ルーデウス視点
エリスとギレーヌが旅立った後も、俺とレイネはフィットア領の難民キャンプへ残った。
二人の姿が消えた街道を、いつまでも眺めていたい気持ちはあった。
あの道を見続けていれば、赤い髪がもう一度現れ、忘れ物をしたとでも言いながら戻ってくるような気がした。
けれど、井戸の修復も、仮設住宅の補強も、捜索隊へ渡す物資の整理も、まだ途中だった。
エリスも、自分にできることを途中で投げ出さず、手紙を書き、領民を手伝い、そのうえで剣の聖地へ旅立った。
ならば俺も、ここで引き受けた仕事を放り出すわけにはいかない。
エリスを見送った寂しさから目を逸らすためではない。
俺が今できることを、自分で選んで終わらせるためだ。
それからの数日間は、目の前にある作業へ集中した。
崩れかけていた井戸を直し、雨漏りのひどい建物へ屋根を作り、食料を保管するための倉庫を増やす。
土魔術を使えば、建物の形を作ること自体は難しくない。
地面から壁を立ち上げ、屋根まで一体化させれば、一日も掛からず一棟を完成させることさえできる。
けれど、俺がいなくなった後にも修理できる構造でなければ意味がない。
魔術で継ぎ目なく作った石壁は丈夫だが、ひびが入った時、俺と同じ規模の土魔術を使える人間がいなければ補修できない。
現地の大工へ相談しながら、基礎や外壁の一部だけを魔術で作り、梁や屋根には木材を組み合わせた。
「ここの壁を、もう少し厚くできないか?」
作業を始めて数日が経つと、最初は遠巻きに魔術を見ていた者たちも、普通に声を掛けてくるようになった。
「冬になると、北側から風が入るんだ」
「分かりました。ですが、すべて石にすると湿気が逃げにくくなります。上の部分には木を使いましょう」
「それなら俺たちでも直せるな」
「はい。その方がよいと思います」
別の男が、倉庫の入口を指差す。
「荷車が通れるように、もう少し広くしてほしい」
「広げることはできますが、その分だけ上の梁を太くする必要があります」
「梁なら用意できる」
「では、寸法を測りましょう」
冬へ備えて床を地面より高くしてほしい。
雨水が溜まらないよう、周囲へ溝を作ってほしい。
薬品を保管する区画だけ、温度が変わりにくいようにしてほしい。
要望は次々に増えた。
できることは引き受ける。
だが、俺がいなくなった後に維持できないものや、現地の職人だけでは直せない構造については断った。
以前の俺なら、頼まれたものをすべて作ろうとしたかもしれない。
自分ならできる。
自分がやれば早い。
そう思い、相手が求める以上のものまで勝手に作っていたかもしれない。
けれど、ルイジェルドにも。
エリスにも。
レイネにも。
一人だけで何もかもを背負うなと言われた。
俺が全部を完成させて残すよりも、現地の人間が自分たちで続きを作り、壊れた時には自分たちで直せる状態にしておく方がいい。
俺がいなくても続くものを作る。
ようやく、そう考えられるようになっていた。
レイネは、アルフォンスとともに物資と資金の整理を続けた。
食料の配給量。
薬品の消費。
救助隊へ支給する装備。
商人へ支払う輸送費。
担当者ごとに分かれていた記録を一つずつ照合し、余分な出費と、物資が不足する時期を洗い出していく。
午後になると倉庫へ赴き、実際の在庫と帳簿が一致しているかも確認していた。
記録と数が合わないものがあっても、すぐに不正と決めつけることはしない。
「薬草が、帳簿より二箱少なくございます」
レイネが倉庫の担当者へ尋ねる。
責めるような声ではなかった。
「何か事情がございましたか?」
「昨日、捜索隊が戻った時に怪我人が多かったんです。治療所から急ぎで出してほしいと言われて……記録は後で付けるつもりだったんですが」
「治療所側の記録はございますか?」
「あるはずです」
「では、そちらと照合いたしましょう。今後、緊急時に倉庫側で記入できない場合には、受け取った方のお名前だけでも残してくださいませ」
「分かりました」
別の在庫が合わなければ、輸送途中で荷車が壊れたことが分かった。
薬品の消費が予定より多ければ、負傷者が増えた理由を確認する。
冬へ備えて別の倉庫へ移した物資が、元の帳簿へ反映されていない場合もあった。
机の上の数字だけで、現場の事情を知ったつもりにはならない。
理由を一つずつ確かめ、必要であれば、働いている人間ではなく記録方法の方を修正する。
その姿勢はアルフォンスからも信頼されたらしい。
数日のうちに、レイネは物資の責任者たちが集まる会議へ、当然のように呼ばれるようになっていた。
ただし、以前のように無理を重ねることはなかった。
昼になれば食事を取る。
目が疲れれば書類から離れる。
荷運びを頼まれても、一人で持とうとはせず、近くにいる者へ声を掛ける。
俺が止めるより先に、自分から休息を選ぶ。
オルステッドとの戦い以前から見れば、ほんの小さな変化かもしれない。
だが、レイネが自分の疲れを、我慢すれば消えるものとして扱わなくなった。
自分の身体も、守るべきものの中へ入れようとしている。
俺にとっては、それだけでも大きな進歩に思えた。
◇
俺たちが残ってから六日目の朝。
目を覚ますと、隣の寝台は既に空になっていた。
驚いて上半身を起こす。
机の上には、温かい湯と朝食が用意されている。
窓は僅かに開けられ、冷たい朝の空気が部屋へ流れ込んでいた。
「レイネ?」
返事はない。
寝台の布は整えられている。
外套もない。
一瞬、嫌な想像が頭をよぎった。
身体の不調を隠して仕事へ向かい、どこかで倒れているのではないか。
以前より休むようになった。
自分から疲労を伝えるようにもなった。
そう分かっているのに、目覚めないレイネのそばで何日も過ごした記憶は、簡単には消えてくれなかった。
俺は上着だけを羽織り、急いで部屋を出た。
廊下にはいない。
食堂にも。
アルフォンスの執務室にも姿はなかった。
「レイネを見ませんでしたか?」
通りかかった職員へ尋ねる。
「白髪の方ですか? 朝早く、外へ向かわれたのを見たような……」
「外ですか」
礼を言うより先に、俺は建物を出た。
朝の冷気が頬へ突き刺さる。
周囲を見渡す。
配給所。
治療所。
倉庫。
すぐには見つからない。
胸の奥が、さらに騒がしくなった。
そこで、倉庫の裏手から何かが空気を切る音が聞こえた。
回り込む。
空き地に、レイネが立っていた。
白い髪を後ろでまとめ、普段の侍女服の上から、動きやすい外套を羽織っている。
手には木剣。
俺が声を掛けるよりも先に、その木剣が動いた。
静かな踏み込みからの斬り下ろし。
身体を回しながら刃を返し、横薙ぎへつなぐ。
次の瞬間には重心を落とし、見えない敵の攻撃を受け流すように剣を傾けていた。
速い。
いや。
動きそのものは、俺にも追える程度へ抑えられている。
それでも、一切の無駄がなかった。
踏み込みの距離。
腰の回転。
剣を止める位置。
どこか一つでも崩れれば、全体が乱れそうな動きなのに、木剣の先まで完全に制御されている。
オルステッドとの戦い以前と、ほとんど変わらない。
少なくとも、途中で力が抜けたり、足元が揺らいだりする様子はなかった。
最後の一振りを終える。
レイネは静かに木剣を下ろした。
呼吸も乱れていない。
こちらを振り返る。
「おはようございます、ルーデウス様」
「おはようございます、ではありません」
俺はレイネのところまで歩いていく。
倒れていたわけではない。
顔色も悪くない。
そのことへの安堵と、何も言わずに姿を消したことへの不満が、同時に込み上げる。
「一人で何をしているのですか?」
「身体の状態を確認しておりました」
「僕を起こしてください」
「昨夜は遅くまで作業をなさっておりましたので」
「それでも起きます」
思っていたよりも強い口調になった。
レイネは反論せず、木剣を両手で持ち直す。
「申し訳ございません」
素直に謝られると、それ以上強く言いにくくなる。
怒りたいわけではない。
ただ、知らない間に何かが起きることが怖いだけだ。
「身体は、本当に大丈夫なのですか?」
「はい」
レイネは自分の手を開き、再び握った。
指先に震えはない。
「疲労感も、身体の重さもございません。剣を振った際にも、回復途中に見られた違和感はありませんでした」
「剣を振る前にも何かしたのですか?」
「キャンプの外周を一周いたしました」
「歩いたのですか?」
「走りました」
「走った後に、剣まで振ったのですか?」
「実戦では、十分に休んだ状態で戦えるとは限りませんので」
理屈は分かる。
分かるが、身体が回復したかを確かめるため、朝からキャンプの外周を走り、その直後に剣を振るのは、やりすぎではないだろうか。
「それで、結論は?」
「身体については、完全に回復したと判断しております」
胸の奥に残っていた緊張が、ゆっくりと抜けていった。
一か月以上。
目を覚まさない日が続いた。
目覚めた後も、自分の足で歩くだけで息を乱していた。
平気そうに振る舞っていても、少し動けば顔色が悪くなった。
夜中に苦しそうな呼吸をしていないか。
朝になっても目を覚まさないのではないか。
何度も確かめた。
その状態から、ようやく戻った。
「よかった」
言葉が自然に出た。
レイネが僅かに目を見開く。
「本当に、よかったです」
俺は改めて言った。
「また以前のように歩いて、走って、剣を振れるようになって」
「ご心配をお掛けいたしました」
「心配ぐらいさせてください」
「はい」
レイネは少しだけ目を伏せた。
風が吹き、まとめられた白い髪の一部が頬へ掛かる。
俺は、その姿が自分の足で立っていることを、改めて確かめた。
俺が死んだために。
俺を生き返らせるために。
レイネは、自分の身体と魔力を削った。
その事実は消えない。
だが、今ここで歩き、剣を振っている。
失ったものだけではなく、戻ってきたものも見なければならない。
「ただし、魔力につきましては、身体とは別でございます」
レイネが続けた。
「分かっています」
「日常的な魔術や、小規模な補助魔術は問題なく使用できます。ですが、以前と同じ規模の魔術を繰り返し使用できる状態ではございません」
《制限解除》によって消費した魔力は、身体が治ったからといって戻るわけではない。
自然回復には長い時間が必要だ。
以前と同じ最大出力を使うこと自体はできても、その後に残る消耗を考えれば、簡単に選べるものではない。
「身体が治ったからといって、今日から急に仕事を増やさないでください」
「身体については完全に回復しております」
「今まで働けなかった分を取り戻すと言って、三倍働きそうだから言っています」
レイネは一瞬、答えを止めた。
「そのような予定はございません」
「今、少し考えませんでしたか?」
「確認しただけでございます」
「何をですか?」
「本当に予定がなかったかを」
「やはり考えたではありませんか」
レイネの口元が僅かに緩んだ。
「以後も、休息を取りながら働きます」
「約束ですよ」
「はい」
俺は木剣を受け取った。
もう一度、動きを見せてもらおうかとも思った。
だが、必要はないだろう。
立っている姿を見れば分かる。
重心も。
呼吸も。
目の動きも。
回復途中だった時とは違う。
レイネの身体は戻った。
大きな魔力制限を抱えたままでも、歩き、走り、剣を振るための身体は取り戻した。
それだけで、十分に嬉しかった。
「朝食をいただきましょう」
俺が言う。
「既にご用意しております」
「見ました」
「冷める前にお戻りくださいませ」
「レイネも一緒に食べるのですよ」
「もちろんでございます」
並んで建物へ戻る。
レイネはいつものように、俺の歩調へ合わせていた。
以前なら、それを当然のこととして受け入れていたかもしれない。
侍女が主人へ合わせる。
そういうものなのだと。
俺は少しだけ歩く速度を落とし、レイネの隣へ並んだ。
どちらか一方だけが、常に相手へ合わせる必要はない。
今後は、俺もそうしようと思った。
◇
レイネの身体が回復した翌日。
俺たちはアルフォンスの執務室へ呼ばれた。
机の上には、中央大陸とミリス大陸周辺の地図が広げられている。
その横には、各地の捜索団から届いた報告書が並んでいた。
「ゼニス様に関する新たな情報は、現在も得られておりません」
アルフォンスが言った。
予想していた答えだった。
それでも、胸が沈む。
何もない。
死亡の報告もない。
生存を示す情報もない。
希望が残っているとも言える。
だが、何も分からない時間が続くことは、それだけで苦しかった。
「リーリャ様とアイシャ様につきましては、シーローン王国を出られたことが確認されております。予定どおりであれば、ミリス方面へ向かわれているはずです」
「はい」
二人については、俺自身がシーローンで無事を確認している。
アイシャと別れる時、いつか必ずまた会うと約束した。
今は、父さんやノルンと合流できることを信じるしかない。
まだ所在が分からない家族は、母様だ。
そして、行方不明者の名簿に載っていたシルフィ。
「捜索範囲は、どこまで広がっていますか?」
俺が尋ねると、アルフォンスは地図を指した。
「アスラ王国内につきましては、主要な都市と街道を一通り確認しております。ミリス神聖国と王竜王国にも、捜索団の情報網がございます」
「北方大地は?」
「冒険者ギルドを通じた情報収集が中心でございます。国境が多く、冬季には街道が閉ざされる場所もあるため、十分とは申せません」
地図の北側へ目を向ける。
ラノア王国。
ネリス公国。
バシェラント公国。
大小多くの国が分かれている。
広い。
そのすべてを、俺たち二人だけで歩いて捜すことは現実的ではない。
「ベガリット大陸は?」
「渡航自体が難しく、現時点では捜索団を十分に送れておりません」
「母様がいる可能性はあるのですね」
「否定はできません」
母様がどこへ転移したのかは分からない。
中央大陸にいるかもしれない。
海の向こうかもしれない。
魔大陸にいる可能性さえ、完全には消えていない。
確かな手掛かりもなく歩き回るだけでは、いつまで経っても見つからない。
自分の足だけで、世界中を捜すことはできない。
ならば、俺の名前を広げる。
母様を捜している人間がいると、多くの人へ知らせる。
誰かが母様を見つけた時、その情報が俺へ届く道を増やす。
「冒険者として、名前を広めようと思います」
俺は言った。
アルフォンスが俺を見る。
「ルーデウス・グレイラットという名前を、できるだけ多くの地域へ届かせます」
「ゼニス様が、ご子息のお名前を耳になさることを期待されるのでしょうか」
「母様本人だけではありません」
母様を見つけた冒険者。
転移事件の生存者。
救助活動に関わっている者。
誰か一人でも俺の名前と目的を知っていれば、情報が届く可能性が上がる。
「各地の冒険者ギルドへ、母様を捜しているという伝言を残します。同時に依頼を受け、実績を作ります」
紙を一枚掲示しただけでは、遠くまでは届かない。
けれど、冒険者として有名になれば、人づてに噂が広がる。
以前、デッドエンドとして活動していた時とは違う。
今度は、自分の名前を隠さない。
ルーデウス・グレイラットという名前そのものを、捜索のための目印にする。
「最初は北へ向かいます」
アルフォンスは地図の北側を見る。
「バシェラント公国でございますか」
「はい。ローゼンバーグは、北方大地でも冒険者が集まる都市だと聞いています」
そこで情報を集める。
依頼をこなし、名前を広める。
さらに北へ進むか。
別の地域へ移るか。
それは、集まった情報を見て決めればいい。
アルフォンスは、しばらく地図を見つめていた。
「妥当な方針かと存じます」
今度は、レイネが尋ねる。
「フィットア領へ新たな情報が届いた場合、私どもの滞在地へ転送していただくことは可能でしょうか」
「はい。立ち寄る予定の冒険者ギルドをお知らせいただければ、そちらへ伝言を送ります」
「こちらからも、定期的に現在地をお知らせいたします」
レイネは、地図の横へ置かれた紙に予定地を書き込んでいく。
南から北へ向かう街道。
途中の宿場町。
雪が深くなる前に到着できる都市。
迷いのない手つきだった。
最初から、俺と同行するつもりで旅程を考えている。
それを見ながら、胸の中へ安堵が広がった。
同時に、その安堵をそのまま受け入れてよいのか迷った。
エリスは一人で強くなる道を選んだ。
俺も、自分の目的へ進まなければならない。
その隣にレイネがいることを、当然のものとして決めてよいのだろうか。
「レイネ」
俺は呼びかける。
「はい」
「本当に、一緒に来るのですか?」
ペンの動きが止まる。
「そのつもりで準備をしております」
「身体が治ったばかりです」
「完全に回復しております」
「魔力は戻っていません」
「承知しております」
「北は寒いです」
「防寒具も準備いたします」
「危険な依頼を受けることもあります」
「ルーデウス様がお一人で受けられるよりは、安全であると考えております」
すべて返された。
俺は、尋ね方を間違えたのだろう。
身体のこと。
魔力のこと。
寒さのこと。
危険のこと。
そんな理由を並べているが、本当に確かめたいのは別のことだ。
俺はレイネに一緒に来てほしい。
その気持ちはある。
だが、俺が望んでいるからという理由だけで、レイネが自分の人生を差し出す形にはしたくない。
「レイネ自身は、どうしたいのですか?」
レイネが俺を見る。
「僕の侍女だからではなく、僕を一人にできないからでもなく。レイネ自身は、これからどうしたいのですか?」
静かな時間が流れた。
アルフォンスは口を挟まない。
レイネは、すぐには答えなかった。
以前なら。
ルーデウス様へお仕えすることが私の望みでございます。
その一言だけで、答えを終わらせていたかもしれない。
けれど、今は違う。
自分が本当に望んでいることを、言葉にしようとしている。
俺の望む答えを探しているのではない。
そう信じて待つ。
「私は」
やがて、レイネが口を開いた。
「ルーデウス様とともに、ゼニス様をお捜ししたいと考えております」
「僕のために?」
「それも、理由の一つでございます」
否定しなかった。
俺のために行きたい。
その気持ちまで、無理に切り離そうとはしない。
「ですが、ゼニス様は、私にとっても大切な方でございます」
レイネは、机の上の地図を見る。
「ブエナ村で、身寄りのない私を受け入れ、家族の一員として扱ってくださいました」
母様は、レイネを使用人として迎えただけではない。
同じ食卓へ座らせ。
体調を気に掛け。
俺たちと同じように叱り。
笑い掛けていた。
俺が赤子だった頃から、レイネと母様の間には、俺がすべてを知ることのできない時間がある。
「私も、ゼニス様に生きていていただきたい」
レイネの声は静かだった。
「再びお会いしたい。そのために、自分の意思でお捜ししたいと考えております」
侍女としての義務だけではない。
俺に命じられたからでもない。
レイネ自身が、母様を大切に思い、自分の意思で捜そうとしている。
「分かりました」
俺は頷いた。
胸の奥にあった迷いが、少しだけ軽くなる。
「一緒に来てください」
「はい」
レイネは僅かに微笑んだ。
「どこまでも、お供いたします」
「どこまでも、は困ります」
「なぜでございますか?」
「レイネが行きたくない場所へまで、ついてきてもらうつもりはありません」
レイネは少し考えた。
「では、私がともに行きたいと望む限り、お供いたします」
「それなら構いません」
今度の言葉なら受け入れられる。
命令ではなく。
義務でもなく。
俺が決めた道へ、何も考えず従うのでもない。
互いに自分の意思で、同じ道を選ぶ。
その形で進みたかった。
◇
それから二日後。
俺とレイネは、難民キャンプを出発した。
アルフォンスには、北方大地の主要な冒険者ギルドへ向けた紹介状を書いてもらった。
俺たちが母様を捜していること。
フィットア領転移事件に関する情報を求めていること。
新しい情報が得られた場合、フィットア領捜索団へ知らせてほしいこと。
同じ内容の書状を複数用意し、立ち寄る町ごとに預ける予定だ。
俺が魔術で作った倉庫や井戸は、既に人々が使い始めていた。
倉庫へ運び込まれる穀物。
井戸から水を汲む女性。
屋根を補強した仮設住宅の前で遊ぶ子供。
すべてを救えたわけではない。
半年後。
一年後。
この場所がどうなっているかも分からない。
俺が作ったものだけで、ここにいる全員の生活を支えられるわけでもない。
それでも、俺たちが滞在する前より、少しは長く持ちこたえられるはずだ。
「お気をつけて」
アルフォンスが頭を下げる。
「何か分かったら、必ず知らせてください」
「お約束いたします」
「エリスから連絡が届いた場合も」
「そちらも、必ずお知らせいたします」
俺は一度だけ、エリスが去った街道を見た。
今頃は、どこまで進んでいるのだろう。
まだアスラ王国内か。
既に国境へ近づいているのか。
ギレーヌがいる。
無計画に進むこともない。
頭では分かっている。
それでも、怪我をしていないか。
食事を取っているか。
夜に眠れているか。
考え始めれば、いくらでも不安は出てくる。
最初の伝言が届くまでには、もう少し時間が掛かるだろう。
けれど、俺はもう、理由も行き先も知らないまま残されたわけではない。
エリスは戻ると約束した。
俺も、生きて再会すると約束した。
ならば俺は、俺の道を進まなければならない。
「行きましょう」
俺が言う。
「はい」
レイネと並び、北へ向かって歩き始めた。
◇
北方大地へ向かう旅は、魔大陸からの帰還と比べれば穏やかだった。
整備された街道がある。
宿場町もある。
商人の馬車も頻繁に通っている。
魔大陸のように、町を出た直後から強力な魔物へ襲われることもない。
それでも、北へ進むほど気温は下がった。
秋が深まる前だというのに、朝には草の上へ霜が降りている。
レイネは、侍女服の上へ厚い外套を羽織っていた。
裾や袖口には防寒用の布が追加されている。
遠目から見ても侍女であることは分かる。
「着替えなくてよいのですか?」
何度目かになる質問をする。
「旅に適した形へ調整しております」
「そうではなく、一般的な冒険者の服へです」
「こちらの方が動きやすくございます」
「普通の侍女服は、冒険へ出るためのものではないと思います」
「私のものは冒険用でございます」
確かに、既に一般的な侍女服とは大きく異なっている。
丈夫な生地。
歩きやすい靴。
防寒と防刃を兼ねた裏地。
裾の内側には複数の収納があり、薬や小型の道具も収められている。
旅の邪魔になりそうな装飾は少なく、動けば布が身体へ絡まないよう調整されている。
レイネにとっては、これが最も慣れた旅装なのだろう。
「分かりました。もう言いません」
「お気遣いいただき、ありがとうございます」
本当に必要なら、自分で着替えると言うだろう。
レイネが何を着るかも、本人が選ぶことだ。
途中の町では、冒険者ギルドへ必ず立ち寄った。
ゼニス・グレイラット。
金髪の人族女性。
転移事件当時の年齢と外見。
家族の名前。
分かる限りの情報を、掲示板へ残す。
だが、新しい手掛かりは得られなかった。
金髪の女性を見た。
グレイラットを名乗る者がいた。
フィットア領から転移してきた人間がいる。
小さな情報も無視せず確認した。
しかし、詳しく調べれば別人だった。
期待する。
確認する。
違うと分かる。
その繰り返しは、少しずつ心を削った。
それでも、情報を聞くことをやめるわけにはいかない。
焦りはある。
けれど、焦って道を変えても、確かな手掛かりがないことは同じだ。
今は北へ進む。
冒険者として仕事をし。
名前を広げ。
情報網を増やす。
それが、俺たちにできることだった。
レイネは、大きな魔術を使わなかった。
野営地で火をつける。
少量の水を作る。
小さな傷を応急処置する。
その程度へ使用を抑えている。
道中で魔物に遭遇した場合も、俺の魔術か、レイネの剣で十分に追い払える相手ばかりだった。
大規模な魔術を使えないからといって、レイネが何もしていないわけではない。
周囲の警戒。
旅程の管理。
食料と水の計算。
宿場町での交渉。
俺が見落とす部分を、レイネが補う。
俺が魔術を使う時には、背後を守る。
大きな魔術を使えなくても、レイネが隣にいるだけで旅は安定していた。
そして、俺もレイネ一人へ任せきりにはしなかった。
野営の準備も。
料理も。
見張りも分担する。
最初は、レイネがすべてを引き受けようとした。
「食事の準備は私が行いますので、ルーデウス様はお休みくださいませ」
「薪を集めたぐらいで、休むほど疲れていません」
「ですが、私の仕事でございます」
「僕も旅の仲間です」
そう言うと、レイネは少し困った顔をした。
「侍女としてのお仕事を奪われているような気もいたします」
「全部を奪うつもりはありません。半分ください」
「半分でございますか」
「はい。料理はレイネ。食器と水の準備は僕。見張りも交代です」
しばらく考えた後、レイネは仕事の半分を渡してくれた。
エリスとルイジェルドがいた時とは違う。
四人で分担していた旅を、そのまま二人で再現することはできない。
寂しさを感じることもある。
食事の時、エリスがいない。
夜の見張りを交代する時、ルイジェルドの気配がない。
その空白を、レイネへ埋めてもらおうとは思わなかった。
俺とレイネは、俺とレイネとして進む。
二人なりの旅の形が、少しずつ作られていった。
◇
バシェラント公国へ向かう最後の宿場町で、俺たちは乗合馬車へ乗った。
目的地は第二都市ローゼンバーグ。
北方大地の冒険者が集まる町だ。
馬車の荷台には、俺たち以外にも数人の旅人がいた。
大きな荷物を抱えた商人。
職人らしい中年の男。
そして、武装した二人の女性。
一人は、背の高い女戦士だった。
褐色の肌。
編み込まれた髪。
大きな盾と剣を持ち、見るからに前衛といった姿だ。
もう一人は金髪の少女。
俺たちと同年代か、少し上だろうか。
背には弓。
腰には矢筒。
赤い瞳が、馬車へ乗り込んだ俺とレイネを警戒するように見ていた。
「二人とも、ローゼンバーグまでかい?」
女戦士の方が声を掛けてきた。
「はい」
俺が答える。
「僕たちも、ローゼンバーグへ向かいます」
「冒険者?」
「そうです」
隠す理由もない。
俺は冒険者証を取り出し、女戦士へ見せた。
女戦士は受け取り、記された階級を確認する。
「Aランク?」
驚いた声を上げた。
金髪の少女も、俺へ視線を向ける。
「その歳で?」
「いろいろありまして」
デッドエンドとして活動していた期間がある。
細かく説明すれば長くなる。
何より、初対面の相手へルイジェルドの正体まで話すつもりはない。
女戦士が冒険者証を俺へ返す。
「そっちの子は?」
金髪の少女がレイネを見た。
視線は白い髪から侍女服へ。
最後に、腰へ下げた剣へ移る。
「レイネと申します」
レイネは一礼した。
「ルーデウス様へお仕えしております」
「侍女?」
「はい」
「侍女が、北方大地まで一緒に来たの?」
金髪の少女の声へ、明らかな疑念が混じる。
戦闘へ出られない人間を、Aランク冒険者が連れていると思ったのだろう。
相手が冒険者なら、その誤解を残しておくべきではない。
共同で戦う可能性が少しでもあるなら、戦力に関する誤認は危険だ。
レイネも同じように判断したらしい。
俺が説明するより先に、自分の冒険者証を取り出した。
「同時に、冒険者としても活動しております」
女戦士が冒険者証を受け取る。
表面へ視線を落とし、動きを止めた。
「……Sランク?」
馬車の中が一瞬静かになった。
商人と職人まで、こちらを見ている。
「はい」
レイネは普段と変わらない声で答えた。
「冒険者ギルドから正式に認定を受けております」
「ちょっと見せて」
金髪の少女が、女戦士の手から冒険者証を覗き込む。
何度か証明書とレイネの顔を見比べた。
「本物なの?」
「偽造はしておりません」
「どうしてSランク冒険者が侍女をしてるのよ」
「ルーデウス様へお仕えすることと、冒険者として活動することは両立いたします」
「普通は両立しないでしょう」
「現に両立しております」
レイネは真顔だった。
金髪の少女が言葉に詰まる。
女戦士は冒険者証をもう一度確認し、丁寧にレイネへ返した。
「失礼したね。まさか、Sランク冒険者とは思わなかった」
「服装だけでは判断しにくいと存じますので、お気になさらないでくださいませ」
「剣士なのかい?」
「はい。剣を主として使用いたします」
レイネは、現在の状態についても続けて説明した。
「ただし、事情により、現在は使用できる魔力量が大きく制限されております。剣術や身体能力には問題ございませんが、大規模な攻撃魔術を前提とした戦闘には対応できません」
女戦士の表情が変わった。
単なる興味ではなく、冒険者として必要な情報を聞く顔になる。
「身体は動くけど、魔術は制限されているってことかい?」
「はい。小規模な魔術や、日常的な使用には支障ございません」
「分かった。話してくれてありがとう」
「必要な情報でございますので」
レイネは、自分がSランクであることを誇示しない。
同時に、現在の制限を隠して相手へ誤解させることもしない。
俺と二人でいる限り、わざわざ初対面の相手へ説明する必要はないかもしれない。
それでも、冒険者同士として関わるなら、正確に伝えておく。
金髪の少女は、まだ疑うようにレイネを眺めている。
「本当にSランクなら、私たちよりずっと上じゃない」
「階級が高いことと、当地の事情に詳しいことは別でございます」
「北方大地で活動したことはないの?」
「今回が初めてでございます」
「なら、魔物のことも知らない?」
「資料から得た知識はございますが、実際に戦った経験はありません」
自分の階級を盾に、何でも知っているようには振る舞わない。
Sランクであることは共有する。
だが、北方大地で活動してきた者の経験を軽く見るつもりもない。
「サラ」
女戦士が金髪の少女をたしなめる。
「尋問みたいになってるよ」
「確認してるだけよ」
「確認はもう十分だろう」
女戦士は俺たちへ顔を向けた。
「悪いね。この子はサラ。少し警戒心が強いけど、悪い子じゃない」
「別に謝らなくていいわよ」
サラが不満そうに言う。
「私はスザンヌ。ローゼンバーグを拠点にしてる冒険者だ」
「ルーデウス・グレイラットです」
俺は改めて名乗った。
「こちらは、先ほど名乗ったとおりレイネです」
「今度は覚えたわよ」
サラが言う。
俺は紹介を省いてもよかったらしい。
スザンヌが小さく笑った。
「二人で旅をしてるのかい?」
「はい」
「北方大地へ何をしに?」
少し迷う。
だが、隠す必要はない。
むしろ、できるだけ多くの人へ知らせるべきだ。
「母を捜しています」
「母親?」
「フィットア領転移事件で行方不明になりました。ゼニス・グレイラットという名前です」
スザンヌの笑みが消えた。
サラも、僅かに目を細める。
「フィットア領の……」
「何か知っていますか?」
「いや」
スザンヌは首を横へ振った。
「悪いけど、その名前は聞いたことがない」
「そうですか」
期待していたわけではない。
馬車で偶然出会った冒険者が、母様の居場所を知っている可能性など低い。
それでも、否定されれば落胆する。
「でも、ローゼンバーグには、いろんな地域から冒険者が集まる」
スザンヌが続けた。
「ギルドで尋ねれば、何か分かるかもしれないよ」
「そのつもりです」
「私たちもローゼンバーグを拠点にしてる。何か聞いたら知らせるよ」
「ありがとうございます」
サラは何も言わなかった。
だが、先ほどまでの刺すような視線は少し弱くなっていた。
「お二人は、同じパーティーなのでございますか?」
レイネが尋ねる。
「ああ。カウンターアローっていうBランクパーティーだ」
スザンヌが答えた。
「私が副リーダー。サラは弓使い。ほかにリーダーのティモシーと、ミミル、パトリスがいる」
「五名でございますか」
「そうだ。ほかの三人は先にローゼンバーグへ戻ってる」
スザンヌは気さくに話す。
サラも、時折こちらを見ながら会話を聞いていた。
Sランクであると分かった後も、レイネを恐れたり、過剰に持ち上げたりはしない。
警戒はしているが、それは初対面の冒険者へ向ける範囲のものだ。
俺にとっても、その方がありがたかった。
馬車は北へ進んでいく。
ローゼンバーグまで、あと一日。
この時の俺にとって、スザンヌとサラは、旅先で偶然知り合った冒険者にすぎなかった。
ローゼンバーグへ着けば挨拶をして別れ、またどこかで顔を合わせた時に母様の情報を尋ねる。
その程度の関係になるのだろうと思っていた。
◇
翌日の夕方。
俺たちはローゼンバーグへ到着した。
石壁に囲まれた、北方らしい町だった。
屋根には薄く雪が残り、道の端にも白い塊が積もっている。
吐く息が白い。
人々は厚い外套を着込み、建物の煙突からは絶えず煙が上がっていた。
俺とレイネは、スザンヌたちとともに冒険者ギルドへ向かった。
中へ入ると、暖炉の熱と酒の匂いが迎えてくる。
掲示板には、魔物討伐や護衛、採取の依頼が隙間なく貼られていた。
南の町より、高ランクの依頼が多い。
寒さの厳しい北方大地では、生息する魔物も強いのだろう。
「ティモシー!」
スザンヌが声を上げた。
奥の机にいた男が顔を上げる。
杖を持った、穏やかな印象の魔術師だ。
その隣には、軽装の男と、大柄な魔法戦士らしい男がいる。
「おかえり、スザンヌ。サラ」
「ただいま。道中で冒険者に会ったよ」
スザンヌが俺たちを紹介する。
ティモシー。
ミミル。
パトリス。
これで、カウンターアローの全員がそろった。
「ルーデウス・グレイラットです。Aランク冒険者です」
俺が名乗る。
「レイネと申します。ルーデウス様へお仕えする侍女であり、Sランク冒険者でもございます」
馬車での反応と同じように、三人の動きが止まった。
「Sランク?」
ミミルが声を上げる。
「本当なのか?」
パトリスがレイネを見る。
「本当だよ」
スザンヌが答えた。
「道中で冒険者証を確認した。正式なものだ」
レイネは、誤解を避けるために同じ説明を繰り返した。
「身体の状態に問題はございません。ただし、現在は事情により魔力量が大きく制限されております。剣術と護衛は可能ですが、大規模な魔術を私の戦力として組み込むことはお控えくださいませ」
ティモシーは驚きながらも、すぐに内容を理解した。
「情報を共有していただき、ありがとうございます」
「共同で依頼を受ける場合には必要となる情報でございますので」
この時点では、まだ一緒に依頼を受けると決まったわけではない。
それでも、スザンヌたちが俺たちについて仲間へ話す以上、正確に伝えておいた方がよい。
簡単な挨拶を終えた後、俺は受付へ向かった。
母様について尋ねる。
受付の職員は、行方不明者の記録を調べた。
結果は、何もなし。
まただ。
期待していないつもりでも、胸の奥へ重いものが沈む。
俺は用意してきた書状を渡し、掲示板へ捜索の告知を載せてもらった。
次に、仕事の一覧へ目を向ける。
名前を広げるには、依頼を受けなければならない。
多くの冒険者と関わる。
実績を作る。
ルーデウス・グレイラットという名前を覚えてもらう。
「こちらはいかがでしょうか」
レイネが一枚の依頼書を指した。
黒い光沢を持つ大型の熊。
ラスターグリズリー。
ローゼンバーグ近郊で群れが確認され、討伐隊が募集されている。
依頼の階級はA。
報酬も高い。
「受けられますか?」
「僕の階級なら可能です」
「周辺の地形と、魔物の習性を確認する必要がございます」
「受付で聞いてみましょう」
俺が依頼書へ手を伸ばす。
その前に、後ろから声を掛けられた。
「その依頼を受けるのかい?」
振り返る。
スザンヌだ。
その後ろには、カウンターアローの全員がいる。
「そのつもりです」
「二人で?」
「はい」
「階級だけを考えれば、十分すぎるほどだね」
俺がAランク。
レイネがSランク。
以前のように、魔術師と侍女の二人では危険だと心配しているわけではない。
それでも、スザンヌは依頼書を指した。
「でも、北方大地で初めて受ける依頼なんだろう?」
「はい」
「ラスターグリズリーは、一頭だけなら単純な魔物だ。けど、群れになると回り込みや待ち伏せもする。ククル湖周辺の森は視界も悪い」
Sランクだからといって、土地に不慣れなことまで無視しない。
レイネも素直に耳を傾けている。
「私たちも、その依頼を受ける予定でした」
ティモシーが言った。
「確認されている個体数が多いため、こちらから共同での受注をお願いしようと考えております」
「僕たちへ、ですか?」
「はい」
ティモシーは俺とレイネを見る。
「お二人の階級を考えれば、私たちの助けは必要ないかもしれません。ですが、私たちは周辺の地形と、北方に生息する魔物の習性を把握しております」
戦力と経験。
互いに足りないものを補える。
「また、群れの数が依頼書よりも多い可能性もございます。討伐だけでなく、素材の回収や周囲の調査にも人数が必要です」
筋の通った提案だった。
Sランクのレイネがいるから、俺たちだけで受けられないわけではない。
けれど、二人だけで受けることが最善とも限らない。
俺は母様を捜すために、名前を広めようとしている。
その最初の仕事で、現地の経験を軽視し、失敗するわけにはいかない。
何より、俺たちだけで何でもできると考えることは、フィットア領で学んだことと反している。
「報酬は人数に応じて分配することになります」
ティモシーが続ける。
「それでもよろしければ、共同で受けていただけないでしょうか」
俺はレイネを見る。
「どう思いますか?」
「私も、共同で受けることに賛成いたします」
レイネは依頼書へ視線を落とす。
「階級は、あくまで冒険者として積み重ねた実績を示すものにすぎません。初めて訪れた土地において、現地を知る方々の経験を軽視するべきではございません」
「僕もそう思います」
母様の情報を集めるという目的を考えても、地元の冒険者と関係を作ることには意味がある。
カウンターアローが信頼できる者たちかを知る機会にもなる。
「お願いします」
俺はティモシーへ向き直った。
「僕たちも、共同で依頼を受けます」
「ありがとうございます」
ティモシーが手を差し出す。
俺は、その手を握った。
「出発前に、互いの役割と能力を詳しく確認しましょう」
「はい」
「レイネさんの魔力制限についても、作戦へ反映します」
「お願いいたします」
母様を捜すため、俺たちは北方大地へ来た。
名前を広めるため、冒険者として活動する。
エリスとルイジェルドがいない旅。
レイネと二人で選び直した、新しい道。
その最初の依頼を。
俺とレイネは、カウンターアローとともに受けることになった。