東方天命録~The Final Shape Begins~   作:はならむ

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第四十九話:死して学ぶ者たち

クロウは、大妖精へ「もう大丈夫だ」と穏やかに笑いかけた後、改めて庭園の中央に立つガーディアンへ視線を向けた。

つい先ほどまで全身を包んでいた青白いアークの電光は、すでに消えている。十数秒という短い時間の中でクロウを追い詰め、逃げ道を潰し、最後には雷撃で焼き殺した男とは到底思えないほど、今のガーディアンはいつも通りだった。

その姿を見ながら、クロウは少しだけ肩を竦める。

 

「とまあ、今ので少しは分かったと思うが――ガーディアンはそのクルーシブルで何万戦も繰り返してきた男だ」

 

「…………何万?」

 

霊夢が思わず聞き返した。

 

「何万戦だ」

 

クロウは平然としている。

魔理沙の口が僅かに開いた。

 

「……さっきも言ってたけど誇張じゃなく?」

 

「そのままの意味だ」

 

「聞き間違いでもない?」

 

「ない」

 

「…………」

 

魔理沙は無言で帽子のつばを押さえた。

文もすぐさま手帳へ筆を走らせたものの、『数万戦』と書いたところで一度手を止め、その文字をまじまじと見返した。

 

「数万回も殺し合いの競技に参加している時点で十分記事になるんですが……」

 

「だが」

 

クロウが続ける。

 

「別にあいつが、その全てで勝ち続けてきたわけじゃない」

 

ガーディアンが僅かにクロウへ顔を向けた。

 

「ケイドがさっき『俺達の世界には、あいつより強い奴なんて普通にいる』と言っていただろ?」

 

「ああ」

 

ケイドも頷く。

 

「そこは大袈裟でも何でもない」

 

クロウはガーディアンを見ながら、静かに続けた。

 

「あいつですら、何もできないまま一方的にやられたことは何度もある。物陰から顔を出した瞬間に狙撃されることもあれば、距離を詰めたところを逆にショットガンで吹き飛ばされたこともある。能力を使おうとしたほんの一瞬を狙われて、そのまま倒されたことだって一度や二度じゃない」

 

「ガーディアンが?」

 

咲夜が、思わずガーディアンを見る。

 

先ほどクロウを十数秒で仕留めた男だ。そんな彼ですら、同じように何もできないまま殺されることがある。

 

その事実は、今の戦いを目の前で見た後だからこそ信じ難かった。

 

「ああ」

 

クロウは素直に頷く。

 

「クルーシブル、特に上位陣同士の戦いだとほんの僅かな判断の遅れがそのまま死に繋がる。引き金を引くのがコンマ何秒遅かった。遮蔽物へ戻るのが一瞬遅かった。相手が何を持っているのか読み違えた。それだけで倒される」

 

一度、クロウは指先で自分のこめかみを軽く叩く。 

 

「そして死んだら、何が悪かったかを考える。蘇生したら同じ失敗をしないよう動きを変える。それでもまた別のやり方で殺される。今度はそれへの対策を考える。その繰り返しだ」

 

「…………」

 

咲夜は無言のまま聞いていた。

自分との模擬戦でも、似た感覚はあった。

こちらが一度見せた攻撃は、次には対応される。

同じ軌道のナイフは見切られ、同じ間合いでは違う回避を選ばれる。ガーディアンはこちらの技を一つ見るたびに、それを情報として蓄積しているように思えた。

 

「……………」

 

すると、ガーディアンの隣に浮かんでいたゴーストが前に出る。

 

「ちなみに彼も、最初からこんな戦い方ができたわけではありません」

 

「……え?」

 

咲夜がそちらを見る。

 

「彼がガーディアンとして目覚めた頃は、周りと大して変わらない新人のウォーロックでした」

 

ゴーストはどこか懐かしむように、僅かに身体を傾けた。

 

「銃の扱いも今ほど上手くありませんでしたし、光の使い方だってまだまだ未熟でした。周囲の状況を見る余裕もなくて、とにかく目の前の敵を倒すことだけで精一杯でした」

 

「……嘘だろ?」

 

今度は魔理沙が、思わずガーディアンを指差した。

ガーディアンが無言でそちらを見る。

 

「いや、だってよ」

 

魔理沙は慌てて手を振った。

 

「今のお前見てると、そんな時期があったって方が信じられないんだぜ」

 

「ありました」

 

ゴーストは即答した。

 

「それはもう、ちゃんと」

 

「ちゃんとって何よ……」

 

霊夢が呆れたように呟く。ゴーストはそのまま続けた。

 

「それで、ある程度武器の扱いにも慣れてきた頃でした。試しに、と彼が初めてクルーシブルへ参加したんです」

 

「ああ、それが最初だったのね」

 

咲夜が言う。

 

「はい」

 

ゴーストが小さく上下する。

 

「ただ、その時は運が悪かった」

 

「運?」

 

「相手側に経験を積んだガーディアンが何人もいたんです」

 

ケイドが「あー……」と、何かを察したような声を漏らした。

クロウも僅かに苦笑する。

その反応を見て、霊夢が嫌そうに眉をひそめた。

 

「何?その反応」

 

「まあ、聞いてりゃ分かる」

 

ケイドが答える。ゴーストは何でもないことのように話を続けた。

 

「試合が始まって、彼はとりあえず味方について前へ出ました」

 

「うん」

 

「角から顔を出しました」

 

「うん」

 

「スナイパーライフルで頭を撃ち抜かれました」

 

「早っ!?」

 

魔理沙が叫んだ。

 

「開始してすぐ!?」

 

「はい」

 

ゴーストは淡々としている。

 

「それで蘇生して、今度は同じ場所から出ないようにしました」

 

「お、学習したのね」

 

霊夢が頷く。

 

「別の道から行きました」

 

「うん」

 

「出待ちしていた敵のショットガンで吹き飛ばされました」

 

「…………」

 

「また蘇生しました」

 

「…………」

 

「今度は距離を取ろうとしました」

 

「……うん」

 

「スカウトライフルで長距離狙撃されました」

 

「…………」

 

庭園が静まり返る。ゴーストは、そこで少しだけ申し訳なさそうに声を落とした。

 

「正直に言いますと――」

 

全員が聞く。

 

「最初の何試合かは、本当にほとんど何もできませんでした」

 

「…………」

 

咲夜は再びガーディアンを見る。

目の前にいるのは。

自分の投げたナイフを銃弾で撃ち落とし。

スライディングで射線を外し。

空中で自在に軌道を変え。

こちらの癖を戦闘中に読み取り。

先ほどはクロウを僅か十数秒で追い詰めた男だ。

そんな彼がかつては角から顔を出しただけで撃ち抜かれ、距離を詰めれば吹き飛ばされ、逃げれば狙撃され、何もできずに何度もやられた。

 

「……想像できないわね」

 

咲夜が小さく呟く。

 

「でしょうね」

 

ゴーストも同意する。

 

「でも、本当にそうだったんです」

 

そこでクロウが口を挟んだ。

 

「だからこそ、さっき言った話に戻る」

 

視線が再びガーディアンへ集まった。

 

「あいつは最初から強かったわけじゃない」

 

クロウは静かに言う。

 

「一度殺された」

一本、指を立てる。

 

「何故殺されたかを覚えた」

二本目。

 

「次は同じ殺され方をしないようにした」

三本目。

 

「それでも別の方法で殺された」

四本目。

 

「なら、今度はそれも覚えた」

そして。手を下ろす。

 

「それを何万戦も繰り返した」

 

「…………」

 

誰も口を挟まなかった。

 

「撃ち合いに負けた。間合いを読み違えた。敵の武器を見誤った。グレネードの位置を見落とした。狙撃手の射線に入った。背後を取られた。ノヴァボムを使うタイミングを間違えた」

 

クロウは淡々と並べていく。

 

「その度に死んで、その度に修正した」

 

咲夜の脳裏へ、自分との戦いが再び蘇る。

最初に投げたナイフ。

次に投げた時には、もう同じ避け方をしなかった。

時間を止める前の僅かな動き。

間合いを変えれば、ガーディアンも武器を変える。

こちらが戦い方を変える度に、相手も変わる。

 

(……なるほど)

 

今なら分かる。

あれは。

この短い模擬戦の中で突然身についたものではない。

何千回。

何万回。

同じことを繰り返してきた結果なのだ。

未知の攻撃を受ける。

失敗する。

死ぬ。

覚える。

次へ活かす。

その工程そのものが、彼にとっては日常になっている。

 

「だから」

 

クロウが言った。

 

「今のこいつを見て『天才だから』で片付けるのは、少し違うと思う」

 

ガーディアンが僅かにクロウを見る。

 

「才能がないとは言わない。むしろかなり恵まれている方だろう」

 

そこでクロウは、少し笑った。

 

「だが、その才能の上に積み上がってる経験の量が異常なんだ」

 

「……それを何万戦」

 

文が改めて呟く。

手帳に書かれたその数字を見下ろす。

先ほどまでは、ただ途方もなく大きな数字にしか見えなかった。

だが今は。

その一戦一戦の中に。

撃ち合いがあり。

敗北があり。

死があり。

そこから得た経験がある。

そう考えると、その数字の意味がまるで違って見えた。

咲夜もまた、静かにガーディアンを見つめていた。

 

(最初から強かったんじゃない)

 

何度も負けた。

何度も殺された。

そのたびに、自分の失敗を削っていった。

そうして。

今の戦い方になった。

 

「……随分と泥臭いんですね」

 

咲夜がぽつりと言った。ガーディアンが彼女を見る。

 

「もっとこう……あなた達の力を見ていると、特別な力に選ばれた者は最初から何でもできるものだと思っていました」

 

「いや違うな、咲夜ちゃん」

 

ケイドが笑った。

 

「俺達だって最初はド素人だ」

 

「私達はガーディアンとして蘇生された時、自分が誰だったのかすら分からないまま、過酷な世界に放り出される」

 

イコラも静かに補足する。

 

「戦い方も、武器の扱いも、光の制御も。結局は一つずつ覚えていくしかない」

 

「ただし」

 

ケイドが人差し指を立てる。

 

「普通の奴と一つだけ決定的に違うところがある」

 

霊夢が嫌そうな顔をする。

 

「……条件が揃っているうちは、死んでもやり直せる?」

 

「正解」

 

「嬉しくない正解ね」 

 

ケイドは肩を竦めた。

 

「でも、それがでかいんだよ」

 

彼の視線がガーディアンへ向く。

 

「普通なら一回やらかしたらそこで人生終了だ。でも俺達は違う」

 

軽く胸を叩く。

 

「失敗して死んでも――」

 

口元を吊り上げた。

 

「次がある」

 

その言葉に幻想郷側の面々は、何とも言えない表情を浮かべた。

 

「普通、それだけやられたら対人戦は嫌になるヤツはたくさんいる」

 

「……でしょうね」

 

ケイドがそう言うと霊夢はうんうん頷いた。しかし、

 

「だが、こいつの場合は嫌がるどころか狂ったように毎日行くようになった」

 

「………………………………」

 

「相棒は見かけによらずかなりの負けず嫌いでな」

 

「……彼がですか?」

 

咲夜が意外そうに見る。

 

「ああ。負けっぱなしで終わるのが我慢できなかったらしい。次は勝つ、今度こそ倒すって意地になって何度もクルーシブルへ通った」

 

「なるほどね」

 

霊夢が納得しかけた、その時だった。

 

「で、気付いた頃には毎日行くようになってた」

 

「…………」

 

「負けず嫌いで意地になって通ってるうちに、完全にクルーシブルに脳を焼かれたってわけだ」

 

「台無しじゃない!」

 

霊夢の突っ込みが庭園に響いた。

当のガーディアンは、何を言われているのか分かっていないように僅かに首を傾げていた。

ケイドはさらに続ける。

 

「つまりガーディアンは、コンマ何秒という単位で『殺るか、殺られるか』という経験を、それこそほとんど際限なく積んでいるんだ」

 

その言葉に、美鈴の表情が僅かに強張った。

 

「……だから」

 

ケイドはガーディアンへ視線を戻す。

 

「迷いが全くない」

 

誰も口を挟まない。

 

「撃てると思った瞬間には、もう撃っている。相手が逃げる方向を見た瞬間には、その先へどう追い込むかを考えている。普通なら『どうしよう』と考えるところで、あいつはもう次の動作へ入っている」

 

ケイドが横から頷く。

 

「クルーシブルはあくまで競技、俺達ガーディアンは本業は兵士だ。ハイヴみたいに遠い宇宙からやってきた侵略者と戦って、何度も被弾し、倒れ、ゴーストに起こしてもらう――そういうことを何年も何年も繰り返してるとな」

 

そこで、彼はわざと少しだけ軽い調子に戻した。

 

「死ぬってこと自体に、だんだん麻痺してくる」

 

「…………」

 

その言葉に、霊夢が改めてケイド達を見回した。

先ほどまでなら、その発言を単なる異常者の戯言として聞き流していたかもしれない。

しかし今は違う。

クロウが黒焦げになって死に、そして何事もなかったように蘇るところを見た後なのだ。

そこで霊夢は、ふと別の疑問を抱いた。

 

「そういえば――」

 

「ん?」

 

ケイドが見る。

 

「あんた達って……いつからそんな戦いしてるの?」

 

「いつから?」

 

ケイドは一瞬だけ目を瞬かせた後、何でもないことのように答えた。

 

「さっきから何回も言ってなかったか?何百年も前からだぞ」

 

「…………」

 

庭園が静まり返った。

 

「…………は?」

 

霊夢の声が、妙に低く響く。

 

「何百年?」

 

魔理沙も聞き返す。

 

「ああ」

 

「それってつまり……お前ら自身が?」

 

「そうだが?」

 

「…………」

 

ケイドのあまりにも平然とした返答に、幻想郷側の誰もが言葉を失った。

霊夢も。

魔理沙も。

咲夜も。

美鈴も。

小悪魔も。

パチュリーも。

チルノ、大妖精、ルーミア、妖精メイド達。

そしてレミリア。

フランドール以外の全員が、ただ呆然とケイドを見ている。

 

その沈黙を、イコラが淡々と引き継いだ。

 

「今、幻想郷に来ているメンバーだと私とケイド、それから今どこにいるかは分からないザヴァラは、少なくともガーディアンとして転生してからは、かれこれ数百年は戦い続けている。私達の世界だとさらにいるわね」

 

「…………」

 

さらに沈黙。

 

「任務ばかりというわけではないけれど」

 

イコラは少しだけ言葉を選んだ。

 

「戦闘という意味では、ほぼ毎日のように何らかの敵と戦ってきたと言っても、そこまで大袈裟ではないわね」

 

「…………」

 

――数秒。

誰も声を出さなかった。そして。

 

 

「はああああああああああああああああっっ!!?」

 

 

庭園中へ絶叫が響いた。

 

「す、数百年!?」

 

霊夢が目を剥く。

 

「ほぼ毎日!?」

 

魔理沙も叫ぶ。

 

「あなた達、一体いくつなのよ!?」

 

ついにはレミリアまで身を乗り出した。

 

「年齢を聞くのは失礼だぜ、お嬢様」

 

「そういう話じゃない!」

 

「分かってるって」

 

ケイドは肩を竦めながら笑い、クロウは苦笑する。

その様子を横目に、イコラはさらに補足する。

 

「もっとも、全員が同じ時期に蘇生されたわけではないわ。ガーディアンが目覚めるためにはパートナーのゴーストが運良く見つけてくれないといけないからね」

 

するとケイドがガーディアンの方を見る。

 

「そういや相棒は、ガーディアンとして目覚めてから十数年くらいだったっけ?」

 

ガーディアンの隣に浮かぶゴーストが小さく上下した。

 

「はい。それで合っていますね」

 

「十数年……」

 

咲夜が思わず呟く。普通なら、それだけでも十分長い。

だが数百年という数字を先に聞いてしまったせいで、妙に短く聞こえてしまう。

 

「私はもっと短い」

 

今度はクロウが口を開いた。

 

「ガーディアンとして目覚めてから数年程度だ。ケイド達と比べれば、まだまだ新米の部類だな」

 

「数年であれかよ……」

 

魔理沙が、つい先ほど黒焦げになっていたクロウを見ながら呟く。

 

「まあ、色々あったからな」

 

「色々で済ませるな」

 

魔理沙は半ば呆れた顔で言い返した後、改めてケイド達を見る。

 

「じゃあさ……」

 

声が少しだけ低くなる。

 

「お前らはガーディアンとして生まれ変わってからずっと戦って、死んで、生き返って、また戦って……それを何百年もずっと繰り返してきたってことか?」

 

ケイドは肩をすくめる苦笑する。

 

「大正解」

 

 

幻想郷側の面々は、またしても声を失った。そして全員の胸中へ、ほとんど同時に同じ感想が浮かぶ。

 

 

(そりゃあ神経おかしくなるはずだわ……)

 

 

何百年。

撃って。

撃たれて。

殺して。

殺されて。

蘇って。

また戦う。

それを何度繰り返してきたのか、想像することすら難しかった。

 

「そっちばかり驚いているが、そういうお前らだってこの世界に神やらなんやらいるんなら俺達と同じかそれ以上の年月を生きてる奴らもいるんだろ?」

 

ケイドがそう言うと、先ほどまで呆然としていた幻想郷側の面々が、わずかに顔を見合わせた。

 

「……まあ」

 

最初に答えたのは霊夢だった。

 

「いるわね」

 

「ほらな」

 

ケイドが得意げに指を立てる。

 

「じゃあ別に俺達だけが特別ってわけでもないだろ?」

 

「いや、そこじゃないぜ」

 

魔理沙が即座に遮った。

 

「ん?」

 

「生きてる年月の話じゃない」

 

魔理沙は半眼になりながら、ケイドを指差す。

 

「何百年生きてる奴がいるってのは、幻想郷じゃ別にそこまで珍しくない。妖怪とか妖精とか神様とか、長生きな奴ならいくらでもいる。紅妹や輝夜みたいにお前らみたいに不老不死になった奴らもいるし、幽霊だっている」

 

「でしょうね」

 

イコラが頷いた。幻想郷という土地をわずかな時間とはいえ見てきた今なら、それ自体はそれほど驚く話でもない。だが。

 

「でもな」

 

魔理沙が続ける。

 

「そいつらが何百年間、ほぼ毎日戦場に出て、殺されて、生き返って、また殺し合ってるわけじゃないんだよ」

 

「…………あー」

 

ケイドの声が少しだけ弱くなった。

 

「……そっちか」

 

「そっちだよ」

 

即答だった。すると、それまで黙っていたレミリアも腕を組む。

 

「少なくとも私は、長く生きているからといって毎日のように命の奪い合いをしてきたわけではないわ」

 

「お嬢様はどちらかと言えば毎日紅茶を飲んでいますね」

 

咲夜がさらりと言う。

 

「咲夜」

 

「事実ですので」

 

「今それを言う必要ある?」

 

「空気を和らげようかと」

 

「余計よ」

 

わずかに庭園の空気が緩んだ。だがレミリアはすぐに表情を戻し、ケイド達を見る。

 

「確かに妖怪は人間より遥かに長く生きるし妖精や幽霊は不死に近い存在。そして八坂加奈子や洩矢諏訪子みたいな神々、八意永琳などの月の民ならそれこそ人間とは比較にならない太古から存在している者もいるでしょうね」

 

そこで一度、ガーディアンを見る。

 

「でも、あなた達の話はそういう『長命』とは別物よ」

 

「別物?」

 

クロウが聞き返した。

 

「ええ」

 

レミリアは頷く。

 

「長く生きた結果として、多くの戦いを経験した――という話なら分かるわ」

 

紅い瞳が細められる。

 

「あなた達は逆でしょう?」

 

その言葉に、イコラが僅かに眉を動かした。

 

「……というと?」

 

「戦い続けた結果、何百年という時間が過ぎていた」

 

レミリアの言葉に、一瞬だけ誰も声を発さなかった。

 

「…………」

 

ケイドの表情から、僅かに笑みが消える。

レミリアは続けた。

 

「戦争があった。少し平和な時期があった。また戦争が起きた――そういう話じゃない」

 

彼女の視線が、ケイドからイコラ、クロウ、そしてガーディアンへと順番に移っていく。

 

「何百年という人生そのものが、戦うことと切り離せなくなっている」

 

「…………」

 

「私達とは、そこが違うわ」

 

庭園へ、再び静かな沈黙が落ちた。

先ほどまでなら、ケイドがまた軽口の一つでも叩いていただろう。

だが今回は、珍しく何も言わなかった。

代わりに答えたのはイコラだった。

 

「……そうね」

 

静かな声だった。

 

「その認識は、たぶん正しいわ」

 

魔理沙が腕を組みながら首を傾げる。

 

「そもそもさ。何百年も生きてるのは分かったけど、その間ずっと敵がいたのか?」

 

「いた」

 

イコラは即答した。あまりにも迷いのない返答だった。

 

「…………」

 

「人類の敵は、一つではないから」

 

彼女は淡々と続ける。

 

「フォールン――今は『エリクスニー』と呼ぶべきだけれど、昨日戦ったハイヴ、カバル、ベックス、宿られた兵、スコーン、そして目撃者と、その配下のドレッド」

 

幻想郷側の面々が黙って耳を傾ける。

 

「一つの脅威を退けても次の脅威が現れた。あるいは、同時に複数の敵を相手にすることもあった」

 

「……休む暇ないじゃない」

 

霊夢が呟いた。

 

「全くなかったわけではないわ」

 

「あるにはあったんだな」

 

「ええ」

 

イコラはそこで一拍置いた。

 

「次の緊急事態が起きるまでの間は」

 

「それ休みって言わないだろ」

 

魔理沙が即座に突っ込んだ。ケイドが横で小さく吹き出す。

 

「まあ、俺達も同じこと言ってたけどな」

 

「笑い事じゃないでしょうが」

 

霊夢が睨む。その一方で、パチュリーは先ほどから黙ったまま考え込んでいた。やがて、ゆっくりと口を開く。

 

「……一つ気になったのだけれど」 

 

「何かしら?」

 

イコラが彼女を見る。

 

「あなた達が死を恐れなくなっているのは、単純に長く生きているからではないのね」

 

その言葉に、今度はクロウが反応した。

 

「そうだな」

 

「死そのものを、繰り返し経験しているから」

 

「……ああ」

 

クロウは短く答える。

パチュリーはガーディアンを見る。

庭園の中央では、当の本人が何事もなかったかのように武器を確認している。

つい先ほどクロウを焼き殺した男とは思えないほど、普段通りの仕草だった。

 

「普通の生物にとって、死は一度しか経験できないものよ」

 

パチュリーが言う。

 

「だから死は未知であり、恐怖になる」

 

ページをめくるような仕草で指先を動かす。

 

「けれどあなた達は違う」

 

視線がゴーストへ移った。

 

「死んでも戻ってくる」

 

ゴーストが僅かに浮かび上がる。

 

「はい」

 

「一度ではなく?」

 

「ええ」

 

「何十回?」

 

「それ以上ですね」

 

「何百?」

 

ゴーストが少し沈黙した。

 

「人によります」

 

「…………」

 

パチュリーの眉が僅かに寄った。

 

「質問を変えるわ」

 

――そして。

 

「ガーディアンは、今まで何回死んだの?」

 

ゴーストが止まった。

ガーディアンも止まった。

イコラが目を閉じた。

クロウは視線を逸らした。

ケイドは天を仰いだ。

 

「…………」

 

その反応を見て。咲夜の頬が僅かに引きつる。

 

「……まさか」

 

ケイドが頭を掻く。

 

「いやあ……」

 

「何よ」

 

霊夢が嫌な予感を覚えながら聞く。

 

「その手のことって、いちいち数えねえんだよな」

 

「…………は?」

 

「数えてない」

 

「死んだ回数を!?」

 

「途中からどうでもよくなるんだって」

 

「どうでもよくなるな!!」

 

霊夢の怒声が庭園に響いた。

 

「死ぬのよ!?」

 

「知ってる知ってる」

 

「軽い!!」

 

魔理沙まで頭を抱える。

 

「もう感覚がおかしいとかいう次元じゃないぜ……」

 

するとクロウが、どこか遠い目をしながら付け加えた。

 

「一日に何度も死ぬこともあるからな」

 

「言わなくていい!」

 

霊夢が即座に叫ぶ。

 

「なんで情報を追加するのよ!」

 

「事実だから……」

 

「事実なら何でも言えばいいってもんじゃないわよ!」

 

横で文がもの凄い勢いで筆を走らせている。

 

『異世界の不死者、一日の死亡回数を数えていない』

 

「文」

 

霊夢の低い声が飛ぶ。

 

「はい?」

 

「その記事出したらぶっ殺すわよ」

 

「横暴です!?」

 

そんな騒ぎの中。

咲夜だけは、再びガーディアンを見ていた。

何万という対人戦。

数え切れないほどの死。

死ぬたびに失敗を修正し、次は同じ方法では殺されないようにする。

そしてまた別の方法で殺される。

それを何度も何度も繰り返す。

 

――先ほどの自分との戦い。

 

何故、同じ攻撃が二度通じにくかったのか、何故、こちらがほんの僅かに動いた瞬間、既に相手が次の行動へ移っていたのかようやく理解できた気がした。

 

あれは才能だけではない。

反射神経だけでもない。

ましてや、特殊な能力だけでもない。

途方もない回数。

殺して。

殺され。

学び。

修正し、再び戦場へ戻る。

その積み重ねが、あの一切の迷いのない動きを作っている。

 

(……なるほど)

 

咲夜は小さく息を吐いた。

 

(私が相手にしていたのは――)

 

一人の戦士。

そういう言葉だけでは、足りないのかもしれない。

何万という戦いと数え切れない死の経験。

その全てが積み重なった存在。

だからこそ、撃つ瞬間に迷わない。

避ける瞬間に考えない。

殺されることさえ、恐れて動きを鈍らせない。

 

(……厄介なわけね)

 

そこで、ふとガーディアンがこちらを向いた。

 

「…………」

 

するとガーディアンは。

軽く親指を立てた。

 

「…………」

 

咲夜も無言で見返す。数秒後。

 

「……本当に普段はこれなのね」

 

思わず漏れた言葉にケイドがふと咲夜へ視線を向ける。

 

「あと――」

 

「?」

 

咲夜が顔を上げる。

 

「一つだけ言っておきたいんだが、咲夜ちゃん」

 

「何でしょう?」

 

「さっきまでの話を聞いて、自分が弱かったから相棒に手加減されたとか思うなよ?」

 

「…………」

 

咲夜の瞳が僅かに揺れた。

どうやら。

少しはそう思っていたらしい。

ケイドはそんな彼女の反応を見ながら、真面目な口調で続ける。

 

「実際に戦いを見ていて分かった。咲夜ちゃんはレミリアお嬢様の言う通り、かなりの実力者だ」

 

クロウも頷いた。

 

「私も同意する。動きも速いし、ナイフの精度も高い。それに、戦いながら相手の癖を見抜いて攻撃方法を変える判断力も相当なものだ」

 

ケイドはさらに一本の指を立てる。

 

「しかも、時間を止める」

 

その一言にガーディアンも咲夜を見る。

 

「はっきり言うが、時間停止なんて芸当は俺達ガーディアンにだってできねえよ」

 

「……あなた達にも?」

 

咲夜が思わず聞き返す。

 

「ああ」

 

ケイドは即答した。

 

「少なくとも、俺達が普段使ってる光や暗黒の能力にそんなものはない。もし最初から時間を止められて、そのまま一方的に攻撃されてたら――相棒でも為す術なくやられてた可能性は十分ある」

 

クロウも真面目な顔で付け加える。

 

「事前に能力を知らなければ、なおさらだ。時間そのものを完全に止められれば、こちらがどれだけ反応速度を鍛えていても関係ない」

 

ガーディアン本人もこくりと素直に頷いた。

 

「…………」

 

咲夜は少しだけ意外そうに彼を見る。

先ほどのクロウ戦を見た後では、この男にもどうにもならない能力があるという事実の方が驚きだった。そこでイコラが静かに口を開く。

 

「それに、咲夜だけではないわ」

 

その視線がレミリアへ向いた。

 

「彼女ほどの実力者が従っているレミリア嬢」

 

次いでその隣に座る少女へ。

 

「そして、その妹さん」

 

「あたし?」

 

フランドールが、自分の顔を指差した。

 

「ええ」

 

イコラは迷いなく頷いた。

 

「昨日の戦闘で、あなたの力は嫌というほど見せてもらったわ」

 

「そう?」

 

フランドールは特に自覚がないらしく、きょとんとしている。

 

「あれだけのハイヴの部隊を一瞬で壊滅させた。それだけでも十分異常よ」

 

イコラの言葉に、霊夢と魔理沙も昨日の光景を思い出したらしく苦笑する。

 

「それに」

 

イコラは続ける。

 

「アラークハルを相手に、一対一で立ち向かい、簡単に追い詰めていた」

 

「…………」

 

昨日、紅魔館の庭園へ現れた光の刃、アラークハル。

ガーディアン達ですら警戒していた存在を、フランドールは真正面から相手取り、それでもなお押し負けてはいなかった。

 

「あれほどの敵を単独で押し込める時点で、少なくとも私達の基準では尋常ではないわ」

 

「えへへ」

 

褒められていると理解したのか、フランドールが嬉しそうに笑う。レミリアが少し得意げに胸を張った。

 

「当然でしょう。私の妹だもの」

 

「お嬢様もかなり凄かったですよ」

 

美鈴が横から言う。

 

「当たり前よ」

 

即答だった。そんなやり取りを横目に、イコラはさらに幻想郷の面々へ視線を巡らせていく。

 

「それに霊夢や魔理沙もそう。チルノ達妖精も妖怪も、自力で自由に空を飛べる者が珍しくない。それだけではなく、個々が特殊な能力を持ち、私達より遥かに広範囲へ高火力の攻撃を放てる者までいる」

 

「ふふん!」

 

チルノが胸を張る。

 

「あたいは最強だからね!」

 

「今は静かにしてなさい」

 

霊夢が即座に言う。

 

「なんでよ!」

 

「話が進まないからよ!」

 

「むー!」

 

イコラはそんな二人を見て僅かに口元を緩めた後、再び真面目な顔へ戻った。

 

「私達の推測では推し量れない存在ばかりだわ」

 

一拍。

 

「言い方は悪いけど……この世界は、どうやら相当な人外魔境のようね」

 

「人外魔境って……」

 

魔理沙が引きつった笑みを浮かべる。

 

「間違ってはいないでしょう」

 

パチュリーはあっさり認めた。

 

「否定してくれよ」

 

「事実だもの」

 

「そーなのかー?」

 

ルーミアが横から首を傾げる。霊夢は彼女へじとっとした目を向けた。

 

「あんたみたいなのが普通にその辺を飛んでる時点で説得力あるわよ」

 

「そーなのかー」

 

ルーミアはそれ以上気にしなかった。

そしてイコラは続ける。

 

「ここまで規格外の能力を持つ者が揃っているなら、私達ガーディアンでも一人ではもはや太刀打ちできないわ」

 

「案外素直に認めるのね?」

 

レミリアが少し意外そうに笑う。

 

「もっと『ガーディアンはどんな敵にも負けない』くらい言うのかと思ったわ」

 

「事実を認められないほど馬鹿じゃないもの」

 

イコラは平然と答えた。

 

「私達の世界でも同じよ。ガーディアンとて万能ではない。一人ではどう足掻いても倒せない敵など、数え切れないほど存在する」

 

「では、どうするんですか?」

 

美鈴が尋ねる。

 

「だからガーディアン同士で協力、連携する」

 

イコラの答えは簡潔だった。

 

「私達は複数のガーディアンが互いの能力や装備を補い合い、一人では倒せない敵を連携して挑むの。私達はそれを『ファイアチーム』と呼ぶ」

 

「ファイアチーム……なんかカッコいいな」

 

「要するに、仲間を組んで戦うってことね」

 

霊夢が言う。

 

「大雑把に言えばそう」

 

イコラが頷く。

 

「お、そうだっ」

 

するとケイドが何かを思い出したように、ぱん、と手を叩いた。

 

「ファイアチームで思い出した」

 

「嫌な予感しかしないわ」

 

イコラが即座に呟く。

 

「今からは真面目な話だ」

 

ケイドは軽く肩を竦めてから、霊夢達へ顔を向けた。

 

「俺達が普段どんな相手と戦ってるか、そのいい例がある」

 

「まだあるの?」

 

霊夢が少し疲れた顔をする。

 

「あるある」

 

ケイドはガーディアンを親指で示した。

 

「試合前に、俺が相棒のことを『神殺し』って言ったの覚えてるか?」

 

「……ああっ」

 

魔理沙が頷く。

 

「覚えてるわよ」

 

霊夢も続ける。

 

「でも別に、相棒一人で神様を片っ端から殺して回ってきたって意味じゃない」

 

「そんな奴だったらさすがに引くわよ」

 

霊夢が言う。

 

「もう十分引いてるけどな」

 

魔理沙が付け足した。

 

「否定できねえ」

 

ケイドは苦笑すると、少しだけ表情を引き締めた。

 

「俺達が戦ってきた相手の一人に、オリックスって奴がいる」

 

その名前を聞いた瞬間。霊夢が眉を寄せる。

 

「オリックス……?」

 

少し考え。

 

「あっ」

 

思い出した。

 

「昨日、あのハイヴのデカい奴が出てきた時に、ゴーストが言ってた名前じゃない?」

 

「そうだ」

 

今度はクロウが答えた。

 

「宿りの王オリックス。ハイヴの主神の一柱だ」

 

「主神……」

 

パチュリーが僅かに目を細める。

 

「そのオリックスには、妹が二人いる」

 

クロウが一本指を立てた。

 

「サバスン、そして」

 

次いで二本目。

 

「シヴ・アラス」

 

霊夢と魔理沙が揃って目を見開く。

 

「あ……」

 

「例の奴ら」

 

二人が同時に呟いた。

 

「そうそう」

 

ケイドが指を鳴らす。

 

「やっと話が繋がったな」

 

「三兄妹ってこと?」

 

魔理沙が尋ねる。

 

「ああ」

 

ケイドは頷く。

 

「まあ神っていうより、俺達人類からすれば邪神そのものだけどな――」

 

一瞬、その表情から笑みが消える。

 

「そのオリックスが、俺達のいる太陽系へ全力で攻めてきたことがあった」

 

「太陽系?」

 

霊夢が首を傾げる。

 

「簡単に言えば無限大な宇宙の辺境の、太陽を中心とした俺達の世界の宇宙だ」

 

「神なのに……」

 

霊夢はどこか腑に落ちない顔をした。

 

「なんでわざわざそんな遠くまで攻めてきたの?」

 

「ああ」

 

ケイドは平然と答えた。

 

「俺達ガーディアンが、奴の息子を殺したからだ」

 

「…………」

 

またしても庭園の空気が止まった。

 

「神の……」

 

魔理沙が聞き返す。

 

「息子を殺した?」

 

「ああ」

 

全員の視線が、一斉にケイド達へ向けられた。

そして数秒後。霊夢が、心底呆れたような表情で言う。

 

「……いやそれ、あんた達が悪いんじゃないの?」

 

「違う違う違う!」

 

ケイドがすぐさま両手を振った。

 

「そこだけ切り取ると完全に俺達が悪者だけど、順番が逆だ」

 

「どう逆なのよ?」

 

「息子の名はクロタ」

 

ケイドの顔から、今度こそ完全に冗談の色が消えた。

 

「オリックスの実の息子だ。親父と同じハイヴの神格で、名前負けしない化け物だった」

 

「そんな奴を殺したのか?」

 

魔理沙が尋ねる。

 

「ああ」

 

ケイドは頷く。

 

「だが、理由がある」

 

そして静かに続ける。

 

「この世界にも月はあるだろ?」

 

「あるわね」

 

「クロタは大軍を率いて俺達の世界の月を占拠した」

 

「えっ……?」

 

文の筆が再び動き始める。

 

「そして月を前線基地にして地球を制圧するために侵攻してきた。奴の軍との戦いで、ガーディアンも大勢死んだ」

 

「…………」

 

ケイドの声が低くなる。

 

「本当に死んだ奴もだ」

 

霊夢の表情が僅かに強張った。

 

「ゴーストごと?」

 

「ああ」

 

「…………」

 

「放っておけば地球そのものが滅ぼされてもおかしくなかった」

 

「だから――」

 

咲夜が静かに口を開く。

 

「あなた達が息子を討った」

 

「そういうことだ」

 

ケイドが頷く。するとその横でイコラの表情が僅かに曇った。

 

「それだけではないわ」

 

全員の視線が彼女へ向いた。

 

「ハイヴは、ただ敵を殺すだけではない」

 

その声音がほんの少しだけ低くなっていた。

 

「捕らえた相手を利用することもある」

 

「利用……?」

 

美鈴が嫌そうな予感を覚えながら聞き返す。

イコラは僅かに視線を伏せた。

 

「私の仲間だったガーディアンも一人が――ハイヴに捕らえられた」

 

庭園が静まり返る。

 

「そして」

 

一拍。

 

「実験台にされた」

 

「実験台?」

 

「ええ……」

 

大妖精が思わず口元を押さえる。霊夢も、先ほどまでの呆れた表情を消した。

 

「そんな酷いこと……も」

 

「ええ」

 

イコラの声は静かだった。

 

「救出は間に合わなかった」

 

そして、ほんの僅かに言葉を詰まらせてから続ける。

 

「彼は――二度と元の姿では帰ってこなかったわ」

 

「…………」

 

誰も言葉を発さなかった。

先ほどまでの騒がしさが嘘のように消えている。

その場にいる全員がただイコラを見つめていた。

 

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