白銀さんちの超高校級 作:るるトゥ
「……なるほど。」
私はデスクの上に置かれた調査報告書に目を落とし、静かに深く頷いた。
報告書といっても、大層なものではない。
白銀廻。
秀知院学園高等部に最近編入してきた、現生徒会長…白銀御行の弟。
そして、ここ連日女子生徒の間で急速に話題となっている人物。
容姿端麗。
家事万能。
気遣い抜群。
さらに、女子の些細な変化を見抜いては自然体で褒めちぎるという、恐ろしいまでの人たらし。
……正直、意味がわかりません。
私は四宮かぐや。
秀知院学園生徒会副会長であり、白銀御行という男を誰よりも深く観察し、そして(いつか自分に告白させるため)攻防を繰り広げている者です。
もちろん、会長のことなら大抵のデータは頭に入っています。
極度の努力家で、責任感が強く、そして恋愛に関しては致命的に不器用。
「会長の弟さん、ですか……。」
白銀廻。
彼の存在自体は聞いていましたが、まさかこれほどまでの人物だとは想定外でした。
ですが――これは、千載一遇の好機かもしれません。
実の兄弟であれば、当然ながら会長の『知られざる弱点』や『家庭での素顔』を握っているはず。
家での会長の様子。
学校では見せないボロ。
そして何より――好きな女性のタイプや、恋愛に関する決定的な情報!
「……使えますね。」
私の口元が、スッと歪んだ。
現在、私と会長は高度な恋愛頭脳戦の真っ只中。
相手の『好み』という絶対的な情報を入手できれば、今後の仕掛けにおいて圧倒的優位に立てます。
これはあくまで勝利のための情報収集。
決して、会長の好みに自分を合わせたいなどという乙女心(へどろ)のような理由ではありません!
……ありませんとも!
「早坂。」
「はい、かぐや様。」
暗闇から滑り出すように、従者の早坂愛が姿を現した。
金髪碧眼の美少女――表向きは派手なギャルだが、その実態は我が四宮家に仕える優秀極まりないエージェント。
「白銀廻という生徒に接触しなさい。」
「……白銀廻、ですか?」
「ええ。会長の弟です。彼から自然な形で、会長の女性の好みを探り出すのです。」
「具体的にはどのような?」
「純粋な好み、そして惹かれる要素です。不自然な問い詰めは厳禁。相手に警戒されたら元も子もありませんからね。」
「承知いたしました。」
「それと、会話の音声はリアルタイムで私にも聞こえるようにしなさい。」
「……盗聴並みの精度で、ということですね。」
「ええ。」
早坂は小さくため息を漏らした。
「かしこまりました、かぐや様。」
ふふふ、勝ちました。
会長の弟から恋愛傾向を洗い出し、完全な対策を立てて見せます!
この時、私はまだ知らなかったのです。
白銀廻という男が、私の想像を遥かに超える『怪物』であったことを――。
───*───
「……って感じだからさー! マジで白銀廻クン紹介してほしいんだよね!」
「えっ!?」
放課後、生徒会室近くの廊下。
石上優は、突然の申し出に思わず素声を上げた。
頼んできたのは、一学年上の派手めな女子生徒───早坂愛。
そして名前が挙がったのは、最近転校してきた友人…白銀廻。
「早坂先輩が、白銀を……ですか?」
「そ! 廻クンと石上クン、めっちゃ仲良いって聞いたからさー。マジお願い!」
キャピッとした笑顔で手を合わせる早坂。
石上は引き気味に頭を掻いた。
「いや、仲が良いっていうか……まあ、友達ですけど。早坂先輩が白銀に何の用なんですか?」
「えー? だって廻クン、超話題の人じゃん? ちょっと話してみたいなーって思っただけだし!」
「あー……まあ、白銀を知りたいって気持ちは分かりますけど。」
石上は深く頷いた。
実のところ、廻の底知れなさは石上自身が一番よく知っている。
見た目は超絶美少女。
中身は謎に男前。
料理はプロ級。
人の心を透視しているかのような鋭い観察眼。
それでいて本人はどこまでもナチュラル。
男子から見ても「なんだあの可愛いヤツ……」と頭を抱えたくなる存在なのだ。
「まあ、白銀に聞いてみますよ。あいつなら『いいですよ』って普通に言いそうですし。」
「ほんと!? やったー! マジ感謝だし、石上クン!」
バチンッとウインクを決めて去っていく早坂。
石上は「相変わらずテンション高いな……」と見送った。
もちろん、彼女が四宮かぐやの忠実な従者として、盗聴器を仕込んで暗躍しているなどとは夢にも思わずに。
───*───
「初めましてー! 早坂愛でーす!」
「初めまして、白銀廻です。石上くんからお話は伺っていますよ。」
夕暮れ時、人の少ないカフェテリアの一角。
早坂愛は、外面の『ギャルモード』を完璧に展開しながら、対面に座る白銀廻を観察していた。
白銀廻。
写真以上の美貌だ。透き通るような銀髪に、整いすぎた顔立ち。
それでいて威圧感はなく、相手を包み込むような柔らかい空気を纏っている。
(……なるほど。これは女子がコロッといくわけですね。)
早坂はストローに口を付けながら、ノリ良く口を開いた。
「石上クンから聞いたでしょ? 急に呼び出しちゃってごめんね~!」
「いえ、構いませんよ。石上くんの大切な先輩なら、僕にとっても大切な方ですから。」
「えっ、マジ? 廻クンめっちゃイイ奴じゃん!」
相槌を打ちながら、早坂は内心で冷静に分析する。
お世辞や計算を感じさせない、あまりにも純度の高い善意。
これは確かに手強い。
「ねえねえ、廻クンってお兄さんとめっちゃ仲良い感じ? 生徒会長の白銀先輩!」
「ええ。兄様には昔からとてもお世話になっています。心から尊敬できる、自慢の兄ですよ。」
「へー! 会長さんって学校だと超厳格って感じだけど、家だとどんな感じなのー?」
「努力家で責任感が強いのは家でも変わりませんね。ただ……少々無理をしがちなところがあるので、弟としては少し心配なのですが。」
柔らかく目を細める廻。
早坂はインカムの向こうで固唾をのんで聞いているであろうかぐやの存在を意識しつつ、本題へと切り込んだ。
「ふ~ん! 会長さんってマジで真面目なんだねー! ちなみにさ、会長さんってどんな女の子がタイプだったりするの? 廻クンなら知ってたりしない?」
完璧なギャルの軽ノリ。不自然さゼロの探り。
廻は指先を顎に当て、少しだけ考える素振りを見せた。
「兄様の好み、ですか……。」
「そうそう! なんか気になっちゃってさ~!」
「そうですね……兄様は、純粋で可愛らしい子が好みだと思いますよ。」
――来た。
早坂は表情を変えず、身を乗り出す。
「純粋で可愛い子! へー!」
「はい。それから『努力ができる子』ですね。自分の目標に向かってひたむきに頑張れる方を、兄様はとても深く尊敬していますから。」
「なるほどね~!」
「それに……周りをよく見て配慮ができる子。自分のことだけでなく、他人の痛みに寄り添える人に、兄様は惹かれるのだと思います。」
早坂は内心で手応えを感じていた。
純粋で可愛い。
努力家。
周囲への思いやり。
まさに白銀御行という男が好みそうな条件であり、そして何より――どこか四宮かぐやの『美点』にも合致する絶妙なラインだ。
(よし、完璧。かぐや様もこれで満足するはず……。)
早坂が離脱のタイミングを測ろうとした、その時だった。
「ところで――早坂先輩。」
「ん? なにー?」
「あなたは、四宮かぐや様の従者でいらっしゃいますね?」
「………………は?」
早坂の思考が、完全にフリーズした。
カフェテリアの喧騒が遠のく。
対面に座る白銀廻は、相変わらず天使のような、穏やかな笑みを浮かべたままだ。
「え、あ……な、なに言っちゃってんの廻クン? ウケるんだけど!」
「ふふ、無理に隠さなくても大丈夫ですよ。質問の組み立て方が、あまりにも緻密でしたから。」
「な、組み立て……?」
ギャル口調の仮面が、ボロボロと剥がれ落ちていく。
廻は困ったように小首を傾げた。
「ええ。『会長の好みを知りたい』という好奇心にしては、質問の優先順位が整理されすぎていました。ご自身の興味ではなく、どなたかへ正確なレポートを提出するための質問――そう感じたのです。」
「…………。」
「そして、兄様と特別な空気感を共有していらっしゃる女性といえば、四宮かぐや様以外に考えられません。石上くんを経由して僕に接触されたプロセスも含めれば、察するのは難しくありませんでした。」
背中に、ツーッと冷や汗が伝う。
見抜かれた。
完璧に演じ分けていたギャルの外面も、背景にある四宮家の影も、この男は最初からすべて見通した上で付き合っていたのだ。
「安心してください、他言するつもりはありませんよ。兄様を想う四宮先輩の御心は、とても微笑ましいものですから。」
「……あ、ありがと……ございます……。」
もはや敬語に戻るしかなかった。
「ただ……四宮様にお伝えいただけますか?」
廻は少しだけ、いたずらっ子のように微笑んだ。
「兄様のことをお知りになりたいのでしたら、遠回りなさらず、直接お聞きになるのが一番近道ですよ……と。」
「………………承知、いたしました。」
早坂愛は、絞り出すように答えるのが精一杯だった。
なんだこの男は。
ただの美少女顔の弟ではない。
人の心理を極限まで読み解く恐ろしい観察眼と、それを包み込む底知れぬ包容力。
(お嬢様……とんでもないモンスターに手を出してしまいましたよ……。)
その頃。
盗聴用インカムの向こう側で、すべての会話をリアルタイムで聞いていた四宮かぐやは───。
「~〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!?」
顔をリンゴのように真っ赤にし、プルプルと震えながら、自室のデスクに崩れ落ちていたのだった。