東方天命録~The Final Shape Begins~   作:はならむ

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第二十四話:紅魔館防衛戦 ②

そして紅魔館を守る者達、博麗の巫女と親友の魔法使い、チルノ達妖精と闇の妖怪、そして遠い世界からやって来たガーディアン達は、互いの素性すらほとんど知らないまま、紅魔館の正門前で初めて同じ敵へ向かって肩を並べた。

だが、互いに言葉を交わす時間など与えられなかった。

 

「来るわよ!」

 

霊夢の鋭い声が飛ぶ。

白い霧と黒煙の向こうから、押し返されたはずのハイヴ達が再び姿を現していた。

最前列を埋め尽くすように駆けてくるスロール。その後方ではアコライトが異形の銃器を構え、さらに奥には巨大な剣を携えたナイトが重々しい足取りで前進している。上空では複数のウィザードが不気味な魔力を纏い、紅魔館を取り囲むように展開していた。

先ほどまでに倒した数を考えれば、すでに相当な損害を与えているはずだった。

 

それでも、敵の数が減っているようには見えない。

 

「まだこんなにいるの……?」

 

大妖精が思わず息を呑んだ。

 

「本当にきりがないぜ」

 

魔理沙が箒の上で八卦炉を握り直す。

 

「だから言ったろ?」

 

ケイドも切り札を構えながら肩を竦めた。

 

「ハイヴってのは、こういう連中だ」

 

その言葉が終わるより早く、前列のアコライト達が一斉に武器を持ち上げた。

 

――バシュッ!バシュッ!バシュッ!!

 

ボイドのエネルギー弾が雨のように飛来する。

 

「散って!」

 

イコラの指示に合わせ、全員が一斉に動いた。

霊夢と魔理沙が左右へ飛び、チルノ達は高度を落とす。美鈴は逆に真正面へ飛び出し、飛来する弾丸の隙間を縫うように敵との距離を詰めた。

 

「はあっ!」

 

最初に飛び込んできたスロールの爪を半身になってかわし、その腹部へ拳を叩き込む。

 

――ドゴッ!!

 

身体をくの字に折ったスロールが後方へ吹き飛ぶ。

美鈴はその勢いのまま地面を蹴り、今度はアコライトの懐へ潜り込んだ。

 

「せいっ!」

 

掌底。

 

――ドンッ!!

 

胸部へ強烈な一撃を受けたアコライトが地面から浮き上がる。

だが、その背後から別のスロールが飛び掛かってきた。

 

「美鈴、右!」

 

咲夜の声と同時に銀色の光が走った。

ナイフがスロールの額へ深々と突き刺さり、その身体が美鈴の目前で崩れ落ちる。

 

「ありがとうございます!」

 

「前だけ見てなさい!」

 

咲夜はそう返しながら、すでに次のナイフを投じていた。

その動きに迷いはない。

 

一投。

二投。

三投。

 

銀の刃は敵の急所を正確に射抜き、次々とアコライト達を沈黙させていく。まだスペルカードは使わない。

それでも、時間を操る能力と卓越したナイフ捌きだけで、咲夜は十分すぎるほど戦場を支配していた。

 

一方、その頭上では霊夢が御札を展開している。

 

「そこ!」

 

放たれた札と針が、地上を埋めるハイヴ達へ雨のように降り注いだ。

 

その横を魔理沙が猛烈な速度で駆け抜ける。

 

「まとめていくぜ!」

 

八卦炉を構えた瞬間、凄まじい魔力が一点へ収束した。

 

「恋符――マスタースパーク!!」

 

――ズオオオオオオオッ!!

 

巨大な光線が戦場を斜めに薙ぎ払い、スロールとアコライト、さらにその後ろにいた宿られた兵達までまとめて飲み込んでいく。

 

「魔理沙スゴい!」

 

チルノが思わず目を輝かせた。

 

「よそ見しない!」

 

「分かってるわよ!」

 

霊夢に怒鳴られながら、チルノも両手を前へ突き出した。

 

「だったら、まとめて凍れぇぇぇっ!」

 

猛烈な冷気が地面を駆け抜ける。突進していたスロール達の脚が次々と氷に覆われ、その動きが一斉に止まった。

 

「今だよ!」

 

チルノがガーディアンへ振り返る。

 

「…………」

 

ガーディアンは一瞬だけ彼女を見ると、力強く親指を立てた。

 

「よーし!」

 

「そこでそれやってる場合!?」

 

霊夢の怒声が飛ぶ。

しかし、次の瞬間にはグラビトン・ランスが火を噴いていた。

 

――ビトンッ!

 

凍りついたスロールの一体へ紫紺の弾丸が突き刺さる。

 

一瞬遅れて、その身体が奇妙な光に包まれた。

 

――ボシュン!!

 

重力異常が炸裂し、周囲の敵までまとめて巻き込んでいく。砕け散った氷片と紫紺の粒子が空中へ舞い上がり、その光景にチルノが歓声を上げた。

 

「やった!」

 

「だから調子に乗るなって言ってるでしょう!」

 

そんなやり取りの間にも、ケイド、クロウ、イコラの三人は一瞬たりとも射撃を止めていなかった。

 

――ズドンッ!

 

クロウのホークムーンが火を噴く。一体のアコライトが倒れる。

そのまま身体を傾け、飛来する攻撃をかわしながら次の標的へ照準を合わせる。

 

――ドンッ!

 

二体目。その反対側ではケイドが切り札を連射していた。

 

「左から来るぞ!」

 

――バンッ!

 

一体。

 

――バンッ!

 

二体。

 

さらにスロールが目前へ飛び込んでくる。

 

「おっと!」

 

ケイドが身体を捻り、振るわれた爪を紙一重でかわした。

 

そのスロールへ――『ドォン!!』と言う爆音と共に別方向から無数の鉛の弾丸が突き刺さった。イコラのショットガンだ。

 

「イコラ、ナイス!」

 

「ケイド、だからあなたはなるべく前に出ないでっていっているでしょ!」

 

「分かってるって!」

 

「分かってないから言ってるのよ!」

 

「はいよ」

 

少し離れた場所でそのやり取りを耳にした美鈴が、戦いながら苦笑した。

 

「仲がいいですね、あの人達」

 

「今それを気にしている場合?」

 

咲夜のナイフが美鈴の横を通り抜け、その背後にいたアコライトを撃ち抜く。

 

「すみません!」

 

だが、戦場に僅かな笑いが生まれたのも束の間だった。

敵は減らない。

一体倒せば、その後ろから二体。

二体倒せば、さらに五体。

崩れた木々と霧の向こうから、新たな影が次々と現れる。

 

「もう何体目なんですか!?」

 

小悪魔が悲鳴じみた声を上げた。

 

「数えるだけ無駄よ」

 

パチュリーは冷静に答える。だがその紫色の瞳にも僅かな苛立ちが宿っていた。

 

「パチュリー様、右側からまた来ます!」

 

小悪魔が指差した先。崩れかけた外壁沿いを回り込むように、スロールとアコライトの一団が庭園へ雪崩れ込もうとしている。

 

「……本当に、きりがないわね」

 

パチュリーは小さく息を吐き、魔導書へ指先を滑らせた。ページがひとりでに捲られていく。

 

「小悪魔」

 

「はい!」

 

「少し離れて」

 

「え?」

 

「巻き込むわよ」

 

「はいっ!」

 

小悪魔が慌てて後退した直後、パチュリーの周囲へ幾重もの魔法陣が広がった。

空気が震える。銀白色の魔力が一点へ集まっていく。

 

「金符――」

 

長い紫色の髪が、膨れ上がる魔力に煽られて揺れた。

 

「シルバードラゴン!」

 

――ズオオオオオオッ!!

 

銀白色の奔流が放たれた。まるで巨大な龍が大口を開き、敵陣へ食らいついたかのようだった。

密集していたスロールとアコライト、その後ろの宿られた兵達までまとめて光へ飲み込まれていく。

 

「……………」

 

クロウが思わずそちらを見る。光が収まった頃には、そこにいた敵の大半が姿を消していた。

 

「……あれは魔法の類いか」

 

「あら」

 

パチュリーは僅かに彼へ視線を向ける。

 

「あなた達だけが派手な攻撃を使えると思わないことね」

 

「ああ、覚えておく」

 

少し離れた場所で戦っていたイコラも、一瞬だけパチュリーへ目を向けた。

 

幻想郷独自の魔法。

 

それも、七曜を基盤とする高度な術式。

興味深い。

 

だが、今はその原理を尋ねる状況ではない。

イコラはすぐに前へ向き直り、銃口を上げた。

 

――ズバンッ!

 

至近距離から散弾を叩き込み、アコライトを吹き飛ばした。

 

その時だった。

 

――ガコン。

 

上空から、不吉な機械音のようなものが響く。

 

「上!」

 

クロウが叫んだ瞬間、一体のシュリーカーが殻を開く。

続いて二体目、三体目。

内部へ紫色の光が収束していく。

 

「全員、散開して!」

 

イコラが声を張る。直後。

 

――バシュシュシュシュシュッ!!

 

紫色の砲撃が雨のように降り注いだ。

 

「くっ!」

 

咲夜が飛び退く。美鈴も地面を蹴り、レミリアは大きく翼を広げて上空へ逃れる。パチュリーと小悪魔も左右へ分かれた。そして次の瞬間。

 

――ドドドドドドォッ!!

 

紅魔館の庭園が連続して爆ぜた。

 

「――っ!」

 

土砂が空高く舞い上がる。

丁寧に整えられていた花壇が吹き飛び、庭木が根元からへし折れる。石畳には大小いくつもの穴が穿たれ、砕けた石片が雨のように降り注いだ。

 

「…………」

 

レミリアの頬が引きつる。

 

「私の庭を……」

 

だが、被害はそれだけでは終わらなかった。

別方向からアコライトとウィザードの攻撃が集中し、そこへシュリーカーの砲撃が重なる。

狙われたのは――紅魔館を囲む高い外壁。

 

「まずい!」

 

美鈴が叫ぶ。

 

――ドォォォォン!!

 

赤煉瓦へ巨大な亀裂が走る。

一筋。

二筋。

次の瞬間。

 

――ガラガラガラガラッ!!

 

外壁の一角が崩れ落ちた。

大量の石材が土煙を巻き上げながら庭園へ雪崩れ込み、近くの庭木と花壇を押し潰していく。

さらに。

 

――ガシャァン!!

 

館の窓ガラスが砕け散った。

 

「外壁が……!」

 

小悪魔が息を呑む。

 

「館まで……!」

 

美鈴の顔も青ざめる。門番として、館を守る者として、目の前で紅魔館が傷つけられていく光景は看過できるものではない。

 

「お、お嬢様……」

 

だが、レミリアは答えなかった。

 

崩れた外壁。

抉られた庭。

割れた窓。

その一つ一つを見つめる紅い瞳からは、先ほどまでの余裕ある笑みが完全に消えていた。

 

「咲夜」

 

静かな声。

 

「はい、お嬢様」

 

「一匹残らず――」

 

レミリアの小さな身体から、濃密な妖気が一気に溢れ出す。

 

「私の庭から叩き出しなさい」

 

「仰せのままに」

 

咲夜の声にも、冷たい怒気が混じっていた。

銀のナイフを構える。

 

次の瞬間――。

 

姿が消えた。

 

ほんの一瞬。

 

次に咲夜が現れた時には、複数のアコライトの周囲へ無数のナイフが配置されていた。

時間が再び動き出す。

 

――ザザザザザザッ!!

 

銀の雨――異形達が次々と地面へ崩れ落ちる。

 

その反対側からは、レミリアの紅い弾幕。

 

パチュリーと小悪魔の魔法。

美鈴の拳。

霊夢と魔理沙。

そしてガーディアン達の銃火。

二つの世界の戦士達とハイヴの大部隊が、真正面から衝突した。

銃撃。

弾幕。

魔法。

近接戦闘。

敵味方の放つ無数の光が空中で交差し、紅魔館の正門前には幾筋もの火線が絶え間なく走る。

爆発音が重なり、ハイヴの咆哮と怒号が響く。

少し離れれば、誰が何を叫んでいるのかすら聞き取れないほどの大乱戦だった。そして、その中心。

 

「…………」

 

ガーディアンはグラビトン・ランスを構え、次々と敵を撃ち抜いていた。

 

一体、命中。

重力異常――爆発。

次、また一体。

しかしその向こう。

白い霧の中にまだ影がある。

 

十、二十、三十――さらに奥。

 

「相棒!」

 

ケイドが叫ぶ。

 

「正面からまた来るぞ!」

 

ガーディアンは答えず、前方を見つめた。

あまりにも多い。

グラビトン・ランスでも倒せる。

だが、一体ずつ相手にしていたのでは時間がかかりすぎる。

 

「…………」

 

何故かガーディアンの射撃が止まった。

そしてグラビトン・ランスを下ろし、光の粒子となって消滅。

 

「……?」

 

咲夜がその動きを横目で見た。

 

……敵はまだ押し寄せているのに、なぜ武器をしまった?

 

だが、ケイドだけは、ガーディアンの手元へ集まり始めた光の粒子を見た瞬間に察した。

 

「おっ」

 

口元へ笑みが浮かぶ。

 

「おいおい……それ出すのかよ、相棒」

 

光が収束する。そして。ガーディアンの両腕へ、一挺の巨大な銃が現れた。

 

「……また大きいのが出てきましたね」

 

美鈴が目を丸くする。

先ほどのグラビトン・ランスより遥かに巨大。

黒色に近い鈍い灰色の太い銃身。

重厚な機関部。無骨な外見。

見るからに、普通の銃器ではない。

 

「……何よ、それ」

 

霊夢が敵へ弾幕を放ちながら尋ねる。

答えたのはイコラだった。

 

「あれは……ゼノファジ」

 

「ゼノファジ?」

 

魔理沙が聞き返す。

 

「ええ」

 

その返事には、僅かな重さがあった。

 

「…………」

 

イコラはガーディアンの手にある巨大な武器『ゼノファジ』を見つめていた。

 

あの武器は――とある人物のハイヴへの憎悪と怨念そのものだということを彼女は知っている。

 

クロウが横目でイコラを見る。だが、何も言う前にガーディアンがゼノファジを構えた。

 

前方、密集して迫るハイヴ。

照準を合わせ、引き金を――。

 

――ズドンッ!!

 

空気そのものを殴りつけるような重い発砲音が響いた。

「――!?」

 

紅魔館の者達が一斉に振り向く。

 

カテゴリーはマシンガンではあるが、そう呼ぶには、あまりにも重すぎる音。

 

次の瞬間。

 

弾丸がハイヴの群れへ着弾した。

 

――ドォォォォォン!!

 

爆炎が膨れ上がる。

 

「うわっ!?」

 

美鈴が反射的に腕で顔を庇った。衝撃波が庭園を走り、土砂と石片が宙へ舞い上がる。

スロールが吹き飛ぶ。

アコライトが地面から引き剥がされる。

その中心にいた敵は、姿すら見えなくなった。

 

「…………」

 

小悪魔が呆然とする。

 

「今の……銃?」

 

だが、ガーディアンはすでに次の標的へ銃口を向けていた。

 

――ズドォンッ!!

 

――ドォォォン!!

 

二発目。さらに横。

 

――ズドンッ!!

 

――ドォォォォォン!!

 

三発目。着弾する度に爆炎が咲く。

一発撃つたびに、戦場の一角が丸ごと吹き飛ぶ。

 

「ちょっと!」

 

霊夢が目を丸くした。

 

「何なのよ、その武器!」

 

「ゼノファジです!」

 

ゴーストが律儀に答える。

 

「名前じゃなくて威力の話よ!」

 

「一応、マシンガンです!」

 

魔理沙まで叫ぶ。

 

「マシンガンって神社でこいつが使ってたあの馬鹿でかい銃だよな?けどこんな威力なかったぞ!」

 

「この武器はグラビトン・ランスと同様に特殊なんです!」

 

もっともな疑問だった。ガーディアンが撃ち出しているのは、通常の弾丸ではない。

 

 

『パイロトキシン弾』。

 

 

着弾と同時に強烈な爆発を引き起こす特殊弾薬。

その一発一発が生み出す破壊力は、歩兵用の機関銃という言葉から想像できる範囲を遥かに超えていた。

 

――ズドンッ!

 

――ドォォォン!!

 

まるで戦車砲から撃ち出された榴弾。それを一人の戦士が巨大なマシンガンから、立て続けに叩き込んでいる。

 

ガーディアンが銃口を横へ振る。

 

――ドゴンッ!

 

爆炎。

 

さらに。

 

――ズドンッ!

 

また爆炎。その軌跡に沿って、戦場へ次々と炎の花が咲いていく。

スロールの群れが吹き飛び、アコライトは遮蔽物ごと爆炎に飲み込まれる。

その向こうから、一体のナイトが巨大な剣を掲げて突進してきた。

 

「ガーディアン!」

 

クロウが叫ぶ。だが。

ガーディアンは一歩も退かなかった。

ゼノファジの銃口をナイトの胸部へ向ける。

 

――ズドンッ!!

 

直撃。巨体が大きく仰け反る。

それでもナイトは踏み止まり、剣を振り上げた。

ならば。もう一発。

 

――ズドンッ!!

 

――ドォォォォン!!

 

爆炎がナイトを包み込む。巨大な身体が地面から浮き、そのまま数メートル後方へ吹き飛ばされた。

 

「…………」

 

美鈴が拳を構えたまま固まっていた。

 

「……最初からそれ使えばよかったんじゃないですか?」

 

「弾薬が貴重なんです!」

 

ゴーストが即答する。

 

「ああ、なるほど!」

 

「そこで納得するの?」

 

咲夜が半眼になる。だがその咲夜自身もゼノファジから視線を外せずにいた。

 

撃つ。

爆発。

撃つ。

爆発。

 

一発一発が砲撃そのもの。

 

「……あれを本当にマシンガンと呼んでいいのかしら」

 

「マシンガンです!」

 

「…………」

 

――バゴォンッ!!

 

――ドォォォン!!

 

目の前で、またハイヴの一団が爆炎へ消えた。咲夜がゴーストを見る。

 

「……嘘でしょう?」

 

「本当です!」

 

「説得力がないわ」

 

そんな中。

 

「………………」

 

イコラだけは別の意味でゼノファジを見つめていた。

 

クロウがそれに気づく。

 

「イコラ?」

 

「何?」

 

「……険しい顔してるぞ」

 

「…………」

 

イコラは答えなかった。ケイドが横目で彼女を見る。

 

「お前、あれのこと知っているのか?」

 

「……まあ」

 

霊夢が聞きつける。

 

「あの銃、何かあるの?」

 

「…………」

 

イコラが一瞬だけ言葉に詰まった。

視線の先にはガーディアンがまた引き金を絞る。

 

――ズドンッ!!

 

大爆発。

 

「……説明すると」

 

さらに。

 

――ドォォォン!!

 

イコラは額へ手を当てた。

 

「長くなるわ」

 

「またそれ!?」

 

「正直、あの武器に関してあまり語りたくないのよ……」

 

――その時だった。

 

 

――ズン。

 

 

それまでとは異なる重い音が、地面の奥から響いてきた。

 

「え……?」

 

美鈴が振り向く。銃声ではない、爆発でもない。

 

――ズン。

 

もう一度。

 

今度ははっきりと、庭園の石畳が震えた。

ガーディアンもゼノファジの銃口を下げる。

ゴーストの中央眼が、爆炎と黒煙の向こうへ向いた。

 

「……待ってください」

 

煙の奥。巨大な影が動いている。

一つ。

二つ。

そして。

三つ。

やがて風に黒煙が流され、その姿が露わになった。

 

「……何よ、あれ」

 

霊夢が目を細める。

ナイトより遥かに大きい。

歪に膨れ上がった巨体。

太い腕、そして顔の中央には、巨大な単眼。

 

「オーガよ!」

 

イコラの表情が瞬時に変わった。

 

「さっき言ってた奴か!」

 

魔理沙が叫ぶ。

 

「ええっ!」

 

イコラが声を張る。

 

「全員、正面に立たないで!」

 

一体のオーガが顔を上げた。その巨大な眼へ、紫色の光が収束していく。

 

「来るわ!」

 

――ズオオオオオオオッ!!

 

強力なボイドの怪光線。空気を引き裂くような轟音とともに、紫色の奔流が戦場を薙ぎ払った。

 

「うわっ!?」

 

魔理沙が箒を急旋回させる。そのすぐ後ろを光線が通過し――紅魔館の庭園へ突き刺さった。

 

――ドォォォォォン!!

 

土砂が高々と舞い上がる。

花壇が吹き飛び、庭木がまた一本根元からへし折れた。

 

「…………」

 

レミリアの頬が引きつる。

 

「……また私の庭を」

 

「お嬢様!」

 

「分かってるわよ!」

 

しかしオーガは一体ではない。

二体目。

三体目。

それぞれが巨大な単眼を動かし、次の標的を探している。その視線の先には紅魔館。

 

「……っ」

 

霊夢が気づいた。このまま撃たせ続ければ今度は外壁だけでは済まない。館そのものが撃ち抜かれる。

 

「だったら――」

 

霊夢は御幣を握り直した。

 

「撃たせなきゃいいのよ!」

 

「霊夢!」

 

魔理沙が叫んだ時にはもう遅かった。

霊夢は一気に高度を上げていた。

 

「前に出る気か!?」

 

「館に撃たせるよりマシでしょ!」

 

「だからって一人で行くな!」

 

「大丈夫よ!」

 

その言葉にケイドが一瞬だけ魔理沙を見る。

魔理沙もケイドを見る。

少し前どこかで聞いた言葉だった。

だが今は笑っている場合ではない。

 

「おい霊夢、戻れ!」

 

クロウも叫ぶ。しかし霊夢は止まらなかった。

オーガ達の頭上まで一気に飛び込み、御札を展開する。

 

「そこ!」

 

札と光弾の一斉射。

 

――ドドドドドドッ!!

 

周囲にいたスロールとアコライト達が次々と吹き飛ばされる。一体目のオーガが霊夢を見上げた。

巨大な眼が光る。

 

「遅い!」

 

――ズオオオオッ!!

 

霊夢が横へ滑る。

怪光線が空を切る。

続いて二体目。

今度はほぼ真下から光が収束する。

 

「見えてるわよ!」

 

身体を捻り、急上昇。これも回避。

そのまま御幣を振るい、弾幕を叩き込む。

 

「ほら! この程度なら――」

 

「霊夢!!」

 

クロウの声に先ほどまでとは明らかに違う切迫した声だった。霊夢が振り返る。

 

「え?」

 

三体目がこちらを見ている。

そして先ほど攻撃を外した一体目も、すでに霊夢へ向き直っていた。

 

二体目も巨大な眼を上げている。

三つの単眼、そのすべてに、紫色の光が集まっていく。

 

「――っ!」

 

霊夢の表情が初めて強張った。

一体なら避けられる。

二体でも、おそらく。

だが三方向。しかもほぼ同時。

 

「霊夢!!」

 

――ズオオオオオオオッ!!

 

三本の怪光線が交差した。

 

「くっ!」

 

一発目。身体を翻して回避。

二発目は急降下、これも避ける。

しかし三発目――逃げた先にはすでに光が走っていた。

 

「しまっ――」

 

――ドンッ!!

 

「――っ!!」

 

強い衝撃に霊夢の身体が大きく弾き飛ばされた。

 

「霊夢ーー!!」

 

魔理沙の絶叫。お祓い棒と御札が手から離れる。

空、紅魔館、地面、霧。

それらが激しく入れ替わり、霊夢の視界が回転する。

 

「……っ……!」

 

痛い。身体に力が入らない。

飛ばなければ、姿勢を戻さなければ、そう思っている。

それなのに身体が言うことを聞かない。

そして霊夢はようやく気づいた。

自分が落ちている。

 

「霊夢!」

 

薄れる意識に誰かの声地面が急速に近づく。

まずい、このままでは――。

 

「くそっ!」

 

クロウが走り出した。ホークムーンをガンホルスターへ叩き込む。

 

「クロウ!」

 

イコラが振り返る。

だがクロウは止まらない。

霊夢の落下地点へ向かって全力で駆ける。

 

「間に合ってくれっ……!」

 

地面を蹴り、跳躍。

落下する霊夢へ腕を伸ばすが少し届かない。

地面までもう僅か。

 

「――っ!」

 

クロウはさらに身体を伸ばした。

指先が霊夢の腕へ触れる。

そのまま強く掴み、引き寄せる。

「!」

 

「え――」

 

霊夢の身体がクロウの胸元へ飛び込んだ。

だが、落下の勢いそのものは消えない。

クロウは咄嗟に身体を捻った。

霊夢を胸へ抱え込む。

自分を下へ。

 

「掴まってろ!」

 

「ちょ――!」

 

――ドサッ!!

 

「ぐあっ!」

 

クロウの背中が地面へ叩きつけられた。

 

一度。

二度。

二人の身体が土煙を巻き上げながら地面を転がる。

それでもクロウは腕を離さなかった。

霊夢を庇うように抱えたまま、やがて二人はようやく止まった。

 

「…………」

 

数秒、霊夢は動かなかった。

 

「……霊夢、大丈夫か」

 

クロウが荒い息を吐きながら呼びかける。返事がない。

 

「おいっ」

 

その声へ僅かな焦りが混じる。

 

「霊夢、聞こえるか?」

 

「…………」

 

「霊夢!」

 

「……聞こえてるわよ」

 

「!」

 

クロウが大きく息を吐いた。

 

「……よかった」

 

「……痛ったぁ……」

 

霊夢が頭を押さえる。

そしてようやく状況を理解した。

自分を抱えている腕。

その下には地面へ背中から落ちたクロウ。

撃たれ落ちた――そして、こいつが飛び込んできた。

 

「……クロウ」

 

「ん?」

 

「助けてくれたの?」

 

「ああ」

 

クロウは少しだけ笑った。

 

「間に合ってよかった」

 

「…………」

 

「君をあのまま地面に叩きつけるわけにはいかないだろ」

 

霊夢は少しだけ黙った。それから小さく――。

 

「……ありがと」

 

「ん?」

 

「あ、ありがとうって言ったのよ!」

 

「ああ、分かった」

 

クロウが苦笑しながら身体を起こそうとする。

 

「っ……!」

 

だが、その顔が僅かに歪んだ。

 

「……あなたも怪我してるじゃない」

 

「気にするな。こんなのは慣れてる」

 

霊夢を庇うため、クロウはほとんど受け身も取らず、背中から地面へ叩きつけられている。

アーマーが衝撃の大部分を吸収したとはいえ、無傷で済むような落ち方ではなかった。

 

「クロウ!」

 

イコラが駆け寄ってくる。二人の状態を一目確認すると、彼女はすぐに片膝をついた。

 

「そのままでいて」

 

「イコラ?」

 

返事の代わりに、イコラは片手を地面へ翳した。

淡い光が集まり――。

 

――キュイイイン。

 

足元から円を描くように、柔らかな光が広がった。

 

「……あ」

 

その光に包まれた瞬間、霊夢はわずかに目を細めた。

 

……暖かい。傷が消えるような感覚ではない。ただ、冷えた身体を内側から温められているような、不思議な心地よさがあった。

 

 

そして――どこかで見たことがある。

 

ほんの数日前。 まだ博麗神社があの惨状になる前のことだ。

 

「これ……」

 

記憶を辿ろうとした、その時だった。

 

「霊夢!」

 

そこへ、猛スピードで魔理沙が降りてきた。

 

「死ぬ気かよ!」

 

「平気よ!」

 

「どこがだよ!思いっきり撃たれてたじゃねえか!」

 

「一発だけよ!」

 

「一発でも駄目だろ!」

 

魔理沙は箒から飛び降りると、霊夢の身体を上から下まで確認する。

 

そして、二人の足元に広がる淡い光へ目を向けた。

 

「……ん?」

 

しばらく見つめる。

 

「これ、どっかで見たような……」

 

「私も今それ考えてた」

 

「だよな?」

 

二人揃って首を傾げる。

数秒、先に思い出したのは魔理沙だった。

 

「あっ!」

 

ぽん、と手を叩く。

 

「神社だ!」

 

「神社?」

 

「あの時だよ。ケイドがやられた時、ガーディアンが似たようなの出してただろ」

 

魔理沙が少し離れた場所で戦っているガーディアンを指差すと霊夢の記憶も繋がった。

大破する前の博麗神社。突然現れた異形の敵。

銃声と弾幕が入り乱れる混戦の中で、負傷したケイドの足元へガーディアンが展開していた光。

 

「ああ……!」

 

霊夢もようやく思い出す。

 

「そういえば、こんなの使ってたわね」

 

「だろ?」

 

「戦ってる最中だったから、ほとんど気にしてなかったけど」

 

「あたしも今思い出した!」

 

あの時は突然神社へ落ちてきたガーディアンに見たこともないドレッドとかいう謎の怪物達、さらに目撃者という存在まで現れて、目まぐるしいほどの情報量に他人の能力一つ一つを観察している余裕などあるはずもない。

 

「で、確か……」

 

魔理沙が光の中に立っているクロウを見る。

 

「これに入ってると傷が治るんだったか?」

 

「回復のリフトよ」

 

イコラが答えた。

 

「ウォーロックが光を使って作り出す領域。この中にいる私達ガーディアンの傷を回復させることができる」

 

「そうそう、それだ」

 

魔理沙が頷く。

 

「ゴーストが言ってたきりだった」

 

「私も」

 

霊夢はそう答えながら、自分の腕を見る。

淡い光が身体を包んでいる。確かに暖かい。

どこか心地よくさえある。

だが――。

 

「…………」

 

肩を動かす。

 

「痛っ」

 

先ほどオーガの怪光線を受けた衝撃が、まだ身体の奥へ残っている。一方。

 

「……ふぅ」

 

隣にいたクロウの呼吸は、明らかに落ち着き始めていた。地面へ強打した背中の痛みも引いているらしく、先ほどまで強張っていた身体から徐々に力が抜けていく。

 

「…………」

 

霊夢がクロウと自分の腕を見る、またもう一度クロウを見る。

 

「……ねえ」

 

「何?」

 

「クロウ、治ってない?」

 

「治ってるわね」

 

「で、私は?」

 

イコラが霊夢を見る。

 

「…………」

 

霊夢も見返す。

 

「…………」

 

「……暖かいでしょう?」

 

「それだけよ!」

 

霊夢の怒声が戦場へ響いた。

 

「なんで私は治らないのよ!」

 

「おそらく、光との繋がりの違いです」

 

近くまで飛んできていたゴーストが答える。

中央の青い眼が、リフトの中にいる霊夢を観察する。

 

「回復のリフトは光を利用した能力です。ガーディアン達に対しては確実に作用しますが、この世界の住人に同じように作用するとは限りません」

 

 

「つまり?」

 

「少なくとも今のところ、霊夢の傷は治っていません」

 

「それは私が一番分かってるわよ!」

 

「じゃあ私は?」

 

魔理沙が興味深そうに片足をリフトへ踏み入れる。

 

「…………」

 

数秒――。

 

「どう?」

 

霊夢が尋ねる。

 

「……暖かみを感じるな」

 

「でしょうね」

 

「なんか悔しいな」

 

「なんでよ」

 

そのやり取りを少し離れた場所で耳にしていた咲夜が、敵へナイフを投じながら眉を寄せる。

 

「……あの光は治癒術なんですか?」

 

紅魔館の者達にとっては、こちらは完全な初見だった。

 

「正確には、光による回復能力の一種よ」

 

イコラが答える。

 

「少なくともガーディアンに対してはね」

 

「ガーディアン……?」

 

「私達のことよ」

 

咲夜はリフトの光と、その中で傷を癒していくクロウを交互に見る。

 

時間を操る自分の能力とも、パチュリーの魔法とも違う。また一つ。

 

彼らが自分達とは異なる体系の力を操っていることを、咲夜は理解し始めていた――その時。

 

――バゴォンッ!!

 

少し離れた場所から、再びゼノファジの重い銃声が轟いた。爆炎の向こうで、ガーディアンが一体のオーガへ砲撃じみた一発を叩き込んでいる。

しかし、その巨体は倒れない。

オーガの単眼がガーディアンへ向けられた。

紫色の光が収束する。

 

「相棒、来るぞ!」

 

ケイドの声。

 

――ズオオオオオオッ!!

 

怪光線が放たれた。ガーディアンは横へ大きく跳び、光線を回避し着地、そのまま地面を滑る。

 

――ザザザッ!

 

スライディングの勢いを利用して、崩れた外壁の残骸へ飛び込んだ。

 

その直後アコライト達から放たれた赤黒い弾丸が、その周囲へ次々と着弾する。

 

――バシュッ! バシュッ! バシュッ!

 

「相棒!」

 

「…………」

 

ガーディアンは崩れた煉瓦の陰へ身体を滑り込ませる。アーマーには幾つもの被弾痕。

シールドも大きく削られていた。

だが、慌てる様子はない。

ゼノファジを片手で支えたまま、空いた手を地面へ伸ばすと光が集まる。

 

――キュイイイン。

 

もう一つの円環が展開された。

 

「あっ」

 

今度は霊夢がすぐに気づいた。

 

「回復の……なんだっけ?」

 

「リフトだぜ」

 

「そう、それ」

 

「もう忘れたのかよ」

 

「今覚えたばっかりでしょうが!」

 

ガーディアンは回復のリフトの中央で片膝をつく。

淡い光がアーマーを包み、損傷したシールドと身体が急速に回復していく。そして――完全に回復するまで待つことすらしなかった。

 

「…………」

 

立ち上がり遮蔽物から半身を出してゼノファジを構える。

 

――ズドンッ!!

 

オーガの胸部で爆炎が弾けた。

 

「……なるほど」

 

咲夜がその様子を横目で見て、目を細める。

 

「傷ついた者を後ろへ下げるためだけではなく、前線に留まりながら戦い続けるためにも使えるのね」

 

「ええ」

 

イコラも立ち上がる。

 

「私達ウォーロックにとって、リフトは戦線を維持するための力でもある」

 

その言葉を証明するように。

 

――ズドンッ!!

 

ガーディアンのゼノファジが再び火を噴いた。

爆炎がオーガの巨体が大きく仰け反る。

アコライトから反撃が飛ぶ。シールドが削れる。

だが、足元のリフトが傷を癒していく。

撃つ。

耐える。

回復する。

そして、また撃つ。

 

「……随分としぶとい戦い方をするのね」

 

咲夜が呟いた。

 

「ガーディアンですから!」

 

ゴーストがどこか誇らしげに答える。

 

「それ、説明になってるの?」

 

霊夢が半眼を向けた。

 

―ドォォォン!!

 

「……話してる場合じゃないわね!」

 

霊夢が地面へ転がっていたお祓い棒と御札を拾い上げる。

身体はまだ痛むがそれでもまだ立てる、戦える。

クロウもホークムーンを抜いた。

魔理沙が箒へ飛び乗る。

ケイドとイコラも敵へ向き直る。

そして少し離れた場所では、ガーディアンがゼノファジを構え直していた。

 

「まず――」

 

霊夢がオーガ達を睨む。

 

「アイツら黙らせるわよ!」

 

「ああっ」

 

クロウが答える。

 

銃声。

弾幕。

魔法。

爆発。

 

紅魔館の庭を揺らす轟音が響き渡った。

ただし今度は、霊夢は一人で前へ出なかった。

その横には魔理沙がいる。

地上にはクロウ。

さらにケイド。

イコラ。

そしてガーディアン。

その背後には自らの館を守る紅魔館の者達。

異なる世界に生き、異なる力を持ち、異なる戦い方をしてきた者達。

互いのことなどまだほとんど知らない。

それでも同じ敵を前にした今だけは確かに互いの背中を預けて戦っていた。

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