
なら、もう少し。
椅子に座り直すふりをして、身体を僅かに右へずらす。
まだ見ない。
試験官が通り過ぎる。
三歩。
四歩。
カゲマルは鉛筆を落とした。
わざとではないように、指先から自然に滑らせる。
床へ転がった鉛筆は斜め前の机の近くで止まった。
拾うために身体を屈める。
その一瞬だけ顔を上げる。
答案が見えた。
全部を読もうとはしない。
三問目の式。
数字。
途中まで。
それだけ覚えて、鉛筆を拾って戻る。
心臓が少し速くなっていた。
試験官を見る。
こちらを見ている者はいない。
成功。
ただし、同じ手はもう使えない。
同じ偶然が二度続けば、それは偶然ではなくなる。
カゲマルは覚えた式を書き込み、そこから残りを自分で計算する。
全部を盗む必要はない。
必要な情報だけ取って、足りない部分は自分で補えばいい。
次の問題では、別の受験者が答案をめくる瞬間を利用した。さらに次は、窓ガラスへ薄く映った文字から選択肢を絞る。
派手な術は使わない。
一度に答えを全部持ってこようともしない。
少しずつ集める。
その方が、今の自分には合っていた。
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スズは問題用紙を前にしながら、別の意味で困っていた。
一問目は難しいが問題ない。
二問目もなんとか分かる。
三問目になると、何を聞かれているのかすらよく分からない。
それ以上に気になるのが、教室を満たしている音だった。
鉛筆が紙を擦る音、椅子が僅かに軋む音、呼吸、衣擦れ。百人を超える人間が一つの部屋にいるせいで、普段なら簡単に拾える小さな音まで幾重にも重なっている。
目を閉じれば余計によく聞こえた。
けれど、聞こえることと分かることは違う。
鉛筆が走る音から文字まで判別できるわけではない。紙を擦る音を聞いたところで、そこに書かれた答えは分からない。
スズは目を開けた。
その時、右後方から小さな衣擦れと足音が聞こえる。
試験官だ。
一定だった歩調が少し遅くなり、こちらへ近づいてくる。
スズは答案へ視線を戻した。
数秒後、試験官が横を通り過ぎる。
足音が離れていく。
そこで気づいた。
答えを聞こうとする必要はない。
聞くべきなのは、試験官の動きだ。
スズは鉛筆を動かしながら耳を澄ませた。
右後方の足音が遠ざかる。
左側では別の試験官が立ち上がった。
前方の一人は動かない。
背後で衣擦れ。
右。
左。
後ろ。
視線だけでは把握できない位置にいる試験官まで、音ならある程度追える。
スズは自分から三列ほど離れた受験者を視界の端に入れた。先ほどからほとんど鉛筆が止まっていない。
右側の試験官が離れる。
左は別の受験者を見ている。
後ろの足音も遠い。
今。
スズはほんの数秒だけ視線を動かした。
答案の一部を見る。
数字を一つ。
すぐに戻す。
何食わぬ顔で自分の答案へ書き込んだ。
しばらく待つ。
また足音が近づく。
動かない。
通り過ぎる。
次は前方の試験官が別の列を見るまで待つ。
焦らない。
一度に全部取ろうとしない。
繰り返すうち、答案が少しずつ埋まっていった。
一度だけ、後ろにいた試験官が予想より早く立ち止まった。
スズは答案へ視線を戻す。
心臓が大きく鳴る。
自分の鼓動までやけにうるさく聞こえた。
それでも顔には出さない。
――耳だけに頼るな。
ゲンマに言われた言葉が浮かぶ。
音だけを追っていれば、正面から見られていることに気づけない。だから目でも見る。
耳で死角を探し、目で情報を取る。
どちらか一つでは足りない。
二つを組み合わせて初めて、自分の長所になる。
スズはもう一度だけ、静かに鉛筆を動かした。
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レンはかなり困っていた。
一問目は、時間をかければなんとなく解けそうだ
二問目も、習ったような気はする...
問題はその先だ。
「……なんだこれ」
声に出しかけ、寸前で飲み込む。
分からない。
戦うならまだいい。相手が殴ってくれば避ける。隙があれば入る。危なければ下がる。
試験用紙は殴ってこない。
その代わり、どうすればいいのかも教えてくれない。
レンは頭を抱えたくなったが、そこで少し離れた席から試験官の声が聞こえた。
「三回目」
一人の受験者が顔を強張らせる。
試験官は何かを記録し、そのまま離れていった。
追い出されない。
三回目だからだ。
レンの眉が寄る。
別の場所では、明らかに挙動のおかしい受験者が横目で答案を盗み見ている。
試験官がそちらを見る。
何も言わない。
見えていないのか。
いや。
レンはしばらく観察した。
少し離れた場所で、また別の受験者が捕まる。
同じことをしているように見えた。
なのに捕まる奴と、捕まらない奴がいる。
違いは何だ。
ゲンマから何度も言われてきた。
――考える前に突っ込むな。
だから考える。
今度は途中で投げない。
問題を見る。
試験官を見る。
周囲を見る。
そして、ようやく気づいた。
カンニングした奴を片っ端から落としているわけではない。
下手な奴を見つけている。
「……そういうことか」
今度は声に出さなかった。
この問題を全部自力で解けという試験ではない。
答えを持っている相手を探して、試験官に悟られないよう情報を取る。
そう考えれば、難しすぎる問題にも意味がある。
だが、意味が分かったところで方法がない。
カゲマルみたいな影はない。
シノみたいな虫もいない。
ヒナタやネジみたいな目もない。
スズほど耳がいいわけでもない。
自分にあるもの。
レンは一度、手を見る。
身体。
それと、相手の動きを見ること。
それしかない。
なら、それでやる。
前の席の受験者は駄目だ。背中しか見えない。
右斜め前。
答案用紙を机の端へ寄せている男がいる。
少し位置を変えれば見える。
レンはすぐには動かなかった。
試験官を見る。
一人。
二人。
視線の向きを確認する。
戦っている時と同じだ。
相手の目を見る。
次にどこを見るかを読む。
右側の試験官が後ろを向いた。
前方の一人が別の受験者へ注意を向ける。
レンは椅子に座ったまま、足へ僅かに力を入れた。
普段なら踏み込むために使う脚力を、今は音を立てず身体を数センチずらすためだけに使う。
視界が開く。
見えた。
一問。
二問。
欲張らない。
すぐ元の位置へ戻る。
試験官は動かない。
レンは内心で息を吐いた。
戦闘とは違う。
だが、やっていることは意外と似ていた。
相手を見る。
隙を待つ。
必要な時だけ動く。
波の国へ行く前なら、見えた瞬間にもっと長く覗いていたかもしれない。
今は違う。
一度で全部取ろうとすれば見つかる。
次の機会を待つ。
数分後、別の受験者が答案用紙を持ち上げた一瞬だけ、さらに一つ答えを拾った。
それ以上はやめる。
残りは自分で考える。
全部埋める必要はない。
必要なのは、班を失格にしないことだ。
レンは鉛筆を握り直した。
自分なりに考えて、自分にできる方法を選んだ。
ゲンマが見ていたら褒めるだろうか。
少し考えて、やめた。
多分、「最初に気づくのが遅い」と言われる。
その方がゲンマらしかった。
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時間が進むにつれ、空席が増えていった。
稚拙な情報収集を繰り返した者が一人、また一人と教室から消えていく。
カゲマルの答案も、すべてではないが埋まっていた。
自力で解いたもの。
周囲から集めた情報を使ったもの。
最後まで分からなかったもの。
十分だと思う。
少なくとも零点ではない。
レンとスズがどうなっているのかは分からない。
確認したい気持ちはある。
けれど、今はできない。
第十一班だからといって、いつでも助けられるわけではない。ここではそれぞれが自分で考え、自分の方法で突破するしかない。
少し前なら、どうにかして二人の答案まで助ける方法を探していたかもしれない。
今は違う。
信じる。
簡単そうで、カゲマルには意外と難しいことだった。
やがてイビキが時計を見る。
「そこまでだ」
教室中の鉛筆が止まった。
レンが遠くで机に突っ伏しかけている。
生き残っている。
スズもいる。
それだけ確認し、カゲマルは小さく息を吐いた。
「これから第十問を出す」
空気が変わった。
来た。
カゲマルはイビキを見る。
ここまでは、記憶にある流れと大きく変わっていない。だからといって気を抜くつもりはなかった。
イビキは受験者たちを見渡す。
「その前に、第十問には特別なルールがある」
教室がざわついた。
「まず、お前らには選んでもらう。第十問を受けるか、受けないかだ」
一人の受験者が手を上げる。
「受けなかった場合は?」
「その時点で零点。今年の試験は不合格だ。当然、同じ班の二人もな」
ざわめきが大きくなる。
レンの表情が引き締まった。
スズもイビキから目を逸らさない。
「ただし、受けなければ次回また挑戦できる」
そこでイビキの声が低くなった。
「だが第十問を受けて、答えを間違えた場合――」
一拍置く。
「そいつは今後、中忍選抜試験を受ける資格を永久に失う」
教室が静まり返った。
直後、あちこちから声が上がる。
「そんな馬鹿な!」
「永久ってどういうことだよ!」
「今まで試験を受けた奴だっているだろ!」
イビキは動じない。
「運が悪かったな。今年のルールは俺が決める」
カゲマルはそのやり取りを聞きながら、記憶を辿っていた。
知っている。
これは嘘だ。
第十問そのものに答える必要はない。
問われているのは覚悟。
そして――。
カゲマルはナルトの方を見そうになって、やめた。
ここはナルトの場面だ。
自分が知っているからといって、何かをする必要はない。
ただ、一つ問題がある。
自分は答えを知っている。
なら、自分自身の覚悟はどこで試される?
カゲマルは目を閉じた。
試験に残れば、この先に死の森がある。
大蛇丸が来る。
サスケが狙われる。
自分たち第十一班が加わったことで、何が変わるか分からない。
もしかすると原作では起きなかった危険が、自分たちへ向くかもしれない。
ここで手を上げれば、安全に帰れる。
次の機会もある。
知っている未来へ、自分から踏み込む必要はなくなる。
「棄権する奴は手を上げろ」
イビキの声が響く。
一人の手が上がった。
「……俺は、やめる」
その班が立ち上がる。
別の場所でも手が上がる。
また三人が出ていく。
教室の人数が減っていく。
カゲマルは自分の右手を見る。
怖い。
大蛇丸と戦いたいわけではない。
我愛羅とも戦いたくない。
木ノ葉崩しに巻き込まれたいはずもない。
未来を知っている自分が、危険だと分かっている場所へ進むのは馬鹿なのかもしれない。
それでも。
レンは残っている。
スズも残っている。
二人は、この先に何があるのか知らない。
それでも自分で受けると決め、ここに座っている。
カゲマルだけが未来を理由に逃げるのは違うと思った。
それに、自分が知っている未来が本当にそのまま来るとも限らない。
波の国ですでに分かったことだ。
知識は答えではない。
使える情報の一つにすぎない。
カゲマルは手を机の上に置いた。
上げない。
それが自分の答えだった。
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レンは前を向いたまま、歯を食いしばっていた。
永久に受けられない。
その言葉は重かった。
今回落ちるだけならまだいい。また強くなって受ければいい。
けれど、二度と挑戦できないとなれば話は違う。
手を上げるなら今だ。
そう思う。
横を見ることはできない。
カゲマルもスズもどこにいるか分かっているが、二人がどうしているのかは見えない。
もし自分が残ると言えば、二人まで巻き込む。
逆も同じだ。
「……くそ」
小さく呟く。
自分一人なら迷わなかった。
間違えたら自分が終わる。
それだけなら、やる。
けれど班員まで落ちる。
波の国でゲンマに言われたことを思い出した。
中忍は、自分だけではなく他人の命まで判断する立場になる。
なら、無謀に進むのが正しいわけではない。
手を上げることも、一つの判断だ。
レンは拳を握った。
考える。
今度は投げ出さない。
怖いからやめるのか。
勝てないと思うからやめるのか。
それとも、二人を守るためにやめるのか。
どれも少し違う。
カゲマルならどうする。
そこまで考えて、レンは首を振った。
違う。
今決めるのは自分だ。
「……やる」
誰にも聞こえない声で呟く。
手は上げなかった。
--------------------------------
スズは静かに周囲の音を聞いていた。
一人が立つ。
三人が教室を出る。
また一人。
椅子を引く音。
足音。
扉が閉まる。
減っていく。
怖くないと言えば嘘になる。
スズはもともと、危険なら退くべきだと考える方だった。助けられる可能性が低いのに全員で危険へ飛び込むことを、正しいとは思っていない。
だからこそ迷う。
これは退くべき場面なのか。
第十問を間違えれば、二度と中忍試験を受けられない。
受けなければ、今回は終わるだけ。
条件だけを見れば、棄権する方が合理的だ。
スズの指が僅かに動いた。
その時、波の国でのことを思い出した。
怖かった。
武器を持った人間と向き合い、初めて人へ攻撃を向けた。
それでも、帰ってきた。
そして今、自分はここにいる。
知らないものを全部危険だからと避けていたら、いつまで経っても知らないままだ。
スズは手を止めた。
まだ、退く時ではない。
そう判断した。
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それでも教室の緊張は消えなかった。
誰かが手を上げるたび、別の二人まで巻き込まれて出ていく。
イビキは急かさない。
ただ待っている。
その沈黙そのものが受験者を追い詰めていた。
カゲマルは前を見る。
まだだ。
記憶通りなら、もうすぐ――。
ガタン。
椅子が鳴った。
ナルトが手を上げている。
カゲマルの心臓が一瞬跳ねた。
分かっていても、実際に見ると不安になる。
サクラも目を見開いていた。
ナルトの腕が震えている。
イビキが見る。
「何だ。棄権か?」
次の瞬間、ナルトの手が机へ叩きつけられた。
「なめんなよ!」
教室中が静まる。
ナルトは立ち上がっていた。
「俺は逃げねぇ!」
イビキを真っ直ぐ睨む。
「たとえ一生下忍になったって、意地でも火影になってやる! そんなことでビビるかよ!」
静かな教室に、ナルトの声だけが響いた。
「俺は受ける! 絶対に逃げねぇ!」
カゲマルは何も言わなかった。
ただ、少しだけ笑った。
これだ。
自分が知っているから残しておきたかった、というだけではない。
ナルト自身が積み重ねて、ここで言うから意味がある。
教室の空気が変わっていく。
さっきまで手を上げようとしていた者たちの顔から迷いが薄れていく。
レンも笑っていた。
「すげぇな、あいつ……」
離れた席なので声は聞こえない。
それでも顔を見れば分かる。
スズもナルトを見ていた。
イビキはしばらく黙っていたが、やがて口元を僅かに緩めた。
「いい覚悟だ」
そして、残った受験者全員を見渡す。
「なら、ここにいる奴らに伝える」
誰も動かない。
「第十問――」
カゲマルは静かに息を吐く。
「合格だ」
一瞬、誰も反応できなかった。
「……は?」
レンの声が、今度はカゲマルにも聞こえた。
教室が一気にざわつく。
「どういうこと!?」
「問題は!?」
「まだ何も出されてないぞ!」
イビキは騒ぎが少し収まるのを待ち、黒板へ向き直った。
「第十問に問題なんかねぇ。選択そのものが第十問だ」
受験者たちが黙る。
イビキは第一試験の意味を説明していく。
忍が任務で扱う情報。
時に命を懸けて情報を集めなければならないこと。
不確かな情報しかない状況でも、隊長は任務を受けるか退くかを判断しなければならないこと。
その判断には、自分だけではなく仲間の命まで懸かる。
最初の九問は情報収集能力。
最後の一問は、危険を前にしても任務へ踏み込める覚悟を見るためのもの。
カゲマルは黙って聞いていた。
知っていた説明なのに、今は以前とは違って聞こえる。
波の国へ行く前なら、もっと単純に理解していたかもしれない。
危険でも進める者が中忍。
そんな話ではない。
怖さを知らずに進むことと、怖さを理解した上で進むことは違う。
退くべき時に退く判断も必要になる。
それでも、決めなければならない瞬間がある。
ゲンマが推薦前に言っていたことと同じだった。
中忍は、判断を任される立場になる。
「以上だ」
イビキが言う。
「ここに残った者は第一の試験、合格とする」
その瞬間、レンが両手を上げた。
「よっしゃあ!」
何人かがそちらを見る。
スズが額を押さえていた。
カゲマルは笑う。
少し離れた場所では、ナルトもレン以上に騒いでいる。
「やったってばよー!」
「うるさい!」
サクラの声が飛ぶ。
「ナルトの方がうるさいな」
レンが妙に満足そうに言う。
「張り合うところじゃないよ」
スズの声は届いていないはずなのに、カゲマルには何となくそう言っている姿が想像できた。
第一試験は終わった。
だが、カゲマルは教室の窓へ目を向ける。
次が来る。
そう思った直後だった。
窓ガラスが割れた。
「!?」
何かが教室へ飛び込んでくる。
黒い布が広がり、イビキの前へ大きく張られた。
そこには第二試験官の名が記されている。
勢いよく現れた女忍者が、教室中へ向かって声を張った。
「喜ぶのはまだ早いわよ!」
みたらしアンコ。
「私は第二試験官、みたらしアンコ! 次、行くわよ!」
静まり返る教室。
アンコは残った人数を見渡し、眉を寄せた。
「……イビキ」
「何だ」
「残しすぎじゃない?」
イビキが僅かに笑う。
「今年は優秀なのが多くてな」
「ふーん」
アンコの目が受験者たちを順番に見ていく。
その視線が自分たちの辺りを通った時、カゲマルは無意識に背筋を伸ばしていた。
第二試験。
死の森。
そして、大蛇丸。
いよいよ、記憶の中でも特に危険な場所へ入る。
だが隣を見ることはできない。
今はまだ席が離れている。
それでもカゲマルには分かっていた。
レンもいる。
スズもいる。
第一試験を、それぞれ自分の力で越えてきた。
なら次も、最初から自分一人で全部背負う必要はない。
カゲマルは前を向いた。
知っている未来に備えることと、未来を決めつけることは違う。
その違いだけは忘れないようにしようと思った。