Fate/Grand Order ――反逆の堕天使と最後のマスター――   作:MIDNIGHT

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第七節 黒衣の騎士王

冬木の地下に広がる大空洞。

そこが特異点の中心だった。

高密度の魔力が満ち、空間そのものが軋んでいる。

奥に一人の騎士が立っていた。

 

 

黒い鎧。

黒く染まった聖剣。

金色の瞳。

 

―――セイバー。

 

 

威厳を称えながらも、異形の姿で佇むその姿を見た瞬間、マシュの身体が緊張した。

立香も気圧されるように息を呑む。

キャスターも笑みを消す。

 

「ようやく会えたな、王様よぉ」

 

黒い騎士王は、静かに一行を見渡した。

最初にキャスター。

次にマシュ。

立香。

そして最後に、ルシファーへ視線を止める。

 

「予定にない英霊がいる」

 

冷たい声だった。

感情を削ぎ落としたようでありながら、確かな意志がある。

ルシファーは答えなかった。

黒い騎士王を見つめたまま、わずかに目を細めている。

その顔に浮かんでいたのは、驚きではない。

懐かしさとも違う。

遠い記憶を、意図せず呼び起こされた者の表情だった。

 

 

黒い鎧に包まれた王。

己の意志を捨ててはいない。

しかし、世界の秩序を守るためならば、どれほど冷酷な選択も受け入れる。

 

 

その姿に、ルシファーはかつて自分がいた世界で対峙した者たちを思い出していた。

 

 

天界の秩序を絶対と信じた者。

自分を裏切り者と呼び、世界のために討とうとした者。

かつて同じ場所に立ち、同じ景色を見ていながら、最後には異なる道を選んだ者。

 

 

剣を向け合った瞬間にも、その相手の瞳には迷いがあった。

自分を憎んでいたわけではない。

ただ、それぞれが信じた道を譲れなかった。

黒い騎士王の眼差しにも、それと似たものがあった。

 

「どうしたの、ルシファー?」

 

立香の声に、ルシファーは意識を戻す。

 

「何でもない」

 

短く答えた。

だが、立香は彼女が何かを感じ取ったことに気づいていた。

ルシファーは前へ出た。

 

「私も、お前の予定に興味はない」

 

騎士王がルシファーを見据える。

 

「アヴェンジャー。だが、人類史に刻まれた復讐者ではないな」

 

「分かるのか」

 

「この地に満ちる聖杯の泥が、お前を拒絶している。お前はこの世界の理に属していない」

 

ルシファーの口元に、薄い笑みが浮かぶ。

 

「世界に拒まれることには慣れている」

 

「拒まれ、それでも世界へ留まるか」

 

「私は許可を得て存在しているわけではない」

 

騎士王は黒い聖剣を構えた。

 

「その傲慢さ。己の意志を世界よりも上に置く姿勢。かつて王に弓引いた者に相応しい」

 

ルシファーの翼が静かに広がる。

 

「お前も、かつての私の敵によく似ている」

 

騎士王の瞳が動く。

 

「ほう」

 

「秩序を守るために、己の感情を切り捨てる。世界の存続を理由に、誰かの犠牲を当然のものとして受け入れる」

 

「必要な犠牲を拒み続ければ、最後にはすべてを失う」

 

「必要かどうかを決めるのは誰だ」

 

「決断する責任を負う者だ」

 

「だから王は嫌いだ」

 

ルシファーの声音が低くなる。

 

「自ら責任を負うと言いながら、他者の運命まで決めようとする」

 

騎士王は動じない。

 

「決めなければ、より多くの命が失われる」

 

「そうかもしれない」

 

ルシファーは否定しなかった。

 

「だが、それを正しいと呼ぶな。選んだ者が背負うべき罪まで、秩序や大義の陰へ隠すな」

 

大空洞に沈黙が落ちた。

キャスターがルシファーを横目で見る。

彼女の言葉は黒い騎士王へ向けられている。

だが同時に、過去の誰かへ語っているようでもあった。

騎士王はルシファーを見つめた後、わずかに目を細めた。

 

「お前もまた、自らの選択によって多くを傷つけた者か」

 

「否定はしない」

 

「後悔しているか」

 

「していない」

 

即答だった。

しかし、その声は以前よりもわずかに重かった。

 

「後悔はない。だが、忘れたこともない」

 

立香はその言葉を胸に刻んだ。

ルシファーは過去を語らない。

 

誰と戦ったのか。

誰を傷つけたのか。

何を守ろうとしたのか。

 

それでも、彼女の反逆が何の痛みも伴わないものではなかったことだけは分かった。

 

騎士王は聖剣の切っ先を上げる。

 

「ならば、お前と私は相容れない」

 

「最初から理解し合うつもりはない」

 

騎士王は、聖剣を構えた。

 

「秩序に背いた者が、人理を守る側へ立つか」

 

「誤解するな」

 

ルシファーの翼が広がる。

 

「私は人理に従うのではない」

 

立香へ一瞬だけ、視線を向ける。

 

「私のマスターが進む道を、世界に奪わせないだけだ」

 

騎士王の視線が立香へ移った。

 

「未熟なマスターだ」

 

「自覚はあります」

 

立香が答える。

 

「力も経験もない。自らのサーヴァントが何者かも理解していない。それでも進むというのか」

 

「分からないことは、これから知ります」

 

立香は、マシュとルシファーを見る。

 

「一人では無理でも、みんなと一緒なら進めると思うから」

 

「仲間に依存しているだけではないのか」

 

「そうかもしれません」

 

立香は正直に答えた。

 

「でも、頼ることは悪いことじゃないと思います」

 

アーチャーの最後の言葉を思い出す。

一人で戦うな。

ルシファーもまた、その言葉を思い出しているようだった。

騎士王は、次にマシュを見る。

 

「名も知らぬ英霊の力を借りた盾。お前は何者だ」

 

マシュの手が、盾を強く握る。

 

「分かりません」

 

「真名も、力の由来も知らず、何を守る」

 

「先輩を――」

 

マシュは迷わず答えた。

 

「私は、自分が何者なのか分かりません。けれど、先輩を守りたいと思った気持ちは、誰かから借りたものではありません」

 

騎士王は、わずかに目を細める。

 

「その意志が、死を前にしても変わらぬと言えるか」

 

マシュの表情に恐怖が浮かんだ。

それでも、退かなかった。

 

「怖いです」

 

正直な答えだった。

 

「ですが、怖いからこそ、先輩を一人にはしたくありません」

 

長い沈黙。

騎士王は聖剣の切っ先を上げた。

 

「ならば示せ。その盾が、何を守れるのかを」

 

戦闘が始まった。

黒い騎士王の一撃が大空洞を揺らす。

マシュが盾で受ける。

凄まじい衝撃。

足元の岩盤が砕け、マシュの身体が大きく後退した。

 

「マシュ、左へ!」

 

立香の指示。

マシュが盾を傾け、二撃目を受け流す。

そこへキャスターの炎が放たれた。

騎士王は聖剣で炎を切り裂く。

ルシファーの羽根が死角から飛来した。

騎士王は身を翻し、羽根を弾く。

 

「動きに迷いがない」

 

ルシファーが言う。

 

「王を名乗るだけはある」

 

「お前も、封じられた身としては強大だ」

 

騎士王が踏み込む。

聖剣とルシファーの光輪が衝突した。

黒と紫の魔力が爆発し、大空洞の壁を削る。

その一撃を受けた瞬間、ルシファーの脳裏に再び過去の光景がよぎった。

眩い天の光。

巨大な力を纏い、己の前へ立ちはだかった者。

命令に従うことが正しいと信じながら、それでも最後の瞬間まで、ルシファーへ刃を振るうことをためらった瞳。

その相手の名前を、ルシファーは口にしなかった。

言葉にすれば、この世界へまで過去を連れてきてしまう気がした。

黒い騎士王の剣には、ためらいがない。

だが、剣の奥には、同じ孤独がある。

王であるがゆえに、自分だけが決断しなければならないと信じた者の孤独。

 

「不愉快だ」

 

ルシファーが呟いた。

 

「何がだ」

 

騎士王が問う。

 

「お前を見ていると、昔の知り合いを思い出す」

 

「敵か」

 

「ああ」

 

ルシファーは光輪を押し返す。

 

「だが、嫌いではなかった」

 

騎士王の目がわずかに見開かれた。

その一瞬を、マシュが逃さない。

盾を構えて突進する。

騎士王は受け止め、逆にマシュを押し返そうとする。

キャスターがルーンを発動する。

炎の鎖が騎士王の足元へ絡みついた。

 

「マシュ! 今だ!」

 

マシュが盾を押し込む。

騎士王はルーンを引き裂き、聖剣を振るった。

盾と剣が激突する。

マシュの腕が震える。

 

「重い……!」

 

「意志だけでは力にならない」

 

騎士王が告げる。

 

「理想を掲げるなら、それを支える力を持て」

 

「だから……今、学んでいます!」

 

マシュは盾の角度を変えた。

聖剣を正面から止めるのではなく、横へ流す。

キャスターから教わった動き。

騎士王の体勢がわずかに崩れる。

立香が叫ぶ。

 

「ルシファー!」

 

「分かっている」

 

ルシファーが片手を掲げた。

黒い光輪が騎士王の背後に現れる。

放たれた衝撃が騎士王を吹き飛ばした。

黒い鎧が岩壁へ叩きつけられる。

だが、まだ倒れない。

騎士王は立ち上がり、聖剣へ膨大な魔力を集め始めた。

大空洞全体が震える。

 

「宝具が来るぞ!」

 

キャスターが叫ぶ。

黒い光が剣身を覆う。

逃げ場はない。

マシュが立香の前に立った。

盾を構える。

 

「先輩は、私が守ります」

 

「一人で受ける気か!」

 

キャスターが声を上げる。

 

「他に方法がありません!」

 

騎士王が聖剣を振り下ろす。

黒い光の奔流が放たれた。

マシュの盾を中心に、魔力障壁が広がる。

光と盾が衝突した。

轟音。

マシュの足元が削られ、身体が後退する。

障壁に亀裂が走る。

 

「まだ……!」

 

マシュは歯を食いしばった。

腕から血が流れる。

盾が震える。

それでも下ろさない。

 

「私は、先輩のサーヴァントです!」

 

障壁が砕けた。

黒い光がマシュを飲み込もうとする。

その瞬間、一枚の黒い羽根が彼女の前へ舞い落ちた。

 

「十分だ」

 

ルシファーがマシュの前へ降り立つ。

六枚の翼を広げ、黒い光を受け止める。

 

「ルシファーさん!」

 

「下がれ、マシュ」

 

「ですが、霊基が――」

 

「お前はマスターを守った」

 

ルシファーは振り返らない。

 

「今度は私がお前を守る」

 

黒い光が翼を削る。

羽根が魔力の粒子となって散る。

ルシファーの身体にも亀裂が走った。

それでも一歩も退かない。

騎士王が問いかける。

 

「反逆者よ。なぜ他者を守る」

 

「気に入らないからだ」

 

「何がだ」

 

「定められた結末が」

 

ルシファーの光輪が展開する。

その周囲には、世界の制限を示すような光の鎖が巻きついていた。

 

「世界が滅びを定めたから受け入れろ。力が足りないから諦めろ。運命に従え」

 

鎖が軋む。

 

「私は、そのすべてが気に入らない」

 

ルシファーが鎖を引き千切る。

霊基が悲鳴を上げる。

立香の令呪が熱を帯びた。

 

「マスター」

 

ルシファーが呼ぶ。

 

「命じろ」

 

立香は右手を掲げた。

一画の令呪が輝く。

 

「ルシファー!」

 

声が震えた。

それでも、はっきりと告げる。

 

「私たちの道を開いて!」

 

令呪が光となって消える。

ルシファーの翼が再生する。

完全ではない。

本来の力には遠く及ばない。

それでも、この世界で許された限界を一瞬だけ押し広げるには十分だった。

 

「承知した」

 

ルシファーは笑った。

誰にも屈しない、反逆者の笑み。

 

「光あれ」

 

闇の光輪から、白紫の輝きが放たれた。

それは騎士王の黒い光と正面から衝突する。

キャスターも残る魔力を注ぎ、炎のルーンで黒い光を削った。

マシュが盾を構え直す。

立香の前へ立ち、衝撃を受け止める。

誰か一人の力ではない。

 

立香。

マシュ。

キャスター。

ルシファー。

 

四人の力が、騎士王の宝具を押し返していく。

やがて黒い光が砕けた。

ルシファーの輝きが騎士王を包む。

黒い聖剣に亀裂が走った。

騎士王は最後まで膝をつかなかった。

消滅する直前、彼女はマシュへ視線を向ける。

 

「その盾を、忘れるな」

 

続いて、立香を見る。

 

「この先に待つものは、ここよりも深い絶望だ」

 

最後にルシファーを見た。

 

「反逆者。お前が思い出した者も、かつてお前と異なる道を選んだのだろう」

 

ルシファーの瞳がわずかに揺れる。

 

「……そうだ」

 

「ならば覚えておけ。異なる道を選ぶことは、必ずしも相手を憎むことではない」

 

騎士王の言葉とともに、ルシファーの記憶に一つの光景が浮かぶ。

崩れゆく空。

互いに傷つき、力を使い果たしながら、それでも武器を下ろせなかった最後の対峙。

相手はルシファーを倒そうとしていた。

ルシファーもまた、その相手を退けようとしていた。

けれど最後の瞬間、相手の目にあったのは憎悪ではなかった。

悲しみだった。

自分たちは、別の道を選ぶしかなかった。

ただ、それだけのことだった。

 

「お前も、あの者も」

 

騎士王の身体が光へ変わっていく。

 

「己の選択に殉じた。ならば、その選択の果てを見届けろ」

 

ルシファーは黒い騎士王を見つめる。

かつての相手へ向けられなかった言葉が、胸の奥に浮かんだ。

理解できなくてもよかった。

同じ道を歩けなくてもよかった。

ただ、最後まで相手の意志を認めることはできたのかもしれない。

 

「お前は、あいつとは違う」

 

ルシファーが言う。

 

「だが、よく似ていた」

 

騎士王は、わずかに笑ったように見えた。

 

「それで十分だ」

 

黒い騎士王は光の粒子となり、静かに消滅した。

大空洞に残ったのは、黒い聖剣の残光だけだった。

ルシファーは、誰もいない場所を見つめ続けている。

立香が隣へ立った。

 

「昔の相手のこと、思い出したの?」

 

「ああ」

 

「大切な人だったの?」

 

ルシファーはすぐには答えなかった。

やがて、消えた騎士王の残光へ背を向ける。

 

「敵だった」

 

「それだけ?」

 

「今は、それでいい」

 

立香はそれ以上尋ねなかった。

いつかルシファーが話したくなったときに聞けばいい。

そう思った。

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