東方天命録~The Final Shape Begins~ 作:はならむ
――魔法の森、ジャンプシップ墜落地点。
夕暮れが近づきつつある魔法の森。
木々の隙間から差し込む西日が、森の中に横たわる異物を照らしていた。
イコラ・レイのジャンプシップ。
本来なら星々の間を駆けるはずの宇宙船は、今や見る影もない。船体には墜落時についた無数の傷が走り、片翼の一部は大きくひしゃげている。周囲には抉られた地面と折れた木々が続き、その衝撃の凄まじさを物語っていた。
その傍らで、イコラは開いた整備用パネルを覗き込んでいた。
「…………」
内部を走る配線へ手を伸ばし、端末を接続する。
何度か操作すると、弱々しい電子音と共に表示が浮かび上がった。
霊夢と魔理沙は、その様子を少し離れた場所から眺めている。
「大丈夫なのか?」
待ちきれなくなった魔理沙が尋ねた。
「…………良くはないわね」
イコラは端末から視線を上げなかった。
「墜落時に複数のシステムが損傷している。推進機関にも異常があるし、姿勢制御系も一部が死んでる」
「つまり?」
「このままでは飛ばせないわ」
「そうか……」
魔理沙が頭を掻く。
傍ではケイドが船体の傷を眺めながら口笛を吹いていた。
「派手にやったなぁ」
「好きで墜落したわけじゃないわよ」
「分かってるって」
イコラが睨むと、ケイドは肩をすくめた。
クロウが船体へ近づく。
「修理はできそうか?」
「不可能ではないと思う。ただ……」
イコラが端末を操作する。
表示された診断結果を確認した彼女の表情がわずかに曇った。
「交換が必要な部品がいくつもある。手持ちの物資だけでは足りないわ」
「だったら――」
霊夢が口を挟んだ。
「その必要な物は河童に頼る?」
「河童?」
イコラが振り返る。
「幻想郷には機械弄りが得意な妖怪連中がいるのよ。あんた達の世界ほどじゃないでしょうけど、頼めば何か作ってくれるかもしれないわ」
「確かにそうじゃん!」
魔理沙も頷く。
「にとりなら喜んで飛んでくるぜ。こんなもん見せたら目の色変えるだろうけどな」
「どうする?よければあたしが事情を話してくるけど?」
イコラは返事をしなかった。
代わりに、目の前のジャンプシップを見上げる。
やがて静かに口を開いた。
「……いえ。やめておくわ」
「え?」
霊夢が眉を上げた。
「どうしてよ?」
「仮に必要な部品が揃ってこの船を直せたとしても、それだけでは意味がないからよ」
「意味がない?」
イコラの視線がゴーストへ向く。
「ゴースト。あなたが先ほど言っていた『時間軸が異常を起こしている』。
これがもし正しいのなら、私達がここへ来る際に通過したあの扉……今も安全に通れる保証はないのでしょう?」
宙に浮いていたゴーストが頷いた。
「確かに。アハンカーラ作戦はクロウとマラの兄妹の繋がりを頼りに突入しましたが、やはりベイルの扉自体が不安定であることには間違いありません」
霊夢が怪訝そうな顔をする。
「でも、あんた達はそこを通ってきたんでしょ?」
「通ってきたことと、もう一度安全に通れることは別問題です。そもそもその突入自体が賭けでしたから」
ゴーストの声が少しだけ低くなる。
「あの空間は、私たちの知っている通常の航路とはまったく違いました。再び突入したとして……元の場所へ戻れるのか。それどころか無事に抜けられるのかも保証できません」
「…………」
霊夢と魔理沙が顔を見合わせた。
イコラが続ける。
「この船は宇宙空間を航行するためのものよ。世界そのものを越えるために作られた船じゃない」
「じゃあ……」
魔理沙がジャンプシップを指差した。
「これを直しても帰れないのか?」
「少なくとも、今すぐにはね」
「…………マジか」
先ほどまで軽かった魔理沙の声が沈んだ。
その言葉が意味することは単純だった。
彼らには――帰る手段がない。
しばし、森の中を風が吹き抜ける。
揺れる木々の音だけが辺りに響いた。
だが、イコラはそれだけを理由に修理を断念したわけではなかった。
「それに――」
「?」
イコラが周囲を見回す。
木々。
空。
そして誰もいない森の奥。
「ゴーストが話していた……その、八雲紫という人物」
「彼女は、この幻想郷を管理する立場にあるのよね?」
「ええ、一応――」
霊夢が頷いた。
「…………」
イコラはもう一度、何もない森へ視線を向けた。
「なら、おそらく今も私達を監視しているハズ」
「…………」
ケイドだけが辺りを見回す。
「そういやあの管理者さんってなんか変な空間から俺達のところに来てたけど、ありゃなんだ?」
「変な空間?」
「ほら」
ケイドが両手を前へ出し、何かを左右へ引き裂くような仕草をする。
「空中にこう……目ん玉みたいのがうじゃうじゃいてバカッと穴が開いて、そこから出てきたやつ」
「ああ、スキマね」
「スキマ?」
「紫の能力よ」
霊夢は何でもないことのように答えた。
「紫は『境界を操る程度の能力』の持ち主って教えたわよね。あれを使っていろんな場所を行き来できるわ。おそらくはそこから幻想郷の全体を動かず見ることも――」
「境界……」
クロウが小さく呟く。
一方、イコラは先ほど目にした現象を思い返していた。
空間の裂け目。
離れた地点への移動。
原理こそ不明だが、似たような現象そのものには覚えがある。
「……ワープの一種かしら」
霊夢が首を傾げた。
「わ、わーぷ?」
「空間をねじ曲げたりして離れた場所へ、通常の移動を介さず移動する方法よ」
イコラは説明する。
「私達の世界にも似たような技術や現象は存在する。もちろん、原理はまったく違うでしょうけど」
「ふぅん」
霊夢は興味があるのかないのか分からない返事をした。
「まあ、似たようなものなんじゃない?」
「ずいぶん適当だな」
ケイドが笑う。
「しょうがないでしょ。私の能力じゃないんだから」
霊夢は腕を組んだ。
「詳しく知りたいなら、今度紫本人に聞きなさいよ」
「いやぁ……」
ケイドは紫が消えた場所を見る。
「素直に教えてくれるタイプには見えなかったけどな」
「そこは同感」
「お前が言うのかよ」
「あいつ、やることなすこと胡散臭いから好きじゃないのよ」
その横で、イコラはまだ考えていた。
単純なワープ能力。そう仮定するなら、当然次の疑問が生まれる。
「霊夢」
「ん?」
「そのスキマというものは、どれほど離れた場所まで繋げられるの?」
「どれくらいって……」
霊夢は少し考えた。
「幻想郷の中なら、大抵どこでも行けるんじゃない?」
「距離は関係ない?」
「少なくとも、紫が幻想郷の端から端まで移動するのに困ってるところなんて見たことないわね」
「なるほど――」
イコラが頷く。それなら相当な性能だ
「それを踏まえて言うけど彼女から見れば、私達は正体不明の侵入者よ。それも未知の武器と技術を持った――」
イコラはジャンプシップの装甲を軽く叩いた。硬い金属音が響く。
「そんな私達が、この世界の住人へ自分達の技術を見せ、修理に協力させる。彼女がそれをどう判断するか分からない」
「…………」
「今は余計な警戒を招くべきではないわ」
霊夢は少し意外そうにイコラを見つめた。
「あなた、そこまで考えてたのね……」
「現地に異なる文化、技術の持ち込みに対する危険については熟知しているつもりよ」
イコラは淡々と答えた。
「ここにはここの秩序がある。それを理解する前に、私達の都合で何かを変えるべきではないわ」
クロウが静かに頷く。
「私も賛成だ」
「俺も」
ケイドも珍しく素直に同意した。
「ここの親玉に目ぇ付けられた状態で、勝手に宇宙船修理して飛び回ったら印象最悪だろうしな」
「親玉って言うな」
霊夢が呆れたように言う。
「それ本人に言ってみなさいよ、どうなるか大体想像できるけど」
「遠慮しとく」
そんな二人を横目に、イコラは整備用パネルを閉じた。
「悪いけれど、問題を解決するまではここで放置するしかないわね」
バタン、と重い音が響いた。
霊夢がジャンプシップを見上げる。
「……盗まれない?」
「…………」
イコラが止まった。
「え、この大きさのものを?」
「幻想郷を甘く見ない方がいいぜ」
魔理沙が真顔で言った。
「河童なら持っていこうとするかもしれない」
「…………」
イコラ。
クロウ。
ケイド。
ガーディアン
ゴースト。
五人が揃って魔理沙を見る。
「……それ本気?」
「割とマジ」
「…………」
イコラは無言で再び整備パネルを開いた。
「最低限のセキュリティだけ作動させておきましょう」
「それがいいと思います」
ゴーストも即座に同意した。
「なんだったら僕から警告表示も出しておきます」
「読めないだろ」
ケイドの指摘にゴーストが固まる。
「…………確かに」
「だったら絵でも描いとけ。触ったら爆発するぞーって」
「爆発しません!」
「河童相手ならそれくらい言っといた方がいいぜ」
魔理沙まで加勢する。
「…………」
ゴーストはしばらく黙り込んだ。
「……検討します」
「するんだ……」
霊夢が呟いた。
そんなやり取りを聞きながら、イコラはもう一度ジャンプシップを見上げる。
修理すれば飛べるかもしれない。
だが――その先がない。
自分達がどこへ来たのか。
どうすれば元の世界へ帰れるのか。
あの扉は何なのか。
そして、目撃者は何を目的としてこの世界へ干渉しているのか。
何一つ分かっていない。
そして一番心配していること。それは。
「ザヴァラ……今どこにいるの?」
イコラは彼の無事を祈るように空を見上げた。
木々の隙間から差し込む光は赤みを帯び、森の中に長い影を落としている。
「……もうこんな時間か――」
霊夢がふと空を見上げた。
言われて初めて、魔理沙たちも時間の経過に気づく。
博麗神社で目撃者の軍勢――ドレッドの襲撃を受け、クロウやケイドと合流し、紫から監視対象に指定され、その後は魔法の森へ向かってイコラと合流。
あまりにも色々なことが立て続けに起きたせいで、時間を気にする余裕など誰にもなかった。
「帰ろう――と言いたいんだけどさ」
魔理沙が箒を肩に担ぎながら、隣の霊夢を見る。
「霊夢はどうする?神社はめちゃくちゃだろ?」
「…………」
霊夢が黙り込んだ。
魔理沙はその反応だけで察したらしい。
「だろうと思ったぜ」
博麗神社はドレッドとの戦闘で甚大な被害を受けた。
境内は抉れ、建物は焼け落ち、とても今夜まともに寝られる状態ではない。
「たくぅ、仕方ないな」
魔理沙は笑った。
「あたしんちに来いよ。いくらでも泊めさせてやるからさ」
「…………!」
霊夢の表情が一瞬で明るくなった。
「魔理沙~~~~~っ!」
「うわっ!?」
勢いよく魔理沙へ抱きつく。
「ちょっ、霊夢!苦しいって!」
「持つべきものは親友ね!」
「分かった!分かったから離れろ!」
魔理沙が苦笑しながら霊夢を引き剥がす。
その様子を見ていたクロウが小さく笑い、イコラも僅かに表情を緩めた。
「それで――」
ようやく霊夢から解放された魔理沙が、今度は異世界から来た面々を見る。
「あんた達はどうするんだよ?」
「え?」
「夜、野宿でもすんのかよ」
クロウとケイドが顔を見合わせる。
代わりに答えたのはイコラだった。
「私のジャンプシップには多少の物資が残っているわ。装備もあるし、別に野宿でも大丈夫よ」
――すると。
「まさか魔法の森で夜明かすつもりか?」
「いや、やめとけ」
魔理沙が即答する。
「なんで?」
「夜の魔法の森はヤバいからな」
魔理沙は周囲の森を見渡した。
「妖怪も出るし、瘴気だって昼間より濃くなる。あんた達が強いのは分かったけど、わざわざそんな場所で寝る必要ないだろ?」
「それもそうね……」
イコラが周囲へ視線を向ける。
「ならよ」
ケイドが口を挟んだ。
「霊夢の神社でもいいんじゃないか?」
「は?」
「俺達は別に雑魚寝でも平気だ。屋根が残ってる場所くらいあるんだろ?」
「あのねえ」
霊夢の目が据わった。
「神様の宿る神社を一体なんだと思ってるのよ」
「勝手に野宿場にしないで」
「いや、今こうして持ち主に許可を――」
「却下」
「早いな!」
ケイドが肩を落とす。
「人里で宿を取らせようにも……」
魔理沙は改めて一行を見る。
明らかに幻想郷のものではない装備。
異様なハンタークローク。
全身蛍光色の派手な装具で覆ったガーディアン。
そして何より――エクソであるケイドは、どう見ても普通の人間ではない。
「もうこんな時間だし、その格好じゃ怪しまれるよな……」
「しかし」
クロウが夕空を見上げる。
「そう言っているうちに、すぐ暗くなるぞ」
「そうなのよねぇ……」
霊夢も腕を組む。
「…………」
魔理沙がしばらく考え込んだ。そして。
「あ」
顔を上げる。
「そうだ!」
魔理沙はイコラを見る。
「じゃあイコラ。あんたはうちに来なよ」
「……え、私?」
予想外だったのか、イコラが僅かに目を見開く。
「ああ。幻想郷で野宿なんて危ないことさせてられないからな」
魔理沙はニッと笑った。
「それに女性なんだし、女同士で泊まろうぜ」
「…………」
「霊夢もいるし、一人増えたところで大して変わらないさ」
「……いいのかしら?」
「もちろん」
イコラは魔理沙をしばらく見つめ――やがて穏やかに微笑んだ。
「ありがとう。それなら、お言葉に甘えさせてもらうわ」
「決まりだな!」
「――なら」
クロウが手を上げる。
「私達はどうする?」
「…………」
魔理沙がクロウを見る。
ケイドを見る。
ガーディアンを見る。
その横に浮かぶゴーストを見る。
「…………」
「まさか考えてなかったのか?」
「今考えてる!」
ケイドが呆れたように笑う。
「扱いに差があるだろ」
「しょうがないだろ。あたしんちは宿屋じゃないんだぜ」
「アリスんとこは泊めてくれそうではあるけど……今日出会って間もない男三人組を押し掛けて泊めさせるのは流石にまずいかな……っ」
「……そうだ」
……そして魔理沙が再び何かを思いついた。
「だったら、あんた達は香霖堂に泊めてもらえばいい」
ケイドが反応する。
「……コウリンドー?」
「博麗神社で霖之助に会ったろ?あいつの店だよ」
彼は思い出したのように手をポンと叩く。
「あ、ああっ!あの外の世界に興味を持った色男の兄ちゃんか!」
「そうだ。今からあたしから霖之助に頼んでやるよ。とりあえず今日一日だけでも泊めてくれって」
「だが、急に押しかけて大丈夫なのか?」
クロウが心配して尋ねる。
「大丈夫だろ。霖之助、あんた達のこと気に入ったみたいだったし外の世界の話をしてやれば喜んで泊めてくれそうだ」
するとケイドが顎に手を当てた。
「そういや――」
何かを思い出したらしい。
「あいつ、酒なら出せるって言ってたな」
「そ、そういえば……」
「で、俺は酒を出してくれるなら外の世界の話をいくらでもしてやると」
「……ああ」
ケイドがニヤリと笑う。
「なら、決まりだな」
「…………」
クロウから小さいため息がこぼれた。
「いいじゃないかクロウ。寝床があって酒まで出るんだぞ?」
「まだ彼本人に許可を取ってない」
「細かいなぁ」
「細かくないぞ」
魔理沙が吹き出す。
「はははっ!心配するなって。あたしから頼んでやるよ。外の世界の話を聞かせてやれば、いくらでも泊めてくれるさ」
「ただ、霖之助に迷惑はかけるなよ?あいつとは幼なじみなんだからな、何かしたらただじゃおかねえから――」
一瞬、笑顔が消えて真顔になる彼女に三人は、
「大丈夫だ。私はそんな気は更々ない。泊めてくれるだけありがたいと思っている」
「クロウに関しては一番心配してないよ。ただ問題はこいつ、ケイドだ――」
「ああ、分かってるよ。俺にだって必要最低限の礼儀ぐらいはあるさ」
「ホントかあ?」
「本当だって!」
そして最後に全員がガーディアンを見る。
「…………」
ガーディアンは相変わらず何も言わず力強く親指を立てた。
「何でお前が一番偉そうなんだよ!」
ケイドの突っ込みに、魔理沙がまた笑った。するとクロウは、
「万が一、霖之助君が拒否したら我々はどうするんだ?」
「………………」
……全員が沈黙する。すると魔理沙はあっけらかんとこう答えた。
「それはその時、考えよう!」
「…………」
「大丈夫だって。あたしに任せとけ!」
――すると。
「それと」
霊夢の声が響いた。
「?」
ガーディアン達は振り返る。
霊夢は腕を組み、彼らをじっと見ていた。
「あんた達、明日は覚悟しておいてね」
「…………」
クロウが眉を寄せる。
「覚悟?」
「あたしの神社の片付けと建て直し、手伝ってもらうわよ」
「…………」
「…………」
「…………」
「はあ?」
真っ先に声を上げたのはケイドだった。
「俺達がやらないとダメなわけか?」
「当たり前でしょ」
「いやいや。神社を壊したのは俺達じゃなくて、あの目撃者の軍勢だろ?」
「だからって、あんた達も無関係ってわけにはいかないでしょ」
「………………」
「それに」
霊夢はケイドを上から下まで眺める。
「あんた達の方が私より力ありそうじゃん。ただの人間じゃないんでしょ?」
「ま、まあ…………」
ケイドが自分の機械の腕を見る。
そして霊夢を見る。
「瓦礫運ぶくらい余裕でしょ?」
「俺はハンターだぞ。建築作業員じゃない」
「明日から兼業ね」
「おい、勝手に転職させんな!」
「はははははっ!」
魔理沙が腹を抱えて笑う。
すると――。
「私は一向に構わない」
「…………え?」
霊夢がクロウを見る。
「片付けも建て直しも必要なんだろう?」
「まあ……そうだけど」
「なら、喜んでやろう」
あまりにも迷いのない返答に霊夢と魔理沙は呆気に取られる。
「……いいの?」
「ああ。あの神社は君の家でもあるんだろう?」
クロウは当然のように頷く。
「君達にはここまで案内してもらった。それに、私達が来たことで神社が戦いに巻き込まれたのも事実だ」
「…………」
「君も少しでも早く自分の家で過ごしたいはずだろ」
クロウは穏やかに言った。
「これくらいはさせてくれ」
「…………」
霊夢は少しだけ目を丸くした。そして。
「……そう」
僅かに表情を緩める。
「じゃあ頼むわ」
「ああ」
魔理沙はそのやり取りを横目に見ながら、ほんの少し口元を緩めていた。
「私も可能な限り協力するわ」
――するとイコラも続く。
「ただし、ザヴァラの捜索と目撃者についての調査を優先することになる。それでもいいかしら?」
「イコラはそれでいいわ」
「ありがとう」
「おいおい、なんかイコラにだけ甘くねえか?」
と、ケイドが不満を言う。しかし。
「ならケイド、あなたが私の代わりにザヴァラの捜索やらなんやら引き受けてくれる?」
イコラが真顔で聞くと彼は沈黙、すぐに。
「わあったよ!」
――そして、全員の視線が、最後にガーディアンへ向く。
「…………」
霊夢も見る。
「当然あなたもだからね」
ガーディアンは自分を指差す。
「そう。あんた」
「…………」
力強く頷く。親指を立てた。
「彼もできる限り協力すると言っています」
ゴーストが代弁する。
「なら決まりね」
霊夢は満足そうに頷いた。だが――。
「その代わり」
「おい、まだ何かあるのか?」
ケイドが警戒する。
霊夢は少しだけ考えるように間を置き、
「神社の建て直しが終わったら、あんた達を居候として置いてあげるわ」
「………………」
今度はガーディアン達全員が黙った。
「……私達を?」
イコラが聞き返す。
「ええ、そうよ」
霊夢は当たり前のように答える。
「どうせ行く宛ないんでしょ?」
「…………」
誰も反論できなかった。
元の世界へ戻る方法は不明。
ザヴァラも行方不明。
幻想郷についての知識もほとんどなく、今夜の寝床すら先ほどようやく決まったばかり。
「まあ……否定はできないな」
ケイドが頭を掻く。
「でしょ?」
霊夢は続ける。
「それに、またあいつらが来た時にすぐ対応できるし」
その表情が少し真剣になる。
「あんな化け物がまた幻想郷に現れるなら、あんた達が近くにいてくれた方が私も助かる」
ドレッド。
あれでも始まりに過ぎないのなら、必ず現れると思わないほうがおかしかった。
「あんた達には拠点ができる。私はいざという時に戦力を確保できる」
霊夢は腰に手を当てた。
「互いに利害が一致してるでしょ?」
「……合理的ね」
イコラが小さく笑う。
「私達としても、幻想郷で活動するための拠点は必要になる。ザヴァラの捜索にも、目撃者の動向を調べるにもね」
「じゃあ決まり」
「待て待て」
ケイドが手を上げた。
「居候ってことは……まさかとは思うが」
「家事」
「…………」
「掃除」
「…………」
「神社の手入れ」
「…………」
「その他諸々」
「…………」
霊夢がニッコリと笑った。
「当然、手伝ってもらうつもりだから」
「やっぱり労働力じゃねえか!」
「当たり前でしょ!まさかタダ飯食えると思ってたの?」
「俺達は異世界から来た客人だぞ!?」
「嫌なら野宿すれば?」
ケイドが夕闇に沈み始めた魔法の森を見る。
「…………」
遠くから、何かの鳴き声。
「…………」
ケイドは霊夢へ向き直った。
「掃除なら得意だ」
「嘘つけ」
クロウが即座に切り捨てる。
「お前、面倒な仕事をよく他人に押し付けていただろ」
「クロウ。過去を蒸し返す男はモテないぞ」
「関係ない」
再び魔理沙の笑い声が響く。
「クロウは?」
霊夢が尋ねた。
「もちろん構わない」
また即答だった。
「掃除でも神社の手入れでも、必要なら手伝おう」
「…………」
「どうした?」
「いや」
霊夢は少しだけクロウを見つめる。
「……あなた、本当に真面目で誠実ね。何か裏があるのか疑っちゃうわ」
「……なぜだ?」
「住まわせてもらえるんだ、相応の対価を支払うのは当たり前だろう」
「……………」
そのアウォークン特有の光る目から何も疚しさは感じられない。霊夢も次第に表情が柔らかくなる。
「なら、ありがとう」
「…………」
一方、ケイドはそんなクロウに対して腕組みしながら見つめる。
(あの王子の時とは大違いだな……)
かつて知っていた男なら、こんなことを言っただろうか。
他人の壊れた家を直す。
掃除をする。
住まわせてもらう対価だからと、それを当然のこととして引き受ける。
(……もしかして、これが奴の素なのか?)
「…………」
胸の奥に、何とも言えない感情が湧いた。
自分を撃った男、一度は顔面をぶん殴ってやりたいとすら思った男。
その男と同じ顔をした存在が、今は何の打算もなく、見知らぬ少女のために働こうとしている。
(…………)
なら――自分が憎んでいたのは、いったい誰だったのだろう。
ユルドレン・ソヴか。
それとも、今ここにいるクロウまで含めた『この男』なのか。
まだ、答えは出なかった。
ただ一つだけ。
(……こいつをユルドレンとして見続けるのも、違うのかもな)
過去の悪辣ぶりしか印象にない彼からとは思えない言動に内心複雑になる彼だった――。
霊夢は次にイコラへ視線を向ける。
「先ほども言ったけど、私は調査に支障が出ない範囲でなら――」
イコラも了承する。
「それで十分よ」
そして最後。
「…………」
霊夢がガーディアンを見る。
「…………」
「あんたも家事と掃除、やってもらうからね」
「…………」
ガーディアンが親指を立てる。
「よし」
「毎朝ね」
「…………!」
スッと親指がゆっくりと下がった。
「なんで今撤回しようとしたのよ!」
「ガーディアン、約束は守ってください」
ゴーストにまで注意され、ガーディアンは渋々もう一度親指を立てる。
「まったく……」
霊夢は呆れたように息を吐く。その横で魔理沙が笑った。
「ずいぶん賑やかな神社になりそうだな」
「…………」
霊夢は今日出会った外来人達を見る。
冷静で頼りになりそうなイコラ。
口を開けば軽口ばかりで調子のいいケイド。
怖いくらい真面目で妙に人のいいクロウ。
そして。
「…………」
ガーディアン。
「?」
霊夢に見つめられて首を傾げる。
「…………」
……何故だろう。
こいつだけは猛烈に嫌な予感がする。
別に、何か悪いことを企んでいるようには見えない。
そういう意味ではないのだ。
なんかこう――。
『大人とは思えない奇行に走りそうな気がしてならない』。
見た目が見た目なだけに余計そう感じるのか。
それとも、博麗の巫女としての勘がそう告げているのか。
霊夢自身にも分からなかった。
「……まあいいわ」
霊夢は踵を返した。
「とにかく今日は休みましょ。明日は朝から働いてもらうから」
「はいはい」
「分かった」
「了解よ」
それぞれが返事をする。
夕日は既に山の向こうへ沈みかけていた。
そして、
霊夢達はまだ知らない。
未知の世界からいきなり現れた外来人達を、自分が楽をしたいがために労働力としてこき扱おうとしていたこの何気ない提案が、後に互いにかけがえのない思い出になろうとは。
この時の霊夢、魔理沙、そしてガーディアン達にも、まだ知る由もなかった。