東方天命録~The Final Shape Begins~   作:はならむ

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第三十三話:嵐の後の紅魔館 ①

妖精メイドに案内され、霊夢達は昨日に続いて紅魔館へと足を踏み入れた。

 

「いやあ、改めて見ると酷い有り様ね……」

 

外から見ただけでも被害の大きさは十分に分かっていたが、館内へ入ると、それがよりはっきりと実感できた。割れた窓には応急処置として板が打ち付けられ、廊下の壁には亀裂が走り、場所によっては天井の一部まで崩れている。そこかしこを妖精メイド達が忙しなく行き交い、壊れた家具や瓦礫を運び出していた。

それでも、昨日まで庭園や湖畔を覆っていた異様なものだけは、綺麗さっぱりと姿を消している。

ガーディアンが生み出した巨大なステイシス結晶も、無数に転がっていたハイヴの死骸も、そして最後に倒したアラークハルの巨体も、どこにも見当たらない。

 

「……本当に何も残ってないな」

 

クロウが小さく呟いた。

ゴーストも周囲へ走査光を伸ばしていたが、やがて中央眼を細めるようにして答えた。

 

「少なくとも、この周辺にハイヴの生体反応はありません。残留物もほとんど検出できませんね」

 

「昨日のあれだけの数が、一晩でか」

 

ケイドの声音から、先ほどまでの軽さが少しだけ消える。

案内していた妖精メイドが、申し訳なさそうに振り返った。

 

「小さいものは私達も片付けました。でも……最後の大きな方は、朝になった時にはもういなかったんです」

 

その言葉に、イコラが足を止めた。

 

「アラークハルが?」

 

「はい」

 

妖精メイドは頷く。イコラはそれ以上何も言わなかったが、表情は僅かに険しくなっていた。

アラークハルにはハイヴ・ゴーストがいる。

ならば、死体が消えているという事実を安易に「片付けられた」と考えるべきではない。

 

「後で調べましょう」

 

「了解です」

 

ゴーストが答える。今はまず、館の主であるレミリアとの話が先だった。

 

 

やがて一行は、妖精メイドに連れられて大きな両開きの扉の前までやって来た。

 

「こちらです」

 

扉がゆっくりと開かれる。

その向こうに広がっていたのは、紅魔館の謁見の間だった。

昨日の戦闘が激しかった区域から少し離れていたためか、この部屋は比較的原形を保っている。それでも壁の一部には細かな亀裂が走り、窓の何枚かは既に新しいものへ交換されている最中だった。

その最奥。

豪奢な椅子へ腰掛けているのは、この館の主――レミリア・スカーレット。

片脚を優雅に組み、片肘を肘掛けへ預けた姿は、まるで小さな王のようだった。幼い少女の姿をしているにもかかわらず、その態度に妙な違和感がないのは、それだけこの館の主として振る舞うことが彼女にとって自然だからなのだろう。

その近くにはフランドール、咲夜、パチュリー、小悪魔。そして少し離れた場所には美鈴も立っていた。

 

「来たわね」

 

レミリアが口元を僅かに緩める。

 

「ええ、あんたの要望通りに来たわよ」

 

霊夢もいつも通りの調子で返した。

レミリアは一行をゆっくりと見渡した。霊夢、魔理沙、チルノ、大妖精、ルーミア。そして昨日まで名前さえ知らなかった、異なる世界から来た者達へ視線を移していく。

 

「まずは、きちんと礼を言っておきたかったの」

 

レミリアは椅子へ深く腰掛けたまま続けた。

 

「霊夢、魔理沙、チルノ、大妖精とルーミア。それから……あなた方が何者なのかはまだよく知らないけれど」

 

その視線がイコラ達へ向く。

 

「こんな有り様ではあるけれど、とりあえず紅魔館を全壊せずに守ってくれたことには、本当に感謝するわ」

 

「とりあえずって言い方が引っ掛かるけど」

 

霊夢がぼそりと呟く。イコラは一歩前へ出た。

 

「礼を言われるまでもないわ。むしろ、ここまで大きな被害が出てしまったことを気の毒に思っている」

 

彼女は周囲へ視線を巡らせた。

 

「もう少し早く私達が駆けつけていれば、被害を減らせた可能性もあった」

 

「それは気にしなくていいわ」

 

レミリアの返答は早かった。

 

「時間はかかるでしょうけれど、壊れたものは直せばいい。館も庭も、また元に戻せるもの。寧ろ、見ず知らずのあなた達に助けてもらって私達は感謝でしかないわ」

 

そこで一度、咲夜達へ視線を向ける。

 

「皆が生きている。それで十分よ」

 

その言葉に咲夜も静かに目を伏せ、美鈴が小さく頷いた。

昨日、紅魔館は本当に壊滅しかけた。

それでも、大勢が負傷こそしたものの、館の住人に死者は出なかった。

その事実を思えば、レミリアがそう考えるのも無理はなかった。

 

「だから、あなた達が気に病む必要はないわ」

 

「……ありがとう」

 

イコラは静かに答えた。

 

「どういたしまして」

 

そこでレミリアは少しだけ身を乗り出す。

 

「それよりも、あなた達のことを聞かせてほしいわね」

 

「私達?」

 

「ええ」

 

レミリアの視線が、ガーディアンの派手な装甲からイコラのローブ、そして三体のゴーストへ順番に向けられる。

 

「幻想郷じゃ見たこともない服装に武器。それに昨日使っていた、あの妙な力。どう考えても普通の外来人じゃないでしょう?」

 

「まあ、それは最初から私も思ってたけど」

 

霊夢が腕を組んだ。

 

「それに」

 

レミリアは少し考えるように頬杖をつく。

 

「八雲紫が、あなた達みたいな招かれざる外来人を放っておくとも思えないわね。もしかして、あいつ仕事をサボってるのかしら」

 

「まあ一応見張ってると言ってたけど、紫なら普通にありえそうだな」

 

魔理沙がぼそりと言う。

 

「聞こえてるかもしれないわよ」

 

霊夢に言われ、魔理沙は一瞬だけ周囲を見た。

 

「……それはちょっと怖いな」

 

イコラはそんな二人のやり取りを横目で見てから、レミリアへ答える。

 

「八雲紫とは既に何度も会っているわ。私達は彼女から正式に幻想郷への滞在を許可された」

 

「あらそう」

 

レミリアが僅かに目を見開く。

 

「条件として、最近この幻想郷で起きている異変の解決へ協力することになっている」

 

「へえ」

 

レミリアは感心したように声を漏らした。

 

「あの紫から許可を取ったの?」

 

「正確には、色々あった末にだけどね」

 

霊夢が補足する。

レミリアは楽しそうに笑った。

 

「それでも大したものよ。紫は普段あんな調子だけど、幻想郷そのものに関わることにはかなり慎重だから。そんな彼女が滞在を認めたということは、少なくとも今すぐ追い出す必要はないと判断されたのでしょうね」

 

「つまり俺達、結構信用されてるのか?」

 

ケイドが少し嬉しそうに言った。霊夢は即座に彼を見る。

 

「調子に乗らない」

 

「……はいよ」

 

割りと素直に返したため、レミリアが小さく吹き出した。

 

「まあいいわ。これからも顔を合わせることになりそうだし、お互い名前くらいは知っておいた方がいいでしょう?」

 

そう言って彼女は自分の胸元へ手を添えた。

 

「改めて。私はレミリア・スカーレット。この紅魔館の当主であり、吸血鬼よ。で、この子が――」

 

続いて、すぐ傍にいたフランドールが嬉しそうに手を上げる。

 

「私はフランドール・スカーレット!レミリアお姉様の妹、フランでいいよ!」

 

「十六夜咲夜です」

 

咲夜は一歩前へ出ると、隙のない優雅な動作で一礼した。

 

「この紅魔館でメイド長を務めております」

 

次にパチュリーが、膝の上へ置いていた本からゆっくり顔を上げる。

 

「パチュリー・ノーレッジ。魔法使いよ。普段はこの館の地下にある大図書館にいるけどあまり顔を会わすことはないかもね」

 

「図書館?」

 

ケイドが何気なく反応した。すると魔理沙が少し嬉しそうに笑う。

 

「あそこはすごいぜ。珍しい魔導書が山ほどあるんだ」

 

その瞬間だった。

 

パチュリーの視線が、すっと魔理沙へ向けられる。

 

「…………」

 

魔理沙の笑顔が僅かに固まった。

クロウは二人の間に流れた妙な空気を察したらしい。

 

「……何かあるのか?」

 

「あるわよ」

 

パチュリーが淡々と答えた。

 

「この魔法使い、うちの図書館から勝手に本を持っていくの」

 

「人聞き悪いな。借りてるだけだぜ」

 

「返してないでしょうが」

 

霊夢がすかさず指摘する。

 

「死ぬまで借りてるだけだ」

 

魔理沙は悪びれもせず答えた。

 

「それを一般的には盗んでるって言うのよ」

 

「細かいなあ」

 

「細かくないわ」

 

今度はパチュリー本人が返した。

ゴーストは少し不思議そうに外殻を動かしている。

 

「では、貸出期間が非常に長いということですか?」

 

「違うわ」

 

パチュリーが即答する。

 

「違うわね」

 

霊夢も続く。

 

「違います」

 

小悪魔まで真面目な顔で頷いた。

 

「三対一だな」

 

ケイドが楽しそうに魔理沙を見る。

 

「これはお前の負けじゃないか?」

 

「所有権を多数決で決めるなよ」

 

「いや、そもそもパチュリーの本だろ」

 

クロウが冷静に言った。

 

「お前までそっちにつくのかよ」

 

そんな魔理沙を見ながら、イコラがふとケイドへ視線を向けた。

 

「あなたも人のことを笑えないでしょう?」

 

「ん?」

 

「昔、バンガードの資料を持ち出したまま戻さなかったことがあったわね」

 

ケイドの動きが止まった。

 

「……さて、次の人は誰だ?」

 

「露骨に逃げたな」

 

クロウが呆れたように笑う。その空気を切り替えるように、小悪魔が前へ進み出た。

 

「私は小悪魔です。パチュリー様のお手伝いをしています。よろしくお願いします!」

 

ぺこりと丁寧に頭を下げる。

 

「ああ、よろしく」

 

クロウも穏やかに返した。

そして最後に、美鈴が壁際から一歩進み出た。

 

「私は紅美鈴!紅魔館の門番を務める妖怪です!」

 

「……妖怪?」

 

その単語に反応したのはケイドだった。

 

「どうしましたか?」

 

美鈴が首を傾げる。

ケイドは少し失礼にならない程度に彼女の姿を上から下まで眺めた。

長い赤髪に、中国風の衣服。

昨日は素手でハイヴを次々と吹き飛ばしていたが、こうして普通に立っている姿だけなら人間とほとんど変わらない。

 

「なあ、俺達この世界に来たばっかりだし、その『妖怪』ってのがまだよく分かってないんだが」

 

ケイドは素直に疑問を口にした。

 

「なんか、管理者さんにしてもあんたにしても、見た目だけなら普通の人間にしか見えないんだよなあ。人間とは別物らしいが――言っとくが、別にあんたの気を悪くさせるつもりはない」

 

「……まあ、そうですね」

 

美鈴は自分の身体を見下ろしてから、特に気を悪くするでもなく笑った。

 

「私の場合は、見た目で人間と間違えられることもありますよ」

 

「昨日初めて見た時は、私も人間だと思っていた」

 

クロウもそう言って頷いた。イコラは興味深そうに美鈴を見ながら尋ねる。

 

「妖怪というのは、一つの種族を示す言葉ではないの?」

 

「そこが説明しづらいのよね」

 

霊夢が口を挟んだ。

 

「妖怪って一括りに言っても色々いるのよ。見た目が人間と変わらない奴もいれば、まったく違う姿の奴もいる。生まれつきそういう存在の奴もいるし、何かが長い年月を経て妖怪になることもある。霖之助さんだって半妖だし」

 

「半妖?」

 

「半分人間で半分妖怪よ。だから見た目以上に長生きしてるわ。病気にもなったことないらしいし」

 

「つまりハーフか…………あの色男、何かただ者じゃない雰囲気だったのはそれか」

 

ケイドは顎に指をつかんで頷いた。

すると魔理沙が思い出したように口を開いた。

 

「種族で思い出したけど私とパチュリーはどっちも魔法使いだけど、私は人間の魔法使いで、パチュリーやアリスは種族としての魔法使いだ」

 

「アリス……て?」

 

「ほら、お前らと初めて神社で会った時、霖之助と一緒にいただろ」

 

「……ああ、あの娘か。今、思い出したぞ」

 

手をポンと叩くケイド。

 

「彼女達と君は何が違うんだ?」

 

クロウが首を傾げる。

 

「簡単に言えば身体の違いだな。パチュリー達は飯を食わなくても生きられるし、歳も取らない。私は人間だから飯を食わなきゃ死ぬし、普通に歳も取る」

 

「つまり、魔理沙は『魔法を使う人間』、彼女達は『魔法使いという種族そのもの』ってことですか」

 

ゴーストの言葉に、魔理沙は頷いた。

 

「まあ、そんな感じだな」

 

「……幻想郷って、本当に色んな種族がいるんだな」

 

クロウが感心したように呟くと、霊夢が肩をすくめた。

 

「今さら?というか、あんた達も人のこと言えないじゃないの。エクソやらアウォークンやらハイヴやらなんやら――」

 

「――その通りだな」

 

そして霊夢は美鈴へ視線を向ける。

 

「ただし、見た目が人間だからって人間と同じだと思わない方がいいけど」

 

「昨日を見れば分かるな」

 

ケイドもすぐに納得した。

 

昨日、美鈴は押し寄せるスロールの群れへ一人で突っ込み、拳と蹴りだけで次々と吹き飛ばしていた。ナイトの巨体に真正面から打撃を叩き込み、よろめかせた場面さえある。

 

「あれを普通の人間がやったら、腕の方が壊れそうだ」

 

「一応、人間よりはかなり頑丈ですよ」

 

美鈴が少し照れたように笑う。

 

「かなり、ねえ」

 

魔理沙が意味ありげに笑った。

そこへチルノが勢いよく割り込んでくる。

 

「あたいは妖精だぞ!しかも最強の妖精!」

 

「それはもう昨日から何回も聞いた」

 

ケイドが即座に答える。

 

「じゃあ忘れるな!」

 

「覚えてるから言ってるんだよ」

 

二人のやり取りを見て、大妖精が困ったように笑う。

 

その横で、ルーミアも自分を指差した。

 

「あたしも妖怪なのかー」

 

「それも知ってる」

 

今度はクロウが答えた。

 

「ああ。昨日の戦いの途中で霊夢から聞いたからな」

 

ケイドも頷く。

 

「闇を操る妖怪で、人間も食べる……だったよな?」

 

「そーなのかー」

 

ルーミアは何でもないことのように笑う。その言葉に、昨日その会話を聞いていなかったイコラが僅かに眉を動かした。

 

「……人間を?」

 

「食べるのかー」

 

「そう……」

 

イコラは表情こそ大きく変えなかったものの、一瞬だけ返答に間があった。オフィウクスもルーミアへ中央眼を向けている。

 

「その情報は初めて聞きました」

 

「昨日は戦闘中だったからな」

 

クロウが答える。

 

「詳しく話してる余裕なんてなかった」

 

ケイドはそこで、自分の金属製の胸を軽く叩いた。

 

「俺としては、エクソでよかったと思った瞬間だったけどな」

 

「それ昨日も言ってたな」

 

クロウが苦笑する。

 

「だって見るからに硬そうだろ、俺」

 

ルーミアは改めてケイドを見たあと、今度はクロウへ視線を移した。

 

「あっちは人間なのかー?」

 

「私はアウォークンだ」

 

「あなた、人間じゃないの?」

 

パチュリーからの質問にクロウが少し困った顔をする。

 

「……説明が難しいな」

 

「まあ、青いけど大体人間の派生みたいなものだ」

 

ケイドが横から言う。

 

「雑にまとめるな」

 

そう言い返すクロウをよそに、ルーミアの視線は最後にガーディアンへ向かった。

全身を厚い装甲で覆い、顔すらヘルメットに隠れている。

しばらく彼をじっと眺めていたルーミアは、やがて素直な感想を口にした。

 

「その人は硬そうだから、おいしくなさそうなのかー」

 

ガーディアンは数秒ほど動かなかった。

それから、どういうわけか満足そうに胸を張り、力強く親指を立てた。

 

「何でそこで喜ぶのよ」

 

霊夢が即座に突っ込む。

 

「食用対象から外れたことを肯定的に捉えたんだと思います」

 

ゴーストが冷静に説明した。

 

「そこを分析しなくていい!」

 

魔理沙が吹き出し、美鈴や小悪魔にも小さな笑いが広がった。

昨日の戦場では、互いがどんな存在なのか詳しく知る余裕などなかった。

 

人間。

妖怪。

妖精。

吸血鬼。

エクソ。

アウォークン。

そしてガーディアン。

こうして落ち着いて話してみれば、互いに分からないことばかりだ。

それでも昨日は、その違いなど関係なく肩を並べて戦った。

それだけは紛れもない事実だった。

紅魔館側の自己紹介が終わると、今度は自然とイコラ達へ視線が集まった。

 

「では今度は私たちね――」

 

イコラがまず一歩前へ出る。

 

「私はイコラ・レイ。ガーディアンという私達の世界における戦士でウォーロックよ」

 

「ウォーロック?」

 

素早く食いついたのはパチュリーだった。

 

「まあ、あなた達の世界における魔法使いみたいなものね」

 

するとパチュリーは珍しく目を輝かせてこう言う。

 

「今度、あなたと互いに情報交換したいのだけどよろしいかしら?」

 

――と。

 

「ええ。機会があれば是非――」

 

イコラは頷いた。そして彼女の傍らへ淡い光が集まり、オフィウクスが姿を現した。

 

「こちらは私のゴースト、オフィウクス」

 

「よろしくお願いいたします」

 

レミリアは宙へ浮かぶ小さな存在を興味深そうに眺めた。次にケイドが、自分の胸を親指で示す。

 

「俺はケイド6。ハンターだ。まあ、今はちょっと特殊な状態だけどな」

 

咲夜が僅かに眉を動かしたが、今は何も尋ねなかった。クロウも続ける。

 

「私はクロウ。同じくハンターだ」

 

その肩近くへグリントが姿を現した。

 

「そして私はグリントです。よろしくお願いします」

 

小悪魔が嬉しそうに小さく手を振る。

そして最後。全員の視線が、自然とガーディアンへ集まった。

 

「………………」

 

「………………」

 

だが本人は、それに気づいているはずなのに何も言わなかった。

 

数秒間、妙な沈黙が続く。

 

レミリアが不思議そうに首を傾げたところで、ケイドが隣からガーディアンの腕を軽く小突いた。

 

「相棒。自己紹介だぞ」

 

ガーディアンはケイドを一度見て、それから自分の傍らへ浮かぶゴーストへ視線を向ける。

ゴーストも彼を見る。

そのまま数秒ほど見つめ合った末、結局ゴーストの方が少し前へ出た。

 

「彼はガーディアンです」

 

「……それが名前?」

 

レミリアが聞き返す。

 

「私達はそう呼んでいます」

 

「本名は?」

 

「分かりません」

 

「あなた達が?」

 

「本人もです」

 

その答えに、レミリアだけでなくパチュリーまで本から顔を上げた。

 

「……………………」

 

だが当のガーディアンは何も言わない。

するとゴーストが続けてこう言った。

 

「そして私は、彼のゴーストです」

 

「あなたの名前は?」

 

「ゴーストです」

 

「……え?」

 

「名前もゴーストです」

 

「種族も?」

 

「ゴーストです」

 

レミリアは数秒、言葉を失った。

 

「……紛らわしくない?」

 

「よく言われます」

 

横でケイドが笑いながら言う。

 

「相棒の相棒は、ゴーストって名前のゴーストなんだ」

 

ゴーストの中央眼がゆっくりケイドへ向けられる。

 

「余計に分かりにくくしないでください」

 

「俺は分かりやすくしたつもりなんだけどな」

 

「全然です」

 

そのやり取りに、レミリアも思わず小さく笑った。

そして自己紹介が終わると、改めてガーディアンの姿を上から下まで眺める。

 

「それにしてもあなた……改めて見ると、本当にすごい格好ね」

 

緑を基調としたヘルメットに、各部でまるで統一する気のない色彩を纏った装甲。未来的な形状も相まって、幻想郷では嫌でも目立つ。

 

「奇抜というか……個性的というか」

 

ガーディアンは褒められたと判断したらしい。

すぐに胸を張り、満足そうに親指を立てた。

…………

「褒められたと思ってるわね」

 

霊夢が呆れたように言う。

 

「彼なりのこだわりだそうです」

 

ゴーストが説明した。

 

「その色全部?」

 

「全部です」

 

「……そう」

 

レミリアは深く追及することを諦めた。

しかし、今度は別の疑問が湧いたらしい。

 

「それにしても……あなた、喋れないの?」

 

「いえ」

 

ゴーストが答える。

 

「彼は喋れます。ただ非常に無口なので、普段は私が代わりに話すことが多いんです」

 

「ゴーストの言ってることは本当よ」

 

霊夢が頷いた。

 

「こいつが長く喋ってるところなんて、私もほとんど見たことないぜ」

 

魔理沙も続ける。

 

「へえ」

 

レミリアはガーディアン本人よりも、むしろゴーストの方へ興味を惹かれたらしい。

 

「あなた、小さいのに随分しっかりしてるのね」

 

「情報収集や伝達も、私達の重要な役割ですから」

 

「昨日も随分助けてもらったし……」

 

レミリアは楽しそうに微笑んだ。

 

「ふふ、気に入ったわ」

 

その瞬間だった。

 

「ほーん、なら――!」

 

ケイドが何故か妙に嬉しそうな顔をして、両腕を大きく広げた。

 

 

「友好の印だ。ハグだ、ハグ!」

 

 

……室内が静まり返る。

さらに悪いことに、隣にいたガーディアンまでその冗談へ乗った。

 

「♡」

 

両手を胸の前へ持っていき、大きなハートを作るような仕草をしてから、それをレミリアへ捧げるように両腕を差し出す。

 

「相棒、分かってるな!」

 

「♡」

 

霊夢、魔理沙、クロウ、イコラは手で顔を覆った。

 

「あのバカ二人……」

 

「何やってんだよ……」

 

そして。

 

シャリ……

 

小さく、金属音が鳴った。咲夜の手に、いつの間にか銀色のナイフが握られていた。

 

「……あなた」

 

その口元には確かに微笑みが浮かんでいる。

ただし、目だけは一切笑っていない。

 

「つまり、お嬢様を抱きたい、と?」

 

「いやいやいやいや!」

 

ケイドはすぐさま両手を振った。

 

「その言い方だと意味がまるっきり変わる!俺が言ってるのはただの友好的なスキンシップだ!」

 

「レミリアお嬢様へ?」

 

「そう!いや、そうなんだけど、そういう意味じゃなくてだな!」

 

クロウが堪え切れないように片手で顔を覆った。

 

「ケイド……お前なあ」

 

すると、当のレミリア本人が楽しそうに笑った。

 

「あら。あたしは別に構わなくてよ?」

 

「お嬢様?」

 

咲夜が振り返る。

 

「友好の印なのでしょう?」

 

「そうそう!」

 

ケイドが勢いよく頷いた。

 

「ほら! 本人もこう言ってる!」

 

「もっとも」

 

レミリアはそこで、悪戯っぽく目を細める。

 

「まあ『子供を作りたい』、という意味なら話は別だけれど」

 

「お嬢様!」

 

今度は咲夜の怒声が謁見の間に響いた。

 

「はしたないことを仰らないでください!」

 

「冗談よ、冗談」

 

「冗談にも限度があります!」

 

その横では、フランドールが純粋な顔で首を傾げていた。

 

「ねえ、お姉様。抱くってどういう意味?」

 

空気が止まる。レミリアは少しだけ目を泳がせてから、妹へ向き直った。

 

「知らなければそれでいいのよ、フラン」

 

「なんで?」

 

「いいから」

 

「教えてよ」

 

「大人になったらね」

 

「私、お姉様と生きてる年数ほとんど変わらないよ?」

 

「そういう意味じゃないの」

 

パチュリーが本で口元を隠しながら、小さく呟いた。

 

「レミィ……朝から元気ね」

 

「褒めてる?」

 

「いいえ」

 

そんなやり取りをしている間にも、ケイドは咲夜から少しずつ距離を取っていた。

 

「ほら、お嬢様本人もノリがいいみたいだし、ここは穏便にいこうぜ?」

 

「あなた方」

 

咲夜はゆっくり彼へ向き直った。

その笑顔は完璧だったが、いつの間にか右手だけでなく左手にもナイフが握られている。

 

「この紅魔館の主であるレミリアお嬢様を相手に、よくもまあそこまで不敬な態度を取れますね。呆れるほど素晴らしく肝の据わったお方ですこと」

 

「それ絶対褒めてないよな?」

 

「ええ」

 

即答だった。咲夜は一歩だけ距離を詰める。

 

「まだ、おふざけを続けますか?」

 

「あー……」

 

ケイドは一歩後ろへ下がった。

 

「悪かった。俺が悪かったよ……」

 

もう一歩下がり、最後にはガーディアンの背後へ隠れる。

 

「相棒、後は頼んだ」

 

突然押し付けられたガーディアンは、ゆっくりとケイドを振り返った。

次に咲夜を見る。

そして何を思ったのか、その場で両膝をつくと、両手を床へ揃えて深々と頭を下げた。

あまりにも見事な土下座だったため、一瞬だけ咲夜の動きさえ止まる。

 

「…………」

 

霊夢が呆れたように口を開いた。

 

「いや、あんたは別に謝らなくても――」

 

言い終える前に、ガーディアンが突然立ち上がった。

 

「……………?」

 

そのまま床すれすれまで腰を落としたかと思えば、勢いよく前方へ滑り込む。滑走を終えた直後に立ち上がり、すぐさましゃがみ、また立ち上がる。そして今度は深々と頭を下げたあと、素早く右へ移動し、次の瞬間には左へ戻っていた。

 

「は?」

 

さらにもう一度滑り込み、急停止。

そこから高速で何度も屈伸し、合間に土下座を挟みながら左右へ細かく動き続ける。

極めつけには、その一連の奇妙な動作の途中で、何故か妙に爽やかに親指を立てた。

 

「……何やってんのよ、あんた」

 

霊夢の顔が引き攣る。

だがガーディアンは止まらない。

また低い姿勢で滑り込み、立ち上がると同時に右へ跳ねるように移動し、今度は左へ。そこから再びしゃがみ込み、土下座をしたかと思えば即座に立ち上がり、再び高速の屈伸を始める。

謝罪しているようにも見える。

煽っているようにも見える。

少なくとも、咲夜を怒らせないための行動では絶対になかった。

 

「謝ってるのか喧嘩売ってるのか、どっちなんだよ!」

 

魔理沙がとうとう叫んだ。

 

「本人としては謝罪しているつもりだと思います」

ゴーストが冷静に答える。

 

「思います、じゃないわよ!」

 

霊夢が怒鳴る。その横で、チルノだけは妙に真剣な顔をしていた。

右へ動く。

左へ動く。

急にしゃがむ。

また滑る。

止まったと思えば、今度はその場で高速に上下する。

チルノはしばらく目で追い続け――。

 

「なんかあいつ」

 

ぽつりと呟いた。

 

「ゴキブリみたい」

 

一瞬、完全な静寂が落ちた。

そして次の瞬間。

 

 

「ブフォッ!」

 

 

最初に吹き出したのはケイドだった。

 

「はははははは!ゴキブリ!相棒がゴキブリ!」

 

魔理沙も耐え切れず腹を抱える。

 

「お前……チルノ……それは駄目だ……!」

 

美鈴も壁へ片手をついて肩を震わせ、小悪魔は両手で口元を押さえている。クロウも下を向きながら必死に笑いを堪えていたが、肩が完全に震えていた。

大妖精は「笑ったら悪い」と必死に我慢しているらしいが、顔は既に真っ赤だった。

 

ルーミアだけは遠慮なく声を上げて笑っている。

 

「本当にゴキブリみたいなのかー!」

 

そしてパチュリーですら、本を少し持ち上げて口元を隠していた。

だが。

ただ一人。

咲夜だけは全く笑っていなかった。

むしろ、その額にははっきりと青筋が浮かんでいる。

ガーディアンもさすがにそれへ気づいたらしい。

ぴたりと動きを止め、咲夜を見る。

咲夜も無言で彼を見る。

その沈黙から明らかな危険を察したガーディアンは、数秒だけ考えた。

 

 

……次の瞬間。

 

「ガーディアン?」

 

何もなかった謁見の間の中央に、突如として巨大な半透明の光輝くゴミバケツが現れた。

 

「……………は?」

 

霊夢から素の声が漏れる。

誰も状況を理解できない中、ガーディアンは迷うことなく蓋を開けた。

中を一度確認し、そのまま自分から入る。

全身を中へすっぽり収めると、最後に蓋まで閉めた。

 

「…………」

 

謁見の間が再び静まり返った。

 

――数秒後。

 

ゴミバケツの蓋がほんの少しだけ持ち上がり、その隙間からガーディアンの緑色のヘルメットが覗く。

まず右を見る。

次に左を見る。

レミリア。

霊夢。

魔理沙。

ケイド。

そして咲夜。

一人ずつ確認した後、なぜかそのままじっと待っている。

 

「…………」

 

誰も何も言わない。

 

するとガーディアンは、もう一度だけ周囲を見回した。

それでも誰も反応しない。

霊夢の眉がぴくりと動く。

 

「……何あれ?」

 

ガーディアンは黙ったままだ。

 

「何なのよ、その顔」

 

ゴーストが彼の横まで飛んでいく。

 

「おそらく、ツッコミを待っているんだと思います」

 

「分かるかそんなの!」

 

霊夢が叫んだ、その直後だった。

ゴミバケツが僅かに傾いた。

ガタン、と嫌な音が鳴る。

 

「ん?」

 

誰かが声を漏らした次の瞬間、ゴミバケツはガーディアンを中へ入れたまま勢いよく横倒しになった。

そして、そのままゴロゴロと床の上を転がり始めた。

 

「おいおいおいおい!」

 

ケイドが腹を抱えながら叫ぶ。

 

「相棒!どこ行くんだ相棒!」

 

巨大なゴミバケツはゴロゴロと謁見の間を横切り、途中で柱へぶつかると、鈍い音を立てて反対方向へ跳ね返る。

 

「ちょっと!」

 

霊夢が思わず叫ぶ。

 

「人の館の中で何やってんのよ!」

 

「私の館よ」

 

レミリアが冷静に訂正する。

霊夢が勢いよく振り返った。

 

「今そこ!?」

 

「重要でしょう?」

 

そんなやり取りをよそに、ゴミバケツはなおも転がっていく。

その光景を見ていたフランドールの瞳が一気に輝いた。

 

「楽しそう!」

 

咲夜が嫌な予感を覚えたように振り返る。

 

「フラン様?」

 

「私もやりたい!」

 

「駄目です!」

 

「なんで!?」

 

「絶対に駄目です!」

 

「私もあれに入って転がりたい!」

 

「なりません!」

 

「咲夜のケチ!」

 

やがてゴミバケツは壁際へぶつかり、ようやく動きを止めた。

しばらく静寂が続いた後、再び蓋がほんの少し開く。

中からガーディアンが顔を覗かせ、ゆっくりと周囲を見渡しサムズアップを見せつける。

 

どういうわけか、本人だけはどこか満足そうだった。

 

ゴーストが呆れた様子でその傍まで飛んでいく。

しばらく互いに見つめ合った後、ゴーストは深いため息でも吐きそうな声で皆へ告げた。

 

 

「……『ねえ、これで許してくれない?面白かったでしょ』と言っています」

 

 

全員が固まった。

ほんの一瞬だけ静寂が落ち――。

 

 

 

「――んなわけあるかあああああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

謁見の間いっぱいに、一斉の怒号が響き渡った。

その声に驚いたのか、廊下の向こうを歩いていた妖精メイド達まで一斉に足を止める。

一方、当のガーディアンは少しだけ考えたあと、ゴミバケツの蓋の隙間から片手だけを出した。

そして、懲りもせず力強く親指を立てる。

 

「それをやめなさい!」

 

霊夢の怒鳴り声がもう一度響いた。

ケイドはとうとう床へ膝をついて笑い転げ、クロウも完全に顔を覆っている。

美鈴も壁へ寄り掛かりながら声を上げて笑い、小悪魔もついに我慢できなくなった。大妖精も口元を押さえながら肩を震わせ、ルーミアに至っては何がそこまで面白いのか理解しているのかも怪しいまま、一緒になって笑っている。

チルノはゴミバケツへ駆け寄ると、その側面をばんばんと叩いた。

 

「もう一回転がれー!」

 

「煽るんじゃないの!」

 

霊夢がすぐさま止める。

そんな光景を、レミリアは椅子の上からしばらく呆然と眺めていたが、やがてその肩が、僅かに震え始める。

 

「……ふ」

 

口元を手で隠す。

 

「ふふ……」

 

咲夜が振り返った。

 

「お嬢様?」

 

「ちょっと……駄目……」

 

「お嬢様?」

 

「だって……」

 

レミリアは、光輝くゴミバケツの中から親指だけを突き出しているガーディアンを見た。

そして、ついに耐え切れなくなった。

 

「あははははははっ!」

 

館の主らしい威厳も忘れ、声を上げて笑い始める。

 

「何なのよ、あなた達!」

 

昨日、この紅魔館は戦場になった。

庭園は荒れ果て、外壁は砕かれ、窓は割れ、多くの者が傷ついた。

ほんの少し何かが違えば、今こうして同じ部屋にいる者の誰かが欠けていても不思議ではなかった。

その恐怖も、不安も、疲労も、一晩で消えるようなものではない。

それでも、ほんの僅かな時間だけ紅魔館には、昨日の戦場とはまるで違う笑い声が満ちていた。

異世界からやって来た得体の知れない戦士達も。

妖怪も。

妖精も。

吸血鬼も。

 

今だけは、同じ馬鹿馬鹿しい光景を見て笑っている。

もっともただ一人、咲夜だけは――まったく笑っていなかった。

それどころか、いつの間にか手元のナイフが一本、また一本と増えている。

その様子に最初に気づいたのはゴーストだった。

 

「ガーディアン」

 

ゴミバケツの蓋が少しだけ開く。

 

「逃げた方がいいと思います」

 

次の瞬間、蓋が勢いよく閉まった。

 

「待ちなさい」

 

咲夜の低い声が響く。ゴミバケツが僅かに震えた。

 

「そこから出なさい」

 

返事はない。

 

「三秒だけ待ちます」

 

ゴミバケツが、ほんの僅かに廊下の方へ向きを変える。

 

「三」

 

ゴトッ、と動く。

 

「二」

 

さらに少し動く。咲夜の瞳が細くなった。

 

「一」

 

その瞬間、巨大な光輝くゴミバケツは、中のガーディアンごと猛烈な勢いで廊下へ向かって転がり始めた。

 

「逃げたぁ!?」

 

魔理沙が叫ぶ。

 

「待ちなさぁい!」

 

咲夜もすぐさまその後を追う。

 

「相棒ー!生きて帰ってこいよー!」

 

腹を抱えたままケイドが声援を送る。

 

「そもそもあんたが原因でしょうがあ!」

 

霊夢が怒鳴る。

そのやり取りに、謁見の間へ再び大きな笑い声が広がった。

霊夢はしばらくその光景を眺めていたが、やがて額へ手を当て、心の底から深いため息を吐いた。

 

「……どうした、霊夢?」

 

まだ笑いの余韻を残した魔理沙が尋ねる。

霊夢はしばらく答えなかった。

廊下の向こうから聞こえてくる咲夜の怒声。

何故か転がる音。

ケイドの笑い声。

それらすべてを聞きながら、とうとう疲れ果てた声で呟く。

 

「……あたし達、一体何を見せられてるのよ……」

 

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