Fate/Grand Order ――反逆の堕天使と最後のマスター――   作:MIDNIGHT

8 / 11
第八節 レフ・ライノール

戦いが終わった。

誰もが、そう思った。

大空洞の奥に、拍手の音が響くまでは。

 

「見事だ」

 

緑色の帽子を被った男が、闇の中から現れた。

穏やかな笑み。

カルデアで何度も見かけた顔。

 

 

レフ・ライノール。

 

 

オルガマリーの表情が明るくなる。

 

「レフ!」

 

彼女は一歩踏み出した。

 

「無事だったのね! カルデアとの通信が不安定で、あなたの所在も――」

 

「無事?」

 

レフは笑みを深くした。

 

「もちろん無事だとも、オルガマリー。なぜなら私は、最初から巻き込まれていないからね」

 

オルガマリーの足が止まる。

キャスターが杖を構えた。

ルシファーの目が細くなる。

 

「こいつから離れろ」

 

低い声だった。

立香は反射的にオルガマリーの腕を掴む。

レフの視線がルシファーへ向いた。

その瞬間、余裕に満ちていた表情がわずかに崩れた。

 

「……何だ、君は」

 

初めて見せる驚き。

 

「アヴェンジャーではある。だが、この宇宙の英霊ではない」

 

レフの目が鋭くなる。

 

「神霊級に迫る霊格を持ちながら、人の英霊器へ押し込まれている。召喚記録も因果も存在しない。いったい誰が、そんな異物を人理の内側へ招いた?」

 

「私だよ」

 

立香が答えた。

レフは立香を見る。

 

「君が?」

 

「私が喚びました」

 

「意図せず、か」

 

レフはしばらく黙った後、愉快そうに笑った。

 

「それは面白い! 実に面白い誤算だ。計画から外れた唯一の異物が、最も価値のないはずの候補者によって喚び込まれたとは!」

 

「価値がないかどうかは、お前が決めることではない」

 

ルシファーが前へ出る。

黒い魔力が周囲へ満ちる。

 

「カルデアを破壊したのは、お前か」

 

「そうだ」

 

レフはあっさりと認めた。

 

「管制室へ爆弾を仕掛け、マスター候補とカルデアの中枢を破壊した。人理焼却を妨げる可能性がある者は、最初に排除する必要があったからね」

 

オルガマリーが震える。

 

「嘘よ」

 

「嘘ではない」

 

「あなたはカルデアを支えてきた! 父の代から、ずっと……!」

 

「だからこそ、最も簡単に壊せた」

 

レフの言葉は冷たかった。

オルガマリーの顔から、血の気が引いていく。

 

「それに君は、少し勘違いしている」

 

レフはオルガマリーへ手を向けた。

 

「オルガマリー、君は自分が生きていると思っているのかね?」

 

空間が歪んだ。

大空洞の奥に、巨大な球体が浮かび上がる。

 

 

『疑似地球環境モデル・カルデアス』。

 

 

本来ならカルデアの中央に存在するはずのものが、映像とも実体ともつかない姿で現れていた。

だが、本来は澄んだ蒼穹の表面を紅蓮の赤に染め上げていた。

 

「な、何よあれ――? あれが、カルデアスなの……?」

 

「そうだ、君が――アニムスフィアがそのすべてを捧げて創り上げたものだ」

 

呆然となるオルガマリーに、レフは慇懃な口調で告げた。

 

「教えてあげよう、オルガマリー。君の肉体は、管制室の爆発ですでに死亡している」

 

「何を……」

 

「君にはレイシフト適性がなかった。肉体を伴ってここへ来たのではない。死亡の直前、精神だけが偶然、この特異点へ転写された残照にすぎん」

 

オルガマリーは自分の手を見る。

 

「うそ――違う」

 

「触れられる。考えられる。苦痛も感じる。だから生きていると思ったのだろう」

 

「違う…私は……」

 

「君はもう、カルデアへ戻れない」

 

レフが指を鳴らす。

刹那、オルガマリーの身体が宙へ浮いた。

 

「所長!」

 

立香が腕を掴む。

だが、強い力に引かれ、指が滑る。

マシュもオルガマリーの身体を支える。

キャスターがルーンを放つ。

術式は空間の歪みに飲み込まれた。

ルシファーが翼を広げる。

黒い光輪がレフへ向く。

 

「離せ」

 

「撃つのかね?」

 

レフが笑う。

オルガマリーの身体が、ルシファーとレフの射線上へ引き寄せられた。

 

「君の出力なら、私ごと彼女を消し飛ばせるだろう」

 

ルシファーの光輪が揺れる。

攻撃は放たれない。

 

「卑劣な男だ」

 

「戦いとは、相手の弱点を使うものだよ」

 

「ルシファー、私に構わず――」

 

オルガマリーが言いかける。

 

「黙れ」

 

ルシファーが遮った。

 

「お前を救う」

 

「できないわよ!」

 

オルガマリーの声が震える。

恐怖が露わになっていた。

それまで必死に隠してきた、死への恐怖。

 

「私は死んでいるんでしょう!? 身体もない! 帰る場所もない! どうやって助けるのよ!」

 

「方法がないなら探す」

 

ルシファーが答える。

 

「世界が不可能だと言うなら、覆す」

 

「何よ、それ……」

 

オルガマリーの目から涙が流れた。

 

「そんな無茶苦茶なこと……」

 

「私のマスターも似たようなことを言う」

 

ルシファーは立香を見る。

立香は、オルガマリーの腕を離さない。

 

「所長、戻りましょう」

 

「戻れないって言われたでしょう!」

 

「それでもです!」

 

「私はあなたを追い出した! 何も期待していなかった! 役に立たない素人だと思っていた!」

 

「知ってます!」

 

「なら、どうして!」

 

立香は必死に手を伸ばす。

 

「助けたいからです!」

 

単純な答えだった。

オルガマリーの瞳が揺れる。

 

「私は……」

 

初めて、立香へ助けを求める顔をした。

 

「私は、まだ何も認めてもらっていない」

 

父にも。

魔術師たちにも。

カルデアの職員にも。

所長としての結果を残せないまま、すべてを失った。

 

「誰にも褒めてもらっていない。何もできていない。こんなところで終わりたくない……!」

 

「終わらせません!」

 

「助けて……藤丸!」

 

オルガマリーが手を伸ばす。

立香も手を伸ばす。

指先が触れた。

だが、その瞬間、レフが腕を振り下ろした。

空間の引力が増す。

立香の手から、オルガマリーの指が離れた。

 

「所長!」

 

マシュが飛び出す。

ルシファーも翼を広げた。

しかし、レフが作り出した境界が行く手を阻む。

オルガマリーの身体がカルデアスへ引かれていく。

 

「嫌……!」

 

彼女の声が響く。

 

「嫌よ! こんなの、嫌! まだ私は――!」

 

オルガマリーの身体は、カルデアスへと接触し――その炎のように燃える表層の中に、彼女の身体は溶けていった。

悲痛な慟哭を残して―――――

 

立香は叫んだ。

マシュも手を伸ばした。

だが、止められなかった。

 

ルシファーが光輪を放つ。

だが、その一撃は空間の歪みに阻まれ、レフの身体をわずかにかすめただけだった。

レフの頬に細い傷が走る。

彼は驚いたように血へ触れた。

 

「制限された状態で、この空間へ干渉するか」

 

ルシファーの瞳には、明確な怒りが宿っていた。

 

「次は外さない」

 

「恐ろしいな」

 

レフは笑った。

だが、その笑みには先ほどまでなかった警戒が含まれている。

 

「君は確かに予定外だ。人理焼却に何をもたらすのか、観察する必要がある」

 

「逃げるのか」

 

「今はね。君とまともに争う必要はない」

 

レフの身体が闇へ溶け始める。

 

「また会おう、最後のマスター。そして異世界の反逆者」

 

「待て!」

 

立香が叫ぶ。

レフの姿は消えた。

カルデアスの幻影も消える。

大空洞に残ったのは、静寂だけだった。

オルガマリーの姿は、どこにもない。

立香はその場に膝をついた。

 

「届かなかった……」

 

マシュも言葉を失っている。

キャスターはフードを深くかぶり、顔を隠した。

ルシファーは拳を握っていた。

爪が掌へ食い込み、血が流れる。

 

「私が……止められなかった」

 

立香が呟く。

ルシファーが振り返る。

 

「違う」

 

「でも、手を離した」

 

「離したのではない。奪われた」

 

「同じだよ」

 

「同じではない」

 

ルシファーは立香の前へ立った。

 

「敗北を忘れるな。だが、自分を責めることに逃げるな」

 

立香が顔を上げる。

 

「逃げる?」

 

「自分が悪いと思えば、すべてを自分の中だけで終わらせられる。だが、本当に責めるべき相手は別にいる」

 

ルシファーは、レフが消えた空間を見る。

 

「怒りを向ける先を間違えるな」

 

立香は唇を噛んだ。

悲しみは消えない。

悔しさも。

それでも、立ち上がらなければならない。

 

「次は……」

 

立香は立ち上がった。

 

「次は、絶対に止めます」

 

ルシファーは小さく頷いた。

 

「それでいい」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。