東方天命録~The Final Shape Begins~   作:はならむ

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第十話:イコラ・レイ ①

霊夢は苦笑しながら、ふと眼下へ視線を落とす。枝葉の隙間から、二機のスパローが一瞬だけ見えた。

 

ガーディアン。そしてクロウ。

 

木々の間を縫うように進んでいる。

しかし、それもほんの一瞬。

すぐに枝葉へ隠れ、姿は見えなくなった。

 

「…………」

 

霊夢は眉を寄せる。

連絡を取る手段などない。

あの二人へ声を掛けることもできなければ、今どこを走っているのかも正確には分からない。

確認できるのは、木々の切れ間から時折見えるスパローの機影だけだった。

 

「けど、ちゃんとついて来てる……」

 

霊夢は小さく呟く。魔理沙もちらりと下を見た。

 

「見えてるうちは大丈夫だ。」

「……たぶんな」

 

「その『たぶん』が不安なんだけど」

 

霊夢は再び眼下を見る。

また見えなくなった。

木々が邪魔をして、何も分からない。

その時だった――。

 

ドォンッ!

 

乾いた銃声が森の中から空まで響きく。

霊夢と魔理沙は同時に下を見た。続けて、

 

ドンッ!

 

もう一発。

 

「え、何から撃ってる?」

 

霊夢が目を丸くする。

 

「何してんだあいつら……」

 

魔理沙も目を細めた。

 

 

木々の切れ間からスパローが見えた。

二機とも速度はほとんど落ちていない。

蔦をかわし、枝を避け、そのまま森の奥へ滑るように消えていく。

 

「…………」

 

霊夢は小さく息を吐いた。

 

「とりあえずはちゃんと進めてるみたいね」

 

 

……一方、その頃。

 

魔法の森の中。木々の間を、二機のスパローが風のように駆け抜ける。

車輪を持たない機体は地面から僅か数十センチ浮遊し、張り出した木の根や岩を軽々と飛び越えていく。

風圧で枝葉が揺れ、舞い上がった胞子が白い靄となって森を包み込んだ。

 

ゴーストが静かに周囲を走査する。

 

「胞子濃度上昇――視界良好とは言えません」

「進路を補正します」

 

ガーディアンは黙って頷く。

ガーディアンとクロウは、それぞれのゴーストのナビゲートを、駆使してなおも木々の間を高速で駆け抜けていた。

 

ゴーストが周囲をスキャンする。

 

「前方、進路上に蔦を確認」

 

ガーディアンは腰のハンドキャノンへ手を伸ばす。

 

しかし、その前にクロウが静かに声を掛けた。

 

「ガーディアン、八雲紫の目に留まりたくないのもあるがなにより森の生態系を極力壊したくない」

「必要最低限の障害物だけ破壊するんだ」

 

ガーディアンはクロウを一瞥し軽く頷き、ゴーストも頷く。

 

「了解」

「破壊対象を最小限に限定します」

 

真正面を塞ぐ太い蔦。回避は不可能。ガーディアンはハンドキャノンを抜き、

 

 

ドンッ!!

 

一発。

的確に蔦の付け根だけを撃ち抜いた。

蔦は力なく垂れ下がり、スパロー一台分の隙間が生まれる。

二機はその間を滑るように通過した。

続いて現れた枝は、機体をわずかに傾けて回避する。

 

さらに奥。

避け切れない一本だけが残る。

クロウはホークムーンを抜いた。

 

ズドォッ!

 

正確無比な一発。

枝は進路の外へ落ち、森は再び静寂を取り戻した。

 

「これで十分だ」

 

クロウは銃を収める。グリントが微笑む。

 

「流石はクロウ、お見事です!」

 

ガーディアンは静かに頷き、二機のスパローは速度を落とすことなく、木漏れ日の差し込む魔法の森の奥へと走り去っていった。

 

一方、上空では。

 

「……」

 

森の中に一本の異様な傷跡。

木々が薙ぎ倒され、大地が一直線に抉られている。

巨大な何かが、そのまま地面を引きずられたような痕跡だった。

 

「……止めてくれ」

 

ケイドが静かに呟く。魔理沙はすぐに速度を落とした。

 

「見つけたのか?」

 

「ああ」

 

ケイドは傷跡の先を指差す。

 

「この跡を追ってくれ」

 

三人はその軌跡を辿るように飛んでいく。

やがて、森がぽっかりと開けた場所へ差しかかった。

一筋の白煙が静かに立ち昇っている。

その中心には、一隻の黒色の鋭角的な機体が横たわっていた。

船体には無数の擦過痕。

片翼は大きく損傷している。

それでも、その流線型の姿は原形を保っていた。

ケイドは目を細める。

 

「……間違いねぇ」

「イコラのジャンプシップだな」

 

霊夢は眼下の機体を見つめた。

 

「……あれがあんたの仲間が乗ってきた船」

 

「そうだ」

 

ケイドは短く答える。

 

「派手に墜ちたみたいだが、完全に壊れちゃいない」

 

魔理沙も息を呑んだ。

 

「あんな重そうな船が、ここまで地面を抉ったのか……」

 

「墜落だからな」

「この程度で済んだなら運がいい方だ」

 

そう言うと、ケイドは左腕の通信機へ触れた。

 

「ガーディアン、クロウ、聞こえるか」

 

一瞬のノイズ。すぐにゴーストの声が返ってくる。

 

『聞こえています』

 

『ケイド、どうなさいました?』

 

ゴースト、グリントから声が聞こえる。その様子を見ていた霊夢と魔理沙は思わず顔を見合わせた。

 

「……え?」

 

「誰と話してるんだ?」

 

姿の見えない相手と、ごく自然に会話を続けるケイド。

二人には、それが理解できなかった。

ケイドは煙を上げる機体を見据えたまま答える。

 

「イコラのジャンプシップを発見した」

「今、墜落地点の上空だ」

 

森の中からクロウの声が返る。

 

『了解、こちらも直ちに向かう』

 

霊夢は目を丸くした。

 

「離れた場所にいる相手と話してるの……?」

 

魔理沙も驚きを隠せない。

 

「姿も見えねぇのに……」

 

ケイドは自慢げに笑った。

 

「通信って連絡手段だ。俺たちには普通のことさ」

 

その時だった。ゴーストの青い菱形の瞳が一際強く輝く。

 

『……待ってください。』

『ジャンプシップを基準に広域スキャンを開始します』

 

数秒の静寂。そして。

 

『生命反応を検知――』

 

ケイドがすぐに尋ねる。

 

「誰だ?」

 

『照合中…………一致しました。』

『イコラの生命反応を確認』

『ジャンプシップからさらに先、約百メートル先で停止』

『生命反応は安定しています』

 

クロウも通信越しに安堵したような声を漏らした。

 

『彼女は無事なんだな』

 

『はい。生命に危険はありません』

 

ケイドはフードを深く被り直し、小さく笑う。

 

「よし。生きてたか」

 

森の中では、ガーディアンが静かに親指を立てた。

  

その一方で霊夢と魔理沙は言葉を失っていた。

 

「……」

 

「……」

 

魔理沙がようやく口を開く。

 

「今度は……人まで探したのか?」

 

ケイドは「ああっ」と答える。

 

「ゴーストの得意分野だ。ナビゲート、ハッキング、広域索敵、更には暗い場所まで照らしてくれて何より話相手にもなれる。最高のパートナーだ」

 

霊夢は煙を上げるジャンプシップと、小さく光るゴーストを交互に見つめた。

 

「離れた相手と話せて……」

「人がどこにいるかまで分かる……」

 

魔理沙も苦笑する。

 

「外の世界って、本当に何でもありなんだな……」

 

 

「いや、俺たちの世界じゃこれが当たり前なんだ。寧ろないと詰んでる」

 

霊夢は煙を上げるジャンプシップを見つめながら尋ねた。

 

「ねえ」

「あの船って、どこまで飛べるの?」

 

ケイドは少し首を傾げた。

 

「どこまで?」

「そうだなぁ……」 

 

少し考えた後、当たり前のように答える。

 

「惑星と惑星の間くらいなら余裕だぞ」

 

 「…………は?」

 「…………え?」

 

霊夢と魔理沙の思考が止まる。数秒の沈黙。

魔理沙がゆっくりと聞き返した。

 

「……惑星?」

「星って、夜空に浮かんでるあの星か?」

 

「それだ」

 

ケイドはあっさり頷く。

 

「地球から月、火星、金星、水星、太陽は流石に無理だがな」

「あと木星、土星、天王星、海王星、冥王星」

「もっと遠い星系だってその気になれば行ける」

「もっとも、燃料補給は必要だけどな」

 

魔理沙は口を半開きにしたまま固まる。

 

「…………」

 

霊夢も目を瞬かせる。

 

「……本気で言ってるの?」

 

「もちろん」

 

ケイドは笑った。

 

「俺たちはそうやって宇宙を飛び回ってきた、それかあの船だ」

 

魔理沙は震える指でジャンプシップを指差した。

「じゃあ……」

「あれ一隻で月どころか、もっと遠くまで行けるってことか?」

 

「行ける。むしろ月なんて散歩に行く距離だ」

 

「…………」

「…………」

 

霊夢と魔理沙は再び黙り込む。

やがて魔理沙がぽつりと呟いた。

 

「外の世界って……」

「もう意味分かんねぇ」

 

ケイドは帽子を被り直しながら笑う。

 

「ははっ!そういう反応になるよな」

 

少し考え込んだ後、魔理沙は何気なく続けた。

 

「まあ、あたしら月よりも少し奥には行ったことあるしな」

 

……ケイドの思考が止まった。

 

「ん?」

 

聞き間違いかと思い、ゆっくりと魔理沙を見る。

魔理沙は当然と言わんばかりの表情だった。

霊夢も何でもないことのように頷く。

 

「月にも行ったことあるわ」

 

ケイドは光るレンズの目を瞬かせる。

 

「ちょっと待て……どうやってだ?」

 

「このまま飛んで何回か」

 

「つまり、その……生身でか?」

 

「ええっ」

 

しばし沈黙。風だけが三人の間を吹き抜ける。

ケイドは霊夢と魔理沙の顔を交互に見た。

 

「……この世界どうなってんだ」

 

魔理沙が首を傾げる。

 

「そんな驚くことか?」

 

「いや当たり前だろ!」

 

ケイドは思わず声を上げた。

 

「月なんて普通、宇宙船で行くもんだぞ!」

 

霊夢はあっさりと言う。

 

「私たちは飛んで行っただけよ」

 

「飛んで?」

 

「箒とか、自分で」

 

「…………」

 

ケイドは再び黙り込む。数秒後、大きく息を吐いた。

 

「なるほど」

「俺たちは科学で宇宙へ行く」

「お前たちはその魔法とかなんとかで宇宙へ行く」

「そういう世界ってことか」

 

霊夢は肩をすくめた。

 

「そういうことね」

 

ケイドは珍しく苦笑いを浮かべる。

 

「ははっ」

「いやぁ……なんというか」

「外の世界がどうこう言う前に、幻想郷もお前らも十分ぶっ飛んでるじゃねぇか」

 

魔理沙はニヤリと笑った。

 

「今さら気付いたのか?」

「歓迎するぜ」

「幻想郷へようこそ」

 

ケイドは肩を竦めながら笑い返した。

 

「なるほど……」

「嫌いじゃねぇよ、そういうの!」

 

そう言うと再び真剣な表情へ戻し、煙を上げるジャンプシップへ視線を向けた。

 

ケイドは煙を上げるジャンプシップへ目を向けると、不意に魔理沙に目を向けた

 

「それと魔理沙?」

 

「ん?」

 

「ありがとな。ここまで運んでくれて」

 

魔理沙は照れくさそうに笑う。

 

「……何言ってんだお前、まああたしは心の広いオンナだし――」

 

――するとケイド。

 

「おう」

「じゃ――」

「俺、行くわ」

 

「…………え?」

 

魔理沙が聞き返した、その瞬間だった。

 ケイドは躊躇なく箒の柄から手を離した。

 

 

 

「イイイィィィィヤァァァッッホォォォォォ――――!!!!」

 

 

 

一直線に地面へ向かって落下していく。

一瞬、世界から音が消えた。霊夢と魔理沙は呆然とその姿を見つめる。

 

「…………」

「…………」

 

そして時は動き出したかのように。

 

 

 

「「はああああああああああああ!!!!!!???」」

 

 

 

魔理沙は反射的に箒を急降下させた。

 

「お、おい!!」

「何やってんだお前ぇぇぇ!!」

 

霊夢も慌てて彼女の後を追う。

 

「ちょっと! 死ぬわよ!!」

 

二人は必死にケイドへ追いつこうと高度を下げる。

だが、ケイドは笑ったままだった。

地面まであと数メートル、その瞬間。

 

「そらよっと」

 

シュンッ。

 

空中で身体がふわりと跳ねる。一度だけ。

ハンター特有の機動で落下速度を殺し、そのまま身体を前へ流す。

 

ザッ――。

 

両足で柔らかく着地。

勢いを前転で逃がすと、何事もなかったように立ち上がる。

フードを被り直し、小さく笑った。

 

「やっぱハンターはこれができるから楽だよなあ」

 

「は!!?」

 

その光景を見た魔理沙は、思わず操縦が遅れた。

 

「しまっ――!」

 

ドスンッ!

 

箒は着地したものの勢いを殺しきれず、

 

「うわぁっ!」

 

ゴロゴロゴロゴロッ!!

 

魔理沙は地面を何度も転がり、土煙を巻き上げながらようやく止まった。霊夢は少し遅れて静かに着地する。

 

「大丈夫魔理沙!」

 

「いててて……」

 

魔理沙は帽子を押さえながら、ふらふらと立ち上がった。

その長い金髪には枯れ葉が絡まり、服も土まみれだ。

そのままケイドの前までザッザッと歩いていく。

ケイドは少し申し訳なさそうに笑う。

 

「……で、魔理沙」

「お前、大丈夫か?」

 

魔理沙は俯いたまま肩を震わせる。ゆっくりと顔を上げた。

 

「お前……」

「一回しばいたろか!!」

 

「あー悪かった悪かった!」

 

ケイドは慌てて両手を上げる。

 

「ちゃんと着地できるから!」

 

「だったら最初に言えぇぇぇっ!!」

 

魔理沙の怒鳴り声が森中に響き渡る。霊夢はケイドをじっと見つめた。

 

「……にしても、ちょっと待って」

「さっき、何が起きたの?」

「確かに飛び降りたわよね?」

「なのに地面にぶつかる直前、一瞬だけ身体が浮いたように見えたんだけど」

 

魔理沙も勢いよく頷く。

 

「そうそう!」

「落ちる速度が急に変わったぞ!」

 

ケイドは腕組みをして、いつもの調子で答えた。

 

「ハンター特有のジャンプさ」

「空中でもう一回跳べるんだ」

 

「……は?」

 

霊夢と魔理沙の声がぴたりと重なる。

 

「空中で……跳ぶ?」

 

「そうだ、俺達ハンターの移動手段の一つさ」

 

ケイドは当たり前のように頷いた。

 

「慣れると便利なんだぜ」

 

魔理沙はしばらく黙っていた。そして、深く息を吸い込む。

 

「お前…………」

「その能力があるなら」

 

一歩近づき、ケイドを指差した。

 

「最初に言えぇぇぇぇぇ!!」

 

ケイドは頭をかきながら苦笑した。

 

「いやぁ……」

「驚かせたかったもんで」

「『能ある鷹は爪を隠す』っつうだろ?」

 

「「余計たち悪いわ!!」」

 

霊夢と魔理沙のツッコミが、見事に重なった。

 

「お、あいつらも今到着か――」

 

森の静寂を切り裂くように、低い駆動音が近付いてくる。

 

――ヴゥゥゥゥン……。

 

二機のスパローが木々の間を縫うように飛び抜け、そのまま墜落地点へ滑り込んだ。

砂埃を巻き上げながら静かに停止すると、ガーディアンとクロウが同時に機体から降り立つ。

ゴーストとグリントも、それぞれ主人の肩口へふわりと浮かんだ。

クロウはケイドの姿を見つけると、小さく安堵の息を吐く。

 

「……無事だったか」

 

「見ての通り」

 

ケイドはいつもの調子で笑った。

 

「ピンピンしてるぜ」

 

クロウの視線が横へ移る。そこには、服も帽子も土まみれになった魔理沙。さらに、呆れ顔の霊夢。

 

「……………」

 

そして、ほとんど汚れていないケイド。

 

「……何があった?」

 

魔理沙は待ってましたと言わんばかりにケイドを指差した。

 

「聞いてくれ!」

「こいつ、あたしの箒に飛び移ったと思ったら、今度はいきなり飛び降りやがったんだ!そして助けようとしたらこのザマさ」

 

霊夢も肩をすくめる。

 

「本当に心臓が止まるかと思ったわ。」

 

クロウは静かに目を閉じた。

 

「はあ……なるほど」

 

短く呟くと、二人へ向き直る。そして、深々と頭を下げた。

 

「……すまない。ケイドが二人に迷惑を掛けた」

「仲間として心から謝る」

 

魔理沙は目を丸くする。

 

「え?いや、あんたは悪くないだろ?」

 

霊夢も慌てて言う。

 

「そ、そうよ!」

「謝るべきなのは本人でしょ」

 

しかしクロウは首を横に振った。

 

「それでもだ。仲間が迷惑を掛けた以上、私達にも責任がある」

「本当に、申し訳ない――」

 

その真っ直ぐな謝罪に、魔理沙は頭をかいた。

 

「……そこまでされると、逆にこっちが困るぜ」

 

ケイドは苦笑しながらクロウの肩を軽く叩く。

 

「おいおい」

「そこまでしなくても――」

 

クロウはケイドを真っ直ぐ見つめた。

 

「お前が謝らないから代わりに私が謝るんだ」

 

「………………」

 

「私はこの世界に来てまで余計な面倒事を起こしたくない、ただそれだけだ!」

 

一瞬、その場が静まり返る。ケイドは「参ったな」と言わんばかりに額の青い金属の角を掻いた。

 

「いや、その……悪かったよっ」

「魔理沙、霊夢」

「驚かせちまったな」

 

魔理沙は腕を組みながら鼻を鳴らす。

 

「次からは先に言え」

「じゃないと本当に顔面ぶん殴るぞ」

 

「ああ、了解」

 

ケイドは素直に両手を上げた。それを見届けると、クロウは大きく息を吐く。

 

「ケイド、新しい世界に来てはしゃぎたくなる気持ちは分からんでもない。だが――」

「我々は今、八雲紫の監視対象であることを忘れるな」

「にも関わらず、魔理沙の箒に飛び移っただけで飽きたらず」

「迷惑を掛けまくった挙げ句に」

「最後は飛び降りただと……?」

 

額に手を当てる。

 

「……はぁ」

「お前、確実に彼女に目をつけられてるぞ」

 

霊夢は思わず苦笑した。

 

「それは私も同感だわ」

 

魔理沙も頷く。

 

「あとで紫に何言われても知らねえからな」

 

だが当のケイドは、まったく動じない。寧ろ、口元に笑みを浮かべる。

 

「心配すんなって!」

「あの管理者様が本気なら、今頃とっくに行動を起こしてるさ」

 

煙を上げるジャンプシップへ視線を向けながら続ける。

 

「何もしてこないってことは――」

肩をすくめた。

 

「そういうことだ」

 

クロウは諦めたように笑う。

 

「……その楽観的なところだけは、本当に昔から変わらないな」

 

そして隣でガーディアンは静かに親指を立てていた。

  

ゴーストがぽつりと呟いた。

 

「その前向きさだけは、少し見習うべきなのかもしれませんね」

 

ケイドは笑って親指を返した。

 

「だろ?人生は楽しくいかないとなっ!」

 

その一言に、場の空気が少しだけ和らぐ。

しかし次の瞬間、全員の視線は白い煙を上げるジャンプシップへ向けられた。

 

「では行きましょう、イコラが待っています」

 

煙を上げるジャンプシップを目指し、一行は静かに歩き始めた。

森の中は不思議なほど静かだった。

鳥のさえずりだけが、木々の間を流れていく。

霊夢、魔理沙、ガーディアン、クロウ。

皆が同じ歩調で進む中、一人だけ足取りの重い男がいた。

 

「…………………」

 

ケイドだった。

 

先ほどまで魔理沙と騒ぎ、笑っていた男とはまるで別人のように俯いて歩いている。

 

気が付けば、皆との距離は二歩、三歩と開いていた。

クロウは歩みを止め、後ろを振り返る。

 

「……どうした、ケイド?」

 

ケイドは苦笑しながらフードに手を添えた。

 

「いや――」

「ちょっとな」

 

クロウは静かに待つ。やがてケイドは大きく息を吐いた。

 

「イコラには……」

 

言葉が詰まる。

 

「正直言うと会わす顔がねえ」

 

魔理沙が振り返る。

 

「あんた達の事情は知らないけど、そんなに怒られるようなことしたのか?」

 

ケイドは自嘲するように笑った。

 

「怒られる理由なら山ほどあるさ」

「命令無視。」

「勝手な単独行動」

「余計な騒ぎ」

「始末書なら百枚じゃ済まねぇ」

 

……少しだけ笑う。だが、その笑みはすぐ消えた。

 

「でも、一番気にしてるのはそこじゃねえ」

 

静かに前を見つめる。

 

「俺はあの時……『イコラに必ず戻ってくる』って約束した」

 

森に沈黙が落ちる。

 

ケイドはゆっくりと言葉を続けた。

 

「なのに俺は約束を破っちまった」

「……だから今さら、どんな顔して会えばいいのか分からなくてな」

 

誰も何も言わない。

クロウだけが静かにケイドを見つめていた。

やがてケイドは頭を掻き、小さく笑う。

 

「……悪い」

「すまんがお前らだけで先に行っててくれ」

「俺はあとから行く」

 

そう言って立ち止まる。クロウはしばらく黙っていた。

 

「……逃げるつもりか?」

 

ケイドは首を横に振る。

 

「まさか」

「逃げたところで、いずれ会うんだ――」

 

苦笑する。

 

「ただ……」

「ほんの少しだけ」

「覚悟を決める時間が欲しい」

 

その声に、いつもの軽さはなかった。クロウはゆっくりと頷く。

 

「……分かった」

「でも待たせるなよ」

 

ケイドは目を閉じ、小さく笑う。

 

「ああ、分かってる」

 

クロウはそれ以上何も言わず、踵を返した。ガーディアンへ視線を送る。

 

「行こう」

 

――ガーディアンは静かに頷く。

  

ゴーストも何も言わなかった。

 

霊夢は立ち止まり、少しだけケイドを見つめる。

何か声を掛けようか迷った。

だが、その迷いを振り払うように小さく息を吐く。

 

今必要なのは励ましではない。

自分の足で一歩を踏み出す時間なのだと感じた。

 

「……行きましょう」

 

霊夢の言葉に、一同は再び歩き始める。足音が少しずつ遠ざかっていく。

 

ゴーストはケイドを一瞥すると、すぐに前を向く。

 

「イコラの信号はまだ途切れていません」

「こちらです」

 

一行はゴーストの案内に従い、魔法の森の奥へと歩き始めた。

湿った土を踏みしめる音だけが静かな森へ響く。

巨大な茸が幾重にも生え、木漏れ日が薄暗い森をまだらに照らしていた。

 

霊夢は辺りを見回しながら呟く。

 

「こんな森の奥に一人で……。」

 

魔理沙も腕を組む。

 

「普通ならとっくに迷っててもおかしくねぇぞ。」

 

ゴーストは首を横に振った。

 

「イコラですから」

「それに彼女のゴースト、オフィウクスと既に連絡を取ってます」

「もう近いです」

 

ガーディアンとクロウは自然と歩調を速める。

しばらく進むと、不意に木々が途切れ、小さな空き地へ出た。

 

そして、その中央。

 

「あれは――」

 

一人の女性が立っていた。こちらへ背を向けたまま微動だにしない。

両手を静かに組み、深く息を整えながら瞑想しているようだった。

森を吹き抜ける風が、紫を基調としたローブをゆっくりと揺らす。

ゴーストはその姿を見た瞬間、声を弾ませた。

 

「彼女です!」

「イコラです!」

 

ガーディアンは思わず駆け出した。クロウも後に続く。

 

「イコラ!」

 

ゴーストの呼び掛けに、女性の肩がわずかに動く。

 

ゆっくりと。

 

本当にゆっくりと振り返った。

 

褐色の肌に陽光を受けて淡く輝く坊主頭。

鋭い眼差しは長年戦場を生き抜いた者だけが持つ静かな威厳を宿しながらも、その奥には仲間を見つけた安堵がかすかに滲んでいた。

派手な装いではない。

だが、そこに立っているだけで自然と周囲の空気が引き締まる。

歴戦のウォーロック。

そして最後の都市を支え続けてきたウォーロック・バンガード。

 

 

――彼女の名はイコラ・レイ。

 

 

霊夢は思わず息を呑む。

 

「……この人が」

 

魔理沙も小さく目を見開く。

 

「こいつらの仲間の……」

 

イコラは静かにガーディアンを見つめた。

 

「来たわね」

 

穏やかな、しかし芯のある声が森へ響く。

 

「ガーディアン」

 

続いて視線をクロウへ向ける。

 

「そして、クロウ――」

 

クロウは張り詰めていた肩の力を少しだけ抜き、小さく微笑んだ。

 

「……イコラ」

 

イコラも小さく頷く。

 

「二人とも無事でよかった」

 

短い言葉だった。

だが、その一言だけで、ガーディアンもクロウも、自分たちがようやく仲間のもとへ辿り着いたのだと実感するのだった。

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