白銀さんちの超高校級 作:るるトゥ
都内某所にある、ごく普通の公立高校。
そんなありふれた学校のグラウンドには、現在、多くの生徒たちによって人だかりが作られていた。
彼ら彼女らがこの場に集まっている理由。それは、グラウンドでサッカーボールを蹴っている若き青年たちの姿を見るためである。
断じて。
断じて、サッカー部のマネージャーから彼らへ振る舞われることになるであろう、激ウマ料理のおこぼれにあずかりたいわけではない。
……決して、断じて、そんな邪な理由ではないのである。
「うおおおおおおっ!!」
「入ったぁぁぁぁ!!」
「ナイスシュート!!」
「さっすが帝!!」
突如として、観衆が大きな歓声を上げた。
今行われている練習試合にて、この高校におけるエースストライカーが見事なシュートを決めたからだ。
ゴールネットを揺らしたボール。
それを見届けた選手たちが喜びの声を上げる一方、グラウンドの外から眺めていた生徒たちもまた、我先にと歓声を飛ばしている。
もっとも、その視線がサッカー部のエースだけに向けられているかというと――。
「……なあ。」
「ん?」
「俺たち、何のためにここにいるんだっけ?」
「サッカー部の応援。」
「だよな。」
「…………。」
「じゃあ、なんで俺らは調理室のほうをチラチラ見てるんだ?」
「知らん」
彼らの視線の先には、校舎の端。
そこには調理室があった。
さて。
そろそろ、視点を変えようじゃないか。
次に見てみるのは、校舎の端っこにある調理室。
そこにも、グラウンドほどではないにしろ、少なくない数の生徒たちが押し寄せていた。
集まった生徒たちの視線の先にいるのは――エプロンを着た美少女と見紛ってしまいそうな少年。
白銀廻。
「ふん、ふふーん♪」
鼻歌交じりに、廻は手を動かしていた。
包丁を握り、野菜を刻み、鍋の中身をかき混ぜ、必要な調味料を正確な分量だけ加えていく。
その動きは、とにかく速い。
速いのだが、決して雑ではない。
むしろ一切の無駄がなく、次に何をするべきなのかを完全に理解しているような動きだった。
「廻くん、こっちの鍋は?」
「あと二分くらい煮込んでください。その間に火を弱めておいてもらえると助かります。」
「了解!」
「それと、そこの野菜は盛り付け用なので、切り終わったら冷蔵庫に入れてください。」
「わかった!」
「ありがとうございます。」
まるで厨房の料理長である。
最初の頃は、その光景に誰しもが驚き、目を見開かせていた。
しかし、今となっては誰も動じたりはしない。
それどころか、廻の動きの無駄のなさに感心している始末である。
慣れというのは、本当に恐ろしいものだ。
某料理バトル漫画もかくやという超人的挙動を繰り広げながら、周囲で作業している他のマネージャーたちにも的確な指示を飛ばしていく廻。
彼の周囲で料理を作る少女たちも、廻には及ばないながら料理が得意な者たちだ。
さらに言葉を付け加えるのなら、彼女たちは以前から廻にある程度の手ほどきを受けている。
ゆえに、誰も彼もその手の動きには卒がない。
────一人の少女を除いて。
「…………。」
どこか慣れない手つきで野菜を刻んでいる少女。
四条眞妃である。
彼女は廻のお手伝いという名目で、この場にやって来ていた。
ゆえに、廻の手伝い――つまりマネージャー業務をやるのは当たり前のこと。
とはいえ。
四大財閥の一角、四条家の令嬢である眞妃が、料理をした経験などまともにあるはずもない。
包丁を握ることすら、今日が初めてと言っていい。
「…………これで、いいのよね?」
恐る恐る野菜を刻む。
トン、トン、トン。
他の少女たちが小気味よいリズムを刻んでいるのに対し、眞妃のそれはどこかぎこちない。
本人もそれを自覚しているのか、眉間にしわを寄せながら真剣な表情で包丁を動かしていた。
そんな彼女を見ていた廻が、ふと手を止める。
「大丈夫ですか、四条先輩。手が止まっていますけど、なにか分からないことがありましたか?」
「へ!?」
突然背後から声をかけられ、眞妃の肩が大きく跳ねる。
「い、いやいや、なんもないわよ!! へーきへーき。」
「そうですか?」
「そうよ!」
「…………。」
「…………。」
じーっ。
廻が眞妃の手元を見つめる。
眞妃は気まずそうに視線を逸らした。
「……本当に?」
「ほ、本当だってば!」
すると廻は、眞妃の耳元へ少しだけ顔を近づける。
「四条先輩、包丁を使う時の手の形が違いますよ。」
「……え?」
その囁きに、眞妃はまたしてもビクリと肩を震わせた。
「え、ほんと?」
「はい。包丁を使う時は猫の手にすると聞いたことがあるでしょう?」
そう言いながら、廻は自分の手を丸めてみせる。
「こうです。こうして指先を内側に曲げておけば、間違って指を切ってしまう危険も減りますから。」
「……こ、こう?」
眞妃も真似して手を丸める。
「はい。そんな感じです。」
「なるほど……。」
少しだけ安心したように頷く眞妃。
しかし。
その光景を見ていた周囲の生徒たちは、それどころではなかった。
(か、可愛い……。)
(猫の手を実演する廻くん、破壊力高すぎない?)
(四条先輩も顔真っ赤じゃん……。)
(尊い……。)
男女を問わず、調理室にいた観衆の何人かが瀕死のダメージを受けていた。
まぁ当の本人は、その事実にまったく気づいていないようだが。
「そろそろ午前の練習が終わりますし、うつわによそいましょうか。」
廻はそう言って、何事もなかったかのように料理へと向き直る。
「四条先輩も、よそるの手伝ってもらえますか?」
「……ええ、任せなさい。」
眞妃は小さく息を吐き、今度こそ気合を入れて料理へと向き直る。
その頬が、ほんのり赤く染まっていたことには――本人も、まだ気づいていなかった。