東方天命録~The Final Shape Begins~ 作:はならむ
「…………………………」
この男、ガーディアンは確かに死んだはずだった。
咲夜の時間停止によって逃げ場を完全に奪われ、無数の銀のナイフに全身を貫かれたガーディアンは、その場に倒れ伏した。どう見ても致命傷だった。胸も、腹も、腕も脚も、まともな人間なら一度受けただけで命を失いかねない傷で埋め尽くされていた。
にもかかわらず――わずか数秒後。
宙へ浮かび上がった小さな機械、ゴーストが光を放った瞬間、彼の身体は跡形もなく消滅し、次の瞬間には何事もなかったかのように再構築されていた。
傷ひとつない。
血の跡すらない。
そして当の本人は、自分を殺した咲夜に向かって「気にするな」と言わんばかりに親指を立てている。
あまりにも軽い。つい数秒前まで死体だった者がする態度では、断じてなかった。
その光景を目の当たりにした幻想郷の面々が、揃って言葉を失っている中、ただ一人、妙に楽しそうな声を上げた者がいた。
「さあて――答え合わせだ」
ケイドが腰に手を当て、霊夢達を見回す。
「答え合わせ?何のよ?」
「お前らが知りたがってた『なんでクルーシブルで殺し合いなんて競技が成立するのか』だ。これで分かったろ?」
「…………まさかっ」
霊夢の顔が引きつった。
先ほどまで、ケイド達が当たり前のように口にしていた『クルーシブル』という競技について、どうにも理解できない部分があった。
銃で撃ち合う。
爆発物を投げ合う。
超常的な力まで容赦なく叩き込む。
そして相手を殺す。
それを彼らは、訓練であり、競技であると言っていた。
幻想郷にも決闘はある。スペルカードルールという、危険な力を持つ者同士が一定の規則の中で戦うための仕組みも存在し、怪我もするし最悪の場合、命に関わることだってある。
だが、それとこれとは話が違う。
スペルカード戦は、危険ではあるもののそもそも相手を殺すことを目的としていない。
対してクルーシブルは――。
「そういうことさ」
ケイドは霊夢の表情だけで、何を察したのか理解したらしい。いつもの軽い調子のまま、人差し指を立てた。
「俺達ガーディアンはゴーストが無事で、なおかつ光の届く領域にいる。その条件さえ揃ってりゃ、基本的に何度でも復活できる」
彼はそこで、先ほどまで死体だった相棒を親指で示した。ガーディアンは何故か誇らしげに胸を張っている。
「だから銃で身体中を蜂の巣にされようが、爆発で吹っ飛ばされようが、身体がバラバラになろうが――数秒もすりゃゴーストが「ほら、起きろ」と起こしてくれる」
「…………」
誰も口を挟まない。いや、挟めなかった。
その沈黙を肯定と受け取ったのか、ケイドはさらに続ける。
「で、それを最大限に有効活用して競技として体系化したのがクルーシブルだ」
「そこを競技にしようって発想がおかしいのよ!」
とうとう霊夢が叫んだ。
「普通は死んでも生き返るって分かったら、もっと別のことに使おうとか思わないの!?」
「使ってる使ってる。戦争とか探索とか救助とか」
「だったらなんでついでみたいに殺し合いまで競技化してんのよ!」
「強くなるためだ」
あまりにも即答だった。
霊夢の頬が引きつる。
魔理沙も帽子のつばを押さえながら、隣のチルノへ小声で呟いた。
「……なあチルノ」
「なによ」
「もしかして、こいつらって私達よりずっと頭おかしくないか?」
「さすがのあたいでも死ぬまで弾幕ごっこしないよ……」
「お前からその言葉が出るとは思わなかったぜ」
すると霊夢は、チルノへじろりと目を向けた。
「あんた、この前あたしと戦った時に『凍らせて永久保存してやる』って言ってなかったかしら?」
「……言ったけど?」
「それでよく『死ぬまで弾幕ごっこしない』なんて言えたわね」
「なにさ!あれはもののたとえよ!」
「永久保存のどこがたとえなのよ」
「うるさいわね!霊夢だってあたい達妖精や妖怪相手にいっつも容赦ないじゃん!」
「少なくとも氷漬けにして飾ったりはしないわよ」
「むっ……!」
チルノの顔が露骨に険しくなった。
「だったら今ここで、どっちが危ないか確かめてみる?」
周囲の空気が一気に冷え、チルノの背後に細かな氷の粒が生まれ始める。
霊夢も眉をぴくりと動かし、懐の御札へ手を伸ばした。
「いいわよ。ちょうどあんたには一度、口の利き方を教え直してやろうと思ってたところだし」
「やる?」
「やるわよ」
「お、おいおい……」
魔理沙が呆れ半分に声を上げた、その時だった。
「なに? 喧嘩するの?」
妙に楽しそうな声が横から飛んできた。全員がそちらを見る。
フランドールが、ぱっと顔を輝かせながら霊夢とチルノの間へ近づいてきていた。
「だったら私も混ざっていい?」
「え?」
チルノが目を丸くする。
「三人でやった方が楽しそうじゃない?」
そう言いながらフランドールが嬉しそうに手を掲げた瞬間、霊夢の表情が僅かに引きつった。
魔理沙も一歩後ろへ下がる。
「……いや待て。お前が混ざると話が変わってくるぜ」
「なんで?」
「なんでって……」
魔理沙が言葉に詰まる。一方、チルノは何故か対抗心を刺激されたらしく、胸を張った。
「いいわよ!あたいは最強なんだから、三人でも――」
「いい加減にしなさい!」
低い声が響いた。今度こそ、その場の空気が完全に止まった。レミリアだった。
椅子に座り腕を組んだまま、霊夢、チルノ、そしてフランドールの三人を順番に睨みつけ、ただならぬ強力な妖気を纏わせる。
「ここは私の館よ」
紅い瞳が細められた。
「ただでさえこんな有り様な紅魔館であんた達も暴れたら、本気でただじゃすまないわよ」
「……」
霊夢は無言で御札から手を離し、チルノも渋々ながら周囲の冷気を散らした。だがフランドールだけは不満そうに頬を膨らませる。
「えー、ちょっとくらいいいじゃない」
「駄目」
「庭なら?」
「駄目」
「地下なら?」
「もっと駄目」
即答だった。フランドールは露骨に肩を落とす。
「つまんないの」
「あなたが混ざった時点で『ちょっとした喧嘩』では済まなくなるのよ!」
珍しく声を荒らげるレミリアに、魔理沙は思わず苦笑した。
「まあ、それは確かにそうだな……」
「チルノが喧嘩売ってきたからよ」
霊夢がぼそりと言う。
「霊夢のバカが先に馬鹿にしたんでしょ!」
「まだやる?」
「やる!?」
「だからやめなさいって言ってるでしょう!」
レミリアの怒声が庭園に響き渡った。少し離れた場所からその一連を眺めていたケイドが、隣のクロウへ顔を寄せる。
「……なあ」
「なんだ?」
「俺達、さっきまで『殺し合いを競技にするなんて頭がおかしい』って言われてなかったか?」
クロウはしばらく幻想郷の面々を眺め、それから静かに答えた。
「ああ」
「……やっぱり、こいつらも大概じゃない?」
「それには同意する」
ガーディアンも深く頷いていた。
「ふむふむ………いいですねえ、これ!」
そして文は、ルンルン気分で猛烈な速度で手帳に筆を走らせていた。
最初こそ、その目は完全に記者のものだった。
未知の異世界。
不死身の戦士。
死を前提に成立する競技。
これほどの記事が、そう簡単に転がっているはずがない。
「『外の世界より来訪せし不死の戦士達、死を娯楽に――』……いや、娯楽と言い切ると語弊がありますね。『死を訓練へ転化した驚異の競技文化』……こちらの方が――」
「やめなさい、文!」
霊夢が睨んだ。
「変な見出しにしたら夢想封印でぶっ飛ばすわよ」
「もちろん事実に忠実な記事を書きますとも」
文は澄ました顔で答えながらも、筆だけは止めなかった。そんな中、パチュリーが純粋な疑問を口にした。
「でも、それならどうやって勝敗を決めるの?」
全員の視線が彼女へ集まる。パチュリーは腕を組んだまま、ガーディアンとそのゴーストを交互に見た。
「あなた達が条件が揃っていれば何度でも復活できるのでしょ?なら、極端な話、お互い永遠に殺し続けられることになる。勝敗条件を設定しなければ試合が終わらないわ」
「心配無用、そこはちゃんとルールがある」
ケイドが答えようとしたところで、クロウが引き継いだ。
「クルーシブルにはいくつもの形式がある。陣地を奪い合うものもあれば、特殊な条件を満たして得点するものもある。ただ、一番分かりやすい形式なら――敵を倒せば得点だ」
「…………倒す?」
魔理沙が嫌な予感を覚えながら聞き返した。
「この場合の『倒す』って……」
「まあ、身も蓋もないことを言えば殺すことだ」
クロウは平然と答えた。再び沈黙が落ちた。
「たとえばクラッシュというチームルール。敵のガーディアンチームを倒すことで得点が入り、先に規定得点へ到達したチームが勝つ。時間切れなら、その時点で得点の多い方だ」
「つまり……」
霊夢が恐る恐る口を開く。
「先に上限の点数分だけ相手を殺した方が勝ち?」
「ものすごく単純化すれば、そうなる」
クロウの返答に、幻想郷側が一斉に黙り込んだ。その顔には、ほとんど同じ言葉が浮かんでいた。
――『いや、頭おかしいだろこいつら』。
声には出していない。しかし、あまりにもはっきり顔に書いてあったため、ケイドにもクロウにも完全に伝わっていた。
「まあそんな目で見るなって」
ケイドが苦笑する。
「ルールによって全然違うんだぞ?エリアコントロールなら陣地を多く確保してる方が得点効率が上がるし、試合展開によっちゃコールドゲームだってある。全部が全部、同じ数だけ殺せば終わりってわけじゃない」
「問題はそこじゃないと思うぜ」
魔理沙の指摘に、ケイドは肩を竦めた。
そんな彼を横目に、文だけはまだ手帳へ猛烈な勢いで文字を書き込んでいる。
「なるほど……陣取りと復活可能な実戦訓練の融合……死亡回数が得点へ直結……これは幻想郷には存在しない価値観ですね」
「記事にする気満々ね、あんた」
「これを記事にしない記者がいたら、その方が職務怠慢ですよ」
文は当然のように言い切った。
その言葉に反論できる者はいなかった。するとケイドが、何かを思い出したように手を叩いた。
「そういやあ霊夢、魔理沙。お前らに暗黒時代について話をしたことあったよな?」
「ああ」
霊夢が記憶を辿るように眉を寄せた。
「確か、神社を建て直してる時だったわね。昼ご飯を食べてる時に少し聞いたわ」
「あんた達の世界が一度、滅茶苦茶になった後の時代だろ?」
魔理沙も覚えていたらしい。
「法律も秩序もほとんどなくて食べるものがほとんどない悲惨な時代だってな」
「その通り」
ケイドの表情が、ほんの少しだけ真面目なものになった。
「その時代を戦い抜いた、伝説級のガーディアン達がいる。『鉄の豪傑』と呼ばれる連中だ」
その名前に、文の筆が一瞬止まる。すぐに新しい頁を開いた。
「鉄の豪傑……そのまま記事の見出しになりそうな名前ですね」
「実際、中身も名前負けしてない屈強な連中だったさ。で、その鉄の豪傑の一人にサラディン卿っている」
ケイドは続ける。
「今も現役のとんでもねえ爺さんでな。そのサラディン卿が定期的に開催するクルーシブルの特別競技が――アイアンバナーだ」
「また殺し合い?」
霊夢がものすごく嫌そうな顔をした。
「言い方」
「違わないでしょ」
「……まあ、違わないけど」
そこへクロウが苦笑しながら補足する。
「基本部分はシャックス卿が管理する通常のクルーシブルと同じだ。ただし、アイアンバナー独自のルールもある。たとえば今だと『噴火』と『要塞』が主流だな」
「噴火?」
「要塞?」
霊夢と魔理沙が同時に聞き返した。クロウは頷く。
「噴火は、クラッシュと同じで基本的には敵を倒して得点する形式だ。ただし、死なずに連続して敵を倒し続けると、戦っているガーディアン自身に強力なエネルギーが満ち始める」
パチュリーが興味深そうに目を細めた。
「強化状態になるのね」
「ああ。ただし――強くなればなるほど危険になる」
「どういうこと?」
「一定時間以内に次の敵を倒せなければ、そのエネルギーが暴発する」
「……暴発すると?」
クロウは少し間を置いた。
「つまり爆死する」
「…………」
「場合によっては身体が派手に吹き飛びバラバラになる」
「…………は?」
霊夢の口から、低い声が漏れた。
クロウは説明を続ける。
「敵を倒せば制限時間が延びる。だから強化状態に入った者は、爆発する前に次の敵を探して走り回ることになる」
「待って」
魔理沙が片手を上げた。
「つまり、敵をいっぱい倒す」
「ああ」
「強くなる」
「ああ」
「でも時間切れになると自分が爆発する」
「そうだ」
「だから爆発しないために、さらに敵を殺しに走る」
「その理解で合ってる」
魔理沙はしばらくクロウを見つめた後、静かに帽子を深く被った。
「やっぱり頭おかしいぜ」
「私も今のところ反論が難しい」
クロウが真顔で答えた。その横で文の筆が凄まじい速度で走っている。
「『敵を倒さなければ自分が爆発――狂気の連続撃破競技』……」
「文!」
「仮見出しですって!」
「次は『要塞』だな」
クロウは話を続ける。
「こっちは陣地の奪い合いだ。基本的にはエリアコントロールに近い」
「それならまだ普通そうね」
霊夢がわずかに安心した直後だった。
「途中で特定の位置に特別な陣地が現れる」
クロウが続ける。
「そこを押さえれば大量得点の機会が生まれる。ただし、当然みんなそこへ殺到するし――おまけでタレットも三台ほど付いてくる」
「タレット?」
「いわゆる自動機銃。近づくと敵と認識した相手へ自動的に撃ってくる機械だ」
「……………は?」
安心は一秒ともたなかった。
「なんでそんなもんもついてくるのよ」
「カバルからの贈り物らしい」
「……カバルってあんた達の言ってた敵の?」
「ああ」
「なんで敵からそんな物騒な贈り物がくるのよ!」
珍しく霊夢の突っ込みにクロウが返答できなくなり、少し考えてから、
「……まあ、その辺も詳しく話せば長くなるので今は割愛するが、まあこれが要塞だ」
そしてケイドが肩を震わせて笑いなからクロウから話を引き継いだ。
「まあ、そんなわけでアイアンバナーは普通のクルーシブルよりさらにド派手になる。サラディン卿は自分にも他人にも厳しいからな」
「普通のクルーシブルの時点でもう十分激しいと思うんだけど……」
咲夜が額へ手を当てた。自分がつい先ほどガーディアンを一度殺した事実を思い出すと、なおさら複雑な気分になる。すると霊夢がふと顔を上げた。
「じゃあさ」
声色が、それまでとは少し違っていた。
「クルーシブルとか、そのアイアンバナーとか……あと、さっき言ってたオシリスの試練にも、反則ってあるの?」
ケイドの笑みが僅かに薄れる。霊夢は続けた。
「だって、死んでも生き返るんでしょ? 銃で撃ってもいい。爆発させてもいい。身体をバラバラにしてもいい。それでも競技として成立するなら――逆に何をしたら反則になるの?」
その問いに、ケイドはすぐには答えなかった。
クロウも、イコラも沈黙する。
それまで楽しそうに筆を走らせていた文も、その変化を察したのか、ゆっくりと手を止めた。
そして。
「――ある」
ケイドが答えた。先ほどまでの軽薄さが消えていた。
「絶対にやっちゃいけねえことがな」
霊夢達が彼を見る。
「ガーディアンを――本当の意味で殺すことだ」
空気が変わった。
「本当の意味で……?」
魔理沙が呟く。
「ああ」
ケイドの視線が、ガーディアンの傍らに浮かぶゴーストへ向いた。
「俺達が復活できるのはゴーストと光があるからだ。だから、その繋がりそのものを断つ。ゴーストを破壊する。あるいは蘇生できない形でガーディアンの光を奪う」
ケイドの声音が低くなる。
「それをやれば――次はない」
先ほどまで、死という概念そのものが冗談のように扱われていた。
撃たれても、焼かれても、身体を吹き飛ばされても数秒後には立ち上がる。
だからこそ、幻想郷の者達も少しずつその異常さを受け入れかけていた。
だが今、ケイドが口にしたのは、それとは全く異なるものだった。
復活しない死。
彼らにとっての、本当の死。
――完全な死。
「昔、それを実際にやらかした大馬鹿野郎がいた」
ケイドの拳が僅かに握られる。
「……いや」
一度言葉を切り、吐き捨てるように言い直した。
「ガーディアンなんて呼びたくもねえ。ガーディアンの風上にも置けない面汚しだ」
イコラの表情も険しい。クロウも、先ほどまでの穏やかな様子を完全に消していた。
文は何も書いていない。
ただ、ケイドの言葉を一言も聞き漏らすまいと見つめている。
「そいつの名は――レジル・アジール」
ケイドは静かに告げた。
「かつて英雄だった男だ」
「英雄……」
そして、次の名を口にした瞬間。
その響きだけで、場の温度が下がったような錯覚を覚えた。
「後に、こう呼ばれるようになった」
ケイドの目が細められる。
「ドレドゲン・ヨル」
「ドレドゲン……ヨル……」
魔理沙がその名を反芻し、直後に目を見開いた。
「あっ……!」
思い出した。少し前、ラスト・ワードについて話していた際、一度だけ出てきた名前だ。
「さっきケイド達の話に出てた奴か!」
「そうだ」
ケイドが頷く。パチュリーは僅かに眉を寄せた。
「名前からして、随分と不吉な響きね」
「実際、不吉なんてもんじゃねえよ」
ケイドは苦々しげに言った。
「ただ、レジル・アジールはかつてはまぎれもない本物の英雄だった。人々を守り、化け物と戦い、誰かの希望になれる男だった」
そこまで聞けば、英雄譚の始まりにしか思えない。
だからこそ、その先が重かった。
「だが奴は力を求めた」
ケイドの声がさらに低くなる。
「もっと強く。もっと敵を倒せる力を。もっと自分なら何かできると信じてな。そして、その果てに――ハイヴの魔術へ手を出した」
霊夢達の表情が固まる。昨日、霧の湖と紅魔館で戦った異形達――ハイヴ。
彼女達自身、すでにその禍々しさを知っている。
「あれの力を……自分から?」
咲夜が信じられないものを見るような顔をした。
「そうだ」
ケイドは短く答える。そして、少しだけいつもの調子を取り戻そうとするように続けた。
「ちなみに奴はタイタンだった」
「タイタン?」
霊夢が首を傾げる。
「ああ、まだちゃんと説明してなかったか」
ケイドは自分とクロウを指した。
「自己紹介でも言ったが俺とクロウはハンター」
次にガーディアンとイコラを示す。
「相棒とイコラはウォーロック」
最後に、そこにはいないもう一人の仲間を思い浮かべるように続けた。
「そして今探してるもう一人の仲間、ザヴァラがタイタンだ」
「役割や肩書きみたいなもの?」
「まあ、そんな感じだ。戦い方も能力もそれぞれ違う」
ケイドは軽く肩を竦める。
「タイタンの連中は生真面目で、正義感が強くて、真っ直ぐな奴が多い。だからまあ……そういう奴が一度道を外すと、とことん突っ走っちまうって意味じゃ、ヨルは悪い見本というか――」
「ケイド」
静かな声だった。だが、その一言だけでケイドが口を閉じた。
イコラだった。彼女は腕を組んだまま、ケイドを真っ直ぐ見ている。
「タイタンだったからレジルがああなった、というふうに誤解させるような言い方はやめなさい」
「……」
「彼が道を踏み外したことと、タイタンであることは関係ないわ」
イコラは一拍置いた。
「レジル・アジールが辿った道は、全て彼自身が選んだ選択よ」
その声音には、強い意思があった。
同じガーディアンとして。
そして、同胞の過ちを知る者として。
責任を曖昧にすることを許さない声だった。
ケイドも少しだけ視線を逸らし、
「……悪い、そうだな」
と素直に謝った。それから再び霊夢達へ向き直る。
「ヤツは自分が使っていた愛用のハンドキャノン――『ローズ』に、ハイヴの力を組み込んだ」
ガーディアンの腰元へ、一同の目が集まる。
「その結果生まれたのが――『トルン』っていう最悪の銃だ」
名前を聞いただけでは、ただの銃だ。
だが、ケイドの次の一言が、その意味を変えた。
「そいつは、ガーディアンを本当に殺せる銃だった」
誰も声を出さなかった。
「ヨルはそれを使った」
ケイドの声から、完全に冗談の気配が消える。
「敵じゃない」
一言。
「同胞にだ」
さらに一言。
「それをクルーシブルにも持ち込んだ」
霊夢の目が見開かれる。
「待って」
その声は、今までより遥かに低かった。
「クルーシブルって……仲間同士の訓練なんでしょう?」
「ああ」
「死んでも、また立ち上がれるから成立してる競技なんでしょう?」
「ああ」
「そこで――本当に死ぬ武器を使ったの?」
ケイドは無言で頷いた。
霊夢の顔から、嫌悪にも似た表情が浮かぶ。
それは先ほどまでの「頭がおかしい」という呆れとは全く別のものだった。
クルーシブルの異常な価値観そのものは、彼らなりの理由があって成立している。
だが、ヨルの行為は違う。
誰も本当には死なないという信頼。
ゴーストが必ず起こしてくれるという前提。
その上で、同胞達は全力で撃ち合っている。
ヨルは、その信頼そのものを裏切ったのだ。
「……最低ですね」
咲夜が小さく吐き捨てた。
「その時のシャックス卿は、もう怒り心頭だっただろうな」
ケイドも否定しない。
「クルーシブルは殺し合いに見える。実際、やってることだけ見れば殺し合いだ。だが、その根底には絶対の前提がある」
ゴーストを見る。
「次があるってことだ」
そして、静かに続けた。
「だがヤツはそれを踏みにじった」
文の手帳に、久しぶりに筆が触れた。
だが先ほどまでのような勢いはなかった。
ゆっくりと、一文字ずつ記していく。
『死を恐れぬ競技が成立するのは、死を軽んじているからではない』
文は一度筆を止めた。その下へ続ける。
『必ず帰ってこられるという信頼があるからだ』
そしてさらに。
『ゆえに、その信頼を破壊する行為こそ最大の禁忌となる』
しばらくその文字を見つめた後、文は小さく息を吐いた。
「……これは、面白おかしく書く話ではありませんね」
珍しく真面目な声だった。ケイドが文を見る。
「分かってるじゃねえか、お嬢ちゃん」
「何度もいいますがお嬢ちゃんじゃありません、私は記者です。刺激的な記事は好きですが、何でも茶化せばいいというわけではありませんよ」
「悪い悪い!」
文は手帳を閉じず、そのまま続きを待った。ケイドは再び話し始める。
「シティを去った後も、ヨルは止まらなかった。ガーディアンも、そうじゃない奴も……片っ端から命を奪ったがそんな外道にも最後の日が訪れた――」
その言葉だけで、ケイドの声音が僅かに変わった。
沈んでいたものの中に、ほんの少し誇らしさが混じる。魔理沙ははっと思い出す。
「もしかして、そいつを討ったのが話に出てきた――」
「そう。ヨルを討った男の名は――シン・マルファー」
ガーディアンが僅かに顔を上げた。ケイドは続ける。
「俺達ハンター界隈じゃあ、伝説中の伝説だ」
クロウも異論はないらしく頷いた。
「彼を知らないハンターは、まずいないだろうな」
「そんなに有名なの?」
霊夢が尋ねる。
「ああ」
ケイドが笑う。今度の笑みは、いつもの軽薄なものではなかった。
「ただまあ、シンの話をちゃんとやろうとすると、その前に亡き師のジャレン・ウォードの話から始めなきゃならねえ。それを全部やってたらあっという間に日が暮れる」
「もう結構長いわよ」
「だから割愛」
ケイドは両手を叩いて話を切り替える。
「で――ここからが、お前らに直接関係ある話だ」
「私達に?」
霊夢が訝しげな顔をすると、ケイドはニヤリと笑った。
「シン・マルファー。そして、その師であるジャレン・ウォード」
そこで彼は、ガーディアンの腰へ視線を向けた。
皆もつられて見る。
「その二人に受け継がれた銃こそ――」
ガーディアンが、何となく嫌な予感を覚えたのか一歩後ずさった。ケイドは容赦なく指を突きつける。
「相棒がさっき使ってたハンドキャノン――『ラスト・ワード』だ」
数秒、意味を理解するまでに、それだけ必要だった。
「『お前のものだ…俺のではない』ってな」
そして。
「「「「ええええええええっ!?」」」」
幻想郷側の叫びが庭園に響き渡った。
霊夢がガーディアンへ。
「ちょっと待ちなさい!あんたそんな曰く付きの銃をさっきまで使ってたの!?」
魔理沙も目を剥いている。
「さっき咲夜相手にバンバン撃ってた奴だろ!?」
パチュリーまで珍しく驚きを隠せていない。
「伝説の人物に受け継がれてきた武器を模擬戦で?」
咲夜は自分へ向けられていた銃を思い出し、何とも言えない顔になる。当のガーディアンは胸を張ってまた親指を立てた。
「その親指やめなさい!」
霊夢の怒声が飛んだ。
「いやあ、相棒らしいだろ?」
ケイドは腹を抱えて笑っている。
「笑い事じゃないわよ!」
その騒ぎを横目に、文の筆が再び猛烈な勢いで走り始めた。
「伝説の銃を現代のガーディアンが所持……しかも異世界での決闘に使用……これは大見出し確定ですね!」
「文、余計なこと書いたら本当に退治するわよ!」
「事実です!」
「悪意のある見出しをやめなさいって言ってんの!」
そんな二人のやり取りを聞きながら、ケイドは何かを思い出したように指を一本立てた。
「あ。ちなみに相棒、例のトルンも持ってるぞ」
……沈黙。文の筆が止まった。
霊夢がゆっくり振り返る。
「……今なんて?」
「トルン」
ケイドが笑顔で答えた。
「もちろんヨルが使ってた個体そのものじゃなくて、同系統のレプリカの方だけどな」
全員の視線がガーディアンへ集中する。本人は性懲りもなく親指を立てている。
「さらに言うと――」
「まだあるの!?」
「その本物だった方も、形を変えて持ってる」
今度こそ、完全な沈黙が訪れた。風が庭園を吹き抜ける。誰も何も言わない。
「その名も『ルミナ』。シン本人から託されて光の力で浄化させて生まれ変わりました」
ゴーストがフォローを加えるとガーディアンが、そっと親指を立てようとした。霊夢が無言で睨み付ける。
「今はそれやめなさい」
(´・ω・`)スン……
「しょんぼりしても駄目」
文が額へ手を当てている。
「記事一つで収まらなくなってきましたね……『異界の戦士、その武器庫に眠る伝説と禁忌』……」
「それ絶対ろくでもない記事になるだろ」
魔理沙が呆れる。
「あ、それから」
ケイドが続けた瞬間、幻想郷側が一斉に彼を睨んだ。
「まだあるのね」
霊夢の声が冷たい。
「レジルの使ってた原型のローズも持ってるぞ」
ケイドは悪びれずに言った。一拍遅れて、パチュリーが反応する。
「……待ちなさい」
先ほどの話を思い返す。
「ローズってその……レジルがトルンへ作り変える前に使っていた……?」
「そう。それと同じ型のハンドキャノンだ」
ケイドが頷く。霊夢が呆れたように。
「……なんで持ってるの?一点物じゃないの?」
「クルーシブルの報酬だ」
「てか報酬あるの?」
「もちろん。それ目当てでやってるヤツばかりだぞ」
「ということはガーディアンも?」
(●^ω^●)ニッコリ
「笑うな!」
そして、その顔に見るからに悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「あ、咲夜ちゃん」
突然名前を呼ばれ、咲夜が眉を上げる。
「え?」
「よかったな」
「……何がでしょうか?」
ケイドは親指でガーディアンを指した。
「ローズは相棒が一番使い慣れてる武器の一つだ」
「…………」
「もし最初からあれ持ち出してたら――下手したら瞬殺だったかもな」
庭園に、何とも言えない沈黙が落ちた。
咲夜のこめかみが僅かに動く。
ゆっくりと、彼女はガーディアンへ顔を向けた。
ガーディアンも咲夜を見る。
数秒の見つめ合い。
そしてガーディアンは、何を思ったのか――。
(●^ω^●)エッヘン!
満面の笑顔で親指を立てた。咲夜の笑みが、僅かに深くなる。
「……そう」
その周囲に、再び銀のナイフが静かに浮かび上がった。
「では、せっかくですもの」
一歩、咲夜が前へ出る。
「そのローズとやらも、この模擬戦の中で見せてもらおうかしら?」
「おおっと」
ケイドが楽しそうに口笛を吹いた。魔理沙も思わず笑う。
「完全に火がついたな」
霊夢は額へ手を当てた。
「余計なこと言うからでしょ……」
当のガーディアンはというと、咲夜の挑発を受けても慌てる様子はない。
むしろ嬉しそうに腰の武器へ手を伸ばしかけ――。
「待ちなさい」
イコラの声が飛んだ。ガーディアンの手が止まる。
「武器を変えるなら、まず相手とルールを確認してからにしなさい」
「…………」
ガーディアンは素直に手を離した。その様子を見て、レミリアが小さく笑う。
「ふふ。意外と聞き分けはいいのね」
ケイドが肩を竦める。
「イコラが相手ならな」
その隣で文は、再び猛烈な勢いで筆を走らせていた。
「なるほどなるほど……『伝説の銃を巡り、瀟洒なメイド長さらに闘志を燃やす』――」
「文?」
「はいはい、仮見出しですよ!」
文は悪びれもせず答え、再び手帳へ筆を走らせる。
そんな騒がしいやり取りの中、咲夜は小さく息を吐くと、改めて庭園の中央へ歩み出た。
「それにしても――」
先ほどまでガーディアンが倒れていた場所には、もう血痕ひとつ残っていない。
無数の銀のナイフに貫かれ、一度は確かに命を落としたはずなのに――今、その本人は何事もなかったかのように首を左右へ傾け、肩を回している。
まるで、少し転んだ程度のことだったと言わんばかりに。
「本当に、とんでもない人達ね」
咲夜が呆れ混じりに呟く。
自分の正面に立つガーディアン。
一度死に、蘇り、それでも何ら変わることなく模擬戦を続けようとしている異世界の戦士。改めて考えてみても、常識外れにも程がある。
――だが。
「…………?」
そこで霊夢は、ふと眉を寄せた。
何かが引っかかった。
クルーシブルの話ではない。
蘇生のことでもない。
ラスト・ワードやトルンといった、物騒極まりない武器の話でもない。
もっと単純なことだ。
この模擬戦が始まってから、ずっと目の前で見ていたはずのこと。
咲夜がナイフを投げた。
ガーディアンが避けた。
銃声が響いた。
空へ飛んだ。
滑り込み、跳び、姿勢を変え、何度も咲夜の攻撃を潜り抜けた。
そして最後には、時間を止められ――死んだ。
そこまでを頭の中でもう一度なぞったところで霊夢の表情から、少しずつ呆れの色が消えていく。
「……あれ?」
小さな呟きだった。
誰にも聞こえないほどの声。
霊夢は無言のまま、庭園中央のガーディアンを見つめた。
その視線にはもう、先ほどまでのような呆れも、好奇心もない。
ただ純粋な疑問だけが浮かんでいた。
そしてその疑問が、はっきりとした形へとなっていく。