東方天命録~The Final Shape Begins~   作:はならむ

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第十四話:香霖堂へ

――魔法の森の入口。

 

夕日はほとんど山の向こうへ沈み、森の中には薄暗い影が広がり始めていた。

昼間ならまだ木々の隙間から差し込んでいた陽光も今ではすっかり弱まり、代わりに冷たい夜気が辺りへ満ちつつある。

その中を四人の影が魔法の森の入口へ歩いていた。

 

先頭は魔理沙。

 

その後ろを、ケイド、クロウ、ガーディアンが続く。

ゴーストはいつものようにガーディアンの肩付近をふわふわと漂っていた。

 

少し前。霊夢とイコラを魔理沙の家へ先に送り、男性組はスパローで事故がないようにゆっくりと魔理沙の後ろについていき、入口付近で降りて徒歩で向かう。

 

「もうすぐ着くぜ」

 

箒を肩に担ぎながら、魔理沙が振り返った。

 

「森の入口だからな。ここからならそう遠くない」

 

「助かるよ」

 

ケイドが両手を頭の後ろへ回す。

 

「正直、さすがに知らない森の中で野宿するのは勘弁願いたかったところだ」

 

「お前ら野宿は大丈夫つってただろ」

 

「問題はそこじゃない」

 

ケイドは即座に返す。

 

「仕事でもないのに寝てるところを襲われるのが嫌なんだよ」

 

「それは分からなくもないな」

 

魔理沙が笑う。

 

「それにこの森は瘴気もあるからな。外来人が慣れるまでは夜中にうろつかない方がいいぜ」

 

「忠告はありがたく受け取っておこう」

 

クロウが素直に頷いた。そしてそのすぐ後ろ。

 

「…………」

 

ガーディアンは相変わらず何も言わず歩いている。

時折、森の奥へ顔を向けたり、頭上を見上げたり。

何を考えているのかは、外からではまったく分からない。

魔理沙がちらりと見る。

 

「……あんたは野宿でもまったく気にしなさそうだな」

 

「?」

 

ガーディアンが首を傾げ、ゴーストが代わりに答える。

 

「本人は別に問題ないと思っているようです」

 

「やっぱりな」

 

ガーディアンは力強く親指を立てて答える。

 

「何でそこで誇らしげなんだよ」

 

ケイドが呆れる。

 

「寝床に拘りがないのは長所だろ?」

 

「本人もそう思っているようです」

 

「そこは本人に喋らせろよ」

 

「…………」

 

全く喋らないガーディアンに対して魔理沙は。

 

「……ガーディアンって本当に喋らないよな。悪い奴ではないけど少し気味が悪いぜ」

 

魔理沙が何気なく漏らした、その一言。

 

「…………」

 

ガーディアンの足が止まった。

 

「……あ」

 

魔理沙も止まる。ケイドとクロウも、数歩進んだところで振り返った。

 

「…………」

 

「…………」

 

薄暗い森の入口。冷たい風が木々を揺らす。ガーディアンは、ただじっと魔理沙を見ていた。

 

黄緑色の装甲に縁取られた、黒青色のフェイスプレート。そこには瞳の代わりのような白い光がいくつも瞬いていて何の感情も読み取れないのが更に不気味さを際立たせている。

 

「いや……悪い、その」

 

魔理沙が僅かにたじろぐ。

 

「言っておくけど別に悪口のつもりじゃないぜ?」

 

「…………」

 

「たださ……」

 

魔理沙は頬を掻いた。

 

「あんた、ほんとに何考えてるのか分からないんだよ」

 

ガーディアンは何も答えない。

 

「素顔が全然見えないし、何聞いてもゴーストが代わりに答えるし」

 

「…………」

 

「それに――」

 

少し考えて。

 

「紫に頼み込む際は喋ってたけど、喋る時と喋らない時の違いがよく分からないんだよな」

 

「…………」

 

……沈黙。すると。

 

「まあ、気持ちは分かる」

 

ケイドが苦笑しながら口を挟んだ。

 

「こいつは昔からこんな感じだからな」

 

「昔から?」

 

「ああ」

 

ケイドはガーディアンの肩へ腕を回そうとして――派手な装甲に阻まれ、諦める。

 

「撃つ。走る。飛ぶ、その場で踊る、土下座する、駄々こねだす、ゲームし出す、とにかくキリがない」

 

「後半なんかおかしいだろ」

 

ガーディアンがケイドを見る。

 

「そしてほとんど喋らない」

 

「なんなんだこいつは?」

 

魔理沙が突っ込む。

 

「お前らは気にならないのか?」

 

「もう慣れた」

 

――即答だった。

 

「慣れるのかよ……」

 

今度はクロウを見る。彼は少し考えてから答えた。

 

「私も最初は戸惑った」

 

「だよな?」

 

「ああ。だが――」

 

クロウの視線がガーディアンへ向く。

 

「言葉がなくても、長く一緒に戦っていれば分かることはある」

 

「分かること?」

 

「少なくとも、戦場ではな」

 

クロウは静かに続けた。

 

「誰を守ろうとしているのか。どこへ向かおうとしているのか。何を警戒しているのか」

 

「…………」

 

「そういうものは、言葉より行動に出る」

 

魔理沙は少し意外そうにクロウを見る。

 

「それに」

 

クロウが僅かに口元を緩めた。

 

「何を考えているのか分からないのは、我々も同じだ」

 

「分からないのかよ!」

 

「ああ」

 

「格好つけて言ったのに!?」

 

ケイドが吹き出した。

 

「ハハハ!そりゃそうだ!」

 

「笑うところか?」

 

「いや、実際そうなんだよ」

 

ケイドはガーディアンを指差す。

 

「相棒とは長い付き合いだけどな。俺だってこいつが突然踊り始める理由までは分からん」

 

「…………」

 

ガーディアンが首を傾げる。

 

「ほら、それだよ」

 

ケイドが指差した。

 

「その『何か問題でも?』みたいな顔」

 

「顔見えないだろ」

 

「雰囲気だよ、雰囲気」

 

「…………」

 

そんな三人の会話を聞いていたゴーストが、少し困ったようにシェルを動かした。

 

「まあ……ガーディアンは八雲紫の時のように必要な際にはちゃんと自身の口から意思を伝えてくれます」

 

「じゃなんで普段は全然喋らないんだ」

 

「………………」

 

ゴーストもそれ以上は何も言えなくなった。

魔理沙は改めてガーディアンを見る。

 

「なあ」

 

「?」

 

「なんで喋らないんだ?」

 

「…………」

 

ガーディアンは首をかしげて魔理沙を見つめた。魔理沙も見つめ返す。

 

「…………」

 

「…………」

 

数秒後。やがてガーディアンは――。

 

右手を上げた。

 

「?」

 

そして力強く親指を立てた。

 

「…………」

 

魔理沙の目が半眼になる。

 

「だから何なんだよ、その親指は」

 

「…………」

 

ガーディアンはもう一度。

 

「二回やっても分からないぞ!」

 

森に魔理沙の声が響いた。ケイドが腹を抱えて笑う。

 

「アッハハハハ!いいじゃないか!もう会話成立してるぞ!」

 

「どこがだよ!」

 

「少なくとも相棒は満足してる」

 

「あたしが満足してないんだよ!」

 

ガーディアンはそんな魔理沙を見ながら――。

 

「え…………」

 

今度は……。

 

「………は?」

 

その手元から、赤橙色の光が溢れ出した。

 

「な、なんだ!?」

 

反射的に身構える魔理沙。しかし、攻撃ではない。

ガーディアンが両腕を大きく動かす。

その軌跡を追うように二本の光が宙へ伸び、彼の頭上で大きな弧を描いていく。

 

そして――。

 

 

 

 

巨大な光のハートが完成した。

 

「…………」

 

魔理沙。

 

「…………」

 

クロウ。

 

「…………」

 

ゴースト。

 

沈黙が起こる中、ただ一人。

 

「アッハハハハ!そう来たか相棒!」

 

ケイドだけが吹き出した。

 

「…………なんだこれ」

 

巨大なハートの中央で、ガーディアンは魔理沙を見ている。

ゴーストがその意図を察した。

 

「えっと……」

 

魔理沙がゴーストを見る。 

 

「何だよ?」

 

「………『怖がらなくていい。俺は君達に敵意はないし仲良くしたい』といってます」

 

「…………」

 

魔理沙はもう一度ガーディアンを見る。

巨大な光のハート。

その真ん中に立つ、派手な装備の成人男性。

 

「…………」

 

なんとも言えない沈黙が流れる。

 

やがて。

 

「ぷっ……」

 

魔理沙の口元から、小さな笑いが漏れた。

 

「なんだよ、それ……!!」

 

先ほどまで感じていた薄気味悪さが、一気に馬鹿馬鹿しくなってしまった。

 

「そんなもん出せるなら最初からやれよ」

 

ガーディアンが胸を張って親指を立てる。

 

「それも相変わらずなんだな」

 

魔理沙は苦笑する。

 

「まあ……分かったぜ」

 

帽子を被り直し、再び歩き出す。

 

「お前が悪い奴じゃないってことくらいはな」

 

その後ろで。ガーディアンも歩き始める。

 

「…………」

 

そしてもう一度。

 

 

 

 

 

 

「一回で分かったっての!」

 

魔法の森に、魔理沙の声とケイドの笑い声が響いた。

 

そして再び歩き出そうとして――。

 

「…………」

 

ふと、もう一度ガーディアンを見る。

彼も何事もなかったように歩き始めていた。

相変わらず喋らない。

何を考えているのかも分からない。

顔すら、まともに見えない。

それでも。

先ほどジャンプシップの墜落地点を調べていた時。

周囲で僅かな物音がするたびに、真っ先にそちらへ身体を向けていたのを魔理沙は覚えている。

自分達より前へ出るように。

何かが襲ってきた時、すぐに対応できるように。

 

「…………」

 

確かに。ケイド達の言う通りなのかもしれない。

 

言葉がなくても、行動を見れば分かることはある。

 

「……まあ」

 

魔理沙は帽子のつばを指で押し上げた。

 

「悪い奴じゃないのは確かみたいだな」

 

「?」

 

ガーディアンが振り返る。

 

「なんでもないぜ」

 

魔理沙はそれだけ言って、先頭へ戻った。

 

「ほら、さっさと行くぞ。完全に暗くなる前に着きたいからな」

 

「了解」

 

クロウが答える。

 

「やっと屋根の下で寝られるな」

 

ケイドも続く。

 

「…………」

 

ガーディアンも無言で歩き、その傍らを、小さなゴーストがふわふわと追いかけた

 

「もうすくだ――」

 

やがて――。

木々の数が少なくなり始めた。

森の出口が近い。

そして、その少し手前。

夕闇に沈みつつある木立の向こうに、一軒の建物が姿を現した。

古びた外観。店先には用途も分からない雑多な品々。

看板には、見覚えのある文字が刻まれている。

 

『香霖堂』と。

 

「着いたぜ」

 

魔理沙が立ち止まる。

 

クロウが店を見上げた。

 

「ここが彼の店か」

 

「ああ。霖之助の店だ」

 

するとケイドは。

 

「あいつ、酒なら出せるって言ってたな」

 

「…………」

 

全員がケイドを視線を移して沈黙する。まるで何かを言いたそうに。

 

「おい、何か言いそうな顔してるぞ」

 

クロウが深く息を吐く。

 

「お前は本当にそこだけは忘れないんだな」

 

「当たり前だろ、重要事項だからな」

 

「私達は宿泊を頼みに来たんだぞ」

 

「分かってるって」

 

「本当か?」

 

「本当だ」

 

「…………」

 

「信用されてねえなぁ」

 

「日頃の行いだ」

 

「クロウ、お前俺に厳しくないか?」

 

「そんなことはない。礼儀を弁えろと言っているんだ」

 

魔理沙が笑いながら戸に手をかける。

 

「まあいい。ここでグダグダ言ってても仕方ないだろ」

 

そして勢いよく戸を開いた。

 

カラン――。

 

戸口の鈴が鳴る。

 

「霖之助、いるかー!」

 

店内へ声を張り上げる。少しして、奥から聞き覚えのある声が返ってきた。

 

「魔理沙か?どうしたんだこんな夜に――」

 

足音。

 

「そんな大声で呼ばなくても――」

 

店の奥から彼、霖之助が姿を現す。

 

「聞こえて……」

 

言葉が止まった。

 

「…………」

 

魔理沙の後ろ。

そこに立つ三人へ視線を向ける。

青い肌と光る瞳を持つアウォークン。

全身を機械の身体に置き換えられたエクソ。

そして――。

幻想郷ではまず目にすることのない、あまりにも派手な装備に全身を包んだウォーロック。

その傍らには小さな機械――ゴースト。

 

今日、神社で出会った未知の外来人の姿があった。

 

霖之助の表情が目に見えて変わった。

 

「ああ、君達!」

 

クロウが軽く頭を下げる。

 

「夜にいきなりきてすまない」

 

ケイドは片手を上げた。

 

「よお、色男の兄ちゃん」

 

「おい、ケイド」

 

クロウの制止が入る。

 

「やめろと言われたばかりだろう」

 

「本人も嫌そうじゃないし」

 

霖之助は苦笑しながら眼鏡を押し上げた。

 

「僕は別に構わないよ」

 

「ほらな?」

 

「だからといって調子に乗るな」

 

その横。ガーディアンも片手を上げる。

 

「……やあ、君はガーディアン君だったか」

 

「…………」

 

霖之助の視線が、自然とガーディアンへ吸い寄せられる。

昼間に一度見ただけでは、到底足りなかったのだろう。

見たこともない装甲。武器。

人間の常識では説明できない力。

そしてゴーストが前に出てシェルをクルクル動かす。

 

「あなたは霖之助さんでしたね。改めまして、私はゴースト。彼はガーディアン。よろしくお願いいたします」

 

眼鏡の奥で、再び知的好奇心の光が強くなっていく。

 

「やはり興味深い……」

 

すると魔理沙は少し呆れて、

 

「霖之助」

 

「何だい?」

 

「また始まってるぜ」

 

「…………」

 

霖之助は咳払いした。

 

「失礼」

 

「いやいや」

 

ケイドが笑う。

 

「まあ好奇心があるのはいいことだ」

 

「君達の世界については、まだほとんど何も聞けていないからね」

 

 

ケイドはニヤリとする。そして一本指を立てた。

 

「その前に確認」

 

「なんだい?」

 

「酒」

 

「…………」

 

魔理沙、クロウは呆れ顔をした。

 

「……ケイド」

 

「何だよ。大事なことだろ」

 

霖之助は一瞬だけ黙ったものの、すぐに頷いた。

 

「ああ。酒なら出せるよ」

 

ケイドの顔が明るくなる。

 

「さすが!話が分かる!」

 

「まだ何の話もしてないぞ」

 

「クロウ、お前は本当に細かいなあ」

 

「お前が無礼すぎるんだよ」

 

「お前、ハンターじゃなくタイタンかウォーロックの方が似合うんじゃねえか?」

 

魔理沙がまた笑った。

 

「まあ酒の話は後にしようぜ」

 

「……………」

 

両手の掌を上げて、「はあ」とため息。

 

霖之助は三人を見比べてから、魔理沙へ向き直る。

 

「それで、どうしたんだい?」

 

「ああ。実は頼みがある」

 

魔理沙が三人を親指で指した。

 

「こいつら、今夜泊まるところがないんだ」

 

「…………」

 

霖之助の表情が止まった。

 

「泊まる場所が?」

 

「ああ」

 

「霊夢は?」

 

「神社があの有様だろ。あいつは今夜あたしんちに泊める」

 

「なるほど」

 

「イコラも一緒だ」

 

「……イコラ?」

 

霖之助が聞き慣れない名前に眉を上げた。

 

「イコラって?」

 

「昼間言ってただろ。こいつらが探してる仲間の一人だよ」

 

魔理沙は背後の三人をちらりと見る。

 

「森の奥に墜落してた船、あれに乗ってたんだ。無事に見つかった」

 

「そうか」

 

霖之助の表情が僅かに緩んだ。

 

「無事だったんだね。良かった」

 

「ああ」

 

だが、魔理沙の声はそこで少しだけ沈んだ。

 

「ただ……もう一人は、まだ行方が分からないんだ」

 

「…………」

 

霖之助の表情から笑みが消える。

 

「もう一人……」

 

するとクロウが静かに答えた。

 

「ザヴァラだ」

「我々の司令官だ。まだ所在が掴めていない」

 

「…………そうか」

 

霖之助は少しだけ視線を落とした。

そして、三人を見る。

 

「……早く見つかるといいね」

 

「ああ」

 

クロウが短く頷く。ケイドも今度ばかりは軽口を挟まなかった。

ガーディアンも無言のまま、静かに頷く。

一瞬だけ重くなった空気を払うように、魔理沙が再び口を開いた。

 

「で、話を戻すけどさ」

「こいつら三人、あとゴーストを、せめて今夜だけでも泊めてやってほしい。迷惑はかけるなとは釘刺してるから大丈夫だと思う」

 

目を瞑り考える霖之助にクロウは。

 

「もし迷惑でなければ――今夜一晩だけでも、ここへ泊めてもらえないだろうか?」

 

その言葉にケイドがちらりとクロウを見る。クロウは続けた。

 

「寝床だけでも構わない。客として贅沢を言うつもりはない」

 

「…………」

 

「明日の朝には霊夢の神社へ向かう」

 

「神社へ?」

 

「片付けと修復を手伝えと言われて約束した。無事建て直したら居候として置いてくれると――」

 

「ああ……」

 

霖之助は納得したように頷く。

 

「彼女らしいな」

 

「だろ?」

 

「彼女は遠慮なく使える人手を使うからね」

 

「しかも本人は楽できる」

 

「違いない」

 

魔理沙と霖之助が揃って笑う。ケイドが肩を竦める。

 

「お前らよく分かってんな」

 

「まあな」

 

クロウは改めて霖之助を見る。

 

「難しければ断ってくれても構わない、無理強いはしたくない」

 

「……ちなみに、僕が断った場合の先は考えているのかい?」

 

「最悪、野宿でも構わない。我々は慣れている」

 

霖之助は何とも言えない表情を浮かべた。

彼が冗談を言っているわけではないことは、ここまでの話を聞けば分かる。

 

本当に断られれば、そのまま森のどこかで夜を明かすつもりなのだろう。

 

「……クロウ」

 

魔理沙も彼の真面目っぷりに呆れたように頭を掻く。

 

「……………」

 

……するとガーディアンが一歩前へ出る。

 

「君?」

 

彼は深々と頭を下げ、そして。

 

「……俺達を」

 

「…………え!」

 

魔理沙の目が見開かれた。

 

低く、落ち着いた男の声。

ガーディアン本人の声だった。

 

「今夜だけでいい。俺達を、ここに泊めさせてほしい」

 

「…………」

 

「寝床はどこでも構わない。床でもいい。食事も必要ない」

 

そこで顔を上げる。黄緑色の装甲に縁取られた黒青色のフェイスプレートが、真っ直ぐ霖之助へ向けられる。

 

「迷惑は絶対にかけない」

 

……一拍。

 

「頼む」

 

そして、もう一度頭を下げた。

 

「…………」

 

店内が静かになった。

霖之助は少し驚いたようにガーディアンを見ている。

だが、それ以上に驚いていたのは――。

 

「……喋った」

 

魔理沙だった。

 

「お前、喋ったな!?」

 

ガーディアンが顔だけ魔理沙へ向ける。

 

「いや、喋れるのは知ってるぜ!? 紫の時も喋ってたからな!」

 

魔理沙はガーディアンを指差した。

 

「でもお前、さっきまで私が何聞いても親指とかハートとかで済ませてただろ!?」

 

ガーディアンは少し考えるように首を傾ける。

 

「今はまた喋らないのかよ!!」

 

ケイドが吹き出した。

 

「アッハハハハハ!!」

 

「何なんだこいつ!」

 

「言っただろ? 昔からこうなんだよ」

 

「説明になってない!」

 

クロウは苦笑しながら首を振る。ゴーストもどこか呆れた様子でガーディアンの傍らへ浮かんだ。

 

「さっきも言いましたがガーディアンは、本当に必要だと思った時にはちゃんと自分で話しますよ」

 

魔理沙がガーディアンを見る。

 

「…………」

 

本人は何も言わない。だが。

少し考えれば、思い当たることはあった。

八雲紫に、自分達を幻想郷へ残してほしいと頼んだ時。

そして今。

どちらも――他人へ、自分達の都合を受け入れてもらうためのお願いだった。

 

「……つまり」

 

魔理沙が呟く。

 

「こういう大事な時は、自分でちゃんと喋るってことか?」

 

ガーディアンは魔理沙を見る。

そして静かに一度だけ頷いた。

 

「…………」

 

魔理沙も、それ以上は何も言わなかった。

普段は何を考えているのか分からない。

喋れるくせに喋らない。

突然踊る。

ハートを出す。

親指一本で会話を終わらせる。

正直、変な奴だと思う。だが――。

 

ふざけていい時と、そうでない時くらいは分かっているらしい。

 

「……なんだ」

 

魔理沙の口元が僅かに緩んだ。

 

「ちゃんとできるじゃないか、あんた」

 

ガーディアンが魔理沙を見る。そして。

胸元で両手を構えた。

 

「おい待て」

 

赤橙色の光が灯る。

 

「今それはいらない!」

 

巨大なハートが宙に描かれた。

 

「だからいらないって!!」

 

「アッハハハハハハ!!」

 

香霖堂にケイドの笑い声が響いた。そんな彼らを前に、霖之助は額へ手を当てる。

 

「……君達を泊めるかどうか、まだ僕は返事をしていないんだけどね」

 

「…………」

 

一同の動きが止まった。

 

「……全く、君達には参ったよ」

 

霖之助は思わず小さく笑った。

 

「……分かった。いいよ」

 

クロウが僅かに目を見開く。

 

「……いいのか?」

 

「ああ。数日程度なら別に構わないよ」

 

「マジか!流石は色男は話がわかるぜ!」

 

「本当に助かる」

 

魔理沙、ガーディアン、ケイド、クロウの顔は明るくなった。

 

「ただし」

 

霖之助は店内を見回した。

 

「見ての通り、ここは宿ではない。三人分のまともな客室も寝具もないから、その点は了承してほしい」

 

「まったく問題ない」

 

クロウは即答した。

 

「雨風を凌げれば十分だ」

 

ケイドも珍しく素直に頷く。

 

「俺も床で寝るくらい慣れてるさ」

 

ガーディアンも強く頷き、ゴーストがすぐに。

 

「『ありがとう、それだけで十分構わない』と言っています」

 

「なら決まりだ」

 

魔理沙は得意げに笑う。

 

「ほらな?言っただろ。霖之助はやっぱり話が分かる!」

 

するとクロウは彼女の方を向き、

 

「魔理沙」

 

「ん?」

 

「本当にありがとう、君のおかげだ」

 

「クロウ…………」

 

クロウが真っ直ぐそう言ったので、魔理沙は一瞬だけ目を丸くした。すぐに笑う。

 

「いいって」

 

「しかし――」

「君にも霖之助君にも世話になってばかりだな」

 

「だから細かいこと気にすんなって」

 

「そういうわけには――」

 

「それ!」

 

魔理沙がクロウを指差す。

 

「あんた、真面目すぎるんだよ」

 

「え……悪いことなのか?」

 

「悪いとは言ってないぜ」

 

魔理沙はにっと笑った。

 

「でも疲れるだろ、そんな何でも律儀に考えてたら」

 

「…………すまない」

 

クロウはその様子をケイドが横目で見ていた。

 

「だがこいつ、昔は――」

 

何を言いかけたが。

 

「…………」

 

一瞬だけ口を閉じる。

 

「……いや。なんでもない」

 

クロウがケイドを見る。

 

「気にするな坊や」 

 

「……?」

 

ケイドは軽く肩を竦めた。それ以上は何も言わなかった。

 

代わりに。

 

「それで店主」

 

ケイドがニヤリと笑う。

 

「泊めてもらう代わりといっちゃなんだが、昼間の続きといこうじゃないか」

 

「……!」

 

霖之助の瞳が再び輝いた。

 

「本当に話してくれるのかい?」

 

「ああ」

 

「君達の世界について?」

 

「好きなだけ聞きな」

 

霖之助は思わず一歩近づく。

 

「では、まず君の身体について詳しく――」

 

「おっと待った」

 

ケイドが手を出して制する。

 

「話す前に約束があっただろ?」

 

「……酒?」

 

「正解」

 

「……お前は本当に」

 

「ブレねえなぁ!」

 

霖之助もさすがに笑ってしまった。

 

「ああ。約束だからね」

 

「よし!」

 

「用意しよう」

 

「これで今夜の勝ちは確定だな」

 

と、有頂天になるケイド。

 

「何と戦っているんだ、お前は」

 

「人生だよ」

 

「適当なことを言うな」

 

ケイドが楽しそうに笑う。

 

すると霖之助は今度はゴーストへ視線を向けた。

 

「君にも色々聞きたい」

 

「私ですか?」

 

「ああ」

 

霖之助は浮遊する小さな機械を興味深そうに見る。

 

「昼間は聞けなかったけれど、君は一体何なんだ?」

 

「…………」

 

ゴーストのシェルが時計回りに回転する。

 

「それは……少し説明が長くなると思います」

 

「望むところだ」

 

「それと彼の装備についても――」

 

「もっと長くなりますよ」

 

「なおさら興味深い」

 

「…………」

 

ケイドが笑う。

 

「覚悟した方がいいぞ、店主」

 

「え?」

 

「俺達の世界の話を一から聞いたら、たぶん朝になる」

 

「それならそれで構わない」

 

霖之助は即答した。魔理沙が呆れる。

 

「霖之助も大概だな……」

 

「僕にとって、未知の道具や世界について知る機会は貴重だからね」

 

そしてガーディアンを見る。

 

「特に君だ」

 

「?」

 

「昼間から気になっていたんだが――」

 

ガーディアンの腰へ視線を落とす。

 

「その武器は?」

 

ゴースト「ハンドキャノンです」

 

「ハンドキャノン……」

 

「大型拳銃に分類されます」

 

「なるほど」

 

すると、

 

「俺も持ってるぜ」

 

ケイドがホルスターから切り札を見せる。しかし、銃身にやたら亀裂が入っていること、そして割れ目から白く光が漏れていることに気づく霖之助。

 

「……これ、使えるのかい?」

 

「ああ、普通に使える」

 

「ちょっと持たせてもらえないか?」

 

しかし、ケイドは首を横に振る。

 

「悪いな。こいつは他人に触らせたくないんだ――命の次に大切なんでな」

 

急に真面目に返事する彼に戸惑うも、なにかしら事情があるのだろうと察した。

 

「……そうか」

 

すると、ケイドはクロウに親指を向けた。

 

「クロウも持っているしこいつから持たせてもらえ」

 

「ケイド……民間人に銃を持たせるのは危険だろ」

 

「まあ……確かに」

 

流石はクロウ。その辺りはきちんと弁えているのは立派である。

 

「悪いが安全面を考慮して触らせることはできないが見せるくらいなら構わない」

 

「ああ、それでいいよ」

 

クロウはホルスターからホークムーンを取り出す。そして霖之助の表情が変わった。

 

「ずいぶん綺麗な武器だね」

「そうだな」

「装飾品にも見えるけど」

 

「実際に使える。威力も折り紙つきだ」

 

「素晴らしい、見たことのないものばかりだ。あと――」

 

彼はガーディアンの装備を見る。

 

「では背中の――」

 

「それはオートライフルです」

 

「こちらは?」

 

「ヘビーマシンガンです」

 

「…………」

 

霖之助がガーディアンを見る。

 

「君、武器を何種類持っているんだい?」

 

「…………」

 

「聞かない方がいいぞ」

 

「何故だい?」

 

「話が終わらなくなる」

 

「え、そんなに持ってんのか?」

 

魔理沙の問いにケイドは。

 

「こいつらガーディアンの倉庫を見たら腰抜かすぞ」

 

霖之助の眼鏡の奥が、さらに輝く。

 

「……ぜひその話も聞かせてくれ」

 

「あーあ。完全に火がついたぜ」

 

やがて。霖之助は三人を店の奥へ案内する。

 

「立ち話もなんだ。中へ」

 

「すまない、邪魔する」

 

クロウが丁寧に頭を下げる。ケイドもその後ろに続く。

ガーディアンも入ろうとして――。

 

「待てよ」

 

魔理沙が呼び止めた。ガーディアンが振り返る。

魔理沙は三人へ指を向ける。

 

「もっかい言っとくけどさ」

「霖之助に絶対に迷惑かけんなよ」

 

声から少しだけ冗談が消える。

 

「あたしの昔からの知り合いなんだからな」

 

真っ先にクロウが頷く。

 

「もちろんだ」

 

迷いはない。

 

「泊めてもらえるだけでも十分な恩だ。迷惑を掛ける気などない」

 

「クロウは寧ろ心配してないよ、だけど」

 

魔理沙はケイドに視線を向ける。

 

「ケイド」

 

「なんだ?」

 

「お前も」

 

「何で俺だけ念押しなんだよ」

 

「魔法の森での件、忘れてないからな」

 

「はいよ」

 

とはいえ、ケイドもすぐに両手を上げた。

 

「俺だって最低限の礼儀くらいは知ってる」

 

「最低限か」

 

「そこ拾うな」

 

そして。魔理沙とクロウとケイド。三人の視線が最後の一人へ向く。

 

ガーディアンだ。

 

「…………」

 

ビシっとサムズアップを見せつける。

 

「何でお前が一番偉そうなんだよ!」

 

ケイドのツッコミが入る。

 

「彼は『任せてくれ』と言っています」

 

ゴーストが代弁する。すると魔理沙は役目を果たし踵を返す。

 

「……まあいいや」

「じゃあ、私は帰るぜ」

 

「行くのか?」

 

「ああ」

「霊夢とイコラを待たせてるからな」

 

「ああ……そうだったな」

「明日の朝、迎えにいくから起きてろよ」

 

 

魔理沙は口元を吊り上げた。

 

「霊夢、朝から使い倒す気満々だった。あいつ、他人をこき使うの得意だからな」

 

「……なあ」

 

ケイドが霖之助を見る。

 

「何だい?」

 

「ここにしばらく住ませてもらうってのは――」

 

「駄目だよ」

 

――即答だった。

 

「早くね?」

 

「明日手伝うと約束したんだろう?」

 

「その通りだ」

 

「お前らいつの間に仲良くなった?」

 

「当たり前のことを言っているだけだ」

 

霖之助も頷く。

 

「約束は守るべきだ」

 

「…………」

 

ケイドは天井を見る。

 

「くそ真面目な奴が二人に増えた……」

 

「お前が不真面目なんだよ」

 

魔理沙が笑う。

 

「じゃあな!」

 

箒を片手に、魔理沙が外へ出る。

 

「今日はゆっくり休めよ!」

「また明日な!」

 

彼女は外に出て、戸が閉じる。

 

カラン――。

 

魔理沙の足音が、次第に森の奥へ消えていった。

 

香霖堂に残った三人。

そして霖之助。

しばしの静寂。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

やがてケイドが口を開いた。

 

「さてと――」

「酒くれ」

 

いきなり要求。

 

「ケイド」

 

「何だよ。約束だろ?」

 

霖之助は小さく笑った。

 

「ああ。今用意しよう」

 

「さすがだ!」

 

「その代わり――」

 

「分かってるって」

 

ケイドは近くの椅子を引き、腰を下ろした。

 

「俺達の世界の話だろ?」

 

「ああ」

 

「何から聞きたい?」

 

霖之助は一瞬だけ考える。だが、聞きたいことが多すぎるのだろう。

 

ケイド。

クロウ。

ガーディアン。

ゴースト。

グリント。

 

その全員へ視線を巡らせる。

 

「……そうだね」

 

やがて、ゆっくりと口を開いた。

 

「まずは――君達が暮らしている世界が、一体どんな場所なのか」

「そこから聞かせてほしい」

 

「…………」

 

ケイドの表情から、ほんの僅かに軽さが消えた。

クロウも黙る。

ゴーストも一瞬だけ言葉を止めた。

ガーディアンは静かに霖之助を見る。

 

彼らの故郷。

黄金時代。

大崩壊。

ラスト・シティ。

ガーディアン。

光。

暗黒。

数百年にわたる戦争。

 

語ろうとすれば――あまりにも長い物語だった。

 

「…………」

 

ケイドは小さく息を吐く。

 

「そいつは……」

 

少し困ったように笑った。

 

「酒一杯じゃ足りないかもな」

 

霖之助も微笑む。

 

「酒ならまだあるよ」

 

ケイドの口元に、いつもの笑みが戻った。

 

「なら問題ない」

 

「というか、君は酒は飲めるのかい?」

 

するとゴーストが前に出る。

 

「エクソには、人間だった頃の感覚を再現するための機能が備わっています」

 

「人間だった頃?」

 

霖之助が食いつく。

 

「はい。エクソは単なる自動機械ではありません。元々人間だった者の精神を機械の身体へ移した存在です」

 

「…………!」

 

霖之助の表情が変わった。

 

「だから食事や睡眠など、人間らしい行動もできるようになっているんです」

 

「なるほど……」

 

霖之助は顎へ手を当てる。

完全に知的好奇心へ火がついていた。

 

「精神を機械へ……それで人間としての感覚まで再現しているのか……」

 

「そういうことだ――」

 

店の奥から酒が運ばれる。

外では、いつしか完全に日が沈んでいた。

魔法の森を夜の闇が包む。

妖怪の気配。

風に揺れる木々。

遠くから聞こえる、正体の分からない鳴き声。

そんな森の入り口。

香霖堂だけには、暖かな灯りが灯っていた。

元の世界へ帰る方法は分からない。

ザヴァラの行方も分からない。

目撃者の目的も分からない。

明日から何が起こるのかも。

それでも――。

少なくとも今夜だけは。

戦う必要はない。

異世界の古道具屋で酒を囲み、自分達の故郷について話す。

それくらいの時間があってもいい。

ケイドが杯を持ち上げる。

 

「さて――」

「どこから話したもんかな」

 

クロウが隣へ腰を下ろした。

 

「最初からでいいんじゃないか?」

 

「最初ってどこだよ」

 

「それを私に聞くな」

 

「黄金時代以前から説明すると非常に長くなりますね」

 

「ほらな」

 

「…………」

 

霖之助が彼を見る。

 

「君は何か話さないのかい?」

 

「…………」

 

ガーディアンは数秒考えた後。

 

隣に浮いているゴーストを指差した。

 

「…………」

「……私に全部説明させるつもりですね?」

 

ガーディアンはコクッと頷く。

 

「諦めろゴースト。こいつはこういう奴だ」

 

「明日の家事がますます不安になってきたな」

 

「?」

 

「お前のことだよ」

 

――その夜。

 

香霖堂から話し声が途絶えるまでには、まだ随分と時間がかかることになる。

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