ルーデウス視点
捕らえた三人をどう冒険者ギルドへ引き渡すか。
それが、次の問題だった。
地下室には盗まれたと思われる動物が何十匹もいる。首輪に名前の書かれた個体だけでも十匹を超え、檻の外には捕獲用の縄や網、眠り薬らしき小瓶まで置かれていた。
これだけの証拠を残したまま、全員で建物を離れるわけにはいかない。
かといって、三人の犯罪者と大量の動物を連れて町中を歩けば、大騒ぎになる。事情を知らない者に見られれば、こちらが動物を盗み、三人を誘拐しているように思われる可能性もあった。
「一人がここに残り、二人で衛兵を呼びに行くのがよいと思います」
俺は地下室の床へ、周辺の簡単な地図を描いた。
この建物まで来る間に通った道。
大通り。
冒険者ギルド。
町へ入った時に見た衛兵の詰め所。
完全に正確ではないが、位置関係は覚えている。
「僕とエリスで衛兵を呼びに行きます。ルイジェルドさんは、ここに残って三人と動物を見張ってください」
「お前たちだけでスラムを歩くのか」
ルイジェルドの表情が険しくなった。
「来た道は覚えています。それに、エリスと二人なら、一般の盗賊程度には対応できます」
「一般かどうかは、戦うまで分からん」
正しい。
弱そうに見える相手が、実は強力な能力を持っていることもある。
「では、ルイジェルドさんとエリスが行ってください。僕がここへ残ります」
「駄目よ」
即座にエリスが反対した。
「ルイジェルドは魔神語を話せるけど、衛兵へ細かい説明はできないでしょう」
「話すことはできる」
ルイジェルドが答えた。
「でも、説明するのは得意じゃないわ」
エリスの指摘に、ルイジェルドは黙った。
否定しないらしい。
確かに、ルイジェルドが詰め所へ行き、動物を盗んだ三人を捕らえたとだけ告げても、事情を正しく理解してもらえるかは怪しい。
エリスはまだ、簡単な魔神語しか使えない。
俺が行く必要がある。
「でしたら、全員で移動せず、入口の近くまで三人を運びましょう」
「逃げられない?」
エリスが捕らえた三人を見る。
両手足は土で固定している。
それでも、術者である俺が離れた後に魔術が崩れたり、仲間が助けに来たりする可能性は残る。
「一人ずつ別の場所へ固定します。扉にも仕掛けを残します」
三人を同じ部屋へ置けば、声や動きで協力される。
俺たちは一人を動物のいる部屋。
一人を廊下。
残る一人を入口近くの部屋へ移した。
全員の手足と腰を床へ固定する。
さらに首の周囲へ、皮膚へ触れない程度の土の輪を作った。
身体を無理に起こせば、輪が顎へ当たって動きを止める。
傷つけるためのものではない。
逃走を難しくするための措置だった。
「ここまでやる必要があるの?」
エリスが尋ねた。
「僕たちが戻るまで、絶対に逃げられないと考える方が危険です」
相手は冒険者だ。
どのような技能を持っているか分からない。
拘束から抜け出す技術。
土を崩す魔術。
仲間へ知らせるための道具。
俺たちが知らないだけで、いくらでも可能性はある。
「口元の布も外さないでください」
俺はルイジェルドへ告げた。
「窒息しないようにはしています。ただし、意識を失ったり、呼吸がおかしくなったりした場合には外してください」
「分かった」
「誰かが入ってきた場合も、すぐには殺さず、先に目的を確認してください」
「仲間なら捕らえる」
「お願いします」
ルイジェルドは、今度は不満を見せなかった。
事前に決めたことを守り、実際に三人を生きたまま捕らえられた。その結果、犯罪の方法やほかの動物についての情報も得られている。
殺さなかったことに意味があると、少しずつ理解してくれているのかもしれない。
「ミーはどうするの?」
エリスは黒豹に似た大型魔獣を見た。
檻の中のミーは、エリスが持っている乾燥肉を見つめている。
「ここに残します」
「せっかく見つけたのに?」
「衛兵へ現場を見せる前に連れ出せば、僕たちが別の場所から連れてきたと思われるかもしれません。首輪と檻の状態を、そのまま確認してもらった方がいいです」
エリスは不満そうだった。
依頼人であるメイセルを、少しでも早く安心させたいのだろう。
それでも、檻を開けようとはしなかった。
「分かったわ。ミー、もう少しだけ待ってなさい」
エリスが魔神語で話しかける。
発音はまだ拙い。
ミーは言葉を理解したのか、乾燥肉を欲しがっただけなのか、檻の中で一度だけ尾を動かした。
◇
俺とエリスは地下室を出た。
扉へ鍵を掛け直し、鍵穴の一部を土魔術で塞ぐ。
ルイジェルドなら、内側から合図を出せる。俺が戻れば解除できる。
第三者が鍵を持ってきても、すぐには開けられない。
建物の位置を見失わないよう、壁の下部へ小さな印を残した。
見ただけでは傷にしか見えない。
けれど、俺たちには分かる形だった。
「急ぎましょう」
「走る?」
「人の多い場所へ出るまでは、歩きます」
スラムの狭い路地を、見知らぬ子供二人が走っていれば目立つ。
追われている。
何かを盗んだ。
そう思われる可能性もある。
俺たちは周囲を警戒しながら、来た道を戻った。
先頭はエリス。
俺はその半歩後ろ。
剣士であるエリスが前方を確認し、俺は左右と後方を見る。
曲がり角へ近づくたび、エリスは速度を落とした。
先ほど通った時に見た物も、きちんと覚えている。
崩れた青い壁。
角が三本ある店主の店。
赤い扉。
天井から骨を吊るした露店。
迷うことなく、大通りまで戻ることができた。
「誰も襲ってこなかったわね」
「襲われない方がいいでしょう」
「でも、私たちが強いって見せる機会がなかったわ」
「見せずに済むなら、それが一番です」
エリスは納得していないようだった。
それでも、戦いたいからとスラムへ戻ろうとはしない。
大通りへ出た後は、少し速度を上げる。
最寄りの衛兵詰め所へ到着すると、入口にいた兵士が俺たちを見下ろした。
「子供が何の用だ」
「冒険者です。依頼の途中で、盗まれた動物が多数保管されている場所を発見しました」
俺は冒険者札と依頼書を見せた。
兵士の表情が変わる。
「場所は?」
「スラムの地下です。犯人と思われる三人を捕らえ、仲間が見張っています」
「三人を、お前たちが?」
「はい」
兵士はエリスの剣を見る。
次に俺の杖。
それでも、十歳と十二歳の子供が冒険者三人を捕らえたという話は、すぐには信じられないらしい。
「仲間は何人だ」
「一人です」
「三人で、冒険者三人を?」
「不意を突くことができました。それより、ほかの仲間が証拠を処分する前に確認をお願いします」
俺たちの実力を説明することへ時間を使うべきではない。
今は、現場を保全する方が先だった。
「動物の首輪には、名前が書かれています。捕獲用の縄や薬品もあります。捕らえた三人からは、飼育動物を盗み、その後に捜索依頼を受けて報酬を得ていたという証言を取りました」
「証言を?」
「別々に質問し、共通している部分を記録しています」
俺は薄い石板を見せた。
地下室で聞き取った内容。
檻の数。
首輪の名前。
捕獲道具。
三人が持っていた鍵。
完璧な証拠とは言えない。
それでも、思いつきで人を捕らえたわけではないことは伝わるはずだ。
兵士は石板を読み、奥へ声をかけた。
すぐに、六人の衛兵が集められた。
「案内しろ」
「お願いします」
◇
地下室へ戻る途中。
衛兵の一人が、俺たちが無断で建物へ入ったことを問題にした。
「鍵の掛かった建物へ、勝手に侵入したのか」
「はい」
俺は認めた。
「行方不明になった魔獣の痕跡が、建物の中へ続いていました。中に人がいないことも、仲間が確認しています」
「それでも、不法侵入だ」
「承知しています」
エリスが横から口を開きかける。
俺は手を開き、止まるよう合図した。
ここで衛兵へ怒鳴っても、状況はよくならない。
「責任があるなら、依頼の完了後に説明を受けます。ただ、今は中の動物と捕らえた三人を確認してください」
「逃げるつもりはないのか」
「冒険者登録をしたばかりです。逃げれば、中央大陸へ帰るための身分を失います」
衛兵は俺を見た。
「中央大陸?」
「詳しい事情は、後でお話しします」
転移について、町中で話すつもりはない。
衛兵の前であっても、信頼できる相手か分からない段階で詳細を広めるべきではなかった。
地下室のある建物へ到着する。
俺が入口へ残した印に変化はない。
土で塞いだ鍵穴も、そのままだった。
「僕が解除します」
土を崩し、鍵を開ける。
衛兵たちが武器を構えた。
先頭の二人が入る。
俺とエリスは、その後ろ。
奥では、ルイジェルドが同じ位置へ立っていた。
捕らえた三人も、拘束した場所から動いていない。
「遅かったな」
「できるだけ急ぎました」
ルイジェルドの足元には、短い刃物が一つ落ちていた。
「それは?」
「廊下にいた男が、口の中に隠していた」
捕らえた男の口元から、僅かに血が流れている。
自分の口内へ刃を隠し、布を切ろうとしたらしい。
「怪我は?」
「刃を吐き出させる時に、口の中を切った。それだけだ」
ルイジェルドは殺していない。
手足を壊してもいない。
相手の動きを止め、隠し持っていた武器を取り上げた。
事前に決めたとおりに行動してくれた。
「ありがとうございます」
「約束したからな」
短い返事だった。
衛兵たちは檻の中を確認し始めた。
首輪。
捕獲道具。
薬品。
鍵。
地下室の構造。
最後に、捕らえた三人の冒険者札を調べる。
三人とも登録済みの冒険者だった。
ランクは、蜥蜴顔の男と女がD。
複眼の男がC。
俺たちより、遥かに上である。
「こいつらは、ペット専門の捜索をしていた連中だ」
衛兵の一人が言った。
「以前から成功率が高すぎると疑われていたらしい」
別の衛兵が檻の奥から帳簿を見つけた。
首輪の特徴。
飼い主の住む地区。
依頼が出た日。
返却時に受け取った報酬。
細かく記録されている。
「これで言い逃れはできんな」
三人の拘束は、土から衛兵の縄へ交換された。
俺は一人ずつ拘束を解除する。
その間も、エリスは剣を抜ける位置を維持していた。
最後に複眼の男の足を解いた時。
男が突然、身体を捻った。
隣にいた衛兵へ頭からぶつかり、そのまま出口へ走ろうとする。
俺が魔術を使うより先に、エリスが動いた。
剣を抜く。
しかし、刃を男の身体へ向けなかった。
鞘を持った左手で男の腕を払い、足を引っかける。
体勢を崩した男の背中へ、抜いた剣の腹を押し当てた。
男は地面へ伏せたまま動けなくなる。
剣先は、首から離れていた。
「逃げたら斬るわ」
魔神語ではない。
意味は通じなくても、何を言っているかは分かっただろう。
男の動きが止まった。
衛兵が、改めて両腕を縛る。
「今のは殺さずに止めました」
エリスが俺を見る。
褒めてほしいらしい。
「完璧でした」
「当然よ!」
エリスは胸を張った。
だが、すぐに剣を鞘へ戻し、男から距離を取る。
勝ったことへ気を取られず、ほかの二人や周囲の衛兵を確認していた。
ルイジェルドも、その動きを見ていた。
「腕を上げたな」
「私は最初から強いわよ」
「剣の話ではない」
エリスは一瞬だけ言葉を失った。
褒められた意味を理解すると、少しだけ頬を緩めた。
「そう」
素っ気なく答えたが、かなり嬉しいらしい。
◇
現場の確認には、かなりの時間がかかった。
動物をすぐに解放してしまえば、どれがどの飼い主のものか分からなくなる。
衛兵は首輪と帳簿を照合し、一匹ずつ番号を付けた。
俺たちも手伝った。
エリスは首輪の文字を読み上げる。
まだ魔神語の読み書きを学び始めたばかりなので、何度か間違える。
それでも、分からない文字を飛ばさず、そのたび俺へ確認した。
ルイジェルドは、檻の中の動物を落ち着かせる役目を引き受けた。
大きな身体と傷のある顔。
町の者から見れば、恐ろしく映るだろう。
しかし、動物たちはルイジェルドをあまり警戒しなかった。
檻の隙間から手を入れても、唸らない。
暴れていた魔獣も、低い声で呼びかけられると少しずつ静かになった。
「慣れていますね」
俺が言う。
「野生の獣より、子供の近くにいる獣の方が扱いやすい」
「違いがあるのですか?」
「子供を守ることを覚えた獣は、無闇に相手を傷つけない」
ルイジェルドらしい判断基準だった。
やがて、ミーの檻も開けられた。
エリスが乾燥肉を見せる。
ミーは警戒しながら外へ出た。
一度エリスの匂いを嗅ぎ、肉を食べる。
その後は逃げようとせず、エリスの隣へ座った。
「私に懐いたわ!」
「餌を持っているからかもしれません」
「余計なことを言わないで」
ミーを連れて依頼人のもとへ向かうことについて、衛兵から許可が出た。
ほかの動物は、そのまま現場へ残される。
飼い主が確認できるまで、町の管理下へ置かれることになった。
捕らえた三人は、衛兵に連行された。
「お前たちも、後で詰め所へ来い」
責任者の兵士が言った。
「事情を聞く。勝手に町から出るな」
「分かりました」
不法侵入についての確認も残っている。
すべてが解決したわけではない。
それでも、現場を隠したり、犯罪者と取引したりするよりはよい。
◇
メイセルの家へ戻る。
扉を叩く前から、ミーが小さく喉を鳴らした。
家の中から足音が聞こえる。
扉が勢いよく開いた。
「ミー!」
メイセルが飛び出してくる。
大きな黒い身体へ、正面から抱きついた。
ミーは少女を倒さないよう、前脚を広げて身体を低くする。
長い舌でメイセルの頬を舐めた。
「どこに行ってたの! ずっと探してたんだよ!」
言葉の意味が分かるのか、ミーは耳を伏せた。
エリスは、その様子を見て笑っている。
「見つけたわよ」
覚えた魔神語で告げる。
メイセルが顔を上げる。
「お姉ちゃんが見つけてくれたの?」
「三人で、見つけたわ」
エリスは自分だけの手柄にしなかった。
ルイジェルドと俺を交互に指す。
「ルイジェルドが、足跡を探した。ルーデウスが、捕まえた人を動けなくした。私は、ミーに餌をあげた」
言葉を一つずつ選びながら説明する。
文法は崩れている。
それでも、十分に意味は伝わった。
「ありがとう!」
メイセルはエリスへ抱きついた。
エリスの身体が固まる。
子供から突然抱きつかれることに慣れていないのだろう。
どうすればよいか分からず、俺を見る。
「背中を軽く叩けばいいと思います」
「こう?」
エリスは、壊れ物へ触れるように、メイセルの背中へ腕を回した。
「無事でよかったわね」
魔神語ではなく、人間語だった。
それでも、声の優しさは伝わったようだった。
メイセルはエリスから離れると、今度はルイジェルドを見上げる。
「本当に見つけてくれた」
「ああ。約束したからな」
「ルイジェルドは、怖い人じゃないんだね」
ルイジェルドの目が僅かに見開かれた。
メイセルは、髪を染めた彼の正体を知らない。
ただ、傷のある大きな魔族を怖がりながらも、約束を守った人物として見ている。
それだけで、今は十分だった。
メイセルは家の中から依頼の完了証明を持ってきた。
両手で、ルイジェルドへ差し出す。
「デッドエンドに頼んでよかった!」
ルイジェルドは証明を受け取った。
「困った時は、また呼べ」
「うん!」
デッドエンドという名前が、少なくとも一人の少女にとっては、恐怖だけを意味する言葉ではなくなった。
◇
冒険者ギルドへ戻る前に、衛兵の詰め所へ寄った。
現場で確認された内容。
捕らえた三人の証言。
帳簿。
俺たちの行動。
すべてについて聞き取りが行われた。
無断で建物へ侵入したことについては、厳しく注意された。
「次からは、怪しい場所を発見した時点で衛兵を呼べ」
責任者の兵士が言った。
「中に被害者がいる可能性がある場合もですか?」
「差し迫った危険があるなら入ってもいい。だが、今回のように人が不在だと分かっていたなら、先に呼べ」
「承知しました」
結果として犯罪が見つかったからよかった。
何もなければ、単なる不法侵入である。
ルイジェルドの感覚で人がいないと分かっていても、その情報を衛兵が信用するとは限らない。
「罰はありますか?」
「今回はない。盗まれた魔獣を追った結果で、証拠も壊していない。だが、次も同じように済むと思うな」
「はい」
自分たちの判断が、すべて正しかったわけではない。
目的が正しくても、方法に問題があれば注意される。
そのことを覚えておく必要があった。
三人の冒険者は、正式な取り調べを受ける。
冒険者ギルドにも犯罪行為が報告され、処分が行われるらしい。
ギルドへ着く頃には、すでに日が傾いていた。
中へ入る。
朝に俺たちを笑っていた冒険者たちが、こちらを見る。
「おい、子供のデッドエンドが帰ってきたぞ」
「ペットちゃんは見つかったのか?」
嘲る声。
エリスの眉が動く。
だが、依頼完了の札を持つルイジェルドを見ると、自分から何も言わなかった。
受付へ向かう。
完了証明を提出する。
受付の女性が確認し、報酬を用意しようとした時、奥から別の職員が出てきた。
衛兵から連絡が届いているらしい。
「デッドエンドの三名ですね」
「はい」
「ギルド長がお話を聞きたいそうです」
周囲の冒険者がざわついた。
最初の依頼で失敗し、処分を受けると思われたのかもしれない。
俺たちは奥の部屋へ通された。
◇
ギルド長は、全身を短い毛に覆われた大柄な魔族だった。
机の上には、衛兵から送られた報告書が置かれている。
「登録初日に、随分と大きなものを見つけたな」
「偶然です」
「偶然で、Cランクを含む三人を無傷で捕らえるのか?」
「相手が油断していました。地下室の入口が狭く、一度に入ってこられなかったことも大きいです」
自分たちが強いから勝てたというだけではない。
地形。
奇襲。
役割分担。
拘束。
複数の条件が重なっていた。
ギルド長は報告書へ視線を落とした。
「三人を殺さなかったのは、誰の判断だ」
「三人で事前に決めました」
「この男も同意したのか?」
ルイジェルドを見る。
「最初は必要ないと思った」
正直に答えた。
「だが、生かしたから情報を聞けた。逃げようとした者も、殺さず止めることができた」
「なるほど」
ギルド長は、次にエリスを見る。
「お前が逃走者を止めたそうだな」
「ええ」
「剣神流上級という記載は、本当か?」
「本当よ。疑うなら試してみる?」
「ギルドの中で剣を振るうな」
「分かってるわよ」
エリスは反射的に言い返したが、剣へ手を伸ばさなかった。
ギルド長の視線が俺へ戻る。
「依頼人からの評価も高い。だが、Fランクの依頼一件を終えただけで昇格させることはできん」
「承知しています」
「不満はないのか?」
「冒険者のランクは、実力だけではなく信用を示すものだと聞きました。僕たちは今日登録したばかりです」
どれほど戦えても。
一度よい判断をしても。
それだけで、旅の中で常に正しく行動できるとは限らない。
ギルドから見れば、俺たちは身元不明の新人である。
「ただ、通常のFランク依頼を繰り返すだけでは、お前たちの能力を測れん」
ギルド長は一枚の依頼書を出した。
パクスコヨーテの毛皮収集。
難度はEランク。
必要数は五匹分。
「これは?」
「昇格査定だ。明日、ギルドから監督役を一人つける。お前たちだけで依頼を行い、判断と実力に問題がなければEへ上げる」
「三人ともですか?」
「パーティ単位で査定する。ただし、監督役が手を出した場合は失格だ」
十分な条件だった。
不正をする必要はない。
犯罪者を利用する必要もない。
正式に実力を示し、正規の手順で昇格できる。
「お引き受けします」
「当然よ!」
エリスが先に答えた。
ルイジェルドも頷く。
「一つ、確認したいことがあります」
俺は依頼書を受け取る前に尋ねた。
「毛皮の必要数は五匹ですが、それ以上を狩った場合は?」
「状態がよければ、買い取り所で売れる。ただし、無意味に狩り尽くすな。町周辺の生態を崩せば処分する」
「死体の処理方法も教えていただけますか?」
ギルド長の眉が僅かに上がった。
「焼いた後、深く埋めろ。放置すれば別の魔物を呼ぶ。焼かずに埋めれば、死霊化することもある」
「分かりました」
倒すことだけを考えてはいけない。
倒した後。
周囲への影響。
運搬。
処理。
そこまで含めて依頼である。
「明日の朝、監督役と合流してください」
「承知しました」
部屋を出る。
ギルド内へ戻ると、先ほどまで笑っていた冒険者たちがこちらを見た。
俺たちが処分されなかったことは、表情から分かったらしい。
「どうだったの?」
エリスが、人間語で尋ねる。
「明日、昇格試験です」
「一日でEランクになれるのね!」
「合格すれば、です」
「合格するに決まってるでしょう!」
大声だった。
言葉は通じなくても、周囲の冒険者には何かを宣言していることだけは伝わったようだ。
エリスは胸を張り、ギルドの出口へ向かう。
俺とルイジェルドも続いた。
◇
翌朝。
監督役として現れたのは、豚に似た頭部を持つDランク冒険者だった。
名はノクパラ。
大きな斧を背負い、俺たちを見るなり不満そうな顔をした。
「子供の試験に付き合えってか」
「よろしくお願いします」
「俺は助けねえぞ。死にそうになっても、本当に死ぬ直前まで見てるだけだ」
「承知しています」
「泣いて帰るなら今のうちだ」
エリスが前へ出かける。
俺は手を開き、停止の合図を出した。
エリスは足を止めた。
「結果を見てから判断してください」
俺が答える。
ノクパラは鼻を鳴らした。
「生意気なガキだ」
それ以上、言い返す必要はない。
町を出る。
ルイジェルドを先頭に、パクスコヨーテの群れを探した。
ノクパラは後方を歩く。
監督役であり、案内役ではないらしい。
町から一時間ほど進んだところで、ルイジェルドが片手を上げた。
全員が止まる。
「十一匹いる」
「依頼に必要なのは五匹です」
「群れの一部だけを倒せば、残りが追ってくる」
「なら、全体を相手にします」
地形を確認する。
右側に低い岩壁。
左側には浅い窪地。
正面は開けている。
背後へ逃げる道もある。
「前回と同じ半円の壁は?」
エリスが尋ねた。
「今回は使いません」
「どうして?」
「毛皮を傷つけずに倒す必要があります。狭い場所へ集めすぎると、倒れた個体同士が重なり、攻撃する位置が限られます」
それに、今回は十一匹。
前回の二十匹ほどではない。
エリスの動きも、実戦を経験する前とは違う。
「僕が先頭の動きを止めます。エリスは右側から来る個体。ルイジェルドさんは左側をお願いします」
「俺も倒すのか」
「はい。ただし、最初の一体だけは、僕たち二人で対処します。監督役へ、エリスの実力を見せる必要があります」
エリスが笑う。
「任せなさい!」
ノクパラは何も言わず、離れた岩へ腰を下ろした。
完全に見物するつもりらしい。
ルイジェルドが風上へ回り、小石を投げた。
群れの一体へ当たる。
パクスコヨーテが一斉にこちらを向いた。
走り出す。
俺は先頭の少し手前へ泥沼を作った。
深くはない。
脚が埋まり、速度が落ちる程度。
先頭の三匹が足を取られる。
後方の個体は、左右へ広がった。
「右、四匹!」
俺が叫ぶ。
エリスが踏み込む。
一匹目の牙を半歩でかわし、首を斬る。
二匹目へは、その勢いのまま剣を返さない。
身体を回し、鞘で鼻先を打った。
一瞬怯んだところへ、最短の突きを入れる。
毛皮を大きく傷つけないよう、喉元だけを狙っている。
三匹目が横から飛びかかる。
エリスは地面へ沈むように身体を下げた。
背中の上を通過させる。
着地する前に、後脚を斬る。
動けなくなった個体へ、次の一撃で止めを刺した。
四匹目。
エリスは追わない。
俺の位置を確認する。
俺へ向かっていたため、足元へ岩弾を撃った。
直撃させず、地面を砕いて体勢を崩す。
「お願いします!」
エリスが方向を変える。
一歩。
二歩。
首を正確に斬り落とした。
「四匹!」
今度は自分で数えていた。
左側では、ルイジェルドが三匹を仕留めている。
槍の一撃は速く、傷は必要最低限だった。
泥へ足を取られた三匹が、ようやく抜け出そうとしている。
俺は泥の粘度を上げた。
身体全体を沈めるのではなく、脚だけを固定する。
「最後の三匹は、僕が倒します」
岩砲弾を作る。
毛皮を傷つけない位置。
眼球。
口内。
耳の奥。
通常の岩砲弾では威力が強すぎる。
小さく。
細く。
針に近い形へ圧縮する。
一発目。
眼球から脳へ通す。
二発目。
口を開けた瞬間に撃ち込む。
三発目。
首と頭蓋骨の接合部。
三匹が、ほとんど同時に倒れた。
ノクパラが岩から立ち上がっている。
不満そうだった顔から、表情が消えていた。
「終わりました」
俺が告げる。
「……ああ」
「毛皮の状態を確認していただけますか?」
ノクパラは一匹ずつ調べた。
エリスが倒した個体。
ルイジェルドが倒した個体。
俺が倒した個体。
どれも、商品になる部分へ大きな傷はない。
「十一匹すべて合格だ」
「では、解体を始めます」
「今からか?」
「毛皮を持ち帰る依頼ですから」
戦闘で終わりではない。
俺たちは短刀を出した。
エリスも、自分から最初の一匹へ向かう。
以前のように、やり方が分からず力任せに切ることはなかった。
ルイジェルドから教わった位置へ刃を入れる。
皮と肉の間へ短刀を滑らせる。
時間はかかったが、最初の魔大陸での解体より遥かにきれいだった。
「ノクパラさん」
俺は作業をしながら尋ねた。
「周辺で十一匹を倒すことは、生態へ影響しますか?」
「この程度なら問題ねえ。だが、血の臭いを撒いて何群も集めるような真似はするな」
「分かりました」
効率だけを考えれば、血の臭いで群れを集める方法もあるだろう。
しかし、必要以上に狩れば周囲の生態を崩す。
大量の死体を残せば、別の問題も起きる。
依頼を早く終えるために、後の危険を作るべきではない。
解体を終える。
残った死体は一か所へ集め、火魔術で完全に焼いた。
さらに深い穴を作り、灰と骨を埋める。
土を戻した後、周囲と同じ程度に固めた。
「ここまでやる新人は珍しい」
ノクパラが言った。
「必要なことだと教わりました」
「そこの青髪にか?」
「はい」
ルイジェルドが、少しだけ顔を背けた。
褒められることに慣れていないらしい。
◇
町へ戻った。
毛皮十一匹分。
依頼に必要なのは五匹。
残りはギルドの買い取り所へ売却する。
ノクパラは、ギルド長へ査定結果を直接報告した。
戦闘能力。
連携。
指示。
素材を傷つけない攻撃。
解体。
死体処理。
周囲への影響を考えた判断。
すべてに問題なし。
三枚のFランク札が回収された。
代わりに、Eランクの札を受け取る。
「やったわ!」
エリスが札を掲げた。
登録から二日。
正式に、Eランクへ昇格した。
「次はDね!」
「まずはEランクとしての信用を積みます」
「すぐ上がれるでしょう?」
「急いで失敗すれば、ランクを下げられることもあります」
エリスは札を見つめた。
「でも、早く強い魔物と戦いたいわ」
「戦うだけが冒険者ではありません」
「分かってるわよ」
以前なら、そこで話が終わっていたかもしれない。
しかし、エリスは少し考え、言葉を続けた。
「でも、剣を使う仕事もしたい。それで、お金も稼いで、早く帰るの」
単に戦いたいのではない。
戦う力を、帰還のために使いたい。
「では、危険度と報酬を見ながら選びましょう」
「ええ」
俺たちは掲示板の前へ向かった。
Eランクの依頼。
薬草採取。
街道周辺の魔物調査。
小規模な討伐。
荷物の護衛。
受けられる仕事が増えている。
デッドエンドの名を広めるためにも。
中央大陸へ戻る旅費を稼ぐためにも。
ここから、正式な冒険者としての活動が始まる。
ギルド内では、まだ俺たちを笑う者がいた。
けれど、昨日とは少しだけ笑い方が違っていた。
子供の遊びを見る笑いではない。
何者なのか分からない新人を、警戒しながら観察する視線が混じっている。
最初の一歩としては、それで十分だった。