東方天命録~The Final Shape Begins~ 作:はならむ
「……えっ?」
ゴーストが動きを止めた。中央眼が片膝をつくアラークハルへ固定される。
「待ってください」
イコラがすぐに反応した。
「どうしたの?」
「何か……変です」
ゴーストがさらに走査を続ける。
アラークハルの周囲。
空間そのものが僅かに揺らいでいた。
最初は爆発によって熱せられた空気が作る陽炎のようにも見えた。
だが。
それとは明らかに違う。
「異常なパラコーザル反応確認!」
直後何の前触れもなく、アラークハルの周囲へ淡い光が溢れ出した。
紫。
青。
紅。
黄金。
幾つもの色彩が複雑に入り混じりながら、傷だらけの巨体を包み込んでいく。
「……何?」
レミリアが眉を寄せる。
咲夜も何が起きるか分からず、ナイフを構え直した。
アラークハルの傷が治ったわけではない。
砕けた鎧も戻っていない。
依然として。
その身体は瀕死に近い。
それなのに。
周囲の空間だけが、まるでアラークハルという存在を現実から切り離していくかのように、不自然な揺らぎを見せていた。
「……あれ」
魔理沙が怪訝そうに目を細める。
「神社で戦った時の杖を持った奴らのアレにちょっと似てないか?」
「……言われてみれば」
イコラが、ゴーストへ視線を向けた。彼女自身は博麗神社での戦闘には居合わせていない。
「ゴースト、あれは何?」
ゴーストはアラークハルを走査しながら、しばらく考えるように中央眼を明滅させた。
やがて低い声で答える。
「博麗神社で戦った時、ドレッド達にもこれとよく似た現象が起きました」
「ドレッドに?」
イコラの表情が険しくなる。
「はい。こちらが押し始めた直後、突然あいつらの周囲へ異常なパラコーザル反応が発生して……それまで効いていた攻撃が、ほとんど通らなくなったんです」
霊夢もその時の光景を思い出しながら答えた。
「あの時も、こっちが勝てそうになった途端だったわ」
魔理沙も嫌そうに顔をしかめる。
「ああ。急に何撃っても効かなくなったんだ」
その会話を聞いていたレミリアが、怪訝そうに霊夢達を見る。
「何の話?」
「あとで説明するわ」
霊夢は短く答えた。
「あいつから目を離さない方がいい」
ゴーストは走査を続けたまま、イコラへ告げる。
「おそらく、あの時のドレッドと同じです」
「つまり?」
イコラの問いにゴーストは一度だけ沈黙した。
「……目撃者から力を与えられている可能性が高いです」
「目撃者?」
レミリアが初めて聞く名前を繰り返す。
咲夜もアラークハルへ警戒を向けたまま、僅かに視線をイコラへ寄せた。
「それは誰です?」
パチュリーも魔導書を手にしたまま眉を寄せる。
「奴らとは別の存在なの?」
「ええ」
イコラはアラークハルを見据えたまま答えた。
「今回の異変に深く関わっている存在よ」
「こいつらの親玉みたいなものですか?」
美鈴が尋ねる。
「単純にそう言い切れる相手ではないわ。ただ――」
イコラの声が僅かに低くなる。
「私達の敵であることだけは間違いない」
「なるほどね」
レミリアはアラークハルを包む多色の光を眺めながら、明らかに不快そうに目を細めた。
「姿も見せずに、追い詰められた奴へ力だけ与える、と」
咲夜も静かに呟く。
「随分と趣味の悪い相手のようですね」
「その認識で大きくは間違っていないわ」
イコラが答える。その間にも、アラークハルを包む異質な力は濃さを増していた。
傷は塞がらない。
体力が戻っている様子もない。
だが、何かが明らかに変わっている。
それを確かめようとしたのはフランドールだった。
「よく分かんないけど」
レーヴァテインを構える。
「叩けば分かるよね」
「フラン、待ちなさい!」
レミリアの制止より早くフランドールが飛び出した。
「死んじゃえ!!」
一瞬でアラークハルの正面へ迫り、レーヴァテインを大きく振り下ろす。
――ガァンッ!!
「…………え?」
フランドールの動きが止まった。
刃は。
アラークハルへ届いていない。
その身体から僅かに離れた位置。
何もない空間で。
完全に止められている。
「何これ……?」
フランドールが力を込める。
先ほどアラークハルの巨大な斧を正面から押し返した力でそのまま刃を押し込もうとする。
――だが進まない、ほんの僅かすら。
「フラン、離れなさい!」
レミリアが叫ぶと彼女は即座に飛び退く。
その直後、紅い妖力がレミリアの手へ凝縮した。
「はああっ!!」
グングニルを投擲。
――ドォォォォン!!
紅い爆炎が膨れ上がる。だが、煙が晴れた後。
アラークハルの身体には、新たな傷が一つも増えていなかった。
「う……嘘でしょう」
レミリアの紅い瞳が僅かに見開かれる。
「今のが……効いてない?」
「なら」
パチュリーが即座に魔法陣を展開する。
複数の属性魔法が一斉に放たれ、小悪魔も大量の魔力弾を重ねる。
だが。
炎も。
雷も。
魔力弾も。
アラークハルへ到達する寸前で不自然に軌道を歪ませ、そのまま力を失って消えていった。
「……違うわ」
パチュリーが目を細める。
「単純に防御しているんじゃない」
咲夜も十数本のナイフを空中に展開し、投擲。
――キィン!!
銀の刃が何もない空間へぶつかり、弾かれて石畳へ転がる。咲夜はその軌道を目で追った後、静かに呟いた。
「攻撃そのものが、届いていない……?」
「ゴースト!」
イコラが声を飛ばす。
「詳しく走査して!」
「やっています!」
ゴーストの中央眼が激しく明滅する。
「アラークハル自身から強力な防御反応は出ていません!問題はその周囲です!」
「周囲?」
霊夢が聞き返す。
「空間そのものに異常なパラコーザル干渉があります!こちらの攻撃が接触する前に、外側から無効化されてる!」
ゴーストの声に、これまでになかった焦りが滲む。
「こちらの攻撃が防がれているんじゃありません! 攻撃が目標へ接触するより前に――外側から、その現象そのものを無効化されています!」
「……外側から?」
パチュリーの眉が僅かに動いた。戦場を覆う不可解な現象。魔力でも結界でもない。 少なくとも彼女の知るいかなる防御術とも、その性質は明らかに異なっていた。
「ねえあなた、その……パラコーザルというものは、一体何なの?」
彼女の問いかけに、ゴーストが一瞬だけ言葉を選ぶ。
「簡単に説明するなら――因果を超越し、この宇宙を成り立たせている法則そのものへ直接干渉する力です」
「…………」
パチュリーの表情が固まった。
「宇宙法則そのものに……直接干渉する?」
聞き返す声には、普段の彼女からは想像できないほど露骨な動揺が混じっていた。
魔法とは、世界に存在する法則を理解し、それを利用し、時には捻じ曲げる技術だ。
だが、目の前で起きているものは――そのさらに外側。
法則を利用するのではない。
法則そのものを書き換える。
「……待って!」
パチュリーが、アラークハルの方向を見つめたまま呟く。
「そんなこと、本当に可能なの?」
ゴーストはすぐには答えなかった。小さな機体が静かに回転し、周囲に満ちる異常な反応を何度も走査する。やがて。
「……本来ならできません」
その答えに、パチュリーが僅かに息を呑んだ。
「少なくとも、僕たちが知る限りでは」
そしてゴーストの単眼が、遥かに彼方にいるであろう目撃者を意識して捉える。
「でも――」
声が低くなる。
「おそらく……この幻想郷を巻き込んだ張本人、目撃者はもうそこまでの領域に来ています」
「………………」
誰も、すぐには言葉を返せなかった。
霊夢も。
魔理沙も。
レミリアも。
そして、長い年月を魔法の探究へ費やしてきたパチュリーでさえ。
ただ理解する。
自分達が今相手にしている存在は。
強大な魔力を持つ怪物でも。
神でも。
単なる異世界の侵略者でもない。
――世界を成り立たせている“決まり事”そのものへ、手を伸ばし始めている存在なのだと。
「じゃ、じゃあもうアイツは今、完全無敵だってこと……?」
レミリアの問いにゴーストは一瞬だけ答えを躊躇った。
しかし走査結果は変わらない。
「……今のままでは、そうなります」
その場へ重い沈黙が落ちた。
フランドールは自分の手にあるレーヴァテインを見つめる。
つい先ほどまでは確かに届いていた。
アラークハルと正面から打ち合った。
斧を押し返した。
鎧を砕いた。
あと少しで倒せるところまで追い詰めた。
なのに、今では触れることすらできない。
「……ずるい」
ぽつりと漏らす。
レミリアも妹と同じように、不快そうにアラークハルを睨んだ。
「ええ。本当にね」
パチュリーは目の前の現象を観察しながら、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「防御力そのものが上がったというより……こちらが攻撃できるという前提そのものを、一方的に変えられた感じね」
その言葉を聞いて霊夢と魔理沙は一瞬だけ顔を見合わせた。
博麗神社でも同じだった。
こちらが押し始めた。
勝機が見えた。
その途端。
敵だけが突然、これまでとは別の理屈によって守られ始めた。
「……また、あいつなのね」
霊夢が低く呟く。
レミリアが横目を向ける。
「目撃者、とかいう奴?」
「そう」
霊夢は御札を握り直した。
「あんた達にはまだ話してなかったけど、こいつらが幻想郷へ来る原因になってる奴よ――あと」
霊夢の眉間に徐々にしわが寄った。
「イコラの話を聞く限り、とんでもなく傲慢で狂ったクソ野郎よ……!」
レミリアの表情から笑みが消える。
「……後で詳しく聞かせてもらうわ。特に颯爽と現れたそこの得体の知れないあなた達から」
「ええ」
イコラが短く頷く。
「私達の分かる範囲でなら。とりあえずは――」
「今を乗り切るのが先決ね」
その時だった。片膝をついていたアラークハルが、ゆっくりと立ち上がった。
傷は残っている。
鎧も砕けたまま。
全身から黒煙さえ立ち上っている。
それでも。
周囲を包む異質な力によって。
今のアラークハルには、誰の攻撃も届かない。
しかし霊夢達へ襲いかかるわけでもなく、不意に紅魔館の外へ視線を向けたその先にあるのは霧の湖。
「え……?」
霊夢が怪訝そうに眉を寄せる。
次の瞬間アラークハルが深く膝を沈めた。
「来るぞ!」
クロウがホークムーンを構える。
だが。
――ドンッ!!
巨体が跳んだ先は、彼らではなかった。
「湖!?」
魔理沙が叫ぶ。アラークハルはそのまま霧の湖中央へ向かって巨大な弧を描いた。
「逃がさない!」
霊夢がすぐに追おうとする。
「待って!」
イコラが鋭く制した。
「何よ!」
「あれは逃げてるんじゃない!」
イコラは湖へ向かうアラークハルの動きを目で追う。
撤退する者の飛び方ではない。
追撃を恐れている様子もない。
明確な意図を持って。
自分から戦場を移そうとしている。
湖面へ到達する直前。
アラークハルが巨大な斧を真下へ向けた。
刃へ青白いステイシスの力が凝縮される。
そして――振り下ろした。
――ズドォォォォン!!
ステイシスの力が霧の湖へ叩き込まれ、巨大な水柱が空高く上がった。
しかし湖全体が凍りつくことはなかった。
代わりに。
湖の中央から巨大な青白い結晶が一本、水面を突き破って現れる。
続いて二本。
三本。
そして十本。
さらにその周囲へ次々と結晶が生まれ、互いに絡み合い、折り重なりながら急速に成長していく。
「……何あれ」
チルノが目を丸くした。
自分の知る氷とは違う。
青白い結晶は湖の中央で巨大な塊となり、やがて一つの足場を形成した。
氷山。
あるいは。
湖上へ突然現れた祭壇。
そう表現した方が近いほど、異質で巨大な構造物だった。
その中央へ。
アラークハルが着地する。
――ズンッ!!
巨体の重さにステイシスの足場が軋み、湖面へ大きな波紋が広がった。
「……自分でステイシスの足場作りやがった」
ケイドが呆然と呟く。クロウは湖中央のアラークハルを見つめながら、拭いきれない嫌な予感に眉を寄せた。
「何をする気だ……」
その答えはすぐに現れた。
アラークハルが、巨大な斧をゆっくりと持ち上げる。
その刃へ今度は青白い雷光が集まり始めた。
――バチッ。
小さな放電。
イコラの表情が変わる。
次の瞬間には、それが無数の雷光へ増えていた。
斧の刃から柄へ。
柄から腕へ。
肩へ。
さらにアラークハルの全身へ。
凄まじい量のアークエネルギーが急速に集約されていく。
「ゴースト!」
「アークエネルギー反応、急上昇しています!」
ゴーストが叫ぶ。
「まだ上がっています!」
クロウが湖中央を見据えたまま問い返した。
「どのくらいだ?」
「分かりません!」
ゴーストの声には、明らかな焦りが混じっていた。
「規模が大きすぎます!」
その答えを聞いた瞬間。
イコラは察した。
アラークハルが狙っているのは。
誰か一人ではない。
もっと広い。
この戦場そのものだ。
「全員!」
イコラの声が湖畔から紅魔館の庭園まで響く。
「湖から離れて!高度を取って!」
その声に後方でハイヴの増援と戦っていた大妖精も振り向いた。
妖精メイド達も、ルーミアも湖中央を見る。
ステイシスの足場の上にはアラークハルは巨大な斧を頭上高く掲げていた。
そこへ集まった雷光は、もはや武器を纏う程度のものではない。
一本の巨大な雷柱のように見える。
「何か来る!」
大妖精の顔色が変わった。
「みんな!上に逃げて!!」
「え!?」
「早く!」
妖精メイド達が慌てて高度を上げる。
ルーミアも広げていた闇を解き、すぐに上空へ逃れた。チルノは湖中央をじっと見つめる。
「……何する気だよ」
そして次の瞬間。
「え……っ」
アラークハルが巨大な斧をステイシスの足場へ叩きつけた。
――――ドォォォォォォォン!!
霧の湖の中央から一本の巨大な青白い雷柱が天へ向かって突き上がった。
「なっ!?」
凄まじい光に全員が思わず目を細める。
天へ伸びた雷柱は、そのまま上空で枝分かれするように広がっていった。
霧が青白く照らされる。
雲さえも雷光によって染まる。
そして。
次の瞬間、引き裂くような金切り音と共に無数の落雷が霧の湖一帯へ一斉に降り注いだ。
「まずい!!」
霊夢が叫ぶ湖面が一瞬にして青白く輝いた。
直後、アークエネルギーが水そのものを伝い、湖中央から放射状に広がり始める。
「湖が……!」
チルノが目を見開いた。
雷撃は恐ろしい速度で湖面を駆け、岸へ向かって迫ってくる。
上空からは絶え間ない落雷。
下にはアークエネルギーで満たされた湖。
低い位置にいればどこへ逃げても危険だった。
「飛べる者は今すぐもっと上へ!」
イコラが叫ぶ霊夢と魔理沙が一気に高度を上げる。
レミリアとフランドールも翼を大きく広げ、湖面から距離を取ったチルノもすぐに続く。
「大ちゃん!」
「大丈夫!」
遠くから大妖精の声が返ってきた。
妖精メイド達も必死に高度を上げている。
だが。
その中の一人。
反応が僅かに遅れた。
「きゃあっ!」
足元、岸へ到達したアークが猛烈な勢いで迫る。
次の瞬間、咲夜の姿が消えた。
そして、遅れていた妖精メイドを抱えた状態で、離れた場所へ再び姿を現す。
「咲夜様……!」
「気を抜かないで。まだ終わってないわ」
短く告げると咲夜はすぐに他の妖精達の位置を確認した。
その間にも落雷は続く。
――ドォン!!
岸辺が爆ぜる。
さらに庭園へ残っていたステイシス結晶へ雷が触れ、青白い結晶を伝って、アークが別方向へ走る。
「っ!」
美鈴は小悪魔の腕を掴んだ。
「早く上へ!」
「は、はい!」
二人が地上を離れた直後、先ほどまで立っていた場所を電撃が駆け抜ける。
パチュリーは完全には飛び上がらず、その場で幾重にも防御障壁を展開した。
――バァン!!
落雷が魔法の壁へ直撃する。
「くっ……!」
障壁全体が大きく揺れ、パチュリーの身体も僅かに後ろへ押された。
「パチュリー様!」
「平気よ……!」
小悪魔の声に答えながら、さらに魔力を注ぎ込む。
「でも、何度も受けるのは無理ね……!」
少し離れた岸辺、ガーディアンも猛烈なアーク攻撃の中を走っていた。
地面を伝う雷撃が背後から迫り、ガーディアンは滑り込むようにスライディングし、崩れた石材の下を抜けた。
そのまま地面を蹴り、グライディング。
「…………………!」
一気に高度を上げた。
だが今度は頭上には空から落雷が迫る。
「上です!」
ゴーストが叫んだ。
――バリィィン!!
直撃する寸前、咄嗟の機転で上手く軌道を変えたことで巨大な雷撃は僅かに背後へ逸れた。
それでも余波までは避け切れない。
青白い電撃がアーマー表面を走り、シールドが激しく明滅する。
「シールドが削られています!直撃は絶対に避けて!」
ガーディアンは無言のまま着地する。
まだ致命傷ではない。
シールドも失われてはいない。
だが、あれをまともに受ければ。
ただでは済まない。
ケイドも崩れた石壁の陰へ飛び込んだ。
「おいおい!」
直後、頭上へ落雷。
――ドォン!!
「湖全部使う気かよ!?」
クロウも地面を転がって別の雷撃を避けながら叫ぶ。
「水に近づくな!」
「見りゃ分かる!」
ケイドが叫び返した。
その頃、大妖精達の戦線もさらに厳しい状況へ陥っていた。
落雷を避けながら、なおかつハイヴの増援まで食い止めなければならない。
「右から来るよ!」
大妖精の声にルーミアが即座に反応し、アコライトとスロール達を包むように闇を広げる。
「今だよ!」
視界を奪われたアコライトが銃口を振り回す。
その腕へ妖精メイドのナイフが飛んだ。
――ヒュッ!
銀の刃が突き刺さり、銃口が大きく逸れる。
そこへ大妖精と別の妖精メイド達が一斉に弾幕を叩き込んだ。
「押し返して!」
「館に近づけるなー!」
青白い雷。
妖精達の色とりどりの弾幕。
ハイヴの緑炎。
いくつもの色が、荒れ果てた庭園と湖畔で複雑に交錯していく。
クロウは雷撃を避けながら、その光景へほんの一瞬だけ目を向けた。
「……あの子達が来てくれなかったら、とっくに戦線が崩れてたな」
「ああ、違いねえ」
ケイドも珍しく真面目な声で答える。
だが二人の視線はすぐに湖中央へ戻った。
「だが問題は――」
ケイドが低く呟く。
「やっぱり、あいつだ」
雷撃によって霧が吹き飛ばされていく。
湖中央の青白いステイシスの足場。
その上にアラークハルが立っている。
全身には無数の傷が残っている。
本来なら、あと一歩で倒せるところまで追い詰めていたにもかかわらず、正体不明のパラコーザルな力によって守られ、今は誰の攻撃も届かない。
その状態のままアラークハルは一方的に、霧の湖全域へ破壊を撒き散らしている。
上空でその光景を見ていたチルノは、いつの間にか言葉を失っていた。
その眼下には青白い雷が湖面を縦横無尽に駆け回っている。
ここはいつも自分が飛び回っている場所。
大妖精と遊ぶ場所。
何度も凍らせ。
何度も笑い。
毎日のように過ごしている湖。
その全てが、今は見知らぬ異世界の怪物によって、巨大な武器として利用されていた。
「…………」
チルノの表情からいつもの無邪気な笑みが消える。
両手を強く握る。
「……あたいの湖で」
その声は小さい。
だが確かな怒りが込められていた。
「好き勝手するな……!」
その直後、一際巨大な雷が空を裂いた。
――――ドォォォォン!!
雷撃はアラークハルが掲げていた斧へ吸い込まれるように直撃し、その瞬間、湖全体がもう一度青白い光へ包まれた。
やがて長く続いていた雷鳴が少しずつ遠ざかっていく。
放電が止まり始めた。
湖面にはまだところどころ青白い電撃が走り、水蒸気と霧が混ざり合った異様な靄が湖上を漂っている。
その中央、巨大なステイシスの足場は消えていない。
アラークハルはその上に立ったまま、傷だらけの巨体でこちらを見据えていた。
霊夢は高度を保ったまま、忌々しそうにその姿を睨む。
「……最悪ね」
魔理沙も隣へ並んだ。
「ようやく追い詰めたと思ったら、今度は攻撃そのものが届かないってか」
「ああ」
イコラも二人の近くまで移動し、湖中央へ視線を向ける。
「まずは、あのパラコーザルで形成された防護壁をどうにかしない限り、こちらが何をしても同じよ」
イコラ自身、この現象を直接目にするのは初めてでありどう突破するか頭の中で思考を張り巡らせる。
「……………………………」
その時、ガーディアンが静かに一歩前へ出た。
「え……?」
咲夜がその動きへ気づく。ガーディアンは湖中央に立つアラークハルを見ている。
正確にはその身体を包む幾つもの色彩が入り混じった異質な力を――ゴーストが隣へ浮かんだ。
「……ガーディアン?」
――返事はない。
それでも彼が何を考えているのかゴーストには何となく分かった。
博麗神社でドレッド達が似たような力に守られた時。
その直後ガーディアン自身にも。
これまで使ったことのない光とも暗黒とも言い切れない、多色の力が目覚めた。
その力が何なのか、まだ誰も名前すら知らない。
だが、あの時それによって突破口が開いた。
「……もしかして」
ゴーストが小さく呟く。
イコラが振り返った。
「何?」
そして、ガーディアンの視線を追ってアラークハルを見る。
「何か分かったの?」
ゴーストはすぐには答えなかった。
なぜなら湖中央でアラークハルが再び巨大な斧をゆっくりと持ち上げ始めたからだ。
青白いステイシスの足場が、その動きに合わせるように低く軋む。
そして刃の周囲へ再びアークの雷光が集まり始める。
ゴーストはその様子を見て、警戒するように身体をガーディアンへ寄せた。
「……考える時間は、あまりなさそうです」
霧の湖。
紅魔館。
そして、その間に広がる荒れ果てた庭園。
ハイヴの増援を食い止める大妖精達。
湖上のアラークハルへ向き直る霊夢達。
異世界からやって来たガーディアン達。
さらに姿を現すことさえなく、戦場へ力だけを差し込んでくる目撃者。
紅魔館を守るために始まった戦いは。
いつの間にか霧の湖そのものを巻き込む規模へと拡大していた。
そして、その中心で誰にも正体の分からない多色の力を纏ったアラークハルが再び彼らへ牙を剥こうとしていた。