東方天命録~The Final Shape Begins~ 作:はならむ
夕暮れの博麗神社には、ようやく一日の終わりらしい静けさが戻っていた。
西の空は茜色に染まり、境内を囲む木々の影が長く伸びている。本来なら縁側で茶でも飲みながらゆっくり過ごしたい時間だったが、今日一日を紅魔館で過ごした霊夢達には、そんな風情を味わう余裕などほとんど残っていなかった。
縁側へ腰を下ろした霊夢は柱に背を預け、身体の力を抜くように長い息を吐いた。
「ホント、今日は疲れたわね……私達は戦ってもないのに」
隣では魔理沙も帽子を少し持ち上げ、疲れ切った様子で頷いた。
「ああ。最後にあいつを追いかけ回す羽目になるとは思わなかったぜ。咲夜との決闘だけでも十分濃かったのにな」
「……それであいつ、結局十回くらい死んだわよね?」
「そのくらいだな」
霊夢は思い出しただけで眉間へ皺を寄せた。紅魔館の庭園を縦横無尽に逃げ回ったガーディアンは、途中で何度も霊夢達に捕まり、そのたびに派手に倒されたというのに、ゴーストに蘇生されるたび満面の笑顔で親指を突き上げていたのである。
「しかも全然堪えてなかったじゃない。生き返るたびにいちいち親指突き上げてさ?最後の方なんて、こっちが疲れてるのを見て余計楽しそうだったし」
「一、二回目ぐらいは罪悪感半端なかったけど五回目辺りから作業感しかなかったな……」
隣に座るクロウが苦笑した。
「まあ、ガーディアンの悲しい性だな。死ぬこと自体には慣れすぎている」
「そんな性いらないわよ。ていうか次第にそれに慣れそうでなんか怖すぎるわ」
霊夢が即座に切り返すと、ケイドが堪えきれず小さく笑った。
「にしても……今の相棒はそれ以上に面白いけどな」
ケイドの視線の先では、当のガーディアンが拝殿の前で正座させられていた。
蛍光色と毒々しい紫、黄、緑色が入り混じった派手な装甲。緑がかったヘルメット。そして、その格好のまま両手を膝へ置き、背筋を伸ばして神妙に座っている。ケイドは口元を押さえた。
「……あんなふざけた格好で正座して説教されてる相棒見てると、かなりシュールだな……クククッ」
魔理沙も口元を緩める。
「装備だけ見たら説教されてる奴には全然見えないからな」
「静かにしなさいよ。イコラ、本気で怒ってるみたいなんだから」
そう言う霊夢自身も、すでに少し笑いを堪えていた。
ガーディアンの真正面に立つイコラは、怒鳴り声を上げているわけではなかった。むしろ声音は普段以上に静かで、表情も落ち着いている。
「ウォーロック・バンガードとして、とりあえず、今日の咲夜との決闘に関しては言うことないわ。限りなく百点満点に近い内容だったし素直にお疲れ様と言わせてもらう。だけど問題はそれ以外よ――」
しかし長い付き合いのケイドやクロウには、その静けさこそ危険信号だとよく分かっていた。
「私はあなたに、冗談を言うなとも、感情表現を使うなとも言っていないわ」
イコラは腕を組み、正座するガーディアンを見下ろした。
「それがあなたなりの楽しみ方なのは理解しているし、戦場の緊張を和らげることがあるのも知っている。でも今回は、私達のことをほとんど知らない人達の前でしょう?
レミリアの謁見中にふざけまくる、試合の最終確認中にお菓子を食べ始める、勝手に休憩させ、勝手に再開し、何の説明もなく踊り出す、ハートを出して全員に勘違いさせる、突然ゴミバケツへ入る、真面目な会話の横でソファーを出す、クルーシブルでクロウを躊躇なくライトニングサージで焼き殺す、忠告なしでいきなりゼノファジのオマールを見せる、雪だるまを作る、それに最後は『ボクちゃん頑張ったから頭を撫でてほしい』?」
縁側から聞いていた霊夢が顔をしかめる。
「そこ思い出したらまた腹立ってきたわ」
「俺は好きだったけどな」
ケイドが楽しそうに言うと、霊夢はじろりと睨んだ。
「あんたが喜んで撫でるから、余計調子に乗ったんじゃないの?」
「まあ、それは否定しない」
その間もガーディアンは正座を崩さず、見る限りでは真面目に説教を聞いていた。少なくとも、イコラが正面を向いている間は。
「ケイドにも言ったけど、よそ者の私達が今、この世界で必要なことは信用なの。あなたの行動一つ一つが私達ガーディアンの品性を疑われかねないのよ?」
イコラが言葉を選ぶように背を向けた途端、ガーディアンが動いた。
正座から滑らかに立ち上がると、どこからともなくゴミバケツを出し、その中へすっぽり身体を収める。派手なヘルメットだけが上から覗くという、あまりにも間抜けな姿だった。
霊夢の肩が震えた。
「……くっ」
魔理沙も目を丸くする。
「いきなりそれかよ……」
クロウは額へ手を当て、ゴーストは諦めたように外殻を下げる。一方のケイドは声を出さないよう両手で口を塞ぎ、完全に笑いを堪えていた。
ところがイコラが振り返る直前、ガーディアンは恐ろしく素早くゴミバケツを消し、何事もなかったように元の場所へ正座した。
「……ちゃんと聞いている?」
イコラが訝しげに尋ねる。
ガーディアンは真面目そのものといった様子で頷いた。
「ならいいわ」
再びイコラが前を向く。今度は光るソファーが現れた。
ガーディアンは深々と腰を下ろし、光る杯を持ち片脚を組みながら悠々と寛ぎ始める。先ほどまで正座していた男と同一人物とは到底思えない。
「………くくっ………」
霊夢がとうとう顔を伏せた。
「駄目だ、これ……!」
魔理沙も肩を震わせ、ケイドは縁側へ突っ伏しかけている。
「こんなの笑わない奴いねえだろ……!」
クロウは小声でガーディアンへ忠告した。
「やめろ。今ならまだ間に合う」
ガーディアンはクロウを見て、親指を立てた。
d(‘ω`*)オウヨ!
「続けろって意味じゃない」
その一言とほぼ同時にイコラが振り返ったが、すでにソファーは消え、目の前には完璧な正座が復活していた。
イコラはガーディアンを数秒見つめたものの、決定的な証拠はない。僅かに眉を寄せただけで、また説教へ戻った。
そこからのガーディアンは、完全に遊び始めた。
次にイコラが背を向けた時には、境内の端へしゃがみ込んで雪を丸め、手早く小さな雪だるまを完成させた。さらに次には携帯型のゲーム機を取り出して胡座をかき、真剣な表情で何かをプレイし始める。そのたびイコラが振り向く気配を察すると、ゲームも雪も放り出す勢いで正座へ戻るのだから、戦闘で鍛え上げた反応速度の使い道としてはあまりにもくだらなかった。
「……あいつ、その反応速度をもっと他のことに使えないのか?」
魔理沙が呆れたように囁く。
ゴーストは即答した。
「昔から思っています」
ケイドはもうまともに前を見られず、肩を震わせ続けている。
しかし、雪だるまだけは消し忘れた。
振り返ったイコラは、正座しているガーディアンの背後に立つそれを見つけると、しばらく無言で雪だるまと本人を見比べた。
「……これは?」
ゴーストが固まる。霊夢が面白そうに横を見る。
「ほら、通訳兼説明役。頑張りなさい」
「ええと……今日は冷えますから」
「さっきまで雪なんてなかったぜ」
魔理沙の一言で、ゴーストの言い訳は即座に崩壊した。イコラは深い溜め息を吐いた。
「……後で片づけなさい」
ガーディアンは反射的に親指を上げかけたものの、途中で思い直し、普通に頷いた。
霊夢が感心したように呟く。
「変なところだけ学習するのね」
その後、ゲーム機まで持ち出していたことにはどうやら気づかれていないらしい。ガーディアンはますます調子に乗っていった。
やがてイコラは、いよいよ説教を終えるつもりなのか、一度長く息を吐いた。
「もういいわ。最後にこれだけ覚えておいて」
ガーディアンは正座したまま顔を上げる。
「あなたはもう子供ではないの。頼むから、もう少し大人としての節度を持って他人と接して――」
イコラが最後に一度だけ背を向けた。
それまで何度も成功している。
だからこそ、ガーディアンも完全に油断していたのだろう。
今度は椅子を出した。
しかも普通には座らず、背もたれを正面へ向けた状態で逆向きに腰掛け、その上へ両腕を組んで乗せる。説教を受けている人間とは思えないほど堂々としており、どこか「いい話だった」とでも言いたげな雰囲気さえ漂っていた。
霊夢はとうとう耐えられなくなった。
「………くくっ………!」
魔理沙も口を両手で押さえる。
「もう無理だろ、これ……!」
そしてケイドは相変わらず笑いを抑えるように身体を震わせた。
「あいつ、イコラ相手にすげえよ……………!」
クロウさえ苦笑を隠せない。ただ一人、ゴーストだけが本気で危険を感じたらしい。
「ガーディアン」
主人が振り返る。ゴーストは明確に首を横へ振った。
――今すぐやめてください。
ガーディアンは少し考えた。そして。
(^ω^)b
「違います……!」
ゴーストが思わず声を上げた。その瞬間だった。
イコラが振り返った。
ガーディアンも正座へ戻ろうとしたが、今度ばかりは間に合わない。
逆向きの椅子に跨り、背もたれへ腕を組んでいるガーディアン。
そして真正面からイコラと目が合った。
「…………………」
ガーディアンが固まる。
「………………!」
イコラも何も言わない。夕暮れの境内から、笑い声さえ消えた。
ガーディアンは非常にゆっくり腕を解き、椅子から立ち上がろうとした。
その動きより先にイコラの右手が上がった。
掌へ紫色の虚無の力、ボイドが集まり始める。
霊夢が小さく呟いた。
「あ、終わった」
魔理沙も即答する。
「終わったな」
クロウは静かに頷き、ゴーストはシェルを伏せた。
「終わりましたね」
ケイドだけは笑いを堪えながら、ガーディアンへ小さく手を振った。
「相棒、良い奴だったぜ」
ガーディアンがケイドを見る。
「そんな顔するな。俺は助けねえぞ」
ノヴァボムはすでに完成寸前だった。
ガーディアンはイコラを見た。
鳥居を見る。
もう一度イコラを見る。
判断は早かった。
……逃走。
椅子を消すと同時に立ち上がり、鳥居へ向かって全力で駆け出した。
「あ、逃げた」
イコラは追いかけようともせず、静かなままガーディアンへ狙いを定めた。
「ガーディアン。止まりなさい」
当然、止まらない。むしろ片手を伸ばし、ストランドのグラップリングまで使って逃げ切ろうとする。
「少しは反省しなさい!!」
イコラから全力投球された紫色の巨大な塊が、夕暮れの境内を一直線に飛んだ。
ガーディアンが振り返る。
「…………………」
迫るノヴァボム。
(●^ω^●)bミンナ、サラバ!
逃げ切れない。それを理解したらしいガーディアンは、最後の最後までいつもの調子で笑顔を浮かべた。
「何で最後まで親指なのよ!」
ズドォオオオオン!!!
【ガーディアンは倒された】【イコラ・レイ ノヴァボム:ボルテックス】
霊夢の叫びと同時に、ノヴァボムが直撃した。
轟音とともに紫色の虚無が炸裂し、巨大な渦がガーディアンを完全に呑み込む。光が収まった時には彼の姿は跡形もなく、その場にいた全員の脳裏へ、クルーシブルの表示じみた文字が浮かんだ気がした。
しばらくの沈黙の後、ケイドがぽつりと尋ねた。
「……今日十一回目か?」
霊夢は少し考えてから頷く。
「たぶんね」
魔理沙はノヴァボムの跡を眺めながら苦笑した。
「あいつのことだ、また明日には同じことやってそうだな」
「明日どころか蘇った直後にやるわよ、あいつ」
クロウが真顔で返した。
霊夢は、それを否定できなかった。
ゴーストが蘇生のために飛んでいく一方、霊夢は境内に残された雪だるま、そしてノヴァボムの跡を順番に眺め、今日何度目か分からない溜め息を吐いた。
「……あたしの神社、どうしてこいつらが来るたびに変なもの増えるのよ」
魔理沙が笑う。
「賑やかでいいじゃないか」
「壊される側の身になりなさい」
ノヴァボムの紫色の光が完全に消え去ると、博麗神社の境内には何とも言えない静寂が訪れた。
先ほどまでガーディアンが逃げ回っていた場所には、黒く焦げた地面が広がっている。石畳の一部は砕け、近くにあった石灯籠には大きな亀裂が走っていた。
幸い、拝殿や鳥居に目立った損傷はなかったものの、少なくとも一介の神社の境内としては、到底見過ごせる状態ではない。
「…………」
霊夢は無言だった。
いや、正確には、無言でいることしかできなかった。
今日一日、紅魔館で散々振り回され、ようやく自分の神社へ帰ってきたと思えば、今度は目の前でノヴァボムが炸裂したのである。
しかも原因は、異変でもなければ妖怪の襲撃でもない。
単なる説教中の悪ふざけだった。
「……ねえ、魔理沙」
「ん?」
「私、今日はもう何も考えたくないんだけど」
「奇遇だな。私もだぜ」
そんな二人の前で、ゴーストが何事もなかったように蘇生を開始した。
青白い光が地面へ集まり、人の輪郭を形作っていく。
そして数秒後。
シュンッ!
派手な蛍光色の装甲を纏ったガーディアンが、いつものように両足で地面へ降り立った。
その姿には、先ほどノヴァボムを真正面から食らって消し飛んだことなど微塵も感じさせない。
ガーディアンはまず自分の両手を確認し、続いて身体を軽く動かした。
どうやら異常はないらしい。そして。
(^ω^)bタダイマ
満面の笑顔で親指を突き上げた。
「復活した早々それかよ……」
魔理沙が呆れたように呟く。
ケイドはとうとう我慢できなくなった。
「ハハハハッ!お前、本当に懲りねえなぁ、相棒!」
「……ケイド」
クロウが小さく忠告する。
「ん?」
「そろそろ笑うのをやめた方がいい」
「いやいや、無理だろ! あれだけ派手に吹っ飛ばされて、復活した第一声が親指だぞ!? ハハハッ!」
「……そうじゃなくて」
クロウは静かに霊夢の方を指差した。
「そっちだ」
「……ん?」
ケイドが顔を向ける。
そこには、満面の笑顔とは程遠い表情を浮かべた博麗の巫女が立っていた。
「…………」
「…………」
数秒間の沈黙。やがて霊夢は、ゆっくりと口を開いた。
「……ねえ、ガーディアン」
呼ばれた本人が振り返る。
(・ω・)?
「ちょっとこっち来なさい」
ガーディアンは素直に歩み寄った。
霊夢は無言で地面を指差す。
ガーディアンもその方向を見る。
黒く焦げた地面。
砕け散った石畳。
亀裂の入った石灯籠。
そして、その向こうには、先ほど自分が作った小さな雪だるまが、奇跡的に無傷で残っていた。
「…………」
ガーディアンはしばらくそれらを眺めた。
それから霊夢へ向き直る。
(`・ω・´)ゞ
敬礼した。
「敬礼じゃないわよ!!」
霊夢の怒声が境内に響き渡った。
「何よこれ!?人の神社で何やってくれてんのよ!? あんた達が来るたびに何か壊れるんだけど!!」
ガーディアンはもう一度境内を見渡した。
そして、何か思いついたように腰へ手を当てる。
そのまま地面へしゃがみ込み、両手を動かし始めた。
「……何してんの?」
魔理沙が尋ねる。
ゴーストはしばらく主人の動作を観察し、嫌な予感を覚えたようにシェルを傾けた。
「……まさか」
次の瞬間、ガーディアンの周囲に、小さなハンマーや工具が次々と現れた。
さらにどこからともなく作業台まで取り出し、得意げに両腕を広げる。
(`・ω・´)b
「おお、修理する気か?」
ケイドが感心したように声を上げた。
「そりゃいい! たまには建設的なこともするじゃねえか!」
しかし、霊夢は腕を組んだまま冷たく言い放つ。
「……で?」
ガーディアンが首を傾げる。
「それで何を直すつもりなの?」
「…………」
ガーディアンが砕けた石畳を見た。次にハンマーを見る。そして、何故か石灯籠の前へ歩いていった。
ゴーストが慌てて呼び止める。
「ガーディアン、待ってください。あなた、これの修理方法なんて知りませんよね?」
ガーディアンの動きが止まった。
「……知ってるのか?」
クロウが尋ねる。ゴーストは即答した。
「知るはずがありません」
「じゃあ何で工具出したんだよ……」
魔理沙が呆れる。
ガーディアンは少し考えた後、工具を消した。
そして再び霊夢へ向き直る。
(´ω`)b
「だから親指じゃないって言ってんでしょうが!!」
「……もうやめてください、ガーディアン」
ゴーストが疲れ切った声で呟いた。
その様子を見ていたイコラが、静かに歩み寄ってきた。
「霊夢」
「……何よ」
「今回の件については、私からも謝罪するわ」
イコラは境内の損傷を一通り確認すると、小さく息を吐いた。
「私も少々やりすぎた。神社の敷地内でノヴァボムを使用したことについては、弁解の余地もないわ」
「……分かってるならいいけど」
「修繕に必要な費用はこちらで負担する。もちろん、作業に必要な人手も提供するわ」
霊夢の眉がぴくりと動いた。
「……本当?」
「ええ。私達の不始末ですもの。当然よ」
「……ちゃんと直してくれるの?」
「約束するわ」
その言葉を聞いた瞬間、霊夢の表情が少しだけ和らいだ。
「……ならいいわ」
しかし、すぐに何か思い出したように眉を寄せる。
「ちょっと待って。あんた達の世界のお金って、こっちでも使えるの?」
「そこは心配しないで。こちらの世界で使える通貨を用意するわ」
「……そう」
霊夢はしばらく考えた。そして。
「じゃあ、ついでに賽銭箱も新しくしてくれない?」
「霊夢」
魔理沙が即座に突っ込んだ。
「それは今回壊れてないだろ」
「いいじゃない。どうせならこの際――」
「便乗するなよ」
「うるさいわね」
そんな二人のやり取りを見て、イコラは小さく苦笑した。
「とりあえず、今回破損した部分については責任を持って修復するわ。それと……」
イコラはガーディアンへ視線を戻した。
「あなたにも当然、手伝ってもらうから」
(`・ω・´)ゞマカセテクレ
ガーディアンは再び敬礼した。
「……今度こそ真面目にやりなさい」
(`・ω・´)b
「……分かったならいいわ」
その様子を見ていたケイドが、楽しそうに肩を竦める。
「いやぁ、丸く収まってよかったな! これで一件落着ってわけだ!」
「ああ。ようやく終わりだな」
クロウも安堵したように頷く。
「全く、最後の最後までとんでもない一日だったぜ」
魔理沙が笑う。霊夢は疲れ切った顔で縁側へ戻ろうとした。
そしてケイドも、何事もなかったように立ち去ろうとする。
「さあて、俺もそろそろ――」
「ケイド」
ぴたりとケイドの足が止まった。
「…………」
ゆっくり振り返る。そこには、腕を組んだイコラが立っていた。
その表情は、先ほどガーディアンを説教していた時とほとんど変わらない。
「……どうしたイコラ?」
「どうした、じゃないでしょう?」
「……ん?」
「あなたも始末書、忘れないでね」
「…………」
ケイドの動きが完全に止まった。
「……は?」
イコラは静かに続ける。
「今回の件、あなたにも責任があるでしょう?」
「いやいやいや、ちょっと待て! 俺は別に神社を壊してないぞ!?」
「ええ。確かにノヴァボムを投げたのは私よ」
「だろ!? だったら――」
「でも、そもそも今日の騒動を大きくした原因の一人はあなたでしょう?」
「…………」
ケイドは口を閉じた。イコラは淡々と指を折り始める。
「レミリアに何を思ったか『ハグだ、ハグ』と言ったことが全ての始まりでしょう」
「……いや、あれはちょっとした冗談というか」
「それと、あなたが勝手に行ったクルーシブルで言ったわよね?始末書五百枚くらい書かせると」
「…………」
「そして今の説教中、あなた、ずっと笑っていたでしょう?」
「……いや、だってよ」
ケイドはガーディアンを指差した。
「あんなの笑わない方がおかしいだろ!? ゴミバケツに入ったかと思ったらソファー出して寛ぎ始めるし、最後は椅子を逆向きに座ってんだぞ!? あんなの我慢できるわけ――」
「ケイド、始末書」
「…………」
「忘れないでね?」
「………………分かった」
その瞬間、クロウが静かに顔を背けた。
肩が僅かに震えている。
「……おい、クロウ」
「何だ?」
「笑ってるだろ」
「いや」
「絶対笑ってるだろ!」
「……気のせいだ」
「嘘つけ!」
その横では魔理沙が腹を抱えていた。
「ハハハハッ! 結局お前も怒られてるじゃないか!」
霊夢も思わず吹き出す。
「当然でしょ! あんただって一緒になって調子に乗らせてたんだから!」
「ちょっと待てよ! 俺はあくまで観客として――」
「観客はあんなに煽らない」
クロウが即座に返した。
「……お前、今日やけに冷たいな?」
「事実を言っているだけだ」
「こんのクソ王子……」
「おい」
ケイドはがっくりと肩を落とした。するとガーディアンが、何故かケイドの隣へ歩み寄った。
そして、ぽん、と彼の肩に手を置くとケイドが顔を上げる。
「相棒?」
ガーディアンはゆっくりと頷いた。
(`・ω・´)b
まるで「ドンマイ」とでも言いたげな、実に爽やかな親指だった。
「お前にだけは慰められたくねえよ!!」
ケイドの叫びが境内に響き渡った。
霊夢と魔理沙がとうとう声を上げて笑い始める。
クロウも顔を背けたまま肩を震わせ、ゴーストに至っては、もう何も言わずに主人の横で浮かんでいた。
しかし、イコラの追及はまだ終わっていなかった。
「それと、ガーディアン」
(・ω・)?
「あなたも当然、今回の件について始末書を提出してもらうわ」
「…………」
ガーディアンが固まった。
「今回の咲夜との決闘については、戦闘内容も判断も申し分なかった。そこは何度でも評価するわ。でも、それとこれとは別問題よ」
イコラは二人を順番に見た。
「あなた達、少しは自分達の立場を理解してちょうだい」
「…………」
「…………」
ケイドとガーディアンが並んで俯く。その光景を見た魔理沙が、ぽつりと呟いた。
「……なんか、寺子屋で慧音に怒られてる悪ガキ二人みたいだな」
「実際そんなもんでしょ」
霊夢が呆れたように答える。
クロウも小さく頷いた。
「否定できないな」
「ちょっと待て!俺と相棒を一緒にするなよ! 俺はそこまで――」
ケイドが抗議しかけた、その時だった。
ガーディアンが突然、彼の肩へ腕を回した。
そして、もう片方の手を高々と掲げる。
(^ω^)人(´∀`)ワーイ
まるで「俺達は仲間だ!」とでも言いたげな仕草だった。
「おい、やめろ相棒! 今それやると余計に――!」
しかし、時すでに遅し。
イコラが二人を見つめていた。
「……仲がいいのね、あなた達」
「……あ、いや、イコラ?」
「なら、始末書も仲良く書けるわね」
「…………」
ケイドが完全に沈黙した。ガーディアンもゆっくり腕を下ろした。
数秒後。
ケイドがぽつりと呟く。
「……相棒」
ガーディアンが振り返る。
「お前、もう少し大人になれよな?」
(´・ω・`)?
「……分かってねえだろ、お前」
ケイドが深い溜め息を吐く。
ガーディアンは少しだけ首を傾げた後、もう一度親指を立てた。
(´ω`)b
「だからそれやめろって!!」
再び境内に笑い声が響き渡った。その光景を見ていた霊夢は、とうとう力尽きたように縁側へ腰を下ろした。
「……もう嫌」
隣に座った魔理沙が笑う。
「まあまあ、賑やかでいいじゃないか」
「賑やかにも限度があるわよ……」
霊夢は境内を見渡した。
砕けた石畳。
亀裂の入った石灯籠。
何故か一つだけ残っている雪だるま。
そして、その向こうではイコラに説教されるケイドとガーディアン。
今日一日を振り返れば、何とも馬鹿馬鹿しい光景だった。
「……あいつら、本当に宇宙を救ってきた英雄なの?」
魔理沙は少し考えた。
そして、苦笑しながら答える。
「……まあ、咲夜との決闘を見た限りじゃ、それは間違いないんだろうけどな」
「…………」
霊夢はもう一度、ガーディアン達を見た。
今度はケイドが何か言い訳を始め、それをイコラが呆れた顔で聞いている。
その横では、当のガーディアンが何故か雪だるまを抱きかかえていた。
そしてイコラの視線に気づくや否や、そっと地面へ戻した。
「…………」
霊夢は空を仰いだ。
「……宇宙って、変な奴ばっかなのね」
「さあな」
魔理沙が笑う。
「でも退屈はしなさそうだな」
「私はもう少し退屈でもいいわ……」
夕暮れの博麗神社。西の空が茜色から群青色へ変わり始める頃、ようやく長かった一日が終わろうとしていた。
【おまけ】
その頃、八雲家の庭では、博麗神社とは別種の悲劇が起ころうとしていた。
縁側では八雲藍の式神、橙が二本の尻尾をのんびり揺らしている。その視線の先、庭の中央には八雲紫が台の上に立っていた。
何故か腰を少し落とし、片脚を引き、真剣な表情で何度も身体の角度を確かめている。
橙はしばらく黙って見守っていたが、とうとう気になって声を掛けた。
「紫様、何をなさってるんですか?」
「研究よ」
「何のです?」
紫は得意げに微笑んだ。
「ガーディアンが空中で横へ一気に移動していたでしょう?なんでもイカロスダッシュというらしいわ」
橙の尻尾がぴたりと止まった。
「……もしかして、真似するつもりですか?」
「当然でしょう」
「やめた方がいいと思います」
あまりにも迷いのない即答だったため、紫の表情が少し固まった。
「どうしてよ。私は境界を操る大妖怪よ?」
「それと腰は別だと思います」
「失礼ね。見てなさい」
橙が止める暇もなく、紫は深く息を吸い、勢いよく地面を蹴った。
「イカロスダアァァァァッシュ!!」
身体を横へ捻った、その瞬間。
――グキッ。
下半身に実に嫌な音がした。
紫の身体が硬直する。
「…………」
橙も固まる。
「紫様?」
数秒後、紫の顔がゆっくり歪んだ。
「~~~~~~~~~~!!!!!!」
声にならない悲鳴とともに、その場へ崩れ落ちる。
「紫様!?」
橙が慌てて駆け寄った。
「藍様呼びます!?」
「待ちなさい!」
腰を押さえたまま、紫が必死に橙の腕を掴む。
「いい? 橙。今見たことは忘れなさい」
「無理ですよ」
「忘れなさい」
「紫様が『イカロスダーーッシュ!』って言った直後に腰がグキッて――」
「具体的に言わないで!!」
夕暮れの八雲家へ、紫の悲鳴が響き渡った。
「橙、少し話をしましょうか………」
◇
翌日、朝から橙の姿を一度も見ていなかった藍は、少し心配になり、居間で優雅にお茶を飲んでいる紫へ声を掛けた。
「紫様、橙を知りません? 今日は一度も見ていないのですが」
紫は湯呑みを口元へ運んだまま、僅かに動きを止めた。
「橙……?」
「はい」
数秒考える。そして、何事もなかったように答えた。
「そんな子いたかしら?」
藍の表情が固まった。
「……紫様」
「何?」
「昨日、橙との間に何かありましたね?」
「何もないわ」
「では何故、存在ごと消そうとしているのです?」
「気のせいよ」
「何がですか」
「全部」
藍がさらに追及しようとした、その時だった。
庭の向こうから草木を揺らす音が聞こえた。
「橙?」
藍が振り返る。だが、そこに立っていたのは橙ではない。
「ナインはお前達を見ている」
顔から奇妙なわさわさが生えるナインのエージェント、シュールだった。
紫は一目見た瞬間、露骨に嫌そうな顔をした。
「ナイン……なにそれ」
シュールは平然と答える。
「話さないか?」
「話さない。帰って」
即答。ところがシュールの後ろから、さらに巨大な影が姿を現した。
「……………え?」
黒装束に白い顔に吸い込まれるような黒い眼、頭部は無数の顔のある煙をなびかせる――目撃者である。
「我々がお父さんだ」
紫が眉を寄せる。
「は?」
今度は何故かエクソの産みの親、クロビス・ブレイ一世が現れ、妙に堂々と胸を張った。
「私がおじいちゃんだ」
「帰れ」
さらに何故か甦ったハイヴの主神、オリックス。
「ならワシが曾祖父だ」
紫の声が低くなる。
「帰りなさい」
クロタも続く。
「我が叔父だ」
「帰れ」
まさかの伴侶、オムニガルさえ現れる。
「私は厳格な母親役だ」
「お帰りください」
最後に地面を揺らしながら現れたのはアラークハルだった。
「親戚のおじちゃんをやりたいから生き返ってきた」
さすがの紫も一瞬黙った。
「……そんな理由で生き返ったの?」
「そうだ」
「もう一回死んできなさい」
「拒否する」
藍は完全に置いてきぼりになり、目の前に増えていく異世界の面々を呆然と見回していた。
その中心で、目撃者だけは恐ろしいほど真剣だった。
いつものように重く荘厳な声音で全員を見渡し、ゆっくり両腕を広げる。
「役者は揃った。では始めるか」
紫は嫌な予感しかしていなかった。
「何をよ」
「最終形態という名の――」
僅かに間を置く。
「おままごとを」
風が吹いた。庭木の葉が揺れ、遠くで鳥が一声鳴く。
誰も何も言わない。
クロビスは妙にやる気満々で、オリックスも曾祖父役を受け入れているらしい。クロタにも異論はなく、アラークハルに至っては親戚のおじちゃん役を心底楽しみにしている顔だった。
紫はゆっくり微笑み、扇子を開いた。
非常に綺麗な笑顔だったが、目だけは全く笑っていない。
「帰れ」
クロビスが口を開く。
「家族構成について――」
「全員まとめて帰れ」
アラークハルが遠慮がちに手を挙げた。
「せめて親戚のおじちゃんとしてお菓子くらい――」
「帰れええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!」
紫の怒声が八雲家の庭いっぱいに響き渡った。
その少し離れた物陰では、実はずっと隠れていた橙が口元を押さえ、必死に笑いを堪えていた。
昨日の紫の姿が頭から離れない。
『イカロスダアァァァァッシュ!!』
グキッ。
『~~~~~~~~~~!!』
橙は少しだけ考えた。
藍へ話すべきだろうか。
答えはすぐに出た。
――絶対に話そう。
その日の夕方、博麗神社では蘇生されたガーディアンが十一回目の死など一切気にせず、懲りずに新しいエモートを始めていた。
イコラはそんな彼を見て額を押さえ、霊夢は「もう好きにしなさい」と匙を投げ、ケイドだけは腹を抱えて笑っている。
一方の八雲家では、腰を押さえた紫が異世界から押しかけてきた奇妙な家族候補達を追い返し、その背後では橙が藍へ昨日の黒歴史を報告する機会を虎視眈々と狙っていた。
幻想郷と異世界を繋いだ大きな異変そのものは、少しずつ終わりへ近づいている。
しかし、一度知り合ってしまった者達の縁まで、そう簡単に消えることはない。
むしろ、彼らが知り合ったことで生まれる騒動は、これからの方が増えていくのかもしれなかった。
そして、誰にも見えないどこか遠くで、目撃者がいつもの調子で静かに口を開く。
「救済を――」
そこで言葉を止めた。
少し考えた後、今日は荘厳さを捨てることにしたらしい。
「あ、今日はオフだった」
隣のシュールが何気なく尋ねる。
「では、おままごとの続きは?」
目撃者は少し考えた。
「明日にしよう」
――終。