白髪の侍女   作:MトK

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第五十一話 泥沼と白髪の侍女

ルーデウス視点

 

ククル湖の依頼を終えてから、二か月ほどが過ぎた。

 

北方大地の冬は、俺が想像していたよりも厳しかった。

 

一度まとまった雪が降れば、昨日まで使えていた道が簡単に埋まる。夜には吐いた息さえ凍りつきそうなほど気温が下がり、朝になれば建物の扉が凍りついて開かなくなることも珍しくなかった。

 

それでも、ローゼンバーグから人の姿が消えることはない。

 

冒険者は依頼を求めて酒場とギルドを往復し、商人は雪の中でも荷物を運ぶ。職人たちは春まで建物が持ちこたえられるよう、屋根や壁の補修を続けていた。

 

厳しい環境だからこそ、人々は立ち止まることができないのだろう。

 

俺とレイネも、依頼を受け続けた。

 

毎回、カウンターアローと行動したわけではない。

 

魔物の群れが確認された時。

 

前衛、後衛、治癒術師と、複数の役割が必要になる護衛。

 

雪に閉ざされた集落への物資運搬。

 

そうした人数の必要な依頼では、カウンターアローへ声を掛けるか、向こうから誘いを受けた。

 

一方で、行方不明者の捜索や、街道を塞ぐ魔物の討伐、崩れた道の復旧といった仕事は、俺とレイネの二人だけで受けることもあった。

 

俺たちの目的は、金を稼ぐことだけではない。

 

ゼニス母様を捜していることを、できるだけ多くの人へ知らせる。

 

そのために、依頼で訪れた村や町へ書状を残した。冒険者や行商人へ、母様の特徴を何度も伝えた。

 

金髪の人族女性。

 

名前は、ゼニス・グレイラット。

 

フィットア領転移事件の被災者。

 

家族が捜している。

 

何度も。

 

同じ説明を繰り返した。

 

今のところ、有力な情報はない。

 

似た女性を見たという話を聞き、雪の中を二日進んだこともあった。

 

依頼を一時的に断り、防寒具と食料だけを整え、すぐに町を出た。

 

情報をもたらした男は、金髪の人族女性で間違いないと言っていた。

 

年齢も近い。

 

治癒魔術を使っていたとも聞いた。

 

期待しないようにしようと思った。

 

人違いかもしれない。

 

記憶が曖昧な可能性もある。

 

それでも、進むほど足が速くなった。

 

母様かもしれない。

 

ようやく見つかるかもしれない。

 

町へ辿り着き、本人を確認した。

 

別人だった。

 

名前も。

 

出身地も。

 

母様とは違っていた。

 

「申し訳ない。特徴がよく似ていたものだから」

 

情報をくれた男は謝った。

 

悪意があったわけではない。

 

俺たちの捜索に協力しようとしてくれたのだ。

 

責める理由などない。

 

「いえ。知らせていただけただけでも、ありがたいです」

 

そう答えた。

 

声も、表情も、普段どおりに保てたと思う。

 

けれど、宿へ戻った後は、しばらく動けなかった。

 

期待するべきではなかった。

 

確かな情報が得られるまで、感情を動かさなければよかった。

 

そう思っても、次に似た話を聞けば、また期待してしまうのだろう。

 

別の町では、数年前に同じ名前の女性が宿泊していたという記録を見つけた。

 

古い宿帳を一枚ずつ確認した。

 

ゼニスという名前を見つけた時には、指が止まった。

 

しかし、年齢も出身地も一致しなかった。

 

フィットア領転移事件より前の記録だった。

 

そのたびに落胆した。

 

それでも、何もしないよりはいい。

 

確認しなければ、母様だった可能性が残る。

 

俺たちが動けば、それだけ母様へつながる道が増える。

 

次に誰かが母様を見つけた時。

 

その人が、俺たちの名前を知っていれば。

 

ローゼンバーグか、フィットア領捜索団へ情報を届けてくれるかもしれない。

 

そう考え、依頼を受け続けた。

 

 

最初に広まったのは、俺ではなくレイネの名前だった。

 

当然と言えば、当然だろう。

 

Sランク冒険者。

 

腰まで届く白い髪。

 

赤い瞳。

 

北方大地でも侍女服を崩さず、剣を使う少女。

 

目立たない要素を探す方が難しい。

 

しかも、レイネは魔力量こそ大きく制限されているものの、剣術と身体能力については完全に回復していた。

 

護衛依頼では、誰よりも早く敵へ気づく。

 

魔物が襲ってくれば、依頼人へ一歩も近づけない。

 

吹雪の中で遭難者を見つければ、自分の外套を渡し、必要なら背負ってでも連れ帰る。

 

それでいて、自分の手柄を語ろうとはしなかった。

 

依頼主に礼を言われても。

 

冒険者たちから武勇を尋ねられても。

 

「必要なことを行っただけでございます」

 

そう答える。

 

以前よりは、礼を受け取るようになった。

 

それでも、自分から話を広げることはない。

 

その姿が、かえって人々の記憶へ残った。

 

ある日、冒険者ギルドへ入ると、入口近くで酒を飲んでいた男が言った。

 

「あれが白髪の侍女か」

 

声を潜めたつもりらしいが、十分に聞こえている。

 

隣の男も、レイネへ視線を向けた。

 

「もっと大人だと思ってたぞ」

 

「見た目で判断するな。Sランクだ」

 

「本当に侍女なのか?」

 

「依頼の後、仲間の食事まで作ってたらしい」

 

「戦闘中に剣で魔物の首を飛ばしてた女が?」

 

「だから白髪の侍女なんだろ」

 

レイネは何も聞こえていないような顔で、受付へ向かっていた。

 

俺は隣を歩きながら尋ねる。

 

「呼ばれていますよ」

 

「そのようでございますね」

 

「嫌ではありませんか?」

 

「侍女であることも、髪が白いことも事実でございます」

 

「もう少し格好いい名前がよかったとは?」

 

「特には」

 

本当に関心がないらしい。

 

「Sランクらしく、白銀の剣姫とか」

 

「お断りいたします」

 

即答だった。

 

「では、白銀の戦乙女」

 

「そちらもお断りいたします」

 

「氷雪の――」

 

「ルーデウス様」

 

「はい」

 

レイネが受付の依頼書を示した。

 

「依頼を確認いたしましょう」

 

話を終わらせられた。

 

少しぐらい、一緒に考えてくれてもよいと思う。

 

白髪の侍女よりは、剣姫の方が格好いいはずだ。

 

だが、本人が気にしていないのであれば問題はない。

 

俺自身も、少し遅れて呼び名を与えられた。

 

きっかけは、ローゼンバーグ西部の街道で受けた護衛依頼だった。

 

商隊が移動中に、雪原狼の群れへ囲まれた。

 

数は三十を超えていた。

 

商人と馬車を守りながら戦う必要があり、火や広範囲の攻撃は使いにくい。

 

馬車に燃え移れば、積み荷ごと失う。

 

雪崩を起こせば、魔物より先に商隊を巻き込む。

 

そこで俺は、馬車を中心に足場だけを残し、周囲一帯の雪と土を深い泥へ変えた。

 

雪原狼は足を取られた。

 

泥を跳び越えようとした個体も、レイネと護衛の冒険者たちに撃ち落とされた。

 

敵の数は多かったが、商人にも護衛にも負傷者は出なかった。

 

依頼が終わった後、商隊の護衛長が笑いながら言った。

 

「敵は全部泥の中。俺たちの足元だけは固いまま。まるで、あの坊主の周りだけが泥沼になったみたいだったな」

 

その話が、ローゼンバーグへ戻るまでに少しずつ変わった。

 

若い魔術師が、一瞬で雪原を泥沼にした。

 

泥から逃れた魔物も、正確な魔術で撃ち抜いた。

 

味方は一人も泥へ沈まなかった。

 

やがて俺は、ギルドの中でこう呼ばれるようになった。

 

――泥沼。

 

最初に聞いた時は、もう少し格好のよい異名はなかったのかと思った。

 

レイネに剣姫を提案した俺が、泥沼である。

 

並べると、少し理不尽な気がした。

 

だが、覚えやすい。

 

何より、広まりやすい。

 

俺の目的を考えれば、悪い名前ではない。

 

「泥沼のルーデウスという名を聞いたら、フィットア領捜索団へ連絡してほしい」

 

そう伝えることができる。

 

ルーデウス・グレイラットという本名だけではなく、異名からも情報が届くようになる。

 

格好がよいかどうかより、母様を見つける可能性が一つでも増える方が重要だった。

 

「泥沼と白髪の侍女」

 

二人まとめて呼ばれることも増えたが、それぞれの名も別々に広まり始めた。

 

俺が泥沼で敵を封じる。

 

レイネが白髪の侍女として依頼人を守る。

 

二人の得意分野が違っていたことも、功績を一方だけへ集めずに済んだ理由だろう。

 

 

カウンターアローとの関係も続いていた。

 

ティモシーは依頼を選ぶ時、報酬だけではなく、その依頼が俺の名前を広めることにつながるかも考えてくれた。

 

遠方の村から来た依頼。

 

多くの商人が利用する街道。

 

別の町のギルドへ報告が送られる仕事。

 

そうした依頼があれば、俺へ声を掛けてくれる。

 

俺たちの事情を知り、自分たちに利益のある依頼と、俺の目的が重なるものを探してくれていた。

 

スザンヌは、旅程や食料の管理をレイネと相談するようになった。

 

最初の頃は、スザンヌがすべて決め、レイネが従っていた。

 

北方大地に関する経験は、スザンヌの方が多かったからだ。

 

今では二人で地図を広げ、どの道を進むか、どこで休むかを話し合っている。

 

「こちらの道は距離が短いけど、雪崩が起きやすい」

 

「昨日までの気温を考えますと、迂回路を選ぶ方が安全かと存じます」

 

「でも、迂回すると保存食が足りなくなるかもしれない」

 

「次の村で補給できる量を確認いたしましょう。十分な在庫がなければ、出発を一日遅らせます」

 

互いに意見を出し、どちらかが一方的に決めることはない。

 

パトリスは休憩時間になると、レイネへ剣術について尋ねた。

 

レイネも、自分の技をそのまま見せることは避けながら、重心や足運びについては丁寧に説明していた。

 

「剣を受けるのではなく、相手の力が向かう先を変えてくださいませ」

 

「簡単に言うな」

 

「簡単ではございません」

 

「できるまで、どれほど掛かった?」

 

「覚えておりません」

 

「また、それか」

 

パトリスは不満そうにしながらも、何度も同じ動きを練習していた。

 

ミミルは相変わらずよく話した。

 

俺とレイネの関係を勝手に想像しようとするたび、サラかスザンヌに止められている。

 

「主人と侍女が二人旅。雪の夜。何も起こらないはずが――」

 

「黙りなさい」

 

「まだ何も言ってないだろ」

 

「言う前に分かるのよ」

 

そう言い合う声も、今では聞き慣れた。

 

サラは、以前ほど俺たちを警戒しなくなった。

 

口調は変わらない。

 

俺の判断に疑問があれば、その場で指摘する。

 

「そこへ壁を作ったら、私の射線が塞がる」

 

「分かりました。位置を少し右へずらします」

 

「泥を深くしすぎないで。倒れた敵の頭を狙えなくなる」

 

「では、足首までにします」

 

遠慮なく言われる。

 

だが、依頼中に俺へ背中を向けることをためらわなくなった。

 

俺の魔術が、自分を巻き込まないと信じているからだ。

 

ある討伐依頼では、サラが俺の作った土壁を足場にして、高所から矢を放った。

 

別の護衛依頼では、俺が魔物の足を泥へ沈めることを前提に、最初から目ではなく喉を狙った。

 

言葉にしなくても、連携が成立するようになっていた。

 

それは、レイネも同じだった。

 

レイネが右へ動けば、スザンヌは左を守る。

 

レイネが敵の体勢を崩せば、パトリスが仕留める。

 

敵の位置を短く告げれば、サラの矢が飛ぶ。

 

最初の頃のように、Sランク冒険者へ遠慮する者はいない。

 

レイネもまた、カウンターアローを守らなければならない弱者として扱わなくなった。

 

必要な時だけ補う。

 

任せられる場所は任せる。

 

ククル湖の戦いでは、誰かを守るためにレイネが前へ出続けていた。

 

今は違う。

 

スザンヌなら正面を維持できる。

 

サラなら狙った敵を止められる。

 

ティモシーなら全体を判断できる。

 

その信頼を前提に、自分の役割へ集中している。

 

俺たちは一つのパーティーではない。

 

それでも、何度も依頼をこなすうち、十分に信頼できる協力者となっていた。

 

 

冬の半ば。

 

俺たちは、カウンターアローとともに冒険者ギルドの一室へ集まっていた。

 

ティモシーが、机へ依頼書と地図を置く。

 

「今回の目的地は、ガルガウ遺跡です」

 

山間部に築かれた古い遺跡。

 

周囲には複数の洞窟があり、冬になるとスノードレイクが住み着く。

 

依頼の目的は、その鱗の採取だった。

 

スノードレイクは、大型の蜥蜴に似た魔物だ。

 

白い鱗を持ち、雪や氷に覆われた地形でも素早く動く。

 

鱗は防具や魔道具の素材として使われるため、高値で取引されていた。

 

「討伐依頼ではないのですか?」

 

俺が尋ねる。

 

「指定された量の鱗を持ち帰れば達成です」

 

ティモシーが答えた。

 

「生きた個体から、無理に剥がす必要はありません。この時期は、縄張り争いや寒さで死んだ個体が遺跡の中に残っていることがあります」

 

「見つからなかった場合は?」

 

「必要な数だけ討伐します。ただし、巣を刺激して大群を呼び寄せないことが最優先です」

 

正面から全滅させる依頼ではない。

 

必要な素材を確保し、できるだけ静かに帰る。

 

報酬だけを考えれば、倒せるだけ倒し、鱗をすべて持ち帰った方がよい。

 

しかし、余計に群れを刺激すれば、遺跡周辺へ被害が広がる可能性がある。

 

依頼内容を超えた討伐は避けるべきだろう。

 

「別の洞窟にも、スノードレイクの討伐依頼が出てるらしいよ」

 

スザンヌが、地図の別の場所を指した。

 

「イルブロン洞窟だ。ガルガウ遺跡とは、山を挟んだ反対側にある」

 

「同じ群れでしょうか」

 

レイネが尋ねる。

 

「可能性はある」

 

ティモシーが答えた。

 

「ですが、これまで二つの場所が内部でつながっているという報告はありません。活動範囲が重なることはあっても、依頼場所は別と考えてよいでしょう」

 

「討伐依頼を受けたパーティーは分かっていますか?」

 

「Sランクパーティーの《ステップトリーダー》です」

 

聞いたことのある名前だった。

 

ローゼンバーグを拠点とするSランクパーティー。

 

人数は多く、複数の小隊へ分かれて活動することもある。

 

高難度の討伐を専門としており、成功率も高い。

 

その一方で、態度が荒く、ほかの冒険者との揉め事も多いと聞いていた。

 

リーダーの名は、ゾルダート・ヘッケラー。

 

Sランクの剣士。

 

「何か問題がありますか?」

 

俺が尋ねる。

 

「依頼場所が重ならなければ、問題はないと思います」

 

ティモシーはそう答えた。

 

ただ、スザンヌの表情は僅かに固かった。

 

過去に何かあったのかもしれない。

 

聞こうかとも思ったが、本人が話していないことを、今ここで掘り返す必要はない。

 

「向こうと遭遇した場合は、互いの依頼内容を確認しましょう」

 

ティモシーが続ける。

 

「不必要な争いは避けます」

 

「承知いたしました」

 

レイネが答える。

 

俺も頷いた。

 

その時の俺は。

 

それで十分だと思っていた。

 

 

ガルガウ遺跡までは、ローゼンバーグから四日ほど掛かった。

 

山へ近づくにつれ、雪は深くなっていく。

 

街道から外れた後は、俺が足元の雪を固め、全員が歩ける道を作った。

 

地面すべてを土へ変えるのではなく、先頭が歩く幅だけ雪を押し固める。

 

後ろから来る者の足元も確認し、滑りやすい場所には凹凸を残す。

 

以前なら、一直線に広い道を作ったかもしれない。

 

だが、魔力を使えば早いからといって、必要以上に地形を変える理由はない。

 

遺跡の入口は、巨大な石像の間にあった。

 

人間とも魔族とも異なる、奇妙な姿の像。

 

長い年月によって顔は崩れ、身体の一部も雪に埋まっている。

 

その奥に、地下へ続く階段があった。

 

「ここから先は、足音を抑えます」

 

ティモシーが言った。

 

松明の数も最低限。

 

俺とレイネは、暗闇でも周囲を確認できるよう、前後へ意識を向けた。

 

隊列は、スザンヌとパトリスが前。

 

その後ろにサラ。

 

ティモシーと俺。

 

ミミル。

 

最後尾にレイネ。

 

後方から敵が来た場合は、レイネが止める。

 

遺跡の内部には、冷たい空気が満ちていた。

 

壁や床へ薄い氷が張り、靴底が僅かに滑る。

 

息を吐けば白くなり、その白ささえ松明の光の外へ消えていった。

 

奥へ進むと、スノードレイクの爪痕や、剥がれ落ちた白い鱗が見つかった。

 

最初の一時間で、依頼に必要な量の半分近くが集まった。

 

順調だった。

 

あまりにも順調で、逆に不安になるほどだった。

 

「静かすぎるね」

 

スザンヌが小声で言う。

 

「痕跡は新しい」

 

パトリスが壁の傷へ触れた。

 

「だが、生きた個体が一頭もいない」

 

「外へ出ているだけでは?」

 

サラが尋ねる。

 

「これだけの痕跡があれば、少なくとも数頭は残っていてもいい」

 

ティモシーは立ち止まり、周囲を見た。

 

俺も耳を澄ませる。

 

何も聞こえない。

 

その静けさ自体が、不自然だった。

 

その時。

 

レイネが後方へ顔を向けた。

 

「音がいたします」

 

「後ろですか?」

 

「いいえ。壁の向こう側からでございます」

 

右側の石壁。

 

その先から、何かが地面を駆ける音が聞こえてきた。

 

一つではない。

 

複数。

 

しかも、急速に近づいている。

 

「道があるの?」

 

サラが壁を見る。

 

「地図にはありません」

 

ティモシーが答えた。

 

次の瞬間。

 

石壁の一部が、内側へ向けて崩れた。

 

白い巨体が、石片とともに飛び込んでくる。

 

スノードレイク。

 

一頭。

 

その後ろに二頭。

 

さらに奥にも、幾つもの影が見えた。

 

「迎撃!」

 

スザンヌが盾を構える。

 

サラの矢が、先頭の個体の目へ飛んだ。

 

俺は崩れた壁の手前へ土を盛り上げ、後続が一斉に入れないよう通路を狭める。

 

パトリスがスザンヌの横から剣を振るう。

 

一頭目が倒れる。

 

だが、壁の奥から新たな個体が飛び込んできた。

 

「多すぎる!」

 

ミミルが叫ぶ。

 

レイネは最後尾から前へ出ず、背後を確認していた。

 

「後方からも接近しております」

 

「挟まれた?」

 

ティモシーが振り返る。

 

「少なくとも六頭。さらに増えております」

 

正面だけではない。

 

俺たちが通ってきた道にも、スノードレイクが入り込んでいる。

 

巣の中央へ迷い込んだのか。

 

それとも、壁の向こうから逃げてきたのか。

 

原因を考える時間はなかった。

 

「円陣を組む!」

 

ティモシーの指示で、隊列が変わる。

 

スザンヌとパトリスが正面。

 

レイネが後方。

 

サラは中央から、両方へ矢を放つ。

 

俺は正面の床を隆起させ、スノードレイクが一直線に走れないよう障害物を作った。

 

速度を失った個体へ、パトリスの剣とサラの矢が入る。

 

後方では、レイネが一頭の突進を紙一重で避け、すれ違いざまに首を切り裂いた。

 

二頭目の爪を剣で逸らし、壁へ衝突させる。

 

ミミルへ迫った三頭目は、足元から伸びた石の突起へ進路を阻まれた。

 

レイネの魔術だ。

 

大きな魔力は使わない。

 

敵を貫くことも。

 

広い地形を変えることもしない。

 

最低限の変化だけで、相手の動きを制限する。

 

俺も正面の数を減らしていく。

 

圧縮した石の弾丸を放ち、スノードレイクの頭部を撃ち抜く。

 

味方の位置を確認しながら、一頭ずつ。

 

この状況で範囲魔術を使えば、狭い遺跡の中で味方まで巻き込む。

 

数が多くても、焦って威力を上げることはできない。

 

だが、崩れた壁の向こうから現れる個体が途切れなかった。

 

その奥で、金属音がした。

 

剣と爪がぶつかる音。

 

人の声。

 

俺たち以外の誰かが戦っている。

 

「向こうにも冒険者がいます!」

 

俺が告げる。

 

「ステップトリーダーかもしれない!」

 

ティモシーが答えた。

 

イルブロン洞窟から入った《ステップトリーダー》が、壁の反対側にいる。

 

二つの洞窟は、地下でつながっていたのだ。

 

スノードレイクは両側から追われ、その間にいた俺たちのところへ集中している。

 

「壁を広げます!」

 

俺は崩れた穴の左右を削り、通路を広げた。

 

狭いままでは、互いに相手の姿を確認できない。

 

だが、広げすぎれば大量のスノードレイクが一度に通る。

 

上部だけを崩し、人間が互いを視認できる程度の隙間を作る。

 

向こう側に、複数の冒険者がいた。

 

その先頭にいるのは、長身の剣士。

 

金色に近い髪。

 

片手剣を振るい、スノードレイクの爪を受け流している。

 

男がこちらへ気づいた。

 

「おい! そっちは何人だ!」

 

「七人です!」

 

ティモシーが答える。

 

「カウンターアローと、協力者が二人!」

 

「こっちはステップトリーダーだ! 挟んで潰すぞ!」

 

乱暴な声だった。

 

だが、戦場で必要なことは、すぐに伝えてくる。

 

「正面を押し返す!」

 

ティモシーも指示を返す。

 

二つのパーティーが、スノードレイクの群れを挟む形になった。

 

俺は床の一部を泥へ変え、中央の個体を足止めする。

 

完全に沈める必要はない。

 

走れなくなれば十分だ。

 

動きを失った個体へ、両側から攻撃が入る。

 

スザンヌの盾。

 

パトリスの剣。

 

サラの矢。

 

ティモシーの魔術。

 

向こう側からも、複数の剣士と魔術師が攻撃を加える。

 

レイネは後方を守りながら、正面の状況も見ていた。

 

「ルーデウス様。右側の壁を」

 

言われた方向を見る。

 

壁際へ逃げようとした数頭が、一か所へ集まっている。

 

俺は岩を隆起させ、逃げ道を塞いだ。

 

そこへ《ステップトリーダー》の魔術が飛び、まとめて倒す。

 

少しずつ。

 

だが、確実に数が減っていく。

 

最後の一頭を、金髪の剣士が斬り伏せた。

 

巨体が床へ倒れる。

 

荒い呼吸だけが、地下空間へ残った。

 

「終わったか?」

 

スザンヌが盾を下ろさずに尋ねる。

 

レイネが周囲へ意識を向ける。

 

しばらくして、剣を下ろした。

 

「近くに動く気配はございません」

 

その言葉で、ようやく全員が武器を下ろした。

 

 

崩れた壁を完全に開くと、二つの通路が一つにつながった。

 

向こう側にいたのは、十人を超える冒険者たち。

 

全員が《ステップトリーダー》の一員らしい。

 

その先頭で剣を鞘へ戻した男が、こちらへ歩いてきた。

 

先ほど声を掛けてきた剣士だ。

 

「ゾルダート・ヘッケラーだ」

 

名乗りながら、ティモシーを見る。

 

「お前がカウンターアローのリーダーか?」

 

「ティモシーです。先ほどは助かりました」

 

ティモシーが手を差し出す。

 

ゾルダートは、その手を見ただけで握らなかった。

 

代わりに、足元へ倒れているスノードレイクを見る。

 

「助かった、だと?」

 

声の調子が変わった。

 

先ほどまで戦場で指示を出していた時とは違う。

 

敵意を隠そうともしていない。

 

「何でしょうか」

 

「こいつらは、俺たちがイルブロン洞窟から追い込んだ獲物だ」

 

周囲の空気が固くなった。

 

「俺たちの討伐依頼の対象を、横から奪ったってことになる」

 

「お待ちください」

 

ティモシーが言う。

 

「私たちはガルガウ遺跡で、鱗を採取する依頼を受けています。この通路がイルブロン洞窟へつながっていることは知りませんでした」

 

「知らなかったで済むかよ」

 

ゾルダートは倒れたスノードレイクを指す。

 

「俺たちは何時間も掛けて群れを追った。ようやく一か所へ集めたところで、壁の向こうからお前らが出てきたんだ」

 

「私たちも、前後から挟まれました」

 

「それで、俺たちの獲物を倒して鱗を持っていくのか?」

 

「そのようなことは申し上げておりません」

 

ティモシーは落ち着いていた。

 

「依頼が重なった原因を確認し、ギルドへ報告したうえで、素材と報酬の扱いを決めるべきです」

 

「ギルドに泣きつくってか?」

 

「正当な手続きです」

 

ゾルダートの目が細くなる。

 

その後ろで、《ステップトリーダー》の者たちも不満そうにこちらを見ていた。

 

彼らの側から見れば、長時間追ってきた魔物を横取りされたように思えるのだろう。

 

俺たちは、鱗を採取するために別の入口から入った。

 

地下がつながっているとは知らなかった。

 

突然、前後からスノードレイクに襲われた。

 

どちらか一方だけが悪いわけではない。

 

事情を整理すれば、解決できるはずだ。

 

「事情を確認すれば、誤解だと分かります」

 

俺は、できるだけ穏やかに言った。

 

「今ここで争うより、まず全員の負傷と、討伐数を確認しませんか?」

 

無意識に、いつもの笑顔を作っていた。

 

相手を刺激しない。

 

敵意がないと示す。

 

こちらは争うつもりがない。

 

だから、あなたも怒らないでほしい。

 

前世から、何度も使い続けてきた表情だ。

 

怒られそうな時。

 

相手が不機嫌な時。

 

俺が悪いかどうかに関係なく、まず笑う。

 

頷く。

 

話を合わせる。

 

そうすれば、少なくともその場は終わることが多かった。

 

ゾルダートの視線が、俺へ移った。

 

「お前が泥沼か」

 

「はい。ルーデウス・グレイラットと申します」

 

「そっちが白髪の侍女」

 

今度はレイネを見る。

 

「レイネと申します」

 

「AランクとSランクを連れて、Bランクの連中が獲物を横取りか。随分と効率のいい仕事だな」

 

サラが一歩前へ出た。

 

「横取りじゃないって説明したでしょう!」

 

「サラ」

 

スザンヌが肩を押さえて止める。

 

「だからギルドで確認を――」

 

俺が続けようとすると、ゾルダートが露骨に顔をしかめた。

 

「その笑い方、やめろ」

 

「え?」

 

「気持ち悪いんだよ」

 

声は大きくない。

 

それでも、周囲にいた全員へ聞こえた。

 

「何を考えてるのかも分からねえ顔で、はいはいと話を合わせやがって」

 

「僕は、話を穏便に――」

 

「それが気に入らねえって言ってるんだ」

 

ゾルダートが一歩近づく。

 

「何でも分かってますって顔で笑いやがる。こっちを馬鹿にしてるようにしか見えねえ」

 

馬鹿にしているつもりなどない。

 

争いを避けようとしただけだ。

 

できる限り丁寧に振る舞い、相手の感情を逆撫でしないようにした。

 

それなのに。

 

自分では丁寧に振る舞っているつもりでも、相手には見下しているように見える。

 

言い返そうとして。

 

言葉が出なかった。

 

前世でも、似たことがあった。

 

怒られないように笑う。

 

嫌われないように頷く。

 

相手が望んでいると思う言葉を返す。

 

何を言われても、平気な顔を作る。

 

その結果。

 

何を考えているのか分からない。

 

気持ちが悪い。

 

そう言われる。

 

笑っていれば、怒られないと思っていた。

 

少なくとも、本心を出すよりは安全だと思っていた。

 

本当は腹が立っていても。

 

傷ついていても。

 

嫌だと思っていても。

 

隠す方が正しいのだと。

 

「ルーデウス様」

 

レイネの声がした。

 

責めるでもない。

 

庇うでもない。

 

俺自身が、何を言うのか待つ声だった。

 

レイネが代わりに答えることはできる。

 

ゾルダートを黙らせることもできるだろう。

 

それでも、レイネは俺の言葉を待っている。

 

俺は一度息を吐いた。

 

作っていた笑顔を消す。

 

「馬鹿にしたつもりはありません」

 

ゾルダートを正面から見た。

 

「ですが、そう見えたのであれば、僕の態度にも問題があったのだと思います」

 

「またそれか」

 

ゾルダートは苛立ったように舌打ちした。

 

「すぐに自分が悪かったって形にして、話を終わらせる。腹の中じゃ何を考えてる?」

 

謝れば終わると思った。

 

少しでも自分の非を認めれば、相手の怒りが収まるかもしれない。

 

けれど、それもまた、本当に考えていることではなかった。

 

俺は。

 

今の言い方を、どう思ったのか。

 

「今は、あなたの言い方は失礼だと思っています」

 

自分でも驚くほど、はっきりと言えた。

 

ゾルダートの眉が僅かに動く。

 

「僕たちは依頼を横取りしていません。通路がつながっていることも知りませんでした。あなたたちが戦っていたことも、壁が崩れるまで知りませんでした」

 

ゾルダートは黙っている。

 

「その点について、僕たちが謝る理由はありません」

 

言葉を口にしてから、胸の奥が騒いだ。

 

怒らせるかもしれない。

 

殴られるかもしれない。

 

相手はSランクの剣士だ。

 

けれど、間違ったことを言ったとは思わなかった。

 

俺たちは、横取りしていない。

 

その事実まで、相手を怒らせないために曲げる必要はない。

 

ゾルダートは、しばらく俺を見た。

 

「それでいいんだよ」

 

不機嫌そうな顔のまま言う。

 

「最初から、そう言え」

 

「だからといって、あなたの態度を認めたわけではありません」

 

「別に認めてもらう必要はねえ」

 

険悪な空気は変わらない。

 

だが、先ほどまでとは少し違った。

 

俺は笑っていない。

 

ゾルダートの言葉へ何でも頷いてもいない。

 

少なくとも、自分が何を考えているのかは伝えられた。

 

ゾルダートは俺から視線を外し、ティモシーへ戻す。

 

「素材は、そのままにしておけ。互いの討伐数を記録して、ギルドに判断させる」

 

「同意します」

 

ティモシーが答えた。

 

「ただし、共同で倒した個体も多くあります」

 

「分かってる。そこまで全部俺たちのもんだとは言わねえよ」

 

最初からそう言えばよかったのではないだろうか。

 

だが、それを口にすれば、再び揉めそうなので黙っておく。

 

言いたいことをすべて口にすることと、本心を何も言わないことは違う。

 

今は、黙っていた方がよい。

 

ゾルダートは、今度はレイネへ顔を向けた。

 

「Sランクなら、今の話に口を挟むかと思ったが」

 

「今回の指揮と交渉は、ティモシー様が担当しておられます」

 

「仲間が侮辱されてもか?」

 

「ルーデウス様は、ご自身でお答えになれます」

 

レイネは穏やかに答えた。

 

「ただし、剣を向けられた場合は別でございます」

 

赤い瞳が、ゾルダートの腰の剣へ一瞬だけ向く。

 

声も。

 

表情も。

 

普段と変わらない。

 

脅しているのではない。

 

実際に剣を向けられれば、自分が動く。

 

その事実だけを伝えたのだ。

 

ゾルダートは、一度レイネを見た後、鼻で笑った。

 

「白髪の侍女。噂どおり、面倒そうな女だな」

 

「お褒めいただき、ありがとうございます」

 

「褒めてねえよ」

 

「承知しております」

 

サラが小さく吹き出した。

 

ゾルダートはそれを睨み、背を向ける。

 

「記録が終わったら帰るぞ! ここにまだ別の群れがいる可能性もある!」

 

《ステップトリーダー》の面々が動き始める。

 

荒っぽい。

 

口も悪い。

 

初対面の相手へ、喧嘩を売るような態度を取る。

 

それでも、ゾルダートが指示を出した瞬間、全員が迷わず役割へ入った。

 

討伐数を確認する者。

 

周辺を警戒する者。

 

負傷者を調べる者。

 

Sランクパーティーのリーダーであることは、疑いようがなかった。

 

 

素材と討伐数を記録し、俺たちはローゼンバーグへ戻った。

 

ギルドの調査によって、ガルガウ遺跡とイルブロン洞窟は、内部の崩落によって一時的につながっていたことが判明した。

 

どちらのパーティーにも、依頼の横取りを意図した行動はない。

 

素材と報酬は、討伐記録と両方の依頼内容に応じて分配されることになった。

 

問題は、それで終わったはずだった。

 

その夜。

 

カウンターアローの面々と、ギルド近くの酒場で食事をしていると、入口の扉が乱暴に開いた。

 

入ってきたのはゾルダートだった。

 

一人ではない。

 

《ステップトリーダー》の仲間を数人連れている。

 

既にかなり酒を飲んでいるらしく、足取りが僅かに乱れていた。

 

俺たちを見つけると、迷わず机へ近づいてくる。

 

「よお、獲物泥棒」

 

サラが椅子から立ち上がった。

 

「ギルドの調査結果を聞いたでしょう!」

 

「聞いたさ」

 

ゾルダートは笑う。

 

「お前らに悪意はなかった。通路が勝手につながった。めでたし、めでたしだ」

 

「なら、その呼び方をやめなさいよ」

 

「呼びやすいからいいだろ」

 

「よくないわよ!」

 

スザンヌが、サラを座らせようとする。

 

ティモシーが立ち上がった。

 

「ゾルダートさん。今日は互いに疲れています。話があるのでしたら、明日にしませんか」

 

「お前は相変わらず、優等生みてえなことしか言わねえな」

 

ゾルダートはティモシーの肩へ腕を回した。

 

友好的な動きには見えない。

 

ティモシーの身体を乱暴に引き寄せる。

 

「Bランクのくせに、AランクとSランクへ取り入って、随分と景気がいいじゃねえか」

 

「二人は、対等な協力者です」

 

「そういうところが気に入らねえんだよ」

 

ゾルダートが、ティモシーの胸元をつかんだ。

 

パトリスが立つ。

 

スザンヌも盾こそ持っていないが、すぐに動ける姿勢になった。

 

レイネの手も、腰の剣へ近づく。

 

俺は、その前へ片手を出した。

 

「レイネ」

 

呼ぶと、動きが止まった。

 

俺が答えられる間は、任せてくれる。

 

遺跡でレイネがそうしたように。

 

俺も、自分の言葉で伝える。

 

俺は席から立った。

 

「ゾルダートさん」

 

「何だ、泥沼」

 

「ティモシーから手を離してください」

 

先ほどまでのような笑顔は作らなかった。

 

怒っている顔を、無理に隠そうともしない。

 

真っすぐにゾルダートを見る。

 

ゾルダートは俺の顔を見て、僅かに口元を上げた。

 

「今日は、気持ち悪い笑い方をしねえんだな」

 

「あなたが嫌いだと言ったので」

 

「素直じゃねえか」

 

「ですが、今の行動を見過ごすつもりはありません」

 

酒場の中が静かになっている。

 

周囲の客たちも、こちらを見ていた。

 

怖くないわけではない。

 

多くの人間が見ている。

 

失敗すれば笑われるかもしれない。

 

ゾルダートが手を出せば、争いになる。

 

それでも。

 

何も考えていないふりをして笑うよりはよかった。

 

ゾルダートはティモシーの胸元をつかんだまま、俺へ尋ねる。

 

「見過ごさなかったら、どうする?」

 

「まず、言葉で離すようお願いします」

 

「それでも離さなかったら?」

 

「その時に考えます」

 

「考えてねえのかよ」

 

「あなたが離してくれる可能性もありますから」

 

本当に、その先は決めていない。

 

魔術で手を離させるか。

 

レイネやパトリスが動く前に間へ入るか。

 

ゾルダートがどの程度本気なのかも分からない。

 

今の段階で、殴り合いまで決めておく必要はない。

 

ゾルダートは数秒、俺の顔を見つめた。

 

やがて、ティモシーから手を離す。

 

「つまらねえ答えだ」

 

「殴り合いを始めるよりはよいと思います」

 

「そいつはどうかな」

 

ゾルダートは空いていた椅子を引き、勝手に座った。

 

「酒を持ってこい」

 

「自分の机へ戻りなさいよ!」

 

サラが怒鳴る。

 

「いいだろ。俺も今日は働いたんだ」

 

「私たちの祝いの席よ!」

 

「だったら俺たちの分も祝え」

 

理解できない理屈だった。

 

先ほどまで、ティモシーの胸元をつかんでいたはずなのに。

 

手を離したと思えば、当然のように同じ机へ座っている。

 

怒るべきなのか。

 

追い返すべきなのか。

 

俺には、この男の距離感が分からなかった。

 

レイネが俺の隣で、僅かに息を吐く。

 

「知り合いになってしまいましたね」

 

「知り合いで終わるでしょうか」

 

「難しいかと存じます」

 

俺も、同じ予感がした。

 

ゾルダート・ヘッケラー。

 

Sランクパーティー《ステップトリーダー》のリーダー。

 

口が悪く。

 

態度も悪く。

 

初対面から、俺の最も触れられたくない部分へ、遠慮なく踏み込んできた男。

 

俺たちの最初の出会いは。

 

お世辞にも、良好とは言えないものになった。

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