Fate/Grand Order ――反逆の堕天使と最後のマスター―― 作:MIDNIGHT
キャスターの案内で、一行は冬木の中心へ向かった。
キャスターの話では、冬木の中心に『大聖杯』と呼ばれる、この特異点存在する巨大な魔術儀式装置があり、冬木の聖杯戦争の管理システムになっている。
そこにいる『セイバー』をなんとかするのが、この特異点における目的らしい。
中心に近づくにつれ、道中には何度も骸骨兵や黒化した使い魔が現れた。
基本的な戦闘は、マシュが担う。
盾で攻撃を受け、敵の注意を引きつける。
立香が周囲を見て指示を出し、キャスターがルーン魔術で援護する。
ルシファーは必要なときだけ手を出した。
彼女が本気を見せれば、ほとんどの敵は一撃で消滅する。
しかし、キャスターはあえて立香とマシュだけに戦わせた。
「お前さんたちは、この先も戦うことになる」
休憩中、キャスターが言った。
「この街を抜ければ終わり、って訳じゃねえ。今のうちに動き方を覚えておけ」
キャスターの忠告に、マシュは盾を見つめる。
「私は、まだこの力の使い方を理解できていません」
マシュはまだ、己の力を理解していない。
戦い方もまだまだだ。
「そりゃ当然だ。昨日まで素人だった奴が、英霊の力を借りたからって急に達人にはならねえ」
キャスターは、杖で地面に線を引いた。
「盾は受けるだけの道具じゃない。相手の視界を遮り、進路を塞ぎ、攻撃の軌道を誘導できる。守りってのは、ただ耐えることじゃねえんだ」
マシュは真剣に話を聞いている。
ルシファーは少し離れた瓦礫へ座り、目を閉じていた。
キャスターが彼女へ声を掛ける。
「そこの堕天使様も、何か教えてやったらどうだ」
「私の戦い方は、あれには向かん」
キャスターの呼び掛けに、ルシファーは面倒くさげに返した。
「どんな戦い方だ?」
「相手より速く動き、相手より強い力で潰す」
さも当然のように告げた内容に、キャスターは肩を竦める。
「参考にならねえな」
「だから言っただろう」
立香が笑う。
「ルシファーらしい」
「知ったようなことを言うな。まだ会ったばかりだ」
「でも、少しは分かってきたよ」
「何がだ」
「面倒くさがりだけど、意外と周りを見てる」
ルシファーが目を開く。
「……その認識は間違っている」
「さっき、マシュが敵に囲まれる前に羽根を飛ばしてたよね」
「邪魔だっただけだ」
「マシュが怪我をすると?」
「敵がだ」
「はいはい」
キャスターが笑いをこらえている。
ルシファーの周囲に黒い魔力が集まった。
「笑うな、術師」
「悪い悪い。だが、面白い主従だ」
「主従ではない」
ルシファーが言う。
「なら何だ?」
少しの沈黙。
ルシファーは立香へ視線を向けた。
「まだ決める必要はない」
そう答え、再び目を閉じた。
やがて一行は、地下大空洞へ続く入口へたどり着いた。
そこは、山肌を抉るように開いた巨大な穴だった。
入口の周囲には炎が渦巻いている。
ただ燃えているのではない。
侵入者を拒む結界のように、炎そのものが意思を持って蠢いていた。
キャスターが足を止める。
「ここから先が敵の本拠地だ」
「セイバーがいる場所ですか?」
マシュが尋ねる。
「ああ。ただし、素直に通してくれるほど親切じゃねえ」
キャスターは頭上を見上げた。
その直後だった。
甲高い風切り音が響いた。
「伏せろ!」
キャスターの声に、立香は身を屈める。
直前まで立香の頭があった場所を、一本の矢が通過した。
矢は背後の岩壁へ突き刺さり、爆発した。
衝撃で土煙が上がる。
マシュが立香の前へ出て盾を構えた。
「遠距離からの攻撃です!」
二本目。
三本目。
次々に矢が飛来する。
マシュが盾で防ぐたび、重い衝撃音が響いた。
ただの矢ではない。
一射ごとに魔力が込められている。
威力だけでなく、着弾地点を限定することで、立香たちを特定の位置へ追い込もうとしていた。
「狙撃しながら、こちらの動きを誘導してるの!?」
立香が矢の軌道を見ながら言う。
キャスターが笑った。
「よく見てるじゃねえか。相手はアーチャーだ、生前から嫌になるほど器用な男でな!」
炎に包まれた斜面の上。
そこに、一人の男が立っていた。
黒い装束。
褐色の肌と白い髪。
両手には、対となる二振りの剣。
アーチャーは無言で一行を見下ろしていた。
その顔に明確な敵意はない。
だが、道を譲る意思もなかった。
「やはり来たか、キャスター」
「門番の真似とは、似合わねえ役を引き受けたな」
「適性の問題ではない。ここを通すわけにはいかない、それだけだ」
淡々としたアーチャーの視線が、立香とマシュへ向けられる。
「未熟なマスターと、成り立てのデミ・サーヴァント。お前たちが足を踏み入れてよい場所ではない」
続いてルシファーを見た。
その瞬間、アーチャーの眉がわずかに動く。
「……貴様は何だ?」
「それは、ここへ来て何度も聞かれた」
ルシファーは退屈そうに答える。
「アヴェンジャー『ルシファー』。それ以上を説明する気はない」
アーチャーの目が鋭くなる。
彼の視線は、外見ではなく霊基の内側を見通そうとしていた。
「アヴェンジャーの霊基では収まりきらない存在規模。神性に近く、それでいて既知の神話体系には属さない」
「分析するのは勝手だが、答えは出ないぞ」
「人理の外側から混入した異物か」
ルシファーの周囲に、黒い羽根が浮かんだ。
「異物と呼ばれることにも慣れている」
アーチャーは、二振りの剣を構える。
「ならば、なおさら通すわけにはいかない。あの王の前へ、予測不能なものを近づけることはできん」
「セイバーを守っているの?」
立香が尋ねた。
アーチャーは立香を見た。
「守る、か」
その言葉を吟味するように、短い沈黙を置く。
「そう呼べるほど純粋なものではない。私は敗れ、残された役割を果たしているだけだ」
「自分の意思ではないんですか?」
「意思がなければ、こうして立ってはいない」
アーチャーは静かに答える。
「彼女が正しいとは思わない。だが、敗者である私が、勝者の道を妨げる資格もない」
キャスターが鼻を鳴らした。
「相変わらず面倒な理屈をこねやがる」
「お前に言われたくはない」
「だったら、力ずくでどいてもらうぜ!」
キャスターの杖に炎が灯る。
マシュも盾を構えた。
ルシファーが一歩前へ出ようとしたところで、立香が腕を伸ばした。
「ルシファーは待って」
「なぜだ」
「まず、相手の戦い方を見たい」
「攻撃を受けてから考えるのか」
「マシュとキャスターなら耐えられる。アーチャーは、まだ本当の武器を見せていない」
アーチャーがわずかに目を細めた。
キャスターは口元を上げる。
「いい判断だ、マスター」
戦闘が始まった。
キャスターがルーンを放つ。
炎の弾丸が斜面を駆け上がる。
アーチャーは双剣で炎を切り裂き、後方へ跳躍した。
空中で双剣を手放す。
剣が消え、代わりに黒い弓が現れた。
矢を番える。
放たれた矢は一本。
しかし途中で複数に分裂し、雨のように一行へ降り注いだ。
「マシュ!」
「はい!」
マシュが盾を上方へ掲げる。
魔力障壁が広がり、矢の雨を防ぐ。
一射ごとの威力は小さい。
だが数が多く、絶え間がない。
障壁が少しずつ削られていく。
「防ぐだけじゃ、押し切られるぜ!」
キャスターが杖を振る。
地面へ刻まれたルーンが光り、炎の壁が立ち上がった。
矢の一部を焼き落とす。
その間にマシュが前進する。
「右から来る!」
立香の声。
マシュが盾を右へ向ける。
轟音。
大きな矢が盾へ直撃した。
通常の矢ではない。
剣を矢として放っている。
爆発によって、マシュの足が地面から浮いた。
「マシュ!」
立香が駆け寄ろうとする。
「来ないでください!」
マシュは盾を地面へ突き立てて体勢を立て直した。
「まだ、戦えます!」
アーチャーは次の矢を番えていた。
だが、その視線はマシュではなく立香へ向いている。
立香は気づいた。
マシュを攻撃しながら、アーチャーは常にマスターの位置を確認している。
「マシュは囮にされてる」
「気づいたか」
アーチャーが呟く。
彼が弦を引く。
狙いは立香。
マシュが戻るには距離がある。
キャスターの防御も間に合わない。
矢が放たれた。
ルシファーの黒い羽根が、飛来する矢を横から貫いた。
空中で矢が爆発する。
「ようやく動いたか」
アーチャーが言う。
「私を誘い出したつもりか」
ルシファーは立香の前へ立つ。
「いや。貴様がマスターの危機に動く存在か、確かめただけだ」
「結果には満足したか」
「十分だ」
アーチャーは弓を消し、再び双剣を作り出す。
「契約に縛られた服従ではない。貴様は自らの意志で、あのマスターを守っている」
ルシファーの瞳が細くなる。
「それがどうした」
「それほどの存在が、一人の人間に何を見るのか。少し興味が湧いただけだ」
「戦いの最中に考え事とは、余裕だな」
ルシファーの姿が消えた。
次の瞬間には、アーチャーの正面にいる。
黒い羽根と双剣が衝突した。
火花が散る。
アーチャーは一撃を受け止めたが、足元の岩盤が砕けた。
「重いな」
「その程度で驚くな」
ルシファーが翼を振るう。
衝撃波を、アーチャーは双剣を交差して受けた。
身体が斜面の上まで吹き飛ばされる。
しかし空中で体勢を整え、着地する。
「本来の力ではないのだろう」
「今の私を相手にするだけでも、十分だと思うが」
「違いない」
アーチャーは双剣を投げる。
ルシファーが羽根で弾く。
だが投げられた剣の背後から、さらに矢が飛来した。
剣を目隠しに使った攻撃。
ルシファーは首を傾けてかわした。
頬を矢がかすめる。
細い傷が生まれた。
ルシファーは指先で血へ触れる。
「私に傷をつけたか」
周囲の魔力が急激に膨れ上がる。
立香は嫌な予感を覚えた。
「ルシファー、無理しすぎないで!」
「注文の多いマスターだ」
不満を口にしながらも、ルシファーは巨大な光輪を出現させなかった。
代わりに黒い羽根を一枚、指の間に挟む。
「これで十分だ」
羽根を放つ。
アーチャーは横へ跳ぶ。
羽根は地面へ突き刺さった。
次の瞬間、黒い魔力の柱が立ち上がる。
アーチャーは爆発を回避したが、その着地点にはキャスターのルーンが刻まれていた。
「かかったな」
炎の鎖がアーチャーの足へ絡みつく。
マシュが斜面を駆け上がる。
「はあっ!」
盾の一撃。
アーチャーは双剣で受け止める。
立香が叫ぶ。
「盾を押し込まず、上へ!」
マシュは指示どおり、盾を下から振り上げた。
アーチャーの腕が持ち上がり、胴が開く。
そこへキャスターの炎が直撃した。
アーチャーの身体が吹き飛ぶ。
地面を転がりながらも、彼はすぐに立ち上がろうとした。
しかし、その眼前にはルシファーがいた。
黒い羽根の切っ先が、アーチャーの胸へ向けられている。
「終わりだ」
アーチャーはしばらくルシファーを見つめた。
そして双剣を消す。
「私の敗北だ」
「潔いな」
「無意味に消耗する趣味はない。すでに役目は果たした」
「役目?」
立香が尋ねる。
アーチャーは立香たちを見渡した。
「お前たちが、王の前へ進む資格を持つか確かめた」
「門番として、本気で止めるつもりではなかったのか?」
キャスターが問いかける。
「本気で戦った。それでも敗れた。それだけのことだ」
アーチャーの身体から、光の粒子が浮かび始める。
黒化した霊基が限界を迎えている。
マシュが盾を下ろした。
「消えてしまうのですか」
「私はすでに一度敗れた身だ。ここまで残ったこと自体が奇跡だった」
アーチャーは大空洞への入口を見る。
「あの先にいる王は強い。剣の技量だけではない。聖杯と接続し、この特異点の基盤そのものを支配している」
視線を立香へ戻す。
「正面から力だけで競えば、勝ち目は薄い」
続いてルシファーを見る。
「貴様が制限を破れば別だろう。だが、その器は耐えられまい」
「分かっている」
「ならば一人で戦うな」
アーチャーの言葉に、ルシファーが眉を寄せる。
「お前に忠告される筋合いはない」
「同じ失敗をしそうな者を見れば、忠告くらいはする」
「同じ?」
「すべてを自分一人で背負い、誰にも頼らず、最後に自分自身の理想に敗れる」
一瞬だけ、アーチャーの顔に自嘲が浮かんだ。
「貴様が何に反逆した者かは知らない。だが、隣に立つ者がいるなら、利用することだ」
ルシファーは答えなかった。
立香は彼女の横顔を見る。
アーチャーの身体が、さらに薄くなる。
「キャスター」
「何だ」
「王は、おそらくお前を待っている」
「嬉しくねえ話だ」
「最後まで足掻け。それがお前の役割だろう」
「言われなくてもな」
アーチャーは最後にマシュを見る。
「盾の少女。守ることだけを考えるな」
「え?」
「守るとは、攻撃を受けることではない。守る対象を、生きて次へ進ませることだ」
マシュは真剣にうなずいた。
「はい。覚えておきます」
「ならいい」
アーチャーの輪郭が崩れていく。
消滅の直前、彼はルシファーへ視線を向けた。
「世界の外から来た反逆者か。あの王が、貴様を見て何を思うか……少し見てみたかったな」
「自分で確かめればいい」
「それができないから、後を託す」
静かな光とともに、アーチャーは消滅した。
その場には、粒子の残照だけが一瞬残り、やがて炎の中へ溶けていった。
キャスターはフードを押さえる。
「最後まで気取った野郎だ」
「知り合いだったんですか?」
立香が尋ねる。
「腐れ縁みたいなもんだ」
キャスターは大空洞へ続く闇を見る。
「行くぞ。門番が道を開けたんだ。立ち止まってたら、あいつに笑われる」
一行は地下へ向かって歩き始める。
ルシファーだけが一度振り返り、アーチャーが消えた場所を見た。
一人ですべてを背負う。
誰にも頼らず、自らの理想に敗れる。
「余計な忠告だ」
そう呟いた声は、普段よりもわずかに小さかった。