Fate/Grand Order ――反逆の堕天使と最後のマスター―― 作:MIDNIGHT
特異点は崩壊を始めた。
大空洞の壁面に亀裂が走り、黒い泥のような魔力が光の粒子へ変わっていく。
聖杯の回収とともに、歪められた歴史が本来の形へ戻ろうとしている。
キャスター:クー・フーリンの霊基もまた、少しずつ透明になり始めていた。
「どうやら、ここまでらしいな」
キャスターは自分の手を見て、軽く息を吐いた。
「一緒にカルデアへは来られないんですか?」
立香が尋ねる。
「俺はこの特異点に召喚されたサーヴァントだ。土地との縁も、現界するための魔力も、もう残ってねえ」
「再契約は?」
「今のお前さんに、二騎も養う余裕はない。そこの堕天使様一人でも、とんでもない魔力食いだろ」
ルシファーが眉を寄せる。
「私は無駄に消費しているわけではない」
「普通のサーヴァントなら干からびる量を使っておいて、よく言うぜ」
「必要な分を使っただけだ」
「マスターの苦労が目に見えるな」
「私、そんなに大変なことになってるの?」
立香が尋ねる。
キャスターは笑った。
「今すぐ倒れないのが不思議なくらいだ。召喚直後だから、カルデアの術式や土地の魔力がかなり肩代わりしてるんだろうがな」
ルシファーが立香を見る。
「体調に異常はあるか」
「少し疲れたくらい」
「戻ったら休め」
「ルシファーがそういうことを言うなんて珍しいね」
「契約者に倒れられると面倒なだけだ」
「そういうことにしておく」
キャスターが声を上げて笑う。
マシュも小さく微笑んだ。
ほんの短い間だけ、冬木での戦いが終わったことを実感できた。
しかし、オルガマリーは戻らない。
レフは逃げた。
人類史が危機に瀕しているという事実も、何一つ変わっていない。
キャスターはマシュを見る。
「盾の使い方、少しは分かったか?」
「はい。まだ十分ではありませんが」
「十分な奴なんざいねえよ。次も生き残って、磨き続けろ」
「ありがとうございます、キャスターさん」
「礼はいい。次に俺と会ったとき、敵だったとしても油断するなよ」
「敵になるんですか?」
「サーヴァントなんてのは、召喚された立場やマスター次第で敵にも味方にもなる。今回はたまたま利害が合った。それだけだ」
キャスターはそう言ったが、その声は突き放すものではなかった。
続いてルシファーを見る。
「お前さんは残るらしいな」
「マスターとの契約が続いている」
「なら、嬢ちゃんたちを頼む」
「お前に言われるまでもない」
「そう言うと思ったぜ」
キャスターは笑い、立香へ向き直る。
「最後のマスター。背負い込みすぎるなよ」
「難しそうです」
「だろうな。だから、隣にいる連中を頼れ」
アーチャーの言葉と重なる。
立香はうなずいた。
「はい」
光が強くなる。
キャスターの身体が粒子へ変わっていく。
「じゃあな。次に会うときは、槍を持ってるかもしれねえが」
「そのときは味方でお願いします」
「運がよければな」
最後まで不敵に笑いながら、キャスターは消滅した。
立香たちの身体も、レイシフトの光に包まれる。
炎上する冬木が遠ざかる。
崩れた街。
黒い騎士王。
アーチャー。
キャスター。
そして、助けられなかったオルガマリー。
すべてが白い光の向こうへ消えていった。
次に目を開けたとき、立香は崩壊したカルデアの管制室に立っていた。
焦げた機材。
崩れた天井。
火花を散らす配線。
職員たちは負傷しながらも、自分の役割を果たすために動き続けている。
帰還を確認したロマ二が、端末越しではなく直接駆け寄ってきた。
「藤丸くん! マシュ!」
ロマ二は二人の無事を確認すると、大きく息を吐いた。
しかし、立香たちの後ろにオルガマリーがいないことに気づき、表情を曇らせる。
「所長は……」
立香は答えられなかった。
マシュが静かに首を振る。
ロマ二は目を閉じた。
「そうか」
短い言葉だった。
それ以上を口にすれば、今は動けなくなる。
そう理解している者の声だった。
「ドクター」
立香は言う。
「あの人が…レフが、カルデアを爆破したと認めました」
「ああ」
ロマ二の声には驚きがなかった。
すでに施設内の調査から、内部犯行の可能性へたどり着いていたのだろう。
「彼は、人理焼却と言っていました」
「……まずは状況を説明しよう」
ロマ二は立香たちを、辛うじて機能を維持している管制室へ案内した。
中央には、地球を模した巨大な球体が浮かんでいる。
疑似地球環境モデル・カルデアス。
冬木で見せられたときと同じように、現在のカルデアスは赤く染まっていた。
青い海も、緑の大地も見えない。
地球全体が炎に包まれている。
「これが、今の人類史だ」
ロマ二が告げた。
「カルデアスが観測していた人類文明の光は、二〇一六年を境に完全に消失した。未来が観測できなくなったんじゃない。人類そのものが、未来から消えている」
立香は赤い地球を見つめた。
冬木の街を覆っていた炎と、よく似た色だった。
「人類は、もう滅びているんですか?」
「カルデアを除けば、その可能性が高い」
ロマ二は苦しそうに答える。
「施設の外部通信はすべて途絶している。世界各地との連絡も取れない。生存者の反応も確認できない」
マシュが唇を噛む。
「では、私たちが冬木へいた間に……」
「正確な時間の対応は分からない。だが少なくとも、今のカルデアは人類史から切り離された状態にある」
立香は周囲を見る。
生き残った職員は多くない。
誰もが負傷し、疲れ切っている。
それでも作業を止めない。
「他のマスター候補は?」
「コフィンの中で生命活動を維持している」
ロマ二は苦し気に、答える。
「重傷者が多い。設備も損傷していて、今すぐ目覚めさせることはできない。無理に解凍すれば命を失う」
「つまり、動けるマスターは……」
「君だけだ」
静かな声だった。
その言葉の重さが、管制室全体へ沈んだ。
立香は自分の手を見る。
魔術の知識もない。
戦闘経験も、冬木で得たばかり。
それでも、今動けるマスターは自分しかいない。
「七つさ」
別の声が響いた。
明るく、自信に満ちた女性の声だった。
管制室の奥から、一人の女性が歩いてくる。
長い髪。
華やかな服装。
この状況に似つかわしくないほど、堂々とした佇まい。
「人類史を焼却へ導いている特異点は、冬木だけじゃないんだな」
彼女は、赤く染まったカルデアスの前へ立つ。
「改めて自己紹介をしよう。私はレオナルド・ダ・ヴィンチ。芸術、科学、工学、その他諸々を極めた万能の天才。そしてカルデア技術部の責任者だ」
立香は目を瞬いた。
「レオナルド・ダ・ヴィンチ?」
「その反応、よく分かるよ」
女性は満足そうに微笑む。
「史実の肖像と違う、と言いたいんだろう? 美というものは完成された形であるべきだ。私は自分の肉体を、理想的な美の姿として設計したのさ」
「今それを説明する必要ある?」
ロマ二が疲れた声で言う。
「初対面の印象は重要だよ、ロマニ」
ダ・ヴィンチは軽く笑った後、すぐに真剣な表情へ戻った。
「冬木で回収した聖杯と観測データによって、いくつかのことが判明した」
カルデアスの周囲に、七つの光点が現れる。
それぞれ異なる年代と場所を示していた。
「人類史には、現在七つの大規模な特異点が発生している。どれも、本来の歴史から大きく逸脱した時代だ」
「この七つが、人類滅亡の原因なんですか?」
立香が尋ねる。
「正確には、人理焼却を成立させるための基点と考えられる」
ダ・ヴィンチは光点を指でなぞる。
「歴史とは、一本の細い糸ではない。無数の出来事、無数の選択、無数の命が積み重なって、現在へ続く巨大な流れを作っている」
一つの光点が赤く輝く。
「その流れの重要な地点へ、あり得ない異物を埋め込む。戦争の勝敗を変え、国家を滅ぼし、文明の発展を断ち切る」
別の光点も赤くなる。
「一つの改変なら、歴史は修正しようとする。多少の矛盾を飲み込み、本来に近い未来へ収束しようとする」
七つすべての光点が赤く輝いた。
「だが、複数の重要な時代を同時に破壊すれば、歴史は現在までつながらなくなる」
ロマ二が言葉を引き継ぐ。
「七つの特異点を土台に、人類史そのものが燃やされた。僕たちはそう考えている」
「レフの背後にいる者が、それを?」
「おそらくね」
ダ・ヴィンチが答える。
「レフは実行者の一人にすぎない。あれほど大規模な術式を、単独で成立させたとは考えにくい」
ルシファーがカルデアスを見る。
赤く燃える疑似地球。
その光を瞳に映しながら、低く呟く。
「世界一つを焼くか」
ダ・ヴィンチがルシファーへ視線を向けた。
「そして君が、冬木で召喚された規格外のサーヴァントだね」
「また分析か」
「私は天才だからね。未知を前にして調べない選択肢はない」
ダ・ヴィンチは携帯端末を操作する。
ルシファーの周囲を複数の計測光が走る。
「興味深い。アヴェンジャーとしての霊基は成立している。しかし中核となる魂の規格が、人類史由来の英霊とは根本的に異なる」
「あの女と同じことを言う」
その言葉で、管制室の空気がわずかに沈んだ。
ダ・ヴィンチも一瞬だけ目を伏せる。
だが、すぐに計測を続けた。
「オルガマリー所長の分析は正しかった。君は神霊級、あるいはそれに近い存在だった可能性が高い。ただし、現在の君は大幅に制限されている」
「分かっている」
「問題は、単に力が封じられているだけではないことだ」
ダ・ヴィンチは立香を見る。
「ルシファーの霊基は、藤丸立香との契約を起点に、この世界へ固定されている」
「私との契約が?」
「そう。通常のサーヴァントは、英霊の座という巨大な記録基盤を背後に持つ。だが彼女には、こちらの世界に帰属する記録がない」
ダ・ヴィンチは二人の間を指差した。
「つまり、君との縁そのものが、彼女がこちら側に存在するための道になっている」
立香はルシファーを見る。
「私との契約が切れたら?」
「おそらく、元の世界へ戻るか、世界の狭間へ弾き出される。最悪の場合、霊基が崩壊して消滅する」
「余計な心配をするな」
ルシファーが言う。
「契約を切るつもりはない」
「私も切るつもりはないけど」
「なら問題はない」
ダ・ヴィンチは二人を観察し、意味ありげに微笑んだ。
「なるほど。数値だけでは分からない部分も、少し見えてきた」
「何がですか?」
「それは今後のお楽しみだ」
ダ・ヴィンチはカルデアスへ向き直る。
「さて、問題は七つの特異点だ。これらへレイシフトし、時代の歪みの中心にある聖杯を回収する」
七つの光点から、カルデアへ向かう線が表示される。
「特異点を一つずつ修復し、人類史を本来の流れへ戻す。それが、人類を救う唯一の方法だ」
「成功する可能性は?」
立香が尋ねる。
ダ・ヴィンチはすぐには答えなかった。
代わりにロマ二を見る。
彼も沈黙している。
「低いんですね」
「正直に言えば、極めて低い」
ダ・ヴィンチが答える。
「こちらには物資がない。人員も設備も足りない。マスターは一人。現地で何が起きているかも、レイシフトするまで分からない」
「帰還できない可能性もある」
ロマ二が続ける。
「敵が誰なのかも分からない。冬木よりはるかに危険な特異点もあるだろう」
マシュが一歩前へ出た。
「それでも、行かなければ人類史は戻りません」
「そうだ」
ダ・ヴィンチはうなずく。
「君たちは、成功が保証された任務へ向かうのではない」
赤いカルデアスを背に、彼女は立香をまっすぐに見る。
「失われた未来を、存在しない可能性の中から取り戻しに行く」
立香は冬木での出来事を思い出した。
マシュの手を握ったこと。
ルシファーを召喚したこと。
キャスターやアーチャーとの戦い。
黒い騎士王の言葉。
オルガマリーの伸ばした手。
最後には届かなかった指先。
もう同じことを繰り返したくない。
「私が行くしかないんですね」
ロマ二は苦しそうな顔をした。
「本当なら、君一人に背負わせるべきことじゃない」
「でも、他にいない」
「そうだ」
「なら、行きます」
立香の声は震えていた。
怖くないわけではない。
また誰かを失うかもしれない。
次は自分が戻れないかもしれない。
それでも、何もしなければ未来は戻らない。
「私に何ができるかは、まだ分かりません」
立香はマシュを見る。
「でも、マシュがいて」
次にルシファーを見る。
「ルシファーがいて」
周囲で働くカルデアの職員たちを見る。
「ここにいるみんなが手伝ってくれるなら、やってみます」
マシュが立香の隣へ立つ。
「私も共に行きます」
「マシュ」
「私は、先輩のサーヴァントです」
マシュは自分の胸へ手を当てる。
「この力が何なのか、私自身が何者なのか、まだ分かりません。ですが、先輩と共に戦いたいという意志は、私自身のものです」
ダ・ヴィンチが優しく微笑む。
「いい答えだ」
ルシファーは少し離れた壁にもたれていた。
霊基の損傷は修復されつつある。
それでも、本来の力の多くは封じられたままだ。
立香が彼女を見る。
「ルシファーも来てくれる?」
「愚問だな」
「一応、確認しようと思って」
「契約を途中で放棄する趣味はない」
ルシファーは壁から身体を起こす。
「それに、人類史の焼却などという結末は気に入らない」
「人類を救いたいから?」
ダ・ヴィンチが尋ねる。
「人類全体に義理はない」
ルシファーは迷わず答えた。
「正義や使命を理由に戦うつもりもない」
「では、なぜ?」
ルシファーの視線が立香へ向く。
「私のマスターが行くと言った」
「それだけかい?」
「それで十分だ」
ルシファーの翼が静かに広がる。
「そして、世界によって定められた滅びは気に入らない」
「決められた運命だから?」
立香が聞く。
「ああ」
ルシファーは赤いカルデアスを見上げる。
「決められた滅びなら、覆せばいい」
立香は笑った。
「私も、そう思う」
マシュも小さく微笑む。
ダ・ヴィンチは三人を見つめた。
「最後のマスターと、未完成のデミ・サーヴァント。そして人理の外から来た反逆者」
その声には、僅かな期待があった。
「計画としては、これ以上なく不安定だ。だが、予定どおりの駒だけで勝てる相手なら、そもそも人類史は焼かれていない」
「それ、褒められてますか?」
立香が尋ねる。
「最高に褒めているとも」
ダ・ヴィンチはロマ二へ視線を向ける。
ロマ二は一度目を閉じた。
オルガマリーが立つはずだった場所。
彼女が指揮を執るはずだった管制室。
その中央へ、今は自分が立っている。
重圧を飲み込み、ロマニは顔を上げた。
『全職員へ通達』
管制室内の通信が開かれる。
生き残った職員たちが作業の手を止め、中央へ目を向けた。
『オルガマリー・アニムスフィア所長は、先の冬木において消息を絶った――残念だが、戻る可能性は極めて低い』
ロマ二の声が僅かに揺れる。
『現時点をもって、僕、ロマニ・アーキマンがカルデアの指揮を代行する』
誰も異議を唱えない。
唱えられる者もいない。
『疑似地球環境モデル・カルデアスは、人類文明の消失を示している。未来を取り戻すためには、七つの特異点を修復しなければならない』
七つの年代が、管制室のスクリーンに表示される。
『我々に残された時間は長くない。設備、人員、物資、すべてが不足している。それでも、この場所には人類史を修復するための機能が残っている』
ロマ二は立香を見る。
『そして、レイシフト可能なマスターがいる』
次にマシュとルシファーを見る。
『共に戦うサーヴァントがいる』
ダ・ヴィンチがロマンの隣へ立つ。
管制室にいる全員が、同じ赤い地球を見上げる。
『これより、カルデアは人理修復を最優先任務とする』
ロマ二は一度、息を吸った。
そして告げる。
『作戦名――グランド・オーダー』
その言葉が、崩壊した管制室へ響き渡った。
『人類史を存続させるための、最も大きく、最も困難な命令だ』
職員たちがそれぞれの持ち場へ戻る。
損傷した設備の復旧。
次のレイシフト座標の計算。
物資と魔力資源の確認。
治療。
解析。
誰もが、自分にできることを始めていた。
立香もまた、赤いカルデアスを見上げる。
最後のマスター。
名も知らぬ英霊の力を宿す盾の少女。
そして、異なる世界より召喚された反逆の堕天使。
三人の旅が始まる。
行く先に待つのは、七つの特異点。
数多の英雄。
神々。
怪物。
王。
そして、人類史を焼却した者。
その結末を、まだ誰も知らない。
けれど、立香はもう一人ではなかった。
マシュがいる。
カルデアの仲間がいる。
そして隣には、天にも世界にも屈しない翼がある。
たとえ未来が失われていても。
たとえ滅びが決定されていても。
反逆者は笑うだろう。
運命など、従うためにあるものではないと。
これは、人理を取り戻す物語。
そして一人の少女と一人の堕天使が、定められた終末へ反逆する物語である。
本作を進めないで、何やってるんだと思われるかもですが、
今度は初めてAIによる補助で書いてみました。何度もチェックや手直しはいりますが、
非常に便利ですし、アイデアを形にしてくれるので、すごいと思いました。