白髪の侍女   作:MトK

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第十六話 七日に一度

ルーデウス視点

 

誘拐事件から、半年が過ぎた。

 

季節が一つ巡り、ボレアス家での生活にも、いつの間にか決まった形ができていた。

 

朝は剣術。

 

昼前に読み書きか算術。

 

昼食を挟み、魔術。

 

夕方には礼儀作法や歴史。

 

毎日すべてを行うわけではないが、何かしらの授業は必ず入っている。そこへ食事や入浴、翌日の準備を加えれば、一日はあっという間に終わった。

 

エリスの成長は目覚ましかった。

 

読み書きは、まだ難しい文章を一人で読むところまでは届いていない。それでも、町の看板や簡単な手紙であれば、途中で助けを求めながら読み進められるようになった。

 

算術は少し遅い。

 

二桁の足し算と引き算はできるようになったが、繰り上がりや繰り下がりが入ると、今も硬貨や木片を並べる必要がある。

 

けれど、それでいい。

 

頭の中だけで計算できないからといって、正しい答えへたどり着けないわけではない。使える方法を知り、必要な時に正しい結果を出せる方が大切だ。

 

魔術については、本人が強い興味を示したこともあり、順調だった。

 

水、火、風の初級魔術は、詠唱さえ間違えなければ安定して発動できる。土魔術だけは、作ろうとした地面が盛り上がりすぎたり、逆にほとんど変化しなかったりと、少し苦戦していた。

 

ギレーヌも一緒に魔術を学んでいる。

 

こちらは火魔術だけが妙に上手かった。

 

「火なら、敵に向ければいい」

 

本人はそう言っていた。

 

水を作る時は量の調整に失敗し、風を起こせば自分の髪を顔へ貼りつかせ、土を盛り上げようとすると穴だけが残る。

 

それでも、火球だけは最初から狙った場所へ飛ばせた。

 

何ともギレーヌらしい適性だった。

 

そして剣術も、半年前とは比べものにならないほど進歩していた。

 

もっとも、成長が始まったのはロアへ来てからではない。

 

ブエナ村にいた頃から、ルーデウスはパウロの指導を受け続けていた。

 

最初は、振られた木剣を避けるだけで精いっぱいだった。

 

剣先を目で追い、攻撃を見てから身体を動かし、間に合わずに倒される。

 

避けることができても、次の攻撃を考える余裕はない。

 

だが、そこへレイネの助言が加わった。

 

相手の剣先だけを見ないこと。

 

視野を狭めず、肩、腰、足、重心の移動まで捉えること。

 

攻撃が始まってから避けるのではなく、相手が何を選ぼうとしているのかを先に考えること。

 

そして何より、パウロ一人に勝つためだけの動きへ自分を固めないこと。

 

パウロが剣を振り上げれば、必ず横へ避ける。

 

右足を出せば、決まって距離を取る。

 

そうして一つの相手にだけ対応しようとすれば、判断は速くなっても、別の相手には通用しなくなる。

 

何度も倒され、そのたびにレイネと話した。

 

なぜ今の攻撃を受けたのか。

 

避けた後、なぜ何もできなかったのか。

 

相手ではなく、自分の決めた手順だけを見ていなかったか。

 

答えを直接教えられたことはほとんどない。

 

レイネは質問を重ね、ルーデウス自身に失敗の理由を探させた。

 

その結果、ロアへ来る頃には、パウロの攻撃を数手捌き、隙を見つけて反撃を試みる程度にはなっていた。

 

パウロに勝てるわけではない。

 

身体能力にも、剣士としての経験にも大きな差がある。

 

それでも、ただ一方的に打ち倒されるだけの段階は、すでに抜けていた。

 

ロアでの半年は、その土台をさらに磨く時間となった。

 

ギレーヌは、レイネとは異なる教え方をした。

 

相手の動きを考えることも必要だが、考えている間に斬られれば意味はない。

 

姿勢。

 

踏み込み。

 

剣を振る際の腰の使い方。

 

受けた時に力を逃がす角度。

 

身体へ染み込ませるべき基本を、何度も繰り返させた。

 

エリスとの訓練は、パウロとのものよりさらに予測しにくかった。

 

パウロは剣士として洗練されている。

 

攻撃の意図は読みづらくても、動きそのものには理屈と型がある。

 

対してエリスは、剣神流の速度と勢いに加え、蹴り、掴み、体当たりまで平然と使う。

 

何をしてくるか分からない。

 

最初の頃は、その違いに戸惑った。

 

パウロを相手に身につけた動きだけでは、何度も服を掴まれ、地面へ投げられた。

 

だが、それも半年間続けば変わる。

 

エリスの攻撃へ慣れたのではない。

 

特定の攻撃を暗記するのではなく、その場で相手を見て判断するという、ブエナ村で身につけ始めた技術が、ようやく形になってきたのだ。

 

朝の訓練場に、木剣のぶつかる乾いた音が響いた。

 

「はあっ!」

 

エリスの木剣が、ルーデウスの肩口へ斜めに落ちてくる。

 

速い。

 

しかも、一撃が重い。

 

半年前なら、初撃を避けるだけで姿勢を崩され、そのまま二撃目で倒されていた。

 

今は違う。

 

ルーデウスは木剣を正面から合わせず、剣先を僅かに傾けた。

 

衝突する直前、エリスの木剣を側面へ滑らせる。

 

強い一撃が肩の外へ抜けた。

 

同時に左足を引き、身体を半身にする。

 

そのままエリスの脇を抜けようとした。

 

「逃がさないわよ!」

 

エリスは振り切った剣を無理に戻さなかった。

 

外へ流された勢いへ逆らわず、その場で身体を回す。

 

赤い髪が大きく広がり、横薙ぎの一撃がルーデウスの背中へ迫った。

 

ルーデウスは振り返らない。

 

剣が風を切る音と、地面を踏む足音を聞き、木剣を背中側へ回す。

 

硬い音が鳴った。

 

腕へ強い衝撃が走る。

 

だが、受け止めようとはしない。

 

剣同士が触れた瞬間、手首を緩め、エリスの力を外側へ逃がした。

 

一歩踏み込む。

 

距離を取るのではない。

 

むしろ、エリスが次の剣を振れないほど近くへ入る。

 

以前のルーデウスなら、ここで後退していた。

 

エリスの勢いに呑まれ、まず安全な距離へ逃げようとして、そのまま追いつかれていた。

 

レイネとの反省会で、それを何度も指摘された。

 

――ルーデウス様は、攻撃を受ける前から逃げておられます。

 

――でも、エリスの攻撃は速いですから。

 

――速いから距離を取るのですか。それとも、距離を取れば安全だと思い込んでおられるのですか。

 

――違うのですか?

 

――エリス様が最も得意となさるのは、踏み込んで相手を追うことです。後ろへ下がり続けることが、本当に安全でしょうか。

 

その問いへの答えが、今の一歩だった。

 

ルーデウスはエリスの懐へ入り、木剣の柄で彼女の右腕を内側へ押さえ込んだ。

 

剣を振る空間を消す。

 

そのまま足をかけようとする。

 

「甘いわ!」

 

エリスの左手が、ルーデウスの服を掴んだ。

 

力では敵わない。

 

まともに抵抗すれば、引き倒される。

 

ルーデウスは掴まれた瞬間、力を抜いた。

 

エリスが引く方向へ自分から踏み込み、その勢いを利用して身体を回す。

 

エリスの横を抜け、背中側を取った。

 

木剣の先端を首筋へ向ける。

 

届く。

 

そう思った瞬間、エリスの左肩が僅かに動いた。

 

ルーデウスは、その変化を見逃さなかった。

 

投げるつもりだ。

 

服を掴んだまま腰を落とし、背後のルーデウスを前方へ投げる。

 

以前にも受けた動きである。

 

だが、同じ失敗はしない。

 

エリスが腰を落とすより早く、ルーデウスは掴まれた服を自分で引いた。

 

布が張り、エリスの腕が僅かに伸びる。

 

その一瞬だけ、投げの姿勢が崩れた。

 

ルーデウスは木剣をエリスの首筋へ当てる。

 

ぴたりと止めた。

 

静寂が落ちた。

 

エリスは、自分の首元にある木剣を見た。

 

次に、ルーデウスの顔を見る。

 

信じられないという表情だった。

 

「……今の、何よ」

 

「僕の一本だと思います」

 

「まだ終わってないわ!」

 

エリスは服を掴んだ手を離し、勢いよく振り返った。

 

ルーデウスはすぐに木剣を引き、距離を取る。

 

「首に当てた」

 

ギレーヌの声が飛んだ。

 

「今の一本はルーデウスだ」

 

「でも、私はまだ動けたわ!」

 

「実戦なら、首を斬られている」

 

「木剣だから斬られてないわ!」

 

「木剣の勝負だ。先に当てた方が勝ちだ」

 

エリスは顔を真っ赤にした。

 

「もう一回!」

 

「今ので一本終わりでは?」

 

「終わってない! 十本やるのよ!」

 

「今からですか?」

 

「今のも数えるわ! 残り九本!」

 

以前よりは公平になった。

 

ギレーヌは止めなかった。

 

「続けろ」

 

エリスはすぐに構え直した。

 

先ほどまでの怒り任せではない。

 

ルーデウスの足元、肩、剣の位置を注意深く見ている。

 

一度取られたことで、完全に警戒したらしい。

 

次の一本は、開始直後にエリスが取った。

 

ルーデウスの誘いへ乗らず、正面から圧力をかけ続け、最後は力と速度で押し切った。

 

三本目はルーデウス。

 

四本目と五本目はエリス。

 

六本目はルーデウスが取り、七本目はエリスが取る。

 

一本ごとに、互いの動きが変わった。

 

ルーデウスが前へ踏み込めば、エリスは不用意に剣を振り切らなくなる。

 

エリスが力で押してくれば、ルーデウスは正面から受けず、足元を狙うふりをして上体を崩す。

 

ルーデウスが同じ誘いを二度使えば、エリスは三度目には乗らない。

 

エリスが服を掴もうとすれば、ルーデウスも腕の動きを警戒する。

 

十本目が終わった時、結果はエリスの六勝、ルーデウスの四勝だった。

 

ルーデウスは地面へ仰向けに倒れた。

 

腕が重い。

 

指に力が入らない。

 

呼吸をするたび、胸が大きく上下する。

 

「私の勝ち!」

 

エリスも肩で息をしながら、木剣を高く掲げていた。

 

余裕のある勝利ではない。

 

最後の一本を取った後も、すぐには呼吸を整えられていない。

 

「六対四よ! やっぱり私の方が強いわ!」

 

「はい。今日はエリスの勝ちです」

 

「今日だけじゃないわ! 明日も私が勝つの!」

 

「それは、明日にならないと分かりません」

 

「私が勝つって言ってるでしょう!」

 

いつものように怒鳴っている。

 

しかし、その目は以前とは違っていた。

 

ロアへ来たばかりの頃、エリスはルーデウスを剣の相手としてほとんど見ていなかった。

 

魔術はすごい。

 

勉強は教えられる。

 

けれど剣では、自分の方が圧倒的に上である。

 

その認識だった。

 

今は違う。

 

エリスは勝った後も、ルーデウスの動きを思い返すように見ている。

 

次は同じ手を受けないように。

 

次も勝てるように。

 

明確な競争相手として意識していた。

 

「ギレーヌ」

 

エリスが呼ぶ。

 

「何だ」

 

「私の方が強いわよね?」

 

「今はな」

 

「今はって何よ!」

 

「差は縮まっている」

 

ギレーヌは淡々と答えた。

 

「ルーデウスは、ブエナ村にいた頃から基本ができていた。避けるだけではなく、攻撃の後に動こうとしていた」

 

ルーデウスは僅かに目を見開いた。

 

ギレーヌは、ロアへ来た直後からの変化だけを見ていたわけではないらしい。

 

パウロから教えられていた基礎も、最初から把握していたのだ。

 

「だが、最初はエリスの動きに慣れていなかった。剣だけではなく、手も足も使うからだ」

 

「剣神流は何でも使っていいのよ!」

 

「だから、ルーデウスは対応できなかった」

 

ギレーヌはルーデウスを見る。

 

「今は違う。相手の剣だけを見ていない。肩、腰、足、空いている手も見ている。攻撃を避けた後、すぐに逃げず、相手が動きにくい場所へ入るようになった」

 

レイネと反省会を続けてきた成果だった。

 

「パウロから習ったことを、エリスとの戦いに合わせて使えるようになっている」

 

ギレーヌの言葉に、ルーデウスは小さく息を吐いた。

 

ブエナ村での時間が無駄になっていない。

 

ロアへ来て、まったく別の剣術を一から始めたわけでもない。

 

パウロとの訓練で作った土台。

 

レイネから学んだ考え方。

 

その上へ、ギレーヌの基礎とエリスとの経験を積み重ねている。

 

「でも、六対四で私の勝ちよ!」

 

エリスが念を押す。

 

「そうだ」

 

ギレーヌが頷く。

 

「身体の強さ、速さ、剣神流への適性はエリスが上だ。純粋な剣術なら、今もエリスの方が少し強い」

 

「少しじゃないわ!」

 

「十本中、四本取られている」

 

「次は全部勝つわよ!」

 

「考えずに振れば、五本取られる」

 

エリスの顔が引き攣った。

 

「取られないわよ!」

 

「なら、考えて振れ」

 

「分かってるわ!」

 

エリスは木剣を握り直し、すぐに素振りを始めた。

 

すでに十本戦った後である。

 

まだ続けるつもりらしい。

 

「休まないのですか?」

 

ルーデウスが尋ねる。

 

「今のうちに、さっきの動きを忘れないようにするのよ!」

 

剣を振る。

 

一度。

 

二度。

 

三度。

 

速度は落ちていない。

 

負けた四本が、余程悔しかったのだろう。

 

「ルーデウスも立ちなさい!」

 

「少し休ませてください」

 

「私がやってるんだから、あんたもやるの!」

 

「もう腕が上がりません」

 

「弱いわね!」

 

そう言いながらも、エリスの呼吸もまだ荒い。

 

額から汗が流れ、木剣を握る手も僅かに震えていた。

 

ギレーヌは止めなかった。

 

ルーデウスも、結局起き上がった。

 

負けず嫌いなのはエリスだけではない。

 

四本取れた。

 

それなら、次は五本取れるかもしれない。

 

そう思えば、疲れていても身体を動かしたくなった。

 

 

訓練が終わった後、ルーデウスは井戸の近くで顔を洗っていた。

 

冷たい水が火照った頬を冷やす。

 

腕には細かな痣ができているが、命に関わる怪我ではない。治癒魔術を使うほどでもなかった。

 

レイネは少し離れた場所で、汚れた布と水を用意していた。

 

半年前の誘拐事件以降、外出時には必ず同行するようになったが、屋敷の中では以前と同じように、必要以上の介入を避けている。

 

剣術の訓練でも、危険な怪我が生じない限りは手を出さない。

 

訓練が終わった後、ルーデウスから求められた時にだけ、動きを振り返る。

 

それはブエナ村にいた頃から変わらない。

 

「今日は四本取れました」

 

ルーデウスが話しかける。

 

「拝見しておりました」

 

「パウロとの訓練が役に立ちました」

 

「はい」

 

レイネは素直に頷いた。

 

「パウロ様との訓練で身につけられたものがなければ、今の段階へ至るまで、さらに時間が必要だったでしょう」

 

「前の僕なら、最初の一撃を避けて終わっていましたよね」

 

「最初の頃であれば、避けることも難しかったかと存じます」

 

「そこまでですか」

 

「ルーデウス様も覚えておられるはずです」

 

覚えている。

 

パウロに木剣を振られ、何もできずに尻餅をついた。

 

次は避けようと考え、後ろへ下がり、そのまま追いつかれた。

 

剣ばかりを見て足払いを受けたこともある。

 

「ですが、ブエナ村を離れる頃には、パウロ様の初撃を捌き、その後の動きを考えられるようになっておられました」

 

「それでも、父様にはほとんど勝てませんでした」

 

「パウロ様は、ルーデウス様より長く剣を振り、身体も完成しておられます。勝てないことと、成長していないことは同じではございません」

 

レイネは、用意した布をルーデウスへ渡した。

 

「今のルーデウス様は、ブエナ村で作られた土台へ、ギレーヌ様の指導と、エリス様との経験を加えておられます」

 

「レイネとの反省会もです」

 

「私は、ルーデウス様が見落とされた点を確認しているだけでございます」

 

「それが大きいのですが」

 

レイネは否定せず、僅かに目元を和らげた。

 

「では、本日も確認いたしましょう。最初に一本取られた時、何をご覧になっておりましたか?」

 

「エリスの右肩と木剣です」

 

「左手は?」

 

「途中まで見ていませんでした」

 

「その結果、服を掴まれましたね」

 

「はい。ただ、前より早く気づけました」

 

「その通りでございます」

 

レイネは、最初に失敗を責めない。

 

以前より何ができたのかを確認し、その後で残った問題へ進む。

 

「最初にルーデウス様が一本取られた際、服を掴まれた後の判断は適切でした。力で抵抗せず、相手の引く方向を利用して回り込まれました」

 

「ですが、投げられました」

 

「エリス様の左肩と腰をご覧になっていなかったためです」

 

「投げる準備をしていた?」

 

「はい」

 

「その次に同じ動きをされた時は、肩が動いたのを見て、先に服を引きました」

 

「一度目の失敗を、その日のうちに修正されました」

 

レイネが静かに頷く。

 

「ブエナ村にいた頃のルーデウス様であれば、一度決めた避け方を何度も繰り返しておられました」

 

「判断を固定していたから」

 

「はい。現在は、失敗した理由を考え、次の機会に別の選択をなさっています」

 

パウロと戦っていた頃に、レイネから何度も言われたことだった。

 

パウロに通じた方法が、次も通じるとは限らない。

 

一度成功したからといって、それだけを繰り返さない。

 

相手も考え、変化する。

 

「純粋な剣術では、エリスの方が少し上ですね」

 

「現時点では、その認識でよろしいかと存じます」

 

「十本中、六対四」

 

「日によっては、七対三となることもあるでしょう。逆に、五対五へ近づく日もあるかと存じます」

 

完全な互角ではない。

 

エリスの方が身体能力に優れ、剣神流への適性も高い。

 

だが、以前のような一方的な差ではなくなっている。

 

「追いつけますか?」

 

「剣術だけで追いつくには、相応の努力が必要でございます」

 

レイネは安易に励まさない。

 

「ルーデウス様は闘気を纏うことができず、身体能力の差もございます。成長に伴い、その差が大きくなる可能性もございます」

 

「やはり、難しいですね」

 

「難しいことと、続ける意味がないことは異なります」

 

レイネはルーデウスの木剣へ視線を向けた。

 

「また、実戦で剣のみを使う必要もございません」

 

「魔術もありますからね」

 

「はい。剣は敵を倒すためだけのものではございません。距離を測り、攻撃を誘い、魔術を使う時間を作ることもできます」

 

剣だけなら、エリスがわずかに上。

 

魔術を含めれば、状況次第でルーデウスが優位になる。

 

パウロの剣術。

 

レイネとの反省会。

 

ギレーヌの基礎。

 

エリスとの実戦。

 

そのすべてが、別々のものではない。

 

一つずつ積み重なり、今のルーデウスを作っている。

 

「明日は五本取りたいです」

 

「エリス様も、今日と同じではいらっしゃらないでしょう」

 

「分かっています」

 

「本日ルーデウス様が使われた動きを、すでにギレーヌ様へ確認なさっています」

 

広場を見る。

 

エリスはまだ木剣を振っていた。

 

ギレーヌへ何度も質問し、ルーデウスが背後へ回った時の動きを再現している。

 

「本当に負けず嫌いですね」

 

「ルーデウス様も同様かと存じます」

 

否定できなかった。

 

「明日も、反省会をお願いします」

 

「喜んでお付き合いいたします」

 

 

剣術の後は、読み書きと算術だった。

 

「違うと言ってるでしょう!」

 

乾いた音が、授業部屋へ響いた。

 

エリスが筆記具を机へ叩きつけた音である。

 

板の上には、買い物を題材にした問題が書かれていた。

 

銅貨三十五枚を持っている。

 

十七枚の手袋を買った。

 

残りはいくらか。

 

難しい問題ではない。

 

以前なら硬貨を並べ、時間をかけながらでも答えを出せていた。

 

今日は違った。

 

エリスは最初から硬貨を使おうとせず、頭の中だけで答えを出そうとしている。

 

一度間違える。

 

もう一度計算する。

 

また間違える。

 

ルーデウスが硬貨を使うよう勧めると、それを拒否した。

 

「エリス。方法は一つではありません。硬貨を並べれば――」

 

「そんなものを使わなくてもできるわよ!」

 

「ですが、今は答えが違っています」

 

「違わないわ!」

 

「三十五から十七を引いて、二十八にはなりません」

 

「なるのよ!」

 

ならない。

 

どのような世界でも、三十五から十七を引けば十八である。

 

だが、正しい答えを繰り返しても、今のエリスは聞かないだろう。

 

「一度、休憩にしましょう」

 

「逃げるの!?」

 

「エリスが疲れているように見えるからです」

 

「疲れてないわ!」

 

椅子が倒れるほどの勢いで立ち上がる。

 

拳が握られた。

 

ルーデウスは席を立とうとした。

 

エリスはそれを見て、拳を止める。

 

半年前なら、そのまま殴られていたかもしれない。

 

今は違う。

 

怒りに任せて手を出せば、授業が終わる。それを分かっているから、ぎりぎりで抑えている。

 

けれど、抑えているだけだ。

 

感情そのものが消えたわけではない。

 

「私はできるのよ!」

 

エリスは叫ぶと、倒れた椅子を蹴った。

 

椅子は床を滑り、壁へぶつかる。

 

そして、そのまま部屋を出ていった。

 

扉が乱暴に閉められる。

 

重い音が残った。

 

ルーデウスは追わなかった。

 

追っても、今は話を聞かない。

 

机の上に残された計算板を見る。

 

エリスは以前より成長している。

 

拳を止めた。

 

ルーデウスではなく、椅子へ苛立ちを向けた。

 

だからといって、問題がないことにはならない。

 

「最近、増えましたね」

 

壁際から声がした。

 

レイネだった。

 

「やはり、算術が嫌なのでしょうか」

 

ルーデウスが尋ねる。

 

「算術がお好きでないことは確かでしょう」

 

「それは知っています」

 

「ですが、算術だけが原因ではないかと存じます」

 

レイネは机へ近づき、倒れた椅子を起こした。

 

「このところ、朝食の際にも眠そうになさっています。剣術の後に昼食を残されることも増えました」

 

「体調が悪いのですか?」

 

「発熱や、明確な体調不良は確認できません」

 

ルーデウスは、朝の訓練を思い返した。

 

十本勝負を終えた後も、エリスは木剣を振り続けていた。

 

その後、十分に休む間もなく算術の授業へ入った。

 

剣術で僕との差が縮まったことも、彼女を焦らせているのかもしれない。

 

負けたくない。

 

追いつかれたくない。

 

だから、休まずに訓練する。

 

だが、休まなければ、次の授業では集中できない。

 

「剣術の後、休憩が短すぎましたか?」

 

「本日だけの問題ではないかと存じます」

 

レイネは、エリスが出ていった扉を見る。

 

「最近は、剣術でも魔術でも、ご自身から訓練を延長なさっています。授業を終えても、次の課題を気にしておられます」

 

「負けたくないから……」

 

「はい。それに加え、もともとの授業予定にも、休みがほとんどございません」

 

ルーデウスは、この半年間の日程を思い返した。

 

朝、剣術。

 

昼、読み書きか算術。

 

午後、魔術。

 

夕方、礼儀作法。

 

夜になれば夕食を取り、入浴し、眠る。

 

翌朝には、また剣術。

 

その次の日も。

 

さらに次の日も。

 

「……休みがありませんね」

 

口にして、ようやく気づいた。

 

エリスが頑張るようになったからこそ、空いた時間にも訓練を入れた。

 

剣術でルーデウスへ負ければ、自分から追加の稽古をする。

 

魔術で失敗すれば、成功するまで続けたがる。

 

読み書きも算術も、以前より取り組むようになった。

 

本人がやりたいと言うなら、止める必要はないと思っていた。

 

だが、それをすべて認め続けた結果、休む時間がなくなっている。

 

「僕は、何をしていたのでしょう」

 

学ばせることばかり考えていた。

 

どれだけ成長したか。

 

どこで躓いたか。

 

どう説明すれば理解できるか。

 

剣術でも、自分がエリスから四本を取れるまで成長したことに気を取られ、その結果、エリスが追いつかれまいとして自分を追い込んでいたことまで考えられていなかった。

 

互いに高め合っている。

 

それは事実だ。

 

けれど、成長するためには、続けることだけでなく、休むことも必要である。

 

「レイネは気づいていたのですか?」

 

「疲労が蓄積していることには、少し前から気づいておりました」

 

「どうして、言ってくれなかったのですか?」

 

思ったより、責めるような声が出た。

 

レイネは表情を変えなかった。

 

「エリス様の授業計画を決めておられるのは、ルーデウス様だけではございません。ギレーヌ様、礼儀作法の先生、フィリップ様も関わっておられます」

 

「だから、口を出さなかった?」

 

「私は、ルーデウス様の生活と安全をお支えするためにおります。授業の方針を決める立場ではございません」

 

正しい。

 

レイネが何でも決めれば、ルーデウスは考えなくなる。

 

「ですが」

 

レイネが続けた。

 

「ルーデウス様からご相談いただいた以上、観察したことはすべてお伝えいたします」

 

「お願いします」

 

「エリス様は、授業中だけではなく、自由な時間にも次の授業の課題を気になさっています。以前は夕食後にギレーヌ様と剣を振ることを楽しんでおられましたが、最近は、負けないために振らなければならないと考えておられるように見受けられます」

 

好きだった剣術まで、義務になり始めている。

 

ルーデウスとの差が縮まったからこそ、エリスは焦り、さらに自分を追い込んでいる。

 

それは、望んでいた競争の形ではない。

 

「先生たちで、話し合う必要がありますね」

 

「よろしい判断かと存じます」

 

「レイネも参加してください」

 

「私も、でございますか?」

 

「エリスの生活を一番見ています。授業内容を決める必要はありませんが、疲れ方や生活の変化について教えてほしいです」

 

レイネは僅かに考えた後、頭を下げた。

 

「承知いたしました」

 

その日の夕食後、ルーデウスはギレーヌ、レイネ、そして礼儀作法を担当しているエドナを自室へ招いた。

 

普段、授業の前後に短い会話を交わすことはあっても、教師全員が揃って話し合うのは初めてだった。

 

机の上には、ルーデウスが書き出したエリスの一日の予定が置かれている。

 

日の出とともに起床。

 

朝食の前後に剣術。

 

身体を拭き、着替えを済ませた後は、読み書きか算術。

 

昼食後には魔術。

 

午後の後半には礼儀作法や歴史。

 

夕食までに自由な時間が残る日もあるが、最近のエリスは、その時間にもギレーヌへ剣術の稽古を頼んだり、失敗した魔術を繰り返し練習したりしていた。

 

予定を紙の上へ並べてみると、改めて異常さが分かる。

 

授業と授業の間に食事や着替えの時間はあっても、何かができるようになることを求められない日は、一日も存在していなかった。

 

「それで、話とは何だ」

 

最初に尋ねたのはギレーヌだった。

 

椅子へ座ってはいるものの、背筋を伸ばすでもなく、腕を組んで机の紙を見下ろしている。

 

エドナはその向かいへ姿勢よく腰を下ろしていた。

 

四十代ほどの女性で、穏やかな顔立ちをしている。長くエリスの教育に関わってきたため、怒鳴られたり物を投げられたりしても、ほとんど動じない人物だった。

 

レイネは当初、話し合いを邪魔しないよう壁際へ控えようとした。

 

しかし、今日は生活面での意見を聞くために呼んでいる。

 

「レイネも座ってください」

 

「私は、授業を担当しているわけではございませんが」

 

「だからこそです。僕たちが授業をしている間以外のエリスを、一番よく見ているのはレイネでしょう」

 

少し迷った後、レイネはルーデウスの斜め後ろにある椅子へ腰を下ろした。

 

「本日集まっていただいたのは、エリスの授業日程を見直したいと思ったからです」

 

ルーデウスは机の上の紙を三人へ向けた。

 

「今日、算術の授業中にエリスが問題を解けなくなり、椅子を蹴って部屋を出ていきました」

 

「ルーデウスは殴られなかったのか」

 

ギレーヌが尋ねる。

 

「拳は上げましたが、途中で止めました」

 

「なら、成長している」

 

「確かに以前よりは成長していますが、椅子を蹴って授業を投げ出すのも、問題がないとは言えません」

 

「そうか」

 

ギレーヌは腕を組んだまま、少しだけ首を傾けた。

 

人ではなく椅子を蹴ったなら十分だ、と本気で考えていたらしい。

 

「最近、エリス様は礼儀作法の授業でも、集中が途切れることが増えております」

 

エドナが静かに口を開いた。

 

「以前でしたら、授業そのものがお嫌いで席を立たれることが多かったのですが、最近は最後まで取り組もうとなさいます。ただ、後半になりますと、覚えておられるはずの所作を何度も間違えるのです」

 

「具体的には、どのような間違いですか?」

 

「挨拶の際に頭を下げる角度が深くなりすぎたり、歩幅が大きくなったりいたします。指摘すれば直そうとなさいますが、そのたびに身体へ余計な力が入ってしまいます」

 

エドナは机の上で手を重ねた。

 

「できないから苛立っているというより、できるはずなのに身体がついてこないことへ、苛立っておられるように見受けられました」

 

それは、今日の算術と同じだった。

 

以前なら硬貨を使えば解けた問題を、エリスは道具を使わずに解こうとした。

 

できるはずだ。

 

できなければならない。

 

そう思うほど、簡単な方法を選べなくなっていた。

 

「剣術ではどうですか?」

 

ルーデウスが尋ねる。

 

ギレーヌはしばらく考えた。

 

「前より強くなっている」

 

「疲れているかどうかです」

 

「疲れていても振る」

 

「それは知っています」

 

「なら、疲れている」

 

あまりにも単純な答えだった。

 

しかし、ギレーヌはそこで終わらせず、珍しく言葉を続けた。

 

「前は、剣を振りたくて振っていた。最近は、ルーデウスに負けた動きを直すまで、やめようとしない。腕が上がらなくなっても、もう一度やると言う」

 

「止めなかったのですか?」

 

「本人が続けると言った」

 

ギレーヌにとって、本人が望んで剣を振るなら、止める理由はないのだろう。

 

それ自体は間違っていない。

 

だが、エリスは負けず嫌いである。

 

一度でもルーデウスに取られた動きがあれば、次は絶対に取られまいとして、限界まで繰り返す。

 

自分の身体が疲れていることより、負けを残したまま終わることの方が耐え難いのだ。

 

「レイネから見て、生活面ではどうでしょうか」

 

「このひと月ほど、起床時刻にお声をかけても、すぐに目を開けられない日が増えております」

 

レイネは、確認した事実だけを静かに並べた。

 

「朝食の量も僅かに減っております。剣術の後には昼食を残されることがあり、夕食の最中に眠そうになさる日もございます」

 

「体調を崩しているわけではないのですよね?」

 

「発熱や咳などはございません。睡眠時間も、数字の上では不足しておりません」

 

「数字の上では?」

 

「寝台へ入られた後も、翌日の剣術や魔術について、ギレーヌ様やルーデウス様へ尋ねる内容を考えておられるようです。眠りにつかれるまで、以前より時間がかかっております」

 

身体を横にしている時間と、実際に休めている時間は違う。

 

ルーデウスは紙に書いた予定を見直した。

 

剣術。

 

算術。

 

読み書き。

 

魔術。

 

礼儀作法。

 

歴史。

 

一つずつを見れば、どれも長すぎる授業ではない。

 

剣術を教えるギレーヌは、剣術の時間しか見ていない。

 

エドナは礼儀作法の時間しか見ていない。

 

ルーデウスも、自分が教える授業の進み具合ばかりを考えていた。

 

それぞれが少しずつ課題を増やし、本人も自主的な練習を重ねた結果、一日全体では休む隙間がなくなっている。

 

「僕たちは、それぞれ自分の授業だけを見ていたのですね」

 

誰かを責める言葉ではなかった。

 

ルーデウス自身も、その一人である。

 

エドナが小さく頷く。

 

「私も、午前中の剣術や魔術で、エリス様がどの程度お疲れになっているかまでは把握しておりませんでした」

 

「私は、剣を振れるなら問題ないと思っていた」

 

ギレーヌも認めた。

 

「しかし、今日の算術では問題が起きた」

 

「はい。エリスは疲れているのに、休むことを自分から選べません」

 

ルーデウスは言葉を選びながら続ける。

 

「誰かに負けたり、失敗したりすれば、それを直すまで続けようとします。そこで僕たちが、本人が望んでいるからと毎回許していれば、いつまでも終わりません」

 

ギレーヌの耳が僅かに動いた。

 

「やめさせるのか」

 

「剣術をやめさせるのではありません。休む日を作ります」

 

ルーデウスは新しい紙を一枚取り出した。

 

「七日を一つの区切りとして、六日間は今までどおり授業を行い、残る一日は何の授業も行わない日にしたいと考えています」

 

「七日ごと、でございますか」

 

エドナが尋ねる。

 

この世界では、七日を一つのまとまりとして生活する習慣は一般的ではない。

 

前世の一週間を、そのまま参考にしただけである。

 

「はい。間隔として覚えやすいですし、六日続けて一日休むなら、授業の進みも大きく遅れないと思います」

 

「休みの日は、剣を振ってはいけないのか」

 

ギレーヌが真っ先に尋ねた。

 

「エリスが自分から振りたいなら、構いません。ただし、ギレーヌから訓練を命じたり、勝敗を記録したりはしません」

 

「私と打ち合いたいと言った場合は?」

 

「軽く身体を動かす程度なら。ただ、いつもと同じ本数をやるなら休息日になりません」

 

ギレーヌは難しい顔をした。

 

休みながら剣を振る、という区別が分かりにくいらしい。

 

「素振りは何回までだ」

 

「回数を決めたら、それが課題になってしまいます」

 

「では、どう判断する」

 

「本人が楽しいと思える間だけです。負けを取り返すために振り始めたら、そこで止めてください」

 

ギレーヌは少し考えた後、頷いた。

 

「分かった。難しいが、やってみる」

 

「エドナ先生はいかがでしょうか」

 

「休息日を設けることには賛成でございます」

 

エドナは穏やかに答えた。

 

「ただし、舞踏会や来客の予定が近い場合には、どうしても礼儀作法を確認しなければならないこともございます」

 

「その場合は、休息日そのものを潰すのではなく、事前に日をずらすことにしましょう」

 

「翌日に二日分の授業を行うのではなく?」

 

「それでは、休ませた意味がありません」

 

ルーデウスが答えるより早く、レイネが静かに口を挟んだ。

 

「休息日の翌日に授業量を増やされれば、エリス様は休んだことで遅れたとお考えになります。次からは、ご自身で休むことを拒まれるでしょう」

 

確かにそうだ。

 

エリスなら、一日休んだ分を取り返さなければならないと考える。

 

休息を、成長を妨げるものだと思い始めるかもしれない。

 

「休んだ翌日も、通常どおりにします」

 

ルーデウスは紙へ書き加えた。

 

「それから、休息日の過ごし方も、こちらで細かく決めないようにします」

 

「何もしなくてもよいのですか?」

 

エドナが尋ねる。

 

「はい。昼寝をしてもいい。本を読んでもいい。町へ出てもいい。剣を振ってもいい。ただ、何かを上達させなければならない日にはしません」

 

「エリス様は、何をすればよいか分からず、かえって苛立たれるかもしれません」

 

レイネの指摘はもっともだった。

 

今まで予定を詰め込まれてきたエリスへ、突然自由にしてよいと言っても、すぐには使い方が分からないだろう。

 

「最初は、いくつか選択肢を示しましょう。ただし、決めるのはエリス本人です」

 

「町へ行く場合、護衛は必要だ」

 

ギレーヌが言う。

 

「そこは普段どおりです」

 

「私とレイネが行く」

 

「はい。ですが、町で買い物の計算を始めても、授業にはしません」

 

「間違えていたらどうする」

 

「危険な間違いでなければ、その日は直さなくてもいいです」

 

自分で言いながら、ルーデウスは少し不安になった。

 

教えられることを、その場で教えない。

 

今までの自分なら、無駄だと思っただろう。

 

しかし、何を見ても学習へ結びつけられる生活では、本人が気を抜けない。

 

休む日には、失敗したままでも構わない。

 

それを教師側が受け入れる必要がある。

 

「ほかにも、一つ決めておきたいことがあります」

 

ルーデウスは三人を見回した。

 

「今後は、定期的にエリスの様子を共有しませんか。剣術でどれだけ疲れているか。礼儀作法で集中できているか。食事や睡眠に変化がないか。誰か一人だけでは、今回と同じように全体を見落とします」

 

「毎日か?」

 

ギレーヌが聞く。

 

「毎日は大変なので、月に一度でよいと思います。何か気になることがあれば、その時は早めに集まります」

 

エドナはすぐに賛成した。

 

ギレーヌも、必要なら参加すると答えた。

 

最後にルーデウスがレイネを見る。

 

「レイネにも、生活面の変化を伝えてほしいです」

 

「承知いたしました」

 

「ただし、レイネに任せきりにはしません。授業を決める僕たちも、自分でエリスを見ます」

 

レイネは僅かに目を細め、丁寧に頭を下げた。

 

「それがよろしいかと存じます」

 

話し合いの後、内容をまとめた紙を持って、四人はフィリップの執務室へ向かった。

 

娘の教育日程を大きく変える以上、ルーデウスたちだけで決定することはできない。

 

説明を聞いたフィリップは、机の上で指を組み、しばらく予定表を眺めていた。

 

「エリスが、自分から勉強や稽古を増やしているのは喜ばしいことだと思っていたよ」

 

「僕もです」

 

「しかし、それで潰れてしまえば意味がないか」

 

フィリップは小さく息を吐く。

 

「分かった。七日に一度、完全な休息日を設けよう。教師たちの給金はこれまでどおりとする。授業の回数が減ったことを理由に、減額もしない」

 

エドナの表情が僅かに和らいだ。

 

「ありがとうございます」

 

「ただし、一番の問題が残っている」

 

フィリップがルーデウスを見る。

 

「エリス本人へ、どう説明するつもりだい?」

 

ルーデウスは言葉に詰まった。

 

休ませるためだと正面から言えば、弱いと思われたと受け取るかもしれない。

 

疲れていると指摘すれば、疲れていないと怒鳴るだろう。

 

「……明日の朝、僕から話します」

 

「一人で大丈夫かい?」

 

「教師として、僕が最初に伝えるべきです」

 

フィリップは僅かに笑った。

 

「では、任せよう」

 

こうして、すべてが簡単に決まったわけではなかった。

 

何を休みと呼ぶのか。

 

自主的な訓練をどこまで認めるのか。

 

予定が入った時にはどう動かすのか。

 

休んだ分を翌日に補わないこと。

 

教師同士で、エリスの一日全体を確認すること。

 

一つずつ話し合い、ようやく形になった。

 

七日に一度。

 

その日だけは、剣を強く振ることも、文字を多く覚えることも、計算を速くすることも求めない。

 

何かができるようになるためではなく、これまでできるようになったことを、無理なく続けるために休む。

 

それはエリスを怠けさせるための日ではない。

 

努力を途切れさせないために、あえて努力から離れる日だった。

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