東方天命録~The Final Shape Begins~   作:はならむ

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第六十一話:不穏の日常 ②

それからしばらくして霊夢はクロウへ向き直った。

 

「とりあえず掃除はもういいわ。今は特にすることもないし、自由にしてて」

 

「ああ、分かった」

 

クロウは素直に頷き、箒を片づけ始めた。

一方の霊夢は、大きく伸びをしてから社殿の方へ向かった。

 

「……さて、と」

 

そろそろ、食料の買い出しに行かなければならない。

だが、その前に確認しておきたいものがあった。

財布である。

自室へ戻った霊夢は、畳の上へ腰を下ろした。

目の前には古びたタンス。

その引き出しを開け、普段使っている財布を取り出す。

 

「……はあ」

 

思わずため息が漏れた。これまで幻想郷にて数多くの異変を解決してきた博麗の巫女とて人間、ましてやただでさえお布施してくれる参拝客が少ないので基本的に金欠に苛まれている霊夢。

 

「……ただでさえお金ないのに」

 

ガーディアン達が博麗神社へ居候するようになってから、食費は明らかに増えていた。

霊夢一人なら、適当に食事を済ませればいい。

だが、今は違う。

 

イコラ。

ケイド。

クロウ。

ガーディアン。

 

四人も増えれば、当然ながら必要な食料も増える。

もちろん、彼らが何もしていないわけではない。

イコラは調査の合間にできることを手伝ってくれるし、クロウに至っては頼まなくても進んで掃除や雑用を引き受けてくれる。

 

ケイドも、何だかんだで頼めばそれなりに働く。

……ただし、必ず余計な軽口がついてくるが。

 

ただ、問題はガーディアン。

 

「…………」

 

霊夢は先ほどの光景を思い出した。

屋根。

溶岩渡りゲーム。

墜落。

蘇生。

ゴミバケツ。

再び墜落。

そして喋れるにも関わらず親指で返事。

 

「……あいつは論外だわ」

 

即座に結論が出た。もっとも、そもそも彼らへ家事などを手伝うことを条件に居候を認めたのは他ならぬ霊夢自身だった。

今さら食費が増えたからといって、一方的に追い出すわけにもいかない。

ザヴァラの捜索や敵の調査が続いている以上、しばらくは面倒を見ることになるだろう。

 

「……まあ、仕方ないわよね」

 

霊夢は財布を手に取った。

 

「お米もそろそろ買わなきゃいけないし、野菜も減ってるし……」

 

思い浮かぶのは、必要なものばかりだった。

 

「味噌も醤油も……ああ、掃除道具も買い足さないと」

 

指折り数えるたびに、出費が増えていく。

霊夢はもう一度ため息を吐いた。

 

「……どうにかして切り詰めないとね」

 

そんなことを考えながら、何気なく財布を開く。

そして。

 

「…………」

 

霊夢の動きが止まった。

最初は、何が起きたのか分からなかった。

財布の中身を確認したはずなのに、頭の中で予想していた光景と、実際に目へ映っているものが一致しなかったからだ。

 

「……え?」 

 

思わず声が漏れる。

財布の中にはお金が入っていた。

しかも、かなりの額である。

 

「…………」

 

霊夢はしばらく黙った。

そして、一度財布を閉じた。

数秒待つ。

もう一度開く。

 

「…………」

 

やはり入っている。

見間違いではない。

 

「……あれ?」

 

霊夢は眉を寄せた。

 

「……こんなにお金、あったっけ?」

 

指先で中身を確かめる。

小銭だけではない。

きちんと使える紙幣まで入っていた。

それも、当面の生活費を心配しなくても済む程度には十分な金額だった。

 

「…………」

 

霊夢は記憶を辿る。

昨日。

一昨日。

紅魔館へ行った日。

さらにその前。

 

「……何か収入あったっけ?」

 

誰かから礼金を貰っただろうか。

 

異変解決の報酬?

……いや、そんなものは受け取っていない。

 

レミリアから何か渡された?

……いや、ガーディアンが駄々こねて貰ったお菓子以外はない。

 

イコラ達が生活費を入れてくれた?

……それなら普通、ひと言くらいあるはずだ。

 

「…………」

 

霊夢は財布を見つめた。

 

「……変ね」

 

少なくとも、自分が把握している範囲では、こんなにお金が増える理由はなかった。

しかも、つい先ほどまで霊夢は財布の中身が心許ないと思い込んでいたのである。

だからこそ、確認する前からため息を吐いていた。

それが、いざ開けてみればこの有様だった。

 

「……あれえ?」

 

もう一度中身を見る。

やはり、ある。

 

「……まあ」

 

霊夢は少し考えた。そして。

 

「……あるならいいか」

 

あっさり結論が出た。

財布にお金が入っている。

今の霊夢にとって、それほどありがたいことはない。ただ。

 

「……え、もしや」

 

ふと思い立ち、霊夢は立ち上がった。

そのまま部屋を出て、拝殿へ向かう。

向かった先は賽銭箱だった。

 

「……まさかね」

 

普段なら、ほとんど空っぽかサニー達のいたずらで石や葉っぱ、ゴミが入っている。

数日前に確認した時も、ろくに入っていなかったはずだ。

最近、参拝客が増えた覚えもない。そもそも妖怪や妖精がたむろしていると噂されていることも加えて、屋根の上で蛍光色の鎧を着た男が踊ったり墜落したりするような神社へ、好き好んで参拝に来る人間が増えるとも思えない。

 

「…………」

 

霊夢は賽銭箱を覗いた。

そして。

 

「…………え?」

 

またしても固まった。お金が入っている。

それも、普段の博麗神社からすれば十分すぎる額だった。

決して大金というわけではない。

だが、当面の食費や日用品の購入には困らない程度には入っている。

 

「…………」

 

霊夢は何度か瞬きをした。

もう一度見る。やはり、ある。

 

「……参拝客なんか来たっけ?」

 

首を傾げる。思い返してみても、そんな記憶はない。自分が留守にしている間に誰かが来た可能性……いや、この数日、神社を空けたことはなかったばず

 

「…………」

 

霊夢はしばらく賽銭箱を眺めた。

財布のお金。

賽銭箱のお金。

どちらも、いつの間にか増えていた。

しかも、誰が入れたのか、どうして増えたのかが分からない。

 

「……うーん」

 

腕を組んで考える。

しかし、いくら考えても心当たりがない。

やがて。

 

「……ま、いいか!」

 

霊夢の表情が、ぱっと明るくなった。

 

「むしろ、すごくラッキーじゃない!」

 

財布を軽く持ち上げる。

 

「これなら今日は少し多めに買い物できるわね」

 

先ほどまでの金欠への不安は、あっという間に吹き飛んでいた。

もっとも胸の奥に、ほんの小さな違和感だけは残っていた。

いつ増えたのか分からないお金。

誰が入れたのか分からない賽銭。

それ自体は嬉しい。

 

だが。

 

(けど……なんか変ね)

 

霊夢は一瞬だけ眉を寄せた。

けれど、すぐに首を振った。

 

「……なんにせよ、あるならいいわ」

 

考えても仕方がない。

今は買い物である。

 

◇

 

「あのさー」 

 

境内へ戻った霊夢が、少し大きな声で呼びかけた。

 

「今から人間の里へ買い出しに行くんだけど、誰か付き合ってくれない?」

 

最初に反応したのはイコラだった。

 

「ごめんなさい、霊夢」

 

ディスプレイから顔を上げ、申し訳なさそうに言う。

 

「今は少し手が離せないの」

 

「ザヴァラの捜索?」

 

「ええ。それに、もう少し確認しておきたい反応もあるわ」

 

「……まあ」

 

霊夢は頷いた。

 

「それは仕方ないわね。そっちを優先して」

 

「ありがとう」

 

イコラは小さく微笑むと、再びディスプレイへ向き直った。

続いて霊夢は縁側へ視線を向ける。

 

「ケイドー」

 

「♪~……」

 

返事の代わりに、ハーモニカの音色が聞こえてきた。

「……ケイド?」

 

「♪~……」

 

「聞こえてんでしょうが」

 

「♪~……」

 

「…………」

 

霊夢は数秒間、彼を睨んだ。

ケイドは相変わらず柱へ背を預け、あうんと針妙丸を相手に悠々と演奏している。

完全に聞こえていないふりだった。

 

「……もういいわ」

 

彼女は諦めた。ちなみにガーディアンについては最初から選択肢に入っていない。

 

……当然だった。

 

ただでさえ奇抜な外見のあの男を人間の里へ連れていけば、周りから間違いなく注目される上に何を始めるか分かったものではない。

 

突然踊る。

ソリを乗り回す。

ソファーを出す。

ゴミバケツへ入る。

雪だるまをその場で作り出す。

「菓子くれ」と、お菓子を要求して、貰えないと店の前で寝転がり駄々をこね始める。

 

……というか、すでに似たようなことをしている。

 

「……絶対連れていかない」

 

霊夢は小さく呟いたその時。

 

「霊夢」

 

振り返ると、クロウが近づいてきていた。

 

「もし私でよければ付き合うが」

 

「えっ」

 

霊夢は少し目を丸くした。

 

「いいの?」

 

「今は特にすることもないからな」

 

クロウは穏やかに答えた。

 

「それに、ここへ居候させてもらっているんだ。荷物持ちくらいはするさ」

 

「…………」

 

霊夢はしばらく彼を見た。そして、少しだけ笑う。

 

「……悪いわね、あなたばかり手伝わせて」

 

「気にするな」

 

「ほんと、少しはあいつらもクロウを見習いなさいよ」

 

霊夢は縁側のケイドと、三月精に囲まれているガーディアンへ視線を向けた。

クロウは苦笑した。

 

「まあ世話になっている分、できることは手伝いたいだけだ」

 

「……そう」

 

霊夢は少しだけ肩の力を抜いた。

 

「じゃ、行きましょうか」

 

「行く前にイコラ達に言っておくか」 

 

彼はイコラの元に向かい、買い出しにいくと伝えると、

 

「グリントはクロウと一緒に行って。道中何かあってもいいように」

 

「わかりました」

 

「イコラ、邪魔してすまないな」

 

「気にしないで、あなたはちゃんと霊夢と協力して仕事してる。ただ問題は――」

 

イコラはケイドとガーディアンを見つめる。

 

「……あの二人には後できつくお灸据えておくから」

 

「ははっ……」

 

そしてクロウとグリントは霊夢と並んで鳥居へ向かった。

その背後では、ガーディアンが三月精へ向かって何やら妙な踊りを披露していた。

霊夢は振り返らなかった。

振り返ったら、また何か言いたくなる気がしたからだ。

 

◇

 

博麗神社から人間の里へ向かう道中。

霊夢はいつものように空中に浮遊し、飛んでいた。

木々の梢より少し高い場所を、風に乗るように進んでいく。

その少し後ろでは、クロウがスパローに跨っていた。

細長い車体の後部から淡い推進光が伸び、低い駆動音を立てながら地上を滑るように進んでいる。

ただし、その速度はかなり控えめだった。

霊夢が少し速度を落とせば、クロウも同じように減速する。

高度も必要以上には上げず、木々や周囲の地形へ注意を払いながら進んでいた。

 

「……ねえ、クロウ」

 

霊夢が振り返る。

 

「何だ?」

 

「それ、もっと速く走れるんでしょう?」

 

「ああ」

 

「なのに今日は随分ゆっくりなのね」

 

クロウは前方へ視線を向けたまま答えた。

 

「人里へ行くのは初めてだし、君についていかないといけないからな」

 

「……まあ、そうだけど」

 

「この辺りはまだ十分に地形を把握できていない。知らない土地で無闇に速度を出す必要もない」

 

「…………」

 

霊夢は少しだけ目を瞬かせた。

 

「あなたって、本当に慎重ね」

 

「そうか?」

 

「そうよ」

 

霊夢は少し笑った。

 

「ガーディアンだったら絶対、全速力で走るわよ」

 

クロウは一瞬だけ考えた。

 

「……まあ、任務外ならハメを外した挙げ句に操縦を誤って障害物に激突か、奈落に落ちるか」

 

「ありえそう」

 

「そして蘇生した直後に、また同じことをする」

 

「……容易に想像できるのが腹立つわね」

 

二人は小さく笑った。

その時だった。

 

「…………あれ?」

 

霊夢が不意に速度を落とした。

クロウもそれに気づき、スパローを減速させる。

しかし霊夢は、そのまま空中で立ち止まってしまった。

クロウは少しだけ彼女を追い抜いたところで、慌ててスパローを急停止させた。

低い駆動音が一瞬大きくなり、車体が僅かに傾く。

 

「……っと」

 

姿勢を立て直すと、すぐに霊夢へ振り返った。

 

「どうした?」

 

「……いや」

 

霊夢は眼下へ視線を向けていた。

木々の間に、一筋の道が通っている。

それほど広くはない。

人が二、三人並んで歩ける程度の、土を踏み固めた道だった。

 

その先は、人間の里の方角へ伸びている。

 

「…………え?」

 

霊夢は眉を寄せた。

 

「……こんなところに道なんかあったかしら?」

 

クロウも眼下を見る。

 

「道?」

 

「ええ」

 

霊夢は少し高度を下げた。

 

「なんか、見覚えのない道があるんだけど……いつの間にこんなのできたのかなって」

 

クロウも周囲を見回した。

 

「知らないのか?」

 

「……記憶にないわ」

 

霊夢は腕を組んだ。

 

「これまで何度も人里には行ってるし、この辺りの道だって熟知しているはずなんだけど」

 

「新しく作られた可能性は?」

 

「それなら別に不思議じゃないんだけど……」

 

霊夢の視線が、道の脇へ向けられる。

そこには木製の看板が立っていた。

人間の里へ続くことを示す、ありふれた案内板である。しかし。

 

「…………」

 

霊夢はさらに近づいた。

看板の表面は日に焼けている。

文字の一部は擦れ、木材には細かなひびが走っていた。

根元には苔が生え、土に埋もれた部分からは雑草が伸びている。

どう見ても、昨日今日設置されたものではない。

 

「……何これ」

 

霊夢が小さく呟いた。

クロウも近くへスパローを寄せ、看板を観察する。

 

「……確かに古いな」

 

「でしょう?」

 

「新しいどころか、何十年も前からここに立っているように見える」

 

クロウは周囲の道へも目を向けた。

土は長年人が歩いたように踏み固められ、道端には自然に草が生えている。

木々の枝も通行の邪魔にならない程度に伸び、道そのものが周囲の風景へ完全に馴染んでいた。

切り開かれたばかりの道とは到底思えない。

 

「……妙だな」

 

クロウが呟く。

 

「本当に知らないのか?」

 

「はっきり言って見たことないわ」

 

「……君がそこまでいうなら本当なんだな」

 

「…………」

 

霊夢は看板をじっと見つめた。

確かに、何度もこの辺りを通っている。

地上の道を一つ残らず覚えているわけではないにしても、こんな分かりやすい道を見落とすだろうか。

それも、何年も前から存在していたような道を。

 

「…………」

 

しばらく考えた後、霊夢は小さく息を吐いた。

 

「……まあ、人里で誰かに聞いてみるわ」

 

クロウが頷く。

 

「それがいいだろうな」

 

「地元の人間なら、いつからある道なのか知ってるでしょうし」

 

「そうだな」

 

霊夢はもう一度だけ看板を眺めた。

どこにでもありそうな古い案内板。

道も、ごく普通のものだった。

だからこそ。

 

(……何なのかしら)

 

胸の奥へ、小さな違和感が残った。

 

◇

 

やがて、遠くに人間の里の屋根が見え始めた。

霊夢は少し高度を落とすと、クロウへ声を掛ける。

 

「クロウ。もうすぐ人里に着くから、近くで降りて歩いていくわよ」

 

「ああ」

 

「さすがにその乗り物を見ず知らずの者に見られたら、間違いなく注目されるからね」

 

クロウは苦笑した。

 

「それは避けたいな」

 

二人は人目につきにくい林の近くへ降り立った。

クロウがスパローから降り、グリントが前に立つ。

次の瞬間、乗り物は淡い光の粒子となって消えていった。

霊夢はそれを見ながら、少し感心したように呟く。

 

「……何度見ても便利ね、それ」

 

「必要になれば、またグリントが呼び出してくれるからな」

 

「任せてください!」

 

と、グリントは得意げに言う。

 

「私もゴースト欲しいわ、従順だし可愛げがあるし」

 

「なら、霊夢もガーディアンにならないとな」

 

霊夢は肩を竦めた。

 

「一度死なないといけない上に、ゴーストが運良く見つけてくれないとダメなんでしょ?やっぱりやめとくわ」

 

クロウは小さく笑った。

 

「それはそうだな」

 

そこから二人は、並んで人里へ向かって歩き始めた。

道の先からは、人々の話し声や荷車の音が微かに聞こえてくる。

昼前ということもあり、里はそれなりに賑わっているようだった。

しばらく歩いたところで、霊夢が横目でクロウを見る。

 

「そういえばさ」

 

「何だ?」

 

「その格好で人里に入るのは初めてよね」

 

「ああ」

 

霊夢は改めて彼の姿を眺めた。

 

青白い肌。人間とは明らかに異なる特徴を持つアウォークン。

 

その上、幻想郷ではまず見かけない装備を身につけている。

 

「……先に言っておくけど」

 

「ん?」

 

「アウォークンのあなたの見た目、里の人達からしたら相当珍しいと思うのよ」

 

「まあ、そうだろうな」

 

「だから、もしかしたら変な目で見られるかもしれないけど……そこは我慢してね」

 

クロウは少しだけ笑った。

 

「はは、気にするな」

 

「……本当に?」

 

「ああ。そういうのにはもう慣れている。心配はいらない」

 

あまりにも自然な返答だった。

霊夢は少しだけ彼の横顔を見た。

その表情に、無理をしている様子はない。

ただ、どこか遠い場所で身につけた諦めのようなものが、ほんの僅かに滲んでいる気もした。

 

「……慣れてる、ね」

 

何気なく呟く。クロウは何も言わず、穏やかに前を向いていた。

霊夢はそれ以上、深く尋ねなかった。

代わりに、少しだけ口元を緩める。

 

「……けどまあ、野郎組の中じゃあクロウが一番マシだわ」

 

彼が少し驚いたように顔を向けた。

 

「……私が?」

 

「そうよ」

 

霊夢は指を折り始めた。

 

「まずケイド。あいつはエクソでしょう?見た目からして完全に機械人間だし、口を開けば軽口ばっかり」

 

クロウが苦笑する。

 

「……まあ、ケイドだからな」

 

「ケイドは話が通じるからまだいいけど問題はガーディアン――」

 

「…………」

 

二人の間に沈黙が落ちた。霊夢は少し考えた。

そして。

 

「……あいつはもう論外」

 

即答だった。クロウが思わず吹き出す。

 

「そこまで言うか」

 

「当たり前でしょうが!」

 

霊夢は両手を広げた。

 

「あんな目の悪い蛍光色の鎧を着て、突然ソファー出したり、踊ったり、ゴミバケツに入ったり雪で遊び出したり、挙げ句にはところ構わずお菓子をたかって貰えないとガキみたいに寝転んで駄々をこね始めるのよ!?しかも今日なんか、神社の屋根から二回も落ちて死んでる成人男性(笑)よ?」

 

「……ああ」

 

クロウは笑いを堪えていた。

 

「……改めて言葉にしてみたら酷いな」

 

「そんな奴を人里へ連れていったら、絶対面倒なことになるしそんなの連れてるあたしの周りから見る目も変わっちゃうわよ!」

 

「そこは同意する」

 

「でしょう?」

 

霊夢は満足そうに頷いた。

 

「その点、あんたは外見こそちょっと変わってるけど、性格はまともだし。礼儀正しいし、ちゃんと話も通じるし」

 

「……随分褒めるな」

 

「褒めてるのよ」

 

「ありがとう」

 

あまりにも素直な返答だった。

 

「…………」

 

霊夢は少し黙った。そして、何となく話題を変える。

 

「……で、今日の買い物なんだけど」

 

「ああ」

 

「食料と日用品ね。お米とか野菜とか、調味料もそろそろ足りないし」

 

「なるほど」

 

「あと、掃除道具も買い足したいわね」

 

「分かった」

 

霊夢はにやりと笑った。

 

「今日はいっぱい荷物持ちさせるつもりだから、覚悟してね」

 

クロウは迷いなく頷いた。

 

「ああ。付き合うよ」

 

「…………」

 

霊夢は思わず彼を見た。

 

「……あなたさ」

 

「何だ?」

 

「本当に嫌がらないわよね、そういうの」

 

「そういうの?」

 

「掃除とか、荷物持ちとか、雑用とか」

 

霊夢は指先で頬を掻いた。

 

「出会った初日にも言ったけど、やたら誠実すぎて逆に怖いぐらいだわ」

 

クロウは少し不思議そうに首を傾げた。

 

「……何か悪いのか?」

 

「悪くはないけど……」

 

「君の家に居候させてもらっているんだ」

 

クロウは穏やかに答えた。

 

「その分、できることは手伝いたい。それだけだよ」

 

「…………」

 

霊夢はじっと彼を見た。

 

「……それだけ?」

 

「ああ」

 

「本当に?」

 

「もちろんだ」

 

「…………」

 

霊夢は少し考えた。そして。

 

「……まあ、そう言ってくれるなら」

 

ほんの少しだけ口元を吊り上げる。

 

「これから遠慮なくこき使えるわね」

 

クロウは即答した。

 

「任せてくれ」

 

「…………」

 

霊夢の足が止まりかけた。

 

「……いや、あのね」

 

「ん?」

 

「今の、半分冗談なんだけど」

 

「そうなのか?」

 

「そうよ!」

 

クロウは少し考えた。そして。

 

「……でも、手伝うのは別に構わないぞ」

 

「…………」

 

霊夢は何とも言えない表情になった。

 

「どうした?」

 

「……いや、何でもないわ」

 

……どうにも調子が狂う。

 

ケイドなら、間違いなく何か軽口を叩く。

ガーディアンなら、意味不明な感情表現で返してくる。

だがクロウは違う。真面目に頼み事を聞き、普通に手伝ってくれる。

そして、こちらが少し意地悪なことを言っても、困ったように笑うだけだ。

 

「……はあ」

 

霊夢は小さくため息を吐いた。

 

「あなたみたいな男、初めて見たわ」

 

「そうか?」

 

「霖之助さんでもあなたよりちゃんと嫌なものは嫌って言うわよ」

 

「まあでも、今は君に世話になっているのは事実だからな」

 

そう言って、クロウは穏やかに続けた。

 

「少しくらい役に立てるなら、それで十分さ」

 

「…………」

 

霊夢はとうとう口を閉じた。

数秒間、沈黙が続く。

そして。

 

「……ほんと、変な奴らばっかりね」

 

小さく呟いた。クロウが笑う。

 

「おいおい、私も含めてか?」

 

「別の意味でね」

 

「そうか」

 

クロウは特に気にした様子もなく頷いた。

霊夢はそんな彼の横顔を見て、少しだけ笑った。

少なくとも、一緒に買い物へ行く相手としては申し分ない……ただ。

 

「…………」

 

ふと、霊夢の表情が曇った。

先ほどの道。

古びた看板。

そして、財布の中に突然増えていたお金。

いつの間にか賽銭箱へ入っていた金銭。

どれも、単独ならそれほど気にすることではない。

道を見落としていた可能性はある。

参拝客が来ていた可能性もある。

財布のお金だって、単に自分が忘れていただけかもしれない。

 

だが霊夢は、ほんの少しだけ眉を寄せた。

 

何かがおかしい。

そう感じる。

 

それなのに、何がおかしいのかを上手く説明できない。

普段なら、気にも留めないような些細な出来事。

けれど今日は、それらが妙に引っかかっていた。

 

「……霊夢?」

 

クロウが声を掛ける。

 

「え?」

 

「どうした?さっきから少し考え込んでいるようだが」

 

「…………いや」

 

霊夢は小さく首を振った。

 

「何でもないわ」

 

「そうか?」

 

「ええ」

 

少し笑ってみせる。

 

「ほら、さっさと人里に行くわよ。買い物が終わらなくなっちゃう」

 

「ああ」

 

クロウは頷き、霊夢の隣へ並んだ。

二人はそのまま人間の里へ向かって歩き始めた。

木々の向こうから、人々の話し声が聞こえてくる。

遠くには、見慣れた家々の屋根。

いつもと変わらない、穏やかな幻想郷の風景。

霊夢はもう一度だけ、背後へ視線を向けた。

そこには、先ほど通ってきた道が続いている。

古びた看板が、木々の間にひっそりと立っていた。

まるで、何年も前からそこに存在していたかのように。

 

「…………」

 

霊夢はしばらくそれを見つめた。

そして、誰にも聞こえないほど小さな声で呟く。

 

「……にしても」

 

風が吹いた。

看板の周囲で草木が揺れる。

霊夢はゆっくり前へ向き直った。

 

(……なんか今日は、違和感だらけだけど)

 

クロウが少し先で立ち止まり、彼女を待っている。

 

「霊夢?」

 

「今、行くからいちいち心配しないで」

 

そう返しながら、霊夢は歩き出した。

だが、頭の片隅には、先ほど見た古びた道の光景が残り続けていた。

 

(……何なのかしら、これ)

 

答えは、まだ分からない。

ただ一つ、長年幻想郷で暮らしてきた博麗の巫女として、どうしても拭いきれない感覚があった。

 

――何かが、いつの間にか変わっている。

 

それも、自分が気づかないうちに。

 

霊夢はその正体を掴めないまま、クロウと並んで人間の里へと足を踏み入れた。

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