東方天命録~The Final Shape Begins~ 作:はならむ
ケイドはすかさず切り札の引き金を引いた。
乾いた銃声が境内へ響く。
ドンッ――。
弾丸は真っ直ぐ前兆の胸を捉えた。
――はずだった。
キィィン……
澄み切った音だけが響く。弾丸は前兆を包む不可思議な光へ触れた瞬間、硝子のように砕け散った。
「何?」
ケイドの表情から笑みが消える。
「もう一発!」
続けざまに放たれた銃弾も、結果は同じだった。クロウが黄金の炎を拳銃へ宿す。
「私が相手だ!!」
ズガァン!!
ゴールデンガン。太陽すら撃ち抜く黄金の一撃。
しかし、その弾丸さえも光の膜へ触れた瞬間、静かに掻き消えた。
「効いてない……!」
「ならあたしが!!」
今度は魔理沙は前兆へ八卦炉を構えた。
「魔符――イリュージョンレーザー!」
白銀の極太レーザーが前兆を飲み込む。
眩い閃光。
爆音。
衝撃波。
神社の境内が白く染まる。
その威力に地面は抉れ、周囲の木々が次々となぎ倒される。やがて光が収まる。
立ち上る土煙。
「……やったか?」
誰もが息を呑み、煙の向こうを見つめる。
その時だった。
『――まだ抗うか』
世界そのものが語り掛けるような声が響く。
『これはまだ始まりに過ぎない――』
ゴォォォォォ……
煙の奥から、一筋の光が漏れ出す。
それはベイルと同じ色。
光でもなく、闇でもない。
現実には存在し得ない、不気味な輝き。
煙が晴れる。
そこには――。
傷一つ負っていない前兆が立っていた。
「嘘……でしょ」
霊夢の声が震える。その全身を包む異質な光は、見る者すべてに本能的な恐怖を抱かせた。
さらに、倒れていたドレッドたちもゆっくりと立ち上がる。
同じ光を纏いながら。
ゴーストが叫ぶ。
「目撃者が直接奴らに力を与えています!」
前兆が静かに杖を掲げる。
「…………!」
ガーディアンがオートライフルを構えた。
銃弾の嵐。
霊夢の札。
ケイドの切り札。
クロウのホークムーン。
魔理沙の魔弾。
五人の攻撃が一斉に降り注ぐ。
だが。
キィン……
キィィン……
すべてが光へ触れた瞬間、跡形もなく消え失せた。
「攻撃が……!」
ゴーストの声が震える。
「通りません!」
「ダメージを確認できません!」
「完全に無効化されています!」
前兆はゆっくりと一歩踏み出す
その一歩だけで、大気が震えた。
次の瞬間。
「…………………!!!」
暗黒の奔流が境内を飲み込む。
「ぐあぁっ!」
ガーディアンが吹き飛ばされる。
霊夢は石畳を転がり、魔理沙は大木へ叩き付けられた。
ケイドは石灯籠へ激突し、クロウも地面へ転がる。
「くっ……!」
追撃は止まらない。
強化されたドレッドたちが一斉に襲い掛かる。
ステイシスが地面を凍らせ。
ストランドが空間を切り裂き。
暗黒の刃が容赦なく五人へ襲い掛かった。
必死に戦う。
撃つ。
避ける。
反撃する。
それでも。
届かない。
何一つ。
前兆たちは傷一つ負わない。
やがて――五人は満身創痍となり、境内へ倒れ伏した。
前兆はゆっくりと近付いてくる。
勝利を確信したように。
ゴーストが必死に呼び掛ける。
「ガーディアン!」
「立ってください!」
「お願いです!」
……返事はない。
その時だった。
空を覆う巨大なベイルの扉が静かに脈動した。
ゴォォォォォ……
その裂け目から、一筋の黄金の光が溢れ出す。
トラベラーの光。
同時に、その光へ絡み付くように暗黒が幻想郷へ流れ込む。
光と暗黒。
決して交わることのない二つの力。
その流れが、まるで導かれるようにガーディアンへ集まっていく。
「……これは!」
ゴーストが目を見開いた。
左手へ宿る光。
右手へ宿る暗黒。
互いに反発することなく、一つの鼓動を刻み始める。
ドクン――。
世界が脈打つ。
ドクン――。
もう一度。
幻想郷全体が、その鼓動に共鳴する。
霊夢は息を呑んだ。
「なに……?何が、起こったの……」
魔理沙も呆然と立ち尽くす。
「……おい、なんだよこれ……っ」
目撃者だけが、その変化を見つめ、静かに言葉を紡ぐ。
『光を受け入れ』
『暗黒を受け入れ』
『その狭間に立つか、ガーディアン』
倒れていたガーディアンの指先が動く。
ゆっくりと拳を握る。
その瞬間。黄金と漆黒が螺旋を描き、天へと駆け上がった。
吹き荒れる衝撃波が境内の瓦礫を巻き上げる。
霊夢たちは思わず目を覆った。
光の中心で、ガーディアンは静かに立ち上がる。
左手には光。
右手には暗黒。
二つの力はもはや敵対せず、虹色にような一つの輝きとしてその身を包んでいた。
ゴーストは震える声で叫ぶ。
「ガーディアン、あなたは光と暗黒を調和させたのですか……!?」
光が弾ける。その中心に立つガーディアンは、静かに前兆を見据えた。
光と暗黒を融合せし新たな力【プリズム】。
黄金の光と蒼白い暗黒が螺旋を描きながらガーディアンの身体を包み込み、その姿は先ほどまでとは別人のような神々しさを帯びていた。
前兆はその様子を静かに見つめる。
目撃者から授けられた力を纏い、なおも揺るがぬ威圧感を放ちながら、ゆっくりと長杖を構え直した。
周囲では強化されたドレッドたちも一斉に武器を向ける。
しかし、ガーディアンは動かなかった。
「……!!」
ゆっくりと両腕を持ち上げる。
そして胸の前で、勢いよく両手を交差させた。
その瞬間だった。
交差した腕の隙間から、眩い虹色の輝きが溢れ出す。
光と暗黒。
相反する二つの力が互いを拒絶することなく、一つの奔流となってガーディアンの身体を駆け巡る。
プリズム強化形態【トランセンデンス】発動!!
ガーディアンは勢いよく腕を左右へ開く。凄まじい衝撃波が境内を吹き抜ける。石畳は砕け、瓦礫が宙へ舞い上がり、木々は激しく揺れた。
その波動をまともに受けた前兆たちを包むベイル色の障壁が大きく揺らぐ。
「!?」
ガーディアンの姿が掻き消えた。
次の瞬間には前兆の懐へ潜り込み、右手を軽く鳴らす。
パチン。
指先から放たれた灼熱の炎が扇状に広がり、前兆と周囲のドレッドを一気に飲み込んだ。
燃え上がる炎に続き、青白い稲妻が地面を走る。
アークの電流は敵から敵へと連鎖し、境内全体へ轟音を響かせた。
さらにガーディアンは跳躍する。
上空で左手を掲げると、濃紫の重力が掌へ収束した。
放たれたボイドの力は巨大な渦となり、前兆たちを強引に地面へ押さえ付ける。
その隙を逃さない。
今度は足元から無数の氷晶が突き上がる。
ステイシス。
極寒の結晶が敵の身体を拘束し、動きを封じ込めた。
さらに緑色の糸が空間を縫うように走る。
ストランド。
編み込まれた糸は前兆とドレッドたちへ絡み付き、その身体を宙へ吊り上げた。
炎。
雷。
虚無。
氷。
そして糸。
本来なら決して同時に扱うことのできない五つの力が、息をつく暇もなく前兆たちへ叩き込まれていく。
霊夢は思わず息を呑んだ。
「な、なんなのあれ……っ」
魔理沙も信じられないものを見るように目を見開く。
「み、見たことのない魔法だ……」
ケイドは口元を吊り上げた。
「なるほどな……それがお前の新しい切り札か」
クロウは静かに頷いた。
「すごい……これが光と暗黒の融合……」
ガーディアンは空中で身体を翻し、最後に両手を前へ突き出した。
黄金の光。
蒼白い暗黒。
二つの力が再び一つとなり、虹色の奔流となって前兆へ一直線に放たれる。
凄まじい衝撃が境内を揺るがした。前兆を包むベイル色の障壁が激しく軋み、蜘蛛の巣のような亀裂が次々と走る。
一つ。
二つ。
三つ。
やがて無数の亀裂が障壁全体を覆い尽くした。
ゴーストが叫ぶ。
「反応あり!障壁が限界です!」
ガーディアンは着地すると、迷うことなく拳を強く握り締めた。
その瞬間――、
バリィィィィンッ!!
耳をつんざくような破砕音が境内へ響き渡る。
前兆とドレッドたちを覆っていたベイル色の障壁は耐え切れず、一斉に砕け散った。
「ぐっ………」
ガーディアンはトランデンセンス状態が切れてその場で力尽きて膝をついてしまう。
「ガーディアン!」
彼は「大丈夫だ」と言わんばかりに手を横に振った。
そして前兆の覆っていた障壁は光の破片は無数の粒子となって宙へ舞い、静かに消えていく。ゴーストは歓喜の声を上げた。
「障壁消失!」
「これで攻撃が通ります!」
ケイドは素早く切り札の弾丸を装填した。
「ようやく始められるな」
霊夢はお祓い棒を握り直す。
魔理沙は八卦炉を構え、不敵に笑った。
「今度はこっちの番だぜ!」
前兆もまた、初めてわずかに体勢を崩した。
そして、その様子を遥か彼方から見つめる目撃者だけが、小さく呟く。
『……そうか』
『それがお前の答えか、ガーディアン』
ベイルの力によって前兆とドレッドたちを覆っていた障壁は、ガーディアンのトランスデンセントによって完全に砕け散っていた。
前兆は初めて体勢を崩し、長杖を地面へ突き立てる。
その姿を見たケイドが拳銃を構え直した。
「今なら仕留められる!」
クロウもホークムーンを握り締める。
魔理沙は八卦炉へ魔力を込め始めた。
「待って」
静かな声だった。
全員の視線が、一人の少女へ集まる。
霊夢だった。
ゆっくりと前へ歩き出る。
その瞳は、ただ真っ直ぐ前兆だけを見据えていた。
「霊夢……?」
魔理沙が思わず声を掛ける。霊夢は振り返らない。
「ここは……私がやる。神社を壊したその報いを思う存分受けさせてやるわ」
その一言だけだった。
「一発でかいのかましてやれ嬢ちゃん!」
ケイドはニヤリと笑う。
クロウは拳銃を下ろし、小さく頷く。
ガーディアンも静かに一歩後ろへ下がった。
戦場の中心が、霊夢へ移る。
境内を吹き抜けていた風が止んだ。
木々が揺れる音も。
瓦礫が転がる音も。
誰一人として言葉を発しない。
静寂だけが支配する。
霊夢は静かに目を閉じる。
深く息を吸い込む。
そして、お祓い棒を胸の前へ構えた。
ふわり――。
一枚の霊符が舞い上がる。
続いて二枚。
三枚。
十枚。
百枚。
数え切れないほどの霊符が霊夢の周囲をゆっくりと巡り始めた。
それらは淡い紅白の光を放ち、夜空を照らしていく。
「なんだこれは…………」
思わずクロウが呟く。
イコラなら「光だ」と評したかもしれない。
しかし、それはトラベラーの光ではない。
幻想郷を守る巫女の力。
博麗の霊力そのものだった。
前兆が長杖を構える。
周囲のドレッドたちも一斉に動き出す。
目撃者の声が静かに響いた。
『ほう。博麗の巫女――』
『それがお前達の希望か?』
霊夢は答えない。
静かに目を開く。
その瞳には迷いはなかった。
「幻想郷は……」
小さく呟く。
「私が守る」
お祓い棒を高く掲げた瞬間。
霊符が一斉に空へ舞い上がった。
七色の光球が次々と生まれていく。
一つ。
二つ。
十。
百。
千。
夜空を埋め尽くすほどの光。ケイドは思わず息を呑んだ。
「……こいつはすげぇな」
魔理沙は笑う。
「だから言ったろ」
「あいつが本気になると、とんでもねぇんだ」
霊夢は静かに前兆へ手を向ける。
「霊符――」
世界が静止する。そして――!
「夢想封印ーーーー!!!」
その一言と同時に。
無数の光球が、一斉に解き放たれた。
流星群のような光が空を埋め尽くす。
前兆は暗黒の奔流を放つ。
ドレッドたちも迎撃を開始する。
――だが。
夢想封印は止まらない。光球は敵の攻撃を縫うように飛び、吸い寄せられるように前兆へ命中していく。
一発。
二発。
三発。
爆発。
さらに爆発。境内全体が轟音に包まれる。
ドレッドたちは抵抗する暇もなく光へ飲み込まれ、その姿を次々と消していった。
前兆はなおも耐える。長杖を突き立て、暗黒を纏いながら立ち続ける。
しかし、七色の光は終わらない。
何百、何千という光球が四方八方から襲い掛かり、その巨体を容赦なく撃ち抜く。
「グォォォォォォッ!!」
初めて前兆が苦悶の咆哮を上げた。
その身体に亀裂が走る。
肩が砕ける。
腕が消える。
暗黒が剥がれ落ちる。
それでも霊夢は止めない。
静かに前を見据えたまま、右手を振り下ろす。
「終わりよ」
最後の一言だった。
空に残っていたすべての光球が、一斉に前兆へ収束する。
天地を揺るがすほどの大爆発。
眩い閃光が博麗神社を包み込み、幻想郷の空を真昼のように染め上げた。
誰も目を開けてはいられなかった。
やがて爆音が静まり。光がゆっくりと消えていく。
そこには――。
前兆の姿はなかった。周囲を埋め尽くしていたドレッドたちも、一体残らず消滅していた。
静寂が戻る。
霊夢はゆっくりとお祓い棒を下ろし、小さく息を吐いた。
その姿を見つめながらケイドは、
「……大した奴だ、すげえぜ」
クロウは静かに微笑み、ガーディアンは無言のまま霊夢へ親指を立てた。
博麗の巫女が放った一撃は、幻想郷を脅かした最初の侵略者たちを完全に討ち払った。それは、長い戦いの終わりを告げる静寂だった。
誰もすぐには言葉を発せなかった。ただ目の前の光景を見つめ、勝利を噛み締める。
やがて、その沈黙を破ったのは魔理沙だった。
「……」
一瞬呆然と立ち尽くしたあと、勢いよく拳を天へ突き上げる。
「やったぁぁぁぁぁっ!!」
その声が博麗神社中へ響き渡る。
「勝ったんだ!本当に勝ったんだぜ!」
霊夢の肩を勢いよく叩きながら笑う。
「見たか霊夢! 最後の夢想封印、最高だったぜ!」
「ちょっ……叩きすぎよ」
霊夢は苦笑しながら肩をさする。
ケイドも大きく息を吐いた。
「ふう……今回はなんとか生き延びたか。よかったぜ……」
クロウもようやく張り詰めていた表情を緩める。
「やっと終わったか……」
ガーディアンは静かに親指を立て、誰もが安堵していた。
「……いいえ」
静かな声が、その空気を切り裂く。
全員がゴーストを見た。
ゴーストはゆっくりと空を見上げる。
幻想郷の空を覆う巨大なベイルの扉は、なおも不気味な光を放ち続けていた。
「皆さん。まだ終わりでありません」
その穏やかな口調とは裏腹に、言葉は重く響く。
「今倒した敵は、おそらく目撃者が送り込んだ先兵です」
魔理沙の笑顔が止まる。
「……え?」
「目撃者本人は、この世界へまだ姿を現していません。そして、この程度の戦力で侵略を終える相手でもありません」
霊夢と魔理沙はゾッとする。
「ウソ………っ」
「マジかよ……っ」
ゴーストは静かに頷いた。
「はい」
「本隊が動き始めれば、ドレッドだけではありません」
「宿られた兵」
「スコーン」
「影の軍団」
ゴーストは一呼吸置き、
「あと直属の兵ではありませんが下手をすれば――ハイヴ」
「カバル」
「ベックス」
「フォールン」
「これらとも戦うことになります」
聞きなれない単語に魔理沙は、
「全て聞いたことのない名前だけど、なんだそれ……?」
「我々がこれまで戦ってきた敵勢力です。目撃者が率いる軍勢と他勢力がこの世界へ押し寄せる可能性があります――もしそうなれば……」
「………………」
魔理沙は握り締めていた拳を、ゆっくりと下ろした。
先ほどまで浮かべていた笑顔は、もうどこにもない。
ケイドも帽子を被り直し、険しい表情でベイルの扉を見上げる。
クロウは黙って拳を握り締めた。
ガーディアンだけは、何も言わず静かにその裂け目を見つめている。本当の戦いは――まだ始まってすらいなかった。
――その頃。
光でもなく。
闇でもなく。
静寂だけが支配する空間。
無数の顔が幾重にも重なった一つの存在が、幻想郷を静かに見つめていた。
――目撃者。
前兆を失ったことにも、微塵も動じる様子はない。
それは敗北ではなく、定められた過程の一つに過ぎないというように。やがて、その口がゆっくりと開く。
『踠くなら、好きなだけ踠くがよい』
穏やかな声だった。怒りも、嘲りもない。
ただ、揺るぎない確信だけがそこにあった。
目撃者はなおも幻想郷を見つめ続ける。
『いずれ、お前たちは全てに絶望する』
『守りたいものを失い』
『信じたものは砕かれ』
『抗う力さえ尽き果てる』
『そして最後には――』
わずかな静寂。
その沈黙は、避けられない未来を告げる宣告のようだった。
『救済を受け入れる』
ベイルの扉が低く脈動。目撃者は静かに目を閉じる。
『最終形態への始まりだ――』
その言葉だけを残し、静寂は再び世界を包み込んだ。
幻想郷最大の異変は、この瞬間、静かに幕を開けたのである。