ルーデウス視点
サラを救出してから二日が経ち、ミミルの埋葬を終えた翌朝には、頬の傷も右腕の裂傷もほとんど塞がっていた。
脇腹の打撲だけは身体をひねるたびに鈍い痛みを訴えてきたが、日常生活へ支障が出るほどではない。治療院の術師からも、激しい運動を数日間控えれば問題ないと言われている。
だから俺としては、もう寝台へ縛りつけられている必要はないと思っていた。
レイネはそう考えていないらしい。
朝になると、寝台の端へ座った俺の前に立ち、まず頬の傷を確認した。傷口が開いていないか、赤く腫れていないか、熱を持っていないかを確かめ、続いて右腕へ巻かれていた布を外して裂傷の状態を見る。最後には脇腹の衣服まで少しずらし、昨日より内出血が広がっていないことまで確認してから、ようやく満足したように頷いた。
「問題ございません。傷口もきれいに塞がっております」
「昨日も同じことを確認しましたよね」
「昨日は昨日、本日は本日でございます」
「明日も同じことをするのですか?」
「必要があれば」
必要がなくても確認するような気がする。
ただ、以前のレイネとは少し違っていた。
俺の状態を確認し終えても、そのまま部屋へ残って身の回りのことを全て引き受けようとはしなかった。水差しと朝食を机へ置くと、自分の外套を手に取る。
「出掛けるのですか?」
「はい」
「依頼ですか?」
「いいえ。カウンターアローの皆様のところへ伺います」
少し意外だった。
ティモシーとパトリスはまだ治療院で安静にしている。スザンヌも腕の傷が完全には治っておらず、サラも凍傷と体力の回復を待っている状態だ。
見舞いへ行くこと自体はおかしくない。
けれど、レイネが俺の予定とは関係なく、自分から誰かへ会いに行くというのは珍しかった。
「何か頼まれたのですか?」
「いいえ」
レイネは少しだけ間を置いた。
以前なら、怪我人の状態を確認する必要があるから、あるいはミミルの遺品整理へ人手が必要だからと、何かしら仕事として説明していただろう。
「皆様と、お話をしたいと考えております」
今回は、自分の意思としてそう答えた。
「ミミル様の遺品を整理なさるそうです。私も、彼から教わったことがございますので」
「僕も行きましょうか?」
「ルーデウス様は、本日までお休みくださいませ」
「もう動けますよ」
「存じております」
「なら――」
「私一人で伺いたいのです」
その言い方に拒絶はなかった。
俺を置いていきたいのでもない。
レイネ自身がカウンターアローとの関係を作るために、今回は俺を連れていかないと決めたのだ。
俺が一緒にいれば、レイネは無意識に俺を基準にして動いてしまう。カウンターアローの側だって、俺とレイネを二人一組として扱うだろう。
ゾルダートから何度も指摘されてきたことを、レイネなりに考えたのかもしれない。
「分かりました」
俺は頷いた。
「行ってらっしゃい」
「はい。行ってまいります」
扉を開けたレイネは、一度だけ振り返った。
「昼過ぎには戻る予定でございます」
「慌てなくて大丈夫ですよ。レイネが帰りたいと思った時に戻ってきてください」
レイネは僅かに目を見開いた後、柔らかく頷いた。
「……はい」
そのまま部屋を出ていく。
一人になる。
少し前の俺なら、レイネの姿が見えなくなった瞬間に強い空虚さを覚えていたかもしれない。
エリスはいない。
ルイジェルドもいない。
その上レイネまでいなくなる。
そう考えれば、今でも寂しさはある。
それでも、レイネが俺から離れ、俺の知らない場所で誰かと関係を築こうとしていることを不安だとは思わなかった。
むしろ、嬉しかった。
俺がいなければ何も選べない人でいてほしくはない。俺の侍女であることだけを、レイネという人間の全てにもしたくない。
大切だからこそ、相手の世界が広がっていくことを喜べるようになりたい。
そんなことを考えていると、廊下から近づいてきた足音が部屋の前で止まった。
扉を叩いたのは、冒険者ギルドの若い職員だった。
「ルーデウス・グレイラットさんで間違いありませんか?」
「はい」
「ギルドへ、あなた宛ての手紙が届きました」
差し出された封筒を見た瞬間、胸が大きく鳴った。
宛名は、読みやすいとは言い難い力強い文字で書かれている。
――ルーデウスへ。
封筒を裏返す。
送り主の名前も、同じように大きく書かれていた。
エリス。
「いつ届いたのですか?」
「今朝です。北から来た商隊が預かっていたそうです」
「ありがとうございます」
職員へ礼を言って扉を閉める。
封筒を持つ手が僅かに震えていた。
よく見ると、封筒の隅にはギレーヌの筆跡で、商隊へ預けた日付と経由地が小さく記されている。
今朝書かれたものではない。
何か月も前のものだった。
俺たちがローゼンバーグへ来てまだそれほど時間が経っていなかった頃、剣の聖地へ向かっていたエリスとギレーヌが途中の町で商隊へ預け、それが雪や街道事情で何度も遅れながら、ようやく俺のところまで届いたらしい。
つまり、この手紙から今現在のエリスの場所までは分からない。
この数か月の間にも北へ進んでいるはずで、もしかすると、もう剣の聖地へ到着しているかもしれない。
それでも構わなかった。
途中の町から手紙を出す。
そう約束して別れたエリスが、本当に約束どおり俺へ手紙を書いてくれた。
その事実だけで、胸の奥へ残っていた不安が少しほどけた。
封を開く。
中には二枚の紙が入っていた。
一枚目はエリスからだった。
『ルーデウスへ。
私もギレーヌも無事よ。北へ進んでいるわ。寒いけど、ギレーヌがいるから平気よ。
毎日剣を振っている。ギレーヌはまだ足りないと言うけど、前より強くなった。絶対にもっと強くなる。
ルーデウスも勝手に弱くならないで。怪我をしても死なないで。レイネにも無茶をさせないで。
私は必ず帰る。だから、あなたもちゃんと待っていなさい。
次も書く。
エリス』
最後の一文だけ、ほかの文字より少し大きかった。
必ず帰る。
紙の端には、文字を消そうとして擦った跡が幾つも残っている。
俺を安心させるために、何度も文章を考えたのかもしれない。
思わず笑いが込み上げた。
エリスらしい。
俺を安心させるための手紙のはずなのに、「弱くなるな」「死ぬな」「待っていろ」と命令ばかりだ。
それでも、その言葉がどうしようもなく嬉しかった。
二枚目はギレーヌからだった。
『ルーデウス、レイネへ。
エリスは無事だ。食事も睡眠も取っている。移動中も毎日鍛錬を続けている。止めなければ夜まで剣を振るため、私が止めている。
現在は北方へ向かう街道を進んでいる。雪の影響で予定より遅れているが、大きな問題はない。
エリスは二人の話をよくする。心配はいらない。
次の商隊を見つけた時に、また手紙を送らせる。
ギレーヌ』
エリスが俺たちの話をしているらしい。
どんな話をしているのだろう。
俺の失敗を大げさに話しているのか。
レイネに叱られた時のことを笑っているのか。
それとも、別れ際に交わした約束をギレーヌへ話したのかもしれない。
何度も手紙を読み返した。
少なくとも、この手紙を書いた時点では二人とも無事だった。
そして、エリスは俺を忘れていない。
約束を守ろうとしている。
なら、俺も自分の約束を守らなければならない。
母様を捜す。
無茶をして死なない。
自分の人生を、自分で選ぶ。
この返事がいつエリスの手元へ届くのかは分からない。俺が今書いたものへ返事が来る頃には、半年近く経っている可能性だってある。
それでも、書かない理由にはならなかった。
俺は机へ紙を置き、返事を書き始める。
ローゼンバーグへ到着したこと。
カウンターアローという冒険者たちと知り合ったこと。
俺が「泥沼」と呼ばれるようになったこと。
レイネが「白髪の侍女」として名前を知られ始めたこと。
ミミルという仲間を失ったこと。
サラを助けられたこと。
自分は軽傷で済んだこと。
エリスが心配しそうな部分も誤魔化さずに書いたが、必要以上に大げさにはしなかった。
アイスフォールトレントとの戦いで、必要な攻撃は防いだ。サラを救助し、必要以上に敵を追わずに離脱した。
それが事実だ。
最後には、
『俺も必ず生きて待っています。次の手紙も楽しみにしています』
と書き添えた。
今のエリスがどの町にいるのか分からない以上、この返事は剣の聖地宛てとして預ければいい。
エリスが先に着いていれば受け取れる。
まだ旅の途中なら、手紙の方が先に待っていればいい。
そう考えていると、再び扉が叩かれた。
今度はサラだった。
「入っていい?」
「もちろんです」
サラはまだ一人で歩くことを許可されていないらしく、治療院の女性職員に椅子を押してもらっていた。
「ここまでで大丈夫」
サラが言うと、職員は俺へ軽く頭を下げる。
「何かありましたら、お呼びください」
「ありがとうございます」
職員が廊下へ戻る。
俺はサラと向かい合えるよう椅子の位置を変えた。
サラは俺の顔を見た後、机に置かれた手紙へ視線を向ける。
「誰かから手紙?」
「はい」
「ずいぶん嬉しそうね」
自分では普段どおりの顔をしているつもりだった。
隠せていなかったらしい。
「エリスからです」
「この前に言っていた、大切な人?」
「はい」
サラの表情が僅かに変わる。
何かを確認するように俺を見た。
「恋人なの?」
どう答えるべきか、一瞬だけ迷った。
俺とエリスは互いに好きだと伝えた。
エリスは強くなって戻ると言った。
俺は待つと答えた。
ただ、「今日から恋人になろう」と明確に言葉へしたわけではない。
だからといって、そこで曖昧な答えへ逃げるのは違う。
「僕は、エリスを愛しています」
サラの瞳が僅かに揺れた。
「エリスも僕を好きだと言ってくれました。今は強くなるために離れていますが、戻ってくると約束しています」
「そう」
声は平静だった。
けれど、椅子の肘掛けを握る指には少し力が入っている。
「どうして今まで言わなかったの?」
「聞かれなかったから、というのもあります」
「それだけ?」
「僕自身、誰にどこまで話してよいのか迷っていました」
エリスとのことを見せびらかすつもりはない。
二人で交わした言葉の全てを周囲へ話したいとも思わない。
けれど、隠すことで誰かへ誤解を与えるのも違う。
「ですが、隠すつもりはありません」
「私が聞いたから、正直に答えた?」
「はい」
サラは少し俯いた。
俺も急かさなかった。
しばらくして、サラが小さく息を吐く。
「退院したら、一緒に町へ行こうと思ってたの」
「何か用事があるのですか?」
「お礼よ。助けてもらったお礼に食事ぐらい奢ろうと思ってた。それから弓の道具も見たいし、なくした耳飾りの代わりも欲しい」
「それでしたら、ご一緒します」
「エリスがいるのに?」
「友人と買い物へ行くことは、裏切りにはならないと思います」
サラの表情が少し険しくなった。
「私が、ただの友人として誘ってるとは限らないでしょう」
はっきり言われた。
以前の俺なら、意味が分かっても分からないふりをしたかもしれない。
期待させるのが怖い。
断って嫌われるのも怖い。
だったら、まだ分からないと言って先延ばしにしてしまえばいい。
そんな逃げ方を選んだかもしれない。
けれど、それではサラに対して誠実ではない。
「サラ」
俺は彼女を正面から見た。
「僕に好意を持ってくれているのなら、そのことは嬉しいです」
「まだ好きだなんて言ってないわよ」
「そうですね」
「自意識過剰じゃない?」
「その可能性はあります」
「だったら黙ってればいいでしょう」
「でも、分からないふりをしたまま一緒に出掛ける方が失礼だと思いました」
サラは何も言わなかった。
「僕はサラを大切な友人だと思っています。一緒に依頼へ行って、話をして、戦ってきた仲間です。サラが生きていてくれて、本当によかったと思っています」
サラの指が僅かに動く。
「でも?」
「恋愛として、同じ気持ちを返すことはできません」
どのように言葉を選んでも、傷つけること自体は避けられない。
だからこそ、余計な期待を残さない。
「好きになってもらえたことへ甘えて恋人になるのは、サラに対して不誠実だと思います」
サラの唇が僅かに歪んだ。
「嫌い」
「はい」
「そういうところ、本当に嫌い」
「すみません」
「でも……黙って期待させるよりは、まし」
サラの目元には涙が浮かんでいた。
それでも正面を向く。
「私は、あなたが好きよ」
今度こそ、はっきり告げられた。
「助けてもらったからだけじゃない。最初は気に入らなかったけど、何度も一緒に依頼へ行って、話して、戦って……気づいたら好きになってた」
胸が痛んだ。
好意を向けてもらえること自体は嬉しい。
サラのような人から好きだと言ってもらえて、何も感じないふりなどできない。
だからこそ、曖昧にしない。
「ありがとうございます」
俺は頭を下げた。
「好きになってくれたことは、本当に嬉しいです」
「でも、私のことは好きじゃないのね」
「友人としては好きです」
「そういう意味じゃないわ」
「はい。恋愛としては、同じ気持ちを返せません」
サラは一度目を閉じ、長く息を吐いた。
「エリスがいなかったとしても?」
「はい」
答えることは苦しかった。
けれど、ここでエリスだけを理由にしたら、「エリスとの関係がなくなれば自分に可能性がある」と思わせてしまう。
それは違う。
「エリスを愛していることとは別に、今の僕はサラを恋愛として愛してはいません」
「……分かった」
少しして、サラが俺を見た。
「じゃあ、レイネは?」
思いがけない名前だった。
「なぜレイネが出てくるのですか?」
「見ていれば、特別なのは分かるわよ」
「レイネは大切な人です」
そこは否定できない。
俺にとってレイネは特別だ。
ただし、俺がどう思っているかと、レイネ本人が俺をどう思っているかは別の問題だった。
「でも、レイネが僕をどう思っているのかを、僕が勝手に決めることはできません」
「分からないの?」
「本人から聞いていませんから」
レイネが俺をとても大切にしていることは知っている。
俺を失うことを恐れていることも。
命を懸けて守ろうとすることも。
けれど、それを全部まとめて「恋愛感情だ」と俺の都合で決めることはしたくない。
「それに、今は僕とサラの話です」
「そうね」
サラが小さく笑った。
「そういうところだけは、ずるくないのね」
「できるだけ、ずるいことはしたくありません」
「なら町には付き合って」
「よいのですか?」
「好きだって言って振られたからって、今までの全部が消えるわけじゃないでしょう」
「はい」
「少しぐらい気まずくなるとは思うけど」
「僕もです」
「そこはあなたが何とかしなさいよ」
「努力します」
「また努力って言った」
サラは不満そうに眉を寄せたが、今度は僅かに笑っていた。
俺の答えによって、サラは確実に傷ついた。
それでも、嘘をついて期待を先延ばしにするよりはよかったと思いたい。
「三日後には外出してもいいって言われたの」
サラが言う。
「その日に行くわよ」
「分かりました」
「遅れたら許さないから」
「時間どおりに迎えに行きます」
「レイネは?」
「本人へ確認しますが、おそらく別行動を望むと思います」
「どうして?」
「僕たちが話すべきことへ、必要以上に入らない人ですから」
サラは少し考えるように目を細めた。
「それも、少しずつ変わってるみたいだけどね」
「そうですね」
レイネは変わろうとしている。
だからといって、何もかも急に話す人になる必要はない。
変化とは、誰かの望む性格へ自分を作り替えることではない。
レイネ自身が、自分の意思で一歩を選ぶことだ。
レイネ視点
同じ日の昼過ぎ。
カウンターアローが滞在する治療院の一室には、ミミルの遺品が並べられていた。
使い込まれた杖、薬草用の小刀、幾つもの小瓶に薬品袋、書きかけの薬草記録。酒場の支払いを書き留めた紙まであり、その中には誰かへ渡すつもりだったのか、包まれたままの小さな装飾品まで残されていた。
スザンヌは寝台の端へ座り、一つずつ持ち物を確認している。
ティモシーはまだ起き上がれず、隣の寝台から作業を見ていた。
パトリスも負傷した脚を固定されたまま、壁際の椅子へ座っている。
レイネが部屋へ入った時、三人は僅かに驚いた。
「ルーデウスは?」
スザンヌが尋ねる。
「自室で休んでおられます」
「一人にして大丈夫なのかい?」
「はい。既に傷はほとんど治っておりますので」
以前なら、軽傷であってもルーデウスのそばへ残っていただろう。
必要なものを準備し、いつ呼ばれても応じられる場所に立つ。
その方が安心できた。
ルーデウスを見ていれば、自分が何をすればよいのか迷わなくて済む。
だが、それは同時に、ルーデウス以外の者と自分自身の意思で向き合わない理由にもなっていた。
「本日は、私もミミル様の遺品整理へ加えていただきたく参りました」
「もちろんだよ。でも、立ってないで座りな」
スザンヌが空いている椅子を示す。
いつもなら侍女であることを理由に断っていただろう。
自分が座れば誰かが不便になるかもしれない。すぐ動けるよう立っている方がよい。
いくらでも理由は作れる。
レイネはその椅子を持ち、三人の輪の中へ置いた。
「失礼いたします」
腰を下ろす。
ただそれだけのことなのに、思いのほか緊張した。
スザンヌは何も言わなかったが、一瞬だけ優しい表情をした。
「ミミル様の薬草記録を、拝見してもよろしいでしょうか」
「ああ」
記録を受け取る。
文字は整っていない。
途中で別の薬草の話へ移ったかと思えば、余白には食事の感想まで書かれている。
それでも、北方大地で使われる薬草についての重要な情報は細かく残されていた。
採取できる季節や乾燥方法、煮出す時の注意、混ぜてはいけない組み合わせ。
ふざけた男だったが、治療に関する知識だけは決して適当ではなかった。
「真面目に書いてあるところもあるだろ?」
スザンヌが言う。
「はい」
「普段はふざけてたけど、薬のことだけは適当じゃなかった」
「治癒術師として、皆様の命を預かっておられたのでしょう」
パトリスが静かに頷いた。
「最後まで、そうだった」
ミミルが残ったから、三人は戻れた。
そしてミミルは帰らなかった。
その事実が、部屋にいる全員の中へ重く残っている。
レイネは薬草記録を一度閉じた。
「私は、ミミル様ともう少し話したかったと考えております」
三人の視線が向いた。
「解体方法だけではなく、北方で使用される薬草についても教えていただきたかった。それに、ミミル様の冗談へ、もう少し違う答えを返してもよかったとも思っております」
「違う答え?」
ティモシーが尋ねる。
「ルーデウス様との関係について、何度か尋ねられました」
スザンヌが苦笑する。
「あいつ、最後までそれを気にしてたのか」
「はい。そのたびに私は、必要以上の質問であるとして会話を終わらせておりました」
「間違ってはいないよ」
「ですが、仲間として大切に思っていることくらいは、伝えてもよかったのだと今は考えております」
恋情を明かすという意味ではない。
ルーデウスが自分にとってどれほど大切なのか、その全てを説明する必要もない。
けれど、ミミルの冗談に困りながらも彼を嫌ってはいなかったことや、カウンターアローと過ごす時間を自分も好ましく感じていたことまで隠す必要はなかった。
「ミミルは、分かってたと思うよ」
スザンヌが言う。
「レイネが口で何も言わなくても、私たちを嫌ってないってことぐらい」
「それでも、伝えなければ分からないことがございます」
「そうだね」
スザンヌは小さく息を吐いた。
「生きているうちに言えることは、言った方がいい」
その言葉を聞き、レイネはしばらく自分の手を見つめた。
今なら言える。
目の前にいる人たちは、まだ生きている。
なら、今言わなければならない。
「スザンヌ様」
「何だい?」
「私は、皆様とともに依頼へ赴く時間を好ましく思っております」
スザンヌの目が僅かに見開かれた。
「ティモシー様の指揮も、パトリス様の剣術も、サラ様の弓も信頼しております。ミミル様が後方にいてくださることにも、安心しておりました」
ティモシーは寝台の上で静かに目を閉じた。
パトリスは俯き、拳を握る。
「私は皆様を、守るべき弱者であるとは考えておりません。正式に同じパーティーへ所属しているわけではございませんが、信頼できる仲間だと考えております。そして私は、その関係を失いたくありません」
スザンヌの目から涙が落ちた。
「遅いよ」
「申し訳ございません」
「謝るところじゃない」
スザンヌは笑いながら涙を拭った。
「でも、ミミルにも聞かせてやりたかったね」
「はい」
レイネは薬草記録へ視線を落とした。
「この記録を、写させていただいてもよろしいでしょうか」
「どうするんだい?」
「学びます。記録として残すだけではなく、私自身が使えるようにいたします」
そして、今後誰かを治療する時に役立てる。
そう伝えると、スザンヌは記録をレイネへ差し出した。
「そうしてくれ。その方が、ミミルも喜ぶ」
レイネは両手で受け取った。
「ありがとうございます」
今度の礼は、侍女として必要だから口にしたものではなかった。
◇
ルーデウス視点
その日の夕方。
レイネが部屋へ戻ってきたのは、本人が朝に言っていた「昼過ぎ」よりかなり遅かった。
それでも俺は心配していなかった。
自分が納得するまで話してきてほしい。
そう送り出したのだから、予定より遅いと咎めるのは違う。
扉が開く。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい」
レイネの腕には、何枚かの紙が抱えられていた。
「遅くなりまして、申し訳ございません」
「謝らなくて大丈夫ですよ。どうでした?」
レイネは外套を脱ぎ、少し考えてから俺を見る。
「本日、カウンターアローの皆様へ、私が仲間として信頼していることをお伝えいたしました」
俺は自然に笑った。
「言えたんですね」
「はい。思っていた以上に緊張いたしましたが、申し上げてよかったと考えております」
「皆さんは何と?」
「スザンヌ様から、遅いと叱られました」
「ああ……スザンヌらしいですね」
レイネの口元へ、小さな笑みが浮かぶ。
今までなら、俺が何度も尋ねなければ自分からは話さなかったかもしれない。
誰と何を話したのか。
自分が何を感じたのか。
それらを「報告する必要がない」と判断し、胸の内へ置いたままにしていただろう。
今は、自分から教えてくれた。
それだけでも大きな変化だ。
「僕の方にも、今日は一つ大きなことがありました」
「何でございましょうか」
俺は机の上の封筒を取った。
「エリスから手紙が届きました」
レイネの表情が変わった。
ほんの僅かだ。
でも、明らかに驚いている。
「エリス様から?」
「はい。ただし、何か月も前に書かれたものです。商隊を経由して、ようやく今日届いたみたいです」
俺は手紙を差し出した。
レイネは両手で受け取り、静かに読み始める。
最後まで目を通すと、肩から少しだけ力が抜けた。
「エリス様もギレーヌ様も、ご無事だったのですね」
「この手紙を書いた時点では、ですけどね。今頃はもっと北でしょう。もう剣の聖地へ着いている可能性もあります」
「それでも、よかったです」
心から安心している声だった。
「レイネにも、無茶をさせるなって書いてありますよ」
「ルーデウス様へ命じておられるのでは?」
「つまり、僕にはレイネを止める責任があるそうです」
「それは困りました」
「何がです?」
「私を止めるために、ルーデウス様が無茶をなさる可能性がございます」
「そこまでややこしくしないでください」
少し笑う。
こうしてエリスについてレイネと話せることも、嬉しかった。
「僕はもう返事を書きました。レイネも書きますか?」
「よろしいのでしょうか」
「もちろんです。ギレーヌの手紙はレイネ宛てでもありますし、エリスもレイネのことを書いてます」
レイネは少し考えた後、頷いた。
「では、私も書かせていただきます」
机へ新しい紙を置き、筆を持つ。
けれど、すぐには書き始めなかった。
「何を書けばよいのか分かりませんか?」
「いいえ。何を書くべきなのかではなく、何を書きたいのかを考えております」
その言葉を聞いて、少し驚いた。
以前なら、俺の体調や目的地など、必要な情報だけを整理していただろう。
今は違う。
「以前の私であれば、ルーデウス様が無事であることと、旅程だけをお伝えしたと存じます」
「今は?」
「本日のことを書こうと思います」
レイネが筆を下ろす。
俺は横から覗かなかった。
これは俺への報告書ではない。
レイネからエリスへ送る手紙だ。
しばらくして筆が止まる。
「書けました」
「見ても?」
「エリス様宛てでございます」
「なら見ません」
レイネが少し驚いた。
「気にならないのでしょうか」
「気にはなります。でも、レイネとエリスのやり取りでしょう」
少しの沈黙の後、レイネが柔らかく言う。
「ありがとうございます」
「何を書いたかだけ聞いても?」
「それでしたら」
レイネは手紙を畳んだ。
「ミミル様を失ったこと、サラ様をお救いできたこと、ルーデウス様が本当に軽傷でお戻りになったことを書きました」
「『本当に』を強調しないでください」
「エリス様にとっては必要な情報かと存じます」
「ほかには?」
「本日、カウンターアローの皆様へ、自分がどのように感じているのかを伝えたことも」
「それ、エリスは喜ぶでしょうね」
たぶん、エリスなら「やっと言ったのね!」くらいは書きそうだ。
この手紙も、俺のものと一緒に剣の聖地宛てとして預けることにした。
いつ届くのかは分からない。
それでも。
今日の俺たちが考えていたことは、いつかエリスへ届く。
それでいい。
その日は、そこで終わった。
ゾルダートからの依頼も、まだない。
サラとの外出も三日後だ。
俺たちはそれぞれ今日あったことを話し、いつもどおり夜を迎えた。
◇
ルーデウス視点
三日後。
俺は約束した時間より少し早く、サラのいる治療院へ到着した。
サラは既に外出用の服へ着替え、入口で待っている。
右脚の怪我は治っており、凍傷の影響もほとんど残っていない。治療院からも、この日から普通に歩いて構わないと許可されたらしい。
つまり、三日前には職員に椅子を押してもらって俺の部屋まで来ていたサラが、ようやく自分の足で町へ出られるまで回復したということだ。
「早いわね」
「遅れたら許さないと言われましたから」
「私も今来たところよ」
受付の女性が後ろで小さく笑った。
かなり前から待っていたらしい。
そこは指摘しない。
「レイネは?」
「カウンターアローの皆さんのところです」
「また?」
「ミミルの薬草記録を整理して、実際に使える形へまとめているそうです」
この三日間、レイネは何度もカウンターアローのところへ足を運んでいた。
俺の食事や宿の手配を放棄したわけではない。それでも、それだけで一日を終えなくなった。
スザンヌと話し、ティモシーやパトリスを見舞い、俺がいないところでサラとも何度か話したらしい。
すぐに親友になったわけではない。
でも、俺を介さない関係が確かに生まれ始めている。
「行きましょうか」
「ええ」
俺たちはローゼンバーグの通りへ出た。
最初に向かったのは、弓具を扱う店だった。
サラは新しい弓弦と矢筒の留め具を選ぶ。
弓そのものについては俺よりサラの方が遥かに詳しい。
それでも何度も一緒に戦ってきたことで、彼女がどのように身体を動かし、どこから矢を抜くのかはある程度分かる。
「その留め具、厚い外套を着ている時には引っ掛かりませんか?」
「これ?」
実際に腰へ当ててもらう。
手袋をした状態で何度か外そうとすると、確かに少し扱いづらそうだった。
「こっちの方が外しやすそうです」
「でも、高いわよ」
「命へ関わる道具ですから」
「私のお金なんだから私が決めるわ」
「それはそうですが」
「ただ……使いやすいのは、こっちね」
最終的には、俺が示した方を自分で選んだ。
俺の言うことに従ったのではない。
実際に使い比べ、自分で決めた。
次に、装飾品を扱う露店へ向かった。
サラが失った耳飾りは片方だけだ。
もう片方は、俺が森で見つけて返している。
同じものは見つからなかった。
「別の物へ変えますか?」
「そうしようかと思ったんだけど、この耳飾りは捨てたくないのよね」
手のひらには、残った羽根飾りがある。
森でサラが生きている可能性を示した物だ。
それだけではなく、カウンターアローと過ごしてきた時間も込められているのだろう。
「片方だけ残して、反対側は別の物にするのは?」
「変じゃない?」
「僕はいいと思います」
「本当に?」
「左右が同じでなければならない決まりはないでしょう」
サラはしばらく品物を眺めた後、小さな青い石がついた耳飾りを一つ選んだ。
「どう?」
「似合っています」
「それだけ?」
「青い石が、サラの瞳の色に合っています」
「最初からそう言いなさいよ」
口調は怒っているようだったが、少し嬉しそうだった。
昼にはサラが選んだ店で食事をした。
温かい煮込み料理と焼いた肉を注文する。
「あなた、エリスとはどこで知り合ったの?」
料理を待つ間に、サラから尋ねられた。
隠す必要はない。
フィットア領で家庭教師をしていたこと、転移事件で魔大陸へ飛ばされたこと、ルイジェルドと三人で旅をしたこと、その途中でレイネも深く関わっていたこと。
もちろん、オルステッドやレイネの秘密に関わる部分までは話さない。
それでも、エリスとどれくらいの時間を過ごしたのかは伝わっただろう。
「そんなに長く一緒にいたのね」
「はい」
「なら、私が簡単に入り込める相手じゃないわね」
「僕がサラを断ったのは、エリスと過ごした時間の長さだけが理由ではありません」
「分かってるわよ」
サラは少しだけ手を止めた。
「私のことを、恋愛として好きじゃないんでしょう?」
「はい」
「改めて言われると腹が立つわね」
「すみません」
「すぐ謝るのも腹が立つ」
どうすればよいのだろう。
困っていると、サラが小さく笑った。
「でも、少し納得した」
「何がです?」
「あなたが曖昧にしなかった理由。エリスがいるから、とりあえず断ったわけじゃないんでしょう?」
「はい」
「エリスがいなくなれば、私に可能性があると思わせたくなかった?」
「そのとおりです」
エリスを愛している。
それは間違いない。
でも、サラを断った理由を全部エリスへ押しつけるのは違う。
「好きだと言ってもらえたのは嬉しかったです。でも、嬉しいことと、恋愛として好きになることは同じではありません」
「そうね」
「その嬉しさに甘えて付き合えば、いずれもっと傷つけると思いました」
サラは少し寂しそうに笑った。
「それなら仕方ないわね。振られたのは悔しいけど」
「申し訳ありません」
「謝らないで。私が勝手に好きになって、勝手に言っただけだから」
「でも、傷つけました」
「傷つく可能性のない告白なんてないでしょう」
サラは窓の外へ視線を向けた。
「言わずに諦めた方が、私は後悔したと思う」
俺もエリスへ気持ちを伝えなければ後悔していただろう。
怖くても、結果が分からなくても、伝えたからこそ今は待つことができている。
「伝えてくれて、ありがとうございました」
サラが一度だけ目を閉じた。
「どういたしまして」
食事が終わる頃には、最初の気まずさも少し薄れていた。
何もなかった頃と全く同じには戻らない。
サラが俺を好きだということも、俺が応えられなかったことも残る。
それでも関係まで消えるわけではない。
形を変えながら続けることはできる。
店を出たところで、入口近くにゾルダートが立っていた。
「何をしているのですか?」
「飯を食いに来ただけだ」
「この店へ?」
「悪いか?」
サラが疑わしそうな目を向ける。
「覗いてたんじゃないでしょうね」
「俺がガキの色恋を覗いて何が楽しいんだ」
「じゃあ、なんで入口で突っ立ってるのよ」
「中に入りづらかった」
「なんで?」
ゾルダートは俺とサラを交互に見た。
「面倒くせえ空気だったからだ」
それは、ある程度中の様子を見ていたということではないだろうか。
「話は終わったのか?」
ゾルダートが俺へ尋ねる。
「何の話です?」
「分かってるくせに聞き返すな」
「あなたへ報告する義務はありません」
「その返しができるなら大丈夫そうだな」
ゾルダートが笑う。
今度はサラを見る。
「大丈夫か?」
「何が?」
「泥沼を殴りたくなったら押さえてやるぞ」
「殴らないわよ!」
「そうか。殴るなら顔だけは避けろ。こいつは顔が売りだからな」
「勝手なことを言わないでください」
俺の抗議を無視して、ゾルダートの表情が少し真面目なものへ変わった。
「ちょうどいい。泥沼、白髪の侍女にも伝えろ」
「何でしょう」
「三日後から、《ステップトリーダー》で一つ依頼を受ける」
サラの表情が少し固くなる。
カウンターアローと《ステップトリーダー》の関係は、完全に良好になったわけではない。
「北東の鉱山近くで、魔物が増えてる。調査と、必要なら討伐だ」
「Sランク依頼ですか?」
「今のところAだ。ただ、情報が少なすぎる」
ゾルダートは腕を組んだ。
「カウンターアローはまだまともに動けねえ。だからって、お前らもあいつらが治るまで何もしねえつもりじゃないだろ」
「もちろんです」
「なら、俺たちと来い」
少し意外だった。
「戦力不足ですか?」
「足りてる」
「では、なぜ僕とレイネを?」
「お前の泥沼は集団戦で便利だ。白髪の侍女も後ろを任せられる。理由なんてそれで十分だろ」
本当にそれだけだろうか。
戦力が十分なのなら、共同依頼の経験がない俺たちをあえて加える必要はない。
カウンターアローが動けない今、俺たちが一人で閉じこもらないようにしているのかもしれない。
ただ、本人が言わないことを勝手に決めるつもりもない。
「レイネと相談します」
「そうしろ。返事は明日の昼まででいい」
ゾルダートは店へ入ろうとした。
その途中で振り返る。
「それから、泥沼」
「何です?」
「行くかどうかを決める時、先に白髪の侍女がどう思うか考えるな」
俺は眉を寄せた。
「どういう意味です?」
「まず、お前自身が行きたいか考えろ。そのあとであいつに聞け。二人とも相手へ合わせた結果、誰も本当は行きたくなかったなんて間抜けなことになるなよ」
それだけ言って店へ入っていった。
サラが呆れた顔で扉を見る。
「本当に、何なのかしら」
「本人は親切な先輩冒険者のつもりなんじゃないですか」
「絶対違うわよ」
俺も、そう思う。
◇
その日の夕方。
宿へ戻ると、レイネも少し前に帰ってきたところだった。
机の上には、ここ数日掛けて書き写しているミミルの薬草記録が置かれている。
初日に「カウンターアローを信頼している」と伝えてから三日。
レイネはその後も彼らのところへ何度も足を運んでいた。
だから今日は、その話を改めて「本日の出来事」として聞く必要はない。
三日前の夜には、もう本人から直接聞いている。
今、俺が話すべきことは別にある。
「レイネ。今日、ゾルダートから依頼へ誘われました」
レイネは椅子へ座りながら俺を見る。
「《ステップトリーダー》から、でございますか?」
「はい。三日後から北東の鉱山周辺を調査するそうです。現在はAランク扱いですが、魔物の数も種類もはっきりしていないみたいです」
「なるほど」
レイネはすぐに賛成とも反対とも言わなかった。
「ルーデウス様は、どうなさりたいのでしょうか」
その質問を聞いて、ゾルダートの言葉を思い出した。
レイネがどう考えるかを先に気にするな。
まず俺自身がどうしたいかを決めろ。
「行きたいと思っています」
俺は答えた。
「理由を伺ってもよろしいでしょうか」
「カウンターアロー以外の冒険者と組む経験になります。それに、《ステップトリーダー》は僕たちより長く高難度依頼を受けています。ゾルダートの指揮や、人数の多いパーティーがどう動くのかも見てみたいです」
そこまで言ってから、もう一つ付け加える。
「母様の情報を広げる機会にもなります」
「承知いたしました」
レイネは一度頷いた。
しかし、そこで俺へ従うだけでは終わらなかった。
少し考え。
自分の言葉として続ける。
「私も、ご一緒したいと考えております」
「護衛だから、ではなく?」
「はい」
レイネは明確に答えた。
「《ステップトリーダー》の皆様が、どのように高難度の依頼へ対応しておられるのか学びたいと思います。また、ゾルダート様以外の方々とも、もう少しお話をしてみたいと考えております」
「ゾルダート以外と、ですか」
「ゾルダート様とは、既に十分すぎるほど会話しておりますので」
思わず笑った。
「それは僕も同感です」
レイネの口元にも僅かな笑みが浮かんだ。
俺が行きたいと言ったから、レイネがついてくるのではない。
レイネが行きたいから、俺が従うのでもない。
俺は俺の理由で行きたい。
レイネも、レイネ自身の理由で行きたい。
結果として二人の答えが同じになった。
それでいい。
「では、明日ゾルダートへ受けると伝えましょう」
「はい」
窓の外では細かな雪が降っていた。
三日前には、エリスから何か月も掛けて届いた手紙を受け取った。
同じ日に、サラから気持ちを伝えられた。
その頃、レイネは俺のいないところで、カウンターアローへ自分の気持ちを伝えていた。
そして三日が経った今日、サラは自分の足で町へ戻り、俺との関係を壊すのではなく、形を変えて続けることを選んだ。
レイネも、一度気持ちを伝えただけで終わらず、この三日間、自分から何度もカウンターアローへ会いに行っている。
俺たちは、誰か一人の周りだけを回るのではなく、それぞれ別の場所でも少しずつ関係を作り始めていた。
エリスは遠く北で剣を振っている。
サラは傷つく可能性を分かったうえで、自分の気持ちを口にした。
レイネは俺のそばを離れ、自分から仲間へ歩み寄った。
そして俺も、好意を向けられた嬉しさに甘えず、返すことのできない感情を曖昧にはしなかった。
成長とは、何も迷わなくなることではないのだと思う。
怖さも迷いも残る。
誰かを傷つけることもある。
自分が傷つくことだってある。
それでも、以前とは違う選択を自分の意思で行うことはできる。
三日後。
俺とレイネは、それぞれ自分で選んだ理由を持って、ゾルダート率いる《ステップトリーダー》とともにローゼンバーグを発つことになる。
新しい仲間と。
これまでとは違う距離で人と関わるために。
俺たちはまた、それぞれの一歩を踏み出そうとしていた。