東方天命録~The Final Shape Begins~ 作:はならむ
「と、まあ……トルンにしてもゼノファジにしても、これでハイヴって連中がどれだけ胸糞悪くて、どれだけヤバい奴らなのかは分かっただろ?」
「……もう嫌というほどわかったわ」
霊夢が即答した。
「というか、もう十分よ。銃の中に元人間が入ってるなんて話、今日一日で聞く情報じゃないでしょうが」
「そこは俺に言うな。教材にしたのは相棒だ」
ケイドが親指でガーディアンを指差すと、当の本人はまた得意げに親指を立てた。
「そこで誇らしげにしないで!」
霊夢の怒声が飛ぶ。ガーディアンは何故叱られたのか分からないらしく、こてん、と首を傾げた。
その姿を見ていたイコラが深々と息を吐き、「後であなたにも話があります」と冷たく告げる。ガーディアンの親指が静かに下がった。
そのやり取りにケイドが吹き出しかけたが、イコラの視線が即座に飛んできたため、慌てて咳払いで誤魔化した。
「……まあ、とにかくだ」
今度は少し真面目な声音へ戻り、ケイドは霊夢達へ向き直る。
「クロタが月で何をやったか、ハイヴが捕虜に何をするか、それからトルンみたいな武器がどういう経緯で生まれたか。そこまで聞きゃ、俺達がなんで奴らを放っておかなかったのかは分かるだろ?」
魔理沙が腕を組んだ。
「まあ、それはな。あたし達だって、そんな連中が幻想郷の月に巣食って人里まで攻めようとしてたら、黙って見てるわけにはいかないぜ」
「てかそもそも月人が黙っちゃいないでしょ」
「とんでもない宇宙戦争になりそうだな……」
想像しただけで頭が痛くなる霊夢達だった。
「そういうことだ。だから俺達は使える戦力をかき集めて、月に巣食ってた奴らを潰して、最後にはクロタ本人まで討った」
そこでケイドはわずかに肩を竦めた。
「で、それを知った父親がカンカンになってその太陽系にまで殴り込んできた、と」
「言い方だけ聞くと、やっぱりあんた達が息子を殺したせいに聞こえるのよね……」
霊夢が半眼になる。
「だから順番が逆だって言ってるだろ。先に地球を滅ぼそうとしてきたのは向こうだ」
「分かってるわよ。ただ、家族の復讐だけ聞けば妙に人間臭いなと思っただけ」
「そこも人間と同じ感覚で考えると、少しずれるわ」
イコラが静かに割って入った。霊夢がそちらを見る。
「ハイヴには、彼らの社会そのものを支配している思想がある。私達は一般に『剣の論理』と呼んでいるわ」
「剣の論理?」
パチュリーが興味を示すように眉を上げた。
「名前だけなら、戦士の心得みたいに聞こえるわね」
「実際はもっと極端よ」
イコラは腕を組みながら続ける。
「簡単に言えば、存在する価値は力によって証明される。戦い、生き残り、より弱い存在を殺すことで、自分こそが存在するに値すると示す。逆に滅ぼされたなら、その者は存在する資格がなかった――彼らはそう考える」
「……随分と身勝手な理屈ですね」
咲夜が不快そうに眉を寄せる。
「そうね。しかも問題なのは、それを自分達だけの思想として終わらせないことよ」
イコラの視線が鋭くなる。
「ハイヴは、自分達の考えを宇宙そのものの真理だと信じて疑わない。そして他の種族にも、その理屈を一方的に押し付ける」
「押し付けるって……どうやって?」
大妖精がおそるおそる尋ねる。イコラは一瞬だけ彼女へ視線を向け、少し声音を柔らかくした。
「戦争よ。抵抗できれば生き残る資格がある。できなければ滅びる。それを何千年、何万年……いや太古の時代という規模で繰り返してきた」
その説明を聞きながら、魔理沙が少し考えるように顎へ手を当てた。
「……でもよ」
ケイドが嫌な予感でも覚えたのか、片眉を上げる。
「何だ?」
「そこだけ聞いたらさ」
魔理沙はケイド、クロウ、そしてガーディアンへ順番に視線を向けた。
「さっきのクルーシブルと大して変わらなくないか?」
一瞬、庭園の空気が止まった。
「…………何だと?」
ケイドの声が低くなる。
「あ、いや。全部同じとは言ってないぜ?」
魔理沙は慌てて片手を振る。
「ただ、強くなるために仲間同士で戦って、殺されて、また立ち上がって、それを繰り返すって部分だけ抜き出したら似てるなって――」
「おい魔理沙!」
ケイドが一歩前へ出た。普段なら冗談交じりに返すところだったが、今度ばかりは表情が真剣だった。
「俺達をあんなクズどもと一緒にするんじゃねえ」
「…………」
「確かに一見やってることは似てるさ。俺達も仲間同士で銃を撃ち合う。能力も使う。結果として誰かが死ぬ。それでもゴーストが起こして、また戦う」
ケイドは自分からそこを否定しなかった。
「だが、クルーシブルは俺達ガーディアンの中だけで完結してる。参加する奴は何をされるのか分かってるし、それを了承した上で自分から入っていく。嫌なら行かなきゃいい。それで終わりだ」
「……まあ、そうだな」
魔理沙が小さく頷く。
「それに俺達は、お前らに『俺達がこんなにも素晴らしい殺し合いやってんだから、お前らもやってみろ』なんて押し付ける気は一切ねえ。むしろやめとけって言うくらいだ」
「それはさっき散々分かったわ」
霊夢が呆れたように言う。
「一回見ただけで十分よ」
「だろ?だがあいつらは違う」
そこでケイドの声がまた低くなった。イコラがその続きを引き取る。
「さっきも言った通り、彼らは自分達以外の種族にも同じ法則を適用する。『力で証明できないなら滅びても当然だ』と本気で考える」
パチュリーが目を細めた。
「つまり、自分達が殺し合うだけでは満足せず、宇宙中の種族をその思想へ巻き込むわけね」
「そう」
イコラは頷いた。
「そこが、私達とは決定的に違う」
魔理沙は腕を組んだまま、しばらく黙っていた。それから小さく息を吐く。
「……なるほどな。悪かったよ、ケイド。そこまで一緒にしたつもりはなかったんだ」
「分かりゃいい」
ケイドもそれ以上は責めず、肩の力を抜いた。するとクロウが静かに話を続けた。
「何にしても、ハイヴが強大な種族であることは間違いない」
「昨日見ただけでも十分分かったけどね」
霊夢が言う。
「あれでもごく一部だ」
「…………昨日イコラも言ってたけどまだまだあいつらがくるかもしれないと考えると吐き気がするわね」
霊夢が顔をしかめる。クロウは僅かに苦笑しながらも続ける。
「我々の敵対勢力にカバルという種族がいるのは何回も聞いているだろう」
「ええ」
「かつては人類と敵対していた、巨大な軍事帝国だ。銀河の広範囲に軍を展開できるほどの力を持っていた」
「銀河って……」
「太陽系なんかよりさらにずっと途方もないくらい広大な宇宙のことだ」
美鈴が呆れたように言う。
「それってかなり大きな国……というより、もう星の国みたいなものですよね?」
「大体そんな認識でいい」
「そんな奴らも敵だったの?」
「その辺は割愛するが、今はカイアトルというカバルの女帝が率いる勢力と同盟関係に近い」
「敵と仲間になったのか?」
魔理沙が興味深そうに尋ねる。
「色々あった」
「その『色々あった』で済ませる癖、便利すぎない?」
霊夢が突っ込む。クロウが少し困ったように笑った。
「全部話せば本当に時間が物凄くかかるからな」
「もう何度目よそれ」
「残念ながら本当だ」
ケイドが横から言う。クロウは話を戻した。
「そのカバルですら、ハイヴに星を侵略されて滅ぼされた」
「……え?」
レミリアが椅子の背から身体を起こした。
「つまり、そのカバルという強大な種族の本拠地にハイヴが攻め込んだってこと?」
「ああ、トロバトルという母星だ」
「そんな宇宙全域に軍隊を送り出せるような種族の故郷を……ハイヴが滅ぼしたの?」
咲夜の表情が険しくなる。
「正確には、先ほど名前を出したシヴ・アラスの軍勢だ」
その名前へ反応し、パチュリーが問いかける。
「……そのシヴ・アラスとはどういう者なのか教えていただけないかしら?」
イコラが頷いた。
「……もう無関係というわけにもいかないし、構わないわ」
彼女は一度考えるように間を置いてから、静かに言った。
「シヴ・アラスは戦争と破壊を司るハイヴの女神。言ってしまえば、ハイヴの思想そのものを最も分かりやすく体現した存在の一人よ」
「戦争、破壊を司る……」
レミリアが小さく繰り返す。
「つまり、戦うこと自体が得意ということ?」
「それだけなら、まだ対処しやすかったでしょうね」
イコラの答えに、レミリアの笑みが僅かに消える。
「シヴ・アラスにとって、戦争そのものが力になり得る。争いが長引き、殺し合いが激しくなればなるほど、それ自体が彼女を利することがある」
「…………待って」
パチュリーが顔をしかめた。
「だったら、シヴ・アラスを倒すために大軍で戦争を仕掛ければ――」
「その戦争そのものが彼女への供物になる可能性がある」
「最悪じゃない」
「ええ。ただ以前ほど絶対的ではない。それでも、彼女の得意な形で戦争を長引かせるのは愚策よ」
イコラは淡々と答えた。魔理沙も嫌そうに顔を引きつらせる。
「戦うほど強くなる奴とどうやって戦えばいいんだよ」
「だから真正面から戦う以外の方法を探す必要がある」
「面倒臭ぇ……」
「それを何度思ったか分からないわ」
イコラは珍しく僅かに疲れたような声を漏らした。
「そして、もう一人」
その言葉で再び全員の視線が集まる。
「姉のサバスン」
レミリアが僅かに目を細めた。
「その者はどんな?」
「狡猾と欺瞞を司る漆黒の女王(ウィッチ・クイーン)」
「狡猾と欺瞞、ウィッチ・クイーン……」
イコラの表情がわずかに険しくなる。
「シヴ・アラスが正面から戦争を仕掛けてくる存在なら、サバスンは相手の内側へ入り込む。嘘をつく。けれど全部を嘘にはしない。真実の中へ嘘を混ぜ、嘘の中へ真実を混ぜる」
咲夜が眉を寄せた。
「一番信用できないやり方ですね」
「そうよ。仲間を疑わせ、自分自身の判断も疑わせる。相手が何を信じればいいのか分からなくなったところで、最も都合のいい方向へ誘導する」
「私達がこの世界にくる前にサバスンと何度も対峙し、何度も出し抜かれてピンチに陥った――そして何度も戦ったが未だに決着がついていない」
クロウのその事実にパチュリーが深い溜息を吐く。
「……シヴ・アラスが戦えば戦うほど面倒で、サバスンは話を聞けば聞くほど面倒」
「特にサバスンと関わると何もかも掌に踊らされている感覚に陥る」
「……どっちが来ても最悪じゃない」
霊夢がげんなりした顔をする。
「もっと言えば、両方来たらもっと最悪だな」
「余計な可能性を増やすんじゃない!」
ケイドの胸元へ霊夢の怒声が飛ぶ。だがイコラは笑わなかった。
「冗談で済ませられないのが問題なのよ」
その一言で、再び空気が重くなる。
「昨日、アラークハルがここへ現れた」
全員が、あの巨大なハイヴ・ナイトを思い出す。
「彼の存在だけでシヴ・アラスやサバスン本人が直接関与していると断定することはできない。でも、少なくともハイヴのかなり深い部分まで、この異変へ巻き込まれている可能性はある」
「もし、その二人のどちらかが本当に幻想郷へ来たら?」
レミリアが尋ねるとイコラは数秒答えなかった。
やがて、静かに言う。
「この世界は、間違いなく地獄そのものになるでしょうね」
誰もすぐには言葉を返せなかった。
少し離れた場所では、大妖精が無意識にチルノの袖を掴んでいた。チルノも今度ばかりは「最強だから平気」とは言わず、唇を結んでいる。咲夜はレミリアの近くへ僅かに身体を寄せ、美鈴も普段の笑顔を完全に消していた。
その空気を見て、ケイドが一度両手を打ち合わせた。
「とりあえず、この話は一旦ここまでにしよう」
霊夢が即座に睨む。
「こんな話をしておいて『一旦置いとこう』で済むの?」
「これ以上一気に話したら、お前ら本当に頭がパンクするぞ」
「とっくにしてるわよ!」
「だろ?」
「何で嬉しそうなのよ!」
わずかに笑いが戻ったところで、ケイドは再び表情を引き締めた。
「で、さっきの話に戻る」
「まだ続くのね……」
「大事なところだ」
ケイドはガーディアンを親指で示した。
「相棒のことを『神殺し』って呼んだろ?」
「覚えてるぜ」
魔理沙が答える。
「そこで勘違いしてほしくない」
「勘違い?」
「相棒が一人でオリックスの本拠地『ドレッドノート』に乗り込んで、『お前がオリックスか、勝負しろ』って正面から殴り倒したわけじゃねえってことだ」
魔理沙がガーディアンを見る。ガーディアンは何故か少し残念そうに肩を竦めた。
(´・ω・`)ショボン……
「残念そうにするな」
クロウが即座に言う。
ケイドは苦笑してから続ける。
「オリックスはそんな単純な相手じゃなかった。まず配下を潰した。補給も切った。奴の力を支える存在を倒した。情報を集めて、何度も何度も奴を弱らせた」
「真正面から最初から戦わなかったのね」
咲夜が言う。
「当たり前だ。勝てない相手に正面から突っ込んで『根性で何とかする』なんざ、勇敢じゃなくてただの自殺だ」
その言葉に、霊夢と魔理沙がほんの僅かに反応した。
ケイドはまだそこには触れず、話を続ける。
「別の部隊が陽動した。情報を分析する奴がいた。装備を用意する奴もいた。その上で選び抜いたガーディアン達がファイアチームを組み、ドレッドノートの奥まで乗り込んだ」
「何人?」
パチュリーが尋ねる。
「少数精鋭だ。大軍で突っ込めばいいって場所じゃなかったからな」
「それで、ようやくオリックスを?」
「ああ」
ケイドが頷く。
「そこまでやって、死闘の末にようやくだ」
しばらく沈黙が続く。
「だから『神殺し』なんて言うと格好よく聞こえるが、相棒一人の力じゃない。誰か一人が全部成し遂げたわけでもない」
ケイドは少しだけ声を強めた。
「仲間がいたから勝てた」
ガーディアンも静かに頷く。
「それがファイアチームってやつだ」
魔理沙が少し考える。
「要するに、自分じゃできないことを仲間に任せる?」
「それもある。自分の弱点を仲間が補って、逆に仲間が苦手なところを自分が埋める。敵が一人じゃ倒せないなら、二人、三人、六人、十二人でやる」
ケイドはそこで少しだけ笑った。
「それでも足りなきゃ、もっと大勢で頭を使う」
霊夢が腕を組む。
「意外と地道なのね」
「お前、さっきまで何を聞いてたんだよ。俺達は地味な準備で生き延びてきたんだぞ」
「変な踊りとか雪だるま作ってる印象が強すぎるのよ」
「それは相棒に言ってくれ」
ガーディアンが「?」と首を傾げる。
ケイドはそれを無視して続けた。
「それに、俺達の敵はハイヴだけじゃない。カバル、エリクスニー、ベックス、宿られた兵、スコーン。今は関係が変わった奴らもいるが、長い間ずっと敵だった」
「だから何でそんなにいるのよ……」
霊夢が本気で嫌そうな顔をする。
「まあ、そこら辺は我々ガーディアンとゴーストの光の根幹、トラベラーが関わっているんだろうな」
クロウがぼそりと言った。ケイドが乾いた笑いを浮かべる。
「それでも何とかしてたら、今度は目撃者まで表舞台に出てきやがった」
その名前で、庭園の空気が少し変わる。
「日に日に状況が悪くなるって言葉が冗談じゃなかった時期もある」
霊夢はしばらく黙っていたが、やがて。
「……ねえ」
「ん?」
「あんた達の世界って」
霊夢は、珍しく言葉を選ぶように少し間を置いた。
「そんなに苛烈な世界なの?」
ケイドは笑わなかった。
「まあな」
即答でもなかった。少し遠くを見た後、静かに答える。
「否定どころかその通りだ」
霊夢は目を伏せる。
「……よくそんな世界でここまでやってこれたわね」
「それでも生きるしかなかったからな」
ケイドは軽く肩を竦めた。
「それに、悪いことばっかりでもねえよ。仲間もいた。飯食って、酒飲んで、賭けカードやって、馬鹿やって、笑ってた日もある」
一瞬、ケイドの目に懐かしさが滲む。
「そういう日を守るためにも戦ってた」
イコラも静かに視線を落とした。ケイドはそのまま続ける。
「何回負けても、何回死んでも、全部投げ出さなかった。だから今も俺達は生きてる」
しばらくしてからケイドは小さく息を吸った。
「ただな――」
声が変わった。
「こんな話をしたのは、俺達の悲惨な過去を自慢したかったわけでもなければ、お涙頂戴みたいに同情してほしいわけじゃない」
霊夢と魔理沙が顔を上げる。ケイドは二人だけをまっすぐ見ていた。
「特にお前ら二人には、これから先のことを考えてほしかった」
「…………」
「さっき俺が聞いたこと、覚えてるか?」
魔理沙が僅かに眉を寄せる。
「クロウみたいな死に方を、これから何度も見ることになっても耐えられるかって話か」
「そうだ」
ケイドは頷いた。
「俺達と一緒に戦うってのは、そういうことだ」
霊夢が口を開きかける。しかしケイドは先に続けた。
「勘違いするなよ。別に『怖いなら帰れ、腰抜け』って煽ってるわけじゃない」
「…………」
「少しでも無理と思うなら、手を引いていい」
霊夢の目が少し見開かれる。
「本気で言ってる」
ケイドは笑っていなかった。
「今回の異変は、目撃者が原因だろうと元を辿れば俺達の世界から流れ込んできた戦争だ。幻想郷にとっては、とんだ貰い事故だろ」
「それは……」
霊夢が言い淀む。
「だから、お前らに戦う義務なんざない」
ケイドは淡々と続けた。
「もし『こんなの付き合い切れない』って思うなら、降りていい。その場合は俺達だけでやる」
魔理沙の眉がぴくりと動いた。
「……それってさ」
声が低くなる。
「何だ?」
「あたし達じゃ足手まといだってことか?」
霊夢も同じことを考えたのか、鋭くケイドを見る。
「弱いから来るなって言いたいの?」
ケイドは一瞬、目を丸くした。そして。
「違う」
はっきりと首を横に振った。
「むしろ、お前らの方が強いまであるぞ」
「…………」
霊夢が疑うように目を細める。
「お世辞じゃないでしょうね?」
「こんな場面でお世辞言ってどうする」
ケイドは呆れたように答える。
「イコラもさっき言ってただろ。単純な力で言えば、お前らみたいな連中は俺達より遥かに規格外だ」
魔理沙が自分を指差す。
「あたし達が?」
「そうだよ」
ケイドは周囲を指差していく。
「なんの推進装置なしで大空を自由自在に飛び回る。身体一つで急加速する。弾幕をそこら中にばら撒く。魔法で山ほどの火力を出す。咲夜ちゃんみたいに時間を止める奴までいる、そんなの俺達は勝てねえよ」
咲夜が僅かに目を細めた。
「俺達が普通に飛ぼうと思ったらジャンプシップかジャンプ能力や能力の補助、装備が必要だ。ずっと空中を飛び回りながら、お前らみたいに広範囲へ攻撃を撒くのも簡単じゃない」
「それでもさっき、ガーディアンは凄い速さで動いてたじゃない」
霊夢が言う。
「あれはあれで専門の能力と装備を使ってる。常にあの状態で空を飛び続けられるわけじゃねえ」
ケイドは霊夢を見る。
「だから強さの話じゃない」
一拍置く。
「命の話だ」
霊夢の顔から、わずかに反発が消える。
「俺達は条件が揃っていれば、死んでも戻れる」
ガーディアンのゴーストへ目を向ける。
「でも、二人は違う」
「…………」
「一回でも死んだら生き返れないだろう?」
ケイドの声音は厳しかった。
「だから俺は、お前らがどれだけ強くても無茶してほしくねえ」
魔理沙の表情が変わる。
「それに」
ケイドはさらに続ける。
「二人とも、前へ出すぎだ」
今度こそ霊夢と魔理沙が完全に黙った。
「昨日の戦闘で覚えがあるだろ?」
その一言だけで十分だった。
昨日、紅魔館で霊夢は過信して前に出た結果、オーガの攻撃を受けて墜落し、地面衝突ギリギリで助けたのがクロウだった。
魔理沙も、別方向から迫ったハイヴに気付くのが遅れ、ケイドに助けられた。二人とも、それを忘れてはいない。
「……あれは」
霊夢が言いかける。ケイドは責めるような顔をしなかった。
「責めてるわけじゃねえよ」
「…………」
「今までのお前らは、そういう戦い方で良かったんだろ」
霊夢と魔理沙が顔を上げる。
「異変が起きたら一人で飛んでいって、邪魔する奴を片っ端から倒して、最後に黒幕をぶっ飛ばす」
魔理沙が少し苦笑する。
「まあ……大体そんな感じだな」
「ほらな」
ケイドが肩を竦める。
「それで今まで何とかなってたなら、それ自体を馬鹿にする気はねえ」
そして表情を引き締めた。
「だが、これから相手にする奴らには通じない場面がある」
霊夢の目が僅かに細くなる。
「何でよ」
「ハイヴだけでも十分厄介だ。だが、カバルやフォールン――特に軍として動く奴らを相手にすれば、また別の厄介さが出てくる」
ケイドは即答した。
「奴らは軍隊だ、だから統率がとれて役割分担がはっきりしている。特にカバルは軍用犬を大量にけしかけてくる。前線には重火器を振り回す奴がいる。盾を展開して味方を守る奴、その後ろから撃ってくる奴、さらに後方には狙撃手まで配置する」
「それに奴らは惑星間航行を容易くできる宇宙戦艦や航空機、地上用攻撃車輛を多数保有する。それらが幻想郷に持ち込まれないとは限りない」
「……………………」
「一人の強い奴を皆で囲む。逃げ道を潰す。能力を使った直後を狙う。一人が囮になって、別の奴が背後から撃つ」
咲夜がクロウとの即席クルーシブルを思い出す。
「……先ほどガーディアンがやっていたように」
「ああ」
ケイドは頷いた。霊夢の表情が険しくなる。
「だから俺達は、ずっとお前らの尻拭いをすることはできない」
「尻拭いって言い方!」
「事実だろ」
「もう少し言い方あるでしょうが!」
「そこは悪かった、フォローできなくなることがあるに変える」
ケイドはあっさり謝った。
「だが意味は変わらねえ。俺達だって自分の敵を相手にしてる。仲間を守る必要もある。ゴーストを守らなきゃならない時だってある」
クロウも静かに続ける。
「戦場では、全員が全員を常に見ていられるわけではない」
「…………」
「だから、自分の命を守ることもチームへの貢献になる」
魔理沙が僅かに眉を上げる。
「自分が生き残ることが?」
「ああ」
クロウは頷いた。
「倒れれば、その時点で誰かが君を助ける必要が生まれる」
「でも、お前らなら蘇生できるんだろ?」
「いつでも安全に、とは限らない」
クロウはグリントを見る。
「暗黒領域内だと自力で蘇生できない。蘇生する間も敵は待ってくれない。蘇生した直後を狙われることもある。状況によっては仲間が私のゴーストを守る必要も出る」
ケイドが指を立てる。
「一人が勝手に突っ込む」
二本目。
「そいつがやられる」
三本目。
「助けるためにもう一人が突っ込む」
四本目。
「そいつもやられる」
そして全部の指を広げた。
「気付いた時には全滅だ」
「…………」
霊夢も魔理沙も言葉を返さない。
「俺はそういうのを、嫌になるほど見た」
ケイドの声が低くなる。
「『俺ならいける』『俺一人で十分だ』『仲間なんて邪魔だ』――そう言って前へ出て」
そこで言葉を一度切る。
「二度と帰ってこなかった奴もいた」
するとケイドは一拍置き、
「――かつての俺みたいにな」
霊夢の表情が僅かに揺れる。
「え…………っ」
「……だから俺は、そういう奴に背中を預けたくない」
ケイドは二人を真っ直ぐ見る。
「強いかどうかは関係ない」
その言葉は厳しい。だが、侮辱する色は全くなかった。
「仲間を信用できない奴と、俺は同じファイアチームには入らない」
魔理沙がゆっくり顔を上げる。
「じゃあ……あたし達が今までみたいに、一人で好き勝手に動きたいって言ったら?」
「俺は組まねえ」
即答し、霊夢が険しい顔をする。
だがケイドは視線を逸らさない。
「一人で戦いたいなら止めねえよ。お前らがそれで生き残れる自信があるってんなら、好きにすればいい」
一瞬、いつもの軽薄な笑みが、完全に消えた。
「だが俺は、自分の仲間を巻き添えにするかもしれない奴をファイアチームには入れない」
霊夢の指先が僅かに動いた。
「……随分、はっきり言うのね」
「ああ」
「私が泣く子も黙る博麗の巫女でも?」
「関係ねえ」
霊夢の眉がぴくりと動く。
「幻想郷では私がたくさんの異変を解決してきたのよ?」
「それも聞いてる」
「それでも?」
「それでもだ」
ケイドは一歩も引かなかった。しばらく二人は無言で睨み合うも、先に口を開いたのはクロウだった。
「霊夢」
「……クロウ」
「ケイドの言い方は厳しいが、君の実力を否定しているわけではない」
霊夢が少しだけ視線を動かす。
「むしろ、私も君はかなり強いと思っている」
「……それはどうも」
「だが、一人で強いことと、チームで戦えることは別だ」
その言葉で、霊夢が黙る。
「魔理沙も同じだ」
クロウが彼女を見る。
「何だよ」
「君の火力は凄まじい。空中機動もこちらの常識ではかなり厄介だ。だが、攻撃へ夢中になると周囲が見えなくなる癖がある」
「…………」
魔理沙が帽子を少し下げる。心当たりがある。
「昨日もそうだった」
クロウの言葉に、魔理沙は何も言わない。
「霊夢も、『自分ならいける』と敵を仕留めようとして前に出すぎる」
霊夢も黙る。
「君達は、おそらくこれまで個人個人で戦うことが多かったんだろ?」
「まあ……そうね」
霊夢が渋々答える。
「異変が起きても、大抵は私一人で向かうし」
「私も勝手についていくことが多いな」
魔理沙が苦笑する。
「そして途中で競争になる」
霊夢が魔理沙を見る。
「大体あんたが勝手に競争にするんでしょうが」
「霊夢だって乗るだろ」
「売られた勝負は買うわよ」
「ほらな」
ケイドが呆れたように言う。
「それを戦場でやるなって言ってんだよ」
二人が揃ってケイドを睨む。だが、反論はできなかった。クロウが僅かに笑う。
「ただ、急に全てを変えろとは言わない」
「……え?」
霊夢が見る。
「私達の戦い方をそのまま真似する必要もない。君達には君達にしかできないことがある」
クロウは続ける。
「ただ、同じ戦場へ立つなら、最低限互いの動きを意識してほしい」
「たとえば?」
魔理沙が尋ねる。
「君が前へ出るなら、誰かへ一言伝える。それだけでも違う」
「そんなことで?」
「ああ」
「『私が右へ行く』『少し下がる』『この敵を相手する』。そんな短い言葉でいい」
クロウは穏やかに説明する。
「それだけで仲間は君の意図を理解できる」
ケイドが続ける。
「逆に何も言わずに突然突っ込まれたら、こっちは『あいつ何してんだ!?』から始まる」
「……耳が痛いぜ」
魔理沙が頬を掻く。霊夢は腕を組んだまま、まだ少し不満そうだった。
「でも、いちいち相談してたら動きが遅くならない?」
「相談じゃなくて共有だ」
ケイドが答える。
「全部許可を取れって言ってんじゃねえ。お前が何をする気か仲間に分かるようにしろってことだ」
霊夢の表情が少し変わる。
「……勝手に動くな、じゃなくて?」
「勝手に仲間を置いていくな、だ」
ケイドが言い直しその言葉に霊夢はしばらく何も言わなかった。魔理沙も、考え込むように帽子のつばへ触れる。
「…………」
ケイドもクロウも急かさなかった。
答えを強要するつもりはない。
イコラも少し離れた場所から二人を見守っている。
やがて魔理沙が、ぽつりと呟いた。
「つまり……あたし達が今までの戦い方を全部捨てろって話じゃないんだな」
「当たり前だ」
ケイドは即答した。
「お前らの強みまで消してどうする」
「自分達のやり方は残していい。でも、仲間のことも考えろ……ってことか」
「ああ」
クロウが頷いた。
「それだけで大きく違う」
霊夢がゆっくりと息を吐く。
「……面倒臭いわね」
ケイドが片眉を上げる。
「それが答えか?」
「まだよ」
霊夢は少し不機嫌そうに言い返す。
「考えてるの」
「そいつは失礼」
「でも」
霊夢は一度、昨日の戦いを思い返すように目を伏せた。
「あんた達の言ってることが、全部間違ってるとも思わない」
魔理沙が横目で彼女を見る。
「霊夢」
「だって実際、私はクロウに助けられたし」
クロウが少し驚いたように目を瞬かせる。
「あんただってケイドに助けられたでしょう?」
「……まあな」
魔理沙は苦笑しながら頬を掻く。ケイドが口元を上げる。
「やっと認めたか」
「調子に乗るな」
「はいはい」
「それに」
霊夢の目が少しだけ鋭くなる。
「私達の幻想郷に、あんた達の敵が入り込んできてる」
ケイドの笑みが消える。
「…………」
「それを全部『あんた達の世界の問題だから』って押し付けて、後ろで見てろって言われても――」
霊夢は僅かに口元を吊り上げた。
「博麗の巫女として、はいそうですかとは言えないわ」
魔理沙もにやりと笑う。
「それに、あたしもここまで聞かされて『怖いから帰ります』なんて性に合わないぜ」
ケイドが何か言おうとした。だが霊夢は先に指を立てる。
「ただし」
「ん?」
「まだ『あんた達の言う通り全部やります』とは言ってないからね」
ケイドが少し笑った。
「十分だ」
「……何よ、その顔」
「いや」
肩を竦める。
「思ったより聞き分けが良かったからよ」
霊夢の額に青筋が浮かぶ。
「やっぱり今のなし」
「おい待て待て! 撤回早すぎるだろ!」
魔理沙が噴き出し、クロウも思わず苦笑した。
重く張り詰めていた庭園の空気が、ほんの少しだけ緩んだ。
それでも霊夢も魔理沙も先ほどまでと同じ気持ちではなかった。
自分達は強い。
その自信まで捨てる必要はない。
しかし、強いから一人で何とかなるとは限らない。
昨日の戦いで、そして今日の話で、それだけは、二人とも嫌というほど理解し始めていた。