東方天命録~The Final Shape Begins~   作:はならむ

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人里編
第六十話:不穏の日常 ①


……紅魔館で行われた、白熱した咲夜とガーディアンの決闘から数日が経過した。

あの長い一日を境に、博麗神社の日常は以前にも増して騒がしくなっていた。

もっとも、異世界からやってきたガーディアン達が居候を始めた時点で、静かな日常などとうに失われていたのかもしれないが。

 

 

――朝の博麗神社。

 

 

空はよく晴れ、境内には柔らかな日差しが降り注いでいる。鳥居の向こうでは木々が風に揺れ、時折、小鳥のさえずりが聞こえてきた。

新しく建て直した社殿。

石灯籠に風で揺れる注連縄。

そして、境内を掃く竹箒の音。

 

「いい天気ね――」

 

幻想郷の片隅にある神社としては、ごくありふれた光景だった。ただ、

 

「…………」

 

霊夢は箒を動かす手を止め、社殿の一角へ視線を向けた。

そこには、博麗神社の雰囲気を根底から覆すような物体が、いくつも並べられていた。

黒と白を基調とした金属製の装置。

表面に青白い光の筋が走る小型端末。

何本もの細いケーブルで接続された箱型の機械。

そして、何もない空間へ突然浮かび上がる、半透明のディスプレイ。

いずれも数日前、イコラのジャンプシップから搬入、またはトランスマットで転送して持ち込んだ物資である。

イコラ曰く、通信機器や観測装置、情報処理に用いる端末など、今後の調査に役立ちそうなものを選んで持ち込んだのだという。

もっとも、霊夢にはどれが何なのか、未だによく分からなかった。

古い木造建築の軒下で、未来的な機械が規則正しく点滅する。

畳の上には小型の電子端末が置かれ、そのすぐ隣には湯呑みと急須。

さらに、社殿の柱のすぐ横では、青い光で構成された立体映像がゆっくりと回転している。

 

「……にしても、いつ見ても慣れないわね、これ……」

 

霊夢は心底呆れたように呟いた。

 

「何なのよ、もう。うちの神社が何かの研究施設みたいになってるじゃない」

 

そう言って、最も近くにある機械をじっと見つめる。

表面に見慣れない文字が流れ、時折、小さな電子音が鳴っていた。

 

「……これ、参拝客が見たらどう思うのかしら」

 

誰に聞かせるでもなく呟いた後、霊夢は少し考えた。そもそも、ただでさえ参拝客が少ない上に妖怪や妖精が住み着いている噂もあり参拝客が滅多に来ない。

 

「…………」

 

自分で考えておきながら、少し悲しくなった。

 

「……まあ、いいわ」

 

霊夢は気を取り直すように箒を持ち直した。

確かに見た目は奇妙だが、イコラ達にとって必要な設備であることは理解している。

 

……何しろ未だにもう一人の仲間、ザヴァラの居場所は分かっていない。

 

それに、幻想郷へやってきた異世界の存在が、彼女達だけとは限らなかった。

 

目撃者と、その配下であるドレッド。

霧の湖、紅魔館を襲ったハイヴ、そして光の刃、アラークハル、そしてサバスン――。

 

少なくとも、それらの存在が確認されている以上、幻想郷のどこかに別の敵が潜伏していたとしても不思議ではない。

だからこそ、霊夢も機械の設置については文句を言いながら認めたのである。

そのすぐ近くでは、イコラが真剣な表情で作業を続けていた。

 

「オフィウクス。昨夜検出した反応を、もう一度表示して」

 

「了解しました」

 

彼女の傍らに浮かぶゴースト、オフィウクスが応じた。

次の瞬間、空中に浮かぶディスプレイの表示が切り替わる。

淡い光で描かれた複雑な地形図。

その上には幾つもの小さな点が表示され、周囲を取り囲むように数字や波形が並んでいた。

イコラは指先を動かし、そのうちの一つを拡大する。

 

「……やはり、これだけでは判断できないわね」

 

「現時点では、ザヴァラ司令官のものと断定できる特徴は検出されていません」

 

「そう……」

 

オフィウクスはシェルをクルクル時計回りに回転させる。

 

「ゴーストの言う通り、やはりベイルで生じたあの扉は我々の世界とこの世界に対するタイムラグが狂いすぎてそれが影響しているのでは?」

 

「可能性はある。つまりザヴァラだけ未来に飛んでるということも――」

 

「否定はできませんね」

 

「下手をすればザヴァラだけ幻想郷じゃない場所に飛ばされた可能性も、あるいは――」

 

最悪の可能性も浮かびイコラは僅かに眉を寄せた。

 

「現状は彼の安否が確認できないのが辛いわ。グリント、そちらはどう?」

 

少し離れた場所で別の情報を調べていたグリントが、くるりとシェルを回転させる。

 

「芳しくありませんね。この世界、私達の知っている場所とは環境が違いすぎますから――」

 

「具体的には?」

 

「そもそもどこまでがこの世界では普通の反応なのかまだ分かりません。妖精や妖怪、霊、神なんて超常的存在までいるのでしょう。私達の観測装置が何かを検出しても、それが異常なのかどうか判断するための情報が足りませんよ」

 

「……そうね」

 

イコラは腕を組んだ。

 

「この世界には外の世界を隔てる『博麗大結界』という特殊な結界がある。私達の技術が全てそのまま通用するとは限らないわ」

 

さらに画面を切り替える。

 

「ゴースト、あなたの方は?」

 

「今のところ、確かな情報はありません。ただ……」

 

ガーディアンのゴーストが、表示された幾つかの点を示した。

 

「紅魔館での戦闘以降も、正体の分からない反応はいくつか検出されています」

 

「ハイヴの可能性は?」

 

「否定できません。ですが、この世界の存在によるものかもしれませんし、目撃者の配下という可能性もあります」

 

「……やはり、直接調べる必要がありそうね」

 

イコラの声が少し低くなった。

ザヴァラの安否。

ハイヴの動向。

そして、どこに潜んでいるのかも分からない目撃者の配下。

どれも放置できない問題だった。

 

「……まずはザヴァラを見つけたいところだけれど」

 

イコラは小さく息を吐く。

 

「敵に先手を取られるわけにもいかないわね」

 

三体のゴーストは再び解析へ戻った。

空中ディスプレイの青白い光が、イコラの横顔を静かに照らしている。

その表情には、普段からガーディアン達の奇行に頭を悩ませている時とはまるで違う、指揮官としての鋭さが宿っていた。

 

その一方、同じ神社の縁側では、まったく別の時間が流れていた。

 

「♪~……」

 

どこか懐かしい旋律が、穏やかな朝の空気へ溶け込んでいく。

縁側の柱へ背中を預け、片脚を伸ばしているのはケイドだった。

手には小さなハーモニカ。

彼は時折目を閉じながら、ゆったりとした調子で演奏を続けていた。

普段の軽口ばかり叩いている姿とは異なり、その横顔はどこか穏やかだった。

隣に狛犬の化身、あうんが座っている。

もう反対側には小さな身体の針妙丸。

二人とも、ケイドの演奏へ静かに耳を傾けていた。

 

「……綺麗な音ですねえ」

 

あうんがぽつりと呟く。

ケイドは演奏を止めず、軽く片手を上げて応えた。

針妙丸も、身体を小さく揺らしている。

 

「何だか落ち着くね」

 

やがて一曲が終わると、ケイドはハーモニカを口元から離した。

 

「なかなかのものだろ?」

 

「はい!」

 

あうんが嬉しそうに頷く。

針妙丸は興味津々で身を乗り出した。

 

「ねえ、それって何ていう楽器なの?」

 

「ハーモニカだ」

 

「へえ……」

 

「息を吹き込んだり吸ったりして音を出すんだよ。まあ、簡単そうに見えて結構奥が深いんだけどな」

 

「私でも吹けるかな?」

 

「針妙丸にはちょっと大きすぎるかもしれないな」

 

「むっ」

 

針妙丸が頬を膨らませた。

 

「小さいからって馬鹿にしないでよ!」

 

「おっと、悪い悪い!」

 

ケイドは楽しそうに笑った。

 

「じゃあ今度、もっと小さいのがないか探してみるか」

 

「本当!?」

 

「ああ。見つかればな」

 

針妙丸の表情がぱっと明るくなる。

そんな二人を見て、あうんも嬉しそうに笑った。

 

「ケイドさんって、意外と優しいんですね」

 

「……おいおい」

 

ケイドは大袈裟に肩を落とした。  

 

「何でみんな、俺を褒める時に『意外と』をつけるんだ?」

 

「え?」

 

「意外と優しい、意外と真面目、意外と頼りになる……俺ってそんなに信用ないのか?」

 

あうんは少し考えた。

 

「……霊夢さんから、よくイコラさんに怒られてるって聞いてたので」

 

「…………」

 

ケイドの動きが止まった。

針妙丸が首を傾げる。

 

「違うの?」

 

「…………」

 

数秒間の沈黙。そして。

 

「……んまあ、言えてるかもな」

 

ケイドは肩を竦める。あうんと針妙丸が顔を見合わせて笑った。

 

「まったく……」

 

そうぼやきながらも、ケイドはどこか楽しそうだった。

再びハーモニカを口へ運ぶ。

柔らかな旋律が、境内へ流れ始めた。

その音色を聞きながら、あうんは尻尾をゆっくり揺らす。

少なくとも、この縁側に限っては実に平和な時間が流れていた。

 

◇

 

境内を掃いていた霊夢が振り返ると、箒を手にしたクロウが近づいてきた。

 

「霊夢、神社付近の掃除は終わったぞ。落ち葉もまとめておいた」

 

「あら、もう?」

 

霊夢は少し驚いた。

 

「早いわね。あっち、結構落ち葉が溜まってたでしょう?」

 

「ああ。でも、それほど大変じゃなかった」

 

クロウは穏やかに答えた。

 

「次はどこを掃除すればいい?」

 

「そうねえ……」

 

霊夢は顎へ指を添え、境内を見回した。

 

「だったら、鳥居の辺りをもう一度――」

 

「……ん?」

 

クロウが不意に顔を上げた。

 

「どうしたの?」

 

「なにあれ……」

 

その視線は、霊夢の背後へ向けられていた。

正確には。

博麗神社の屋根である。

霊夢もつられて振り返った。

そして。

 

「……………………」

 

二人は固まった。

屋根の上に蛍光色の緑と、毒々しい紫、そして水色と黄色の蛍光パンツを身に纏った男、ガーディアンがいた。しかも。

 

「いぇーい!」

 

「わあ!もう一回!」

 

「今の動き、どうやったの!?」

 

子供じみた歓声まで聞こえてくる。

 

サニーミルク。

ルナチャイルド。

スターサファイア。

三月精である。

 

その三人に囲まれながら、ガーディアンは屋根の上を軽快に跳び回っていた。

一度跳躍して着地。

そのまま身体を横へ滑らせるように動かし、両腕を交差させる。

次の瞬間には腰を落とし、妙に切れのいいビートを刻み始めた。

最後には片腕を高々と掲げ。

 

(●^ω^●)bドウヨ?

 

満面の笑顔で親指を立てる。

 

「おおーっ!」

 

三月精から一斉に歓声が上がった。

 

「すごいすごい!」

 

サニーが手を叩く。

 

「ねえ、私にもその踊り教えてよ!」

 

「ちょっと、屋根の上で踊るのは危なくない?」

 

ルナが不安そうに尋ねる。

 

しかしスターは楽しそうだった。

 

「まあ、あの人なら大丈夫じゃない?」

 

その言葉に応えるかのように、ガーディアンが勢いよく跳躍した。空中で身体を捻り、屋根の端へ着地。そして再び。

 

(`・ω・´)b

 

「やったー!」

 

三人の拍手が響く。

 

「…………」

 

霊夢は数秒間、その光景を眺めていた。

そして、ゆっくりクロウへ顔を向ける。

 

「……ねえ」

 

「何だ?」

 

「あいつ、どんな神経してんのよ」

 

クロウも屋根を見上げた。

 

「…………」

 

「ここは神社よ?神社の屋根の上で飛び跳ねたり踊ったりするなんて、罰当たりにも程があるでしょうが」

 

「……そうだな」

 

「そうだな、じゃなくて」

 

「……知らん」

 

即答だった。霊夢が勢いよく振り返る。

 

「知らんって何よ!」

 

「私に聞かれても困る」

 

クロウは真顔で答えた。

 

「あいつが普段何を考えているか分からないのは先日の決闘でイヤほど分かっただろう」

 

「……確かにそうだけど限度ってもんがあるでしょうが!」

 

「仲間だからといって、全て理解できるわけじゃない」

 

「なんでそんな悲しいことを当然みたいに言うのよ!」

 

霊夢が頭を抱えた、その時だった。

 

「……ん?」

 

クロウが再び屋根へ視線を向ける。ガーディアンが、突然屋根の頂上付近でしゃがみ込んでいた。

 

「……何やってるの?」

 

霊夢も見上げる。

ガーディアンの目の前には、小さな光の印が浮かんでいた。そこには奇妙な文字が表示されている。

 

 

 

『拾わないで』。

 

 

 

ガーディアンはしばらくそれを眺めた。そして。何の迷いもなく手を伸ばした。

 

「……え?」

 

サニーが首を傾げた。

 

「何あれ……?」

 

次の瞬間、ガーディアンの身体に赤い光が纏い出し周囲に赤い光が走った。

足元の屋根に、小さな光の目印が幾つも浮かび上がる。

 

「……?」

 

ルナが眉を寄せる。

 

「何か始まった……?」

 

その直後、ガーディアンが勢いよく立ち上がった。

そして、屋根の端へ向かって走り出した。

 

「おおっ!」

 

サニーが歓声を上げる。

 

ガーディアンは大きく跳躍した。

一つ目の足場へ着地。

間髪入れず、次の足場へ。

さらに跳躍。

また着地。

その動きは、先ほどまでの踊りとは明らかに違っており、妙に真剣だった。

 

「……何やってんの、あいつ」

 

霊夢が呟く。クロウはその様子をじっと見つめていた。

 

「……まさか」

 

「何?」

 

「いや……」

 

クロウは少し嫌な予感を覚えた。

ガーディアンは、まるで屋根の一部が危険地帯であるかのように、足場を選びながら跳び移っていた。

右へ左へ高く跳び上がり、次の場所へぴょんぴょん跳び跳ねているその姿を見て、三月精も興奮している。

 

「面白そう!」

 

「何かの遊びかしら?」

 

「ちょっと、危ないってば!」

 

特にルナだけは、少し不安そうだった。だが、その忠告も届かない。

 

ガーディアンは次の足場へ向かって勢いよく跳躍した。だが。

 

「あっ」

 

クロウが声を漏らした。着地しようとした足が、屋根の端を踏み外した。

 

「…………!」

 

ガーディアンの身体が大きく傾いた。

慌てて出っ張りを掴もうと腕を伸ばすが時すでに遅い。

 

――ドゴォン!!ゴキッ……!!

 

 

ずるりと屋根の上を滑り落ち――境内に骨がへし折られる鈍く不快な衝撃音が響き渡った。

 

 

「ぐああ、ああ……!」

 

 

【ガーディアンが倒された】【不運に襲われた】

 

 

 

霊夢。

クロウ。

三月精。

全員がしばらくの沈黙。

やがて、屋根の上からサニーが恐る恐る顔を覗かせた。

 

「……ねえ」

 

ルナも覗く。

 

「……死んだ?」

 

スターが地面に倒れているガーディアンを見つめる。

 

「……死んだみたいね」

 

「「えええええええ!?」」

 

三人の悲鳴が境内へ響いた。その声に反応して調査中のゴーストが振り向き地面に倒れ込むガーディアンを呆れたように眺める。イコラも「またか」と小さなため息を吐く。

 

「ゴースト、行ってきなさい」

 

「すみません……」

 

のそのそと主人の傍へ向かい、真上に止まる。

 

「…………」

 

ゴーストはしばらく無言になった。そして。

 

「……はあ……」

 

心底疲れ切ったようなため息を吐く。

 

「……何度目ですかもう」

 

淡い光が広がり、地面に倒れていたガーディアンの身体を包み込んだ。数秒後。

 

――シュンッ!

 

ガーディアンが何事もなかったように蘇生した。

まず自分の両手を確認する。

続いて身体を軽く動かす。

突然、また光輝く半透明のソファーを出現させた。

 

「…………」

 

どっかりと腰掛け、片脚を組む。

どこからともなく光る盃を取り出し、悠々と背もたれへ身体を預けた。

 

d(´ω`*)旦~

 

そんな様子を見てサニー達は、

 

「あれ……生き返った……?」

 

「死んだんじゃなかったの?」

 

「……………………」

 

ゴーストは彼女の方に向いて、こう伝える。

 

「ガーディアンは条件さえ揃っていれば生き返れます。だから心配は無用です」

 

それを聞いて沈黙する三人。だがサニーは目を輝かせて、

 

「なら何度でも死ねるじゃん!!」

 

と、物騒なことを言い出し他二人はドン引きする。

 

 

「……………………」

 

霊夢はその一連の光景を無言で見つめていた。

そして、ゆっくりゴーストへ顔を向ける。

 

「ゴースト」

 

「……はい」

 

「あいつ、さっきから何やってるの?」

 

ゴーストはもう一度、深くため息を吐いた。

 

「なぜか神社の屋根の上に『拾わないで』というポイントがあったので、それにアクセスしてみたらしいです」

 

「…………は?」

 

「そうしたら、溶岩渡りゲームが始まりまして」

 

「…………」

 

「それで、足を踏み外して地面に落ちて死にました」

 

「……………………」

 

霊夢は何も言わなかった。

クロウも黙っている。

屋根の上では、三月精が何とも言えない顔でこちらを見下ろしていた。数秒後。

 

「……ちょっと待って」

 

霊夢が静かに口を開いた。

 

「はい」

 

「まず、何でうちの神社の屋根にそんなワケの分からないものがあるの?」

 

「分かりません」

 

「……じゃあ、その溶岩渡りゲームって何よ」

 

「足場を渡り歩いて、溶岩に見立てた地面へ落ちないように進む遊びですね」

 

「……それで?」

 

「失敗して死にました」

 

「…………」

 

霊夢はゆっくりと目を閉じた。そして。

 

「……何なのよ、それ」

 

心底呆れた声だった。クロウも小さく息を吐く。

 

「まさか、こんなところでまで始めるとはな……」

 

霊夢が勢いよく振り返った。

 

「クロウ達の世界にもあんなのあるの?」

 

「シティの司令区域、タワーにも何故か同じようなオブジェクトがある」

 

「で、それが何故か神社にもあってそれで遊んでたら死んだ、と」

 

霊夢は額を押さえた。

 

「意味不明すぎてもうヤダこいつら……」

 

その横では、当のガーディアンがソファーで悠々と盃を傾けている。反省している様子など微塵もない。

 

「……あんたさあ」

 

霊夢が睨みつける。

 

「神社の屋根から落ちて死んだのよ?何でそんなに呑気なのよ」

 

ガーディアンは霊夢を見る、そして迷いなく。

 

(●^ω^●)b

 

「だから親指じゃなくて言葉で答えなさいよ!あんた喋れるでしょうが!」

 

その怒声にも、ガーディアンは動じなかった。

むしろ、突然ソファーを消した。

そして。何事もなかったように神社の屋根へ向かって歩き始める。

 

「…………」

 

霊夢の目が細くなる。

 

「……ちょっと」

 

ガーディアンが屋根へ手を掛ける。

 

「待ちなさい」

 

軽く身体を引き上げる。

 

「また登る気!?」

 

さらに上へ。そして、屋根の頂上付近へ。

 

「やめなさあああああああい!!」

 

霊夢の怒声が境内へ響いた。

 

「妖精とかならともかくあんたは腐っても成人男性でしょうが!」

 

だが、ガーディアンは振り返ると、満面の笑顔で親指を立てる。

 

(●^ω^●)b

 

「その親指やめなさいって何度言わせるのよ!!」

 

とうとう霊夢は、調査中のイコラへ向き直った。

 

「イコラ!!」

 

ディスプレイから顔を上げたイコラが、こちらを見る。

 

「あの成人男性(笑)に何か言ってやってよ!!」

 

ゴーストは『成人男性(笑)』にビクッと反応する。何故なら咲夜との決闘中にふざけまくったガーディアンを「彼なりの気遣い」だとフォローするつもりが何を思ったか、

 

 

「れっきとした『成 人 男 性』ですっ!!」

 

 

と、力強く言い切ったせいで観客全員から失笑を買った挙げ句に浸透しまったことを後悔していた。

 

「……なんで、あんな馬鹿なことを言ってしまったんでしょう」

 

落ち込むゴーストをよそにイコラは屋根の上を見た。そこには、得意げな様子で立っているガーディアン。

その下には、つい先ほど墜落した痕跡。

さらに、屋根の上で騒いでいる三月精。

 

「…………」

 

イコラは数秒間、無言だった。そして。

 

「……始末書、一万枚」

 

「…………!」

 

ガーディアンの動きが止まった。

クロウが小さく呟く。

 

「……効いたな」

 

ガーディアンは屋根の頂上で、しばらく固まっていた。

やがてどこからともなく、例のゴミバケツを出現させ、のそのそと中へ入り踞る。

 

 

(´・ω・`)

 

 

「…………」

 

霊夢が呆れる。

 

「……何でそこでゴミバケツなのよ」

 

イコラはその姿を一瞥した。そして、淡々と告げる。

 

「……三万枚追加」

 

「…………!?」

 

ゴミバケツがガタッと揺れた。その瞬間だった。

 

「……あ」

 

クロウが声を漏らした。

屋根の傾斜。

ゴミバケツの丸みを帯びた底。

そして、中に入ったまま身体を動かしたガーディアンの入ったゴミバケツが横転した。

「…………」

 

霊夢が目を見開く。

 

「……え?」

 

ガタガタガタガタ――!

 

屋根の上をゴロゴロ転がるゴミバケツ。

当然、ガーディアンは中に入ったままだ。

そして。

 

――ゴトンッ!ドゴォン!!ゴキッ!!

 

「ぐああ……ああ……!」

 

【ガーディアンが倒された】【不運に襲われた】

 

 

「………………………………」

 

境内に、何とも言えない沈黙が訪れた。

霊夢。

クロウ。

イコラ。

オフィウクス。

グリント。

ゴースト。

三月精。

そして、縁側のあうんと針妙丸。

全員が、ゴミバケツごと地面へ墜落したガーディアンを見つめている。

誰一人、何も言わない。

ただ一人だけ除いて。

 

「……うん」

 

ケイドがハーモニカを口元から離した。

そして、妙に納得したように頷く。

 

「いつもの相棒だな」

 

「いつもの、で済ませないでよ!!」

 

霊夢の怒声が境内へ響き渡った。その横では、ゴーストが再び蘇生を開始している。

 

「……はあ」

 

青白い光が地面へ集まり始めた。

 

――シュンッ!

 

再び現れたガーディアンは、まず自分の身体を軽く動かした。次に周囲を見渡すとイコラは、

 

「……お願いだから、せめて私が仕事をしている間くらいは静かにしてちょうだい」

 

と疲れたように呟いてから、再びディスプレイへ向き直る。

 

 

(・ω・)b

 

 

堂々と胸を張り、親指を突き上げた。

 

「…………」

 

クロウはしばらくその姿を眺めた。

そして。

 

「……まあ、ガーディアンらしいと言えばそうだな」

 

「クロウまで!?」

 

霊夢が勢いよく振り返った。クロウは少し困ったように苦笑する。

 

「いや……他に何と言えばいいのか分からなくてな」

 

「だからって納得しないでよ!」

 

霊夢は再びガーディアンを見る。蘇生されたばかりの男は、何事もなかったように立っている。

しかも、相変わらず満面の笑顔だった。

 

「…………」

 

霊夢はしばらく考えた。そして。

 

「……ねえ、ゴースト」

 

「はい?」

 

「あいつって、ちゃんと喋った時はすごく知性を感じるのよね」

 

ゴーストが小さくシェルを傾けた。

 

「……そうですね」

 

「この前の咲夜との決闘だってそうよ。戦闘中はあれだけ頭が回るし、真面目な話をする時は普通に落ち着いて喋るじゃない」

 

「はい」

 

「なのに、それ以外はどうしてああなの?」

 

霊夢はガーディアンを指差した。

 

「さっきなんか、屋根から二回も落ちて死んでるのよ?」

 

「…………」

 

ゴーストは返答に困ったようだった。霊夢はさらに続ける。

 

「もはや別の人格があるとしか思えないわ」

 

「……それは」

 

ゴーストは少し考えた。そして。

 

「……あれでも素です」

 

「…………は?」

 

霊夢の目が点になる。

 

「……素?」

 

「はい」

 

「……あの奇行が?」

 

「はい」

 

「……本当に?」

 

「本当にです」

 

「…………」

 

霊夢は額を押さえた。

 

「……まだ二重人格持ちだったら、まあ納得できたけど」

 

ゴーストは深いため息を吐いた。

 

「彼は、オンとオフが極端すぎるんですよ……」

 

「……オンとオフ?」

 

「はい」

 

ゴーストは主人を見る。ガーディアンはちょうど三月精へ向かって、妙なポーズを披露しているところだった。

 

「戦場に出れば、状況を冷静に判断し、敵の動きを読み、仲間の位置を把握して行動します。危険な状況でふざけることはほとんどありませんし、任務に関しては非常に真面目です」

 

「……それは知ってるわ」

 

霊夢は腕を組んだ。

 

「咲夜との決闘で嫌というほど実感したわ」

 

「ええ。ですが……」

 

ゴーストの声が僅かに沈む。

 

「任務が終わった途端、これです」

 

その視線の先で、ガーディアンが三月精へ向かって勢いよく親指を立てていた。

 

(●^ω^●)b

 

「…………」

 

霊夢はしばらく黙った。そして。

 

「……なんでそこまで極端なのよ」

 

「私にも分かりません」

 

ゴーストは即答した。

 

「ですが、少なくとも彼はずっとこういう人です」

 

「…………」

 

「戦闘中は驚くほど冷静なのに、休みになると突然踊り始める。雪だるまを作る。ゴミバケツに入る。意味もなく屋根へ登る。そして時々、自分から死にに行くような遊びを始めるんです」

 

「最後のが一番意味分からないわよ!!」

 

霊夢の突っ込みに、クロウも苦笑した。

 

「……まあ、あいつらしいと言えばそうだな」

 

「もうそれ聞き飽きたわ!」

 

霊夢は両手を広げた。

 

「何なのよ、あんた達の世界って!神様みたいな化け物と命懸けで戦ってる英雄が、休みの日には屋根によじ登ってゴミバケツに入って屋根から落ちるの!?」

 

「……まあ、否定しない」

 

クロウが真顔で答えた。

 

「だから納得しないでよ!」

 

「もう見飽きるほどのガーディアンの日常風景だから何も思わなくなった」

 

「ガーディアン達は命を粗末に扱い過ぎ!」

 

霊夢は大きく息を吐いた。

 

「……もういいわ」

 

それから、心底疲れたような声で続ける。

 

「……もうあいつについて考えるの、やめる」

 

クロウが静かに頷いた。

 

「その方が精神衛生的にいい」

 

「……あなたも大変なのね」

 

「……否定はしない」

 

クロウは苦笑した。その時、ガーディアンが再び神社の屋根を見上げた。

 

「…………」

 

霊夢の眉がぴくりと動く。

 

「……あんた」

 

ガーディアンが振り返る。

 

(・ω・)?

 

「三度目はないからね」

 

(`・ω・´)bマカセトケ!

 

「一ミリも信用できない!!」

 

境内に、また霊夢の怒声が響いた。

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