東方天命録~The Final Shape Begins~   作:はならむ

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第十七話:黄金時代 ②

「黄金時代というのは――」

 

イコラは語り始めた。

 

「人類が、かつて経験したことのないほど繁栄した時代よ」

 

「繁栄……?」

 

早苗が聞き返す。

 

「ええ」

 

イコラは頷いた。

 

「その始まりとなったのが、トラベラー」

 

「トラベラー……?」

 

 霊夢が呟く。

 

「昨日も聞いたわね」

 

「ああ」

 

魔理沙も思い出したように頷いた。

 

「でっかい白い球なんだろ?」

 

「その認識で間違ってはいないわ」

 

あまりにも簡潔な表現にイコラは僅かに苦笑する。

 

「トラベラーが太陽系へ現れたことで、人類の歴史は大きく変わった。正式には火星で人類と接触したらしいけど――」

 

「科学、医学、エネルギー、宇宙開発――あらゆる分野が、それまでとは比較にならない速度で発展したの」

 

「そんなにですか?」

 

「ええ」

 

イコラは少し考える。

 

「例えば、人間の寿命はそれ以前の三倍近くまで延びたとされているわ」 

 

「三倍!?」

 

早苗が思わず声を上げた。魔理沙も目を丸くする。

 

「人間がそんなに生きるのか?」

 

「私のいた時代でも無理ですよ!」

 

早苗が即座に否定する。

 

「じゃあ百五十年とか?」

 

「もっとよ」

 

「…………」

 

魔理沙が黙った。

 

「まるで妖怪みたいだな」

 

「人間ですよ!」

 

「それだけじゃないわ」

 

イコラは続ける。

 

「人類は地球という一つの星を離れ、太陽系全域へ進出した」

 

「…………?」

 

「月」

 

早苗が反応する。

 

「火星」

 

「え?」

 

「金星、水星。そして木星や土星、その衛星群にも人類の拠点が築かれた」

 

「ちょ、ちょっと待ってください」

 

早苗が手を上げた。

 

「火星にも人間が行けたんですか?」 

 

「ああ」

 

答えたのはケイドだった。

 

「普通に?」

 

「ああ」

 

「住んでた?」 

 

「だからそう言ってるだろ」

 

「…………」

 

早苗が絶句する。その横では。

 

「外の世界ってすげえな……ここだと月に蓬莱人が住んでることしか知らないからな」

 

魔理沙が感心したように空を見上げていた。

 

「魔理沙」

 

「なんだ?」

 

「私がいた頃はそんなことできませんでしたからね?」

 

「そうなのか?」

 

「そうですよ!」

 

早苗は思わず声を張る。

 

「人間が火星に住むなんて、まだ夢物語みたいな話でした!」

 

「なら、どうやって住んだんだ?」

 

 魔理沙の疑問に。

 

「トラベラーよ」

 

イコラが答えた。

 

「惑星そのものの環境を変えたの」

 

「環境を……」

 

早苗の表情が変わる。

 

「まさか、テラフォーミング……?」

 

「その言葉を知っているのね」

 

「概念だけなら」

 

 早苗は頷いた。

 

「でも……」

 

 少し信じられないように空を見る。

 

「本当に、そんなことができるようになったんですね……」

 

「ええ」

 

……トラベラー。人類へ恩恵を与え、不可能だったはずの未来を可能にした存在。

 

「人類は星々へ進出し、かつてない繁栄を築いた。ケイドのようなエクソも生まれたのもこの辺りから――」

 

イコラは静かに続ける。

 

「だから私達は、その時代を――黄金時代と呼んでいる」

 

「…………」

 

早苗はしばらく何も言わなかった。

 

やがて。

 

「すごい……」

 

ぽつりと、そんな言葉が漏れた。

 

「そんな未来になったんですね……」

 

そこには――純粋な感動があった。

 

「人間が宇宙へ行って」

 

「寿命も延びて」

 

「いろんな星に住めるようになって……」

 

自分が幻想郷へ来る以前。

テレビや本で見た未来予想図。

いつか人類は月へ、火星へ、さらに遠くへ。

おそらく、それほど遠くない未来。

彼らの世界では、本当に訪れた。

 

「なんだ……」

 

早苗の口元に小さな笑みが浮かんだ。

 

「ちゃんと人類は、そこまで発展できたんですね」

 

「…………」

 

返事はなかった。

 

「…………?」

 

早苗が顔を上げる。

イコラ。

クロウ。

ケイド。

ゴースト。

誰一人として。

笑っていなかった。

 

「……どうしたんですか?」

 

「ここからは心して聞いてほしい――」

 

 

一拍置き、

 

「黄金時代は――」

「永遠には続かなかった」

 

「…………えっ」

 

早苗の笑みが消えた。

 

「ある時」

 

イコラの声が僅かに沈む。

 

「全てが終わった」

 

「…………」

 

「人類文明は、ほぼ一夜にして崩壊した」

 

「……一夜?」

 

「私達は、その出来事を――」

 

「大崩壊と呼んでいる」

 

「…………」

 

早苗の表情が固まった。先ほどゴーストも口にしていた言葉。

 

「大……崩壊……」

 

「ええ」

 

「…………」

 

そして早苗は気づく。

恐る恐る。

ゴーストを見る。

 

「じゃあ……」

「日本は?」

 

「…………」

 

ゴーストはすぐには答えなかった。

それだけで早苗には、なんとなく答えが分かってしまった。

 

「……日本も、ですか?」

 

「――残念ながら」

 

ゴーストが静かに答える。

 

「少なくとも、私達の時代に日本という国家は存在していません」

 

「…………」

 

「大崩壊によって失われたのは、日本だけではありません」

 

「…………」

 

早苗は俯いた。

 

「アメリカも……?」

 

「はい」

 

「中国とかのアジアも?」

 

「…………」

 

「ヨーロッパの国々も……?」

 

今度はイコラが答える。

 

「あなたが知っている時代に存在した国家の多くは、大崩壊を経てその形を維持できなくなった」

「国家という枠組みそのものが、ほとんど意味を失ったの」

 

「…………」

 

……早苗は何も言えなかった。

 

日本、自分が生まれた国。

街。

学校。

駅。

電車。

コンビニ。

テレビ。

携帯電話。

 

当たり前のように存在していた日常。

それらが未来ではもう存在していない。

しかも衰退して消えたわけではない。

一度は。人類史上最大の繁栄を築いた。

星々へ進出するほどに。

 

そして、その全てが――。

 

「……じゃあ」

 

早苗が小さく尋ねる。

 

「人間は?」

 

「生き残った」

 

「!」

 

顔を上げた。

 

「ほんの僅かにね」

 

イコラは続ける。

 

「大崩壊を生き延びた人々は、その後も長い時代を生き抜いた」

「でも文明は崩壊していた」

 

クロウが静かに付け加える。

 

「かつて星々へ進出した人類が、明日の食料にすら困る時代になった。人々が物質、特に食料を奪い合い、その果てには――」

 

「まさか……」

 

食糧が無くなり飢えに苦しんだ先に人類は何をしでかすか……それを察した瞬間、彼女は顔が真っ青になった。

 

「それが暗黒時代なの」

 

「…………」

 

黄金時代。

 

そして。

 

暗黒時代。

 

あまりにも対照的な名前だった。

 

「その後」

 

ゴーストが続ける。

 

「生き残った人類は、苦難を経て地球に残ったトラベラーの下へ集まりました」

 

「そこで築かれたのが――」

 

「私達の故郷、ラスト・シティです」

 

「……ラスト・シティ……」

 

早苗がその名を繰り返す。

そして。

英語を理解する彼女だからこそ。

すぐに意味へ辿り着いた。

 

「最後の……都市?」

 

「はい」

 

「…………」

 

「人類最後の安全な都市です」

 

「…………」

 

早苗はまた何も言えなくなった。

東京でもない。

京都でもない。

ニューヨークでも。

ロンドンでもない。

国の名前ですらない。

ただ『最後の都市』。これだけだ。

 

「…………」

 

霊夢も魔理沙もいつの間にか黙っていた。

早苗が知る外の世界。

その先にあった未来として聞くと。

また違った重みがあった。

 

「……それじゃあ」

 

早苗がぽつりと呟いた。

 

「この世界も……?」

 

「ん?」

 

ケイドが顔を上げ、早苗は周囲を見る。

壊れた博麗神社。

妖怪の山。

幻想郷。

そして。

博麗大結界の向こう側。

かつて自分が暮らしていた外の世界。

 

「いつか……」

 

不安そうに。

 

「この世界にも、大崩壊が起きるんですか?」

 

「――いや」

 

ケイドがすぐに手を振った。

 

「そいつは違うと思う」

 

「……え?」

 

「そんな顔すんなって」

 

ケイドは肩を竦める。

 

「俺達の地球と、ここは別物だ」

 

「別物……?」

 

「ああ」

 

そして空を指差した。

 

「この世界にトラベラーはいないんだろ?」

 

「…………」

 

早苗もつられるように空を見る。

そこにあるのはいつもの幻想郷の青空。

 

「……見たこともそういうのが現れたという声も――」

 

「なら、それでいい」

 

「…………」

 

早苗がケイドを見る。

 

「でも、同じ地球なんですよね?」

 

「地理的な類似点は多いと思います」

 

ゴーストが答える。

 

「ですが、歴史が明らかに異なっています」

 

「…………」

 

「私達の記録には、幻想郷という場所もありません」

 

霊夢が眉を寄せる。

 

「存在してないの?」

 

「少なくとも、私達が知る歴史上には」

 

「…………」

 

イコラも口を開く。

 

「逆に、この世界にはトラベラーが存在しない」

「それだけじゃないわ、私達が戦ってきた種族も――」

「ハイヴ」

「カバル」

「エリクスニー」

「ベックス」

「この世界には存在していないのでしょう?」

 

「少なくとも私は知らないわね」

 

霊夢が答える。

 

「私もだぜ」

 

魔理沙も頷く。

 

「外の世界にも、そんな生き物がいるなんて聞いたことありません」

 

早苗も続いた。

 

「…………」

 

イコラは小さく頷く。

 

「なら、ほぼ間違いないでしょうね」

 

「何が?」

 

「ここは」

 

イコラは周囲を見渡す。 

 

「私達の地球とは――別の歴史を歩んだ地球」

 

「…………」

 

「並行世界」

 

「そう考えるのが、一番自然よ」

 

「並行世界……」

 

早苗が呟いた。

その言葉なら理解できる。

SF作品などで何度も目にした概念。だが。

まさか自分自身が別の世界から来た人間と会話することになるとは思わなかった。

 

「じゃあ……」

 

早苗がケイドを見る。

 

「本当に」

 

「この世界が、あなた達と同じ未来になるとは限らない?」

 

「限らないんじゃない」

 

ケイドが言った。

 

「まだ、来るべき時が来てないから一概に言えないだけかも――だが」

 

「…………」

 

「俺達の歴史を」

 

ケイドは少しだけ真面目な声で続ける。

 

「お嬢ちゃん達の未来だと思う必要はない」

 

「…………」

 

「今ここにトラベラーはいない」

「黄金時代も起きてない」

「大崩壊も起きてない」

「なら」

 

ケイドは肩を竦めた。 

 

「ここは俺達とは違う世界だ」

 

「…………」

 

「俺達の世界は――」

 

親指で自分の胸を指す。

 

「俺達が何とかする」

 

そして今度は。

霊夢。

魔理沙。

早苗。

幻想郷の住人達へ。

指を向ける。

 

「お嬢ちゃん達は、お嬢ちゃん達で」

 

少し笑って。

 

「自分達の世界を守ればいい」

 

「…………」

 

早苗はケイドを見つめた。 

 

「そんな簡単に言いますけど……」

 

「ああ?」

 

「あなた達の世界」

 

指を折りながら。

 

「人類文明が一回滅びかけて」 

「最後の都市しか残ってなくて」

 

「ああ」

「そうだな」

 

「それなのに……」

 

「だから何だ?」

 

「……え?」

 

その一言だけは軽くなかった。

 

「まだ終わってない」

 

「…………」

 

「街は残ってる、人もいる、仲間もいる」

 

「…………」

 

ケイドは手にしていたおにぎりを見る。

 

「飯も食える」

 

ぱくり。

 

「…………」

 

咀嚼。

 

「うん、イケる」

 

「…………」

 

早苗が目を瞬く、そして。

ケイドはいつもの調子で笑った。

 

「だったら――」

 

「まだ負けちゃいないだろ?」

 

「…………」

 

しばらく誰も何も言わなかった。

 

やがて。

 

「……たまには」

 

イコラが小さく笑う。

 

「良いことを言うのね、ケイド」

 

「たまには余計だ」

 

「私はイコラに同意する」

 

便乗するクロウ。

 

「お前まで!?」

 

早苗の口元が僅かに緩んだ。

 

「ふふっ……」

 

「お」

 

ケイドが振り返る。

 

「やっと笑ったな」

 

「……ありがとうございます」

 

「礼なんていいって」

 

「でも――それより」

 

ケイドの視線が早苗の持ってきた包みへ向いた。

 

「おにぎり、もう一個貰っていい?」

 

「…………」

 

早苗が固まる。

 

「ケイド……あなた」

 

「いや、まだあるだろ?」

 

「今いい話をした直後でしょう」

 

「腹減ってんだから仕方ねえだろ」

 

早苗はとうとう吹き出した。

 

「ふふっ……はい」

 

 包みを差し出す。

 

「たくさんありますから、どうぞ」

 

「よっしゃ」

 

ケイドが手を伸ばす。するとその横から。

 

「…………」

 

装甲に覆われた腕が伸びた。

 

「…………」

 

早苗が見る。

ガーディアンだった。 

 

「あなたもですか?」

 

「彼はもう一つ欲しいそうです」

 

「見れば分かります」

 

早苗は笑いながら。もう一つおにぎりを取り出した。

 

「はい、どうぞ」

 

サムズアップで返すガーディアン

 

「……あんた、遠慮って言葉知らないの?」

 

「…………」

 

ガーディアンの手がゆっくり引っ込んだ。

 

「ハハハッ!怒られたな相棒」

 

「…………」

 

ガーディアン無言でケイドを見る。

 

「なんだよ?」

 

「…………」

 

ケイドのおにぎりを見るガーディアン。

 

「おい、これは俺のだからな?」

 

「…………」

 

「やらねえぞ?」

 

「…………」

 

ガーディアンが一歩近づく。

 

「おい、待て相棒」

 

「…………」

 

「自分のあるだろ!?」

 

その光景を見て早苗がまた笑った。

霊夢も。

魔理沙も。

クロウも。

イコラさえ笑みを浮かべていた。

昨日まで互いの存在すら知らなかった者達。

 

人間。

妖怪。

 

アウォークン。

エクソ。

人類。

ガーディアン。

異なる世界、異なる歴史。

本来なら、決して交わるはずのなかった者達が。

今は壊れた神社の境内で。

同じ食事を囲んでいた。

 

 

――何故。

二つの世界が繋がったのかの答えを。

この時の彼らはまだ知らない。

目撃者がベイルを用い、トラベラーがそれに抵抗した。

 

 

――光と暗黒。

 

 

二つのパラコーザルな力が激突した、その果てに。

本来ならば、決して開くことのなかった道が。

奇跡的に幻想郷へと繋がってしまったことを。

そして、その接続を通じて流れ込んだ。

この世界には存在しないはずの力が――。

幻想郷そのものをほんの僅かずつ。

変え始めていることを。

この時はまだ一人として。知る由もなかった。

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