東方天命録~The Final Shape Begins~ 作:はならむ
ガーディアンはヘビーマシンガンを消すと、咲夜へゆっくり歩み寄った。そして彼女の目の前で立ち止まり、右手を差し出す。
咲夜は、その手をしばらく見つめた。
つい先ほどまで銃を握っていた手。
その気になれば、自分へ何度でも攻撃を与えられたはずの手。
それでも最後まで、自分を傷つけるためには使われなかった手。
咲夜は僅かに口元を緩め、自分の右手を差し出した。
二人の手が重なる。ガーディアンも、強すぎない程度に握り返した。
その横へゴーストが浮かぶ。
「『いやあ、強かった。模擬戦ならまた機会があればやろう』と言っています」
咲夜は苦笑した。
「また、ですか? 次があるのでしたら、もう少し心臓に優しい戦い方をお願いしたいですね」
ガーディアンは親指を立てる。
咲夜はその親指をじっと見た。
「……その返事、信用していいのでしょうか」
ゴーストが少し考える。
「半分くらいなら」
「半分ですか」
魔理沙が笑う。
「信用ないですね……」
ゴーストは真顔で答えた。
「これまでの行動を見てください」
「納得したぜ」
そのやり取りに咲夜も小さく笑った。だが、握手している手はまだ離さなかった。
「ガーディアンさん」
ガーディアンが彼女を見る。
「最後に一つだけ、聞かせてください」
軽く頷く。
「あなたは――」
咲夜の表情が少し真剣なものへ変わる。
「どうして私に一度もまともに攻撃しなかったんですか?」
周囲の空気が少し静かになった。咲夜は続ける。
「私はあなたを殴りました。蹴りました。ナイフで傷もつけました。それどころか、最後には本当に一度殺してしまった」
少しだけ言葉を選ぶ。
「それなのに、あなたは私へ同じことを一度も返さなかった。今だって、あの距離なら撃てたはずなのに、トリガーへ指すら掛けなかった」
ガーディアンは何も言わず、咲夜の言葉を聞いている。
「あなたほどの実力があれば、私へ攻撃を当てる機会はいくらでもあったはずです。なのに、なぜ?」
ガーディアンは少しだけゴーストを見ると、静かに頷いた。
「……わかりました」
ゴーストが咲夜へ向き直る。
「彼はこう言っています。『もしこれがクルーシブルだったら、俺は君を躊躇なく殺す』」
咲夜の眉が僅かに動いた。霊夢がすぐに口を挟む。
「相変わらず言い方が物騒ね」
「もっと他に言い方あるだろ」
魔理沙も苦笑する。ゴーストも少し疲れた声で言った。
「私もそう思います」
一方、ケイド達は、
「まあクルーシブルならそうなるわな」
「ケイド」
「殺らないとランブルならともかくチーム戦だと勝つ気ないのかって迷惑かかるし、寧ろ相手からも侮辱されていると思われるから当然だろ」
ゴーストは通訳を続ける。
「『でも、模擬戦なら話は別だ。極力、君を傷つけたくなかった。それだけだ』」
咲夜はガーディアンをまっすぐ見つめた。
「だから、その理由を聞いているんです」
ガーディアンが再びゴーストへ意思を伝える。
その内容を受け取ったゴーストは、一瞬だけ黙った。
霊夢の顔が引きつる。
「……なんか嫌な予感するんだけど」
「奇遇だな。あたしもだ」
魔理沙も同意した。咲夜が眉を寄せる。
「ゴーストさん?」
ゴーストは観念した。
「『君が女性だからだ』」
咲夜の表情が止まった。
「…………え?」
握手していた手へ、じわりと力が加わる。
「つまり……私が女だから手加減した、と?」
彼女は笑顔ではあるが額には青筋が複数浮き出ており握る手の握力が更に強くなる。霊夢達は『うわ、地雷踏んだな』と苦虫を噛み潰したような顔を取る。
「あのバカ……なんてことを言うのよ……」
美鈴が「あわわ……」と顔を引きつらせた。
「………………………」
「何か言ったらどうです?あなた、ゴーストさんに頼らずとも喋れるんでしょ?」
ガーディアンは全く動じていないが逆にゴーストが慌てて続きを伝える。
「『気を悪くしたならすまない。君が強かったことは認めている』」
咲夜の笑顔はまだ怖い。
「『さっきも言ったように、これがクルーシブルなら男だろうが女だろうが関係ない。いつも通りならケイドの言っていたようにレミリアの始めの合図と同時でスナイパーライフルで頭を撃ち抜いていた』」
そこで咲夜の握力が少しだけ緩む。
「『ただ、これは模擬戦だ。勝つためだけに女性を必要以上に殴ったり撃ったりして傷つける。そんな趣味は俺にはないし、そこまで落ちぶれたつもりもない』」
咲夜はしばらく何とも言えない表情でガーディアンを見つめた。やがて小さく息を吐く。
「……あなた、本当に妙なところで紳士なんですね」
霊夢が横からぼそりと言う。
「普段があれなのにね」
咲夜が即座に頷く。
「本当に、そこなんですよ」
魔理沙が笑いながら尋ねる。
「でもまあ、咲夜を弱いと思って手加減してたわけじゃないんだろ?」
今度はガーディアン自身が答えた。
「――当然だ」
低く落ち着いた声に、咲夜が僅かに目を見開く。
「君は強かった。かなりな」
あまりにも素直に言われ、咲夜の怒りが少しだけ抜けた。
「……そう真っ直ぐ言われると、それはそれで反応に困りますね」
美鈴がにやりと笑う。
「咲夜さん、褒められてますよ」
「聞こえています」
「ちょっと嬉しそうですね」
小悪魔まで笑う。
「小悪魔」
「す、すみません!」
少しだけ柔らかな空気が戻った。
だが、ガーディアンはまだ咲夜の手を離さなかった。
「あと――」
そして今度はゴーストを介さず、自分の言葉で続けた。
「クルーシブルなら君を躊躇なく殺す、と言った」
咲夜が顔を上げる。
「それには、もう一つ理由がある」
先ほどまでとは少し違う、真剣な声音だった。
咲夜も表情を戻す。
「それは?」
ガーディアンは僅かに間を置いた。
「君は、間違っても俺達の世界へ来るな」
咲夜が目を細める。
「……どういう意味です?」
「君は模擬戦の途中、一度くらい思っただろう。俺と本当の意味で戦ってみたい、と」
咲夜はすぐには答えなかった。
だが、否定もできなかった。
確かに思った。
ガーディアンが自分を本当の敵として見なし、殺すことも躊躇わず全力を出したなら、どのような戦いになるのか。
自分の時間停止と、この異界の戦士の全力が正面からぶつかったなら。
「……はい」
咲夜はやがて素直に認めた。
「実を言えば一度は、そう思いました」
ガーディアンは責めなかった。
「そう思うのも分かる。君は強いからな」
「分かるんですか?」
「ああ。強い奴ほど、自分がどこまで通用するか試したくなる」
魔理沙が小さく笑う。
「分かるぜ」
霊夢が横目で見る。
「あんたもすぐ勝負したがるものね」
「お前も人のこと言えないだろ」
二人の小さなやり取りを横目に、ガーディアンは話を続けた。
「でも、だからこそ行くなと言ってる。俺達の世界にも、君みたいに人間でありながら強い女性がいた」
その瞬間、イコラの表情が変わった。
ケイドからも笑みが消え、クロウは静かに視線を落とした。
ガーディアンが名を告げるより先に、イコラが小さく呟いた。
「……アマンダ」
咲夜が三人の反応に気づく。
「その方は?」
ガーディアンは静かに答えた。
「彼女の名は――アマンダ・ホリデイ」
「アマンダ………さん?」
美鈴が少し驚く。
「普通の人間が、あなた達と一緒に前線へ?」
「ああ。勇敢だった。強かった。優しかった。飛行機乗りとしても一流で、人間だからといって後ろへ下がるような人じゃなかった」
ガーディアンは一度咲夜を見る。
「少し、君に似てると思った」
咲夜の瞳が僅かに揺れた。しかし次の言葉は重かった。
「でも、死んだ」
庭園の空気が静かになる。文の筆も止まった。
咲夜が小さく聞く。
「……亡くなった?」
「俺達が幻想郷へ来る前、とある作戦に参加した。そこで敵の仕掛けた罠に巻き込まれて、爆発で命を落とした」
咲夜は僅かに目を伏せた。
「その方は人間……ということは」
「ガーディアンじゃないしゴーストもいない」
「では……」
「二度と戻らない」
その短い言葉だけで、十分だった。
大妖精が悲しそうに目を伏せ、チルノも今度ばかりは口を閉じた。ルーミアもいつもの調子で茶化すことなく、静かに話を聞いている。
ガーディアンは続けた。
「俺達は悲しんだ。イコラも、ケイドも、クロウも、他の仲間も。でも……特にザヴァラは、見ていられなかった」
霊夢が顔を上げる。
「……あんた達の探してる例の仲間」
「ああ」
咲夜も静かに尋ねた。
「どのような方なのですか?」
ガーディアンは少し考え、慎重に言葉を選ぶ。
「勇敢で、冷静で、有能な男だ。人前では滅多に弱音を吐かないし、文句や愚痴もほとんど言わない。何か危険があれば、自分から前へ出て盾になる。まさにタイタンを体現した我々の司令官だ」
イコラも静かに補足した。
「責任から逃げない人よ。自分が辛くても、周りを安心させるために立ち続ける。誰かが一番重いものを背負わなければならないなら、自分からそれを選ぶ人」
ケイドがほんの少しだけ口元を緩めた。
「頑固だけどな」
クロウも僅かに頷く。
「それは否定しない」
「お前まで言うか?」
ケイドの小さな抗議に僅かな笑いが漏れたが、それもすぐに消えた。ガーディアンは話を戻した。
「彼はアマンダとは長い付き合いだった。恋人だったのかと聞かれれば、そんな単純な言葉だけで決めつけられる関係じゃないと思う。でも、大切な人だったし、互いに支え合っていたんだ」
咲夜は黙って聞いている。
「だが、そんな彼女が死んだ。俺は、アマンダの亡骸の傍にいるザヴァラを見た」
イコラが静かに目を伏せた。
ケイドももう笑っていない。
クロウはさらに深く顔を落とした。
ガーディアンの声も、少しずつ重くなっていく。
「普段のザヴァラじゃなかった。大声で泣き叫んでいたわけじゃない。取り乱して暴れていたわけでもない。ただ、彼女の傍から離れられなかった」
咲夜は息を呑む。
「人々の盾になり続けた男がまるで子供みたいに彼女の傍へ寄りすがり、深くうなだれていた」
ガーディアンは一度だけ言葉を止めた。それから、さらに静かな声で続ける。
「自分の光でも、最後に残った命でも、彼女を取り戻せるなら喜んで差し出す、と」
咲夜の目が大きく揺れた。
「……そんなことを」
「ああ」
ガーディアンは遠くを見るように続けた。
「そして……『許してくれ』と何度も言っていた。自分を責めるように、何度も――」
「何度も――」
「何度も――!」
ケイドは視線を逸らした。
クロウは地面を見つめたまま動かない。
イコラも口を結んでいた。
ガーディアンの声には、それまでほとんど表に出さなかった感情が滲み始めていた。
「俺は今でも、あの光景が目に焼きついて頭から離れない」
霊夢の表情も曇る。
魔理沙は黙って帽子のつばに触れた。
文は手帳を開いたまま、筆を動かそうとはしなかった。
ガーディアンは咲夜をまっすぐ見つめた。
「だから、これは君のためでもある。でも、それ以上に――」
ガーディアンのその声には、初めて明確な強さが宿った。
「別に自分が本当に死ぬのは構わない。だが、あんな光景だけはもう二度と見たくない!」
咲夜は何も言えなかった。ガーディアンは少しだけ声を落ち着かせる。
「だから、もう一度言わせてくれ。君は絶対に俺達の世界へ来るな」
長い沈黙の後、咲夜がようやく口を開いた。
「……そこまで酷い世界なのですか」
「ああ」
迷いのない即答だった。そこでパチュリーが静かに口を挟んだ。
「さっきも言ったけれど、幻想郷だって決して安全な場所ではないわ。妖怪もいるし、異変も起こる。命の危険だってある」
「分かってる」
「それでも?」
「ああ。それでもこっちの方がまだまともなはずだ」
霊夢が眉を上げる。
「褒めてるの、それ」
魔理沙が苦笑する。
「基準が酷すぎるんだよなあ」
ガーディアンはほんの少しだけ口元を緩めた。
「少なくとも、ここなら模擬戦の後に疲れたって言って休める」
レミリアが小さく笑う。
「紅茶だって飲めるわ」
「そうだな。馬鹿なことで言い合える」
霊夢がすぐに反応する。
「誰のことよ」
魔理沙が横から笑う。
「大体全員だろ」
チルノが胸を張る。
「あたいは最強だけどな!」
大妖精が慌てて止める。
「今それ言うところじゃないよ!」
小さな笑いが広がった。
ガーディアンは、その笑いを聞いてから少しだけ声を柔らかくした。
「戦って、疲れて、終わったら笑える。俺は、そういう世界の方がいい」
咲夜はしばらく何も言わなかった。
女性だから傷つけたくなかった。
その言葉だけを切り取れば、まだ少し腹が立つ。
だが、自分を弱いと思っていたわけではないことは、もう十分伝わった。
むしろ強いからこそ。
余計な戦場へ足を踏み入れてほしくない。
そう言っているのだ。
やがて咲夜は、ほんの少しだけ笑った。
「……あなたは、本当に変わった方ですね」
霊夢が横からすぐに言う。
「それは全員知ってるわ」
咲夜が振り返る。
「霊夢」
「何よ?」
「今だけは少し黙っていてください」
魔理沙が吹き出す。
「怒られたな」
「なんであたしだけ!」
文も小さく笑っていた。
咲夜は再びガーディアンへ向き直る。
「正直に申し上げます。『女性だから傷つけたくなかった』という部分については、今でも少し腹が立っています」
「それはすまなかった」
「ですが」
咲夜は表情を和らげる。
「私を弱いと思って手加減したわけではないことは、理解しました」
「弱いとは思っていない」
「本当に?」
「寧ろ、かなり強かった」
あまりにも真っ直ぐな返答に、咲夜は少し困ったように笑った。
「……そう真顔で言われると、それはそれで反応に困りますね」
美鈴が横から楽しそうに言う。
「咲夜さん、褒められてますよ」
「聞こえています」
小悪魔まで乗ってくる。
「少し嬉しそうですね」
「小悪魔」
「すみません!」
周囲にまた小さな笑いが広がった。
咲夜は一度息を整えると、少しだけ頭を下げた。
「それから、忠告もありがとうございます」
ガーディアンは何も言わず彼女を見る。
咲夜は顔を上げると、僅かに口元を緩めた。
「あなたは本当に奇妙な人です。行動の大半は意味が分かりませんし、普通に喋れるのにわざわざ謎のジェスチャーで返しますし、こちらが真面目に悩んでいる時に突然踊ったり、ソファーで寛いだりします」
霊夢が頷く。
「そこは全面的に同意するわ」
イコラも。
「私も」
クロウも。
「否定できない」
ケイドが笑う。
「まあ相棒だからな」
ゴーストは一番深く頷いた。
「私が一番苦労しています」
ガーディアンは全員を順番に見たが、特に反論しなかった。その様子に咲夜も小さく笑う。
「……ですが、あなたは自分が傷つくのは構わないのに他人が傷つくのには敏感なんですね」
「…………………」
もう一度、まっすぐ彼を見る。
「あなたが、本当に優しい方だということは分かりました」
その言葉に、庭園が少しだけ静かになった。
文は手帳を開いていた。
だが、今度は筆を動かさなかった。
記事へするための言葉よりも、そのまま覚えておく方がいい瞬間もある。
そんなふうに思ったのかもしれない。
ガーディアンも数秒間何も動かなかった。
やがて咲夜の手を静かに離した。
その瞬間、咲夜の胸の中に、妙な嫌な予感が浮かんだ。
この男が、ここまで真面目な空気を。
そのまま終わらせるはずがない。
なぜか、そう確信してしまった。
そして。
その予感は当たった。
ガーディアンが突然しゃがみ込んだ。
咲夜が眉を寄せる。
「……何をしているんですか?」
ガーディアンは答えない。
地面へ両手を伸ばす。すると、何もなかったはずの場所にまた光る雪が現れた。
「…………は?」
咲夜の表情が固まった。霊夢は両手で顔を覆う。
「ほら来た」
魔理沙も額へ手を当てる。
「来たな」
ケイドは数秒ほど呆然と眺めた後、とうとう腹を抱えて笑い始めた。
「ワハハハハハハハハハ!相棒、お前ほんっとそういうところだぞ!」
クロウも苦笑しながら額へ手を当てる。
「……せめてもう少し余韻を残せなかったのか」
イコラは深いため息を吐いた。
「できるなら普段からやっているでしょうね」
パチュリーも本を閉じる。
「私、さっき少し感動していたのだけれど」
小悪魔も肩を落とす。
「私もです……」
美鈴だけは困ったように笑った。
「でもまあ……これがガーディアンさんなんでしょうね」
霊夢がすぐ突っ込む。
「それで納得していいの?」
そんな周囲の声など気にせず、ガーディアンは雪を集め始めた。
両手で丸め、ころころと転がす。
大きな雪玉を一つ。
もう一つ、小さな雪玉を作る。
大きな方の上に小さな方を載せ、どこからともなく枝まで用意して腕にする。
やがて、小さな雪だるまが完成した。
ガーディアンは満足そうに出来栄えを眺めた後、ゆっくり咲夜を見る。
「………………………」
咲夜はしばらく黙っていた。
それからゴーストへ視線を向ける。
「……これは何ですか?」
ゴーストは非常に申し訳なさそうな声音で答えた。
「『というわけで、雪だるま作らない?』と言っています」
咲夜の目が遠くなる。
「何が『というわけで』なんですか?」
「……私にも分かりません」
ケイドがさらに大笑いする。
その横で、今まで止まっていた文の筆が猛烈な勢いで動き始めた。咲夜がすぐ気づく。
「射命丸さん」
「はい?」
「何を書いています?」
文は慌てて手帳を隠した。
「企業秘密です」
霊夢が横から覗き込む。
「なになに、『死闘と悲話の果てに、異界の戦士メイド長に二度目の雪遊びへ勧誘』」
「霊夢さん!?」
咲夜の笑顔が固まる。
「文さん」
「はい?」
「消してください」
「嫌です」
「消してください」
「これは記事になります」
「今すぐ消しなさい」
「記者魂にかけて残します!」
魔理沙が肩を揺らして笑う。
「文も命知らずだな」
その時。ころころと。
小さな雪玉が咲夜の足元へ転がってきた。
咲夜が下を見る。
そして顔を上げる。
ガーディアンがこちらを見ている。
「…………………………」
言葉はない。
だが、明らかに「やろう」と言っていた。
咲夜は足元の雪玉を見て、次にガーディアンを見て、その横の雪だるまを見て、もう一度ガーディアンを見る。
霊夢がすぐに忠告した。
「咲夜、付き合わなくていいわよ」
「そうでしょうか」
「そいつに一度でも付き合ったら、味を占めるから」
魔理沙が笑う。
「でも一個くらいならいいんじゃないか?」
「魔理沙まで何言ってんのよ」
チルノはすでに興味津々だった。
「雪ならあたいもやる!」
大妖精が慌てる。
「チルノちゃんまで!?」
「あたいの方が上手いもん!」
「そこで対抗しなくていいよ!」
ルーミアも近づいてくる。
「私も作る」
「また増えた!」
美鈴も少し楽しそうに手を挙げた。
「私も一個くらい作ってみたいですね」
小悪魔も。
「私もです!」
パチュリーは呆れたようにため息を吐いた。
「あなた達……」
レミリアはそんな皆を見て、むしろ楽しそうに笑った。
「いいじゃない。屋敷を壊さないなら好きにしなさい」
咲夜が振り返る。
「お嬢様まで……」
「試合は終わったもの」
咲夜はそんな皆を見回した。
ほんの少し前まで死や、喪失や、戦争の話ばかりしていた。
だが今は突然現れた雪を囲み、皆が呆れたり、笑ったり、騒いだりしている。
咲夜は最後にガーディアンを見た。
「……本当に」
ほんの少し笑う。
「ずるい人ですね、あなたは」
ガーディアンが首を傾げる。
「こちらが真面目に考え込もうとすると、すぐ馬鹿なことを始める」
ガーディアンは少しだけ考え、今度は自分の声で答えた。
「それがいいのさ」
咲夜は一瞬、言葉を失った。
それから小さくため息を吐く。
「……そういうところですよ」
だが、彼女はもう怒ってはいなかった。
咲夜はメイド服の裾を整え、ゆっくりその場へしゃがみ込んだ。
足元の雪玉へ手を添える。
「もう、本当に一つだけですよ」
ガーディアンは満面の笑顔で親指を立てた。
霊夢が頭を抱える。
「結局付き合うの!?」
咲夜は雪玉を転がしながら少しだけ笑った。
「一つくらいならいいでしょう」
「甘いわよ!」
魔理沙が笑いながら二人を見た。
「まあいいじゃないか」
霊夢が振り返る。
「何がよ」
魔理沙は、並んで雪玉を転がし始めた咲夜とガーディアンを眺めた。
「さっきガーディアンが言ってただろ?」
「何が?」
「戦った後に疲れたって言えて、その後にこういう馬鹿なことやって、みんなで笑って終われる世界の方がいいって」
霊夢はすぐには答えなかった。
代わりに庭園を見回した。
チルノが雪を集め、大妖精がそれを止めようとして、ルーミアがその横で楽しそうに真似している。
美鈴と小悪魔も笑っている。
レミリアは椅子からそれを眺め。
パチュリーも呆れながら口元を緩めている。
射命丸は再び手帳へ何かを書き込み。
ケイドはまだ大笑いしていて。
クロウも苦笑している。
イコラも呆れながら、それでも先ほどまでより穏やかな顔をしていた。
そして咲夜も笑っている。
霊夢は小さく息を吐いた。
「……まあ」
ほんの少しだけ口元を緩める。
「それは、そうかもしれないわね」
その時、ころころと小さな淡い光を放つ雪玉が霊夢の足元へ転がってきた。
「…………」
顔を上げる。ガーディアンがこちらを見ている。すると、
「……………………」
その場でガーディアンは両腕を持ち上げると、肘を直角に折った。
右肩がカクッと上がり、次いで左肩。そこから首だけが不自然な角度へ傾く。
一つ一つの動作は妙にぎこちないのに、切り替わる瞬間だけは恐ろしく正確だった。
腕を水平に伸ばしたまま身体を横へ滑らせ、そこで突然、糸でも切られたように停止する。
次の瞬間には胸、肩、肘、手首の順に波打つような動きが伝わり、最後に指先だけがカクンと跳ねた。
まるで人間の身体を、見えない誰かが関節ごとに操作しているようだった。
「は?」
霊夢の額に青筋が浮かんだ。
「……喧嘩売ってる?」
胸を張ってサムズアップするガーディアン
「だからその親指やめなさいよ!!」
霊夢の怒声が庭園へ響き、魔理沙が大笑いする。チルノも、大妖精も、ルーミアも、文も、ケイドも、そして咲夜まで、その声につられて笑い始めた。
つい少し前まで、命を奪いかねない激しい模擬戦の舞台だった紅魔館の庭園には、もう戦いの緊張は残っていなかった。
代わりにそこにあったのは、雪玉を転がす音と、誰かの笑い声と、馬鹿げたやり取りの中に混じる、ほんの少しの安堵だった。