東方天命録~The Final Shape Begins~   作:はならむ

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第五十八話:ガーディアンだって甘えたい

「いやあ、それにしてもお二人がた、お疲れ様でした!本当にすごかったですよ!」

 

美鈴がパチパチ拍手を始めた。その拍手につられるように、小悪魔も嬉しそうに手を叩き、周囲にいた妖精メイド達からも一斉に歓声が上がる。

 

「咲夜様、格好良かったですー!」

 

「ガーディアンさんもすごかった!」

 

「最後の緑の糸、何だったの!?」

 

「咲夜様が止められたところ、初めて見た!」

 

「もう一回見たいです!」

 

「私はもう一回は遠慮しておきます」

 

咲夜が苦笑しながら返すと、妖精メイド達の間に明るい笑い声が広がった。

チルノも負けじと勢いよく拍手をしながら胸を張る。

 

「二人ともすごかったぞ!まあ、あたいの次くらいだけどな!」

 

その言葉に霊夢がすぐさま反応した。

 

「どうしてそこで自分を一番上に置くのよ」

 

「だってあたい最強だもん!」

 

「今はあんたの強さを決める話じゃないでしょうが」

 

大妖精はそんな二人を見て苦笑しつつも、咲夜とガーディアンへ丁寧に拍手を送り続けていた。

 

「でも、本当に最後まで無事に終わってよかったです。途中は、その……かなり怖かったですけど」

 

その言葉に咲夜は少し申し訳なさそうに眉を下げた。

 

「心配をかけてごめんなさいね、大妖精」

 

「い、いえ。咲夜さんが無事なら大丈夫です」

 

すると魔理沙が一歩前へ出る。

 

「やっぱり、あのストランドって奴を見た瞬間に迷ったのか?」

 

「ええ。最初から時間を止めるつもりでしたし、ガーディアンさんが何をしようと、動いた瞬間に能力を使うつもりでした。でも、あの緑色の糸を見た時に一瞬だけ考えてしまったんです。あれが何なのか、どうやって空中へ引っ掛かっているのか、次にどこから来るのか。その一瞬が、そのまま隙になりました」

 

パチュリーは腕を組みながら静かに頷いた。

 

「つまり、咲夜の時間停止そのものを打ち破ったわけではないのね。能力を使われるより先に、判断を遅らせて勝負を終わらせた」

 

「そういうことよ」

 

イコラが答える。

 

「クルーシブルでは、相手の最も強い手札を正面から破るより、そもそも使わせない状況を作る方が効率的なことも多いわ」

 

魔理沙は感心したようにガーディアンを見る。

 

「なるほどな。時間停止に勝ったんじゃなくて、時間停止する暇を与えなかったわけか」

 

「そう考えるのが一番近いわね」

 

パチュリーは改めてガーディアンを見つめた。

 

「単純な火力や身体能力だけじゃなく、戦闘経験そのものが動きに出ている。少しだけ、あなた達がクルーシブルで何を積み重ねてきたのか理解できた気がするわ」

 

霊夢は腕を組んだまま、何とも言えない顔でガーディアンを見る。

 

「普段はあれだけ意味不明なことしてるのに、戦闘になると急に頭が回るのよね」

 

ガーディアンはその言葉を聞くなり、当然のように親指を立てた。霊夢の眉がぴくりと動く。

 

「別に褒めてないわよ」

 

ケイドが笑う。

 

「相棒は都合のいい部分だけ受け取るからな」

 

「本当に便利な性格ね」

 

そんなやり取りの横で、射命丸文は拍手を送りながらも、すでに手帳へ何かを書き込んでいた。

 

「これはかなり面白い記事になりますねぇ。『時間を操る紅魔館のメイド長、未知の緑色の糸によって一瞬の隙を突かれる――』」

 

咲夜が静かに文を見る。

 

「文さん?」

 

文の筆が止まる。

 

「はい?」

 

「それだけ読むと、私が一方的に敗北したように見えるのですが」

 

「最後の一戦だけ見れば事実では?」

 

咲夜の笑顔が少しだけ深くなる。

 

「後で相談しましょうか」

 

文も同じように笑顔を返した。

 

「はい」

 

霊夢が横から呆れたように言う。

 

「咲夜相手だと本当に素直ね」

 

「記者も命あってのものですから」

 

「そこだけは賢明だと思うわ」

 

……長く続いた模擬戦が正式に終わり、レミリアから一勝一敗の引き分けという裁定が下されると、紅魔館の庭園を覆っていた張り詰めた空気は、ようやく目に見えて和らいでいった。

咲夜はストランドによる拘束から完全に解放されたことを確認すると、軽く肩や腕を動かして身体の具合を確かめた。その正面ではガーディアンもヘビーマシンガンを収め、先ほどまで身体の周囲を漂っていた鮮やかな緑色の糸を消している。ほんの少し前まで、咲夜は時間停止を発動させる寸前に動きを封じられ、目の前へ大型火器を突きつけられていたのだが、こうして互いに武器を収めてしまえば、庭園は不思議なほど穏やかだった。

観戦していた者達も、それぞれ元の場所へ戻っていく。

霊夢と魔理沙は並んで庭園の端へ立ち、レミリアは主催者らしく用意されていた椅子へ戻る。パチュリーの隣には小悪魔、美鈴も少し離れた位置へ戻り、チルノ、大妖精、ルーミアも戦いの余韻について好き勝手に話していた。フランドールはまだ興奮が冷めていないのか、ガーディアンを楽しそうに眺めている。

そして射命丸文は、当然のように手帳を閉じていなかった。

 

「いやあ、最後の一瞬は見応えがありましたねぇ。咲夜さんが時間を止めると思ったら、まさか未知の力、ストランドで拘束してしまうなんて」

 

「記事の見出しにする前に、変な誇張はやめてくださいね」

 

咲夜が振り返ると、文は素知らぬ顔で筆を動かした。

 

「私は見たままを書く新聞記者ですから」

 

霊夢がその横から手帳を覗き込む。

 

「その割には毎回、見出しだけ大袈裟じゃない」

 

「新聞というのは、まず読者に手に取ってもらわなければ始まりません」

 

「はいはい」

 

そんなやり取りを背にしながら、咲夜は改めてガーディアンへ向き直った。

長い戦いだった。

途中で休憩を挟み、雪だるまを作り、ガーディアンが一度死亡し、蘇生に関する話やクルーシブルの実演まで始まり、最終的には随分遠回りをした。それでも、最初に始めたのは確かに自分とこの男との模擬戦だった。

だからこそ。

最後だけは、きちんと締めたかった。

咲夜は胸元へ片手を添えると、静かに頭を下げた。

 

「ありがとうございました」

 

勝敗とは関係のない礼だった。

互いに本気で戦った者同士としての、最後の挨拶。

周囲も自然とガーディアンへ視線を向ける。

霊夢などは、どうせまた親指でも立てるのだろうと思っていた。

魔理沙はもしかすると、突然踊り始める可能性まで考えていた。

咲夜自身も、巨大なハートくらいならもう驚かないつもりだった。

ところが。

ガーディアンは背筋を真っ直ぐ伸ばした。

両脚を揃え、姿勢を正す。

そして右手を上げると、咲夜へ向けて綺麗な敬礼を返した。

ふざけている様子はない。

妙なエモートへの派生もない。

ただ静かに、相手へ敬意を示すための敬礼だった。

そのあまりにもまともな姿に、逆に周囲が戸惑った。

最初に声を漏らしたのは霊夢だった。

 

「……あ」

 

魔理沙が横を見る。

 

「何だ?」

 

霊夢は敬礼するガーディアンを指差した。

 

「ちゃんと礼してる……」

 

魔理沙も改めてガーディアンを見ると、少し意外そうに目を見開いた。

 

「本当だ。お前、やればできるじゃないか」

 

そのまま感心したように腕を組む。

 

「途中は何度『こいつ大丈夫か』って思ったか分からないけど、最後はちゃんと締めるんだな。見直したぜ」

 

咲夜も頭を上げたあと、しばらく敬礼を返しているガーディアンを見つめていた。

 

「……え」

 

ガーディアンはまだ姿勢を崩さない。

咲夜の方が困惑した。

 

「ちゃんと礼をしてる……」

 

少し考え、自分で言った言葉が失礼だったことに気づく。

 

「いえ、当然のことをしていただいただけなのは分かっているんですが……今までが今までだけに、ものすごい違和感がありますね」

 

レミリアは面白そうに笑った。

 

「何よ、ちゃんと最低限のことは弁えてるじゃない。偉いじゃない」

 

美鈴も驚いたまま頷く。

 

「……びっくりしました。あんな人でもちゃんと礼はできるんですね」

 

小悪魔がすぐに美鈴を見る。

 

「美鈴さん、それ本人の前で言っていい感想なんですか?」

 

「でも小悪魔も少し思ったでしょう?」

 

「…………まあ、ほんの少しだけ」

 

「ほら」

 

「私を巻き込まないでくださいよ」

 

フランドールはそんな大人達のやり取りには構わず、楽しそうにガーディアンへ手を振った。

 

「お兄ちゃん!」

 

ガーディアンが敬礼を解き、フランを見る。

 

「楽しかったわ!今度はあたしとも地下室で遊びましょう!」

 

その瞬間、レミリアが少し警戒した顔になる。

 

「フラン。その『遊ぶ』って何をするつもり?」

 

「決まってないよ?」

 

「決まってから必ず私に言いなさい」

 

「お姉様、心配しすぎ」

 

「あなたの場合は必要なのよ」

 

ガーディアンはフランへ親指を立てた。

フランの顔がぱっと明るくなる。

 

「やった! 約束ね!」

 

チルノもすぐに前へ出た。

 

「お前、よく頑張ったな!」

 

ガーディアンがチルノへ顔を向ける。

 

「一回死んだのにちゃんと戻ってきたし、最後はあの緑色ので咲夜を捕まえたし、えらいぞー!」

 

霊夢が横から呆れたように口を挟む。

 

「完全に年下を褒める言い方なのよ」

 

「頑張った奴は褒めればいいんだぞ!」

 

ガーディアンも気にした様子はなく、笑顔で親指を立てた。

その隣では、大妖精が少し控えめに拍手をしていた。

「す、すごかったです……! 最後なんて、何が起きたのかほとんど分かりませんでした」

 

ガーディアンが大妖精へ視線を向ける。

その瞬間、大妖精の身体がほんの僅かに強張った。

先ほどまで笑っていた表情に、ほんの一瞬だけ影が落ちる。

ガーディアンはそれを見逃さなかった。

クルーシブルの実演。

クロウが自分の目の前で倒れたこと。

その後すぐに蘇ったとはいえ、大妖精にとって「人が死ぬ瞬間」を競技として見せられた衝撃までは、簡単には消えない。

ガーディアンは少しだけ身体を低くすると、何も言わずにゴーストへ顔を向けた。

ゴーストはすぐ意図を理解したらしい。

 

「大妖精さん」

 

「は、はい?」

 

大妖精が少し緊張した声で返す。

ゴーストはいつもの説明口調よりも少し穏やかな声で言った。

 

「彼から伝言です。『さっきは怖がらせてごめんな』」

 

大妖精は目を見開いた。

 

「……私に?」

 

ガーディアンが小さく頷く。

ゴーストは続けた。

 

「クルーシブルを見せた時のことです。君を怖がらせることが目的ではなかった。ただ、自分達がどういう環境で戦い方を覚えてきたのかを伝えるには、実際に見てもらった方が早いと思った。でも、結果として怖がらせたことは気にしていたようです」

 

大妖精はしばらく何も言わなかった。

隣ではチルノが心配そうに顔を覗き込んでいる。

 

「大ちゃん?」

 

大妖精は小さく首を横に振った。

 

「大丈夫だよ」

 

それからガーディアンへ向き直る。

 

「確かに、ちょっと怖かったです。クロウさんが黒焦げで倒れた時は、本当にどうしようって思いました。でも……ガーディアンさんもクロウさんも悪い人じゃないことは、もう分かっていますから」

 

少しだけ笑う。

 

「それに、こうしてちゃんと謝ってくれましたし」

 

ガーディアンはゆっくり親指を立てた。

大妖精も、今度は自然に笑った。

 

「はい。だから、もう大丈夫です」

 

ルーミアも楽しそうに手を叩く。

 

「よくやったのかー」

 

ガーディアンはルーミアにも親指を返す。

 

「頑張ったのかー」

 

その頃には妖精メイド達も遠慮がなくなっており、次々とガーディアンへ声を掛けていた。

 

「お疲れ様でしたー!」

 

「最後すごかったです!」

 

「見直しましたー!」

 

「最初は変な人だと思ってましたー!」

 

「今も変だけど強かったですー!」

 

「最後の一言いらなくない?」

 

魔理沙が思わず笑う。ガーディアン自身は気にすることもなく、妖精メイド一人一人へ律儀に親指を立てて返していった。

射命丸文もその様子を観察しながら手帳へ書き込んでいる。

 

「『決闘後、異界の戦士は対戦相手へ敬礼。観客一人一人の声にも丁寧に応じる――』」

 

霊夢が文の手帳を横から覗いた。

 

「珍しくまともな締めじゃない」

 

「私だって普通の記事くらい書けますよ」

 

「今日は普通じゃない材料が多すぎたものね」

 

「それは否定しません」

 

そしてガーディアンは一通り皆へ応じ終えると、静かに霊夢達のいる場所へ戻ってきた。

歩き方も落ち着いている。

武器も収めたまま。

派手な虹色の装備でなければ、長い戦いを終えた歴戦の戦士が仲間達のもとへ凱旋してくるような、かなり絵になる光景だった。

霊夢もこの時ばかりは素直だった。

 

「いやあ、すごかったわ」

 

ガーディアンが近づいてくる。

 

「あんた、あれだけふざけまくってたのに本当に強いのね」

 

魔理沙も笑いながら頷く。

 

「見直したぜ。しかも最後は敬礼までして、今日は珍しく綺麗に――」

 

そこまで言ったところで、魔理沙の声が止まった。

 

「……ん?」

 

ガーディアンが突然その場で立ち止まったからだ。

霊夢が首を傾げる。

 

「何?」

 

ガーディアンの周囲に淡い光が集まった。

その光が輪郭を作り、わずか数秒で半透明の光を帯びた大きなソファーへ変わっていく。

霊夢の表情が微妙に引きつり、魔理沙はニヤニヤが止まらない。

 

「は?」

 

「ほら出たぞ」

 

咲夜も眉を寄せる。

 

「今度は何をするつもりでしょう」

 

パチュリーだけは、ソファーが出現した瞬間から露骨に嫌そうな顔をしていた。

 

「ほら」

 

レミリアが振り返る。

 

「何が?」

 

「嫌な予感」

 

「ソファー出しただけでしょ?」

 

「これからするのよ」

 

その予感は、ほとんど間を置かず的中した。

ガーディアンはソファーへ腰掛けるのではなく、そのまま横へ身体を倒した。背もたれへ身体を向けるように横向きになり、脚を少し曲げ、両腕も胸の前へ寄せる。

最後には、巨大な鎧を着た成人男性が光るソファーの上で小さく身体を丸め、完全に寝る姿勢になった。

 

「…………………………」

 

一同は数秒間、言葉を失った。

咲夜がゆっくり瞬きをする。

 

「……ここで寝るんですか?」

 

美鈴も首を傾げた。

 

「まあ、かなり長い試合でしたから……疲れたんじゃないですか?」

 

小悪魔も頷く。

 

「お昼寝なんでしょうか」

 

ケイドだけは面白そうに近づいた。

 

「お。どうした相棒?電池切れか?」

 

ガーディアンは丸くなった姿勢のまま、ヘルメットだけ少しケイドへ向けた。

 

それから、ゴーストを見る。

 

ゴーストは主人の意思を受け取った途端、わずかにシェルを下げた。

 

「…………ガーディアン、本気でそれを伝えろ、と………?」

 

霊夢がその反応を見逃さない。

 

「何よ」

 

「いや……」

 

「何て言ってるの?」

 

ゴーストは少し言いにくそうに答えた。

 

「まず、『疲れたから寝たい』と」

 

そこまでは皆も納得できた。

魔理沙も肩を竦める。

 

「まあ、あんだけ動いた後だからな。それくらいなら寝かせとけば――」

 

「……ただ」

 

ゴーストが続けた。

魔理沙の言葉が止まる。

霊夢の眉が僅かに上がる。

 

「ただ?」

 

ゴーストは一度ガーディアンを見てから、どうして自分がこれを訳さなければならないのだというように小さくシェルを傾けた。

 

 

「『あと、ボクちゃん頑張ったからよしよしと頭を撫でて、いっぱい褒めて癒してほしい』」

 

 

誰も喋らない。

ゴーストはさらに続ける。

 

「『ほら早く』」

 

庭園に、先ほどの決闘中よりも濃密な沈黙が落ちた。

霊夢は口を半開きにしたまま固まっている。

魔理沙も何かを言おうとして、結局何も出てこなかった。

 

咲夜は先ほど自分へ敬礼を返していた男と、今ソファーで丸くなりながら「ボクちゃん頑張ったから撫でて」と要求している男が、本当に同一人物なのかを真剣に考えているような顔になっていた。

レミリアも目を丸くし、美鈴は頬を引きつらせ、小悪魔は口元へ手を当てている。

射命丸文に至っては、あれほど止まらなかった筆が完全に停止していた。

 

 

そして数秒後。全員の声が見事に重なった。

 

 

 

「な ん な ん だ こ い つ ぅ ぅ ぅ ぅ ぅ ぅ ぅ ぅ ぅ ぅ ! ! ?」

 

 

 

絶叫が紅魔館の庭園へ響き渡った。

しかしケイドだけは、一瞬驚いたあとすぐに腹を抱えて笑い始めた。

 

「ワハハハハハハハハハ!いいぞ相棒!最後の最後で全部台無しにしやがった!」

 

そのままソファーへ近寄り、躊躇なくガーディアンの頭へ手を置く。

 

「よーしよしよし!よく頑張ったな相棒! 咲夜のお嬢ちゃん相手に最後までよくやったぞ!」

 

そしてヘルメット越しの頭を豪快にごしごし撫で回した。

ガーディアンは丸くなったまま片手だけを持ち上げる。

 

 

d(*´ω`*)モットモット!

 

 

ケイドは満足そうに笑った。

 

「おう。よくできました!」

 

クロウは少し離れた場所で苦笑していた。

 

「……お前ら、本当に仲がいいな」

 

ケイドが振り返る。

 

「何だクロウ。お前も撫でてほしいか?」

 

「いらない」

 

「遠慮すんな」

 

「いらん!」

 

「じゃあ相棒を撫でる側?」

 

クロウはガーディアンを見る。

ガーディアンも見る。

 

「…………遠慮しておく」

 

ガーディアンはごろ寝しながら右手でサムズアップ。

 

「何に対する了承なんだ、それは」

 

そんな二人の横で、イコラは何も言わなかった。

ただ、ゆっくりと庭園の壁の方へ歩いていく。

霊夢がそれに気づいた。

 

「イコラ?」

 

イコラは壁の前で止まると、そのまま額を軽く壁へ預けた。

 

「…………」

 

こつん、と額を壁に当てた小さな音がする。魔理沙が心配そうに見る。

 

「何してんだ?」

 

クロウが苦笑した。

 

「多分、見なかったことにしたいんだと思う」

 

イコラは額を壁へ当てたまま、低い声で呟く。

 

「私は長い間、この人達と付き合ってきたはずなのに、どうしていまだに理解できないのかしら……」

 

ゴーストが静かに答える。

 

「安心してください。私もです」

 

イコラが顔だけ少しゴーストへ向ける。

 

「あなたはずっと彼と一緒でしょう?」

 

「だから余計にです」

 

一方、パチュリーはもっと深刻だった。

つい先ほどまで、彼女はガーディアンのストランドの性質や、クルーシブルで培われた戦術的思考を分析していた。

その直後、その本人が光るソファーで横向きに丸まり。

 

 

「ボクちゃん頑張ったから撫でて褒めて、早く」。

 

 

さらに、百戦錬磨のハンターであるケイドが何の抵抗もなくそれに応じ、冷静沈着のイコラは壁へ額を押しつけ、ゴーストまで「理解できない」と匙を投げている。

パチュリーはその全てを一度に処理しようとした。

 

「…………」

 

小悪魔が嫌な予感とともに横を見る。

 

「パチュリー様?」

 

パチュリーの視線が少し遠くなる。 

 

「……む」

 

「む?」

 

「むきゅ―……」

 

そのまま身体が傾き、バタンと倒れた。

 

「パチュリー様!?」

 

「パチェ!?」

 

「また情報量が多すぎて倒れましたー!」

 

霊夢が驚く。

 

「本当にそれだけで倒れることある!?」

 

しかし、そんな大人達の混乱とは対照的にチルノ達は随分楽しそうだった。

最初にガーディアンへ近づいたのはフランだった。

 

「お兄ちゃん、頭撫でてほしいの?」

 

丸くなったガーディアンがうんうんと頷く。

 

「よーし!」

 

フランは楽しそうにソファーの横へしゃがみ込むと、ガーディアンのヘルメットへ両手を乗せた。

 

「よしよし。今日はよく頑張りました」

 

なでなで、と丁寧に撫でる。

 

「最後の緑の糸も格好良かったわ。今度あたしと遊ぶ時もやってね!」

 

ガーディアンは律儀に親指を突き上げて返事した。

フランが嬉しそうに振り返る。

 

「ちゃんと返事した!」

 

それを見たチルノもすぐに駆け寄った。

 

「じゃあ次あたい!」

 

霊夢が慌てる。

 

「チルノまで乗らなくていい!」

 

「いいじゃん!」

 

チルノはガーディアンの頭へ手を置き、フランよりも少し乱暴に撫でる。

 

「よーしよし!よく頑張ったな!えらいぞ!」

 

(●^ω^●)bアリガトー!

 

「見ろ大ちゃん!こいつちゃんと一人ずつ返してくるぞ!」

 

大妖精は戸惑った。

 

「わ、私もやるの?」

 

「やろうよ!」

 

フランが誘うも大妖精は少しだけ迷った。

けれど先ほどガーディアンが自分へ謝ってくれたことを思い出すと、恐る恐るソファーの近くへ進んだ。

 

「じゃ、じゃあ……少しだけ」

 

そっとガーディアンの頭へ手を置く。

 

「よく頑張りました」

 

ゆっくり撫でる。そして、少し恥ずかしそうに笑った。

 

「それと……さっきは謝ってくれてありがとうございました。私、本当にもう大丈夫ですから」

 

ガーディアンは大妖精を見る。それから、他の時より少しゆっくり親指をビシッと上に上げた。

 

d(´ω`*)

 

「はい」

 

ルーミアもその様子を見て興味を持ったらしく、ふわふわ近づいてくる。

 

「私も撫でるのかー」

 

霊夢が頭を抱える。

 

「あんたまで増えるな!」

 

ルーミアは気にせずガーディアンの頭へ手を置いた。

 

「よしよしなのかー」

 

d(´ω`*)ソーナノカー

 

「返してくれたのかー」

 

今度は妖精メイド達がざわついた。

 

「私もやりたいです!」

 

「私も!」

 

「順番にしようよ!」

 

「ガーディアンさん、頭大丈夫ですかー?」

 

「何その質問」

 

美鈴が思わず笑う。

 

妖精メイド達は本当に列を作り始めた。

一人目が頭を撫でる。

 

「お疲れ様でした!」

 

二人目。

「すごく格好良かったです!」

 

三人目。

「最後の動き全然見えませんでした!」

 

四人目。

「また雪だるま作ってください!」

 

五人目。

「また遊びに来てくださいね!」

 

 

d(´ω`*)クルシュウナイ

 

 

ガーディアンは撫でられるたびに、必ず一度だけ親指を返した。人数が増えても忘れない。

 

律儀に、一人ずつ。

 

クロウはその様子に呆れながらも少し笑っている。

 

「あいつ、律儀だな」

 

ゴーストも。

 

「変なところで几帳面なんです」

 

ケイドが胸を張る。

 

「相棒のいいところだ」

 

イコラが壁へ額をつけたまま返す。

 

「今それを長所として数えていいのかしら」

 

少し離れた場所では、咲夜が頭を抱えていた。

美鈴が横から尋ねる。

 

「どうしました、咲夜さん?」

 

咲夜はしばらく答えなかった。

目の前では、つい先ほど自分の時間停止を戦術的に封じ込めた異世界の戦士がケイド、フランドール、チルノ達妖精に囲まれ、頭を撫でられるたびに満足そうに親指を立てている。

 

「……私」

 

「はい」

 

「さっきまで、この方と本気で戦っていたんですよね?」

 

「はい」

 

「私は一度この方を殺しましたよね?」

 

「はい」

 

「その後、完全に動きを封じられましたよね?」

 

「そうですね」

 

「それなのに、どうして今こんな光景になっているんでしょう」

 

美鈴は少し考えた。

 

「ガーディアンさんだから……ですかね?」

 

咲夜が即座に振り返る。

 

「その一言で何でも片づけるのやめません?」

 

射命丸文はようやく混乱から復帰し、今度は凄まじい勢いで筆を走らせていた。

 

「『激闘直後、異界の英雄が観客へ頭を撫でるよう要求。紅魔館の妖精達による即席慰労会が開始――』」

 

霊夢が文を見る。

 

「それ、一面にしなさい」

 

文が驚く。

 

「珍しいですね。いつもなら止めるのに」

 

「幻想郷中にあいつの恥を晒しなさい」

 

ガーディアンは霊夢の声が聞こえたらしく、ソファーから手を振ると彼女の額に青筋が浮かぶ。

 

「なんで喜ぶのよ!」

 

それをきっかけに今日一日、霊夢の中へ少しずつ蓄積され続けていた何かがついに限界を越えた。

 

ガーディアンの謎エモート。

意味の分からない煽り。

咲夜との決闘。

一度死亡して蘇ったあとの軽すぎる態度。

クルーシブル実演。

そこからの重苦しい過去話。

急に真面目な声で語り始めたかと思えば、次の瞬間には再びエモート。

そして決闘終了後には、これ以上ないほど綺麗な敬礼で「実は礼儀正しいのでは」と思わせておきながら、最終的な要求が、

 

「ボクちゃん頑張ったから頭撫でて」

 

霊夢はゆっくりお祓い棒と御札を握った。

魔理沙が、その表情に気づく。

 

「……霊夢?」

 

霊夢は笑っていた。

だがどう見ても。

楽しそうな笑顔ではない。

咲夜が少し眉を動かし、美鈴へ囁いた。

 

「……あの笑い方」

 

美鈴も引きつった表情で頷く。

 

「咲夜さんが本気で怒ってる時と同じですね」

 

霊夢はゆっくり深呼吸した。それから、ぱん、と自分の掌へお祓い棒を打ちつける。

 

「よし」

 

魔理沙が嫌な予感。

 

「何が『よし』なんだ?」

 

霊夢はソファーで丸くなっているガーディアンを指差した。

 

「ねえ、みんな」

何人かが振り返る。霊夢は実に晴れやかな笑顔で言った。

 

「今まであいつに溜めさせられたストレスを発散するためにも、今から全員であいつをぶち殺しましょう」

 

一瞬、静かになる。

そして魔理沙の口元が上がった。

 

「……いくか!」

 

咲夜も静かにナイフを取り出した。

 

「否定する理由が見つかりませんね」

 

美鈴は一瞬迷ったが。

 

「まあ……一発くらいなら」

 

小悪魔も手を挙げる。

 

「私もパチュリー様の仇討ちに行きます!」

 

妖精メイド達まで騒ぎ始めた。

 

「やるー!」

 

「追いかけるー!」

 

チルノは。

 

「あたいも!」

 

フランは。

 

「楽しそう!」

 

大妖精は慌てた。

 

「ええ!? み、みんな本当にやるんですか!?」

 

ルーミアはいつもの調子で。

 

「食べてやるのかー」

 

「食べちゃだめ!」

 

文は素早く一歩下がる。

 

「私は撮影と取材に専念します!」

 

霊夢が睨む。

 

「あんたも来なさい」

 

「何でですか!?」

 

その騒ぎを聞いて、ケイドは楽しそうに笑った。

 

「いいねえ。こういうの好きだぞ俺」

 

クロウが隣で呆れる。

 

「止めないのか?」

 

「何で?」

 

「いや、何でって……」

 

その時、壁へ額を預けていたイコラも、ゆっくり顔を上げた。

 

そして、ソファーで丸くなっているデレデレのガーディアンを見る。

 

「…………」

 

少し考える。

 

「私も行くわ」

 

クロウが目を丸くした。

 

「イコラまで?」

 

イコラは静かに答える。

 

「今日は色々とフラストレーションが溜まってたの」

 

その声を聞いた瞬間、ガーディアンのヘルメットが僅かに動いた。

 

自分を取り囲んでいる面々を見る。

霊夢。

魔理沙。

咲夜。

美鈴。

小悪魔。

チルノ。

フラン。

大妖精。

ルーミア。

妖精メイド達。

そして、静かに前へ出てくるイコラ。

ガーディアンは数秒間、丸くなったまま動かなかった。

 

霊夢がお祓い棒を構える。

 

「さあ」

 

咲夜もナイフを指の間へ挟む。

 

「覚悟してください」

 

美鈴が軽く拳を鳴らす。

 

「恨まないでくださいね」

 

(・ω・)?

 

ガーディアンはまだ動かない。

霊夢が一歩。

踏み出す。

その瞬間。光るソファーが消えた。

 

「逃げる気ね!」

 

霊夢が叫んだ時には、ガーディアンはすでに立ち上がっていた。

つい先ほどまで丸まって「少しだけ眠らせてくれ」と言っていた男とは思えない速さで片腕を前へ伸ばす。

鮮やかな緑色の糸が空中へ伸びた。

ストランドのグラップリング。

何もない空間へ糸が固定され。

次の瞬間。

ガーディアンの身体が猛烈な勢いで上空へ引き上げられた。

 

「待ちなさああああああああああああい!!」

 

霊夢が即座に全速力で追いかける。ガーディアンは空中で大きな弧を描きながら一度だけ後ろを振り返った。そして満面の笑顔。

 

 

( ≧∀≦)bワーイ!

 

 

霊夢の額へ青筋が浮かぶ。

 

「あんた、その親指やめなさあああああああああい!!」

 

魔理沙も笑いながら箒へ飛び乗った。

 

「霊夢! 右へ行ったぞ!」

 

咲夜もすぐに上空へ飛び出す。

 

「待ちなさい! 今度こそ逃がしませんよ!」

 

文も翼を広げて後を追う。

 

「これは最高の記事になりますよ!」

 

霊夢が振り返りもせず怒鳴った。

 

「あんた撮ってないで捕まえなさい!」

 

「新聞記者に無茶言わないでください!」

 

「あんたは鴉天狗でしょうが!」

 

美鈴も地面を蹴り、チルノとフランも楽しそうに宙へ飛び上がる。大妖精は「待ってよチルノちゃん!」と慌ててその後を追い、ルーミアも面白そうにふわふわ追跡へ加わる。妖精メイド達まで歓声を上げながら庭園中へ散らばり、ついにはイコラまで本気で後を追い始めた。

静かな決闘後の余韻は、わずか数十秒で完全な大追跡劇へ変わった。

ガーディアンはストランドのグラップリングを連続して使い、庭園の木々の上から紅魔館の屋根付近へ上がり、そこから再び何もない空中へ糸を掛けて急旋回する。霊夢のお札が飛んでくれば上下へ軌道を変え、魔理沙が箒で先回りしようとすれば急降下し、咲夜がナイフで進路を塞ごうとすればそのわずかな隙間を滑り抜けた。

 

「あんた派手に死ぬのが好きなんでしょ!なんで逃げるのよお!!!!」

 

ケイドは遠くから腹を抱えて応援している。

 

「いいぞ相棒ー! そのまま逃げ切れー!」

 

クロウが呆れる。

 

「完全に面白がってるだろ」

 

「もちろん」

 

ゴーストは追いかける主人を見ながら言った。

 

「ガーディアン本人もかなり楽しんでます」

 

イコラが空中から低い声を飛ばす。

 

「分かってるわよ!」

 

その時、魔理沙がふと何かに気づいた。

 

「あれ?」

 

霊夢が追跡を続けながら叫ぶ。

 

「何よ!」

 

魔理沙は空を縦横無尽に飛び回っているガーディアンを指差した。

 

「いや……あいつさ」

 

再びグラップリング。

猛烈な加速。

今度は高く上がり。

そのまま急降下。

さらに次の糸で水平へ。

休むどころか。

先ほどの決闘中とほとんど変わらない動きだった。

魔理沙が大声を上げる。

 

「さっき『疲れたから寝たい』って言ってなかったか!?」

 

その一言を聞いた瞬間。霊夢の動きが僅かに止まった。

 

「…………」

 

ゆっくり上を見る。そこではガーディアンが楽しそうにストランドで空中を飛び回っている。

右へ。

左へ。

上へ。

下へ。

完全に元気だった。

霊夢のこめかみに新しい青筋が浮かぶ。

 

「…………あんた」

 

ガーディアンが振り返った。

 

( ≧ω≦)ドーシタレイム?

 

霊夢の怒声が紅魔館一帯へ響き渡る。

 

 

「全然疲れてないじゃないのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 

ガーディアンは返事の代わりに、空中でまた親指を立てた。

 

(●^ω^●)bココマデオイデー

 

「だから親指やめなさああああああああい!!」

 

魔理沙は箒の上で腹を抱えて笑いながら、それでも追跡を続ける。

 

「駄目だ、腹痛い!完全にただ頭を撫でてもらいたかっただけじゃねえか成人男性(笑)!!」

 

咲夜もとうとう声を荒げた。

 

「ガーディアンさん! 少し前に私があなたを優しい方だと思った感動を返してください!」

 

ガーディアンは迷わず手を振る。

 

「そこで了承しないでください!」

 

イコラも低い声で叫ぶ。

 

「あなた、後で本当に話があるから覚悟しなさい!」

 

ガーディアンはさらに加速した。

その様子を遠くから眺めていたケイドは、とうとう立っていられなくなるほど笑っていた。

 

「ワハハハハハハハハ!最高だなここ! 相棒、絶対捕まるなよー!」

 

クロウは額へ手を当てる。

 

「お前は少しは止める側へ回れ」

 

「何で?」

 

「……もういい」

 

ゴーストも深いため息を吐いた。

 

「……これでも彼、一応人類を何度も救っている英雄なんです」

 

クロウは、上空を逃げ回るガーディアンと、それを怒鳴りながら追いかける大量の人影を見た。

しばらく考える。

 

「今その説明をされても、全く説得力がないな」

 

ゴーストも少しだけ間を置いた。

 

「私もそう思いました」

 

その頃、先ほど倒れていたパチュリーが小悪魔に支えられながらようやく目を覚ました。

 

「……小悪魔」

 

「パチュリー様! 大丈夫ですか?」

 

「ええ……何が起きて……」

 

そこまで言った瞬間。頭上をガーディアンがものすごい速度で横切った。

 

続いて。

 

「待ちなさああああああああい!!」

 

という霊夢の絶叫。

 

その後ろを魔理沙。

咲夜。

美鈴。

フラン。

チルノ。

大妖精。

ルーミア。

大量の妖精メイド。

文。

そしてイコラまで一斉に通過していった。

パチュリーはしばらく空を眺めた。

 

「…………」

 

小悪魔が恐る恐る尋ねる。

 

「パチュリー様?」

 

パチュリーは何も言わず、再び小悪魔の肩へ身体を預けた。

 

「……むきゅ」

 

「寝ないでください!三回目は駄目ですー!」

 

レミリアは、そんな一連の光景をしばらく呆然と眺めていた。

 

だがやがて口元が歪み、肩が震える。

とうとう耐え切れなくなった。

 

「ふっ……アハハハハハハハハハハ!!」

 

紅魔館の主の大笑いが庭園へ響いた。

 

「駄目! あいつやっぱり面白すぎるわ!」

 

ケイドも隣で大笑いしている。

 

「だろ?」

 

遠くではまだ、霊夢達がガーディアンを追いかけていた。

 

怒声。

笑い声。

妖精達の歓声。

咲夜の「止まりなさい!」という声。

イコラの低い説教じみた怒鳴り声。

そして、その全てから逃げながら時折振り返り、懲りずに親指を立てる成人男性(笑)、ガーディアン。

 

決闘そのものは確かに終わっていた。

けれど、紅魔館におけるこの日の騒動が本当に終わるまでにはまだ随分と時間がかかりそうだった。

 

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