Fate/Grand Order ――反逆の堕天使と最後のマスター―― 作:MIDNIGHT
医務室では、白衣を着た青年が端末を操作していた。
淡い橙色の髪。
親しみやすい顔立ち。
医師というより、気のいい近所の青年のような雰囲気がある。
「君が藤丸立香さんだね」
「はい」
「僕はロマニ・アーキマン。医療部門の責任者をしている。ドクター・ロマンで構わないよ」
「責任者には見えませんね」
立香が率直に言うと、ロマニは胸を押さえた。
「会ってすぐの相手に、そこまで正直に言う?」
「すみません」
「いや、否定できないところが悲しいんだけどね」
ロマニは苦笑し、簡単な健康確認を始めた。
立香の魔術回路やレイシフト適性は、決して優秀ではない。
だが、極端に悪くもない。
何より、霊子転移に対する適合率が高かった。
「不思議だよね。名門の魔術師だからといって、必ずしも適性があるわけじゃない。逆に、君みたいに魔術と縁が薄かった人が高い数値を出すこともある」
「それで南極まで連れてこられたんですね」
「その言い方だと、人さらいみたいだなあ」
「違うんですか?」
「契約書には同意してくれたよね?」
話しているうちに、緊張が薄れていく。
ここへ来てから、立香は自分だけが異物のように感じていた。
ロマニはそんな立香を、特別扱いも軽視もせず、普通の人間として接してくれた。
そのときだった。
床が揺れた。
最初は小さな振動だった。
地震かと思う間もなく、施設全体を突き上げるような衝撃が走る。
照明が消えた。
一拍遅れて、腹の底に響く爆発音。
医務室の棚から器具が落下し、ガラスが割れる。
非常灯が赤く点灯した。
『緊急事態発生。中央管制室において爆発を確認。隔壁を閉鎖します』
機械音声が繰り返される。
ロマニの表情が変わった。
「管制室……?」
そこには、マスター候補全員が集められていた。
マシュもいる。
立香は医務室の扉へ走った。
「待って、藤丸さん!」
「マシュが管制室にいます!」
「分かってる! でも、今は隔壁が――」
立香は振り返らなかった。
通路には煙が流れ込み、警報が鳴り響いている。
赤い非常灯が明滅するたび、白い壁が血に染まったように見えた。
職員たちが走る。
負傷者を運ぶ者。
消火装置を起動する者。
何が起きたのか分からず立ち尽くす者。
立香は流れに逆らって管制室へ向かった。
途中の隔壁は爆発によって歪み、完全には閉じていない。
立香は隙間に身体を滑り込ませた。
熱い。
煙が目に染みる。
「マシュ!」
返事はない。
中央管制室は崩壊していた。
巨大な筐体が倒れ、天井の一部が崩れ落ちている。
マスター候補が収められていたコフィンは炎に包まれ、職員たちが必死に救助を試みていた。
爆発の中心付近には巨大な穴が空いていた。
その近くで、立香は薄紫色の髪を見つけた。
「マシュ!」
瓦礫を飛び越え、駆け寄る。
マシュの下半身は、崩れた機材と瓦礫の下に挟まれていた。
制服は破れ、血が流れている。
意識はあった。
だが、その顔は青ざめていた。
「先輩……?」
「今、助けるから!」
立香は瓦礫に手をかけた。
持ち上がらない。
全身に力を込めても、巨大な構造材はわずかにも動かなかった。
「無理です」
マシュが静かに言った。
「そんなこと分からないでしょ!」
「分かります。私の身体は、もう……」
「分からないって言ってる!」
立香の声が管制室に響いた。
マシュが目を見開く。
立香自身、なぜここまで必死なのか分からなかった。
今日会ったばかりの少女だ。
ほとんど何も知らない。
それでも、置いていくという選択肢はなかった。
「誰か! 手を貸してください!」
叫んでも、周囲は混乱している。
救助に来られる者はいない。
床に刻まれた召喚・転送用の術式が、不安定な光を放ち始めた。
爆発の影響で、レイシフトシステムが暴走している。
『藤丸立香、応答して!』
通信機からロマンの声が聞こえた。
『そこにいるのか! すぐに管制室を離れて! コフィンなしでレイシフトに巻き込まれたら、霊子分解される!』
「マシュが動けません!」
『分かってる! 救助班を――』
再び爆発が起きた。
通信が途切れる。
転送術式の光が強くなった。
マシュの身体が淡い粒子に包まれていく。
「先輩、逃げてください」
「嫌だ!」
「私に構う必要はありません」
「あるよ!」
立香は瓦礫の隙間から伸びているマシュの手を握った。
冷たい手だった。
「私が、ここにいたいから――っ」
「ですが……」
「一人より二人の方が、少しは怖くないでしょ」
マシュの瞳が揺れた。
死への恐怖。
諦め。
困惑。
その奥に、かすかな安堵が浮かぶ。
立香は強く手を握った。
「絶対に離さない」
白い光が二人を包んだ。
施設も、炎も、瓦礫も消える。
最後に聞こえたのは、マシュの小さな声だった。
「ありがとうございます、先輩」