東方天命録~The Final Shape Begins~ 作:はならむ
激しい銃声と金属音が、紅魔館の庭園に絶え間なく響き続けていた。
――ドンッドンッドンッドンッ!!
ガーディアンがスライディングしながらラスト・ワードを素早く連射する。
飛来したナイフが一枚、空中で弾け飛んだ。
続けて身体を起こし、そのまま横方向へ走る。
咲夜もすぐさま位置を変えた。
「はあっ!!」
高速移動。一瞬前まで立っていた場所から姿を消し、別角度から新たなナイフを投げ込む。
ガーディアンはそれを横目で捉えると、砕けた石畳を蹴って跳躍した。
グライディング。
身体がふわりと宙へ浮き、そのまま斜め前方へ流れていく。
ドンッ!
空中から一発。
キィンッ!
ナイフが弾かれる。
さらにもう一発。
咲夜は身体を捻って銃弾をかわすと、着地することなく空中で向きを変えた。
両者とも、一瞬たりとも止まらない。
そんな攻防を眺めながら、ケイドは楽しそうに口笛を吹いた。
「ヒューー!」
その視線は、ガーディアンの右手。より正確には、そこに握られた黄金と黒のハンドキャノンへ向けられていた。
「ラスト・ワード。相棒、いい趣味してるぜ」
「ん?」
隣にいた魔理沙が振り向く。
ケイドは庭園から目を離さない。
ガーディアンが再びラスト・ワードを腰だめに構える。
ドンッドンッドンッ!
撃鉄を素早く叩き起こしながら放つファニングショット。
まるで銃そのものが使用者の手足の一部になっているかのように、淀みがない。ケイドはどこか懐かしむように笑った。
「あいつがあれを使って戦ってる姿を見ると、やっぱりシンの勇姿を思い出すな」
「シン?」
聞き慣れない名に、魔理沙が眉を上げた。
「誰だ、それ」
その問いにはクロウが答えた。
「シン・マルファー」
名前を口にする声音が、少しだけ真面目になる。
「私達の世界において、かつての悪名高きガーディアン『ドレドゲン・ヨル』を討った、伝説的なガンスリンガーだ」
「どれどげん……?」
チルノが首を傾げる。
「名前からして悪そうなのかー」
ルーミアまで妙なところで納得した。
ケイドが苦笑する。
「まあ、その辺まで説明すると長くなる。今はシンってのが、とんでもない早撃ちの達人だったって覚えときゃいい」
そう言いながら、再びラスト・ワードへ視線を戻す。
「あの銃といえば、やっぱりシン・マルファーさ。亡き師、ジャレン・ウォードの遺志をついで……俺達とは違い、随分と変わった運命を辿ってガーディアンになった男だ」
魔理沙は興味深そうに目を細めた。
「へえ。そのシンって奴も、あいつみたいに戦うのか?」
「全く同じじゃねえよ、シンはハンターであいつはウォーロックだし。ただ――」
ケイドは片手を拳銃の形にしてみせる。
「ラスト・ワードを抜いて敵を撃ち抜く姿ってのは、どうしてもな」
その直後。
庭園でラスト・ワードの銃声が響いた。
バンッ!
ガーディアンがスライディングしながら一発。
咲夜の投げたナイフが弾け飛ぶ。
だが咲夜は、その隙を逃さない。
身体を翻しながらさらに五本。
続いて逆方向へ高速移動し、時間差をつけてもう六本。
ガーディアンの退路そのものを塞ぐような配置だった。
「――!」
ガーディアンは正面から避けない。
一度前へ出る。
咲夜がその進路を読む。
だが次の瞬間には炎を纏い、イカロスダッシュで横へ急加速。
さらに着地と同時にスライディングへ繋ぎ、ナイフの間を抜けていく。
それを見たケイドが、今度は咲夜へ目を向けた。
「にしても――」
その表情から、冗談めいた色が少し消えた。
「やっぱあの咲夜ってお嬢ちゃん、相当ヤバいな」
「でしょう?」
霊夢がどこか得意げに答える。ケイドは素直に頷いた。
「ああ。認めるよ」
咲夜はまた位置を変える。
ガーディアンのラスト・ワードが向けられるより早く側面へ回り込み、ナイフを投擲。
ガーディアンが回避する。
しかし、そこには既に別方向から投げられたナイフが飛んできている。
最初から回避先まで計算しているのだ。
「速いだけじゃねえ」
ケイドの目が細くなる。
「相手の動きを見て、次にどこへ行くのか考えながら攻撃してる。それも、ほとんど反射みたいな速さでな」
クロウも感心したように頷いた。
「私も同感だ。相手の姿そのものではなく、移動先へ投げている。あれだけ高速で動きながら、そこまで考えられるのは見事だ」
ガーディアンが再び空へ。
咲夜はすぐに上を見ず、先にナイフを放つ。
その位置は、ちょうどガーディアンがグライディングで到達する軌道上だった。
「ほらな」
ケイドが指を差す。
「今のだってそうだ」
「本当だ……」
大妖精が感心したように呟く。クロウも咲夜の身のこなしを見つめながら、少し羨ましそうに言った。
「彼女の動きは、ハンターとしてもかなり参考になる。重心移動も速いし、投擲へ移るまでの動作がほとんど見えない」
「だろ?」
ケイドは嬉しそうに笑う。
「この世界の住人じゃなかったら、ハンターにスカウトしたいくらいだぜ。あのナイフ捌きなんて、間違いなく超一流だ」
「ほほう。紅魔館のメイド長、異世界より引き抜きのお誘いですか」
文の目がきらりと光った。
「それ、記事にしても?」
「するな」
咲夜と霊夢の声が綺麗に重なった。
「まあスカウトは単に仮の話だ、俺だってそこまで自分勝手な男じゃない」
そう言いながらも、ケイドはまんざら冗談だけでもなさそうだった。
「…………………」
その横ではイコラは腕を組んだまま、しばらく無言で戦いを見守っていた。
咲夜がナイフの軌道を変える。
ガーディアンがイカロスダッシュ。
その着地点へさらに追撃。
そこからガーディアンがフェニックスダイブで急降下し、今度は地上へ逃げる。
それでも咲夜はほとんど間を置かず、次の攻撃へ移っている。
やがてイコラが静かに口を開いた。
「……彼女なら、クルーシブルでも相当暴れられるでしょうね」
ケイドの顔が一瞬で明るくなった。
「だろ!?」
「反応速度、判断力、空間把握能力。それに何より、初めて見る相手の戦い方へ適応するのが速い」
イコラは咲夜を冷静に分析する。
「少なくとも、初見の相手に一方的に翻弄されるような戦士ではないわ」
「シャックス卿が見たら大喜びだな」
ケイドはそう言った直後。
突然胸を張った。そして低い声を作る。
「『プラクシック機関を呼べ!』」
庭園に響き渡るほどの大声。
「『タナトノートを呼べ!ジェンシム書記官を連れてこい!彼女の戦う姿を全員に見せたいィッ!!』」
霊夢達が一斉に振り向いた。
クロウは数秒黙った後。
「…………」
真顔で頷いた。
「……確かに言いそうだな」
「だろ?」
ケイドは嬉しそうだ。
「さっきから聞くそのシャックスって誰よ……」
霊夢が引きつった顔で尋ねる。
だがケイドは説明するより先に、今度はさらに渋い声を作った。
「ちなみにサラディン卿なら――」
厳めしい表情まで作り。
「『お前が狼だッ!!』」
「ケイド」
イコラの声が飛ぶ。
「うるさい」
「……悪かった」
一瞬で大人しくなった。
魔理沙が吹き出す。
「なんかお前、イコラには頭上がらないよな」
「いろいろあるんだよ」
「主にあなた自身が原因でしょう」
「ほらこういうところ」
ケイドが小声で呟く。
イコラが横目を向ける。
ケイドはすぐ黙った。
そのやり取りを見ながら、霊夢はふと思い出したように首を傾げた。
「……そういえば」
「お?」
「さっきから何度も耳にするけど」
霊夢はケイド達を見る。
「その『クルーシブル』って、一体何なの?」
魔理沙も気づいた。
「確かにそうだな。試合が始まる前から何度も言ってるけど、結局ちゃんと聞いてなかったぜ」
大妖精も興味を示す。
「戦いの訓練みたいなものなんですか?」
「まあ、それも間違いじゃない」
ケイドは頷いた。そして、説明するように両手を広げる。
「簡単に言えば、俺達ガーディアン同士が戦う競技だよ」
「ガーディアン同士で?」
霊夢が聞き返す。
「ああ。銃でバキュン!」
片手で撃つ真似。
「グレネードでドカーン!」
今度は投げる真似。次は右拳でストレート。
「パンチでドゴッと、またはナイフでザックザク――」
「…………え?」
「スーパースキルでズドーン!」
両腕を大きく広げる。
「それでバッタバッタ死にまくる」
「…………」
霊夢の顔が固まった。
「今なんて?」
「死ぬ」
「いや、そこじゃない」
「かなり死ぬ」
「増やすな!」
霊夢が思わず怒鳴った。
魔理沙も困惑したようにケイドを見る。
「おい、それ競技なんだよな?」
「競技だ」
「なのに死ぬのか?」
「普通に死ぬ」
「…………」
「場合によっちゃ、一試合で何回も」
魔理沙の顔から笑みが消えた。
「何言ってんだ、お前?」
「まあ簡単に言えば――」
ケイドは少しだけ考える。
そして何でもないことのように言った。
「ルールと公平性を兼ね備えた、競技という名の殺し合いだな」
「…………は?」
霊夢が完全に固まった。
クロウは腕を組んだまま、小さく頷く。
「……言い方は最悪だが、間違ってはいない」
「間違ってないの!?」
大妖精が驚く。
イコラは目を閉じて、小さくため息を吐いた。
「ケイドの言葉遣いは乱暴だけれど……残念ながら、説明そのものには何一つ間違いがないわ」
「何言ってんだ、お前ら……?」
魔理沙が本気で理解できないという顔になる。
チルノも首を傾げた。
「死んだら終わりじゃないの?」
「普通はそうだよね……」
大妖精が恐る恐る同意する。
ルーミアも不思議そうに聞く。
「死んだ人が何回も死ぬのかー?」
その質問にケイドは答えなかった。
クロウも。
イコラも。
ほんの一瞬だけ互いに視線を交わす。
そしてクロウが、庭園中央で戦っているガーディアンへ目を向けた。
「まあ――」
静かな声だった。
「その理由は」
一拍――。
「この試合を最後まで見ていれば、運が良ければ分かるかもしれないな」
「……?」
霊夢が眉を寄せる。
「どういう意味よ」
「今は見ていればいい」
クロウはそれ以上説明しなかった。
ケイドも珍しく口を挟まない。
イコラも腕を組んだまま、ただ決闘を見つめている。
「…………」
霊夢。
魔理沙。
大妖精。
美鈴。
パチュリー。
誰もが僅かな疑問を残したまま、再び庭園中央へ視線を戻した。
……死ぬ。それも何度も。
にもかかわらず彼らはそれを競技と呼んでいる。
今の幻想郷側には、その意味がまるで理解できない。
だが、その答えはそう遠くないうちに嫌でも彼女達の目の前で示されることになる。
そんな会話が交わされている間にも――。
キィンッ!
銀のナイフが空中で弾けた。
ガーディアンがラスト・ワードを撃ちながらスライディング。
咲夜はそれを横へかわし、間髪入れず次のナイフを取り出す。
互いに一歩も退く気配はない。
「そこっ!」
「……………………!」
激しい攻防は、なおも続く。
紅魔館の荒れ果てた庭園を、銀色の閃光と銃火が何度も交差する。
咲夜の手から放たれたナイフが空気を切り裂き、それを追うように乾いた銃声が鳴り響く。ガーディアンは青い脚部装甲で砕けた石畳を蹴り、身体を深く沈めながら滑り込むようにスライディングすると、右手に握ったラスト・ワードを腰の高さから素早く撃ち放った。
バンッ――!
銀の刃が弾丸を受け、甲高い音とともに宙を舞う。
続けて二発。
さらに三発。
だが咲夜も、いつまでも同じ攻め方を続けているわけではなかった。
最初こそ、地上を高速で駆け回り、突然滑り込み、かと思えば空へ跳び上がって自在に軌道を変えるガーディアンの戦い方に戸惑わされていた。しかし攻防を重ねるにつれ、その紅い瞳は徐々に相手の動きを捉え始めていた。
速い、確かに速い。
しかも、単純な直線移動ではない。
走る。滑る。跳ぶ。浮く。空中で横へ飛ぶ。急降下する。
地上と空中をほとんど区別することなく移動し続けるその戦い方は、幻想郷の弾幕戦とも明らかに異なる。
だが――。
(それでも、完全に無秩序というわけではない)
咲夜は、投げようとしていたナイフを一瞬だけ止めた。
ガーディアンを見る。
より正確には、ガーディアン本人ではなく、その足元、その身体の向き、そして周囲の空間を見る。
右へ移動した。
正面には瓦礫。
左側にはまだ比較的広い空間。
ならば次に取りやすい選択肢は――。
咲夜の右腕が動く。
だが、そのナイフはガーディアン本人へは向かわなかった。
むしろ、何もない左側の空間へ飛んでいく。
「……うん?」
魔理沙がわずかに眉を動かした。
「外した?」
しかし美鈴は、すぐに違うと気づいた。
「いえ……違います」
その直後だった。
ガーディアンが正面の瓦礫を避けるため、咲夜の予想通り左へ進路を変えた。
そこへ。
ヒュンッ――!
先ほど投げられたナイフが、ちょうどその進行方向へ到達する。
「………っ!」
ガーディアンが上体を捻った。
一本目は避ける。
だが、その陰に隠れるように投げられていた二本目までは完全に処理できなかった。
ガキンッ!
刃が紫色の胸部装甲の側面を掠め、火花が散る。
さらに三本目。
ザシュッ。
今度は装甲ではない。腰の脇、硬質なプレート同士の隙間を覆っていた布地が裂け、その下へ浅い傷が走った。
「ついに当たった!」
妖精メイド達から歓声が上がる。
「咲夜様、やった!」
「今度は避けきれなかったよ!」
霊夢も目を細めた。
「なるほどね」
「何がだ?」
魔理沙が聞くと、霊夢はガーディアンではなく咲夜を見る。
「……さっきより露骨になったわね。もうあいつ自身を狙ってない。逃げる場所から順番に潰してる」
「……ああ!」
魔理沙もそこで理解する。
「動きを追うんじゃなくて、動く先を予測して潰してるのか!」
美鈴も頷いた。
「そういうことです。あれだけ選択肢が多くても、一度に全部使えるわけじゃありません。状況を作れば、相手がどの方向へ動きたくなるのかをある程度絞れます」
「けど、さっきみたいに突然、後ろに飛ぶみたいな行動もあいつにはあるわ」
「そこも予測した上で、咲夜さんは選択肢を潰してます!」
「なるほどなるほど……これは面白いですねぇ」
文はいつの間に取り出したのか手帳へ猛烈な勢いで筆を走らせていた。
「最初はあちらのガーディアンさんが完全に主導権を握っていましたが、咲夜さんがもう動きを読み始めています。いやはや、これは記事にし甲斐があります」
「あんた、ちゃんと戦い見てるの?」
霊夢が呆れたように尋ねる。
「見ているから書けるんですよ」
文はにやりと笑った。
「『紅魔館メイド長、異世界の不死身戦士を追い詰める!』――見出しはこれでいきましょうか」
「勝手に不死身にするな」
クロウが即座に訂正した。
「まだ死んでませんからねぇ」
「そこじゃない」
――その分析は正しかった。そして、咲夜本人はすでにその先へ進んでいる。
(空へ逃げるなら、その前に上を塞ぐ)
一本。
二本。
(横へ逃げるなら――そこも)
さらに数本。
(突然、後退するあの動きも含めて二箇所を潰せば――!)
ガーディアンがスライディング。正面から来る一枚を潜り抜ける。
すぐさま立ち上がり、ラスト・ワードを抜いて二枚目を撃ち落とした。
だが、その瞬間横から三枚目が飛び込む。
ガキンッ!
緑色のヘルメットの側面へ刃が擦れ、鋭い金属音と火花が散った。
「…………!」
ガーディアンの頭部が僅かに振れる。
そこへ。
反対側から。
もう一本。
今度は肩の装甲と紫色の下地との隙間を刃先が走った。
わずかだが血が滲む。
それでもガーディアンは止まらない。
一歩。
二歩。
そのまま走り続ける。
しかし咲夜はその様子を見て、確信した。
(……当たる。決して捉えられないわけじゃない!)
決して手の届かない相手ではない。
速い、異常なまでに機動力が高い。
だが攻撃そのものが無効化されているわけではない。
ナイフも拳も当たりさえすれば通る。
ならば。
「……少し分かってきましたわ」
咲夜が小さく呟く。ガーディアンがこちらを見る。
その緑色の奇抜なヘルメットには表情などない。
それでも、こちらを警戒していることは十分に伝わってくる。
咲夜は、一枚のスペルカードを指先へ挟んだ。
「では――」
銀色の髪が風に揺れる。
「これはいかが?幻葬――」
ガーディアンが即座に動いた。
だが咲夜の方が早い。
「『夜露の幻影殺人鬼』!」
瞬間。
周囲の空気が銀色に染まった。
大量のナイフ。
正面。
左右。
背後。
そして頭上。
ガーディアンの周囲へ、次々と刃が展開されていく。
「うわ……!」
大妖精が思わず声を漏らす。
チルノも目を見開いた。
「あれじゃどこに逃げても当たるじゃん!」
その通りだった。
ガーディアンが右へ飛び出す。
そこへナイフ。
即座に左へ切り返す。
しかし、そちらにも別の刃。
ならば上。
脚部へ力を込め、グライディングで空へ逃れようとする。
だが上空にも既に銀色の刃が待ち構えている。
「完全に逃げ道を潰したわね」
パチュリーが静かに呟いた。
「本人を撃ち抜こうとするのではなく、相手が利用していた移動経路そのものを弾幕で封鎖した。さっきまでの咲夜とは攻め方が違うわ」
ガーディアンも黙って捕まるつもりはない。
ラスト・ワードを構えて、
ドンッ!
一本。
ドンッ!
二本。
さらに連射。
三本。
四本。
銀のナイフが次々と撃ち落とされるが数が多すぎる。
ガキンッ!
一本が青い脚部装甲へ弾かれる。
その直後。
ザシュッ。
「……………ぐっ!」
別の刃が膝装甲の上、布地との継ぎ目を掠める。
さらに肩。
脇腹。
太もも。
右上腕。
全身を覆う装甲のおかげで致命的な傷にはならない。
それでも少しずつ確実に傷が増えていく。
ガーディアンはナイフを撃ち落としながら後退する。
その動きが一瞬だけ鈍った。
咲夜は見逃さなかった。
「そこです!」
姿が消える。
「!」
ガーディアンが正面を見る。
だが彼女の姿はどこにもいない。
右。
左。
その瞬間、背後から。
「こちらですわ」
ガーディアンが振り返る。
だが咲夜はもう懐へ入っていた。
指先には新たなスペルカード。
「傷魂――」
距離はほとんどない。
「『ソウルスカルプチュア』!」
彼女は余裕の笑みを浮かべ、戦いは近距離へ移った。
咲夜の右手からナイフが走る。
ガーディアンが身を捻ってかわすも返し刃が前腕の装甲で弾く。
キンッ!
銀と金属がぶつかり、火花が散った。
だが、咲夜はすでに次の攻撃へ移っている。
右。
左。
上。
下。
「ウソっ!」
「咲夜ってあんな格闘もできたのか!」
ナイフだけではない。
手刀。
拳。
蹴り。
身体全体を使った連続攻撃の猛攻。
ガーディアンも腕で受け刃の軌道を外し、一歩ずつ後退しながら捌いていく。
「す、すごい……!」
大妖精が目を見開く。
今までの戦いとはまるで違う。
遠距離からナイフを投げ合い、銃弾で撃ち落とす攻防ではない。
互いの距離は腕一本分しかない。
咲夜が踏み込む。
ガーディアンが引く。
ガーディアンが右へ逃れようとする。
咲夜が身体を滑り込ませ、その進路へ先に入る。
(逃がさない)
ここで離せば。
またあの戦いへ戻される。
スライディング。
グライディング。
イカロスダッシュ。
フェニックスダイブ。
有利のうちに勝負をつけようと今はこの距離を維持する。
咲夜が右手のナイフを振る。
ガーディアンが左腕で外へ流す。
その瞬間、空いた彼の胴体へ――。
「隙あり!」
咲夜が一歩深く踏み込んだ。
右拳が狙うのはみぞおち。
紫と赤を基調とした胸部装甲の下。
腹部の比較的装甲が薄い部分。
「やあっ!」
ドッ!!
重い音と共に拳が深く突き刺さった。
「っ!」
ガーディアンの上体が。
初めて大きく折れた。
「あっ!」
霊夢が思わず声を上げる。
「入った!」
妖精メイド達が歓声を上げた。
「咲夜様!」
「やったー!」
だが咲夜は攻撃を止めない。
ついに待ち望んだ一撃があのふざけた男のみぞおちに入った。だからこそ、ここで終わらせる。
「まだまだ!」
折れたガーディアンの懐へさらに踏み込む。
身体を捻り左肘を振り抜く。
ゴンッ!!
鈍い金属音。
肘が緑色のヘルメット正面へまともに叩き込まれた。
「おおっ!」
額から前方へ伸びる鋭い造形が大きく横へ振られる。
「…………!」
ガーディアンの姿勢が揺らいだ――その瞬間。
「もう一撃!」
咲夜は腰を捻ってスカートを翻し、そして右脚で回し蹴りを放った。
「これで――!」
しなやかな右脚が鋭い弧を描き、ガーディアンの腹部へ叩き込まれる。
「どう!」
ドォンッ!!
重装備の身体が浮いた。
「うおっ!?」
魔理沙、いや全員が驚く。
紫色の上半身。
青い脚部。
そして黄緑色のヘルメット。
一目でそれと分かる派手な装備を纏ったガーディアンの身体がそのまま後方、数メートル吹き飛ばされる。
妖精メイド達から大歓声が上がった。
「やったー!」
「咲夜様ー!」
「捕まえたー!」
霊夢も思わず笑う。
「ついに咲夜が捕まえた!」
美鈴も頷いた。
「今のは完璧です。みぞおちに拳、ヘルメットへ肘、それから腹部に回し蹴り。いくら防具が頑丈でも、中へ伝わる衝撃までは――」
「――いや」
クロウが静かにその言葉を遮った。
「え?」
美鈴が振り返る。
クロウはガーディアンを見たままだった。
その隣、ケイドは妙に楽しそうな笑みを浮かべる。
「ところがどっこい」
「…………え?」
霊夢が怪訝そうに振り向く。
次の瞬間、吹き飛ばされていたガーディアンの身体に炎が灯った。
「!?」
咲夜が反応する。
まだ地面へ落ちていない。
空中でガーディアンは身体をひねった。
橙色のソーラーの炎が。
紫の装甲。
青の脚部。
そして緑色のヘルメットを包み込む。
その鮮やかな装備の輪郭が、炎の中で揺らめいた。
「まさか……」
咲夜が目を細める。
次の瞬間、ガーディアンの身体が真下一気に落下した。
――フェニックスダイブ。
ドンッ!!
炎を纏ったまま両脚で地面へ着地。
衝撃で砕けた石畳から砂埃が舞い上がる。
同時にソーラーの熱が身体を包み込んだ。
「…………」
霊夢達が黙る。
ガーディアンは一瞬だけ膝を曲げていた。
だが次の瞬間立ち上がり、そして全力で走った。
「…………え?」
大妖精が呟いた。
「…………………::」
ダッシュ――そのまま。
ザァッ!
再びスライディング。
青い脚部装甲が地面すれすれを滑る。
起き上がり再び走る――そしてスライディング。
「ちょっと待ちなさいよ!」
霊夢が声を上げた。
「今の食らったわよね!?」
「食らったぜ」
魔理沙も目を丸くしている。
「腹殴られて、顔面……というか兜に肘ぶち込まれて、最後は蹴り飛ばされた」
「だったら何で、もう全力で走ってんのよ!?」
誰も答えない。
ガーディアンは走りながら右手を開く。
ソーラーエネルギーを掌の中に集め、それを再び身体へ取り込んだ。
ボウッ!
――熱上昇。
高くグライディングし滞空する。
「くっ!」
咲夜が即座にナイフを投げる。だが――。
ボゥッ!!
ガーディアンがイカロスダッシュで炎の揺らめきを見せながら右へ勢いよく羽ばたいた。
「!」
咲夜もすぐに投擲方向を修正する。
今度は左、だが再び。
ボッ!
反対方向へ急加速。
「連続で!?」
小悪魔が叫ぶ。
咲夜がさらにナイフを放つがガーディアンは今度は正面へ進むと思わせて突然、後方へイカロスダッシュ。
まるで空中で誰かに引っ張られたかのように、身体が一瞬で後ろへ移動する。
「またそれ!?」
霊夢が叫んだ。
「なんでそうやっていきなり後ろへ翔べるのよ!」
しかしガーディアンはそれだけでは終わらない。
後退しながら右手を前へ、親指と中指を合わせる。
咲夜の目がわずかに見開かれた。
パチンッ。
――焼却の指鳴らし。
瞬間、前方三方向へ炎の矢は弧を描きながら広がり咲夜が投げたナイフへ直撃。
キィンッ!
一本。
カァンッ!
二本目、そして。
三本目。
次々と容赦なく叩き落とす。さらに空中で後退しながらラスト・ワードのファニングショットで残りのナイフを的確に撃ち抜いていく。
「後ろに飛びながら使った!?」
魔理沙が声を上げる。
「器用とかいう次元じゃないだろ、あれ!」
咲夜も思わず目を見開いていた。
先ほどまで自分が確かに捕まえた拳も、肘も、蹴りも全てまともに入った。
それなのに一度地面へ着地しただけ。
それだけで先ほどと変わらない。
いやむしろ、さらに激しく動き始めている。
(どういう身体をしているの……?)
咲夜が眉を寄せる。その時。
「……あれ?」
美鈴の声、霊夢が振り返る。
「どうしたの?」
「ガーディアンさんの傷……」
全員はガーディアンを見る。
先ほど咲夜のナイフが装甲の隙間を掠めた場所。
確かに血が出ていた脇腹、太腿、右上腕、それ以外にも切れたはずの箇所が。
「……血が」
小悪魔が目を見開く。
「止まってません?」
「え?」
霊夢が凝視する。
確かに先ほどまでは赤い血がわずかに流れていた。
それが今はほとんど止まっている。
それどころか裂けた皮膚が淡い光に包まれながら徐々に閉じていく。
「…………」
霊夢も、魔理沙も、チルノも、大妖精も、揃って言葉を失っていた。美鈴や小悪魔まで同じように目を丸くし、そして真正面で戦っている咲夜さえ、一瞬だけ次のナイフを取り出す手を止める。
「……傷、治ってない?」
「そーなのかー」
ルーミアも不思議そうに首を傾げる。
霊夢が一度目を擦る、もう一度見る。
「……いや」
また見る。
「確かに治ってるわね」
魔理沙が引きつった笑いを浮かべる。
「おいおい……何なんだよ、あいつ」
普通なら最低でも動きを止める必要がある。
だがガーディアンは走りながら傷を治している。
スライディングしながらでも傷が塞がる。
空へ飛びながら血が止まる。
そして、その間にも戦闘能力はほとんど落ちない。
「………………は?」
最終的に霊夢達から出たのはそんな間の抜けた声だった。
「あれは――――」
ただ一人、パチュリーだけはその現象を食い入るように観察していた。
「……自然治癒ではないわね」
「パチュリー様?」
小悪魔が聞く。
「やたら速すぎるもの」
パチュリーはガーディアンの身体を包むソーラーの光を見る。
「さっき、あの男が地面へ急降下した時……身体へ何かが作用した。恐らく、あれも彼らの言う『光』の力でしょうね」
「傷まで治せるんですか?」
「少なくとも、そう見えるわ」
「……これは」
文だけは驚きながらも、しっかり手帳へ書き込んでいた。
「戦闘中に負傷を回復……しかも移動を続けながら。なるほど、これは相手にしたくありませんね」
魔理沙が横目を向ける。
「お前でもそう思うのか?」
「もちろんですよ。速い、頑丈、傷まで治る。新聞記者としては最高の取材対象ですが――」
文は空中を飛び回るガーディアンを見つめ、
「弾幕勝負の相手としては、ものすごく嫌です」
「そこは妙に正直なのね」
霊夢が呆れた。
(回復……ですって?)
咲夜もその会話を聞いており、視線をガーディアンへ向ける。
(それも戦いながら?)
今までの相手なら攻撃を当てれば必ず何らかの結果が出る。
動きが鈍り、呼吸が乱れ、痛みで判断力が落ちる。
だから攻撃を当て続ければ徐々に有利になる。
しかしこの男は……。
(傷が蓄積しない……)
完全に無傷ではない。
攻撃は確実に通っている。
実際に先ほど拳を入れた瞬間。
確かに身体は折れた。
肘を入れ、頭も振られ、蹴れば吹き飛んだ。
痛みも衝撃も存在している。
なのにそれでも止まらない。
(……厄介すぎません?)
それこそが何より不気味だった。
「さすが咲夜ちゃん、いい連撃だったな――」
その時、ケイドが楽しそうに彼女を評価した。霊夢が嫌そうな顔で振り返る。
「だがな」
「何よ」
ケイドは空中を飛び回る相棒を見ながら何でもないことのように言った。
「あんな傷くらいじゃ、相棒は止められないさ」
「……あんな傷?」
霊夢がゆっくり聞き返した。
「あんた今、『あんな傷』って言った?」
「言った」
「何ヶ所もナイフで切られて、みぞおち殴られて、あの硬そうな兜に肘ぶち込まれて、最後には蹴り飛ばされたのよ?」
「ああ」
「それを『あんな傷』で済ませるの!?」
ケイドは少しだけ考えてから肩を竦めた。
「ガーディアン基準ならな」
「その基準がおかしいのよ!!」
霊夢の怒声が庭園いっぱいに響いた。
「そりゃあハイヴ、カバル、フォールン、ベックス――そういう連中の猛攻を、あいつは毎日のように浴びてるんだぜ?」
「毎日!?」
魔理沙が思わず聞き返す。
「ああ。銃弾なんて当然。爆発物、追尾弾、榴弾、レーザー、電撃、毒、炎、重火器……まあ色々だ」
ケイドは指折り数えながら、あまりにも軽い調子で並べていく。
「カバルなんか、場合によっちゃ空から砲撃してくるしな。敵艦から飛んできた誘導ミサイルをまともに食らったことだって、一度や二度じゃない」
「…………」
霊夢だけでなく、魔理沙や大妖精まで無言になった。チルノだけが首を傾げる。
「ミサイルって何?」
「ものすごく速く飛んできて、当たったら爆発する奴だ」
クロウが簡潔に説明した。
「どれくらい爆発するの?」
「ここ一帯は消し飛ぶかもしれないな」
「何それ怖っ!」
さすがのチルノも僅かに顔を引きつらせた。
大妖精は決闘場のガーディアンを心配そうに見つめる。
「じゃあ……あの人、本当に平気なんですか?」
「平気って言葉の意味にもよるけどな」
ケイドが答えた。
「痛くないわけじゃない。あいつらだって殴られりゃ痛いし、撃たれりゃ怪我もする。骨だって折れるし、血も出る」
「じゃあ全然平気じゃないじゃない」
霊夢が即座に突っ込む。
「まあな」
ケイドはあっさり頷いた。
「ただ――『痛いから止まる』って選択肢を、あいつらはとうの昔に忘れちまってるだけだ」
「…………」
霊夢の顔から僅かに表情が消えた。
「……それ、余計に怖いんだけど」
「俺もそう思う」
「そこで同意しないでよ!」
再び霊夢の声が響いた。その横でクロウが苦笑する。
「ガーディアンは、負傷したからといってすぐ退くような戦い方をしてこなかったんだ」
「……してこなかった?」
魔理沙が聞き返すとクロウは少しだけ表情を曇らせた。
「できなかった、と言った方が正しいかもしれない」
その一言だけで、先ほどまでの軽い空気が僅かに変わった。
「敵が多すぎるんだ。こちらが一度倒れたくらいで待ってくれる相手じゃない。立てるなら立つ。撃てるなら撃つ。光が残っているなら戦う。それを何度も繰り返してきた」
魔理沙も呆れ果てた顔でガーディアンを見る。
「お前ら普段どんな戦いしてんだよ……」
クロウは苦笑しながらも静かに答える。
「だから攻撃が効いていないわけではない。痛みだってある。ただ、それだけで戦闘を止めるほどガーディアンは柔じゃないということだ」
「いや、それが一番怖いんだが……」
魔理沙が引き気味に言う一方、イコラは腕を組んだまま淡々と戦いを見守っていた。
「…………………」
そしてぽつりとこう言う。
「咲夜は見事ね」
霊夢が彼女を見る。
「え?」
「短時間でガーディアンの移動をある程度読めるようになった。さらに逃げ道を例のスペルカードというモノで封じて、彼が最も得意とする中距離での機動戦から近接戦へ強引に引きずり込んだ」
イコラはその鋭い視線で咲夜を見る。
「判断そのものは完璧だったわ」
「じゃあ……」
「問題は」
イコラの視線がガーディアンへ移る。
「捕まえただけでは終わらないということね」
その言葉に霊夢達は再びガーディアンを見る。
攻撃は当たった。
咲夜はちゃんと相手を捕まえた。
間違いなく一連の攻防では咲夜が上回った。
それでもガーディアンは止まらない。
攻撃を受け、吹き飛ばされ、傷を負い。
それでも立つ。
走る。
飛ぶ。
撃つ。
そのうえ傷まで戦闘中に塞がっていく――。
霊夢はそこで初めて少しだけケイド達の言っていた意味を理解した。
――強い、それだけではない。
この男はとにかく倒しきるまでが異常なほど遠い。
そして、その事実を最も強く理解したのは当然、真正面で戦っている咲夜だった。
「…………」
咲夜は静かに息を吐いた。
だがその顔に焦りはない。
むしろ、ほんの僅かに笑っている。
(なるほど)
軽い傷では止まらない。
連撃でも一時的に動きを止めるだけ。
それなら答えは単純だった。
(もっと確実に――)
指の間へ新たなナイフが現れる――。
(動けなくなるまで攻めればいいだけのこと)
その紅い瞳へ再び強い戦意が宿る。
それを見たケイドが小さく口笛を吹いた。
「ヒュー……」
クロウが横目を向ける。
「どうした?」
「あのお嬢ちゃん」
ケイドは笑った。
「今ので心が折れるどころか、余計にやる気になってるぜ」
「……そのようだな」
「いいね、あの闘争心はやっぱりハンター向きだ」
すると即座に霊夢が、
「だから勝手に勧誘するんじゃない!」
「俺は褒めてんの!」
二人の声が飛び交う中、咲夜とガーディアンは再び互いを正面に捉える。
咲夜はガーディアンの異常な機動力を知った。
その移動が決して読めないものではないことも知った。
同時に、多少の傷ではまるで止まらないことも知った。
そしてガーディアンもまた、咲夜が一度見ただけの動きへ驚くほど早く適応する相手だともう十分に理解していた。
だからこそ、ここから先は、最初以上に激しい戦いになる。
そのことだけは、観戦している誰の目にも明らかだった。