東方天命録~The Final Shape Begins~ 作:はならむ
夜の香霖堂は、昼間とはまた違った静けさに包まれていた。
魔法の森を抜ける風が木々の葉を揺らし、ときおり窓の向こうから微かな葉擦れの音が聞こえてくる。
店内を照らしているのは、卓上の小さな灯りだけ。霖之助を囲むように、三人の異邦人が腰を落ち着けていた。
クロウ。
ケイド。
そして、派手な装備に身を包んだガーディアン。
その傍らには、彼らの相棒であるゴーストとグリントが静かに浮遊している。
先ほどまで交わされていたのは、幻想郷の外についての話だった。
人類が太陽系全土へ進出した黄金時代。
人類へ奇跡をもたらした巨大な球体――トラベラー。
その繁栄を一夜にして終わらせた大崩壊。
そして、滅亡の淵から立ち上がったガーディアン達。
霖之助にとって、それらはどれも興味深い話だった。
外の世界の品を扱っている彼でさえ知らない、遥か未来の話。
「君達の世界は……なんというか、その……この世の地獄みたいな世界だね……」
思わず苦笑いする霖之助。
人類文明が一度滅びかけた。
それだけなら、まだ理解できる。
歴史上、文明が滅亡すること自体は珍しい話ではない。
だが彼らの話は、そこでは終わらなかった。
大崩壊を生き延びた人類は、地球最後の都市へ追い詰められ。
その後も幾度となく存亡の危機に晒されてきたという。
フォールン。
カバル。
ハイヴ。
ベックス。
そして――暗黒。
聞けば聞くほど、よく今まで人類という種族が滅びずに済んだものだと感心する。
「地獄、ねえ」
ケイドは椅子の背もたれへ身体を預けた。
「まあ、否定はしないな」
「しないのかい……」
「まあ、事実だしな」
隣のクロウを見る。
「昨日敵を殲滅したと思ったら、次の日には別の奴らが攻めてくる」
「そして、それを片付けた頃にはまた別の問題が起きる」
クロウが淡々と付け加える。
「そうそう」
ケイドが指を鳴らす。
「それの繰り返し」
「…………」
霖之助の表情が引きつった。
「君達、随分あっさり言うんだね……」
「慣れたからな」
「慣れていいことなのか、それは……?」
霖之助には分からない。するとゴーストが僅かに高度を下げた。
「私達にとっては、それが日常でしたから」
「日常……」
「はい」
ゴーストの声は静かだった。
「シティの外へ出れば敵がいる。任務へ行けば戦闘になる。時には仲間が戻ってこないこともあります」
「…………」
「それでも、事務仕事のように淡々と次の任務には行かなければなりません」
卓上の灯りが、ゴーストの白いシェルを淡く照らしている。
「誰かが戦わなければ、人類を守ることができませんから」
「……なるほど」
霖之助は腕を組んだ。そして。
ふと、先ほどから一言も発していない男へ目を向ける。
「…………」
ガーディアン。
黄緑色の装甲に縁取られた黒青色のフェイスプレート。
そこには瞳の代わりのような白い光がいくつも瞬いているが、その奥からは何の感情も読み取れない。
先ほどから彼は、仲間達の話をただ黙って聞いていた。
「君も……?」
霖之助が尋ねる。
「ずっと、そんな生活を?」
「…………」
ガーディアンは霖之助を見る。
そして――。
「ああ……」
そう一言だけ、そしてゆっくり頷いた。
「そうか……」
それだけだった。
辛かったとも。
苦しかったとも。
嫌だったとも言わない。
そもそも何も言わない。
しかし。
霖之助には、先ほどまでとは少し違って見えた。
彼らにとって戦いとは、特別な出来事ではない。
日常なのだ。
この男の奇妙なまでの無口さも。
もしかすると――。
そんな世界で生きてきた結果なのかもしれない。
「…………」
だが、その空気を――。
「まあ!」
ケイドが突然ぶち壊した。
「暗い話はここまでにしようぜ!」
「……切り替えが早いね、君は」
「暗い話ばっかりしてても腹は膨れないからな」
……会話が一段落したところで。ふと、ゴーストがケイドへ向き直った。
「そういえば、ケイド」
「お?」
椅子へ深く腰掛けていたケイドが顔を上げる。
「どうした?」
「あなたは、どうしてこの幻想郷にいたんですか?」
「…………」
ケイドの表情が止まった。クロウもゴーストを見る。
「確かに」
そしてケイドへ視線を移した。
「私がこの世界に降り立った時、何故そこにケイドがいたのか不思議だったんだ」
考えてみれば当然の疑問だった。
クロウが幻想郷へ落ちてきた時。
見知らぬ墓地で彼が出会ったのは――本来ならば、そこにいるはずのない男だった。
既に死んだはずの男、ケイド6。
「よければ、蘇った経緯についても、覚えている範囲で教えていただけますか?」
「…………」
ケイドはすぐには答えなかった。
いつもなら真っ先に軽口の一つでも飛ばす男が、珍しく言葉を慎重に選んでいる。やがて。
「はあ……」
「分かった分かった」
小さく息を吐いた。
「どこから説明するべきか」
椅子の背もたれへ身体を預け、天井を見上げる。
「俺が……死んだことは覚えているよな」
「はい」
ゴーストが静かに答える。
クロウは何も言わなかった。
ただ、その表情が僅かに強張った。
「あれは俺が悪い。調子に乗って一人で突っ走った」
ケイドは自嘲するように笑う。
「まあ、いい教訓にはなった」
「死後に得る教訓ですか?」
「細かいことはいいんだよ」
ゴーストへ軽く手を振る。しかし、その笑みはすぐに消えた。
「その後は――『虚無』だ」
――彼はそう言った。
◇
一方、その頃。夜の魔法の森。
昼間とは違う静寂に包まれた森の一角で、魔理沙の家でもあり何でも屋店でもある霧雨魔法店にはまだ明かりが灯っていた。
「ただいまっと」
「おかえりなさい。霖之助さん、許したみたいね」
「ああっ」
魔理沙が扉を開けるとくつろぐ霊夢と立ったまま店内を眺めるイコラが。
「そういえばサニー達はどうするんだ?」
「さっき神社までひとっ走り飛んで、魔理沙ん家に泊まるからって伝えといたわ」
――イコラは、思わず周囲を見回している。
「…………」
本。
本。
棚にも本。
机にも本。
床にも本。
その合間には、用途の分からない瓶や乾燥させた茸、奇妙な形をした魔法道具らしきものまで無造作に置かれている。
「……随分と物が多いのね」
「そうか?」
魔理沙は何でもないように答えた。
「必要なものしか置いてないぜ」
「どこがよ」
後ろから霊夢が即座に突っ込む。
「あんた、また増やしたでしょう」
「増えてないぜ」
「増えてるわよ」
「気のせいだ」
「この前来た時、そこにそんな山なかったわよ」
霊夢が部屋の隅に積み上げられた本を指差す。
「…………」
「ほら」
「……成長したんだ」
「何がよ」
「本の山が」
「片付けなさいよ」
「そのうちな」
「…………」
イコラは二人のやり取りを黙って眺めていた。
シティにも研究資料を大量に抱え込むウォーロックはいる。
書物や遺物に囲まれて生活する者も珍しくはない。
だが――。
少なくとも、乾燥した茸と正体不明の薬品と書物が同じ机に積み重ねられている光景には、あまり覚えがない。
「まあ、適当に座ってくれ」
魔理沙が椅子の上に置かれていた本をまとめて抱える。
そのまま――別の机の上へ置いた。
「…………」
イコラがそれを見る。
「それは片付けたことになるの?」
「場所は空いただろ?」
「…………そう」
イコラはそれ以上何も言わなかった。
霊夢は慣れた様子で空いている椅子へ腰を下ろしている。
まるで自分の家にいるかのようだった。
「さて」
魔理沙は室内を見回す。
「先に寝る場所だけ決めとくか」
「そうね」
「客用の布団が一組しかないんだよな」
霊夢は即答した。
「じゃあイコラが使えばいいじゃない」
「そうだな」
あっさり決まった。イコラが口を挟む。
「私は床でも構わないわ」
「いいって」
魔理沙が手を振る。
「客を床に寝かせるわけにもいかないだろ」
「でも霊夢は?」
「こいつは客じゃない」
「誰が客じゃないのよ」
「お前だよ」
魔理沙は霊夢を指差した。
「勝手に上がり込んで勝手に茶飲んでく奴のどこが客だ」
「友達なんだからいいじゃない」
「否定はしないけどな」
魔理沙はそう言いながら奥へ向かう。
「イコラは客用の布団使ってくれ。霊夢はいつも通り私のところな」
「分かった」
「…………」
あまりにも自然に話が進んだ。イコラは二人を見る。
「一緒に寝るの?」
「そうだけど?」
霊夢が不思議そうにこちらを見る。まるで何を聞かれているのか分からない、とでもいうような顔だった。
「……いえ。あなたが構わないのなら」
「別に珍しいことじゃないわよ」
「こいつ昔からたまに泊まってくしな」
奥から魔理沙の声が飛んでくる。
「ただし!」
「何よ」
布団を抱えた魔理沙が戻ってきた。
「今日は蹴るなよ」
「蹴らないわよ」
「前に蹴っただろ」
「あんたがこっちまで転がってきたからでしょうが」
「寝てるんだから仕方ないだろ」
「だったら端で寝なさいよ」
「なんで家主の私が端なんだよ!」
「私が落ちたらどうするのよ」
「私なら落ちてもいいのか!あと――」
「な、なによ!」
「――屁をこくなよな!」
……霊夢の顔は真っ赤になる。
「あ、あんたこんな美少女に何を言うのよ!」
「なにが美少女だあ?この前寝てる最中にあたしにケツ向けて『ブッ!』って零距離からブッ放したのはどこのどいつだ!臭すぎて眠れなかったんぞあの時!」
「生理現象なんだから仕方ないでしょう!?あんただってこの前、あたしにお尻を向けて恥ずかしげもなくすかしたじゃない!なあに食ったらあんな臭いのよ!」
「生理現象なんだからしかたないだろうがっ!!」
「…………………………………」
………イコラは黙って二人を見つめ、少し口元がひきつっているようにも見えた。
しばしの沈黙。
「……ねえあなた達」
「な、何よ」
「なんだ?」
イコラは僅かに眉間を押さえた。
「……今の話、ガーディアン達に聞かれなくて本当に良かったわね」
「…………」
「…………」
霊夢と魔理沙が揃って固まる。
「……特にケイドには。彼なら間違いなくずっとネタにするでしょう」
二人の顔から、すっと血の気が引いた。
「絶対言わないでよ」
「頼む。マジで頼むぜ」
「言わないわよ。私だって巻き込まれたくないもの」
「…………」
「…………」
そこでようやく、部屋に静けさが戻った。
――少し前まで。
博麗神社では戦闘が繰り広げられていた。
宙に異形の敵が飛び交い。
銃声と爆発音が響き。
境内は大きく破壊された。
霊夢が帰るべき場所も――今夜はまともに人が休める状態ではない。
だが。
魔理沙は、そのことを一度も口にしていなかった。
霊夢も。
泊めてほしいとは言わなかった。
魔理沙も、泊まるかとは聞かなかった。
最初から。
今夜、霊夢がここにいることは決まっていたかのようだった。
「…………」
イコラの口元が僅かに緩んだ。
「フフッ……」
「何よ?」
霊夢が気づく。
「いえ」
「なんだ?」
魔理沙も見る。
イコラは二人を交互に見た。
「あなた達は、本当に仲がいいのね」
「よくない!」
「よくないぜ!」
綺麗に重なった。
「…………」
二人が互いを見る。
「真似しないでよ」
「そっちが真似したんだろ」
「私が先よ」
「私だぜ」
「私よ」
「…………」
また始まった。
イコラは小さく笑った。
やがて魔理沙は布団を置くと、立ち上がった。
「よし」
「?」
「腹減っただろ」
その言葉に、イコラは自分が最後にまともな食事を取ったのがいつだったか思い返す。
「……そうね」
「じゃあ何か作るぜ。大したもんはないけどな」
「手伝うわ」
「いいって。座ってろよ」
「でも――」
「今日は客なんだから大人しくしとけ」
「…………」
イコラは少し迷った末。
「分かったわ」
椅子へ腰を下ろす。
「霊夢は?」
「私?」
「手伝えよ」
「なんでよ」
「お前は客じゃないから」
「さっきの話まだ続いてたの!?」
「ほら、立て立て」
「嫌よ。疲れた」
「私も疲れてる!」
「じゃあ簡単なものでいいわよ」
「食わせてもらう側が言う台詞じゃないだろ!」
「…………」
また言い争いが始まる。
だが結局。
「もういい! 座ってろ!」
「最初からそう言ってるじゃない」
「ぐぬぬ……!」
魔理沙は一人で食事の準備を始めた。
霊夢は頬杖をつきながら、その後ろ姿を眺めている。
「…………」
しばらくして。霊夢がぽつりと口を開いた。
「……明日」
「ん?」
魔理沙は振り返らない。
「神社、見に行かないと」
料理をする手は止まらなかった。
「ああ」
「どこまで直せるか分からないけど」
「私も行くぜ」
「別にいいわよ」
「一人じゃ大変だろ」
「…………」
霊夢は少しだけ目を伏せる。
ほんの僅かな沈黙。
「……勝手にしなさい」
「おう。勝手にするぜ」
それだけだった。
慰めの言葉も。
励ます言葉もない。
霊夢も礼を言わない。
魔理沙も求めない。
「…………」
イコラは何も言わず、そのやり取りを見ていた。
やがて。魔理沙が鍋の中身を味見する。
「うん、こんなもんか」
霊夢がすぐに口を挟む。
「ちゃんと味見した?」
「今しただろ」
「本当に美味しい?」
「心配なら食うな」
「食べるわよ」
「どっちだよ!」
先ほどの静けさは、もうない。
「…………」
イコラは窓の外へ目を向けた。
森の中は静かだった。
敵の姿はない。
銃声も。
爆発音も。
警報もない。
明日になれば、再び動かなければならない。
ザヴァラを探す必要がある。
幻想郷へ侵入した敵についても調べなければならない。
目撃者が何を企んでいるのかも分からない。
帰還する方法すら見つかっていない。
何一つとして、終わってはいなかった。
それでも。
「イコラ」
呼ばれて振り返る。
「味、濃い方と薄い方、どっちが好きだ?」
「…………」
イコラは少しだけ目を瞬いた。
作戦でも。
戦術でも。
敵の情報でもない。
そんなことを尋ねられたのは――。
「薄めでお願い」
「分かった」
「私は濃い方」
「霊夢には聞いてない」
「なんでよ!」
「お前の好みは知ってるからだ!」
「じゃあ最初からそう言いなさいよ!」
「…………」
イコラはほんの少しだけ肩の力を抜いた。
今夜だけは。
この静かな時間に身を委ねてもいいのかもしれない。
そんなことを思いながら。
◇
「虚無……?」
クロウが呟く。
「ああ。ただし、悪い意味じゃない」
ケイドは胸の前で両手を組んだ。
「むしろ……穏やかだった」
痛みはなかった。
苦しみもなかった。
戦いもなかった。
次の任務も。
次の敵も。
明日、誰かを失うかもしれないという恐怖も。
何もない。
ただ――静かだった。
「それで……」
ケイドの声が僅かに柔らかくなる。
「あいつも、そこにいるような気がした」
ゴーストが静かに彼を見る。
「サンダンス」
その名前を口にした瞬間。
ケイドから、完全に冗談の色が消えた。
「俺のゴーストだ。あいつは……」
胸へ手を当てる。
「俺の一部……というか」
少し考え。
「いや、逆か」
「…………」
「俺達は――」
そこでケイドは、彼らしい言葉を選んだ。
「デッキに戻った二枚のカードみたいに、一つになった」
霖之助は何も言わず耳を傾ける。
クロウも。
ガーディアンも。
ゴーストも。
そしてグリントも。
誰も、その言葉を遮らなかった。
「俺とサンダンスっていう二枚のカードが、ようやく同じデッキへ戻った。そんな感じだった」
姿を見たわけではない。声を聞いたわけでもない。
触れたわけでもない。
それでも。
「分かったんだ」
ケイドは静かに言った。
「あいつがいた」
ゴーストの中央の光が、僅かに細くなる。
「……感じた、ということですか?」
「ああ」
ケイドは頷いた。
「証明しろって言われても無理だけどな」
「その必要はありません」
ゴーストはすぐに答えた。
「…………」
ケイドは一瞬だけゴーストを見る。
「ありがとよ」
短い言葉だった。それ以上、ゴーストも何も言わなかった。
「だから……悪くはなかった」
ケイドは再び天井を見る。
「もう走らなくていい。戦わなくていい。誰かを失うこともない」
そして何より。
「サンダンスもいる」
ほんの僅かに笑う。
「だったら……まあ」
そのままでもよかった。
ようやく辿り着いた終着点。
それをケイド自身も受け入れていた。
――だが。
「その後に感じたのは――」
笑みが消えた。
「『痛み』だった」
「…………」
ゴーストのシェルが微かに動く。
「突然だった。それまで何もなかった。穏やかだった。それなのに、いきなり痛みが走った」
……そして。
「隔絶」
その言葉だけが、静かな香霖堂へ重く落ちた。
「引き離された」
サンダンスから。
あの静謐な場所から。
自分がようやく辿り着いたはずの終着点から。
「……それからどうなった?」
クロウが静かに尋ねる。
「次に気づいた時には――」
ケイドは肩をすくめた。
「一人だった」
その言葉には、先ほどまでとは違う静かな孤独が滲んでいた。
「見覚えのない場所だった。古びた墓石がそこら中に並んでてな。しかも、どれも名前らしい名前が刻まれてない」
「墓地ですか?」
「ああ。気味が悪いにもほどがある。月のハイヴの神殿みたいな居心地の悪さだ」
ケイドは自分の身体を示す。
「身体はある。ちゃんと動く。銃も扱える」
そして、空っぽの肩口へ視線を向ける。
「でもゴーストはいない」
掌を開く。
何も起こらない。
「ナイフと空中ジャンプくらいなら使えるが、これ以上の光は使えない」
ゴーストが静かに呟く。
「……やはり通常の蘇生ではありませんね」
「だろうな」
ケイドは苦笑した。
「ただでさえトラウマになりそうな体験だってのに――」
その指がクロウへ向けられる。
「そこにこいつが現れた」
「…………」
クロウが目を細める。
「よりによってな」
「私も驚いた」
「俺の立場になってみろ。死んで、サンダンスと一つになって、そこから無理矢理引っ張り戻されて、目覚めたら墓場、そしてコイツだ」
「…………」
霖之助の視線が、ゆっくりクロウへ向いた。クロウは非常に気まずそうな顔をした。
「まあ、俺達も大人だ」
ケイドがクロウの肩を軽く叩く。
「話し合った」
「最初に撃ったのはお前だろう」
「昔の話だ」
「つい昨日だろ」
「細かいな」
クロウが深いため息をつく。
「まあ、今は悪い奴じゃない」
ケイドは笑う。
「昔は――」
「おい」
「冗談だよ」
そんな二人のやり取りを聞いていた霖之助だったが、ふと。
「……待ってくれ」
眉を寄せた。
「ん?」
「さっき君は、古びた名もない墓標ばかりが並んでいたと言ったね?」
「ああ」
霖之助は少し考え込む。
「そこはもしかすると――無縁塚じゃないか?」
「無縁塚?」
クロウが首を傾げる。
「ああ。僕も仕入れの関係でよく通る場所だ」
「墓地に?」
ケイドが尋ねる。
「外の世界の品が流れ着くことがあるんだ」
ケイドは店内を見回す。
用途不明の機械。
古道具。
外の世界から流れ着いた品々。
「……なるほど。商売熱心だな」
「僕にとっては重要な仕入れ先だからね」
霖之助はそう答えると、少しだけ表情を引き締めた。
「無縁塚は幻想郷の中でも特殊な場所だ」
「特殊?」
「あそこは外の世界の人間――外来人が幻想郷へ迷い込んだ際、最初に辿り着きやすい場所の一つなんだ」
ゴーストが反応する。
「外来人、つまり外の世界の人間ですか?」
「ああ」
「…………」
ゴーストは考え込んだ。
「偶然でしょうか」
死んだはずのケイドが目覚めた場所。クロウが幻想郷へ落とされた場所。
それが外来人が最初に訪れやすい場所――無縁塚。
偶然。
そう片付けるには、少し出来すぎている。
「ただし――」
霖之助は続けた。
「あそこは決して安全な場所じゃない」
「というと?」
クロウが尋ねる。
「あそこには外来人を狙う妖怪がいる」
「…………」
「幻想郷について何も知らない人間が突然迷い込む。土地勘もない。妖怪への対処法も知らない」
霖之助の声が僅かに沈む。
「そういう人間を狙って、腹を空かせた妖怪が集まってくることがあるんだ」
クロウの表情が険しくなる。
「襲われるのか」
「ああ」
――短い肯定。
「そして――命を落とす」
店内が静まり返る。
「だから、あそこには名もない墓が多い」
誰なのかも分からない。
名前すら残らない。
故郷へ帰ることもできず。
誰にも知られないまま、幻想郷で命を落とした外来人達。
「だから――名もなき墓ばかりが立てられた、悲しい場所さ」
「…………」
クロウが目を伏せる。ガーディアンも、何も言わない。
やがて霖之助は改めてケイドとクロウを見る。
「君達……よく無事だったね」
「…………」
「妖怪には襲われなかったのかい?」
「妖怪……?」
ケイドが首を傾げた。
「…………」
――しばらく考える。と、
「…………あ」
何かを思い出した。
「そういやあ俺達、出会った後になんか変な怪物達が待ち構えてたよな、クロウ」
「…………」
クロウも記憶を辿る。
「ああ」
そして――。
「そういえば、そうだったな」
一拍。
「言うのを忘れていた」
「………………」
沈黙。
霖之助。
ガーディアン。
ゴースト。
三者が揃って二人を見つめた。
「……え?」
霖之助が恐る恐る口を開く。
「え、ちょっと待ってくれ」
嫌な予感がする。
「大丈夫だったのか?」
「ああ」
ケイドはあっさり頷いた。
「そいつらやたら敵意剥き出しだったからな」
そして突然、右手で銃の形を作った。
「まず正面の奴に――バキューン!」
右を向く。
「右の奴にもバキューン!」
今度は左。
「それから他の数体にも――」
両手を交互に突き出す。
「バキュン! バキュン! バキューン!!ってな!マジ痺れたよ!」
「……………………」
霖之助の表情が固まった。
「……………………」
ゴーストも沈黙。
「……………………」
ガーディアンすら無言でケイドを見ている。本人が三人の反応を見比べた。
「……もしかして」
僅かな不安が声に混じる。
「まずかったか?」
「…………」
誰も答えない。
するとケイドがクロウを指差した。
「クロウ、お前だって相当だっただろ」
「……………」
「最初、そいつらに警告射撃しただろ?」
「ああ」
「それでも襲いかかってきたから――」
ケイドはニヤリとする。
「右手を突き上げてゴールデンガンをぶっ放した」
霖之助の目が僅かに見開かれた。
「ゴールデン……?」
「黄金の銃です」
ゴーストが補足する。
「ソーラーの光を武器として具現化する、ハンターのスーパースキルです」
「…………」
霖之助はクロウを見る。
「君、さっき光を使えると言っていたけど……」
「…………」
クロウが視線を逸らす。
「何回も警告はした」
「そこじゃない」
ケイドが笑いを堪えながら続ける。
「いやぁ、そしたら残った連中がキャンキャン言いながら逃げていってな!」
腹を抱える。
「あれは見物だった!」
「お前に言われたくない」
クロウの眉間に皺が寄る。
「何が?」
「お前だってナイフと銃で、あいつらの頭を吹き飛ばしていただろう」
「あー……」
ケイドが顎へ手を当てる。
「…………」
……数秒。
「やったな」
「やったな、じゃない」
「切り札は絶好調だったぜ?」
「そういう話をしているんじゃない」
「…………………」
三者の沈黙が、先ほどよりさらに重くなった。ようやくケイドも空気に気づく。
「……なんだよ、その顔」
「いや……」
霖之助は額へ手を当てた。どう説明するべきか迷った末。
「君達が無事だった理由は、よく分かったよ」
「だろ?」
「逆だ」
「ん?」
霖之助は二人を見る。
「君達が妖怪に襲われても無事だったんじゃない」
一拍。
「襲った妖怪の方が無事じゃなかったんだ」
「…………」
ケイドとクロウが顔を見合わせる。
ガーディアンが無言で、ゆっくり頷いた。ゴーストも同意する。
「その認識が正しいと思います」
「おいおい」
ケイドが両手を広げた。
「俺達は被害者だぜ?」
「先に襲われたのなら、確かにそうなんだろうけど……」
霖之助も否定しきれない。
「ただ、幻想郷には幻想郷の事情がある。まして君達は、まだここがどういう場所なのかすら知らなかったんだろう?」
「ああ」
「なら、あまり不用意に武力を使うのは勧めないよ」
霖之助の声が少し真剣になる。
「幻想郷は基本的に外から来るものを全て受け入れる場所ではある。だが――」
そこで言葉を切った。
「強大な武力を持った者まで、何の警戒もなく受け入れるとは限らない」
「…………」
クロウの表情が変わった。
「特に八雲紫のような者なら、幻想郷そのものへ危険が及ぶ可能性があると判断すれば、当然動くだろうね」
「…………待て」
クロウの顔から、徐々に血の気が引いていく。
「どうした?」
ケイドが尋ねる。
「そうだ、八雲紫だ」
「ん?」
「もし……」
クロウは片手で顔を覆った。
幻想郷へ来た直後。
事情も知らず。
無縁塚で。
現地の妖怪を相手に警告射撃。
それでも襲いかかってきたため――
ゴールデンガン。
その隣ではケイドが切り札とナイフ。
「…………」
クロウは天井を仰いだ。
「彼女に見つかっていたら、終わっていたな……私達。寧ろ何事もなかったのが不思議なくらいだ」
「何言ってんだ」
対するケイドはまるで気にしていない。椅子へふんぞり返る。
「正当防衛だから心配ないさ」
「そういう問題なのか?」
「先に襲ってきたのは向こうだろ?」
「それはそうだが……」
「なら問題なし!」
ケイドは満足そうに頷く。
「…………」
霖之助は何とも言えない表情になる。
ゴーストも沈黙。
そしてガーディアンは――
「…………」
ゆっくりとケイドへ渾身の親指を立てた。
「おっ!」
ケイドも嬉しそうに親指を立て返す。
「分かってるじゃないか!」
「肯定しないでください」
即座にゴーストから制止が入った。
ガーディアンの親指が、ゆっくり下がる。
クロウは深いため息を吐いた。
「……今になって思うが」
「ん?」
「私達は幻想郷へ来た初日から、相当危ない橋を渡っていたんだな」
「…………」
ケイドは少し考えた。
「…………」
そして満面の笑み。
「生きてるからヨシ!」
「よくない」
霖之助。
クロウ。
ゴースト。
グリント。
四人の声が綺麗に重なった。
「…………」
ガーディアンだけが、無言で再び親指を立てる。
「だから肯定しないでください」
ゴーストが即座に突っ込んだ。
ケイドは声を上げて笑い、クロウは頭を抱える。
霖之助も呆れたようにため息をついた。
だが――。
その傍らでゴーストは再びケイドへ視線を向けていた。
「…………」
笑い話に隠れてしまったが。
一つだけ、何も解決していない。
死んだはずのケイド6。
ゴーストによる蘇生ではない。
光もほとんど失っている。
それにもかかわらず、肉体を伴ってこの世へ戻ってきた。
そして彼が目覚めた場所は――。
外来人が幻想郷へ迷い込んだ際、最初に辿り着きやすいという無縁塚。
さらに、ほぼ同じ場所へクロウまで落とされた。
偶然なのだろうか。
「…………」
ゴーストには、どうしてもそうは思えなかった。
ケイドは「引き離された」と言った。
穏やかな虚無。
サンダンスと一つになった感覚。
そこから突然襲った痛み。
そして隔絶。
まるで――何者かが。
ケイド6という存在を、死の向こう側から無理矢理こちらへ引き戻したかのように。
ゴーストの中央の光が、僅かに細くなる。
窓の外では、魔法の森の木々が風に揺れていた。
その遥か上空。
幻想郷を覆う夜空には。
彼らの世界から伸びてきた異変が、今も静かに影を落としている。
この時の彼らには、まだ分からなかった。
ケイド6が再び目を覚ましたこと。
クロウがその場所へ導かれたこと。
そして彼らが幻想郷へ辿り着いたこと。
それらが本当に――ただの偶然なのかどうかを。