Fate/Grand Order ――反逆の堕天使と最後のマスター―― 作:MIDNIGHT
第一節 灰燼のフランス
西暦一四三一年。
百年戦争は終結した。
長きにわたりフランスとイングランドを飲み込んだ戦乱は、一人の聖女の登場によって終わりを告げ、祖国はようやく平穏を取り戻す――誰もが、その未来を信じていた。
だが、その歴史は存在しない。
誰にも知られることなく、一つの奇跡が、一つの悪意によって塗り潰されたからだ。
空は鉛色の雲に覆われ、太陽の光は煙によって遮られていた。
焼け落ちた村。
崩れた教会。
黒く焦げた麦畑。
人の営みがあった証は、灰となって風に舞っている。
その静寂を切り裂くように、空から重低音が響いた。
竜の羽ばたき。
数十、いや数百にも及ぶ飛竜の群れが雲間を埋め尽くし、炎を吐きながら大地を蹂躙していく。
「逃げろ!」
「子どもを連れて行け!」
「城門を閉じろ!」
兵士たちが叫び、人々は泣き叫びながら街を駆ける。
しかし、人間の足で竜から逃れられるはずもない。
一条の炎が通りを薙ぎ払う。
悲鳴が上がり、石畳は赤熱し、建物は音を立てて崩れ落ちた。
その地獄を、丘の上から静かに見下ろす一人の少女がいた。
漆黒の鎧。
白銀の髪。
黒い旗。
その姿は、かつて祖国を救った救国の聖女、『ジャンヌ・ダルク』によく似ている。
しかし、その瞳に宿るのは希望ではない。
憎悪。
絶望。
そして、世界そのものへの呪詛。
「まだ足りません」
少女は静かに呟く。
「この国は、もっと燃えなければならない」
黒旗が風にはためく。
それを合図としたように、飛竜たちが一斉に咆哮した。
炎が広がる。
悲鳴が重なる。
教会の鐘は祈りではなく、終焉を告げる鐘となって鳴り響いた。
「神などいません」
「神がいるというのなら、なぜ私を救わなかったのでしょう」
少女は空を見上げる。
その視線の先には、誰もいない。
返事もない。
ただ灰だけが舞っていた。
「だから私は、この世界を否定します」
その宣言と同時に、歴史は本来の流れから完全に外れた。
聖杯によって生まれた最初の特異点。
後に『邪竜百年戦争 オルレアン』と呼ばれる、人類史最初の大きな歪みである。
◇
南極、カルデア。
中央管制室では、巨大なカルデアスが静かな光を放っていた。
しかし、その光景は正常ではない。
本来なら青く輝くはずのフランス一帯が、不気味な深紅へと染まっている。
「観測結果を再確認」
ロマ二の声が響く。
「第一特異点、西暦一四三一年、フランス」
「聖杯反応は依然として消失せず。サーヴァント反応は複数。飛竜の大量発生を確認」
ダ・ヴィンチが肩を竦めた。
「まったく困ったものだね。歴史がここまで壊されるなんて」
藤丸立香は、カルデアスを見つめる。
冬木での戦いを終えたばかりの身体には、まだ傷も疲労も残っている。
それでも、歩みを止める訳にはいかなかった。
「行きます」
短く、しかし迷いなく答える。
その隣で、マシュが静かに微笑んだ。
「はい、先輩。今回も全力でサポートします」
少し離れた場所では、ルシファーが壁にもたれたまま目を閉じていた。
誰も話しかけない。
だが、その眉間には僅かな皺が寄っている。
「……どうしたの?」
立香が尋ねると、ルシファーはゆっくり目を開いた。
「嫌な気配だ。神霊や悪魔とは違う。もっと……濁っている」
彼女はカルデアスを見据えたまま続ける。
「世界そのものが泣いている」
その一言で、室内の空気が重くなる。
ダ・ヴィンチは小さく頷いた。
「キミの感覚は観測データとも一致する。現地は、人々の絶望が土地そのものへ染み込んでいる状態らしい」
「だからか」
ルシファーは目を細める。
「息苦しい」
堕天使である彼女が息苦しさを覚えるほどの負の感情。
それが、この特異点の異常さを物語っていた。
「レイシフト準備完了!」
ロマ二の声が管制室に響く。
「藤丸君、マシュ、ルシファー。第一特異点の修復を頼む」
立香は拳を握る。
「必ず戻ります」
マシュは気合を入れる。
「精一杯、がんばります」
ルシファーは肩を竦めるだけだった。
「帰る場所があるなら、帰るだけだ」
それは彼女なりの肯定だった。
魔力光がコフィンに入った三人を包み込む。
視界が白く染まり、身体が粒子へと分解されていく。
耳鳴り。
浮遊感。
そして――。
意識が覚醒した次の瞬間、三人は焼け焦げた森の中へ立っていた。
鼻を刺す煙。
熱気。
焦げた木々。
遠くから聞こえる人々の悲鳴。
立香はゆっくりと息を呑む。
「これが……オルレアン――」
その言葉を遮るように、空から咆哮が響いた。
飛竜。
一頭ではない。
十数頭が獲物を探すように旋回し、その黄色い瞳が一斉に三人を捉える。
ルシファーは空を見上げ、小さく息を吐いた。
「始まったな」
人類史を取り戻すための、最初の戦いが―――