Fate/Grand Order ――反逆の堕天使と最後のマスター―― 作:MIDNIGHT
ジャンヌの先導のもと、立香たちは森を駆け抜けていた。
燃え残った木々の隙間からは黒煙が立ち上り、遠くでは竜の咆哮が断続的に響いている。
地面には荷車が横倒しになり、食料や生活用品が散乱していた。
急いで避難したのであろう。
だが、その持ち主の姿はない。
「……酷い」
マシュが思わず呟く。
立香も言葉を失っていた。
冬木で見た炎上した街とはまた、違う。
ここには確かに人々の日常があった。
畑があり、教会があり、家族が暮らしていた。
それが一方的な暴力によって奪われている。
「先を急ぎましょう!」
ジャンヌの表情も険しい。
「避難民たちは森の外れに身を寄せています」
その時、幼い少女の悲鳴が聞こえた。
立香たちは反射的に走り出す。
木々を抜けると、小さな荷馬車の陰で一人の少女が震えていた。
その前には飛竜が一頭。
鋭い牙を剥き、今にも飛び掛かろうとしている。
「マシュ!」
立香の叫びと同時に、マシュが飛び出した。
「はあっ!」
盾が飛竜の顎へ激突する。
飛竜は大きく体勢を崩した。
そこへルシファーが降り立つ。
「弱い者を襲うしかできないのか」
淡々とした声。
飛竜は怒り狂い、翼を広げる。
だが。
「……くだらない」
黒い魔力が右手へ収束する。
次の瞬間。
拳が飛竜の胸を貫いた。
衝撃だけで巨体は吹き飛び、木々を何本もなぎ倒して止まる。
飛竜は二度と動かなかった。
「もう大丈夫です」
マシュが少女へ駆け寄る。
「怪我はありませんか?」
少女は涙を浮かべながら何度も頷いた。
「お母さんが…お母さんが……」
その言葉に立香の胸が締め付けられる。
少女の視線の先には、一人の女性が倒れていた。
すでに息はない。
最後まで娘を守ろうとしたのだろう。
少女を庇うように倒れていた。
立香は静かに黙祷する。
「……」
掛ける言葉が見つからない。
ルシファーは女性を見つめたまま何も言わなかった。
だが、その拳だけは静かに握られている。
「行きましょう。」
ジャンヌが少女の手を握る。
「必ず安全な場所までお連れします」
せめて、この母親の思いだけは叶えよう。ジャンヌに手を引かれながら、少女は何度も母親の遺体を振り返っていた。
◇
しばらく歩くと、小さな集落が見えてきた。
木製の柵で囲まれた簡素な村。
数十人ほどの避難民が身を寄せ合って暮らしていた。
兵士の姿もある。
しかし鎧は傷付き、表情には疲労が色濃く浮かんでいた。
「ジャンヌ様!」
門番が駆け寄る。
「ご無事で!」
「ええ」
ジャンヌは静かに頷く。
「新たな協力者の方々を連れてきました」
立香たちは村へ案内される。
そこには負傷者が横たわり、子どもたちが怯えながら親へしがみついていた。
「薬が足りません」
「食料も三日ほどしか……」
「また飛竜が来たら終わりです」
誰もが疲弊していた。
それでもジャンヌが現れたことで、僅かに表情が和らぐ。
「ジャンヌ様が来てくださった」
「これで助かる」
その言葉を聞いたルシファーは、小さく空を見上げた。
「信頼、か」
立香がルシファーの隣へ立つ。
「何か気になる?」
「……あの聖女は」
ルシファーはジャンヌを見る。
負傷者一人一人へ声を掛け、子どもを抱き上げ、不安を和らげている。
「自分も傷付いているのに笑っている。普通の人間なら、あんなことはできない」
立香は微笑んだ。
「だから聖女なんじゃないかな」
「違う」
ルシファーは首を振る。
「あれは強さだ。神の力じゃない――奴の、『人間』としての強さだ」
その評価は、ルシファーなりの最大級の賛辞だった。
◇
その夜。
村では僅かな食料が配られていた。
硬いパン。
薄いスープ。
それでも人々は感謝しながら口にしている。
「先輩」
マシュがパンを半分差し出す。
「食べてください」
「ありがとう。」
立香が受け取ろうとした時だった。
近くで小さな子どもがお腹を押さえていた。
視線は立香のパンへ向いている。
立香は何も言わず、そのパンを子どもへ渡した。
「え?」
「食べて」
子どもは戸惑いながらも嬉しそうに受け取る。
その様子をルシファーが見ていた。
「……お前も空腹だろう」
「まあね。でも…」
立香は笑う。
「今、一番必要なのはあの子だから」
その答えに、ルシファーは答えない。
しばらくして、自分の分のパンも子どもの隣へ置いた。
「え?」
「私は食べる必要がない――お前にくれてやる」
子どもは何度も頭を下げた。
ルシファーは視線を逸らす。
「礼はいらない」
「面倒だから?」
立香は思わず笑ってしまう。
「やっぱり優しいね」
「違う。面倒なだけだ」
そのやり取りを遠くから見ていたジャンヌは、小さく微笑んでいた。
「……やはり。あなたは、人を嫌ってはいませんね」
ルシファーは何も答えなかった。
ただ静かに夜空を見上げる。
そこには星はなかった。
黒煙が空を覆い、この国から光を奪っていた。
その時。
村の見張り台から鐘が激しく鳴り響く。
「飛竜だ! 飛竜の群れが来るぞ!」
避難民の間に動揺が走る。
兵士たちが一斉に武器を取る。
しかし、ジャンヌの表情が険しくなった理由はそれだけではなかった。
「いえ……」
彼女は森の奥を見つめる。
「飛竜だけではありません、サーヴァントの気配があります」
その言葉に、ルシファーの瞳が鋭く細められた。
「ようやく本命か」
闇の向こうから、重々しい槍を地面へ引きずる音が近付いてきていた。