東方天命録~The Final Shape Begins~   作:はならむ

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第十二話:イコラ・レイ ③

イコラが目撃者についての仮説を語り終えると、魔法の森にはしばし重苦しい沈黙が降りた。

 

トラベラーの内部へ侵入した目撃者。

 

光と暗黒。

 

宇宙そのものを己が望む形へ固定する『最終形態』。

 

そして、ガーディアンたちを遠ざける囮であると同時に、目撃者自身の目的のために開かれた可能性がある幻想郷への扉。

あまりにも規模の大きな話に、霊夢も魔理沙もすぐには言葉を返せなかった。

 

そんな中――。

 

「…………」

 

ふと、イコラが辺りを見渡し始めた。

右へ。

左へ。

そして、自分たちが通ってきた森の奥へ。

何かを探すように視線を巡らせている。

その様子に気づいたゴーストが、ふわりと彼女のそばへ寄った。

 

「どうしました、イコラ?」

 

「……さっきから感じているんだけど」

 

イコラは周囲を警戒するように目を細めた。

 

「もしかして、他に誰かいるの?ザヴァラではないのは確かだけど」

 

「…………」

 

クロウの表情が変わった。

視線を僅かに逸らす。

 

どう説明すべきか迷っている――そんな顔だった。

 

「そのことなんだが、実はケイ――」

 

――その時だった。

 

 

「ここにいるよ」

 

 

イコラが思わず息を呑んだ。

彼女の背後から聞こえてきた声。

その声を――。

 

イコラが聞き間違えるはずがなかった。

 

「…………」

 

ゆっくりと。

恐る恐る。

イコラが振り返る。

木々の隙間から差し込む僅かな光の中に、一人の男が立っていた。

 

肩から垂れる、見覚えのあるハンタークローク。

使い込まれた装備。

そしてフードの奥から覗く、人間とは異なる機械仕掛けの顔。

青白く輝く瞳。

その姿を。

その顔を。

イコラは知っている。

知らないはずがない。

 

だが――。

 

そこにいるはずがなかった。

もう二度と。

会えるはずがなかった。

死んだはずの男。

ケイド6が――。

今、彼女の目の前に立っていた。

 

「酷いな、俺を忘れるなんて」

 

ケイドはいつもの調子で肩をすくめた。

 

「…………」

 

「まあ状況が状況だけに理解できないのは当たり前だ」

 

軽口を叩きながら、両手を軽く広げる。

 

「青司令官も許してくれるさ」

 

そして――。

 

「なあ、イコラ?」

 

「…………」

 

返事はなかった。

 

イコラは目を見開いたまま、ただケイドを見つめていた。

その異変は、事情を知らない霊夢と魔理沙にすら分かった。

先ほどまでの彼女とは、まるで違う。

幻想郷という未知の世界へ迷い込んだと知っても。

妖怪や神といった存在について聞かされても。

ザヴァラの行方が分からないと知っても。

目撃者がトラベラーを侵食している可能性を突きつけられても。

イコラは冷静だった。

常に状況を分析し、必要な情報を整理し、次に何をすべきかを考えていた。

 

その彼女が――今は明らかに動揺していた。

 

「……ありえない……」

 

掠れた声が漏れる。

 

「…………」

「こんなの……」

 

イコラが僅かに後ずさった。

 

「ありえない……!!」

「…………」

 

ケイドから笑みが消えた。

 

「目撃者が私達の精神を覗き込み……」

 

イコラの声が震える。

 

「記憶を呼び起こすのは……まだ耐えられる……」

 

目撃者は心を覗く。

忘れたい過去を。

失った者を。

後悔を。

罪を。

最も触れられたくない記憶を掘り起こし、本人へ突きつける。

それなら理解できる。

どれほど辛くとも、それが過去の幻影だと分かっているのなら耐えられる。

だが――。

これは違う。

目の前の存在は、あまりにも鮮明だった。

声も。

姿も。

仕草も。

くだらない軽口まで。

何もかもが――ケイドそのものだった。

 

「けどこれはぁ…………!!!」

 

言葉にならない。

イコラは拳を握り締めた。

今にも泣き出しそうなほど顔を歪めながら、それでも必死に感情を抑え込もうとしている。

 

 

そんな彼女を前に、ケイドは静かに口を開いた。

 

「なあイコラ、俺を見てくれ」

 

「……見えてるわ!」

 

鋭い声が森に響いた。

霊夢が僅かに肩を震わせる。

魔理沙も驚いたように目を見開いた。

 

「見えてる……!」

 

イコラの声が震える。

ケイドは何も言わず、その言葉を受け止める。

 

「お前が辛いのはよく分かる、俺だって――!」

 

「辛い!?」

 

その瞬間。イコラの中で張り詰めていた何かが、弾けた。

 

「あなたに一体何が分かるっていうの!?」

 

「…………」

 

「あなたはいつだってザヴァラや私に責任を全て押し付けて、無法者気取りで走り回っていた……!」

 

怒り。

悲しみ。

後悔。

ずっと言えなかった言葉が、次々と溢れ出していく。

 

ケイドは言い返さなかった。

 

「…………」

 

ただ黙って、イコラの言葉を受け止めている。

 

「私達は……」

 

イコラの声が掠れた。

 

「私達は……!」

 

その瞳が潤む。

 

「チームだったのに……!!」

 

「…………」

 

静寂。

森の木々が風に揺れる音だけが聞こえる。

霊夢と魔理沙は何も言えなかった。

二人の間に何があったのか。

どれほど長い時間を共に過ごしたのか。

何が原因で別れることになったのか。

何も知らない。

 

それでも。

イコラの表情を見れば、一つだけ分かる。

 

――大切だったのだ。

 

目の前にいる男が。

ケイドという仲間が。

失ったことを今も受け入れきれないほどに。

 

「…………」

 

ケイドが歩き出した。

一歩。

また一歩。

イコラを刺激しないように。

今にも泣き出しそうな彼女を宥めるように、ゆっくりと近づいていく。

 

イコラは逃げなかった。

 

やがて――。

 

二人の距離がなくなった。

 

「…………」

 

しばらく、互いに見つめ合う。

 

そして。

 

「そうだな」

 

ケイドが静かに言った。

冗談ではない。

いつもの軽口でもない。

ただ真っ直ぐに。

 

「だから――その」

 

イコラの瞳を見つめる。

 

「埋め合わせはするさ」

 

「…………」

 

イコラの瞳が揺れた。

すぐには答えなかった。

ケイドの言葉を確かめるように、その顔をじっと見つめる。

やがて。 

 

「…………」

 

こくっ。

小さく頷いた。

荒れていた呼吸が、少しずつ落ち着いていく。

 

「分かった」

 

まだ声には僅かな震えが残っていた。

 

「ならちゃんと――」

 

イコラはケイドから目を逸らさない。

 

「埋め合わせしてもらうから――」

 

「…………」

 

次の瞬間。

どちらからともなく。

二人は互いへ腕を伸ばした。

そして――。

強く抱き合った。

 

「…………」

 

イコラの両腕がケイドの背中へ回る。

触れる。

硬いエクソの装甲。

使い込まれた装備。

腕から返ってくる、確かな感触。

幻ではない。

目撃者が見せた記憶でもない。

 

今。確かにここにいる。

もう二度と会えないと思っていた仲間が自分の腕の中にいる。

 

「…………」

 

イコラの腕に力が入った。

ケイドもまた、彼女を強く抱き締め返す。

いつもの軽口はなかった。

茶化すこともなかった。

ただ、互いの存在を確かめるように抱き合っていた。

 

その時――。

 

「…………」

 

イコラの瞳から。

一筋の涙が、静かにこぼれた。

頬を伝う。 声を上げて泣くことはない。

嗚咽を漏らすこともない。

ただ一筋。

ずっと押し込めてきた感情が溢れ出したように。

静かに涙が流れた。

 

霊夢は何も言わなかった。

魔理沙も。

クロウも。

ガーディアンも。

ゴーストも。

 

今だけは。

誰も二人の間に入ろうとはしなかった。

どれほど、そうしていただろう。

やがて。

ケイドが小さく口を開いた。

 

「よかったな」

 

「…………」

 

イコラはケイドを抱き締めたまま。

涙の跡を頬に残しながら答えた。

 

「寝ぼけたことをいうのは、埋め合わせをしてからにして」

 

「…………」

 

ケイドは一瞬だけ黙り。

やがて、どこか嬉しそうに答えた。

 

「はいよ」

 

「…………」

 

それを少し離れたところから見ていた魔理沙が、そっとゴーストへ顔を寄せた。

 

「……なあ」

 

「はい?」

 

 魔理沙は二人へ視線を向けたまま、小声で尋ねる。

 

「……あの二人に何かあったのか?」

 

「…………」

 

ゴーストはすぐには答えなかった。

イコラとケイドを見つめ。

少しだけシェルを傾ける。

 

「まあ……」

 

ほんの僅かに間を置いて。

 

「色々と――」

 

「…………」

 

魔理沙も二人を見る。

そして。

 

「……そっか」

 

それ以上は聞かなかった。

今は、それだけで十分だった。

一度は永遠に失われたはずの仲間。

別れの言葉すら満足に交わせなかった二人。

 

イコラ・レイとケイド6は――。

故郷から遠く離れた幻想郷の地で。

び、互いの存在を確かめ合った。

それは誰一人として予想していなかった――。

運命の再会だった。

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