Fate/Grand Order ――反逆の堕天使と最後のマスター―― 作:MIDNIGHT
目を覚ましたとき、空は燃えていた。
赤黒い雲が渦を巻き、夜の街を覆っている。
建物は崩れ、道路には放置された車両が折り重なっていた。
遠くで炎が上がっている。
人の声はない。
風が運んでくるのは、煙と灰だけだった。
「マシュ……」
立香は身体を起こした。
目立った怪我はない。
だが、隣にいたはずのマシュが見当たらない。
「マシュ!」
瓦礫の向こうで、大きな音がした。
立香が走り出す。
崩れたコンクリート片が持ち上がり、その下から巨大な盾が現れた。
盾を支えていたのは、黒と紫の装甲を身につけた少女だった。
「先輩」
声はマシュのものだった。
眼鏡はない。
衣服も違う。
それでも、彼女を見間違えるはずがない。
「マシュ……だよね?」
「はい。私です」
マシュは自分の姿を見下ろした。
「私の中に、別の存在を感じます。爆発に巻き込まれたとき、契約を交わしました」
「誰と?」
「分かりません。名前も、正体も教えてはくれませんでした。ただ、この力を先輩のために使うことだけはできます」
巨大な盾。
人間とは思えない身体能力。
マシュはサーヴァントの力を得ていた。
正確には、人間とサーヴァントが融合した『デミ・サーヴァント』。
だが、二人が状況を理解する時間は与えられなかった。
瓦礫の奥から、骨の擦れる音がする。
剣や槍を持った骸骨の兵士たちが、炎の中から姿を現した。
眼窩には不気味な青い光が灯っている。
「先輩、下がってください!」
マシュが盾を構える。
骸骨兵が走り出した。
最初の剣撃を、盾が受け止める。
鋭い金属音。
マシュは敵を押し返したが、横から別の骸骨が迫る。
盾は強固だ。
だが、マシュには戦闘経験がない。
敵の数も多い。
「マシュ、右!」
立香の声に反応し、マシュが身体を回す。
盾の縁が骸骨兵を打ち砕いた。
しかし背後から、槍を持った敵が立香へ迫った。
「先輩!」
マシュが手を伸ばす。
間に合わない。
立香は反射的に右手を掲げた。
熱が走った。
手の甲に、赤い紋様が浮かび上がる。
令呪。
同時に、立香の足元へ召喚陣が広がった。
カルデア式の召喚術式に似ている。
だが、完全に同じものではない。
円環の一部が黒く染まり、その外側に未知の文字が浮かび上がる。
刹那、炎上する空に雷鳴が轟いた。
黒い雷。
紫の閃光。
――一枚の黒い羽根が、立香の前へ舞い落ちる。
羽根が地面に触れた瞬間、闇が爆発した。
立香へ迫っていた骸骨兵が、跡形もなく吹き飛ばされる。
他の骸骨たちも衝撃に呑まれ、瓦礫の向こうへ投げ出された。
呆然となる立香の眼前――召喚陣の中央に、一人の女が立っていた。
美しく流れる長い金髪。
黒を基調とした衣装。
背には、夜空よりも深い色をした翼。
紫色の瞳が、燃える街を静かに見渡す。
「……騒がしい場所だ」
落ち着いた声だった。
恐怖も混乱もない。
ただ、眠りを邪魔された者のような不機嫌さだけがあった。
女は自分の手を見つめ、続いて背の翼を動かした。
表情がわずかに曇る。
「力が抑えられている。妙な器に押し込められたものだな――」
マシュが立香の前に、守るように立つ。
「あなたは何者ですか?」
女はマシュを一瞥した後、立香の右手に浮かぶ令呪へ視線を向けた。
「私を喚んだのは、お前か?」
「たぶん……そうです」
「たぶん?」
女は、呆れたように眉を寄せる。
「自分が何を喚び出したのかも知らないらしい――」
骸骨兵が再び立ち上がった。
女は振り返らない。
「まあいい。この器に収まった以上、最低限の形式には従おう」
黒い翼が広がる。
「クラス『アヴェンジャー』―――我が真名は『ルシファー』」
空気が震えた。
炎が風圧に押され、低く揺れる。
「天に背き、反逆を選んだ者だ」
骸骨兵が一斉に襲いかかる。
ルシファーは片手を上げた。
その背後に黒い光輪が形成される。
いくつもの紫電が円周を走り、闇の魔力が膨れ上がった。
「消えろ」
光輪から放たれた衝撃が、骸骨兵をまとめて飲み込む。
剣も、槍も、骨の身体も、一瞬で砕け散った。
戦闘と呼ぶことすら難しい。
立香は言葉を失った。
マシュも盾を構えたまま、呆然としている。
ルシファーは敵が消滅したことを確認すると、近くの瓦礫へ腰を下ろした。
「終わったな」
「え?」
「少し休む」
「ここで寝るんですか?」
立香が尋ねる。
「問題があるのか」
「街が燃えています」
「私が燃えているわけではない」
「また敵が来るかもしれません」
「来たら起こせ」
「私が?」
会話にならないなか、ルシファーは目を閉じた。
「お前がマスターなのだろう?」
マシュが立香の隣へ来て、小声で言う。
「先輩、かなり変わった方ですね」
「――聞こえているぞ」
ルシファーは目を閉じたまま答えた。