Fate/Grand Order ――反逆の堕天使と最後のマスター―― 作:MIDNIGHT
カルデアとの通信が回復するまで、それほど時間はかからなかった。
立香の通信端末に、ロマニの顔が映る。
『藤丸さん! マシュ! 無事だったんだね!』
「ドクターも無事ですか?」
『僕は何とか。カルデアはひどい状況だけど……』
ロマニの表情が沈む。
爆発によって、マスター候補の大半は重傷を負い、コフィン内で凍結保存されている。
施設の機能も大部分が停止。
カルデアスの観測によれば、立香たちがいる場所は西暦二〇〇四年の日本、『冬木市』だった。
だが、本来の歴史にこのような大火災は存在しない。
歴史の異常点――特異点。
『君たちは、観測不能になった冬木へレイシフトしたらしい。ただ、そちらにいる彼女は……?』
ロマニの視線が、ルシファーへ向く。
ルシファーは瓦礫に腰掛け、興味がなさそうに空を見ていた。
「アヴェンジャーのルシファーです」
『アヴェンジャー!?』
ロマニの声が裏返る。
『冬木の聖杯戦争で確認されている七つのクラスに、『アヴェンジャー』は含まれていない。それに、その真名……』
端末越しでも、ロマニが慌てて解析を始めたのが分かった。
『霊基情報がほとんど読めない。英霊の座との接続記録もない。神性に似た反応はあるけど、既知の神霊とも一致しない……』
「神ではない」
ルシファーが言った。
「少なくとも、この世界の神ではない」
『この世界?』
「私がいた場所と、ここは異なる理で成り立っている」
ロマニが黙り込む。
通常、英霊召喚は人類史に刻まれた記録を参照する。
英雄。
反英雄。
神話や伝承に名を残した者。
だがルシファーの霊基は、カルデアが観測する人類史のどこにも存在しない。
何らかの理由で不安定になった世界の境界を、立香の召喚式が越えた。
そして別の世界に存在する『反逆の記録』を、アヴェンジャーの霊基へ落とし込んだ。
それがロマニの仮説だった。
『本来の存在規模は、通常のサーヴァントを大きく超えている。でも、大半の権能がこの世界の法則と衝突して封じられているようだ』
「窮屈なわけだ」
ルシファーは、不満そうに翼を動かした。
『それでも、現在の出力はかなり高い。無理に制限を破れば、霊基の方が崩壊する可能性があるから気をつけて』
「必要になれば使う」
『使わないで!』
ロマニが即座に叫んだ。
通信を続けようとしたところで、マシュが盾を構えた。
「先輩。敵です」
骸骨兵ではない。
炎の向こうから、一人の女が歩いてくる。
長い紫色の髪。
目を覆う黒い仮面。
身体へ巻きつく鎖。
その先端には、鋭い刃が取り付けられていた。
―――サーヴァント。
姿だけを見れば美しい女性だ。
しかし、理性を失った獣のような殺気を放っている。
『霊基反応を確認! クラスはライダー!』
ロマニの声と同時に、女が鎖を放つ。
刃が複雑な軌道を描き、立香へ迫った。
マシュが前に出る。
盾が一撃を弾いた。
だが二本目、三本目の鎖が左右から襲いかかる。
ルシファーが翼を開く。
黒い羽根が刃へ変わり、鎖を空中で撃ち落とした。
「なるほど。先ほどの骨よりはましか」
ルシファーが立ち上がる。
ライダーは低く唸り、地面を蹴った。
人間の目では追えない速度。
マシュへ接近し、鎖を振るう。
盾と刃が衝突した。
重い一撃。
マシュの身体が後退する。
「マシュ!」
立香が叫ぶ。
マシュは踏みとどまり、盾を押し返した。
だが、ライダーの仮面の奥で紫色の光が輝く。
周囲の空気が重くなった。
立香の指先が動かなくなる。
「魔眼……!」
マシュが盾を地面へ突き立てる。
魔力の障壁が展開され、立香を覆った。
それでも、ライダーの視線は障壁を侵食してくる。
ルシファーが二人の前へ出た。
「他者を縛る力か」
魔眼の光を受けても、ルシファーは動きを止めない。
瞳に不快そうな色が浮かぶ。
「気に入らんな」
黒い光輪が現れる。
ライダーが鎖を防御へ回した。
ルシファーが片手を振る。
深紫の光が放たれ、ライダーを正面から呑み込んだ。
爆風が交差点を駆け抜ける。
マシュは盾で立香を守った。
光が消えた後、ライダーは膝をついていた。
霊基が崩れ始めている。
それでも彼女は顔を上げ、最後の攻撃を仕掛けようとした。
ルシファーが近づき、額へ指先を触れる。
「もういい」
小さな光が弾けた。
ライダーの身体が魔力の粒子となり、燃える空へ消えていく。
「メドゥーサか」
ルシファーが呟いた。
「知っているんですか?」
立香が尋ねる。
「この器に与えられた知識だ。怪物となり、討たれた女」
ルシファーは消えていく粒子を見つめる。
「この者自身の意志ではなかったようだがな」
「御名答だ」
知らない男の声がした。
全員が振り返る。
崩れた建物の屋上に、青い外套を纏った男が立っていた。
手には杖。
軽い笑みを浮かべながら、こちらを見下ろしている。
「随分派手にやったな。こっちは助けに入る機会を失っちまったが」
苦笑気味に、男は屋上から飛び降りた。
地面へ着地しても、足音一つ立てない。
「俺はキャスター。今のところ、この街でまともに話ができる唯一のサーヴァントだ」
ルシファーが男を見る。
「『槍兵』の臭いがするな――」
キャスターは片眉を上げた。
「初対面でそこまで見抜くかよ。嫌な女だな」
「お前の好みなど、聞いていない」
「そいつはどうも」
男――キャスターは肩をすくめる。
その視線が、立香へ移った。
「そっちの嬢ちゃんがマスターか。ずいぶん、妙な連中を引き連れてるじゃねえか」
「キャスターは、何が起きているか知っているんですか?」
「多少はな」
彼によれば、この冬木では聖杯戦争が行われていた。
七騎のサーヴァントが聖杯を巡って戦う儀式。
しかし、何者かによってサーヴァントたちは黒く染められ、理性を失った。
中心にいるのは、黒い剣士。
―――セイバー。
彼女は他のサーヴァントを次々に倒し、この街を炎の中へ閉じ込めている。
「さっきのライダーも、あの黒いセイバーに負けて変質した一騎だ」
キャスターは、ルシファーへ視線を向けた。
「しかし、そっちの翼持ちは何者だ? サーヴァントの皮を被ってはいるが、中身がでかすぎる」
「ルシファーだ」
「名前を聞いてるんじゃねえ。何の神話から出てきたって話だ」
「お前に説明する義務はない」
「会話する気がねえな、こいつ」
キャスターは頭を掻いた。
「まあ、敵じゃないならいい。黒いセイバーを倒すつもりなら、手を組め」
「信用できるんですか?」
立香が聞く。
「できねえな」
キャスターは笑った。
「だが、今のところ利害は一致している。それで十分だろ?」
ルシファーも静かに答える。
「正直な男だ。少なくとも、嘘で取り繕う者よりは信用できる」
「そりゃ褒め言葉として受け取っておく」
こうして立香たちは、キャスター:クー・フーリンと行動を共にすることになった。