東方天命録~The Final Shape Begins~ 作:はならむ
長かった模擬戦が正式に終わった瞬間、それまで紅魔館の庭園を覆っていた張り詰めた空気が、ようやく大きくほどけていった。
咲夜は一度ガーディアンを時間停止によって倒し、その後に仕切り直された最後の一戦では、今度はガーディアンがストランドを用いて咲夜の時間停止そのものを発動させる前に動きを封じた。最終的な裁定は一勝一敗の引き分けとなったが、そこへ至るまでに起きた出来事はあまりにも多く、もはや単なる模擬戦という言葉だけでは収まりきらないものになっていた。
そして、ガーディアンが咲夜に一度も攻撃をしなかった理由と彼の信念――そしてみんなでガーディアンと共に雪だるまを作り出し、重苦しさが一変して賑やかとなる。
そんな和やかな空気の中で、レミリアはしばらく黙って咲夜とガーディアンの二人を眺めていた。
やがて椅子から立ち上がると、ゆっくりと両手を叩き始める。
――パチパチパチ。
その拍手は決して大きくはなかったが、紅魔館の主が自ら送るものだったこともあり、庭園の空気は自然と静かになっていった。
「二人共、本当にお見事だったわ!」
レミリアはまず咲夜を見る。
「咲夜」
「はい、お嬢様」
「本当にお疲れ様。途中で私が決めた模擬戦のルールを思い切り踏み越えた件については、あとで少し話があるけれど――」
咲夜の肩がほんの少しだけ落ちた。
「……承知しております」
魔理沙が小声で霊夢へ囁く。
「やっぱり説教あるんだな」
「当然でしょ」
「聞こえていますよ」
咲夜が静かに返したことで、二人はすぐに口を閉じた。レミリアは少し笑いながら続ける。
「でも、それとは別よ。あなたが最後まで自分の力で戦ったことはちゃんと評価しているわ。未知の力を使われて負けたからといって言い訳もしなかった。その点は立派だった」
咲夜は深く一礼した。
「ありがとうございます」
それからレミリアの赤い瞳はガーディアンへ向けられた。
「さて。次はあなたね」
ガーディアンが少し姿勢を正す。
レミリアは一度、頭の先から足元まで観察するように眺めた後、どこか意地悪そうな笑みを浮かべた。
「最初に会った時は、正直に言えば随分変な人だと思ったわ」
その瞬間、霊夢が間髪入れずに口を挟んだ。
「そこは今も変わってないわよ」
魔理沙も笑う。
「むしろこんなに変な奴だとは思わなかったけどな」
美鈴も少し遠慮がちに頷く。
「私も、そこは否定しづらいですね」
小悪魔まで。
「はい」
パチュリーも淡々と続ける。
「客観的な事実ね」
クロウも。
「否定はしない」
そしてゴーストまで。
「私も同意します」
ガーディアンはしばらく全員を見回した後、満面の笑顔とともに親指を立てた。
(●^ω^●)bドウヨ!
霊夢がすぐに声を上げる。
「だから褒めてないって言ってるでしょうが!」
庭園に笑いが広がった。
「まさか霊夢すら頭を悩ませる存在とは相当な強者だぜこの成人男性(笑)!」
瞬間、ほぼ全員が「ブフォ!」と吹き出し、レミリアもつられて少し笑ったが、すぐに表情を落ち着かせた。
「でも、今日一日であなた達への印象はかなり変わったわ」
ガーディアンも静かになる。
「咲夜との試合だけじゃない。途中で、あなた達の競技……クルーシブルというものも実際に見せてもらったでしょう?」
その話題が出ると、幻想郷側の表情が少しだけ複雑なものへ変わった。
クロウがガーディアンの攻撃によって一度倒れ、グリントによって何事もなかったかのように蘇った光景は、今でも皆の記憶に鮮明に残っている。特に大妖精は無意識にチルノのそばへ少し寄り、チルノもそれに気づいたのか、何も言わずにその場に立っていた。
レミリアはそんな反応を見回してから、ゆっくりと続けた。
「先に言っておくけれど、私は今でもクルーシブルそのものを好きにはなれないわ。仲間同士で本当に殺し合って、死んだら蘇って、また同じことを繰り返す。それを訓練や競技として成立させているなんて、あたしがいくら泣く子も黙る吸血鬼だとしても十分異常よ」
「あたしは大歓迎だけど!」
「あんたは黙ってなさい、フラン」
パチュリーも小さく頷く。
「私もその評価は変わっていないわ」
霊夢も腕を組んだ。
「あたしもよ。何度説明されても、自分でやってみたいとは絶対に思わない」
魔理沙も苦笑する。
「さすがのあたしも遠慮するぜ」
イコラは少しも反論しなかった。むしろ、落ち着いた声で答えた。
「それでいいのよ」
レミリアが少し眉を上げる。
「否定しないのね」
「できないもの。私達自身、自分達の戦い方が普通だとは思っていないわ。クルーシブルが必要だった理由を説明することはできるけれど、あなた達まで同じ価値観を持つ必要はない」
クロウも静かに頷いた。
「理解してもらうことと、共感してもらうことは別だからな」
そしてケイドは腕組みしながら、
「まあ、どうしてもクルーシブルに来たいなら別に俺は止めやしないぞ。ただおすすめはしないがな」
「ケイド、あなた」
「さっき相棒も言ってただろ。咲夜ちゃんに「俺達の世界には来るな」って。正直、俺も賛成だ。こいつらに俺達の色に染まってほしくない――ただ、それでもやりたいと思うならそれ相応の覚悟を持ってこいって言いたかっただけさ」
レミリアはその言葉を聞いて、少し満足そうに口元を上げる。
「あなた達は話が早くて助かるわ」
そして改めてガーディアン達全員へ視線を向けた。
「クルーシブルの理念そのものは理解できる。死んでも戻れる戦士達が、実戦に近い状況で何度も戦い、自分がどうして死んだのかを覚え、次は同じ失敗をしないようにする。その積み重ねを、本当に人類の命が懸かった戦場へ持ち込む」
そこで一度言葉を区切る。
「理屈としては理解したわ」
その上で、レミリアははっきりと言った。
「でも、共感は絶対にできない」
イコラは僅かに笑った。
「十分よ」
「そんなものでいいの?」
「簡単に共感されたら、むしろその方が怖いもの」
レミリアも少し笑う。
「それもそうね」
それから再びガーディアンへ目を戻す。
「でも、あなた達の世界ではそうならざるを得なかったということも理解できた。負ければ街が一つなくなるどころか、人類そのものが消えかねないような強大な相手と、何百年間もほぼ毎日戦ってきたのでしょう?そんな世界で生き延びようとすれば、こちらとは違う価値観や戦い方になるのも当然だわ」
パチュリーが少し感心したようにレミリアを見る。
「珍しく随分まともなことを言うのね、レミィ」
レミリアが即座に振り返る。
「珍しくは余計よ」
「褒めているのよ」
「全然そう聞こえないわ」
小悪魔が口元を押さえて笑う。
レミリアは咳払いしてから、改めてガーディアンへ向き直った。
「その全部を踏まえた上で、あなた自身を評価するなら……相当の猛者ね」
魔理沙が小さく口笛を吹く。
「お墨付きだぜ」
霊夢が横からぼそりと。
「大の変人だけどね」
レミリアが霊夢を見る。
「今それを挟む必要ある?」
「大事な補足よ」
「あとにしなさい」
レミリアは少し胸を張りながら続ける。
「あなたはただ力が強いだけじゃない。戦いながら相手をよく見ている。咲夜の時間停止を一度経験した後、次はどうすればその力を使わせずに勝てるかを考えた。そのために、今まで見せていなかったストランドという未知の力を最後まで隠していた」
咲夜も静かに聞いている。
「しかも、模擬戦では最後まで必要以上に咲夜を傷つけようとしなかった」
そこで咲夜の表情が少し複雑なものになる。
「その理由については、まだ少々言いたいことがありますが」
レミリアが楽しそうに笑う。
「女性だから、でしょう?」
「はい」
ガーディアンは迷いなく親指を立てた。
咲夜が眉を寄せる。
「そこで肯定しないでください」
美鈴が思わず笑い、小悪魔も肩を揺らした。
レミリアも笑いながら続ける。
「まあ、古めかしいとも言えるし、少し妙な方向へ向いた紳士精神ではあるけれど、咲夜を弱いと思っていたわけではないことは私にも分かった。相手の実力を認めた上で、模擬戦だから必要以上に傷つけなかった。それなら十分よ。それにあなた達ガーディアンは昨日、この紅魔館へ自ら赴いて私達と共にハイヴという化け物達を退けてくれた」
そして少しだけ声を張る。
「よって」
皆の視線が集まる。
「あなた達を、これからも紅魔館の良き友として歓迎するわ」
美鈴がすぐに笑顔を見せる。
「またいつでも来てください!」
小悪魔も両手を合わせる。
「今度はもっと普通にお茶しましょう」
パチュリーは本を持ったまま、少し素っ気なく言った。
「異世界の知識を聞けるのは興味深いから、来るくらいなら構わないわ」
咲夜も一歩前へ出て、丁寧に一礼する。
「お嬢様がお認めになった以上、次からは正式な客人としてお迎えいたします。ただし、廊下の真ん中へ突然ソファーを出したり、室内で雪を作ったり、ゴミ箱へ入って黄昏れたりするのはお控えください」
ガーディアンはそこでほんの少しだけ考え込むような仕草をした。咲夜の目が細くなる。
「今、考えましたね?」
ゴーストがすぐに。
「考えましたね」
「やめる気がありませんね?」
ガーディアンは迷わずサムズアップ。
「何への親指なんですか、それ」
レミリアはそんな二人のやり取りを楽しそうに眺めながら続けた。
「とにかく、何か困ったことがあればいつでも訪ねてきなさい。私達にできる範囲なら手を貸すわ」
イコラは静かに頭を下げる。
「ありがとう。私達も、必要になった時は頼らせてもらうわ」
クロウも短く。
「感謝する」
ケイドだけは少し違った。
「飯も出る?」
レミリアが目を丸くする。
「あなたはそこで最初に聞くことがそれなの?」
「人間の三大欲求だろ?重要だ」
「あんたはエクソでしょうが」
「れっきとした人間だぞ、俺!」
咲夜はため息を吐いた。
「客人として来るのであれば、食事くらいは用意します」
ケイドがすぐにガーディアンへ顔を向ける。
「聞いたか相棒。いい家だぞここ」
ガーディアンもすぐに親指を立てた。
霊夢が呆れたように二人を見る。
「そういうところだけ本当に気が合うわね、あんた達」
これで全て綺麗に終わる。
少なくとも、その場にいた幻想郷側のほとんどはそう思っていた。
するとフランドールが目を輝かせて、
「ねえ、あたしもクルーシブルって言うのやりたい!」
「……………」
全員が「絶対に名乗り出ると思った」と言わんばかりの何とも言えない顔をする。
「お嬢ちゃんなら間違いなくクルーシブルのみならず、最前線に放り込んだだけでも大活躍しそうだが味方もろとも敵を消し飛ばすだろうな……」
「確かに………」
ケイドとクロウは苦笑した。するとレミリアは、
「心配しないで、絶対に行かせないから」
「なんで?楽しそうじゃん」
「色々と収拾がつかなくなりそうだからよ!」
「お姉様のドケチ!」
「なんですってえ!!」
いがみ合う姉妹に周りはアワアワとなる中、姉妹の言い争いを横目に、ガーディアンはしばらく二人を眺めていた。
「ケチじゃないわよ!あなたをそんな物騒な世界へ送り込めるわけないでしょうが!」
「でも楽しそうじゃん!」
「そういう問題じゃないの!」
レミリアとフランドールの声が庭園中へ響く。
美鈴は止めるべきか迷って右往左往し、小悪魔はパチュリーの後ろへそっと避難していた。霊夢はこめかみを押さえ、魔理沙は面白そうに眺めている。
その最中だった。
「………………………」
何かを閃き手をポンと叩くガーディアンが、不意にチルノへ顔を向けた。
「?」
チルノが首を傾げる。
ガーディアンは無言のまま親指で自分を指し――続いてチルノを指した。
そして少し離れた場所に立っていたルーミアを見る。同じように指を向ける。
「ガーディアンどうしたの?」
「なんなのかー?」
二人が揃って首を傾げた。
ガーディアンは答えない。
ただ、数歩後ろへ下がった。
ゴーストがそれを見て嫌な予感を覚えたように小さく高度を落とす。
「……ガーディアン?」
次の瞬間、どこからともなく軽快なリズムが流れ始めた。
「…………」
クロウが目を細める。ケイドが口元を緩めた。
「あ」
イコラは何も言わず眉間へ指を当てる。
「目を離してる隙に全く……」
ガーディアンは腰を落とした。
片足を滑らせる。
腕を胸の前で交差させ、肩を大きく振り、今度は身体を斜めへ傾けながら独特なステップを刻み始めた。
妙にキレがいい。
あれだけ激しい模擬戦を繰り広げた直後とは思えないほど動きが軽い。
「おお!?」
真っ先に反応したのは当然のようにチルノだった。
ガーディアンが手招きする。
一回。
二回。
明らかに、
――お前も来い。
という意味だった。
「おう、やる!」
即答だった。
「チ、チルノちゃん!?」
大妖精が止めるより早く、チルノはガーディアンの隣へ飛び込んだ。
当然、振り付けなど知らない。
だがそんなものは些細な問題だった。
ガーディアンの動きを横目で見ながら、腕を振り、足を蹴り上げ、途中から完全に独自の動きになりながら踊り始める。
「こうか!?」
(`・ω・´)bヨシッ!
「よーし!」
「褒めるの!?」
大妖精の悲鳴にも似た突っ込みが飛ぶ。
そしてガーディアンは今度はルーミアを見る。
「?」
再び手招き。ルーミアは自分を指差した。
「あたしも?」
大きく頷くガーディアン。
「面白そうなのかー」
こちらもほとんど迷わなかった。
ふわりと宙へ浮いたルーミアがそのまま二人の隣へ入り、ガーディアンとチルノを真似して身体を左右へ揺らし始める。
「こうなのかー?」
ガーディアンがまた親指を立てる。
「わはー」
三人になった。
ガーディアン。
チルノ。
ルーミア。
先ほどまで命や戦争について語っていた者達とは到底思えない謎の一団が、紅魔館の庭園中央で妙に統率された動きを始めていた。
しかもガーディアンが先導するたびに、チルノとルーミアがそれを真似するため、時間が経つにつれて妙に完成度が上がっていく。
右。
左。
身体を沈める。
腕を突き出す。
三人同時に決める。
「「「…………」」」
レミリアとフランドールの言い争いが止まった。
二人とも全く同じ顔でそちらを見ていた。
霊夢が額に手を当てる。
「……何やってんのよ、あいつら」
魔理沙は腹を抱えていた。
「ははははは!駄目だ、もう駄目だ!切り替えが早すぎるだろ!」
美鈴も思わず笑ってしまう。
「ついさっきまであんな真面目な話してた人ですよね!?」
「そうよ」
パチュリーが即答した。
「だから余計に理解できないのよ」
小悪魔も困惑しながら眺める。
「しかもチルノちゃん達、普通に楽しそうですね……」
実際、楽しそうだった。
「アハハハハッ、身体が勝手に動いてる~!」
チルノが勢いよく腕を振る。
「楽しいのかー!」
ルーミアが続く。
その中央でガーディアンだけは一言も発しない。
ただし身体の動きだけは誰よりも真剣だった。
妙に腰が入っている。
妙にステップが正確。
妙に決めポーズが格好いい。
「…………」
咲夜もその光景を呆然と眺めていた。
ほんの少し前まで、自分と命懸けに近い戦いをしていた男である。
時間を止めて殺した。
蘇生した。
再戦した。
最後には未知の力で自分の動きを封じた。
その後には、なぜ一度も自分へ攻撃しなかったのか、その理由まで聞いた。
あの時の言葉は確かに重かった。
彼が何百年という戦いの中で何を見て、何を失い、それでも何を守ろうとしているのか。
少なくとも、その一端には触れたつもりだった。
それなのに。
「…………」
目の前ではその本人が妖精と妖怪を引き連れて踊っている。
咲夜は目元を押さえた。
「……本当に、何なのかしらこの人」
その言葉には、先ほどまでの苛立ちはもうほとんど残っていなかった。ケイドが隣で笑う。
「考えるだけ無駄だぜ、咲夜ちゃん」
「そうなんですか?」
「ああ」
クロウも小さく頷いた。
「私達もだいぶ前に諦めた」
「諦めないでください」
ゴーストが即座に抗議する。
その時、ガーディアンが踊りながら大妖精へ手を伸ばし、手招きした
「え?わ、私!?」
大きく頷く。
「む、無理です無理です!私こういうの――」
「大ちゃん!来い!」
「チルノちゃんまで!?」
ルーミアも両手を振った。
「一緒にやるのかー!」
「えええええ!?」
大妖精は真っ赤になった。しかしチルノに腕を引かれ、半ば強制的に列へ加えられてしまう。
「わ、私は見てるだけで――」
ガーディアンが簡単なステップを見せる。
右。
左。
腕。
右。
左。
腕。
「…………」
大妖精も恐る恐る真似する。
右。
左。
腕。
「……こうですか?」
d(´ω`*)イケルジャン!
「できた!」
「大ちゃん上手いじゃん!」
「わはー!」
「えへへ……」
いつの間にか大妖精まで笑っていた。
それを見た霊夢がため息をつく。
「……何なのよ、本当に」
だがその口元も僅かに緩んでいる。
魔理沙はその変化を見逃さなかった。
「なんだ霊夢。お前も混ざりたいのか?」
「誰がよ」
「顔がそう言ってるぜ」
「言ってない」
「じゃあ私行こうかな!」
「フラン!?」
レミリアが振り返った時には遅かった。
フランドールは既にガーディアン達の方へ走っている。
「私もやるー!」
ガーディアンが即座に片手を上げる。
フランドールも手を上げる。
ぱんっ!
盛大なハイタッチ。
「ちょっと待ちなさいフラン!」
「お姉様も来ればー?」
「誰がやるもんですか!」
そう言い切ったレミリアだったが。
ガーディアン。
チルノ。
ルーミア。
大妖精。
フランドール。
五人が揃って同じ方向へ身体を傾け、ほぼ同時に腕を突き出す。そこで一斉に決めポーズ。
「…………」
レミリアの瞼が僅かに動いた。
美鈴がそれを見る。
「お嬢様」
「何よ」
「ちょっとやりたそうですね」
「やりたくないわよ!」
「でも足でリズム取って――」
「美鈴」
「はい」
「後で門番業務について話しましょうか」
「申し訳ございませんでした!」
庭園に再び笑い声が上がる。
つい先ほどまで、この場所では互いの命さえ奪いかねない戦いが繰り広げられていた。
時間が止まり、銃弾が飛び、ナイフが舞い、光が人を死から呼び戻した。
遠い世界の戦争について語られ、彼らが歩いてきた何百年もの道のりが語られた。
その全てが消えたわけではない。
理解できたわけでもない。
幻想郷の者達とガーディアン達の間には、今でも埋めようのないほど大きな価値観の違いがある。
それでも。
今この瞬間だけは。
そんなものなどまるで関係ないと言わんばかりに。
紅魔館の庭園では、世界も種族も生きてきた年月もまったく違う者達が、同じ音に合わせて笑いながら踊っていた。そしてその中心では。
「…………」
咲夜が静かにガーディアンを見る。
彼はさっきまでの理知的で雄弁さがどこにもない。
けれど、先ほどまでの重苦しい空気がもうどこにも残っていないことだけは、誰の目にも明らかだった。
咲夜は小さく息を吐く。
「……あなた、ひょっとして」
誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
「こうなることまで分かってやっているのかしら」
一瞬だけ、踊っていたガーディアンが咲夜の方を見る。
( ̄ω ̄)bニヤリ……
「…………」
咲夜の眉がぴくりと動いた。
「やっぱり考えていませんね」
ゴーストが即答する。
「でしょうね」
咲夜も即答した。
「そこ即答するんだな……」
クロウが苦笑する。ケイドは肩を震わせて笑っていた。
紅魔館の庭園に、また大きな笑い声が響いた。
そしてレミリアが満足そうに腕を組み、「それじゃあ、これで――」と締めようとした、その時だった。
ガーディアンが突然一歩前へ出る。
そして、右腕を大きく振り上げた。
「……?」
咲夜が首を傾げる。
――ドゴォン!!
次の瞬間、ガーディアンは拳を地面へ叩きつけるような動作を始めた。
( ・`д・´)Bフザケンナー!
ドンッ、とでも音が聞こえてきそうな勢いだったが、実際に地面が砕けるわけではない。
ただ、その動きに込められている感情だけは分かりやすかった。
……不満、抗議。
そして、どう見ても納得していない。
ガーディアンはもう一度、同じように拳を地面へ叩きつける仕草をする。
一同は揃って黙った。
「…………は?」
レミリアがゆっくり眉を寄せる。
「……何?」
咲夜もガーディアンを見つめる。
「今度は何にご不満なんでしょう」
霊夢はすぐにゴーストへ顔を向けた。
「ゴースト、言わなくても分かるわよね?」
ゴーストは主人を見た後、非常に嫌そうに外殻を傾けた。
「……これ、本当に訳します?」
「訳しなさい」
「私も聞きたいぜ」
魔理沙まで身を乗り出す。文はすでに手帳を構えている。
「ぜひお願いします」
咲夜も。
「私も知りたいです」
完全に逃げ場を失ったゴーストは、仕方なく主人の意思を言葉へ直した。
「えっと……『いや、ちょっと待って』」
全員が続きを待つ。
「『ボク、あれだけ頑張ったのになんでエングラムはおろかグリマーすら貰えないの?』……………………」
庭園が見事なまでに静まり返った。
レミリアが瞬きをする。
「…………は?」
咲夜も。
「…………え?」
霊夢はゆっくりと聞き返した。
「……なんの話?」
「報酬です」
「この模擬戦で?」
「はい」
ガーディアンは再び地面へ拳を叩きつける仕草をした。霊夢の眉間へ皺が寄る。
「何で当然みたいに抗議してんのよ!」
ゴーストはさらに主人の意図を受け取り、諦めたように説明を続ける。
「『昨日のハイヴ戦のみならず、アラークハルをやっつけたのに貰えなかったし、しかも今日咲夜と長時間戦った。一度殺された。蘇生した。クルーシブルの説明にも付き合った。最後にはストランドまで使ってきちんと決着をつけた。それなのに報酬クレートが出てこないのはおかしい、許せない』とのことです」
魔理沙が目を丸くした。
「おかしくないだろ!?」
するとケイドは。
「分かる」
真顔で頷いた。その瞬間、幻想郷側の視線が一斉にケイドへ向いた。クロウも少し考えるように顎へ手を当てた後。
「分かるな」
と頷く。さらにイコラまで。
「分かるわ」
と、静かに同意した。
霊夢達は今度は揃ってイコラ達を見る。
霊夢の声が低くなる。
「……何で全員共感してるの?」
ケイドはむしろ不思議そうだった。
「これだけナイトフォール作戦並みの長いアクティビティやって、何もなしは普通にへこむだろ」
魔理沙が即座に突っ込む。
「そのナイトフォールやらアクティビティって一体なんだよ!?」
「いや、戦っただろ」
「戦ったけど!」
「相手もかなり強かったし」
ケイドが咲夜を見る。咲夜の笑顔が少しだけ怖くなる。
「誰が強敵ですか」
ケイドが慌てて両手を振る。
「褒めてる!今のは完全に褒めてるから!」
「なら結構です」
クロウは妙に真剣に考えていた。
「確かに最高峰報酬までは要求しないとしても、何か一つくらいはあっていいと思う」
霊夢がすぐに反応する。
「最高峰報酬って何よ」
「高品質な装備や成長につながる報酬だ」
「別に説明を求めてないわよ!」
クロウはそのまま続ける。
「アセンダントの破片や亜空間合金までとは言わない」
魔理沙が額を押さえる。
「また知らない単語増えたぞ」
「希少な強化素材だ」
「じゃあ何なら妥当なんだよ」
クロウは少しだけ考え。
「強化プリズム二個、いや強化のコア三個、奇妙なコイン数枚くらいは貰ってもいいはずだ」
霊夢が驚く。
「具体的すぎる!」
イコラまで静かに頷いた。
「妥当ね」
パチュリーが信じられないものを見るような目でイコラを見る。
「あなたまで?」
「ガーディアンにとって報酬は重要よ」
「さっきまでこの中で一番まともに見えたのだけれど」
「戦術と報酬は別問題よ」
パチュリーは深くため息を吐いた。
「やっぱりあなた達全員どこかおかしいわね」
イコラは平然としていた。
「否定はしない」
その横では文が猛烈な勢いで筆を走らせている。
「『異界の戦士達、戦闘後の報酬へ異常な執着を示す――』」
ケイドが振り返る。
「異常は言い過ぎじゃねえか?」
「でも皆さん普通に共感してますよね?」
「……まあ」
「認めるの!?」
霊夢の叫びに、魔理沙が笑い出した。
ゴーストまで小さく付け加える。
「他のガーディアンでしたら、今頃庭園のどこかにクレートが出現していないか探し回る者もいるでしょうね」
魔理沙が少し引く。
「本当に?」
「はい。見つからなければ壁の裏や屋根の上まで疑う可能性があります」
「怖い習性だな」
「長年の習慣です」
そんな会話の間も、ガーディアンはまだ不満を示すように地面へ拳を叩きつけるエモートを続けていた。
レミリアは最初こそ困惑していたが、次第にその口元が上がっていく。
「つまり」
ゴーストを見る。
「頑張ったから、何かご褒美が欲しいってこと?」
ゴーストは少し申し訳なさそうに答えた。
「ものすごく簡単に言えば、その通りです」
霊夢はゆっくりガーディアンを見る。
「成人男性が?」
「はい」
「何百年も戦ってる成人男性が?」
「はい」
「ご褒美ないって地面叩いて駄々こねてるの?」
ゴーストは一瞬だけ沈黙した後、観念したように答えた。
「……はい」
魔理沙がついに吹き出した。
「駄目だ、成人男性(笑)がまた更新された!」
美鈴も口元を押さえている。
「さっきまで本当に格好良かったんですけどね……」
小悪魔も頷く。
「落差がすごいです」
咲夜は額へ手を当てた。
「私は先ほど、この方を本当に優しい人だと思ったばかりなのですが」
パチュリーは平然と返す。
「優しい人と、報酬がないと駄々をこねる人は両立するでしょう」
「両立してほしくありません」
その言い方があまりにも真剣だったため、レミリアはとうとう小さく吹き出した。
「ふふっ……」
咲夜が顔を向ける。
「お嬢様?」
「ごめんなさい。でも、これは面白すぎるわ」
レミリアは地面へ拳を叩きつけ続けるガーディアンをしばらく眺めた後、楽しそうに笑いながら言った。
「分かったわ」
その瞬間、ガーディアンの動きがぴたりと止まった。
霊夢が少し引いた顔をする。
「そこだけ聞き分け良すぎない?」
レミリアは咲夜へ向き直った。
「今日のおやつに取っておいたもの、まだ残っていたわよね?」
「クッキーとマドレーヌでしたら、厨房にかなりありますけど」
「それを持ってきてあげて」
咲夜は目を瞬かせた。
「……この方に?」
「そうよ」
「報酬として?」
「報酬として」
咲夜は少し考え込み、それからガーディアンを見る。
「その……エングラム、グリマーとやらの代わりに、クッキーとマドレーヌで納得するんでしょうか」
レミリアは楽しそうに肩を竦めた。
「本人に聞けばいいじゃない」
そしてガーディアンへ顔を向ける。
「エングラムとかグリマーとかいう物は持っていないけれど、今日のおやつに取っておいたクッキーとマドレーヌなら、かなりあげるわ。それでどう?」
一瞬だけ、ガーディアンが静止した。
次の瞬間、その周囲にまたあの大きな光のハートが現れた。
両手を使い、全身で示す最大級のハートサイン。
♡
あまりにも露骨な喜び方に、幻想郷側だけでなくクロウまで僅かに目を丸くした。
レミリアはすでに楽しそうに笑っている。
「何て言ってるの?」
ゴーストは主人を見た。
そして、本気で嫌そうな声音で尋ねる。
「……本当に訳します?」
霊夢が即答した。
「絶対訳しなさい」
魔理沙も。
「ここまで来たら聞きたいぜ」
文はすでに筆を構えている。
「記事のためにも」
咲夜も静かに頷いた。
「お願いします」
完全に逃げ道を失ったゴーストは、深いため息とともに通訳した。
「『いやあ、流石はレミリアお嬢様。最高、痺れる、愛してるぅ!』と言っています」
数秒、誰も何も言わなかった。
そして。
「それでいいのかよ!?」
庭園全体へ、見事に揃った突っ込みが響いた。
霊夢がガーディアンを勢いよく指差す。
「さっきまで最高峰報酬だの強化素材だの言ってたでしょうが!」
魔理沙も腹を抱えて笑っている。
「クッキーとマドレーヌで全部解決したのかよ!」
クロウは真面目な顔のままガーディアンを見る。
「強化のプリズムより菓子でいいのか?」
( ≧∀≦)bウンウン!
クロウは。
「そうか」
とだけ答えた。霊夢がすぐに振り返る。
「何で納得するのよ!」
ケイドは笑いすぎて腹を押さえていた。
「ワハハハハハ!相棒、お前安いな!思ったより遥かに安いぞ!」
ガーディアンがケイドを見る。
ケイドは慌てて手を振る。
「いや、褒めてねえ!」
イコラは額へ手を当てた。
「あなたの装備強化への情熱はどこへ消えたのよ」
ゴーストが淡々と答える。
「甘味に負けたようです」
パチュリーは小さく呟いた。
「クルーシブルより理解不能ね」
小悪魔はむしろ楽しそうだった。
「でも、扱い方はちょっと分かりやすくなりましたよね」
美鈴も頷く。
「お菓子をあげると喜ぶ、と」
霊夢がじとっとした目を向ける。
「それを餌付けって言うのよ」
そこで咲夜の表情が少し変わった。
「……あの、お嬢様」
「何?」
「これ、大丈夫でしょうか」
レミリアが首を傾げる。
「何が?」
咲夜はガーディアンの巨大なハートを見た後、少し嫌な予感を含んだ声で言った。
「今、この方に『駄々をこねればお菓子が貰える』という成功体験を与えてしまった気がするんですが」
その言葉を聞いた瞬間。
霊夢。
イコラ。
クロウ。
ゴースト。
四人が同時にガーディアンを見る。
ガーディアンはまだ全力で、
♡♡♡♡♡♡
レミリアへハート。
霊夢の顔が徐々に引きつる。
「……レミリア」
「何よ」
「今からでも撤回しない?」
「どうして?」
イコラまで低い声で続ける。
「私も撤回を勧めるわ」
レミリアが少し驚く。
「そんなに?」
クロウが静かに答える。
「覚えるぞ」
「何を?」
「ここへ来て駄々をこねれば菓子が貰える、と」
ゴーストも深く外殻を傾けた。
「かなり高い確率で覚えます」
咲夜が小さく頷く。
「やはり」
魔理沙がガーディアンを見て笑う。
「犬みたいな学習の仕方するな」
ゴーストは少し考えた後。
「時々します」
と答えた。
霊夢が頭を抱える。
「成人男性でしょうが!」
「(笑)がつくけどな」
レミリアはそれでも、巨大なハートを出して喜んでいるガーディアンを見て楽しそうに笑った。
「別にいいじゃない。来た時にお菓子くらいあげれば」
霊夢とイコラがほとんど同時に深いため息を吐いた。
咲夜もまだ不安そうだったが、当のレミリアが楽しそうにしている以上、それ以上強く止めることはできなかった。
そして、この時のレミリアはまだ知らなかった。
自分が何気なく差し出したクッキーとマドレーヌが、後に紅魔館だけではなく幻想郷各地を巻き込む、非常にくだらない珍騒動の発端になることを。
◇
――数日後、博麗神社。
朝の境内を箒で掃いていた霊夢は、鳥居の近くに座っている見慣れた虹色の鎧を見つけた。
ガーディアンは妙に行儀よく正座している。
霊夢は箒を止めた。
「……何してんの?」
ガーディアンは何も言わず、両手を少し前へ差し出した。そして何かを口へ運ぶような仕草をする。
霊夢は数秒ほどそれを見てから眉を寄せた。
「……お菓子?」
ガーディアン。
(●^ω^●)カシクレー!
霊夢は即答した。
「ないわよ」
その瞬間。
ガーディアンの動きが止まった。
数秒何もしない。
霊夢も何となく嫌な予感がして、そのまま見ていた。
すると、ガーディアンはゆっくり身体を横へ倒し、そのまま境内へ寝転がった。
霊夢の眉がぴくりと動く。
「……何してんの」
ガーディアンは何も答えない。
代わりに。
ごろごろ。
右へ。
左へ。
さらに両手両脚をじたばたじたばた動かし始めた。
言葉は一言もない。
それなのに。
「菓子を寄越せ」。
その要求だけは、嫌というほど伝わってきた。その時、通りかかったゴーストが霊夢とガーディアンに目を合わせないようにしていると、
「ゴースト」
彼女の呼び止めにビクッと反応するゴースト。
「…………なんでしょう、霊夢」
「通訳して。もう何を言いたいのか大体察してるけど」
ぶっきらぼうに言うと、ゴーストは「ハア……」とため息をついてこう言った。
「…………………『お菓子をくれないとやーよやーよ!』」
「…………………………………………」
霊夢はしばらく無言でその光景を見下ろしていた。
そして、非常に静かな声で。
「……あんたさ」
ガーディアンはまだばたばたしている。
「成人男性よね?」
……反応なし。
「何百年……あんたは十数年か。まあどれだけ生きてるのか知らないけど、少なくともあたしより遥かに年上よね?」
まだばたばた。
「お菓子貰えないからって、人ん家の境内で寝転んで駄々こねてるの?」
――じたばたじたばた。
ガーディアンはむしろ動きを強くした。
霊夢の額へ青筋が浮かぶ。
そこへちょうど魔理沙が箒に乗って飛んできた。
「おーい霊夢……って、何やってんだこいつ?」
霊夢は、地面で無言の駄々をこねる異世界の英雄を指差した。
「妖怪よ」
魔理沙が目を瞬かせる。
「は?」
「新種の妖怪」
霊夢は真顔だった。
「妖怪、菓子よこせ」
魔理沙は一度ガーディアンを見る。
ガーディアンはまだばたばたしている。
数秒後、魔理沙は腹を抱えて笑い始めた。
「駄目だ、腹痛い!妖怪菓子よこせって何だよ!」
「笑ってないで止めなさいよ!」
「無理だろ、こんなの!」
そして、ガーディアンの奇妙な行動は博麗神社だけでは終わらなかった。
――数日後には魔法の森へ現れた。
魔理沙が自宅へ戻ると玄関前に正座するガーディアンが。
魔理沙はすでに嫌な予感が過る。
「お前、まさか……」
ガーディアンは両手を差し出し、菓子を要求するが
魔理沙は。
「……ねえぞ」
即答。しかし数秒後、玄関前でごろごろし出し魔理沙は。
「人ん家の前で駄々こねんな!!」
さらには香霖堂。霖之助の前で正座するガーディアンは両手を差し出す。
「何だい」
「……………………お菓子がほしいと言ってます」
呆れ果てたゴーストが代わりに渋々伝えると霖之助は真顔で。
「うちは菓子屋ではないよ」
店内でごろごろじたばたするガーディアンに対して霖之助はしばらく黙って見る。
「……君、こんな人だったのかい?」
じたばたじたばたじたばたじたばたじたばたじたばたじたばたじたばたじたばた―――――。
「帰ってくれないか?」
そして、この奇妙な行動が少しずつ人里でも噂になった。
――虹色の鎧を着た外来人ものすごく強いらしい。
空を飛ぶ。
銃を撃つ。
死んでも蘇る。
妖怪相手にも平然としている。
ところが菓子をやたら欲しがる。
菓子をあげると大喜び、あげないとその場へ寝転がって無言で永遠と駄々こね。
怖いというよりどうしようもなく情けない。
そして。
誰が最初に言い始めたのかいつしかその名が広まった。
――『成人男性(笑)』
――妖怪『菓子よこせ』
……後日。紅魔館。
咲夜から一連の報告を受けたレミリアは、紅茶のカップを口元へ運びかけた姿勢のまま、長いこと固まっていた。
「…………」
咲夜も黙っている。
美鈴は明らかに笑いを堪えている。
小悪魔はもう少し。
肩が震えている。
パチュリーだけは何事もなかったように本を読んでいる。
やがてレミリアが恐る恐る咲夜を見る。
「……ねえ」
「はい」
「もしかして私のせい?」
咲夜は一度紅茶を口へ運び、ティーカップを静かに置くと非常に穏やかな声でこう言った。
「かなり」
レミリアはしばらく何も言えなかった。
パチュリーがページをめくりながら。
「彼に餌付けするからよ」
レミリアがすぐに反論する。
「餌付けじゃないわ!報酬よ!」
しかし咲夜は呆れ顔で。
「本人は同じ意味として覚えたようです」
すると小悪魔が。
「今度来たら、お菓子隠します?」
咲夜は少し考える。
「隠したら、今度は紅魔館の廊下でゴロゴロ寝転がって駄々をこねるでしょうね」
「ブッ!!!」
美鈴がとうとう吹き出す。
「す、すみません。でも、想像したら……」
レミリアも想像する。
咲夜を追い込み、何百年も戦い神や怪物を相手にしてきた異世界の英雄、ガーディアン。
そんな男が紅魔館の廊下で菓子を求めてごろごろじたばた――。
「…………」
数秒後、そしてとうとうレミリアが。
「ふっ……アハハハハハハハハハ!!」
大笑いし、咲夜は深くため息を吐いた。
「お嬢様が笑うから、また来るんですよ」
レミリアは涙を拭いながら答える。
「だって面白いんだもの! いいじゃない、クッキーくらい!」
咲夜はもう一度、諦めたようにため息を吐いた。
どうやら今後、ガーディアンが紅魔館へ遊びに来る日には、客室や紅茶の準備よりも先に、厨房のお菓子が十分残っているかどうかを確認する必要がありそうだった。
そして、紅魔館の面々がその妙な習慣に慣れるまで、それほど長い時間はかからなかった。