ゴールデンウィークが明けてからすぐの土曜日、酒寄彩葉は朝早くからバイトの為とある研究所に来ていた
(といってもまだエントランスで待機してるだけなんだけど…)
【鹿嶋先端科学研究所】。五十年ほど前に設立された鹿嶋グループお抱えの研究所であり、医療方面の研究を主としてこれまで何度も新技術の開発や世間を騒がせるような発見をしている世界でも有名な研究機関
『いい経験になるだろう』って拓望兄の計らいでここのバイトを紹介してもらってもう1ヶ月近く経つ、最初こそこんな凄い所でバイトできるなんて最高だと思っていたけど、この研究所に来たのは今日を含めてまだ3回。しかも初回は研究所が広すぎて案内だけで終わったし(それでもバイト代は貰えた、正直貰っていいのか悩んだけど…)2回目も機材運びとちょっとした資料整理だけ、正直BAMBOO Cafeでの激戦に比べるとどうしても働いてるっていう実感がもてないし、経験になるような事もまだない
(今日から本格的に働いてもらうとは言われたけど…)
前2回の時担当してくれた人は『別の人が来るからここで待ってて』って言い残してどっか行っちゃったからまだ具合的にどんな仕事内容なのかは聞けてないんだよね
(多分医療方面の仕事だと思うんだけど………まだ、かな?)
待ち続けてもう30分くらいは経った、ちょっとエントランスの人にでも聞いてみようかな?
「お〜い!お待たせー!」
突然エントランスに響いた大きな声、ビックリして立ち上がりかけの姿勢で固まっちゃったじゃん
「いや〜待たせてごめんね、実験が長引いちゃってさ」
ツカツカとヒールを鳴らし足早に向かって来る若い女性
(わっ…綺麗な人)
私より10センチ以上高い身長に長い手足、出る所は出ていて、引っ込んでいるところは引っ込んでいる羨ましいぐらいのメリハリ体型。そして肩口に揃えられたアッシュグレーの髪が私にニッコリと笑いかける笑顔によく似合っている
「君が酒寄彩葉ちゃんだね?」
「あ、はい!そうです。初めまして(外国人かハーフの人かな?)」
「初めまして、私は―「おっほん!」…あ〜…」
あ、受付の人…
「エントランスであまり大きな声を出さないでくださいって何度も言ってますよね。他の方もいらっしゃるんですよ、
………え
「あはは…ごめんごめ~ん。彩葉ちゃん、さっそくで悪いんだけど場所変えよっか」
「あ…はい」
えっ、今所長って
「
くるりと翻り、来た道を再び歩いていく背中を置いて行かれないように追いかけるけど……え?
この人が所長なの!?
◇◆◇◆
「あっはは!そうだよー、私がこの研究所の所長でーす。そう見えない?よく言われるよー」
「はは…そうでしょうね」
連れられて入った広い部屋。ぱっと見だと普通の部屋に見えるけど、座ってるソファーや飾られてる家具をよーく見れば分かる。どれもむちゃくちゃいい物だ…
「さて、じゃあ改めて自己紹介しよっか。私はこの鹿嶋先端科学研究所の所長、十握リリアーヌです。リリーって呼んでね」
「はい、酒寄彩葉です!精一杯なんでもやりますのでよろしくお願いします!」
バッ!っとしっかり頭を下げて挨拶。こういうのは最初が肝心だ。お母さんもよく言ってた
「元気でしっかりしてるね〜、ふふっ旦那から聞いた通りだ」
「旦那さん?……てかあれ?十握って…もしかして」
「そ、ゴールデンウィークで会ったでしょ、
「…え、え〜〜〜」
うっそぉ…
「あの十握さんにこんな若い奥さんが居たなんて…」
確かに結婚してるのは聞いてたけど、まさかその相手が20は歳の離れてそうな美人さんなんて想像もつかなかった
「んっふふ、嬉しいこと言ってくれるね、私これでも旦那と同い年で中3の娘だっているんだよ?」
え…
「え…マ、マジですか?」
「うん、マジ。今年41でーす。ブイブイー」
(…み、見えね〜)
◇◆◇◆
「ふむ、じゃあある程度ここでやってる事については聞いてるんだね」
「はい、見学した時に色々。といっても医療系がメインで他にも新エネルギー開発や物理学なんかを研究してるっていうのと、他の研究所や企業と共同での開発もよくしてる。ってぐらいですけど」
「うん、それで大丈夫。後はまぁ彩葉ちゃんが言ってくれたようにウチのメインである医療系の内容について話そっか。やってもらう仕事もこれ関係だしね」
「はい!お願いします!(やった!どんな事するんだろう!)」
「よし、じゃあまず1つ目は新薬の開発と既存薬の改良だよ。これは年中いつでも研究してるし、彩葉ちゃんにやってもらう仕事のだいたいがこれの記録係だからよろしくお願いね」
記録か…授業のノート取るのとは全然違うだろうし早めに慣れないとだけどその分学べる事も多そう
「2つ目は義肢とそれに合う人工皮膚の開発。半年くらい前に始めたばかりの研究でね、義肢会社との共同だからその内あちらさんと顔合わせもしようね。これもお願いするのは記録係かな。もしかしたらテスターもしてもらうかも」
義肢、そんなのも研究してるんだ…ていうか人工皮膚って
「あのすいません、義肢と合わせて人工皮膚を研究してるって事は一緒に使うんですか?アレって火傷とか怪我した箇所に貼って再生を助ける物じゃ?」
「うん、確かにだいたいはそうだよ。だけど今研究してるのは義肢の上に貼り付けて本物の体みたいにする為の物でね。小さな傷なら自己修復するし、接合面にも相性良いんだ。普通の肌色のシートよりも本物らしくなるしね」
「へ〜、そんな事まで」
「そ・れ・に、人工皮膚は後々他にも使えるからね。良いもの作っといて損はないよ」
「なるほど…」
確かに、そんな人工皮膚があれば活躍間違いなしだろうな
「で、最後なんだけど……これはホントに最近始まったばかりの研究でね。まだ準備段階で本格的に研究し始めるのは義肢が終わってからだから…来年、いや再来年以降かな。それくらい後になるから彩葉ちゃんが関わる機会は殆ど無いかもね」
少なくとも2年後か…確かにそれまでここのバイトしてるかは怪しいかな
「そうなんですね。それで、その最後の研究って何なんですか?」
「………」
「…リリーさん?」
いきなり神妙な顔して黙っちゃった…もしかして守秘義務とかかな?
「ねぇ彩葉ちゃん」
「っ、はい」
「彩葉ちゃんはあの子…拓望の事どう思う?」
拓望兄の事?
「えっと…それってどういう?てゆうかなんでいきなり拓望兄の事を…」
「この研究所は鹿嶋グループの沢山の企業の依頼を受けて研究する事が多々ある。その為に造られた研究所だしね」
「はぁ…」
「だけどそれともう1つ、鹿嶋本家からの要望にも色々応えている」
「本家の…要望?」
「より正確に言えば当主の要望かな。運営元が本家だからその特権って感じ。その内容は企業方のよりも個人的な分その用途も限定的だし、なんならよく分からない物もあった。…拓望の要望は特に」
「拓望兄の?」
なんで拓望兄が、いや、もしかして…
「うん、あの子はもうすぐ18歳、既に家業もいくらか受け継ぎ来年には正式な鹿嶋家の当主となる。これはあの子が本家に帰ってきた頃から決まっていた事らしくてね。だからかは知らないけど拓望が本家に戻って早々にここへの要望権は拓望へと移されたんだ」
なるほど、拓望兄がその権利を使って何かを研究してもらってるのか
本家に戻って早々…私と別れてすぐの頃か
「…それで、その。いったいどんな要望があったんですか?」
用途がよく分からない要望って言ってたけど
「…そうだね〜、いくつかあったけど…………1番変だったのはやっぱ[霹靂]かな」
「[霹靂]?ってあの?」
「そ、仮想空間ツクヨミの人気要素の1つである拡張デバイス。脳波でアバターを動かし触覚を現実と遜色ないレベルで再現する新技術の産物。アレは拓望の要望で開発したんだよね」
「えっ!?あの[霹靂]を!?」
「うん、当時11歳ぐらいの時だったかな。あの子ったら久しぶりにあった私にいきなり作ってほしいって言ってきたんだよー」
そうだったんだ…ここであんな凄いものを拓望兄の要望で。……あれ?ていうか
「久しぶりにって、小さい頃の拓望兄と会ったことあるんですか?」
「うん?…ふふっ、そりゃあね。私の旦那は拓望を生まれた時からお世話してたし、その頃にはもう私は結婚してた。だから自然と関わりは多かったし、私が妊娠してる間とかよく遊んであげたものだよ。なんならおしめだって変えたことあるんだから。あ、あと娘が生まれてからも2人をよく一緒に遊ばせてたしね」
そっか、娘さん中3って言ったけ。拓望兄が京都のお祖父さんの家に来たのが5歳頃だったし2年くらいは一緒に居たんだ
「おっと、話が逸れちゃったね。えっと…あそうそう。[霹靂]はね、実はなんとメイン機能は思念操作じゃなくて触覚の再現機能の方なんだよ」
「…え?」
[霹靂]のメイン機能が触覚再現の方?それってどういう?
「思念操作は私達の方で付けた機能。丁度その頃に研究が完成してたからデータ集めにってね」
「じゃあ拓望兄が作って貰おうとした[霹靂]は触覚再現だけ?なんでそんな物を…」
「さぁね。知ってるのは拓望本人と本家でもほんとに一握りの人達だけじゃないかな。旦那も…多分知らないだろうね」
「そう、なんですね…あの、この話をしたってことは今の最後の研究って」
「…うん、あの子の要望した研究だよ。内容は―」
思わず前のめりになる、いったいどんな研究を…
『所長ー、そろそろ研究再開しますよー。休憩終わりでーす』
「うわ!?」
ビックリした!さっきもこんな事あったよね!?
「あらら、もうそんな時間か。ごめんね彩葉ちゃん話はまた後にしようか」
「あ、はい。ええっと私は…」
「さっそくだけど今から働いてもらいます。内容はさっき言った通り記録ね。着替えとロッカー用意してるから外の子に案内してもらって。私は後から行くからさ」
「…はい、分かりました。失礼します」
もうちょい聞きたかったな、拓望兄がいったい何を研究させてるのか。拓望兄の事詳しく教えてくれる人ってなんだかんだ初めてだし
(ま、また後で教えてもらおっと)
◇◆◇◆
パタリと扉が閉められた後、1人になったリリアーヌは椅子に深く腰掛け息をつく
「………」
「お願いしますリリーさん、どうしても作ってほしい物があるんです」
何年かぶりに再開したかつての拓望の姿を思い出す。あの時自分の記憶の中にあったのは純粋無垢で小さく愛らしい頃の姿だが、11歳になった拓望はその記憶よりもずっと大きくなった体と、その成長した体になお見合わない聡明さを身に着け。揺らぐことのない決意の光を瞳に宿していた
「いったい何処を目指してるのかな、あの子…」
いくら先祖返りとはいえ、一時は20歳にすらならない若さで当主にする事を不安がるものも多くいたらしい。だがそれも年々飛躍する様な早さで成長する拓望を見てその声は自然と消えて無くなったと聞く
「そりゃ凄い子なんだけどさぁ〜」
いくら立派に成長したとはいえまだ未成年の子供である事に変わりはない。旦那はよく心配ないと言ってくれるが、私はどうしても不安になってしまう
「だって何に使うのよ」
拓望にお願いされた最新の研究、それは―
「
何考えてんのかなぁあの子…
「親父、母さん。頼む、俺妹が欲しい」
「ブッ!?!??!?」
「ほお♡」
十握リリアーヌ…
41歳女性、176センチの身長にプロポーション抜群のグラマラス体型。
40過ぎの子持ちだが見た目はどう見ても20代前半の美魔女。
髪は肩口に揃えており色はアッシュグレー
十握健嗣の妻であり、【鹿嶋先端科学研究所】の現所長。