東方天命録~The Final Shape Begins~ 作:はならむ
戦いが続くにつれて、咲夜の攻撃は目に見えて激しさを増していった。
開始直後こそ、相手の反応を確かめるように数本ずつ投げられていたナイフだったが、今ではその数も軌道も大きく変わっている。ガーディアンがどちらへ移動するのか、どの程度の距離でスライディングを使うのか、空中へ逃れた時にはどれほど急激に軌道を変えられるのか。咲夜は戦いながら一つずつ相手の癖を拾い上げ、それを次の攻撃へ反映させ始めていた。
「そこっ!」
右腕が鋭く振り抜かれ、十数本のナイフが扇状に広がる。ガーディアンは一歩前へ踏み込むと同時に身体を低く沈め、そのまま砕けた石畳の上を滑った。頭上を通過した刃が背後の壁へ突き刺さるより早く立ち上がり、今度は横から回り込んできた三本へラスト・ワードを向ける。
乾いた銃声が立て続けに鳴り、飛来していたナイフが甲高い金属音を響かせながら弾き飛ばされた。
だが、咲夜はそこで止まらない。
ガーディアンの注意が飛来する刃へ向いた瞬間を見逃さず、自ら一気に距離を詰めた。
「………っ!」
銀色の軌跡が視界の端を走る。
右手のナイフが横薙ぎに振るわれ、ガーディアンは上半身を反らして刃をかわす。しかし咲夜はそのまま手首を返し、二撃目を胸元へ滑り込ませた。今度は完全には避け切れず、刃先が胸部装甲の表面を浅く切り裂き、僅かな火花が散る。
さらに咲夜は左足を踏み込みながら、反対の手に持ったナイフを脇腹へ突き出した。
ガーディアンは身体を捻って致命的な直撃だけは外したものの、装甲の隙間を刃が掠め、布地の一部が裂ける。その下に薄い赤色が滲んだ。
「また当たった!」
チルノが思わず声を上げ、大妖精も身を乗り出した。
「咲夜さん、先ほど以上にガーディアンさんの動きについていけてます!」
咲夜自身も手応えを感じているようだった。ガーディアンが距離を取るより先にさらに踏み込み、三撃目を繰り出そうとする。
だが、その瞬間、ガーディアンの全身を橙色の炎が包んだ。
ボウッ――!
次の瞬間にはその身体が横方向へ一気に弾け飛び、咲夜のナイフは空を切る。
――イカロスダッシュ。
「またそれ……!」
咲夜は逃げた先へ向けて即座に腕を振った。
十本を超えるナイフが、ガーディアンの着地点を追いかけるように飛んでいく。だがガーディアンは地面へ足が触れた直後に身体を沈め、庭園に残された壊れた石柱の陰へ滑り込んだ。
無数の刃が石柱へ突き刺さり、表面が砕けて白い石片が飛び散る。
それでも咲夜はもう、単純に遮蔽物の向こうから相手が出てくるのを待つような戦い方はしていなかった。
反対側。
上方。
さらに、石柱から飛び出した直後に通るであろう位置。
複数の方向へ先回りするようにナイフを配置していく。
「随分変わりましたね」
少し離れたところで決闘を眺めていた射命丸文が、手帳へ何かを書き込みながら感心したように呟いた。
「最初はガーディアンさん本人の現在位置を狙っていましたけど、今は明らかに移動先を狙っています。咲夜さん、あの短い時間だけで相手の癖を覚えていますよ」
「当然よ」
二階のバルコニーから、レミリアが当然のように言い切った。
「私の咲夜だもの」
その声には隠しようもない自信があった。
そして次の瞬間、ガーディアンが石柱の横から飛び出す。
ほとんど同時に、そこへ待ち構えていたナイフが殺到した。
「……!」
ラスト・ワードが火を噴く。
一発目が一本を弾き、続く二発目がその後ろの一本を撃ち落とす。さらに左手で撃鉄を素早く叩き起こしながら三発目、四発目と撃ち込み、腰だめに近い姿勢のまま次々と銀の刃を空中で砕いていく。
しかし、咲夜が投げるナイフの数はすでに一丁のハンドキャノンで処理できる範囲を越え始めていた。
五本を落とせば、その後ろからさらに十本が迫る。十本をかわしたと思えば、今度は頭上から別の一群が降り注ぎ、死角からも新たな刃が飛び込んでくる。
――ザシュ!
ガーディアンの肩を一本が掠めた。
続けて太腿。
さらに左腕。
「……っ」
身体が僅かに揺れたものの、それでも足は止まらない。
走りながら二本を撃ち落とし、三本目を身体を傾けてかわしたところへ、四本目が脇腹を浅く切り裂いた。
「段々当たり始めたわね」
霊夢が低く呟き、魔理沙も頷いた。
「さすがにあの銃だけじゃ数が多すぎるんだろ。撃ち落としても撃ち落としても次が来る」
その言葉を証明するように、今度は正面と左右、さらに頭上から十数本のナイフが一斉に押し寄せた。
ガーディアンは一瞬だけラスト・ワードを構えたままその数を見たが、すぐに判断を切り替えた。
ハンドキャノンを下げ、ほとんど反射的な動作で腰にぶら下げたもう一つの武器へ手を伸ばす。
「ん?」
文が手帳から顔を上げる。
「また何か出しますね」
ガーディアンが構えたのは、ラスト・ワードより遥かに大きな銃だった。太い銃身と複雑な機関部を持ち、構えた瞬間から内部で低い唸り音が響き始める。
ギュイイイイイィン――。
銃身の内部へ眩い光が集束していく。
霊夢が露骨に顔をしかめた。
「……何よ、あれ」
「さっきまでの銃とは全然違うな」
魔理沙も目を離さない。
ゴーストが短く答えた。
「フュージョンライフルです」
「ふゅーじょん、らいふる?」
チルノが聞き慣れない単語をそのまま繰り返した、その直後だった。
チャージが完了する。
バシュンッ!!
束になったエネルギー弾が一斉に放たれた。
ガーディアンはそのまま銃口を横へ振り、真正面から迫っていたナイフの列を薙ぎ払うように撃ち抜いていく。
ガガガガガッ!!
銀色の刃が次々と砕け、弾かれ、あるいは軌道を逸らされながら石畳へ散らばった。
「はあ!?」
霊夢の声が思わず裏返る。
「なんだそれは!」
魔理沙も身を乗り出した。
「銃から光が出たぞ!?」
文に至っては一瞬目を丸くした後、すぐに手帳へ猛烈な勢いで書き込み始めた。
「これは使えますね……『外の世界の異邦人、未知の光線銃で銀の弾幕を一掃』。いや、『紅魔館上空に現れた謎の光兵器』の方が――」
「今そこを考えないで」
パチュリーが呆れたように遮る。
しかし、ガーディアン本人は観客達の反応などまるで気にしていなかった。
着地した直後からまた走り出し、フュージョンライフルの内部では再びチャージ音が鳴り始める。
咲夜がそれを見て新たなナイフを放つと、ガーディアンは地面へ身体を沈め、そのまま石畳の上を滑った。
ザァッ――!
スライディング。
低い姿勢のまま銃口を持ち上げる。
バシュンッ!!
正面から迫っていた一群がまとめて吹き飛び、そのまま滑り切ったガーディアンはすぐに立ち上がって二歩走ると、今度は地面を蹴って空中へ舞い上がった。
グライディング。
「おい……飛びながらでも撃つのかよ」
魔理沙が半ば呆れたように呟く。
空中でもチャージは途切れない。
ガーディアンは身体を横へ流しながら銃口を上方へ向け、頭上から降り注ごうとしていたナイフへ向けて再び引き金を引く。
バシュンッ!!
銀色の一角がまとめて吹き飛ぶと再びイカロスダッシュで後方へ飛ぶ。
「もう何でもありね……」
霊夢が引きつった顔で呟く。だが、咲夜の目はむしろ先ほどより鋭くなっていた。
フュージョンライフルを出したということは、ラスト・ワードだけでは処理しきれなくなったということでもある。ならば、さらに数を増やせばいい。
咲夜は指先に一枚のスペルカードを挟んだ。
「幻葬――『夜露の幻影殺人鬼』!」
再び庭園の空気が銀色に染まった。
数え切れないほどのナイフが空間そのものを埋めるように展開され、正面だけではなく左右、頭上、背後、さらに一度目の攻撃をかわした先へまで、何重にも軌道が組まれていく。
文が初めて手帳を書く手を止めた。
「……これは、ちょっと洒落にならない密度ですね」
大妖精も不安そうに息を呑む。
「今度こそ逃げる場所がないんじゃ……」
しかし、それでもガーディアンは止まらなかった。
右から迫るナイフへラスト・ワードを二発。正面から固まって飛んでくる一群へはフュージョンライフルへ持ち替え、短いチャージの後にまとめて吹き飛ばす。
その直後、死角から別のナイフが迫ってくれば、今度は左手を開き、親指と中指を合わせた。
パチンッ!
ボッ――!!
扇状に広がったソーラーの炎が、背後から迫っていた複数の刃へ食らいつくように走り、それらをまとめて弾き飛ばした。
だが、咲夜の猛攻はそれでも止まらない。
炎を抜けた先へさらにナイフが追加され、ガーディアンは空中で身体を捻ると、全身へ再び橙色の炎を纏わせた。
ボウッ!
イカロスダッシュ。
ほんの一瞬前までいた空間を大量の刃が貫く。
それでも咲夜は逃げた方向へ次の一群を送り込む。
ガーディアンは一度そちらへ視線を向けると、今度は地上へ目を落とした。
全身を炎が包む。
そして一気に落下する。
ドンッ!!
フェニックスダイブ。
地面へ降り立った瞬間、普通ならそこで姿勢を整えるために一拍置くはずだった。
しかし、ガーディアンにはその一拍がない。
足が石畳へ触れた時にはすでに次の一歩を踏み出しており、そのまま走りながらラスト・ワードを再装填すると、身体を沈めて再びスライディングへ入る。滑っている途中からもう銃口は次のナイフを追い、立ち上がる前には射撃が始まり、起き上がった直後には跳躍、そのままグライディングへ移行する。
「………………」
さらに空中ではフュージョンライフルへ持ち替え、チャージしながら射線をずらし、迫ってきた一群を吹き飛ばした直後にイカロスダッシュで横方向へ逃れる。そこから地上へ戻れば、着地した瞬間には再び走り始めている。
「な、なんなのあいつ…………っ」
一つひとつの動作が、まるで別々の行動ではなかった。
すべてが最初から次の動作へ繋がることを前提に組み上げられているように見えた。
次第に、観戦していた者達の間から歓声が消えていった。
最初のうちは面白かった。
見たことのない銃器。
見慣れない能力。
奇妙で派手な機動。
それらは確かに見ていて飽きなかったし、チルノや魔理沙などは何度も声を上げていた。
だが、同じような高速機動が何度も何度も途切れなく繰り返されるうちに、次第に別の感情が混じり始めていた。
魔理沙が、ぽつりと呟く。
「……なんなんだよ」
その声には、もう先ほどまでの興奮がほとんど残っていなかった。
むしろ、どこか気味の悪いものを見るような響きが混ざっている。
美鈴もまた黙ってガーディアンを追っていたが、やがて困惑したように眉を寄せた。
「動き方もそうですけど……体力がどうなってるんでしょう」
あれだけ全力で走り続け、跳び、滑り、空中を移動し、急加速と急降下を何度も繰り返しているにもかかわらず、ガーディアンの動きには明確な鈍りが見えない。息が上がって肩が大きく上下する様子もなく、射撃の精度もほとんど落ちていなかった。
文もいつの間にか手帳へ書き込む速度を落とし、真剣な顔でガーディアンを眺めていた。
「先ほどまでポップコーンを食べながらふざけていた人と同一人物とは思えませんね……記事にする分には面白いんですが、実際に目の前で見ていると、少し気味が悪いと言いますか」
「文もそう思う?」
霊夢がすぐに反応した。
「え?」
「私もなのよ」
霊夢はガーディアンから視線を外さないまま、僅かに眉を寄せる。
「なんか……あいつの動きを見てるともの凄く不快感があるの」
「不快感?」
魔理沙が聞き返した。
「別にガーディアン本人が嫌いとか、そういう意味じゃないわよ」
霊夢は首を振る。
「戦い方。あいつの動きをずっと見てると、どうにも変な感じがするのよ。何が変なのか自分でもはっきり説明できないんだけど、なんか落ち着かない――」
魔理沙はその言葉を聞き、もう一度決闘へ目を向けた。
ガーディアンがスライディングする。
まだ滑り終えていないのにラスト・ワードが火を噴く。
射撃が終わる頃には身体が起き上がり、そのまま地面を蹴ってグライディングへ移る。
空中へ出た瞬間にはもうフュージョンライフルへ持ち替えており、チャージが終わる頃には射線そのものが変わっている。
ナイフが迫ればイカロスダッシュ。
逃げた先にも刃があれば、今度はフェニックスダイブ。
そして着地した瞬間には、また次の移動が始まっている。
しばらく黙って見ていた魔理沙は、やがてゆっくり頷いた、
「……ああ。分かるかもしれない」
「でしょう?」
「なんていうか……見てる方の感覚がずれるんだよな。『ここで一回動きが切れる』って思ったところで、全然切れない」
「多分、それです」
美鈴が静かに口を挟んだ。
皆の視線が集まると、美鈴は武術家らしい鋭い目でガーディアンの全身を追いながら続ける。
「普通、人が身体を動かす時には必ず僅かな区切りがあります。踏み込んで、攻撃して、引く。跳んで、着地して、それから次の動作へ移る。どれだけ速くても、身体を使っている以上はほんの少しだけ動きが切り替わる瞬間があるんです」
美鈴はそこで一度言葉を止め、ちょうど地上へ降りたガーディアンを指した。
ガーディアンは着地するより前からすでに身体を前へ傾けており、足が地面へ触れると同時に次の移動へ入っている。
「でも、ガーディアンさんにはそれがほとんどありません。滑り終える前に撃って、撃ち終える前に立ち上がって、立ち上がる前から次に跳ぶ準備をしている。着地した時には、もう次に進む方向へ重心が動いているんです」
パチュリーも理解したように目を細めた。
「つまり、私達が無意識に『ここで一度動作が終わる』と思っている場所を、あの男は全部繋げてしまっているわけね」
「はい。だから速いだけならここまで気持ち悪くは感じないんだと思います」
美鈴が頷く。
「幻想郷にも文さんみたいに速い人はたくさんいます。でも、あの人は速さよりも……動きがずっと終わらないことの方が不自然なんです」
文も手帳を閉じながら小さく頷いた。
「なるほど。相手が速いから目で追えないのではなくて、こちらが次に来るはずだと思っている『間』そのものが存在しないから違和感がある、と」
霊夢はその説明を聞いて、ようやく自分の中にあったもやもやへ形が与えられたように、小さく息を吐いた。
「そう、それよ。何か知らないけど、見てるだけで調子狂うのよね」
そして、そんな会話をしながらも、美鈴の目だけはずっとガーディアンを追い続けていた。
ラスト・ワードが火を噴く。
狙った先はナイフ。
フュージョンライフルが光を放つ。
それも、ナイフの群れへ向けて。
焼却の指鳴らしで放たれた炎も、咲夜本人ではなく死角から迫ってきた刃を落とすために使われている。
咲夜が自ら踏み込んでナイフを振るうと、ガーディアンは身体を捻って受け流し、そのまま後退する。
反撃はしない。
美鈴の眉が僅かに寄った。
何かが引っかかる。
もう一度注意深く見る。
ガーディアンはラスト・ワードを撃つ。
当てるのはナイフ。
フュージョンライフルを撃つ。
やはりナイフ。
咲夜が接近するもガーディアンは拳を振るわず、スライディングで距離を取る。
「…………え?」
その小さな声に、隣にいた文が反応した。
「どうしました、美鈴さん?」
美鈴はすぐには答えなかった。
確かめるように、さらに数秒間だけ戦いを追う。
そして、今度こそ間違いないと確信したのか、目を大きく見開いた。
「……うそ」
パチュリーが眉を動かす。
「どうしたの、美鈴?」
「ずっと見ていて思ったんですが――」
美鈴は驚いたような顔で、ゆっくりと言った。
「ガーディアンさんって……まだ一度も攻撃してませんよね……?」
「…………え?」
小悪魔が首を傾げた。霊夢もすぐに振り返る。
「何言ってるのよ。さっきからあれだけ銃撃ってるじゃない。火まで飛ばしてるし……」
「違います」
美鈴は首を振った。
「咲夜さん本人に対してです」
その一言で、周囲が静かになった。
「よく見てください。銃で撃っているのは全部ナイフです。あの光線銃もそうですし、あの火の技も咲夜さんの攻撃を落とすためだけに使っています。
咲夜さんが近くまで来た時も、ガーディアンさんは避けたり距離を取ったりするだけであの人、一度だって咲夜さんに攻撃を仕掛けてません!」
その言葉を聞いて、霊夢達は揃ってもう一度庭園へ目を向けた。
ちょうどその時、ラスト・ワードが一発鳴った。
弾丸が撃ち抜いたのは、ガーディアンへ向かって飛んでいた一本のナイフだった。
その直後、咲夜が一気に踏み込む。
しかしガーディアンは拳を返すことも銃口を向けることもなく、身体を横へ流して距離を取った。
魔理沙の表情が変わる。
「……本当だ」
霊夢もようやく気づいたらしい。
「ちょっと待って。逆に咲夜はもう何度もガーディアンに攻撃を当ててるわよね?」
「はい」
美鈴が頷く。
「投げたナイフでも、近接でも、何度も傷を負わせています」
実際、ガーディアンの装甲や布地には試合開始時にはなかった細い傷がいくつも増えている。
だが、それだけ攻撃を受けているにもかかわらず、ガーディアンから咲夜本人へ向けられた攻撃は一度もない。
「まさか咲夜への攻撃を意図的に――」
そこまで理解した瞬間、霊夢達の顔から一斉に表情が消えた。
「やっと気づいたな」
背後からクロウの声が聞こえた。
霊夢が勢いよく振り返る。
クロウは腕を組みながら、少しだけ感心したように美鈴を見ていた。
「かなりよく観察している。流石だ」
「まさか……」
霊夢の視線がクロウからケイドへ、さらにその隣のイコラへと移る。
「あんた達、最初から分かってたの?」
「もちろん」
ケイドはあっさり頷いた。
「スタートした時点でな」
「最初から!?」
魔理沙が目を見開く。
「じゃあ、さっきお前らが『四回』とか『ショットガンなら一回』とか言ってたのは……」
クロウが決闘場へ目を向けたまま答えた。
「あの時点までで、ガーディアンが彼女を何回仕留められたか数えていた」
「やっぱり殺せる回数を数えてたんじゃないの!」
霊夢が思い切り叫ぶ。
「だから怖いのよ、あんた達!」
「クルーシブル目線で見たらそうなるからな」
ケイドは悪びれる様子もなく肩を竦めた。
「最初の立ち合いで一回。遮蔽物から飛び出した時でも一回。熱上昇で上を取った時だって――」
「もういいわよ!」
「まだ説明の途中だぞ?」
「聞きたくない!」
その横で、文だけは明らかに目を輝かせていた。
「つまり、ここまでガーディアンさんは咲夜さん本人へ一発も撃たずに、あれだけの猛攻を捌き続けていたわけですね?」
「ああ、そういうことだ」
ケイドが答える。
文はすぐさま手帳を開いた。
「それはかなり衝撃的ですね……『異邦の戦士、十六夜咲夜へ一発も撃たずに激戦を展開』。これは一面に――」
「変な見出しをつけるなよ?」
「では『謎の戦士、紅魔館のメイド長を狙わず戦う』で」
「それならまだ……」
「許可するな!」
霊夢がケイドへ突っ込む。
そのやり取りを聞いていた大妖精が、恐る恐る尋ねた。
「じゃあ……ガーディアンさんって、ものすごく手加減しているってことですか?」
「違うわ」
イコラははっきりとした声でそう言い切った。
「それを手加減と言うのは少し違う」
「でも――」
霊夢が眉を寄せる。
「攻撃してないんでしょう?」
「攻撃を制限しているだけよ」
イコラは庭園を見た。
「彼は本気で戦っている」
「……あれで?」
魔理沙が信じられないような顔をする。
「ええ」
平然とイコラは頷く。
「ただし、咲夜本人を傷つけるためではない」
レミリアが決めたルールである『殺意を伴う攻撃は禁止』。
それに加えて、試合前にイコラ自身がガーディアンへ『殺生だけは避けろ』、と釘を刺している。
「彼はそれを律儀にひたすら守り抜いているだけよ」
イコラの声に僅かな呆れが混じる。
「ガーディアンは、こういうところだけ妙に真面目だから」
「つまり……」
美鈴がゆっくり言う。
「本気で避けて、本気でナイフを落として、でも咲夜さん本人には絶対に攻撃しない……?」
「ええ、そういうことよ」
「…………」
霊夢達の視線が。
もう一度ガーディアンへ戻る。
今までは咲夜の猛攻を必死に捌いているように見えていたが違う。
あれだけの攻撃を受けながら本人への反撃という選択肢を最初から封じている。
「まあ――」
ケイドが口を開いた。
「これがクルーシブルなら、こんな試合展開にはなってねえだろうな」
「……どのくらい違うのよ」
霊夢が嫌そうな顔で尋ねる。
「まあ、かなり制限してるな」
クロウが答える。ケイドも咲夜を見ながら頷いた。
「相棒が本当にクルーシブルとしてやるつもりなら、咲夜ちゃんはここまでで最低でも十回くらいはガーディアンに殺られてるな」
「十回!?」
チルノと大妖精の声が重なった。魔理沙もさすがに顔をしかめる。
「おいおい、それはさすがに大袈裟じゃないか?」
「大袈裟じゃない」
ケイドは指を一本立てると、分かりやすい例を挙げるように話し始めた。
「例えば最初の立ち合いだ。咲夜ちゃんがナイフを三本投げて、相棒がスライディングで避けただろ?」
「ああ」
「あれが普通のクルーシブルなら、避けた瞬間にラスト・ワードを抜いて頭へ一発だ。距離がもう少し近けりゃ、ショットガンを持ってイカロスダッシュで一気に詰めるって手もある」
そこでケイドは自分の拳を前へ突き出し、軽く笑った。
「もっと単純に行くなら、そのまま顔面へ拳をドゴッ――でもいい。俺達ハンターならジャンプしながらナイフを顔面に投げて――」
「説明が物騒なのよ!」
霊夢がすぐに噛みつく。
「分かりやすいだろ?」
「楽しそうに言うな!」
クロウも咲夜の動きを見つめながら、淡々と続けた。
「言い方はアレだが私もケイドの意見には同意する。彼女は全体的に身体を晒している時間が長い」
「身体を晒している?」
美鈴が聞き返す。
「ああ。私達の戦いではかなり危険だ」
クロウは、空中でナイフを展開しながらガーディアンを追っている咲夜を見た。
「質問するが、君達の弾幕ごっこでは遮蔽物を利用することはあるのか?」
「遮蔽物?」
霊夢が少し考えるように首を傾げる。
「そりゃ、周りに木とか岩とか建物があれば使うことくらいはあるけど……」
「わざわざ隠れながら撃ち合うって感じではないな」
魔理沙も続けた。
「基本的には飛びながら避ける。弾幕を見て、その隙間を抜けるんだ。そもそもスペルカードって、相手を見失うような場所にずっと隠れて戦うもんでもないしな」
「ああ、なるほど」
クロウは納得したように頷いた。
「やはりそこが大きく違う」
「何が?」
霊夢が尋ねる。
「戦い方の前提が違いすぎるんだ」
クロウは静かに続ける。
「君達の世界では、攻撃を見て避けることが戦いの一部になっている。だから自分の姿を晒すことへの抵抗が私達ほど強くない。だが私達の世界では――姿を晒した瞬間、そのこと自体が隙になる」
「そう。俺達は地上、特に入り組んだ局地戦が主な戦場だからな」
「特にクルーシブルでは、遮蔽物から身体を出したまま同じ射線上に長く留まれば、それだけ狙撃される危険が増える。特にオシリスの試練なら、あの位置取りはかなり危ない」
少しだけ間を置いてから、クロウは続ける。
「相手に腕のいいスナイパーがいたら、間違いなくカモ以外の何者でもない」
ケイドは頷いた。
「ああ、中には試合が始まった瞬間にスナイパーライフルを携えて敵陣に突撃するような奴もいるくらいだしな」
「スナイパーライフル?」
「狙撃用の長銃だ。それで長距離から急所、つまりガーディアンなら頭をピンポイントで狙う。普通はひっそりと隠れながら、相手の射程圏外から撃つモノだが私達ガーディアンはあいつみたいに縦横無尽に動き回りながら構えて狙う奴もたくさんいる。
ちなみに似たような武器に『スカウトライフル』というのもあるが、それらの餌食になりかねないだろうな」
「………………」
霊夢達は思わず咲夜を見る。
空を飛びながら大量のナイフを展開するその姿は、幻想郷の弾幕戦ならば何も不自然ではない。
しかし、一瞬で頭部を撃ち抜く銃器を互いに持つガーディアン同士の戦場では、その常識そのものが変わってしまうのだろう。
「ちなみに俺なら迷わず絶対に頭をぶち抜く」
ケイドが軽く手を挙げる。
「私も撃つな」
クロウも平然と続けた。文がすかさず手帳へ何か書き込む。
「『異邦人二名、十六夜咲夜を揃って狙撃対象と認定』」
「書くな!」
霊夢の声が庭園に響いた。ケイドは笑いながら手を振る。
「けどだからって、咲夜ちゃんが弱いって話じゃねえぞ」
霊夢が少し不機嫌そうに睨む。
「じゃあ、どういう意味よ」
そこでケイドの表情から、少しだけ軽さが消えた。
「あの娘は強い」
思いのほか真っ直ぐな言葉だった。
「あの咲夜ちゃん、かなりやるぜ」
クロウも小さく頷く。
「私も同感だ」
「私もよ」
イコラも頷く。ケイドは再び決闘へ視線を戻した。
「最初は相棒の動きに完全に面食らってた。でも、もう違うだろ。スライディングの先へナイフを置くようになったし、遮蔽物から出てくる場所も読もうとしてる。それに、銃だけじゃ捌かれると見て自分から近接まで混ぜ始めた」
「初見の戦い方へ適応する速度はかなり速い」
クロウもそう評価する。
「こちらの移動方法も武器もほとんど知らない状態で、戦闘中だけでここまで修正できるなら十分優秀だ」
文も感心したように咲夜を見た。
「それはかなり高い評価ですね。記事にするなら、そちらもちゃんと書いておきましょう」
「まああの娘をいきなりオシリスへ放り込んだら最初は負け続けるだろうけどな」
ケイドが付け加える。魔理沙が苦笑した。
「また一回落とすのかよ」
「仕方ないだろ。知らないことだらけなんだから」
ケイドは指を折るように説明する。
「遮蔽の使い方も、射線の切り方も、武器ごとの間合いも、レーダーの見方も、それに相手がどんな武器を持ってるかの判断も知らない。初見でそこへ放り込まれりゃ、そりゃ負ける」
「逆に言えば私達が初めて君達の弾幕ごっこをしようものならまず君達に勝てないだろうしな」
だが、その声には咲夜を軽く見るような響きはなかった。
「でも、あの適応の速さなら、しばらくすりゃ頭角を現すと思うぜ。少なくとも、何度やられても同じやられ方を繰り返すタイプじゃない」
「私もそう思う」
クロウが同意する。
「こちらの戦い方を理解した後なら、かなり厄介な相手になるだろう」
その評価を聞いた霊夢は、ほんの少しだけ満足そうに鼻を鳴らした。
「当然でしょ。咲夜なんだから」
「ただ、惜しむらくは咲夜ちゃんは――」
ケイドがそこで不意に言葉を止めた。
霊夢だけではなく、魔理沙も文も、美鈴や小悪魔まで一斉に彼を見る。
「何です?」
文がすぐに食いついた。
「今のは重要そうですね。続けてください」
「そうよ。何が惜しいの?」
霊夢も詰め寄る。
ケイドは数秒だけ黙った後、わざとらしく口元へ一本指を立てた。
「おっと」
嫌な笑みが浮かぶ。
「ここからは重要機密だ」
一瞬、全員が黙った。
その直後。
「はああああ!?」
霊夢の怒声が庭園へ響き渡る。
「そこまで言って止めるんじゃないわよ!」
「ダァッハハハハハ!」
「笑うな!」
文も珍しく不満そうな顔になる。
「ちょっとケイドさん、それは記者に対する拷問ですよ。そこまで言った以上、最後まで話す義務があると思います」
「新聞に書くだろ?」
「もちろん書きます」
「なら駄目だ」
「即答ですか!」
そんな騒がしいやり取りが始まっても、庭園の中央では決闘が続いていた。
咲夜がナイフを投げれば、ガーディアンはラスト・ワードで撃ち落とし、数が多ければフュージョンライフルでまとめて吹き飛ばす。死角から迫る刃には焼却の指鳴らしを挟み、追い詰められればイカロスダッシュで射線を外し、空中へ逃げた先にまで攻撃が続けばフェニックスダイブで一気に地上へ戻る。
そして地面へ降りた直後には、もう次のスライディングや跳躍へ繋げていた。
(私を攻撃することを……最初から、意図的に避けていたですって?)
咲夜の眉が僅かに動いた。
自分はすでに何度も刃を届かせている。
肩を掠めた。腕を裂いた。脇腹にも傷を負わせた。
それなのに、あの男は一度としてこちらへ銃口を向けていない。
先ほどまで咲夜自身、相手を追い詰めつつあるのだと思っていた。最初は容易くかわされていたナイフが徐々に届き始め、移動先も読めるようになり、近接でも装甲へ刃を通した。
少しずつだが、確実に捕らえ始めている。
そう思っていた。
――だが違った。
ガーディアンは追い詰められて反撃できなかったのではない。
最初から――反撃しなかったのだ。
「…………っ!」
咲夜の指先に、僅かに力が入った。
腹立たしい。
手を抜かれている、という単純な話ならまだよかった。ならば本気を出させればいいだけだ。
しかし、あの男はふざけているわけではない。
避ける時は本気で避けている。撃ち落とす時も本気だ。こちらの軌道を読み、逃げ道を選び、武器を使い分け、ほんの僅かな隙も作らない。
ただ一つ。
自分を傷つけるという選択だけを、最初から切り捨てている。
(本当に……腹の立つ方ですね、あなたは……!)
咲夜の紅い瞳が細くなる。
ならば――いつまでそれを続けられるのか、試してみればいい。
こちらへ撃たずに済む余裕を、なくしてしまえばいい、と――。
「……………………」
魔理沙はしばらく黙ったまま戦いを眺めた後、やがて長く息を吐いた。
「……なんなんだよ、あいつ」
先ほども同じ言葉を口にした。
だが今度は、その言葉に込められている意味がまるで違っていた。