東方天命録~The Final Shape Begins~ 作:はならむ
ケイドは庭園中央に立つ二人をしばらく眺めていたが、やがて隣に集まっている霊夢達へ顔を向けた。
「お前ら、ちゃんと見てろよ?」
突然そう言われ、霊夢、魔理沙、チルノ、大妖精、ルーミアが揃って振り返る。
「え?」
「何よ、急に」
霊夢が怪訝そうに眉を寄せると、ケイドは再び視線を決闘場へ戻した。
「恐らく、とんでもなく激しい戦いになると思ってよ。こんだけワクワクする決闘なんて、そうそう見られるもんじゃないぜ」
その口調は楽しげだったが、単純に面白半分で言っているわけでもなさそうだった。
特にケイドの視線は、ガーディアンよりもむしろ咲夜の方へ向いている。
「あの咲夜ってお嬢ちゃんが相棒の動きにどう対応していくか――俺はそっちが楽しみだな」
「咲夜が?」
魔理沙が聞き返す。
するとクロウも腕を組み、少し気の毒そうな目で咲夜を見た。
「あの娘、咲夜君だったか。実力があるのは昨日の戦いでも分かったが……正直、途中から泣きを見ることにならないか少し心配だな」
「ちょ、ちょっと待って」
さすがに霊夢も聞き流せなかった。先ほどから二人とも、まるでガーディアンが勝つことを前提にしているかのような口振りなのだ。
「あんた達、さっきから随分あいつを買ってるけど……そんなに強いの?」
「まあ見てなって」
ケイドはにやりと笑う。
「始まればすぐ分かるだろうよ。それと――」
そう言いながら、ケイドは一本指を立てた。
「相棒の動きは、これから俺達と一緒に戦っていくつもりなら覚えておいた方がいい。特に霊夢と魔理沙。お前ら二人は前へ出ることが多そうだからな」
「私達?」
「ああ。どこへ飛び込むのか、どこへ射線を通すのか、どんな時に急に距離を詰めるのか。それを知らないまま一緒に暴れたら、最悪こっちが相棒の邪魔をすることになる」
魔理沙は少しだけ真面目な顔になった。
「なるほどな。じゃあ、戦い方そのものを見ておけってことか」
「そういうことだ。だから――よーく見とけよ」
そこで会話が途切れた。
自然と全員の視線が、庭園中央へ戻っていく。
二階のバルコニーでは、レミリアがゆっくり椅子から立ち上がった。
先ほどまで好き勝手に話していた妖精メイド達も、主人が立ったのを見て次第に静かになっていく。
「二人とも、準備はいいかしら?」
レミリアの声が、壊れた庭園によく響いた。
咲夜は両手に銀のナイフを構えたまま、すぐさま答える。
「私はいつでも、お嬢様」
迷いのない返答だった。
それからレミリアは、反対側へ視線を移した。
「ガーディアンは?」
「…………」
返事がない。
「……ガーディアン?」
もう一度呼ぶ。
そこで咲夜も、霊夢達も、何となく彼の方を見た。
そして一同が固まった。
ガーディアンはいつの間にか半透明の光る枠組みだけのソファーへ腰掛け、これまた光る山盛りのポップコーンが入った容器を抱えていた。
「…………」
一本摘まむ。
ぽいっ。
食べる。
もう一本。
ぽいっ。
また食べる。
完全に観戦する側の姿勢だった。
「…………あなた」
レミリアの眉がぴくりと動く。
「今何をしているのかしら?」
「!」
そこでようやく自分が呼ばれていることに気づいたらしい。
ポップコーンと椅子が一瞬で消え、ガーディアンは慌てて立ち上がると、何事もなかったかのように力強く親指を立てた。
「…………」
少し離れたところにいたイコラの目が細くなる。
「始末書、二百枚追加」
「!」
先ほどまで堂々と立てていた親指が、ゆっくりと下がった。
ズサっ!!
そしてガーディアンはその場でまた地面に頭をすり付けて土下座する。その光景に霊夢が「はあああっ!」と深いため息をついて額を押さえた。
「試合前に何やってんのよ、あの馬鹿……」
「緊張感ってもんがないのか?」
魔理沙も呆れている。チルノに至っては、真顔で首を傾げた。
「ポップコーン食べながら戦うつもりだったの?」
「さすがに違うと思うよ、チルノちゃん……」
大妖精が小声で止める。
バルコニーのレミリアも、しばらく無言でガーディアンを見下ろしていたが、やがて深く息を吐いた。
「……まあ、いいわ。あなたの奇行については、もういちいち考えないことにする」
その一言で、ガーディアンがわずかに肩を落とした。
「では最後に確認するわよ。これは殺し合いではなく、あくまでも互いの実力を確かめるための模擬戦。咲夜にはスペルカードの使用を認める。ガーディアンも武器と能力を使って構わないわ」
レミリアの声が少し低くなる。
「ただし、相手を殺すことを目的とした攻撃は禁止。私が明確な殺意を伴う攻撃だと判断した場合、その時点で即座に敗北とする。直接攻撃そのものは禁止しないけれど、限度を越えないこと。戦闘不能、降参、あるいは私が危険と判断した場合もそこで終了よ」
「承知しております」
咲夜が丁寧に頭を下げる。ガーディアンも今度はふざけることなく、静かに頷いた。
「異論はないようね」
レミリアは二人を見比べ、それからゆっくりと右腕を上げていった。
その瞬間、庭園の空気が変わる。
咲夜は右手の指の間へ数本のナイフを挟み込み、僅かに腰を落とした。
ガーディアンは銃に手を触れない。
ただ膝を軽く曲げ、いつでもどの方向へでも動けるように重心を落とす。
先ほどまでポップコーンを食べていた男とは思えないほど、その佇まいは静かだった。
ケイドの笑みが薄くなる。
クロウも黙る。
そしてイコラは、ガーディアンの姿勢を見ただけで、もう戦闘が始まりかけていることを察していた。
「では――」
レミリアの腕が振り下ろされる。
「始め!」
最初に動いたのは咲夜だった。
(まずは小手調べ――!)
右腕が鋭く振り抜かれ、三本のナイフがほとんど同時に空を切る。
一本は頭部。
一本は胸。
最後の一本は脚。
まずは反応を見るための牽制だった。
だがガーディアンは、武器を抜こうともしなかった。
一歩前へ踏み込んだ直後、その身体を一気に低く沈める。
ザァッ――!
砕けた石畳の上を、そのまま滑った。
「えっ!?」
大妖精が思わず声を漏らす。
頭部と胸を狙った二本が、低くなったガーディアンの上を通過した。
脚を狙った最後の一本だけが進路を塞いだが、それすら肩を僅かに傾けるだけで装甲の横を掠めさせる。
――スライディング。
しかも、それで動きが終わらない。
滑り切るより早く片足を地面へつき、そのまま立ち上がって走り出した。
咲夜もすぐに追撃へ移る。
「では、これはどうかしら?」
右へ高速移動。
そこから五本。
さらに左へ回り込むように場所を変え、もう一度ナイフを投げる。
一方向から狙うのではない。
移動しながら射角を変え、回避先まで読んで次々と刃を送り込む。
それでもガーディアンは止まらなかった。
右。
左。
急に前。
そしてまた地面へ身体を沈め、滑る。
「うわっ、何だあの動き!」
チルノが目を丸くした。
「ずっと走ってるのに、急に地面を滑るのかー」
ルーミアまで面白そうに目で追っている。
ナイフを避け続けたガーディアンは、庭園に残された砕けた石柱へ滑り込むように身を隠した。
それを見た小悪魔が思わず言う。
「隠れましたね」
「いや」
ケイドがすぐに否定する。
「出るぞ」
その言葉とほとんど同時だった。
ガーディアンが遮蔽物の横から飛び出す。
またスライディング。
同時に右手が腰へ伸びた。
黄金と黒の銃身を持つラスト・ワードがホルスターから一瞬で抜き放たれる。
ドンッ!
乾いた銃声。しかし狙ったのは咲夜ではない。
ガーディアンへ向かって飛来していたナイフの一本が、空中で弾かれた。
続けざまに撃鉄を左手で叩き起こす。
ドンッ!
二本目。
ドンッ!
三本目。
ドンッ!
四本目。
腰だめに近い姿勢のまま、連続して引き金を引き、ファニングショットで飛来するナイフを次々と撃ち落としていく。
銀の刃と弾丸がぶつかるたび、甲高い金属音が庭園へ響いた。
「おおっ!」
魔理沙が思わず身を乗り出した。
「今、飛んでるナイフを撃ったよな!?」
「それも動きながらですよ!」
美鈴も目を見開いている。
ただ回避しているだけではない。
スライディングで射線を外し、遮蔽物を使い、飛び出すタイミングで銃を抜き、そのまま迎撃へ繋げる。
一つ一つの動作が独立していない。
すべてが次の動作へ繋がっている。
そんな中。
ケイドが小さく呟いた。
「……ここまでで四回」
クロウもすぐ意味を理解し頷く。
「ああ。ショットガンなら一回は取れている」
「最初の出会い頭なら、スナイパーで頭にズドン」
「同感だ。あの距離なら頭を抜けた」
ケイドは顎へ手を当てながら続ける。
「俺なら左へ近接爆破ナイフかトリップマイングレネードを投げて逃げ道を塞ぐな。そこから一気にジャンプで距離を詰めて、真上からショットガンで――」
「……ちょっと」
霊夢が二人を見る。
「さっきから何の話してるの?」
「さあな」
ケイドは真顔でとぼけた。
「今どう考えても『何回殺せたか』って話してたでしょうが!」
「クルーシブルをやってると、どうしてもそういう目で見ちまうんだよ」
「怖いのよ、あんた達!」
霊夢が怒鳴る横で、魔理沙は苦笑しながらも再び決闘場へ顔を戻した。
その間にも戦いは続いている。
咲夜が再び位置を変え、今度は上方からナイフを投げる。
ガーディアンは地面を蹴った。
だが普通の跳躍とは違った。
一度浮いた身体が、そのまま空中を滑るように前へ流れていく。
「今度は飛んだ!?」
大妖精が見上げる。
ウォーロック特有のグライディング。
重力を完全に無視しているわけではないが、落下を抑えながら空中を自在に移動していく。
魔理沙は思わず笑った。
「地上だけじゃなくて空まで使うのかよ。随分忙しい戦い方だな!」
しかし、それでもまだガーディアンは本領を見せてはいなかった。
空中で左手を開く。
そこへ橙色の光が集まり始めた。
炎にも似たソーラーエネルギーが掌の中へ凝縮され、それをガーディアンは自らの身体へ取り込む。
ボウッ――!
全身を陽炎のような熱気が覆った。
「何……?」
咲夜の表情が僅かに変わる。
その瞬間、ガーディアンの滞空時間が明らかに伸びて、先ほどまで緩やかに下降していた身体が、今度は空へ留まり続ける。
――【熱上昇】。
「落ちてこない……?」
霊夢が思わず見上げる。
ガーディアンは高空を滑りながら、ラスト・ワードを下へ向けた。
咲夜がナイフを投げる。
バンッ!
一発。
弾かれる。
続けて二本。
バンッ、バンッ!
二本とも空中で弾かれた。
「空中でも普通に撃てるのね……」
小悪魔が呆然と呟く。
美鈴も驚きを隠せない。
「しかも、あれだけ身体が動いているのに狙いがほとんどぶれていません。空中戦にも相当慣れてますね」
だが。
咲夜もただ驚いているだけではなかった。
空を見上げながら、冷静に相手を観察する。
地上では走る。
滑る。
遮蔽物を使う。
そして空へ上がれば、そのまま滞空しながら射線を変えてくる。
(なるほど……確かに厄介ね)
咲夜はナイフを構え直す。
だが弱点がないわけではない。
銃には弾数がある。
どれほど射撃が上手くとも、一度に処理できる数には限界がある。
(だったら、その限界を越えればいい)
右手。
左手。
同時に振る。
十数本のナイフが一斉に空へ飛んだ。
「――!」
ガーディアンが連続して撃つ。
一発。
二発。
三発。
四発。
次々と刃が落ちる。
だが。
カチッ。
突然、ラスト・ワードの音が変わった。
「弾切れか?」
魔理沙が気づく。ガーディアンがシリンダーへ手を伸ばした瞬間、咲夜は即座に次の攻撃へ移った。
「そこです!」
追加のナイフ。
右から。
左から。
正面から。
リロードの隙を逃さず、何本もの刃が一斉に迫る。
「間に合わないよ!」
大妖精が思わず叫んだ。
だがガーディアンは、途中まで行っていたリロードを一度捨てるように銃を下げた。
右手を前へ突き出す。
親指と中指を合わせる。
パチンッ!
――【焼却の指鳴らし】。
ボッ――!!
前方へ三方向。
炎の矢が弧を描くように走った。
一本目がナイフへ衝突する。
二本目。
三本目。
炎がそれぞれ別方向へ広がり、迫っていた刃をまとめて弾き飛ばした。
「火属性の魔法!?」
霊夢が叫ぶ。魔理沙も驚いたように目を輝かせる。
「ボイドとかいう紫色の属性といい、ステイシスって氷の属性といい、あの火は――」
「あれはソーラーだ」
と、クロウがそう答える。
「あいつどれだけの属性魔法を使えるんだ!?」
「……いいえ」
パチュリーだけは、すぐには同意しなかった。
「え?」
隣にいた小悪魔が見上げる。
パチュリーはじっとガーディアンを観察している。
「少なくとも、私達が使う魔法とは違うわ。炎が出ているから見た目は似ているけれど……魔力の流れをほとんど感じない。別の何かが現象を起こしている」
「別の何か……」
小悪魔が再びガーディアンを見る。
昨日聞いた話。
光、暗黒というパラコーザル。
恐らく、あれがそうなのだろう。
美鈴は感心したように呟いた。
「それにしても、指を鳴らしただけであれだけの飛び道具が出せるなんて……本当に便利な技ですね」
「便利で片付けていいものなんでしょうか……」
小悪魔は苦笑した。そんな観客達の反応をよそに、咲夜は炎によって落とされたナイフを見ながら僅かに笑った。
「なるほど……」
先ほどまで残っていた苛立ちは、少しずつ薄れている。
代わりに生まれていたのは、純粋な戦意だった。
「随分と面白い戦い方をするのね」
ガーディアンは答えない。
ただ空中から咲夜を見る。
「ですが――」
咲夜の周囲へ、次々と銀のナイフが現れ始める。
十本。
二十本。
さらに増える。
妖精メイド達の中から、期待に満ちた声が漏れた。
咲夜は一枚のスペルカードを掲げる。
「まだ、この程度では終わりません」
そして。
「幻符――『殺人ドール』!」
瞬間。
空が銀色に染まった。
無数のナイフが複雑な軌道を描きながら、空中のガーディアンへ殺到する。
真正面からだけではない。
左右。
上。
斜め。
回避先を潰すように密度の高い刃が押し寄せる。
「うわっ……!」
チルノが思わず一歩下がる。
「今度はさすがに避けられないんじゃない?」
大妖精も不安そうに見上げる。
ラスト・ワードはまだ完全に再装填されていない。
だが。
次の瞬間。
ガーディアンの身体に炎が走った。
ガボッ!
その身体が、真横へ弾けた。
「えっ!?」
霊夢が目を見開く。
「何だ今の!?」
魔理沙も思わず身を乗り出した。
――【イカロスダッシュ】!!。
空中で突然、羽ばたくような急加速。
ほんの一瞬前までいた場所を、無数のナイフが貫いていく。
(なんなのあの飛び方は……!)
だが殺人ドールは一波で終わらない。
咲夜が視線を動かすと、残るナイフが軌道を変え、逃げたガーディアンへさらに迫った。
「逃がしません!」
それを見たガーディアンは空中で身体を反転させる。
今度は。
下。
イコラだけがその動きを見て、何をするのか察した。
「落ちるわ」
「え?」
霊夢達が聞き返すより早く。
ガーディアンの全身が炎へ包まれた。
そして。
一気に落下する。
いや。
単純に落ちたのではない。
自ら地面へ向かって加速した。
――【フェニックスダイブ】!!。
「速っ――!」
ドンッ!
庭園へ着地。
炎が足元から円形に広がり、片膝を僅かに曲げ片手を地面近くまで下げ、そのまま姿勢を立て直す。
観客達が一瞬、完全に黙った。
「…………」
先ほど空高く浮いていた人間が。
横へ急加速し。
次の瞬間には地面へ叩きつけるように急降下した。
にもかかわらず平然としている。
しかし驚く暇を与えるつもりはガーディアンにはないらしい。
「!?」
着地した直後もう走っていた。
ダッシュ。
ザァッ!
スライディング。
立ち上がる。
また走る。
再びスライディング。
しかもその間に、いつの間にかラスト・ワードの装填が済んでいる。
「……え?」
咲夜が初めて小さく眉を動かした。
確かに先ほど弾切れになったはずだ。
だが今はもう撃てる。
横断のブーツ。
走り続けることで、装備している武器の再装填すら戦闘動作の中へ組み込んでいる。
着地したガーディアンは、そのまま一度も足を止めなかった。
石畳を蹴る。
走る。
崩れた瓦礫を飛び越え、着地と同時に身体を低く沈める。
ザァッ――!
再びスライディング。
「…………?」
その姿を追いながら、咲夜がわずかに眉を寄せた。
先ほど、ラスト・ワードは確かに弾切れになった。
自分の目で見ている。
撃鉄が空しく落ちる音も聞いた。
そしてガーディアンは途中まで再装填を試みたものの、自分が投げたナイフによってそれを中断している。ならば。
(まだ撃てないはず――)
咲夜はそう判断し、走るガーディアンの進行方向へ三本のナイフを放った。
真正面。
右。
そして回避先となる左。
銃が使えない今ならば、回避するしかない。
だがガーディアンは走ることをやめない。
むしろ速度を上げた。
「……?」
咲夜の目が細くなる。
ガーディアンは石柱の残骸を回り込み、そのまま数歩。
そして突然、右手のラスト・ワードを持ち上げた。
「まさか――」
ドンッ!!
一発の銃声。正面から飛んでいたナイフが空中で弾け飛ぶ。
「……!」
続けざまに左手が撃鉄を叩く。
ドンッ!
右側。
ドンッ!
左側。
三本のナイフが、立て続けに撃ち落とされた。
咲夜の表情が初めて明確に変わった。
(……どこで弾を込めた?)
いつ。
どこで。
少なくとも彼がシリンダーを開き、弾丸を込める動作など一度もしていない。
それどころか先ほどからこの男は、ただ走り続けていただけだ。
「ちょっと待て」
魔理沙も気づいたらしい。
「今の銃、さっき弾切れしてなかったか?」
「してたわよ」
霊夢が即答する。
「あいつ、途中で弾込めるのやめてたじゃない」
「じゃあ何で撃てるんだ?」
二人が揃って首を傾げる。
美鈴もガーディアンの手元を凝視した。
「私も見ていましたけど……そんな動作はしていませんでしたよ?」
「えっ、じゃあ弾が勝手に入ったの?」
チルノが目を丸くする。
「そんなわけ――」
大妖精が言いかけたところで。
「まあ、正解ではある」
クロウが答えた。
「え?」
一斉に視線が集まる。クロウは走り続けるガーディアンの脚へ目を向けた。正確には、その脚を覆っている装具へ。
「あいつの下半身の装備が普段と違うだろう。あれは横断のブーツだ」
「横断?」
霊夢が聞き返す。
「あいつが履いている装備の一つだ。しばらく走り続ければ、手に持っている武器が自動的に再装填される」
「…………」
沈黙。
数秒ほど。
霊夢達は誰一人として言葉を発さなかった。
最初に口を開いたのは魔理沙だった。
「……走るだけで?」
「ああ」
「弾が入る?」
「ああ」
「手で?」
「いや」
「勝手に?」
「勝手に」
「何だそれ!?」
魔理沙がとうとう叫んだ。
「便利すぎるだろその靴!」
「靴に何の関係があるのよ!」
霊夢まで突っ込む。
「普通そこは銃側の機能でしょうが!」
「俺に言われても困るな。俺達の世界にはそんな常識を覆す防具が数えきれないほどある」
「…………」
クロウが苦笑した。隣ではケイドが肩を揺らしている。
「しかも相棒とは相性抜群なんだよな、あれ。どうせ放っといてもずっと走り回ってるから」
「つまり……」
美鈴が引きつった笑みを浮かべる。
「さっきからあの人が休まず走っていたのは、回避や位置取りだけじゃなくて……」
「ああ」
ケイドが頷く。
「移動して、避けて、距離取って、そのついでに勝手に弾も込めてる」
「ついでって……」
小悪魔が呆然とする。パチュリーもわずかに目を細めた。
「戦闘中、本来なら隙になるはずの再装填という工程を、移動そのものに置き換えている……ということね」
「そういうこと」
イコラが静かに答えた。
「だから、あれを相手にするときは『弾切れにさせれば隙ができる』とは考えない方がいいわ」
その忠告を聞きながら。咲夜は、ラスト・ワードを撃ちながら自分のナイフをかわしていくガーディアンをじっと見つめていた。
(……なるほど)
ようやく理解した。
先ほど、確かに自分は彼の弾切れを見抜いた。
再装填の瞬間を狙った。
判断そのものは間違っていない。だが――。
(この人にとっては、走ることそのものが再装填なのね)
ガーディアンが再び地面へ身体を沈める。
ザァッ――!
スライディング。
滑りながら一発。
ドンッ!
ナイフが弾かれる。
そのまま立ち上がり、また走る。
さらに射角を変えてもう一発。
ドンッ!
再び銀の刃が空中で跳ね飛ばされた。
止まらない。
避けるために走る。
攻撃するために走る。
次の場所へ移動するために走る。
そして、そのすべての間に。
武器まで勝手に戦闘準備を整えていく。
「……厄介ね」
咲夜が小さく呟いた。
だがその口元には、ほんのわずかな笑みがあった。
「なら――」
左右の手へ、新たなナイフが現れる。
「走る暇すら与えなければいいのでしょう?」
その瞬間、咲夜の周囲へ、銀色の刃が一斉に浮かび上がった。
バンッ!
また一本。
ナイフが弾かれる。
バンッ!
二本目。
そしてガーディアンは撃ちながら地面を滑った。
「……ちょっと待ちなさいよ」
霊夢の表情が次第に引きつっていく。
「何よ、あれ。全然止まらないじゃない」
魔理沙も呆れたように笑う。
「しかもあいつ、馬鹿でかい銃器まで背負ってるんだぞ?腰にも別の銃があるし、弾薬だってかなり持ってるだろ。それで何であんな動けるんだ?」
「普通なら、もう少しくらい息が乱れてもおかしくないんですけどね……」
美鈴も困惑していた。
「全く息が乱れてない……」
武術家として見てもおかしい。
全力疾走。
急停止。
スライディング。
跳躍。
滞空。
空中での急加速。
急降下。
それだけの動作を連続して行えば、どこかで身体の軸が乱れる。
だがガーディアンは、動作が変わる瞬間ほど安定している。咲夜もまた、その異常さを感じ始めていた。
(全然止まらない……)
ただ速いだけではない。
速い相手なら知っている。
空を飛ぶ相手も珍しくない。
だがこの男は、動きの切り替えが異様に早い。
こちらが次の位置を読んだと思えば、そこへ到達するより前に別の移動方法へ切り替える。
(なら――)
咲夜はガーディアン本人ではなく、その進行方向を見る。
前へスライディング。
次は立ち上がりながら左へ抜ける。
ここまでの癖なら。
「そこ!」
ガーディアンが到達するはずの場所へ、先回りする形で三本のナイフを投げた。
完璧な偏差。
今までの軌道なら、避けるより先にそこへ身体が入る。
(これは取った)
しかし、
「…………なっ!」
ガーディアンが突然、止まった。
正確には前へ進んでいた慣性を無視するように空中へ身体を浮かせ炎を纏いながら、真後ろへ飛んだ。
「は…………?」
今度ばかりは咲夜だけではなかった。
霊夢。
魔理沙。
美鈴。
小悪魔。
パチュリー。
ほとんど全員が、同じような顔をした。
「ちょ、ちょっと待って!」
霊夢が思わず指を差す。
「今あいつ前に進んでたでしょう!?」
「ああ!」
魔理沙も驚いている。
「何でいきなり後ろに吹っ飛べるんだよ!勢いどこ行った!?」
二度目のイカロスダッシュ。
しかも今度は前方ではなく後方。
咲夜が先読みして投げた三本のナイフは、ガーディアンの目の前を空しく通過していった。
美鈴でさえ、どう説明したものか分からない様子だった。
「普通なら……前へ動いている身体を止めるだけでも一度力を殺さないといけないんですけど……あれは、その過程そのものを飛ばしているように見えます」
「反則じゃないの、あれ」
霊夢が真顔で言う。
「能力だから反則じゃないんだろうけど……見てるこっちが気持ち悪くなる動きだぜ」
魔理沙が苦笑する。
咲夜も同じことを感じていた。
(読めないのではない)
読んではいる。
相手の進行方向も、速度も、次に取りそうな行動も――だが。
(読んだ後から、動きを変えてくる)
そこが厄介だった。
そして。
その直後。
さらに理解し難いことが起きた。
着地したガーディアンが、ラスト・ワードを構える。
一発撃つ。
その直後。
しゃがむ。
立つ。
また撃つ。
しゃがむ。
立つ。
さらに撃つ。
しゃがむ。
「…………」
霊夢が黙った。
魔理沙も黙った。
チルノも。
大妖精も。
ルーミアだけが不思議そうに首を傾げる。
「なんであの人、立ったりしゃがんだりしてるのかー?」
「私にも分からないわよ……」
霊夢が引きつった顔で答える。
「何なの、あの動き……?」
その時、隣から盛大な笑い声が上がった。
「ダァッハハハハハハ!!」
ケイドだった。腹を抱え、今にもしゃがみ込みそうな勢いで笑っている。
「あいつ、『屈伸撃ち』してやがる!」
「何それ?」
霊夢が聞き返す。
ケイドは笑いながら指差した。
「クルーシブルでよく見る悪い癖だよ!懐かしいな、おい!」
「悪い癖って何よ!」
クロウも苦笑しながら説明する。
「一応、ちゃんとした意味はある。撃ち合いの最中にしゃがむことで頭や胴体の位置を細かく変えて、相手の照準を外させるんだ。ほんの一発外させるだけで生き残れることもあるからな」
「じゃあ、戦術としては真面目なのね?」
「真面目ではある」
クロウはそこで一度言葉を切り、今も立ったりしゃがんだりしながら撃ち続けるガーディアンを眺めた。
「ただ、まあ……初めて見る側からすると、かなり煽っているように見える」
「…………」
霊夢達の視線が、一斉に咲夜へ向いた。
咲夜は笑っていた。
笑ってはいる。
だが、口元だけだった。
「…………なるほど」
その手に握られたナイフが、わずかに軋む。
「あれはそういう意味ではないのですね」
「多分な!」
ケイドが楽しそうに答える。
「でも見た目は完全に煽ってる!」
「笑ってないで止めなさいよ!」
霊夢が怒鳴る。
「無理無理!もうクルーシブルで染みついた癖だ!」
「何よその最悪な習慣!」
そんなやり取りの中。
イコラだけは。
「…………」
片手で額を押さえ、長く、深く、ため息を吐いていた。
「はあ…………」
その声に込められているのは、ガーディアンの戦闘能力に対する驚きではない。
完全にいつものガーディアンに対する疲労だった。
「下品な覚え方をしたものだわ……」
そして当の本人は。
そんな周囲の反応などまるで気にしていない。
ダッシュ。
スライディング。
ジャンプ。
グライディング。
熱上昇。
イカロスダッシュ。
フェニックスダイブ。
ウォーロックのソーラー属性特有の変則的な機動力にそこへラスト・ワードによる射撃を絶え間なく織り交ぜながら、壊れた紅魔館の庭園を縦横無尽に駆け回り続けている。
その姿を眺めながら霊夢達は。
ようやくケイドが試合前に言った言葉の意味を理解し始めていた。
――よく見ておけ。
単に強いからではない。
単に速いからでもない。
この男は、止まらない。
一つの動きを終えてから次へ移るのではなく、次の動作へ繋ぐことを前提に最初の一歩を踏み出している。
地上と空中。
前後左右。
遮蔽物。
武器。
能力。
その全てを、一つの戦闘空間として利用する。
そして最も厄介なのは、次に何をするのか見ている側ですらまるで予想がつかないことだった。
咲夜は、迫る銃弾をナイフで弾きながら静かに目を細めた。
(……なるほど)
先ほどまで。
変わった外来人。
少々戦い慣れている程度。
どこかで、そう考えていた。
だが。
それは訂正する必要がある。
(確かに、この人――)
咲夜の口元に。
今度は本当の笑みが浮かんだ。
(面白いわね)
そして再び銀のナイフが彼女の周囲へ次々と浮かび上がり始めた。
決闘はまだ始まったばかりだった。