Fate/Grand Order ――反逆の堕天使と最後のマスター――   作:MIDNIGHT

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第六節 冬木を進む者たち

キャスターの案内で、一行は冬木の中心へ向かった。

キャスターの話では、冬木の中心に『大聖杯』と呼ばれる、この特異点存在する巨大な魔術儀式装置があり、冬木の聖杯戦争の管理システムになっている。 

そこにいる『セイバー』をなんとかするのが、この特異点における目的らしい。

 

中心に近づくにつれ、道中には何度も骸骨兵や黒化した使い魔が現れた。

基本的な戦闘は、マシュが担う。

盾で攻撃を受け、敵の注意を引きつける。

立香が周囲を見て指示を出し、キャスターがルーン魔術で援護する。

ルシファーは必要なときだけ手を出した。

彼女が本気を見せれば、ほとんどの敵は一撃で消滅する。

しかし、キャスターはあえて立香とマシュだけに戦わせた。

 

「お前さんたちは、この先も戦うことになる」

 

休憩中、キャスターが言った。

 

「この街を抜ければ終わり、って訳じゃねえ。今のうちに動き方を覚えておけ」

 

キャスターの忠告に、マシュは盾を見つめる。

 

「私は、まだこの力の使い方を理解できていません」

 

マシュはまだ、己の力を理解していない。

戦い方もまだまだだ。

 

「そりゃ当然だ。昨日まで素人だった奴が、英霊の力を借りたからって急に達人にはならねえ」

 

キャスターは、杖で地面に線を引いた。

 

「盾は受けるだけの道具じゃない。相手の視界を遮り、進路を塞ぎ、攻撃の軌道を誘導できる。守りってのは、ただ耐えることじゃねえんだ」

 

マシュは真剣に話を聞いている。

ルシファーは少し離れた瓦礫へ座り、目を閉じていた。

キャスターが彼女へ声を掛ける。

 

「そこの堕天使様も、何か教えてやったらどうだ」

 

「私の戦い方は、あれには向かん」

 

キャスターの呼び掛けに、ルシファーは面倒くさげに返した。

 

「どんな戦い方だ?」

 

「相手より速く動き、相手より強い力で潰す」

 

さも当然のように告げた内容に、キャスターは肩を竦める。

 

「参考にならねえな」

 

「だから言っただろう」

 

立香が笑う。

 

「ルシファーらしい」

 

「知ったようなことを言うな。まだ会ったばかりだ」

 

「でも、少しは分かってきたよ」

 

「何がだ」

 

「面倒くさがりだけど、意外と周りを見てる」

 

ルシファーが目を開く。

 

「……その認識は間違っている」

 

「さっき、マシュが敵に囲まれる前に羽根を飛ばしてたよね」

 

「邪魔だっただけだ」

 

「マシュが怪我をすると?」

 

「敵がだ」

 

「はいはい」

 

キャスターが笑いをこらえている。

ルシファーの周囲に黒い魔力が集まった。

 

「笑うな、術師」

 

「悪い悪い。だが、面白い主従だ」

 

「主従ではない」

 

ルシファーが言う。

 

「なら何だ?」

 

少しの沈黙。

ルシファーは立香へ視線を向けた。

 

「まだ決める必要はない」

 

そう答え、再び目を閉じた。

 

 

やがて一行は、地下大空洞へ続く入口へたどり着いた。

そこは、山肌を抉るように開いた巨大な穴だった。

入口の周囲には炎が渦巻いている。

ただ燃えているのではない。

侵入者を拒む結界のように、炎そのものが意思を持って蠢いていた。

キャスターが足を止める。

 

「ここから先が敵の本拠地だ」

 

「セイバーがいる場所ですか?」

 

マシュが尋ねる。

 

「ああ。ただし、素直に通してくれるほど親切じゃねえ」

 

キャスターは頭上を見上げた。

その直後だった。

甲高い風切り音が響いた。

 

「伏せろ!」

 

キャスターの声に、立香は身を屈める。

直前まで立香の頭があった場所を、一本の矢が通過した。

矢は背後の岩壁へ突き刺さり、爆発した。

衝撃で土煙が上がる。

マシュが立香の前へ出て盾を構えた。

 

「遠距離からの攻撃です!」

 

二本目。

三本目。

次々に矢が飛来する。

 

マシュが盾で防ぐたび、重い衝撃音が響いた。

ただの矢ではない。

一射ごとに魔力が込められている。

威力だけでなく、着弾地点を限定することで、立香たちを特定の位置へ追い込もうとしていた。

 

「狙撃しながら、こちらの動きを誘導してるの!?」

 

立香が矢の軌道を見ながら言う。

キャスターが笑った。

 

「よく見てるじゃねえか。相手はアーチャーだ、生前から嫌になるほど器用な男でな!」

 

炎に包まれた斜面の上。

そこに、一人の男が立っていた。

 

黒い装束。

褐色の肌と白い髪。

両手には、対となる二振りの剣。

 

アーチャーは無言で一行を見下ろしていた。

その顔に明確な敵意はない。

だが、道を譲る意思もなかった。

 

「やはり来たか、キャスター」

 

「門番の真似とは、似合わねえ役を引き受けたな」

 

「適性の問題ではない。ここを通すわけにはいかない、それだけだ」

 

淡々としたアーチャーの視線が、立香とマシュへ向けられる。

 

「未熟なマスターと、成り立てのデミ・サーヴァント。お前たちが足を踏み入れてよい場所ではない」

 

続いてルシファーを見た。

その瞬間、アーチャーの眉がわずかに動く。

 

「……貴様は何だ?」

 

「それは、ここへ来て何度も聞かれた」

 

ルシファーは退屈そうに答える。

 

「アヴェンジャー『ルシファー』。それ以上を説明する気はない」

 

アーチャーの目が鋭くなる。

彼の視線は、外見ではなく霊基の内側を見通そうとしていた。

 

「アヴェンジャーの霊基では収まりきらない存在規模。神性に近く、それでいて既知の神話体系には属さない」

 

「分析するのは勝手だが、答えは出ないぞ」

 

「人理の外側から混入した異物か」

 

ルシファーの周囲に、黒い羽根が浮かんだ。

 

「異物と呼ばれることにも慣れている」

 

アーチャーは、二振りの剣を構える。

 

「ならば、なおさら通すわけにはいかない。あの王の前へ、予測不能なものを近づけることはできん」

 

「セイバーを守っているの?」

 

立香が尋ねた。

アーチャーは立香を見た。

 

「守る、か」

 

その言葉を吟味するように、短い沈黙を置く。

 

「そう呼べるほど純粋なものではない。私は敗れ、残された役割を果たしているだけだ」

 

「自分の意思ではないんですか?」

 

「意思がなければ、こうして立ってはいない」

 

アーチャーは静かに答える。

 

「彼女が正しいとは思わない。だが、敗者である私が、勝者の道を妨げる資格もない」

 

キャスターが鼻を鳴らした。

 

「相変わらず面倒な理屈をこねやがる」

 

「お前に言われたくはない」

 

「だったら、力ずくでどいてもらうぜ!」

 

キャスターの杖に炎が灯る。

マシュも盾を構えた。

ルシファーが一歩前へ出ようとしたところで、立香が腕を伸ばした。

 

「ルシファーは待って」

 

「なぜだ」

 

「まず、相手の戦い方を見たい」

 

「攻撃を受けてから考えるのか」

 

「マシュとキャスターなら耐えられる。アーチャーは、まだ本当の武器を見せていない」

 

アーチャーがわずかに目を細めた。

キャスターは口元を上げる。

 

「いい判断だ、マスター」

 

戦闘が始まった。

キャスターがルーンを放つ。

炎の弾丸が斜面を駆け上がる。

アーチャーは双剣で炎を切り裂き、後方へ跳躍した。

空中で双剣を手放す。

剣が消え、代わりに黒い弓が現れた。

矢を番える。

放たれた矢は一本。

しかし途中で複数に分裂し、雨のように一行へ降り注いだ。

 

「マシュ!」

 

「はい!」

 

マシュが盾を上方へ掲げる。

魔力障壁が広がり、矢の雨を防ぐ。

一射ごとの威力は小さい。

だが数が多く、絶え間がない。

障壁が少しずつ削られていく。

 

「防ぐだけじゃ、押し切られるぜ!」

 

キャスターが杖を振る。

地面へ刻まれたルーンが光り、炎の壁が立ち上がった。

矢の一部を焼き落とす。

その間にマシュが前進する。

 

「右から来る!」

 

立香の声。

マシュが盾を右へ向ける。

轟音。

大きな矢が盾へ直撃した。

通常の矢ではない。

剣を矢として放っている。

爆発によって、マシュの足が地面から浮いた。

 

「マシュ!」

 

立香が駆け寄ろうとする。

 

「来ないでください!」

 

マシュは盾を地面へ突き立てて体勢を立て直した。

 

「まだ、戦えます!」

 

アーチャーは次の矢を番えていた。

だが、その視線はマシュではなく立香へ向いている。

立香は気づいた。

マシュを攻撃しながら、アーチャーは常にマスターの位置を確認している。

 

「マシュは囮にされてる」

 

「気づいたか」

 

アーチャーが呟く。

彼が弦を引く。

狙いは立香。

マシュが戻るには距離がある。

キャスターの防御も間に合わない。

矢が放たれた。

ルシファーの黒い羽根が、飛来する矢を横から貫いた。

空中で矢が爆発する。

 

「ようやく動いたか」

 

アーチャーが言う。

 

「私を誘い出したつもりか」

 

ルシファーは立香の前へ立つ。

 

「いや。貴様がマスターの危機に動く存在か、確かめただけだ」

 

「結果には満足したか」

 

「十分だ」

 

アーチャーは弓を消し、再び双剣を作り出す。

 

「契約に縛られた服従ではない。貴様は自らの意志で、あのマスターを守っている」

 

ルシファーの瞳が細くなる。

 

「それがどうした」

 

「それほどの存在が、一人の人間に何を見るのか。少し興味が湧いただけだ」

 

「戦いの最中に考え事とは、余裕だな」

 

ルシファーの姿が消えた。

次の瞬間には、アーチャーの正面にいる。

黒い羽根と双剣が衝突した。

火花が散る。

アーチャーは一撃を受け止めたが、足元の岩盤が砕けた。

 

「重いな」

 

「その程度で驚くな」

 

ルシファーが翼を振るう。

衝撃波を、アーチャーは双剣を交差して受けた。

身体が斜面の上まで吹き飛ばされる。

しかし空中で体勢を整え、着地する。

 

「本来の力ではないのだろう」

 

「今の私を相手にするだけでも、十分だと思うが」

 

「違いない」

 

アーチャーは双剣を投げる。

ルシファーが羽根で弾く。

だが投げられた剣の背後から、さらに矢が飛来した。

剣を目隠しに使った攻撃。

ルシファーは首を傾けてかわした。

頬を矢がかすめる。

細い傷が生まれた。

ルシファーは指先で血へ触れる。

 

「私に傷をつけたか」

 

周囲の魔力が急激に膨れ上がる。

立香は嫌な予感を覚えた。

 

「ルシファー、無理しすぎないで!」

 

「注文の多いマスターだ」

 

不満を口にしながらも、ルシファーは巨大な光輪を出現させなかった。

代わりに黒い羽根を一枚、指の間に挟む。

 

「これで十分だ」

 

羽根を放つ。

アーチャーは横へ跳ぶ。

羽根は地面へ突き刺さった。

次の瞬間、黒い魔力の柱が立ち上がる。

アーチャーは爆発を回避したが、その着地点にはキャスターのルーンが刻まれていた。

 

「かかったな」

 

炎の鎖がアーチャーの足へ絡みつく。

マシュが斜面を駆け上がる。

 

「はあっ!」

 

盾の一撃。

アーチャーは双剣で受け止める。

立香が叫ぶ。

 

「盾を押し込まず、上へ!」

 

マシュは指示どおり、盾を下から振り上げた。

アーチャーの腕が持ち上がり、胴が開く。

そこへキャスターの炎が直撃した。

アーチャーの身体が吹き飛ぶ。

地面を転がりながらも、彼はすぐに立ち上がろうとした。

しかし、その眼前にはルシファーがいた。

黒い羽根の切っ先が、アーチャーの胸へ向けられている。

 

「終わりだ」

 

アーチャーはしばらくルシファーを見つめた。

そして双剣を消す。

 

「私の敗北だ」

 

「潔いな」

 

「無意味に消耗する趣味はない。すでに役目は果たした」

 

「役目?」

 

立香が尋ねる。

アーチャーは立香たちを見渡した。

 

「お前たちが、王の前へ進む資格を持つか確かめた」

 

「門番として、本気で止めるつもりではなかったのか?」

 

キャスターが問いかける。

 

「本気で戦った。それでも敗れた。それだけのことだ」

 

アーチャーの身体から、光の粒子が浮かび始める。

黒化した霊基が限界を迎えている。

マシュが盾を下ろした。

 

「消えてしまうのですか」

 

「私はすでに一度敗れた身だ。ここまで残ったこと自体が奇跡だった」

 

アーチャーは大空洞への入口を見る。

 

「あの先にいる王は強い。剣の技量だけではない。聖杯と接続し、この特異点の基盤そのものを支配している」

 

視線を立香へ戻す。

 

「正面から力だけで競えば、勝ち目は薄い」

 

続いてルシファーを見る。

 

「貴様が制限を破れば別だろう。だが、その器は耐えられまい」

 

「分かっている」

 

「ならば一人で戦うな」

 

アーチャーの言葉に、ルシファーが眉を寄せる。

 

「お前に忠告される筋合いはない」

 

「同じ失敗をしそうな者を見れば、忠告くらいはする」

 

「同じ?」

 

「すべてを自分一人で背負い、誰にも頼らず、最後に自分自身の理想に敗れる」

 

一瞬だけ、アーチャーの顔に自嘲が浮かんだ。

 

「貴様が何に反逆した者かは知らない。だが、隣に立つ者がいるなら、利用することだ」

 

ルシファーは答えなかった。

立香は彼女の横顔を見る。

アーチャーの身体が、さらに薄くなる。

 

「キャスター」

 

「何だ」

 

「王は、おそらくお前を待っている」

 

「嬉しくねえ話だ」

 

「最後まで足掻け。それがお前の役割だろう」

 

「言われなくてもな」

 

アーチャーは最後にマシュを見る。

 

「盾の少女。守ることだけを考えるな」

 

「え?」

 

「守るとは、攻撃を受けることではない。守る対象を、生きて次へ進ませることだ」

 

マシュは真剣にうなずいた。

 

「はい。覚えておきます」

 

「ならいい」

 

アーチャーの輪郭が崩れていく。

消滅の直前、彼はルシファーへ視線を向けた。

 

「世界の外から来た反逆者か。あの王が、貴様を見て何を思うか……少し見てみたかったな」

 

「自分で確かめればいい」

 

「それができないから、後を託す」

 

静かな光とともに、アーチャーは消滅した。

その場には、粒子の残照だけが一瞬残り、やがて炎の中へ溶けていった。

キャスターはフードを押さえる。

 

「最後まで気取った野郎だ」

 

「知り合いだったんですか?」

 

立香が尋ねる。

 

「腐れ縁みたいなもんだ」

 

キャスターは大空洞へ続く闇を見る。

 

「行くぞ。門番が道を開けたんだ。立ち止まってたら、あいつに笑われる」

 

一行は地下へ向かって歩き始める。

ルシファーだけが一度振り返り、アーチャーが消えた場所を見た。

一人ですべてを背負う。

誰にも頼らず、自らの理想に敗れる。

 

「余計な忠告だ」

 

そう呟いた声は、普段よりもわずかに小さかった。

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