Fate/Grand Order ――反逆の堕天使と最後のマスター―― 作:MIDNIGHT
第一節 人理継続保障機関カルデア
藤丸立香が最初に感じたのは、寒さだった。
防寒設備の整った施設内にいるはずなのに、壁の向こうに広がる南極の氷原を想像しただけで、身体の芯まで冷えてくるような気がする。
窓のない通路。
どこまでも続く白い壁。
一定の間隔で並ぶ照明。
人類の未来を守るための施設だと説明されても、立香には巨大な病院か研究所にしか見えなかった。
『人理継続保障機関フィニス・カルデア』。
魔術と科学を組み合わせ、人類史を観測し、未来の存続を保証するために設立された組織。
立香は、そのカルデアが集めた四十八人のマスター候補の一人だった。
とはいえ、立香自身は、魔術師の家系に生まれたわけではない。
幼い頃から厳しい魔術教育を受けた経験もなく、特別な使命を抱いて南極へ来たわけでもなかった。
検査を受けた。
適性が見つかった。
説明を受けた。
そして気づけば、人類の未来を守る候補者としてここにいた。
立香自身、何度考えても場違いだと思う。
「フォウ!」
足元から声がした。
見下ろすと、灰白色の毛に覆われた小動物が立香を見上げている。犬に似ているようで、犬ではない。
リスに似ているようで、それとも違う。長い耳と尾を持つ不思議な生き物だった。
「あなた、さっきもいたよね」
立香がしゃがむと、小動物は鼻を鳴らしながら近づいてくる。警戒している様子はない。
むしろ、立香を観察しているようだった。
「フォウ、フォーウ」
「名前がフォウなのかな?」
「はい。その子はフォウさんです」
背後から少女の声がした。
振り返ると、そこには一人の美少女が立っていた。
薄紫色の髪。
眼鏡。
カルデアの制服を着た、立香と同じ年頃に見える少女が立っていた。
「初めまして。マシュ・キリエライトと申します」
「藤丸立香です。よろしく」
「存じています。先ほどのオリエンテーションでお見かけしましたから」
マシュの言葉に、立香は気まずそうに視線を逸らした。
そのオリエンテーションで、立香は居眠りをしてしまった。
長時間の移動と、慣れない環境のせいだったとはいえ、カルデア所長の説明中に眠ったのだから印象は最悪だろう。
案の定、立香は所長の怒りを買い、説明会場から追い出されていた。
「やっぱり目立ってた?」
「はい。かなり」
「忘れてくれるとうれしいんだけど」
「難しいと思います」
マシュは真顔で答えた。
しかし、その声には責めるような響きがない。
立香は少しだけ安心した。
「マシュもマスター候補なの?」
問いかけると、少女の表情がわずかに曇った。
「私は……カルデアの職員です。マスター候補の皆さんを支援する立場になります」
「そっか」
それ以上聞くべきではない気がした。
立香が話題を変えようとしたところで、施設内に放送が流れた。
管制室への集合を命じる声。
マシュが時計を見る。
「すみません、先輩。私は戻らなければなりません」
「先輩?」
「四十八人目の適性者である藤丸さんの方が、カルデアへの登録順では私より先輩ですので」
「立香でいいよ」
「では、立香先輩」
結局、先輩は残るらしい。
マシュは小さく頭を下げた。
「先輩は医務室へ向かってください。ドクター・ロマンが待っているはずです」
「管制室には行かなくていいの?」
マシュは一瞬、答えに困ったような顔をした。
所長から追い出された者を、すぐに戻すわけにはいかないのだろう。
「改めて呼び出しがあるまでは、医務室で待機してください」
「分かった。マシュも気をつけて」
「はい。また後ほど」
マシュは管制室へ続く通路を歩いていく。
フォウは彼女についていこうとしたが、途中で立ち止まり、立香を振り返った。
そして迷うように二人を見比べた後、マシュとは反対の方向へ駆けていった。
「自由だなあ」
立香は小さく笑い、医務室へ向かった。
それが、平穏なカルデアでマシュと交わした最後の会話になった。