東方天命録~The Final Shape Begins~ 作:はならむ
紅魔館の庭園で始まった咲夜とガーディアンの模擬戦は、いつの間にか本来の目的から大きく逸れていた。咲夜の時間停止によってガーディアンが一度死亡し、ゴーストによって蘇生されたことをきっかけに、話題はガーディアンという存在の成り立ちやクルーシブルでの戦い方、何度死んでも蘇る者達の死生観へと移り、そこからさらに彼らが何百年もの間背負ってきた戦争や喪失、ケイドの過去にまで広がってしまったのだ。
庭園には今も銃弾の痕やナイフが抉った跡が残り、少し前までここで激しい戦闘が行われていたことを示している。それでも、あまりにも色々な話を聞いたせいで、その模擬戦自体が随分前の出来事のように感じられていた。
そんな中、椅子に座って皆の会話を眺めていたレミリアが、ふと何かを思い出したように庭園中央を見た。
「――ところで」
霊夢が振り返る。
「何よ?」
「脱線しすぎて私まで忘れてたけど、結局この試合どうするの?」
一瞬の沈黙の後、魔理沙が間の抜けた声を漏らした。
「……あ」
その隣で大妖精も目を丸くする。
「そういえば、まだ終わってなかったんでしたっけ?」
「え、まだやるの?」
チルノまで驚いた顔をする。ゴーストが少し困ったように外殻を傾けた。
「本来ならガーディアンが一度死亡した時点で終わっていてもおかしくないのですが……」
「そこを普通に続けられるのがそもそもおかしいのよ」
霊夢が呆れた声で返すと、少し離れた場所にいた射命丸文まで慌てて手帳をめくり始めた。
「ちょっと待ってください。私も記事の構成が完全に別の方向へ進んでますよ。最初は『紅魔館の完全で瀟洒な従者、異界の戦士と激突!』だったのに、今では『死してなお戦い続ける異界の不死者達、その恐るべき世界とは』になってます」
霊夢が横目で文を見る。
「毎回見出しが大袈裟なのよ、あんた」
「読んでもらわなければ新聞になりませんから」
「それを開き直りって言うのよ」
二人のやり取りを軽く流しながら、レミリアは咲夜へ顔を向けた。
「それで、咲夜はどうしたい?」
突然話を振られた咲夜は、少し考えるように自分の両手へ視線を落とした。
「正直に申し上げますと、身体の疲れ自体はもうほとんどありません。随分長く休ませていただきましたから、体力も能力も問題なく使えます。ただ……」
そこで咲夜は少し困ったように笑い、ガーディアン達へ目を向けた。
「その後に聞いたお話が、どれもこれも少々重すぎまして。ガーディアンという存在のことも、死ぬ時にはちゃんと痛みを感じているということも、イコラさん達ガーディアンがどのような世界で戦ってきたのかも知ってしまいましたし……今になって思えば、私もこの方を本当に一度殺してしまったわけですから」
自分の手を見る咲夜の表情には、先ほどまでとは違う迷いが浮かんでいた。
「ですので、もう一度ナイフを向ける気力があるかと聞かれると、正直なところ――」
その言葉が途中で止まった。咲夜の視界の端に、妙に眩しいものが映ったからだ。
「……え?」
ゆっくりと顔を向ける。そして、完全に固まった。
少し前まで普通に立っていたはずのガーディアンが、いつの間にか光輝く半透明のソファーへ深々と腰を沈めていた。しかも片手には淡く光り輝く杯を持ち、脚まで悠々と組みながら背もたれへ身体を預けている。
「………………………」
その姿は、試合の再開を待っている戦士というよりも、戦いはもう終わったものと決め込んで優雅な休息に入った貴族のようだった。
さらに咲夜と目が合うと、ガーディアンはわざわざ杯を僅かに持ち上げてみせた。
まるで「お疲れ」とでも言うように。
咲夜の笑顔が静かに固まる。
霊夢がその変化に気づき、思わず「あ」と声を漏らした。
魔理沙もすぐ事情を察し、口元を引きつらせる。
「あいつ、やったな」
美鈴も長年咲夜と一緒にいるだけに、その笑顔の意味を正確に理解していた。
「……まずいですね」
小悪魔が不思議そうに美鈴を見る。
「何がです?咲夜さん笑ってますよ?」
「怒ってる時の咲夜さんって、むしろああいう笑い方するんですよ」
「怖いこと言わないでくださいよ……」
一方で、文だけは好機を逃すまいと早速筆を走らせていた。
「『一度は戦意を失いかけた十六夜咲夜、対戦相手の余裕に満ちた態度を目撃したことで再び闘志に火が――』」
「文さん」
咲夜が穏やかな笑顔のまま名前を呼ぶ。
文の筆がぴたりと止まった。
「はい?」
「後ほど、その部分を見せていただけます?」
「……記事の検閲ですか?」
「確認です」
「言い方を変えただけでは?」
咲夜はそれ以上相手にせず、レミリアへ顔を戻した。
「お嬢様」
「何?」
「先ほどの発言を撤回いたします」
「戦う気力がないって話?」
「はい」
「戻ったの?」
咲夜はもう一度ソファーで寛いでいるガーディアンを見た。相変わらず余裕たっぷりに杯を傾けている。
「今、完全に戻りました」
魔理沙が思わず噴き出した。
「戻ったっていうか、怒りで満タンになったんじゃないか?」
「魔理沙?」
咲夜が静かに名前を呼ぶ。
「はい、黙ります」
レミリアも苦笑しながら、今度はゴーストへ視線を向けた。
「それで、あなたは?」
ゴーストが主人を見ると、ガーディアンはソファーに座ったまま軽く頷いた。
「……『彼女が続けたいなら、俺もまだやる』と言っています」
咲夜の笑顔がさらに一段深くなった。
「……私が続けたいなら、ですか」
美鈴が額へ手を当てる。
「その訳し方は絶対駄目ですって……」
「でも内容を変えるわけにはいきませんよ」
ゴーストも少し困っている。
パチュリーが本から目を上げずに淡々と言った。
「本人は多分、煽っているつもりが一切ないのよ」
霊夢が深く頷く。
「それが一番腹立つのよね」
そこで霊夢は、ふとガーディアンが座っているソファーそのものへ目を向けた。しばらく眺めた後、以前から気になっていた疑問が再び頭をもたげたらしい。
「ねえ、イコラ」
「何?」
「あたし、ずっと思ってたんだけどさ。あいつが突然その場に出す物って、一体どういう仕組みなの?」
イコラが少し首を傾げる。
「物?」
「あの半透明で光ってるソファーよ。それから光るソリとか、椅子とか、ポップコーンとか、ゴミバケツとか、巨大なハートとか、雪とか、さっきの双眼鏡とか光る棒とか。何もない場所からいきなり出てくるじゃない」
魔理沙も興味を示した。
「そういやそうだな。何かの袋に入れて持ち歩いてるわけでもないし」
文もすぐに食いつく。
「それは私も知りたいですね。物質転送なのか、光による構築なのか、あるいは異空間からの召喚なのか……これは非常に興味深いですよ」
全員の視線がイコラへ集中した。
ところが、イコラはしばらく黙ったまま、ガーディアンのソファーをじっと見ていた。
「……知らないわ」
霊夢の目が点になる。
「え?」
「私も、あれがどういう原理なのか分からない」
今度は幻想郷側全員が固まった。
「知らないの(か)?」
霊夢と魔理沙の声が見事に重なる。イコラは少しむっとしたように腕を組んだ。
「私だって見当がつかないわ。ガーディアン達があまりにも普通に使っているものだから、いつの間にか深く考えなくなっただけで」
クロウまで改めてソファーを観察し始める。
「……言われてみれば、確かに不思議だな」
霊夢が振り返る。
「クロウも知らないの?」
「う……む、考えれば考えるほどワケが分からないな」
「でも普段から見てるんでしょう?」
「ああ。ガーディアン達が集まると普通に踊ったり、突然椅子を出したり、妙な物を並べたりして遊んでいる」
「何百年も?」
「そこまでは分からないがおそらくな」
霊夢は額を押さえた。
「それだけ長く見てて、誰も疑問に思わなかったの?」
クロウは少し考えた末、妙に真面目な顔で答えた。
「慣れというのは恐ろしいな」
「そこで納得するなよ!」
魔理沙が突っ込む。ケイドまで顎へ手を当てながら首を傾げた。
「俺も普通に使ってたから疑問に思わなかったけど……そういや何で出せるんだろうな」
霊夢が勢いよく振り返る。
「あんたまで知らないの!?」
「いや、椅子とか便利だぞ?」
「便利かどうかなんて聞いてない!」
パチュリーは魔法使いらしく、かなり真剣に観察を始めていた。
「少なくとも、こちらの魔力による物質生成とは違うわね。幻影なら座れないはずだし、実体があるならどこかから質量を持ってきているはず。でも、現れ方と消え方を見る限り普通の転移にも見えない」
小悪魔がケイドへ尋ねる。
「本当に触れるんですか?」
「触れるぞ」
「重さはあります?」
「ある」
「普通に座れる?」
「座れる」
「消える?」
「消える」
「どうやって?」
「知らん」
パチュリーは額へ手を当てた。
「情報が増えるたびに理解から遠ざかるわ」
文だけは嬉々として書き留めている。
「『異界の戦士達、自分達が日常的に使用する謎の物質生成現象について、誰一人原理を説明できず――』」
「なんか悪意ある書き方に見えるんだけど」
イコラが睨む。
「全部事実ですよ?」
「それが一番腹立つのよ」
ケイドは最後の希望とばかりにゴーストへ向き直った。
「なあ、ゴースト」
「……はい」
「あれらって、どういう原理なんだ?」
今度こそ、全員の期待を込めた視線がゴーストへ集まった。
ゴーストは長いこと黙っていた。主人のソファーを見て、次に自分の外殻を僅かに傾け、それから何かを諦めたような声音で答えた。
「…………ガーディアンだからこそ成せる現象なのかもしれません」
……しばらく静寂が続き、その後最初に反応したのは文だった。
「今、説明を諦めましたね?」
魔理沙も頷く。
「諦めたな」
霊夢も続ける。
「完全に諦めたわね」
ゴーストの外殻が大きく震えた。
「私だって分からないんですよ!」
珍しく声を荒げる。
「何年彼と一緒にいると思ってるんですか! 突然ソファーを出す、巨大なハートを作る、何もないところから雪を出して雪だるまを作る、ゴミバケツに入って黄昏れる!そのたびに仕組みを考えていたら、私の方が先におかしくなります!」
魔理沙が少し同情したようにゴーストを見る。
「……お前も大変なんだな」
「ようやく分かっていただけましたか」
「ああ。ごめんな」
「ありがとうございます」
その横で文が再び筆を動かした。
「『専属ゴースト、長年の苦労を激白――』」
「それは書かないでください!」
庭園に笑いが広がったところで、レミリアがパンパンと手を叩いた。
「はいはい。その謎は後にしなさい。今は試合よ」
霊夢がまだ未練ありげにソファーを見る。
「かなり気になるんだけど……」
「私もよ。でも今は決着をつける方が先」
レミリアの言葉に、咲夜も気持ちを切り替えた。
ガーディアンもようやくソファーから立ち上がる。次の瞬間、光る杯もソファーも淡い粒子となって消え去った。霊夢はそれを見ながら「だから何なのよ、それ……」と小さく呟いたが、もう誰も答えようとはしなかった。
咲夜とガーディアンが再び庭園中央へ向かい合う。
咲夜は一度だけ深く息を吐いた後、確認するように尋ねた。
「ガーディアンさん。最後に一つだけ確認しておきます。あなたは、その……ゴーストさんが無事で、蘇生できる条件が揃っていれば、先ほどのように死んでも戻ってこられるのですね?」
ガーディアンは何の躊躇もなく満面の笑顔で親指を立てた。
(●>ω<●)bビシッ!
咲夜のこめかみが僅かに動いた。
「今は真面目な確認をしているんですけれど」
ゴーストが慌てて補足する。
「はい。絶対ではありませんが、現在の状況なら再び蘇生できます」
「そうですか」
咲夜は静かに微笑んだ。その笑顔から、今度は先ほどまで残っていた迷いが完全に消えていた。
「それなら、もう手加減はいりませんね。今度こそ、その妙な余裕ごと完膚なきまでに叩き潰して差し上げます。二度と私の目の前で悠々とソファーへ腰掛けようと思わない程度には」
霊夢が魔理沙へ小声で囁く。
「やっぱりソファー根に持ってるわ」
「完全にな」
咲夜は聞こえていたが無視し、レミリアへ視線を送った。その意味は、長く仕えてきた主にはすぐに伝わる。
――今度こそ、遠慮なくやってもいいのですか。
レミリアは一度ガーディアンを見てから、ゆっくり頷いた。
「いいわ。ただし、もうこれ以上は長引かせない。次の一手、あるいは次の決定的な攻防で勝敗を決めましょう」
「承知しました」
咲夜が即座に答える。レミリアは続けてガーディアンへ目を向けた。
「あなたも異論はないわね?」
ガーディアンは親指を立てる。
「なら決まり。二人とも、今度こそ雌雄を決する勝負だと思って戦いなさい」
その言葉を境に、咲夜の雰囲気が完全に変わった。
腰を僅かに落とし、足運びを整え、相手が動いた瞬間に時間停止へ移れるよう意識を研ぎ澄ませる。今度は様子を見る気などない。ガーディアンが何をしようと、動いたその瞬間に時間を奪い、そこで全てを終わらせるつもりだった。
霊夢はそんな咲夜を見て思わず呟く。
「……これ、本気だわ」
魔理沙も腕を組みながら苦笑した。
「さすがに今度は咲夜の勝ちじゃないか?ガーディアンも時間そのものを止められたらどうしようもないだろ」
美鈴も不安そうに二人を見比べる。
「咲夜さん、今度は最初から使う気ですよ。あれ……」
パチュリーも冷静に分析した。
「ガーディアンがどれだけ速くても、時間そのものを奪われたら関係ないわ。勝つなら、咲夜が能力を発動するより先に何かするしかない。でも、その猶予があるとは思えない」
小悪魔もガーディアンへ少し同情するような視線を向けた。
「咲夜さんをここまで本気にさせちゃったんですから、ご愁傷様ですね……」
妖精メイド達も小声で、「咲夜様の勝ちだよね」「時間を止めたら終わりだもん」と囁き合っている。
射命丸も決着の瞬間を逃すまいと、手帳を構え直した。
「これは絶対に見逃せませんね……」
ほとんどの者が咲夜の勝利を確信する中、ケイドだけは楽しそうに咲夜を見ていた。
「お、最後の最後でいい面構えになったな、お嬢ちゃん」
クロウも鋭い目で二人を注視する。
「本気で仕留めに来るつもりだ」
ケイドは今度はガーディアンへ視線を移し、少し口元を吊り上げた。
「さて、相棒はどうする?」
その瞬間だった。それまでガーディアンの身体を包んでいたソーラーの熱気が、ふっと消えた。
霊夢が最初に気づく。
「……あれ?」
魔理沙も眉を寄せた。
「あれソーラーだっけ、なんか消えたぞ」
次の瞬間、ガーディアンの周囲に別の力が現れた。
鮮烈な緑色の光が腕や肩、装甲の周囲を流れ始め、さらに何もない空間へ無数の細い糸のようなものが浮かび上がっていく。それは炎のように燃えるわけでもなければ、雷のように弾けることもなく、氷のように固まるわけでもない。まるで、この世界にもともと存在していた目に見えない繋がりそのものが、突然姿を現したかのようだった。
霊夢が思わず身を乗り出す。
「何、あれ……?」
「ソーラーでもアークでもないぞ」
魔理沙も目を見開く。
文はすぐに筆を走らせた。
「新たな能力……緑色の糸状の力……」
パチュリーも本を閉じ、完全に観察へ意識を向ける。
「魔力ではない。それに、今まで見せていた力とも質が違うわね」
そこでイコラが静かに名を告げた。
「――ストランド」
霊夢が振り返る。
「ストランド?」
「世界に存在する繋がりや因果へ触れ、それを糸として編み、操る暗黒側の力」
大妖精が少し不安そうに尋ねる。
「暗黒って……危なくないんですか?」
「名前だけで邪悪だと思わなくていいわ。力をどう使うかを決めるのは本人よ」
イコラがそう答える間にも、ガーディアンの周囲では緑色の糸が揺れ続けていた。
咲夜も、その力を見た瞬間に僅かな警戒を覚えた。
先ほどまでとは違う。
この男は今度こそ、勝つために未知の手札を切ってきた。
だが、咲夜はすぐに自分へ言い聞かせる。
どんな力であろうと関係ない。
時間を止めればいい。
そう考えた瞬間、ガーディアンが地面を蹴った。
「!」
咲夜は即座に時間停止へ意識を向ける。
ところが、ガーディアンは真正面から走ってこなかった。
大きく跳び上がると、片手から緑色の糸を伸ばす。その糸は何も存在しないはずの空中へ伸び、そこで何かを掴んだように固定された。
「なっ……?」
咲夜が目を見開く。
――【グラップリング】!!
次の瞬間、ガーディアンの身体が猛烈な勢いで横へ加速した。何もない空間に作られた支点へ引き寄せられ、振り子のような弧を描きながら一気に飛ぶ。
魔理沙が叫ぶ。
「何もない場所に糸引っ掛けたぞ!?」
文も必死に目で追う。
「速い……しかも軌道が読めません!」
ガーディアンは一度糸を放すと、落下するより先に別方向へ新しい糸を伸ばした。今度は咲夜の斜め上へ身体を引き上げ、そのまま急激に方向を変える。
右から来ると思えば頭上。
頭上から来ると判断した時には左。
地面も壁も必要とせず、空間そのものを掴みながら次々と軌道を変えてくる。
これまでガーディアンが見せていたイカロスダッシュとも、普通の飛行ともまるで違う。
「くっ……!」
魅せられていた咲夜の思考に、ほんの僅かな迷いが生まれた。
未知の移動方法。
読めない軌道。だが、時間を止めれば終わる。
「幻世――!」
咲夜が能力を発動しようとした、その瞬間。
――【シャックルグレネード】!!
ガーディアンの手から小さな緑色の塊が投げ放たれた。
「!」
咲夜は反射的に身体を捻った。だが、一瞬遅かった。
「ああっ!!」
緑の塊が目の前で弾けると、無数のストランドの糸が一気に広がり、咲夜の腕や脚、腰へ絡みついた。
「しまっ……!」
身体が僅かに宙へ浮き、自由が奪われる。
ナイフを投げようにも腕が動かない。時間を止めようにも、未知の拘束を受けたことで生じた一瞬の動揺が集中を乱していた。
「早く、時間を!!」
もがけばもがくほど因果の糸が複雑に絡まり、余計に動けなくなる咲夜。その僅かな時間だけで、ガーディアンには十分だった。
「動けえええええっっ!!」
空中から降下すると、そのまま地面へ着地し、勢いを殺さず滑り込むように咲夜の正面へ入る。そして次に咲夜が見たものは、
「まさかそこで出すとはな、相棒――」
試合中、担いではいたが全く使っていなかったもう一つの装備、ヘビーマシンガンだった。
「…………っ」
太い銃身。
大口径の銃口。
それが数十センチという至近距離から、正確に自分の顔面を捉えている。
もし引き金を引かれれば、普通の人間ならどうなるかなど考えるまでもない。
咲夜は息を止めた。
「………………………………」
だが、ガーディアンの人差し指は、トリガーへ触れていなかった。
今すぐにでも撃てる。
だが撃たない。
その状態を確認した瞬間、レミリアが勢いよく立ち上がった。
「そこまで!」
その声に、ガーディアンは即座に銃口を下げた。
レミリアは二人をまっすぐ見た。
「勝負あり。今の一戦はガーディアンの勝利よ!」
咲夜を拘束していたストランドの糸がほどけ、足が地面へ戻る。
身体の自由を取り戻しても、咲夜はしばらくその場から動かなかった。
今度こそ時間を止めるつもりだった。
最初からそのつもりで構えていた。
それなのに、未知の能力を見たことで生まれた、ほんの僅かな判断の遅れ。
それだけで、全てを奪われた。
咲夜はやがて小さく息を吐いた。
「……参りました」
ガーディアンを見る。
「今のは、完敗です」
周囲からざわめきが起こった。霊夢が信じられないように呟く。
「本当に……時間を止める前に終わらせた」
魔理沙も驚きを隠せない。
「未知の能力を派手に見せて、咲夜が見惚れてるうちに全部終わらせたのか」
パチュリーが静かに頷く。
「まさに初見殺しね。咲夜が能力を使うまでに生まれた一瞬の迷い。それを全部利用した」
美鈴は胸元へ手を当てた。
「見ている方の心臓が持ちませんよ……」
小悪魔もまだ信じられないような顔をしている。
妖精メイド達も口々に驚きの声を上げる中、文だけは我に返ると猛烈な勢いで筆を走らせ始めた。
「『時間を操る紅魔館のメイド長、未知の因果の糸によって一瞬で封じられる――』これは一面候補ですよ!」
咲夜がゆっくり振り返る。
「射命丸さん」
「はい?」
「見出しは後ほど相談しましょう」
「………………」
文は素直に引き下がった。しかし、勝者と宣言されたはずのガーディアンは、突然両腕を胸の前で交差させた。
大きな「×」を表しているのか。
「?」
レミリアが眉を上げる。
「何?」
ガーディアンはゴーストへ視線を送った。
ゴーストも少し考えた後、意図を理解したらしい。
「『違う』と言っています」
「何が違うの?」
「『その前に俺は一度彼女にやられている。本来の最初の勝負だけなら俺の負けだ。だから俺だけが勝者になるのは違う』と」
咲夜が目を見開いた。
「……私に勝利を譲ると?」
ゴーストは続けた。
「『最初は彼女が俺を倒した。今回は俺が彼女を止めた。だったら、俺の一方的な勝ちではない』だそうです」
レミリアは少し考えた後、小さく笑った。
「なら、引き分けにしましょう」
咲夜が顔を向ける。
「引き分け、ですか?」
「最初の一戦では咲夜がガーディアンを倒した。今回の仕切り直しではガーディアンが咲夜を止めた。それなら一勝一敗でいいでしょう?」
霊夢も頷く。
「まあ、それが一番丸いんじゃない?」
魔理沙も同意する。
「どっちも相手の切り札に一回ずつやられてるしな」
レミリアは二人を見比べる。
「異論は?」
咲夜は少しだけ考え、それからガーディアンを見て静かに首を横へ振った。
「ございません」
ガーディアンも力強く親指を立てた。
「なら決まりね、今回の試合は引き分けとする!両者ともお疲れ様!!」
――長かった模擬戦が、ようやく正式に終わった。