東方天命録~The Final Shape Begins~ 作:はならむ
翌朝――。
魔法の森には、まだ薄い朝靄が残っていた。
木々の隙間から差し込む朝日は淡く、夜露に濡れた草木を静かに照らしている。そんな森の中を、三人の人影が進んでいた。
「ふぁ……」
霊夢が小さく欠伸をする。
「眠そうだな」
箒を肩に担いだ魔理沙が横目で見る。
「眠いわよ。昨日あれだけ色々あったんだから」
「私だって同じだぜ」
「あんたは朝から元気すぎるのよ」
「そうか?」
「そうよ」
二人の少し後ろを歩くイコラは、そのやり取りを静かに聞いていた。
昨夜。霧雨魔法店で休ませてもらったおかげで、疲労は多少取れている。
十分な睡眠とは言い難い。それでも。
敵襲も何もなく。銃声も爆発音も聞こえない夜を過ごせた。
それだけでも随分と違った。
「もうすぐよ」
霊夢の声に、イコラは顔を上げた。
木々の向こう。
一軒の古びた建物が姿を現す。
「ここがみんなが泊まった、確か――」
「ああ」
魔理沙が答える。
「霖之助の営む香霖堂だ」
イコラは建物を見る。
昨日聞いた話では。
外の世界から幻想郷へ流れ着いた品を扱っている店らしい。
そして昨夜。
ケイド達三人を泊めてくれた人物がいる。
「霖之助ー!」
魔理沙は店の前まで来ると、遠慮なく扉を開けた。
「来たぜー!」
「君は朝から騒がしいな」
すぐに奥から呆れた声が返ってくる。
霖之助だった。
「おはよう、霖之助さん」
霊夢も慣れた様子で店内へ入る。
「おはよう。二人とも随分早いね」
そう答えた霖之助だったが。
「…………」
視線が二人の後ろで止まった。
見慣れない坊主頭の黒人女性。
紫色を基調とした装束。
幻想郷ではまず見かけない服装。
そして何より。
その立ち姿には、霊夢や魔理沙とも違う独特の雰囲気があった。
「…………」
イコラも霖之助を見る。
人間――。
いや、微かに何かが違う。
だが、敵意はない。
互いに数秒。
相手を観察する。
「そういえば」
魔理沙が思い出したように言った。
「二人は初めてだったな」
「そうね」
霊夢も頷く。
魔理沙が霖之助を指す。
「イコラ。こいつが霖之助。この店の店主だ」
「こいつとは随分な紹介だね」
「細かいこと気にするなよ」
「君は少し気にした方がいい」
魔理沙は聞き流す。
続いてイコラを示した。
「で、こっちがイコラだ」
「…………」
イコラが一歩前へ出る。
「初めまして」
落ち着いた声。
「イコラ・レイよ」
「森近霖之助だ」
霖之助も軽く頭を下げる。
「香霖堂という店をやっている」
「昨夜は仲間達を泊めてくれたそうね」
「ああ」
「ありがとう。助かったわ」
「礼を言われるほどのことじゃないよ」
霖之助は店内へ視線を向ける。
「宿としては随分と不便な場所だからね」
「彼らなら問題ないわ」
イコラは僅かに笑う。
「もっと酷い場所で眠ることにも慣れているから」
「…………」
霖之助の眉が僅かに動いた。昨日の会話が頭によぎるが。
「それはまた、随分と物騒な生活をしているようだ」
「否定はできないわね」
「…………」
霖之助は改めてイコラを見る。
昨日。
ケイド達から聞いた話。
彼らが幻想郷とは全く異なる世界から来たこと。
そして。
その世界では、自分の想像を遥かに超える戦いが続いているらしいこと。
「君も、彼らと同じ世界から?」
「ええ」
「なるほど」
霖之助の目に、僅かに好奇心が浮かぶ。
「なら君にも色々聞いてみたいところだね」
魔理沙が笑った。
「始まったぜ」
「何が?」
「霖之助の外の世界の話好き」
「商売柄、当然だろう」
「商売っていうより趣味でしょうが」
霊夢が突っ込む――すると。
「…………あれ?」
霊夢がふと頭を傾げる。
「霊夢?どうした?」
「……いや、さっきからなんか違和感があるのよね」
「違和感?」
「……なんだろう、二人の会話がなんか引っかかるの。けど、まあいいわ」
「「?」」
と、話を流してしまう霊夢に魔理沙と霖之助は頭を傾げた。
イコラは。
「構わないわ。時間がある時なら、私に答えられる範囲で」
「それはありがたい」
霖之助も僅かに笑った。
「もっとも」
店内を見る。
「今は君の仲間達を迎えに来たんだろう?」
「ええ」
イコラも視線を移した。
「全員起きている?」
「とっくにね」
霖之助が答える。
「君達が来る少し前から準備していたよ」
「よう」
奥から声がして軽い足取りでケイドが片手を上げる。
「お迎えか?」
「そういうことだぜ」
魔理沙が答える。
その近くには既に身支度を整えたクロウとグリント。
そしてガーディアン。
ゴーストがその肩の近くを漂っている。
「おはよう、イコラ」
「おはよう」
クロウが立ち上がる。
「我々もそろそろ向かおうと思っていた」
イコラは三人を順番に見る。
「ちゃんと休めた?」
「ああ。十分だ」
「俺もバッチリ」
ケイドが親指を立てる。
「ここの色男には世話になったぜ」
「色男?」
イコラが霖之助を見る。
「…………」
霖之助は眼鏡を押し上げた。
「気にしないでくれ」
「昨夜からずっとこんな調子なんだ」
「なるほど」
イコラがケイドを見る。
「迷惑をかけてないでしょうね?」
「俺を何だと思ってるんだ?」
その瞬間。
霖之助。
クロウ。
ガーディアン。
ゴースト。
グリント。
五者が。
「…………」
一斉に沈黙した。
「え…………?」
イコラの目が細くなる。
「何?」
「何でもない」
ケイドが即答した。
「本当に?」
「もちろん」
昨夜。無縁塚でクロウが妖怪相手に警告射撃からのゴールデンガンで迎撃。
さらにケイドが切り札とナイフで応戦していたことについては。
ひとまず――黙っておくことになった。
「…………」
霖之助は何とも言えない顔をしていた。
「霖之助?」
魔理沙が首を傾げる。
「いや」
霖之助は静かに首を横へ振った。
「僕から言うことではないよ」
「何だよそれ」
「そのうち本人達から聞けばいい」
「…………?」
魔理沙は怪訝そうな顔をした。ケイドが霖之助を見る。
「助かるぜ、色男」
「だから、その呼び方はやめてくれ」
クロウが小さくため息を吐いた。
「そういうイコラはちゃんと休めたのか。二人に話し付き合わされて寝れてないオチじゃないだろうな?」
「…………」
ケイドの問いにイコラが固まった。
同時に。
「…………」
霊夢も。
「…………」
魔理沙も。三人の脳裏に、昨夜の会話が蘇る。
『――屁をこくなよな!零距離でブッ放しやがったのはどこのどいつだ!』
『生理現象なんだから仕方ないでしょう!?』
『あんただって恥ずかしげもなくすかしたじゃない!』
「…………」
「…………」
「…………」
ケイドが首を傾げる。
「……どうした?」
「何でもないわ」
イコラは即答した。
「よく眠れたわ。ええ、とても」
「そ、そうか?」
「ええ」
「…………」
ケイドは妙に固まっている霊夢と魔理沙を見る。
「お前らは?」
「何もないわよ!」
「何もないぜ!」
「俺、まだ何も聞いてないんだが――」
「…………」
「…………」
二人が黙った。
「……なんかあったな?」
「ない!!」
二人の声が綺麗に重なった。
「それでは」
イコラが話を戻す。
「行きましょう」
「ああ」
クロウが頷く。霊夢も踵を返す。
「まず神社に戻るわよ」
「昨日は暗くて、被害もまともに確認できなかったからな」
魔理沙が続ける。
「…………」
ケイドから僅かに笑みが消えた。
クロウも。
ガーディアンも。
ゴーストも。
「分かった」
クロウが短く答えた。
一行が外へ向かう。
「それじゃあ霖之助」
魔理沙が振り返る。
「またな」
「ああ」
霖之助は頷いた。
「気をつけて」
そして最後に。
「イコラさん」
「?」
呼ばれたイコラが振り返る。
「今度、時間がある時にでも」
霖之助は店内に並ぶ外の世界の品々へ一度視線を向ける。
「あなた達の世界について、少し話を聞かせてくれるかい?」
「ええ」
イコラは静かに頷いた。
「私でよければ」
「楽しみにしているよ」
短い挨拶を交わし。
イコラは仲間達と共に香霖堂を後にした。。
「さてと――」
魔理沙が箒へ跨る。
「神社まで戻るか」
「ええ」
霊夢もふわりと宙へ浮かび上がった。
「…………」
ガーディアンが片手を前へ伸ばした。
淡い光が集まり。
次の瞬間。
彼の傍らに一台のスパローが姿を現した。
「相変わらず便利だな、それ」
魔理沙が興味深そうに見下ろす。
少し離れた場所ではクロウ、イコラがグリント、オフィウクスを介して自身のスパローを呼び出していた。
「なあ」
魔理沙が言う。
「それって私にも運転できるのか?」
「…………」
クロウが魔理沙を見る。
「運転には訓練が必要になるが、できるようにはなるだろう」
「おっ!」
「やめときなさい」
即座に霊夢が割って入った。
「なんでだよ」
「絶対ろくなことにならないから」
ケイドが笑いながら三台のスパローを見る。
「さてと」
ガーディアン。
クロウ。
イコラ。
「私は乗せないわよ」
「はやっ!」
イコラは即刻拒否。
「私もお前を乗せるとろくなことにならんから無理だ」
「けっ、冷たい奴らだな」
クロウも拒否。残るはやはりガーディアン。
「やっぱり今日もこっちだな」
そう言って、ガーディアンの後ろへ跨った。
「今日も頼むぜ、相棒」
ガーディアンは無言で親指を立てる。
「ケイド、昨日みたいな馬鹿なマネはやめてくださいね」
「あ、おい馬鹿!」
と、ゴーストが釘を指すとイコラの耳に入る。
「……昨日?」
イコラの鋭い目がケイドに刺さる。
「昨日、こいつあたしの箒に飛び移ってきたりして散々だったんだ!」
「あ、魔理沙、お前!」
「……ケイド」
イコラの声が一段低くなる。
「いや、待てイコラ。これにはちゃんと――」
「着いてから聞くわ」
「はいよ」
クロウが小さくため息をつく。
「だから乗せたくなかったんだ」
「まあ、今日はもうあんなことしないさ。なあ相棒!」
ケイドがガーディアンの肩をポンと置く。
「俺が保証する」
「あなたが保証すると余計に不安です」
「俺の信用なさすぎだろ!」
「ハハハ、ざまあだな!」
魔理沙達の笑い声が響いた。そして
「準備はできた?」
「ええっ、いいわ」
「じゃあ行くわよ」
霊夢、魔理沙が先頭へ出た。そして――。
一行は博麗神社を目指して動き出した。
◇
朝の幻想郷。
澄んだ空を、二つの人影が進んでいく。
霊夢。魔理沙。その下。
三台のスパローが木々の間を駆け抜けていた。
――ギュオォォォォォン……!
「…………」
霊夢が下を見る。
ガーディアン達のスパローが高速で道を抜けていく。
後部ではケイドが楽しそうにしていた。
「朝からうるさいわね……」
「聞こえてるぞー!」
下からケイドの「Fooooouuuu!!!」の声。
「余計うるさい!」
「元気でいいじゃないか!」
魔理沙が笑う。
「私は朝からあの音聞かされる側の気持ちを言ってるのよ!」
そんな霊夢の横で。
「…………」
イコラは静かに周囲を見渡していた。
青い空。深い森。
遠くに霞む山々。
そして。朝日に照らされる幻想郷。
昨日はこんな景色を見る余裕などなかった。
目撃者を追い。
ベイルによって開かれた道へ突入し、ジャンプシップは異常を起こして墜落。
気づけば未知の世界へ放り出されていた。
そして。
その直後から戦いが始まった。
「…………」
幻想郷の牧歌的な風景を見ながら運転するイコラは素直に答える。
「とても綺麗な場所ね――」
こんな晴れ晴れとした空気は一体いつぶりだろうか。
イコラは自然と僅かに微笑んだ。
しかし。
「そろそろ見えるぜ」
魔理沙の言葉。
「…………」
その瞬間。霊夢の表情が変わった。
笑みが消える。
「……そうね」
声も静かになる。
魔理沙も。
それ以上、何も言わなかった。
「…………」
イコラ下からは二人を見る。
そして前方へ視線を向けた。
木々が途切れ始める。
その向こう。
高台。
そこに――。
「…………」
霊夢の住居兼、博麗神社が見えた。
いや、かつての姿を残した。
ボロボロと化した博麗神社が待ち構えていた。
◇
霊夢が最初に境内へ降り立った。
続いて魔理沙。少し遅れて三台のスパローが境内へ入ってくる。
駆動音が小さくなり。
やがて完全に止まった。
クロウが降りる。
イコラと続いて。
そしてに最後に、ガーディアンが地面へ足をつけた。
ゴーストがその肩の近くへ浮かび上がる。
「…………」
誰も何も言わなかった。
ただ並んでいた。
霊夢。
魔理沙。
イコラ。
ケイド。
クロウ。
ガーディアン。
ゴースト。
グリント。
イコラのゴースト、オフィウクス。
全員が目の前の光景を見つめていた。
「…………」
昨日までそこには博麗神社があった。
もちろん今も神社そのものが消えたわけではない。
だが――。
鳥居には深い傷が刻まれていた。
上部は砕け、破片が地面へ散らばっている。
参道の石畳には無数の亀裂。
何かが着弾した場所は大きく抉られ。
境内には焦げ跡が残っている。
昨日の戦いで吹き飛ばされた木片や瓦。
正体不明の金属片。
そして敵が残した残骸。
それらが。
朝日に照らされていた。
社殿も無事ではない。
壁が崩れ。
屋根には大きな穴。
縁側も壊れている。
「…………」
昨夜も見ていた。
分かっていた。
だが戦闘が終わり。
煙が消え夜が明け。
朝日によって全てが照らされた今。
改めて見る故郷の姿は――。
「改めて見ると……ひどいな」
魔理沙が呟いた。
「…………」
霊夢は答えなかった。ただ自分の神社を見ている。
「…………」
魔理沙もそれ以上は言わなかった。
ケイドからも。
先ほどまでの軽口は消えていた。
クロウも無言。
ガーディアンも一つふざけることなく壊れた神社を見つめている。
「…………」
イコラはその中で。
霊夢を見ていた。
昨日、自分達がここへ来るまでは。
この場所にはいつもと変わらない日常があったはずだ。
霊夢が暮らし。
魔理沙が訪れ。
二人が茶を飲み。
妖怪や妖精が顔を出す。
彼女達にとって。
当たり前だった日常。
そこへ自分達の世界の戦争が入り込んだ。
「…………」
イコラの手が僅かに握られる。
ドレッド。
目撃者。
どれも幻想郷の者達には関係のなかった存在だ。
本来なら彼女達が知る必要すらなかった。
「霊夢」
「…………?」
霊夢が振り返る。
イコラは彼女を真っ直ぐに見た。
そして。
「……本当にごめんなさい」
「…………」
霊夢が僅かに眉を寄せた。
「イコラ?」
「あなた達を――」
イコラは一度、壊れた神社へ目を向ける。
「あなた達の世界を、私達の戦いに巻き込んでしまった」
「…………」
魔理沙がイコラを見る。
ケイドも。
クロウも。
ガーディアンも。
誰も口を挟まなかった。
「あの軍勢は私達の世界から来た」
イコラは静かに続ける。
「目撃者が何を目的としてここへ来たのかは、まだ分からない」
「…………」
「でも」
その声に僅かな悔恨が混じる。
「あなた達には関係のない戦いだった」
「…………」
「本来なら、あなた達がドレッドと戦う必要なんてなかった」
イコラは壊れた社殿を見る。
「あなたの家まで……こんなことになって」
そしてもう一度、霊夢を見る。
「本当に、ごめんなさい」
「…………」
しばらく。霊夢は何も答えなかった。
風が吹く。
境内に落ちていた紙片が。
カサリと音を立てて転がった。
「…………」
霊夢は自分の家を見る。
壊れた鳥居。
石畳。
社殿。
縁側。
昨日まで。
当たり前のようにそこにあった場所。
そして――。
「……まあ」
小さく息を吐いた。
「迷惑なのは間違いないわ」
「霊夢……」
魔理沙が苦笑する。
「何よ」
霊夢は横目で見る。
「いきなり神社は壊されるし」
指を一本立てる。
「見たこともない連中が攻めてくるし」
――二本。
「訳の分からない力は飛び交うし」
――三本。
「いきなり空から変なのが落ちてくるし」
「…………」
全員の視線がゆっくりとガーディアンへ向く。
「…………」
ガーディアンが自分を指差す。
「そうよ、あんたよ」
「…………」
ゴーストが僅かに高度を下げた。
「…………」
「でも」
霊夢の一言で再び空気が静かになった。
霊夢はイコラを見る。
「あいつらをここへ連れてきたのは、あんたじゃないんでしょう?」
「……ええ」
「なら」
霊夢は肩を竦める。
「あんたが謝ることじゃないわ」
「…………」
「それに」
霊夢は昨日の戦いを思い出す。異形の敵。
見たこともない攻撃。
光と暗黒の両方を持つ圧倒的な力を持つドレッド、そして指揮官クラスの敵、前兆。
そしてその敵へ立ち向かった者達。
「昨日」
霊夢は続けた。
「あんた達がいなかったら――」
「…………」
一瞬だけ言葉を止める。
「もっと酷いことになってたかもしれない」
イコラの目が僅かに動いた。
「だから」
霊夢はいつもの調子へ戻る。
「謝るくらいなら」
そしてイコラを真っ直ぐに見る。
「さっさと元凶をどうにかする方法を考えなさい」
「…………」
イコラはしばらく霊夢を見つめていた。
やがてほんの僅かに。
表情を緩める。
「ええ」
静かに、そしてはっきりと頷いた。
「必ず」
すると今度はガーディアンが一歩前へ出た。
「何?」
霊夢の前まで歩き、止まる。
そして――深々と頭を下げた。
「…………」
「彼も同じ気持ちだそうです」
「…………」
霊夢はしばらくガーディアンを見つめ。小さく息を吐いた。
「もういいわよ」
ガーディアンが顔を上げる。
「悪いと思ってるなら」
霊夢は境内を指差した。
「片付け手伝いなさい、バリバリ働いてもらうから」
「…………」
彼は相変わらず親指を力強く突き上げる。
「だから何なのよ、その指は?」
「喜んで手伝うそうです」
「喋れないってわけじゃないんだからたまには言葉にしなさいよ……」
「良かったな、相棒!」
霊夢の視線がケイドへ向いた。
「あ?」
「あんたもよ」
「俺も?」
「全員」
「俺、光使えないんだけど」
「掃除するのにその光なんかいらないでしょうが」
「……ごもっともで」
クロウはケイドに視線を向ける。
「お前、サボるなよ」
「分かっているよ」
「私も手伝うわ」
イコラが袖を捲る。
「よし」
魔理沙も箒を肩に担いだ。
「人数だけはいるんだ。さっさと始めようぜ」
「その前に」
霊夢が言った。
「こんなこともあろうかと――」
どこか得意げに。
「ヤマメと人里の大工を呼んどいたわ」
「…………」
ケイドが瞬きをする。
「誰?」
「大工は大工よ。建物を直す職人」
「いや、そっちは分かる。けどそのヤマメって誰だ?」
「土蜘蛛――」
「土蜘蛛?」
ガーディアン達は何をいってるのか分からず頭を傾げると魔理沙は説明する。
「妖怪だよ。建築が得意なんだ。けど霊夢、よくヤマメのヤツに頼んだな」
「早く建て直したいからね。ダメ元で聞いたら案外快く承諾してくれたわ」
霊夢は呆れながら壊れた社殿を見る。
「とにかく、神社そのものを直すのは専門家に任せるわ」
「…………」
ガーディアンが傾いた柱を見る。
「…………」
一歩、また一歩と近づく。が、
「触るんじゃないわよ」
「!?」
霊夢の声にピタッと止まった。
「今、絶対何かしようとしたでしょ」
「顔見えねえのによく分かるな」
「雰囲気よ」
「無茶苦茶だな」
「だいたい」
霊夢は彼らを順番に見る。
「あんた達、神社なんて建てたことないでしょう?」
ケイドは頷く
「というか見たこともあまりないぞ」
「でしょうね」
霊夢は腕を組む。
「だから勝手に直さない」
「勝手に木を切らない」
「使えそうなものを勝手に捨てない」
「大工の指示に従う」
「…………」
「特にガーディアン、あんたよ」
「!?」
「ハハッ! 名指しされたぞ、相棒」
「ケイド、あんたもよ」
「俺もかよ!」
「当たり前だ!」
魔理沙からも突っ込まれる。
「分かった二人共?」
「……はいよ」
ガーディアンはコクッと頷いた。
◇
しばらくして。
「おーい霊夢ー!」
石段の方から声が響いた。
「来たよー!」
魔理沙が振り返る。
数人の人間、大工職人を連れて一人の少女が境内に入ってくる。
淡い金色の髪を短く切り揃え、頭には黒いリボン。黒い長袖の上から、赤褐色を基調とした衣装を身に纏っている。ふっくらと広がった長いスカートには黄色い帯状の装飾が幾重にも走り、その姿だけを見れば、とても先ほど霊夢が言っていた『土蜘蛛』なる妖怪には見えない。
――彼女は黒谷ヤマメ。
「ヤマメ、朝から悪いわね」
「いいっていいって」
ヤマメは人懐っこい笑みを浮かべながら境内へ入ってきた。
ヤマメは笑いながら境内へ入り――。
「うわぁ……」
惨状を見て。僅かに引いた。
「ずいぶん派手にやられたねえ」
「そうなのよ」
「これ直すの?」
「そのために呼んだんでしょうが」
「まあ、これくらいなら何とかなるんじゃない?」
「これくらい……?」
後ろにいた大工の一人が何とも言えない表情を浮かべる。そして。
ヤマメの視線がガーディアン達へ向いた。
「この人達が噂の外来人?」
「そうよ。変わった奴らだけど悪い奴らではないから」
「へえー」
ガーディアンの周囲を歩く。
「すごい格好だねえ。あたしはヤマメ、よろしく」
ガーディアンはサムズアップで返事を返す。
その様子を見ながら。ゴーストが魔理沙へ近づいた。
「彼女が先ほど言っていたその、土蜘蛛という方ですか?」
「ああ」
「なるほど」
ゴーストがヤマメを見る。
「しかし、彼女のような少女が建築を?」
「なんだい、あたしの能力を疑っているのか?」
「ではどのような能力を?」
「病気を操る程度の能力」
「え…………?」
ゴーストが止まった。
イコラも。
クロウも。
ケイドも。
ガーディアンも。
「ちょっと待て」
「なんだ?」
「建築と一切関係ないじゃねえか!しかもとんでもないヤツじゃないのかこいつ?」
「別にその能力を使って建ててるわけじゃないよ?」
「素なの!?」
「土蜘蛛だもん」
「この世界やっぱりよく分かんねえ!」
珍しく頭を抱えるケイドだった。
◇
――それから博麗神社の復旧作業が始まった。
大工達が損傷箇所を調べ、使える木材と使えない木材を分け。
ヤマメもその中に混ざって手際よく作業を進めていく。
霊夢と魔理沙、イコラは境内の片付け、ガーディアン、ケイド、クロウは瓦礫の撤去を手伝った。
「そこの梁を移したいんだが……」
大工の一人が巨大な木材を指差す。
「四、五人は――」
「…………」
ガーディアンが歩いていく。
「いや、一人じゃ無理だぞ」
何の気なしに掴むと案外、余裕で持ち上げた。
「…………」
大工が固まる。ガーディアンは巨大な梁を肩へ担ぐ。
「兄ちゃん、すごいな……」
「そりゃ俺達の希望、ガーディアンだからな」
「そういう問題かよ」
無言でひたすら運ぶ彼に呆気を取られる大工達だった。
◇
太陽が高く昇り始めた頃。
「霊夢さーん!」
今度は、上空から少女の声が聞こえた。
「……早苗?」
鮮やかな緑色の長髪。白を基調として紫をあしらった巫女風の衣装。そして髪には蛇を象ったような小さな飾り。
一見すれば霊夢と同じ巫女にも見える。だが、その装いも雰囲気も博麗の巫女とは随分違っていた。
彼女は守矢神社の風祝――東風谷早苗。
「珍しいわね」
「分社の様子を見に来たんですよ」
早苗は着地する。
「昨日、博麗神社で大変なことがあったって聞いたので……」
「この通りよ」
霊夢が境内を指す。
「うわあ……酷いですね」
「で、どうしたの?」
持っていた包みを掲げる。
「皆さん朝から作業してるって聞いたので、差し入れも持ってきました!」
「おっ!」
包みを開くと中には大量の美味しそうなおにぎり。
「気が利くじゃないか!」
「人数が多いと聞いたので、多めに作ってきましたよ」
そして。
「……………」
早苗の視線が止まった。見覚えのない者達。
紫を基調とした衣装を身に纏う女性――イコラ。
そしてその隣。
「…………え?」
青白い肌と光る瞳、変わった髪型をする男性、クロウ。
「…………」
早苗は目を凝らす。
顔立ちそのものは端正な人間に見える。
だが。肌の色が明らかに違う。
さらに。
「…………え?」
「ん?」
早苗がクロウなや一歩近づく。
「すいませんがあなた、目……光ってません?」
「……ああ」
早苗の目が点になる。
「というか、その肌の色も……」
「彼はアウォークンよ」
イコラが説明した。
「アウォークン?」
「そうだ」
クロウが頷く。
「私達も人類の一員だ」
「人類……?」
早苗の頭上に。見えない疑問符が浮かぶ。
「人間ではないんですか?」
「人間とは少し違う」
「でも人類?」
「一応は」
「…………」
早苗は完全に混乱した。
「まあ、人類の親戚みたいなもんだ」
「随分雑な説明ね」
「けど分かりやすいだろ?」
「余計分からなくなりました……」
――そして早苗の視線がケイドへ向いた。
「…………」
青い金属質の顔。
機械的な頭部と鬼のような一角。
身体こそ人間と同じ形をしているが。
どう見ても。
「なんだ?」
「…………ロボット?」
「ほら来た!」
ケイドが両手を広げた。
「初対面でそれ言われると思ったよ!」
「す、すみません!」
「まあいいさ。俺はエクソだ」
「エクソ?」
「ああ」
「ロボットとは違うんですか?」
「違う!」
「どう違うんです?」
「…………」
ケイドが止まる。
「イコラ」
「自分で説明しなさい」
「薄情だな!」
早苗はますます混乱する。さらに。
「…………」
その視線がガーディアンへ向く。
全身を覆う派手な装備。素顔は完全に隠れている。
そしてその横には小さな機械が浮遊している。
「浮いてる……」
「どうしましたか?」
「わっ!?」
早苗が一歩下がった。
「喋った!?」
「私はゴースト。彼のパートナーです」
「す、すみません!」
魔理沙が吹き出した。
「分かるぜ早苗。私も最初は似たような感じだった」
「私はもっと警戒したけどね」
早苗は気を取り直すように姿勢を正した。
「す、すみません。驚いてばかりで、まだ自己紹介してませんでしたね。東風谷早苗です。守矢神社で風祝をしています。よろしくお願いします」
「俺はケイド6。よろしくなお嬢ちゃん」
ケイドが軽く手を上げる。
「クロウだ」
「イコラ・レイよ」
そして最後に。
「…………」
ガーディアンが片手を上げた。
「彼はガーディアンです」
「ガーディアン……さん?」
「彼は基本的に無口なので私から紹介させてもらいます」
ゴーストの挨拶に続いてガーディアンが頷く。
「はい。よろしくお願いします、ガーディアンさん」
早苗が笑顔で頭を下げると、ガーディアンも軽く頭を下げた。
「それで?」
ケイドが包みを見る。
「その美味そうなの、俺達も貰っていい?」
「あっ」
早苗も思い出す。
「もちろんです!」
クロウはため息を吐く。
「……お前なあ、謙虚に接しろと何度も言っているだろう」
「いいじゃないか。腹が減ったら戦がなんたらこうたらだ――」
「……ケイド?」
イコラからの鋭い視線が飛ぶ。
「はい」
素直に返事をする彼に霊夢達はワッと笑い声が広がった。
◇
こうして復旧作業は一時中断。
少し遅めの昼休憩となった。
「はい、どうぞ」
ケイド。
クロウ。
イコラ。
それぞれがおにぎりを受け取る。そして。
「…………?」
ガーディアンも一つ取った。
裏返したり、側面から見たりして、その見たこともない謎の食べ物をじっと見つめる。
「…………?」
「初めて見ます?おにぎりっていう食べ物ですよ」
「オニギリ?」
「お米を握って、中に具が入ってます」
「…………」
ガーディアンが一口、そして咀嚼。
「…………!」
サムズアップで返すガーディアンに早苗の口元は緩んだ。
「ふふっ」
早苗が笑った。
「気に入ったみたいですね」
「こいつ、こういう時だけ分かりやすいんだよ」
イコラも一口食べて味わい、飲み込む。
「イコラさん、どうですか?」
「……初めて味わう食べ物だけど、素朴だけどいい食べ物ね、気に入ったわ」
「ふふっ、ありがとうございます」
クロウもおにぎりを一つ手に取った。
「…………」
一口食べる。
しばらく静かに味わってから、小さく頷いた。
「うむ、悪くない」
「本当ですか?」
「ああ。こういう料理は初めてだが、気に入った」
早苗の表情が明るくなる。
「良かったです!」
クロウはもう一口食べる。
「中に入っているのは?」
「それは鮭ですね」
「鮭……魚か」
クロウは興味深そうに断面を見る。
「なるほど、リーフでは食べたことはない味だ」
「リーフ……?」
「私の故郷だ――マラにも食べさせてやりたいが彼女はどう思うかな……?」
皮肉まじりの笑みを浮かべるクロウに早苗は首を傾げた。
ケイドも海苔に包まれたそれを興味深そうに眺めた後、特に躊躇することもなく口元へ運び――。
ぱくり。
「…………」
「…………?」
早苗の視線が止まった。ケイドは気にする様子もなく咀嚼する。
「おっ」
もう一口。
「悪くないな、これ」
「…………」
「ん?」
ケイドが早苗を見る。
「どうした?」
「いや……」
早苗はケイドの顔と、手に持たれたおにぎりを交互に見る。
「食べるんですね……」
「食べるぞ?」
「…………」
「何だよ、その顔」
「だって……」
早苗は恐る恐るケイドを指差した。
「ロボットなのに」
即座に訂正が飛んだ。
「俺はエクソだっての!」
「す、すみません!」
ケイドは呆れながら、残ったおにぎりをもう一口食べる。
「エクソだって飯くらい食うさ。味覚もある」
「へえ……」
早苗が感心したようにケイドを見る。
「じゃあ普通にお腹も空くんですか?」
「まあ、その辺はちょっと複雑なんだが――」
ケイドは手元のおにぎりを見る。
「美味いもんを食えるなら、細かいことはどうでもいいだろ?」
「それでいいんですか……?」
「いいんだよ」
そう言って、ケイドは最後の一口を口へ放り込んだ。
「早苗」
「はい?」
「もう一個貰っていいか?」
「ふふっ。もちろんです」
「よし!」
その様子を見ていたイコラが小さく息を吐く。
「本当に食べ物のことになると分かりやすいわね、あなた」
「人生の楽しみは大事にしないとな」
「あなたの場合、それが多すぎるのよ」
「それほどいい人生ってことさ」
――穏やかな昼食。
その中で早苗は改めてガーディアン達を見る。
「そういえば」
イコラが顔を上げる。
「皆さんって、外の世界から来たんですよね?」
「ええ、まあ」
「じゃあ――」
早苗は尋ねた。
「外の世界では、なんという国から来たんですか?」
「国?」
クロウが聞き返す。
「はい」
早苗は頷いた。
「私は日本人ですが――」
「日本……?」
ケイドが眉を寄せる。
「なんだそりゃ?」
「…………」
早苗が固まった。
「……え?」
「日本ですよ?」
ケイドは考える。
「んー、悪い!」
頭を掻いた。
「聞いた覚えがない」
「…………」
早苗の表情に。困惑が浮かんだ。
「本当に……知らないんですか?」
「ああ」
その時。
「日本についてなら記録があります」
「えっ?」
ゴーストの言葉に早苗の顔が明るくなる。
「知ってるんですか?」
「はい」
ゴーストの中央の光が淡く瞬く。
「日本。黄金時代以前、アジア極東に存在していた島国です」
「そうです!」
早苗が身を乗り出す。
「それです!」
「それと――」
ゴーストがケイドを見る。
「ケイド、あなたが好きなスパイシーラーメンがありますよね」
「ああ」
ケイドが頷く。
「あるな」
「以前持っていた、そのラーメン店のチケット」
「……チケット?」
少し考え。
「ああ!」
手を叩く。
「あったあった」
「そこに書かれていた文字、あれは日本語ですよ」
「…………」
早苗が目を丸くする。ケイドも。
「え…………マジ?」
「はい」
ケイドが腕を組む。
「じゃあ俺、日本知らないのに、日本のラーメン好きだったのか?」
「そういうことになるな」
「なんか複雑だな」
「ふふっ……」
早苗は笑いを堪えながら。
「日本を知らないのに、日本のラーメンだけ好きって……」
「美味いものに国境はないってことだ」
「あなたの場合、食べ物のことしか覚えていないだけでは?」
「否定できねえ」
「否定しないのか……」
小さな笑いが起こる。だが。
「…………えっ」
早苗がふと首を傾げた。
「待ってください、さっき――」
早苗はゴーストを見る。
「『黄金時代以前』に存在していたって言いましたよね?」
「はい」
聞いたことのない言葉。
少なくとも。
自分が知っている歴史には存在しない時代区分だった。
「黄金時代……?」
早苗が尋ねる。
「それって、何なんですか?」
ゴーストがイコラを見る。
「私も気になってたぜ」
魔理沙が口を挟んだ。
「昨日から何度か出てきたよな、その言葉」
「そうね」
霊夢も頷く。
「なんとなく昔の時代ってことくらいしか分からないわ」
「…………」
イコラは三人を見渡した。
早苗。
魔理沙。
霊夢。
静かに頷いた。
「そうね」
少しだけ姿勢を正す。
「そこから説明した方がよさそうね」
早苗達の視線が集まる。
「黄金時代というのは――」
イコラは語り始めた。
「人類が、かつて経験したことのないほど繁栄した時代よ」
それは。
幻想郷に暮らす者達が。
遥か彼方。
自分達とは異なる歴史を歩んだ地球の物語を知る。
最初の一歩だった。