東方天命録~The Final Shape Begins~   作:はならむ

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第二十六話:復活――光の刃、アラークハル ②

「来るわよ!」

 

イコラの声に応じ、全員が改めて構えを取り直した。

 

「…………………」

 

アラークハルは巨大な斧を片手に、ゆっくりとこちらへ歩みを進めてくる。砕けた石畳を踏み締めるたびに重い足音が庭園へ響き、その足元からは青白いステイシスの霜が這うように広がっており歩調そのものは決して速くない。

だが、誰もその歩みを軽く見ることはできなかった。

 

「オリックスの神殿を守っていた奴がなんでここに……」

 

「フィンチがここにいたらさぞかし慌てふためくでしょうね。『話が違う!!』と――」

 

ゴーストは失笑を含んだ冗談を漏らす。

先ほど見せた、巨体からは想像もできないほどの速度。グングニルとレーヴァテインを真正面から受けても倒れない耐久力。そして、自分達ガーディアンと同じ光だけでなく、空間そのものを凍結させるステイシスまで操っている。

ただ身体が大きく、力任せに斧を振るうだけの怪物ではない。それはすでに、この場にいる全員が理解していた。

 

――不意に、アラークハルが腰を大きく捻った。

 

「――来る!」

 

クロウの警告が飛ぶ。次の瞬間、巨大な斧が地面すれすれを横薙ぎに走った。

 

――ブォォォォン!!

 

「っ!」

 

美鈴が石畳を蹴って跳び退き、咲夜はその場から滑るように距離を取る。霊夢と魔理沙も反射的に高度を上げ、巨大な刃の軌道から逃れた。

斧そのものは誰にも触れていない。

それにもかかわらず、一振りが巻き起こした衝撃だけで庭園の石畳が横一線に砕け、土砂と瓦礫が猛烈な勢いで吹き飛んでいった。

 

「なんて馬鹿力よ……!」

 

上空へ逃れた霊夢が顔をしかめる。

だが、アラークハルは振り抜いた斧をすぐに構え直そうとはしなかった。

代わりに、空いた右手を持ち上げる。

掌の中心で青白い火花が弾けた。

 

一度。

二度。

 

次第にその間隔が短くなり、瞬く間に激しい雷光が右腕全体を包み込んでいく。

 

それを見たイコラの目が鋭くなる。

 

「――アークエネルギー!」

 

すぐさま声を張った。

 

「全員、距離を取って!」

 

直後、アラークハルが右腕を突き出した。

掌へ凝縮されていた雷光が、巨大な球体となって撃ち出される。

 

――バチィィィィン!!

 

「わっ!?」

 

最初に狙われたのはフランドールだった。

少女は咄嗟に翼を広げ、身体を横へ投げるように飛ぶ。特大のアーク弾はそのすぐ脇を掠め、そのまま背後の庭園へ激突した。

 

――ドォォォォン!!

 

猛烈な爆発とともに石畳が大きく抉れ、着弾地点から無数の青白い電撃が蜘蛛の巣のように四方へ駆け抜ける。

 

「まだ来るわ!」

 

レミリアが叫んだ時には、すでにアラークハルの右手へ次の雷光が集まっていた。

 

二発目。

さらに三発目。

間を置かず、四発目。

 

巨大なアーク弾が立て続けに空を駆ける。

レミリアとフランドールは左右へ散開し、迫る雷球の軌道を見極めながら高速で空を駆けた。二人が避けるたび、その背後でアーク弾が爆発し、すでに見る影もなく荒らされていた庭園へ新たな穴を穿っていく。

 

「庭が……!」

 

思わず漏らした咲夜の眉がぴくりと動いた。

 

「今は庭の心配してる場合じゃないぜ!」

 

魔理沙が叫んだ、その直後、今度はアラークハルの右手が霊夢達へ向けられる。

 

「分かってるわよ!」

 

霊夢が叫び返し、魔理沙と同時に左右へ散った。

青白い雷球が二人の間を通り抜け、そのさらに後方を飛んでいた一体のウィザードへ正面から直撃する。

 

――バァン!!

 

ウィザードは凄まじい電撃に全身を包まれ、悲鳴を上げる間もなく空中で爆散した。

 

「味方を巻き込みやがった……」

 

魔理沙が思わず引きつった声を漏らす。

しかし、アラークハルには自軍の兵士を巻き込んだことなど気にした様子もない。

 

近づけば大斧。

距離を取ればアーク弾。

 

しかも、どちらも一撃をまともに受ければ無事では済まない威力を持っている。あの巨体を中心に、戦場のほぼ全域が攻撃範囲へ変わっていた。

 

「ガーディアン、右から来ます!」

 

ゴーストの警告が飛ぶ。ガーディアンは即座にゼノファジを構え、アラークハルの胸部へ照準を合わせた。

 

――ドンッ!!

 

パイロトキシン弾が着弾し、猛烈な爆炎が膨れ上がる。だが、アラークハルは止まらない。

炎そのものを突き破るように一気に距離を詰めると、光を帯びた巨大な斧をガーディアンへ振り下ろした。

ガーディアンは地面へ身体を投げ出すように滑り込んだ。

重い刃が兜の上を通過し、その風圧だけで外套の裾が激しく煽られる。

 

そのままアラークハルの側面を抜けると、ガーディアンは片膝をついた姿勢から素早く身体を捻り、立ち上がる動作のままゼノファジの引き金を再び絞った。

 

――ドンッ!!

 

今度は背部装甲。爆発を受けた巨体が僅かに前へ揺らぐ。

 

「今よ!」

 

その一瞬を霊夢は見逃さなかった。

 

「さあみんな、一気に叩き込むわよ!」

 

左手の御札を扇状に広げ、正面へ放つ。

大量の札が淡い霊力を纏いながらアラークハルへ殺到し、その周囲へさらに無数の光弾が展開された。

 

「なら、こいつも持ってけ!」

 

魔理沙も八卦炉を構える。そこへ眩い魔力が収束し、太い光線となって戦場を一直線に駆け抜けた。

紅魔館側もほとんど同時に動く。

レミリアの紅い弾幕が上空から降り注ぎ、フランドールはレーヴァテインを大きく横薙ぎに振って紅い斬撃を飛ばす。美鈴も両掌へ集めた気を一気に解放し、強烈な衝撃波を正面から叩き込んだ。

その間を縫うように、咲夜の投げたナイフがアラークハルの関節や、すでに損傷している装甲の隙間へ次々と突き刺さっていく。

 

「小悪魔!」

 

「はい!」

 

パチュリーの周囲へ幾つもの魔法陣が展開される。

小悪魔もすぐに両手へ魔力を集め、大量の魔力弾を形成した。

ケイドとクロウも、それぞれ切り札とホークムーンを構える。

乾いた銃声が立て続けに響き、その横ではイコラが片手を突き出して凝縮したボイドの力を撃ち込んだ。

最後に再び、ゼノファジの重い轟音が戦場を震わせる。

 

――ドンッ!!

 

地上から。

上空から。

正面からも、側面からも、背後からも。

 

異なる世界に生きてきた者達の攻撃が、今はたった一体のハイヴへ向かって集中していた。

 

――ドドドドドドドドッ!!

 

爆炎がアラークハルの巨体を完全に呑み込む。

その中で魔力と霊力が弾け、弾丸が鎧を穿ち、光と炎が複雑に絡み合っていく。もはや爆煙の中心に何がいるのかすら目視できない。

それでも、誰一人として攻撃の手を緩めなかった。

 

「まだよ!」

 

霊夢が追加の御札を放つ。

魔理沙も星弾を重ね、フランドールのレーヴァテインからは再び巨大な紅い斬撃が飛んだ。

やがて。

爆煙の中に浮かんでいた巨大な影が、明らかによろめいた。

砕けた装甲片が炎の中から飛び散る。

そしてついに、巨体の片膝が地面へ落ちた。

 

「効いてる!」

 

チルノが上空から声を上げる。

 

「このまま押せー!」

 

確かに効いていた。

アラークハルは決して無敵ではない。

いかに頑強であろうとも、これだけの攻撃を一身に浴びれば傷つくし押し返すこともできる。

ならば倒すことだってできる。

誰もがそう思ったその時だった。

 

「……待ってください!」

 

突然、ゴーストが声を上げる。クロウが爆煙から目を離さないまま問い返した。

 

「何だ?」

 

「アラークハルの光反応が急激に上昇しています!」

 

「光?」

 

イコラが眉を寄せる。

少しずつ煙が薄れていく。

そしてその中心に立つアラークハルの姿を見た瞬間、全員の表情が変わった。

 

「……は?」

 

霊夢の口から思わず声が漏れる。

先ほどまで深く抉れていたアラークハルの胸部へ、黄金色の光が集中していた。

砕けた鎧そのものが戻っているわけではない。

だが、その奥。

血に濡れていた傷口を光が這い、まるで裂けた肉体そのものを縫い合わせるように広がっていく。

肩口の深い傷が塞がる。

出血が止まる。

破壊された肉体が、目に見える速度で修復されていく。

 

「おいおい……」

 

魔理沙の顔が引きつった。

 

「今、治ってないか?」

 

「……治ってるわね」

 

咲夜が答える。声音こそいつものように落ち着いていたが、その瞳には隠し切れない驚きが浮かんでいる。

美鈴も目を丸くした。

 

「いや、ちょっと待ってください。今の、かなり効いてましたよね?」

 

「間違いなく効いていたわ」

 

パチュリーも険しい表情でアラークハルを観察する。

 

「少なくとも、見せかけではない。傷を負った後で、本当に治している」

 

クロウも、黄金色の光によって傷を塞いでいく巨体を凝視していた。

 

「こんな再生……」

 

「以前はなかった」

 

イコラが低く答えた。その言葉には、彼女自身の困惑も混じっている。

光を宿したアラークハルの存在そのものは知っている。だが、これほどの集中攻撃によって負った損傷を、戦闘中に短時間で修復するほどの能力まで持っていた覚えはない。

 

「傷口へ光が集中しています!」

 

ゴーストが走査結果を読み上げる。

 

「通常の回復じゃありません。光を使って、損傷した身体そのものを強制的に修復しています!」

 

「冗談でしょ……!」

 

霊夢が歯を食いしばった。

 

「レミリアとフランの攻撃を食らって更にあれだけ叩き込んだのにそれをすぐ治すっていうの!?」

 

アラークハルがその問いに答えることはない。

ただ、傷が塞がりつつある巨体を再び起こすと、突然深く腰を落とした。

 

「……何をする気?」

 

レミリアが目を細める。イコラの表情が変わった。

 

「離れて!」

 

直後。

 

――ドンッ!!

 

アラークハルが真上へ跳躍した。

 

「うわっ!?」

 

魔理沙が思わず空を見上げる。あれほど巨大な身体が、一瞬にして紅魔館の屋根さえ見下ろせる高さへ到達していた。

 

跳躍の頂点。

 

アラークハルは空中で身体を捻り、巨大な斧の刃を真下の庭園へ向ける。そこへ青白いステイシスの力が凝縮されていく。

 

「来るぞ!」

 

クロウが叫んだ。

 

アラークハルが斧を大きく横へ振り払う。

 

――ズドドドドドドッ!!

 

庭園の地面が連続して爆ぜた。

 

「何!?」

 

霊夢が目を見開く。

石畳を突き破り、青白いステイシスの結晶が次々と地上へ姿を現した。

一本や二本ではない。

十本。

二十本。

さらにその先。

無数の結晶が互いに絡み合い、成長しながら一つの巨大な構造物へ変わっていく。

僅かな時間で、庭園を横断するほどの巨大な青白い壁が完成した。

その姿は、まるで大地から突然氷山がせり上がってきたかのようだった。

 

「でか……」

 

魔理沙が思わず呟く。チルノも目を丸くしている。

 

「これ……氷じゃない」

 

彼女だからこそ分かった。見た目も冷気も氷に近い。だが、自分が生み出す氷とは何かが根本的に違う。

 

「気をつけて、それはステイシスよ!」

 

「ステイシス……?」

 

イコラが叫ぶ。

 

「全員、壁から離れて!」

 

だが。アラークハルの狙いは、壁を作ることそのものではなかった。空中にいた巨体が、そのまま急降下を始める。

 

「まさか……!」

 

クロウが息を呑んだ。落下しながら、アラークハルは巨大な斧を両手で頭上へ振り上げる。

その刃の先を狙っているのは霊夢達ではない。

自ら作り上げたステイシスの壁。

 

「全員、防御体勢!」

 

イコラが叫んだ直後。アラークハルは落下の勢いまで乗せた巨大な刃を、壁へ向かって上から下へ一直線に振り抜いた。

 

――――バキィィィィィィン!!

 

耳をつんざくような轟音が響く。

壁の中央へ一本の巨大な亀裂が走った。

そのまま一瞬だけ。

何も起きなかった。

 

……静寂。

 

だが次の瞬間、最初の亀裂を起点に無数の細い亀裂が壁全体へ駆け巡った。

 

「――っ!!」

 

巨大なステイシスの壁が内側から爆発した。

青白い破片が四方八方へ一斉に飛び散る。

人間の腕ほどもあるもの。

槍のように長いもの。

針のように細く鋭い欠片。

大小無数の結晶が、巨大な散弾となって庭園全域へ襲いかかった。

 

「今すぐ避けて!!」

 

イコラの怒声が響く。霊夢は即座に高度を上げ、魔理沙も箒を大きく傾けて飛来する結晶の隙間を縫う。

 

「!?」

 

レミリアとフランドールは左右へ高速で散開した。

 

「うわああっ!?」

 

チルノとルーミアは慌てて更に空に上昇する。

 

「チルノちゃん、ルーミアちゃん!」」

 

「危なかった……」

 

地上では、咲夜が隣にいた美鈴の腕を掴んだ。

 

「動かないで!」

 

「え?」

 

その瞬間、二人の姿が掻き消える。

次いで、先ほどまで二人が立っていた場所へ何本ものステイシスの結晶が突き刺さった。

少し離れた場所に姿を現した美鈴は、目の前で砕け散る石畳を見て冷や汗を浮かべる。

 

「助かりました!」

 

「まだ終わってないわ!」

 

咲夜はすぐに次の破片へ視線を向けた。

一方、パチュリーは小悪魔の前へ出ると、複数の防御魔法を重ねて展開する。

 

――ガガガガガガッ!!

 

大量のステイシス結晶が魔力の障壁へ激突した。

一発。

二発。

三発。

 

破片を受け止めるたびに魔法の壁が激しく明滅し、パチュリーの表情が徐々に険しくなる。

 

「パチュリー様!」

 

小悪魔が背後から彼女の肩を支えた。

 

「大丈夫……!」

 

パチュリーは歯を食いしばる。

 

「でも、何度も受けられるものじゃないわ!」

 

ケイドとクロウもそれぞれ別方向へ散開していた。

クロウは地面を転がるように回避し、頭上を飛び過ぎる巨大な結晶を間一髪でやり過ごす。

ケイドは崩れた石壁の陰へスライディングで飛び込んだ。

 

「ったく、次から次へと!」

 

「ケイド、お前ステイシスを知らないだろ?」

 

「ああ、ただ暗黒の力なのは分かった!」

 

「今はそれだけでいい!」

 

そしてガーディアンは、地面へ次々と突き刺さる結晶の隙間へ自ら飛び込んでいた。

一つ目をスライディングで潜り抜ける。

その勢いを殺さないまま地面を蹴り、すぐにグライドへ移行した。

だが、空中にも別の巨大な結晶が迫っている。

 

「ガーディアン、前!」

 

ゴーストが叫ぶ。ガーディアンは身体を僅かに捻ってすぐに巨大なステイシス片が、ほんの僅か横を掠めるように通過していった。

 

「よく避けましたね」

 

「………………」

 

ゴーストの声に、ガーディアンは答えない。

そのまま高度を落として比較的安全な場所へ着地し、すぐに周囲を確認する。

だが飛来した結晶は、避けてしまえば終わりというものではなかった。

地面へ突き刺さったステイシス片からさらに青白い霜が広がり、石や土、瓦礫、壊れた庭木まで次々と覆っていく。

まるで触れたものをその場へ固定するかのように、異質な結晶が増殖していた。

つい先ほどまで炎と黒煙に包まれていた紅魔館の庭園は、僅か数秒のうちに青白いステイシスの結晶が林立する異様な景色へ変貌していた。

 

「……とんでもないわね」

 

上空からそれを見下ろした霊夢が呟く。

 

「全員、ステイシスはただの氷じゃなく生物の生命活動そのものを抑制、停止する暗黒の力よ」

 

イコラが注意喚起を促すとレミリアは食いついた。

 

「生命活動の停止……暗黒……?」

 

「とにかく、くれぐれも直撃は避けて!」

 

その時、ゴーストの中央眼が再び激しく明滅した。

 

「待ってください!」

 

霊夢が露骨に嫌そうな顔をする。

 

「……今度は何よ」

 

「新しい敵性反応です、ハイヴの増援が来ます!」

 

「……はあ!?」

 

魔理沙の顔も引きつった。庭園の奥。

先ほどまで大量のハイヴが押し寄せていた方向へ、再び緑色の炎が灯り始めている。

 

一つ。

二つ。

三つ。

それだけではない。

さらに奥にも次々と同じ炎が浮かび上がる。

 

「……まさか」

 

大妖精が不安そうに呟いた。

緑炎と黒煙の向こうから、スロールが姿を現す。

続いてアコライト。

ナイト。さらに上空にはウィザード。

どう見ても、先ほどまで戦っていた残党ではなかった。

 

十、二十、三十、四十、更にまだ現れる

 

新たに送り込まれた増援部隊だった。

 

「ちょっと待ちなさいよ!」

 

霊夢が思わず声を荒らげる。

 

「まだまだいるの!?」

 

「冗談だろ!」

 

魔理沙も八卦炉を構え直した。

 

「どんだけ湧いてくるんだよ!」

 

「それがハイヴだ!」

 

正面にはアラークハル。

 

庭園には大量のステイシス結晶。その上、背後からは新たなハイヴの増援が押し寄せてくる。

誰が見ても、戦況がさらに悪化したのは明らかだった。

 

「……まずいわね」

 

パチュリーが静かに呟く。

アラークハルへ全員で集中すれば、増援が背後から押し寄せる。

かといって戦力を増援へ割けば、今度はアラークハルへ対抗する人数が足りなくなる。

その時だった。

 

「お嬢様ーー!!」

 

「咲夜様!!」

 

紅魔館の方角から声が上がった。

 

「……?」

 

レミリアが振り返る。

正面扉、割れた窓。

そして館の側面へ続く通路。

そこから次々と、小さな影が外へ飛び出してきた。

 

「あなた達……?」

 

レミリアが僅かに目を見開く。

 

紅魔館で働く妖精メイド達だった。

 

「私達も助けに来ました!!」

 

普段は館の掃除や給仕、雑務を担っている彼女達は、レミリアや咲夜、美鈴達のような強者ではない。一人一人の戦闘能力だけを比べれば、押し寄せるハイヴの群れを簡単に蹴散らせるほどの力も持っていないがそれでも誰一人として逃げようとはしていなかった。

先頭を飛んでいた一人が押し寄せるハイヴへ向き直り、周囲へ色とりどりの弾幕を展開する。

 

「奴らはあたし達が引き受けます!」

 

そして、そのままレミリアへ声を張った。

 

「お嬢様達は、あいつをお願い致します!」

 

「あなた達……」

 

「ここ、あたし達の家でもありますから!」

 

別の妖精メイドも続いた。

 

「これ以上、好き勝手させません!」

 

レミリアはすぐには答えなかった。普段、館の中を飛び回って仕事をし、時には失敗して咲夜に叱られ、それでも毎日この紅魔館で暮らしている妖精達。

 

彼女達にとっても、ここはただ働いているだけの場所ではない。

 

間違いなく自分達の家なのだ。

 

その中に見覚えのある顔を見つけ、大妖精が「あっ」と声を上げた。

 

「みんな!」

 

妖精メイド達もすぐに彼女へ気づいた。

 

「あ、大ちゃん!?」

 

「大ちゃんもいたの!?」

 

「うん!」

 

ほんの一瞬だけそこには、いつもの霧の湖のほとりで偶然顔を合わせた時のような空気が戻った。

だが。すぐに一体のスロールがこちらへ走ってくる。

 

「話は後!」

 

妖精メイドの一人が叫ぶ。

 

「来るよ!」

 

「……うん!」

 

大妖精もすぐに表情を引き締めた。その隣ではルーミアが、迫ってくるハイヴの増援へ視線を向けている。

 

「あたしもそっちに行くよ」

 

「ルーミアちゃんも?」

 

「大ちゃんだけ行かせたら危ないから」

 

大妖精は少し驚いた後、嬉しそうに笑った。

 

「……ありがとう。じゃあ、一緒に!」

 

「うん」

 

二人が妖精メイド達の戦列へ向かう。

 

「だったら、あたいも!」

 

チルノも続こうとした。だが。

 

「チルノちゃん!」

 

大妖精が振り返る。

 

「あっちは私達がやるから大丈夫!」

 

「え?」

 

「あの大きいのは、霊夢さん達と一緒にお願い!」

 

大妖精の視線の先では、アラークハルが巨大な斧を握り直していた。チルノは一瞬だけ大妖精とアラークハルを交互に見た。そして、力強く頷く。

 

「分かった!じゃあ、あいつはあたい達に任せろ!」

「二人とも気を付けてね!」

 

「チルノちゃんもね!」

 

大妖精とルーミアが妖精メイド達へ合流する。

その直後。一体のスロールが大妖精の死角から飛びかかった。

 

「大ちゃん、後ろ!」

 

「えっ!?」

 

鋭い風切り音。

 

――ヒュッ!

 

銀色のナイフが大妖精の横を通り抜け、その背後へ迫っていたスロールの額へ深々と突き刺さった。

勢いを失った異形の身体が、そのまま地面へ転がる。

 

「ありがとう!」

 

大妖精が振り返る。ナイフを投げた妖精メイドの指には、すでに次の一本が挟まれていた。

 

「気をつけて!」

 

少し離れた場所では、別の妖精メイドが三本のナイフを同時に投じる。

一本はアコライトの腕へ。

もう一本は脚へ。

だが最後の一本だけは僅かに軌道を外し、肩口を掠めるだけに終わった。

 

「外した!」

 

「なら、あたしが!」

 

すぐ隣にいた別の妖精メイドが弾幕を重ね、体勢を崩していたアコライトを押し返す。

誰も咲夜のようには戦えない。

時間を操ることもできなければ、無数の刃を一分の狂いもなく操ることもできない。

それでも。

咲夜から教わった技術を、自分達なりに使って仲間を守っていた。

その戦い方を見て、クロウが僅かに目を細める。

 

「……ナイフ?」

 

ケイドも後方へ一瞬だけ目を向けた。

 

「あの子達もナイフ使うのか?」

 

「私が教えました」

 

咲夜が淡々と答える。ケイドにニヤリと笑う。

 

「そいつは頼もしい」

 

クロウは少し感心したように妖精達を見た。

 

「なるほど。動きが似てると思った」

 

咲夜は何も答えなかった。ただ、一瞬だけ視線を妖精メイド達へ向ける。

飛びかかるスロールを一本のナイフで止める。

アコライトの腕を狙い、仲間へ向けられた銃口を逸らす。決して完璧ではない。

けれど。教えたことは確かに身についている。

 

(……ちゃんと覚えていたのね)

 

ほんの僅かに咲夜の表情が和らぐ。

だが、それも一瞬だけだった。

すぐにアラークハルへ意識を戻す。

ケイドはその間に戦場全体を見回した。

霊夢と魔理沙。

紅魔館を守る者達。

大妖精とルーミア。

さらに次々と飛び出してきた妖精メイド達。

そして、自分達ガーディアン。

 

「ヒュー、凄く味方が増えたな」

 

クロウも同じ光景を見て、短く頷く。

 

「ああ」

 

ゴーストも周囲を走査しながら、少しだけ明るい声を上げた。

 

「友軍反応が一気に増えています!」

 

イコラはそれを聞いて僅かに表情を和らげたものの、すぐに戦況へ意識を戻した。

 

「数だけじゃないわ。ちゃんと役割を分けて動いてる」

 

後方では、大妖精が広い弾幕を張ってスロール達の突進を食い止め、ルーミアの闇がアコライト達の視界を奪っている。

そこへ妖精メイド達の弾幕とナイフが重なる。

一発一発の威力は決して高くない。

だが、彼女達の目的はアラークハルを倒すことではなかった。

押し寄せるハイヴを一体でも多く足止めし、主力の戦いへ流れ込ませないこと。

それだけでも十分に意味がある。

 

「無茶はしないこと!」

 

咲夜が声を飛ばした。

 

「危なくなったら、すぐに下がりなさい!」

 

「はいっ!!」

 

いくつもの声が重なった。レミリアも一度だけ妖精メイド達へ視線を向ける。そして。小さく息を吐いた。

 

「あなた達、ありがとう……任せたわ」

 

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