白銀さんちの超高校級 作:るるトゥ
「なんでこんなことになってしまったのでしょうか?」
僕⋯白銀廻は、誰にも聞き取れないほど小さな声で、そう独りごちました。
こちらへと投げ飛ばされてくる大きな歓声。
それらは僕のことを応援してくれる、温かくて優しいものばかりなのですが……それゆえに緊張してしまう。
期待されるというのは、どうにも苦手です。
できることなら、誰にも見られていないところでひっそりとやりたかった。
なのに今、僕は大勢の人たちから注目を浴びながら、サッカーボールの前に立っています。
しかも。
相対しているのは、全国レベルのエースストライカーたちのシュートを何度も止めてきているゴールキーパー。
テレビで名前を聞いたことすらあるような、とんでもない人です。
初めてのPK戦で戦うような相手じゃないと思うのですが???
そもそも、どうして僕はPK戦をやることになったのでしょう。
少し前まで、僕はただ皆さんの試合を見ていただけだったはずなのに。
気がつけば「廻も蹴ってみればいいじゃん!」などと言われ、気づけばボールが用意され、気づけば観客まで集まり、そして今に至ります。
人生、何が起こるか分かりませんね。
まぁ、そんなことを考えても、もはや手遅れなんですけどね……。
ここまで白熱した空気になっているのに、僕が試合を降りてしまったら、白けるどころの話じゃあ済まなくなります。
ここで「やっぱりやめます」なんて言おうものなら、きっとみんな困った顔をするでしょう。
なので逃げ道はない、と。
「ボールに触れるのは久しぶりですけど……日ごろから皆さんのシュートフォームを見てるので、大丈夫でしょう。」
自分に言い聞かせるように、僕は呟きます。
大丈夫。
たぶん。
きっと。
……そう思いたい。
超高校級の主夫が持っている才能の一つに、戦いの才能というものがあります。
現代で普通の生活を送っているのなら、戦いなんてほとんど起こりません。
包丁を握ることはあっても、人に向けることなんてありませんし、フライパンを振ることはあっても、それで誰かを殴ることなんてありません。
ですが、戦いの才能というものは、何も喧嘩だけに使えるものではないのです。
日常生活の中でも、意外と応用が利く。
例えばそう。
今みたいに、初めての体験を上級者のようにこなしたい時とかですね。
戦いの才能。
それは、言い換えるのならば、殴り合いの才能とも呼べます。
殴り合いとは、身体を使った喧嘩のこと。
ゆえに、どれだけ上手に身体を動かせるかが物を言います。
だから、その才能を持つ僕が誰かの動きをコピーすることなど朝飯前。
身体の重心。
足の踏み込み。
腰の回転。
力を入れるタイミング。
そして、力を抜くタイミング。
それらをコピーすることなど、ね。
たった一回しか見ていないものでも、ある程度は真似できる。
ましてや、何百回も見た覚えのあるシュートフォームならば。
それこそ百二十パーセントの出力でコピーできます。
問題があるとすれば――。
僕がPK戦をするのが、初めてに近いということだけ。
……まぁ、それも今さらですね。
「それじゃあ、いきますね。」
そう言って、僕はボールから少しの距離を取ります。
周囲の声が、ほんの少しだけ遠くなったような気がしました。
歓声も。
野次も。
誰かの笑い声も。
全部が薄い膜の向こう側にあるように感じます。
目の前にあるのは、白黒のボール。
そして、その先にいるゴールキーパー。
僕は一度、深く息を吸いました。
吐く。
もう一度、吸う。
吐く。
身体の調子はいつも通り。
足も動く。
視界も良好。
心臓は少しだけ速く動いていますが、それくらいは誤差でしょう。
緊張も、とくにはありません。
……たぶん。
ぴょん、ぴょん、とその場で身体を跳ねさせる。
軽く身体をほぐして、足の感覚を確かめる。
そして、視線をボールへ。
ゆっくりと、ボールのもとへと駆け───。
「ふっ!!」
僕は、それを蹴り抜きました。
瞬間。
────ズドンッ!!
自分でも驚くほど大きな音が響きました。
そして、すぐに己の失敗に気がつきます。
そう。
力を込めすぎたのです。
体育の授業ではある程度力をセーブしているのですが……今は本気の本気でやってしまいました。
いつもの感覚で身体を動かしてしまった。
コントロールに全力を注いだのなら良かったのですけど、残念ながら蹴る力に全力を注いでいます。
ボールは、まるで僕の足から逃げ出すように猛烈な勢いで飛んでいきました。
「……あ。」
そして。
僕の視界の端で、ゴールキーパーが動き出す。
いや。
動き出そうとして――。
止まった。
正確には、動けなかったのでしょう。
あまりにも速かったから。
場を支配するのは静寂。
ゴールは入りました。
試合でやれば、スーパーゴールとも呼ばれそうなすごいゴールが。
「……これ、僕のせいですよね。」
キーパーの人が、まったく反応できていない。
呆然と、その場に立ち尽くしちゃっていますよ。
ゴールの中に転がっていくボールを見つめながら、何とも言えない顔をしている。
失態も失態、大大大失態ですね。
僕は頭を抱えたくなりました。
違うんです。
そういうつもりじゃなかったんです。
もっとこう、ギリギリの勝負になる予定だったんです。
キーパーが「そこだ!」と飛び込んで、それを僕が見事にかわしてゴールする。
あるいは逆に、止められてしまって「あー!」とみんなで盛り上がる。
そういう、スポーツらしい展開を想像していました。
なのに。
「………。」
誰も彼も、ポカンとした表情を浮かべています。
なにが起こっているのか分かっていなさそうに。
できれば今すぐ「さっきのなしで」と言いたいです。
しかし、そんな空気でもありません。
すると。
「す、すごいじゃない、廻!!」
シーンとした空気の中で、そう声をあげたのは四条先輩でした。
ほんの一瞬だけ、気を使ってくれたのかなと思いましたが……その声音からは、純粋な称賛しか感じ取れません。
「すごい! あんなシュート、私でも止められるか分からないわ!」
「いや、四条先輩が止める必要はないと思いますけど……。」
そんなやり取りをしているうちに。
「おお……!」
「すげぇ!」
「今の見たか!?」
ちらほらと、周りから声が上がり始めました。
一人。
二人。
三人。
そして、それは瞬く間に広がっていきます。
「廻! 廻!」
誰かが僕の名前を呼びました。
それに合わせるように、別の場所からも声が上がります。
「「「廻!廻!」」」
……いや。
なんか、とっても恥ずかしいですね。
顔が熱くなっていくのが自分でも分かります。
僕はこういう目立つことが、本当に苦手なのです。
帝先輩はインターハイでゴールを決めるたびにこれをやられていたと考えると……すごいメンタルです。
僕なら一回で限界ですよ。